行動と、静観と。

求めるのと、求められるのと。

1人でいるのと、大勢でいるのと。

一体、どっちが幸せ?

 

存在

 

いつもの定位置で、はいつも通りぼんやりと宙を見上げていた。

相変わらず感じる静けさに、ソッと目を閉じて。

溜息を1つ。

「相変わらずだな」

背後から聞こえた低い声に、は閉じた目をそのままに素っ気無く返事を返す。

「何が?」

「相変わらず、暇そうだなという意味だ」

「・・・お陰様で」

少しだけ笑みを含んだ声色に、目を開いて背後を振り返った。

そこにいた赤混じりの茶色い髪をした男―――クラトスが、の目に映る。

クラトスが心に傷を負ってクルシスに戻ってきてから、既に10年以上の時が過ぎていた。

当時と比べればクラトスも幾分立ち直ったようではあるが、それでもふとした瞬間に悲しみに襲われる時がある。

そんな時、クラトスは必ずと言って良いほど、の元を訪れていた。

クラトスにとって、の側は心地良い。

慣れ親しんだ空気が、そこにはある―――いつも何も言わずに、すべてを受け止めてくれる。

に対して罪悪感のようなものも勿論あるが、それでもクラトスの目にはは全く気にしていないようにも見えた。

だから甘えているとは自覚しているが、それでもその心地良さに浸っていたいと思うのも確かで、クラトスはが何も言わないのに更に甘えて、彼女の元を訪れている。

「何か用?」

全くやる気の見えない声色に、クラトスは微かに苦笑を漏らした―――傍目から見ていれば、その表情は全く変わっていないようにも見えるが・・・。

「用事がなくては、お前のところに来てはいかんのか?」

「用事がないのに私の所に来る理由が、残念ながら見当たらなくてね」

「ただ顔を見に来たというのは?」

「却下。だって貴方、そういうキャラじゃないし」

キッパリあっさり返される言葉に、やはりクラトスは苦笑する。

どれだけの月日が過ぎようとも、彼女の自分に対する反応は変わらない。

それがやけに、安心した。

そんな風に安心感に浸っていると、が急に立ち上がりパタパタとコートの埃を払ってから、ジッとクラトスに視線を合わす。

「ま、しょうがないから相手をしてあげるわよ。折角だし、お茶でもいかが?」

「付き合おう」

「あんたが付き合うんじゃなくて、私が貴方に付き合うのよ」

呆れたように返してから、はクラトスに背を向けてスタスタと歩き出した。

それに小さく笑みを零して、クラトスも後に続く。

馴れた様子で廊下を進み、目的の部屋の扉を開いた。

そこはいつの間にかが私物化している小さな部屋で、こじんまりとしたソファーやテーブルが置かれている―――曰く、『喫茶ルーム』らしい。

「何飲む?」

「何でも構わん」

「あっそ」

クラトスの返事に簡単な返事を返して、は飲物の準備を始めた。

それを何とはなしに眺めながら、クラトスはいつも通りソファーに腰を下ろす。

2人一緒にいる時は、大抵この部屋で過ごしていた。

ここにいると、不思議と邪魔が入らない―――それはこの部屋の存在自体が知られていないからだとは言っていたが、本当の所は定かではない。

それでもこの部屋にはの気配だけが残っており、その柔らかい空気が漂うこの部屋をクラトスも気に入っていた。

「はい、どうぞ」

ぼんやりと柔らかい空気に浸っていたクラトスの耳に、の声が届いた。

「ああ、ありがとう。・・・・・・っ!!」

テーブルの上に置かれたガラスのコップに、反射的に手を伸ばしながら礼を告げたクラトスは、次の瞬間見事なほどに身体を強張らせる。

コップに注がれた、赤い液体。

それ特有の匂いに、クラトスは固まったまま視線だけをに向けた。

「・・・これは?」

「見て解らない?トマトジュースよ」

「・・・・・・私がこれを苦手としている事は」

「勿論、知ってるわよ。ああ、気にしないで。ただの嫌がらせだから」

にっこりと、思わず見惚れそうなほど綺麗な笑顔を浮かべるに、クラトスは無言で冷や汗を流した。

「・・・何故?」

「だって、何でも良いって言ったから」

言葉を濁していても、ちゃんと意味は通じる―――そこは長年の付き合いの賜物とでも言うべきか。

その長年の付き合いの賜物で、クラトスにも理解できる事があった。

それはの機嫌が、最低に悪いという事。

あまり感情を見せない彼女が、どうしてこんな行動に出るほど機嫌を損ねているのか。

思い当たる事が何一つなくて、クラトスは静かにコップから手を離すと、溜息を盛大につきながらに視線を合わせた。

「何かあったのか?」

「別に何も」

「何もなければ、苛付いたりなどしないだろう?」

「何かなきゃ、苛付いちゃいけないの?」

明らかに質問に答えようとしないに、クラトスの眉間に皺が寄る。

それを見ては大きく溜息を吐き出すと、身体をソファーへと預けて無言のまま天井を見上げた。

沈黙が部屋の中を支配する。

先ほどまで感じていた柔らかな空気は、既にない。

部屋の主と同様に、どこか張り詰めた空気がその場にはあった。

「・・・もうすぐ」

無言で天井を見上げていたが、ポツリと呟いた。

「・・・・・・?」

「もうすぐ、シルヴァラントの神子が世界再生の旅に出るんだってね」

「そうらしいな」

「その旅に、クラトスが護衛として同行するんだって?」

「ああ。そうなるだろうな」

「・・・そう」

クラトスの簡潔な返答に、は短く返事を返して再び溜息を吐く。

「・・・今度は、成功するかしら?」

普段よりも幾分か低い声色で、そう呟く。

それにクラトスは無言のまま、を見た。

「・・・成功してほしいのか?それとも成功してほしくないのか?」

「・・・・・・さぁね」

クラトスの問いに、は皮肉めいた笑みを浮かべる。

何時からだろうか?

自分に向けられるの笑みが、どこか曇ってしまったのは。

昔は心を奪われるほど鮮やかな笑顔を浮かべていたというのに―――今のから向けられる笑顔は、どれも悲しみを含んでいるようにクラトスの目には映る。

「そう言えば・・・」

は何かを思い出したかのように浮かべていた笑みを消し、普段通りの無難な笑顔を浮かべてソファーから身体を起した。

「テセアラにも監視を送るんだって。何でもテセアラ側で不穏な動きがあるとか・・・」

「あちらは世界の仕組みについても色々と知っているからな。シルヴァラントに救いの塔が現れれば、神子の再生の旅の妨害に出るかもしれない」

「そりゃ衰退するって解ってるのに、黙ってはいられないよねぇ」

他人事のように小さく笑い、クラトスが嫌そうな顔をするのも構わずトマトジュースに口をつける。

なるべく匂いを嗅がないように僅かに身体を逸らしながら、クラトスは含むような笑みを浮かべるに向き直る。

「だからか。ユグドラシルの機嫌が悪いのは」

「そ。計画の邪魔されちゃ、堪らないってね。テセアラに監視を送る件に関しても、誰を送るか具体的なことが何も決まらないから、更にあの子の機嫌の悪さを煽ってるのよ」

空になったコップをコトリとテーブルの上に置いて、あっけらかんと笑う。

そんなに、クラトスは真剣な面持ちで口を開いた。

「どうにかならんのか?」

「どうにかって?」

「奴の機嫌だ。あいつの機嫌が悪いと、様々な所で支障が出る」

クルシスのトップであるユグドラシルは、精神的な部分がまだまだ幼い。

その時の気分で物事を決める場合が多々あり、その負担は回りの人々に降りかかる。

それは勿論、クラトスやユアンも同様だ。

そんなクラトスを見据えて、は感情というものを顔から消した。

無表情で自分を見詰めるに、クラトスは微かな異変を感じる。

「なんで、それを私に言うの?」

「・・・お前しか、ユグドラシルの機嫌を治せる者はいないだろう?」

「・・・・・・」

クラトスの言葉に、は無言のまま視線を合わせる。

ユグドラシルに意見を通す事が出来るのは、昔も今もだけだ。

ユグドラシルはに強い執着を持っている―――僅かな間も手元から離したくないほどに。

そしてそれを自身も自覚していた。

だからクラトスの言葉は、間違ってはいないのだろう。

真剣な目をしたクラトスから視線を逸らして、それを床に落とした。

「この間さ。プロネーマに遠回しにだけど嫌味を言われたんだよね」

「・・・は?」

突然変わった話題に、クラトスは間の抜けた声を上げる。

それを気に止めず、は淡々とした口調で話し続けた。

「ほら、彼女ってユグドラシルに特別な感情を抱いてるじゃない?だからユグドラシルが執着する私のこと、メチャクチャ気に入らないみたいなんだよね」

「・・・そうか」

「私に喧嘩売るなんて、無謀も良い所だよね。実力で敵う訳ないのにさ。まぁ、色々と役立ちそうだから、とりあえず放っておいたけど」

無表情で恐ろしい事をサラリと言うに、クラトスは僅かに顔を引きつらせた。

言う事が事実だから、尚恐ろしい。

もし彼女の逆鱗に触れれば、プロネーマなど一瞬で消されてしまうのだろう。

「・・・。一体どうした?」

普段とは明らかに違うその雰囲気に、クラトスは恐る恐る声を掛けた。

いつも通り会話をしていたから、彼は忘れていたのだ―――の機嫌が最低に悪かった事を。

クラトスの問いにはにっこりと微笑むと、クラトスの前に手をつけられる事無く残っていたグラスを手に取り、中のトマトジュースを一気に飲み干す。

そしてそれを勢い良くテーブルに叩きつけるように置くと、おもむろに立ち上がって部屋中に響き渡るほどの大きな声で叫んだ。

「あー!!もう、嫌!!」

「・・・・・・は!?」

「私は!ユグドラシルの!!お守じゃないのよ!!!」

突然の乱心に、クラトスは呆然とを見上げた。

そんなクラトスを無視して、は心の中に溜まっているものをすべて吐き出すかのように声を荒げる。

「あんたたちは何時もそう!要求しか口にしない!!」

「・・・?」

「クラトスも!ユアンも!ユグドラシルも!誰も彼も、自分のことばっかり!!会えばその口から出るのは『あれをしてくれ』だの『頼む』だの、もっと他に言えない訳!?」

そう叫んで、肩で荒く息を繰り返しながら踵を返して部屋を出ようとドアに手を掛けた。

背後から掛かるクラトスの声に、は深呼吸を1つして。

「もう、嫌なのよ」

先ほどの勢いは何処へ行ったのか―――小さな声でそう呟くと、クラトスが言葉を発する前に部屋を出た。

そのまま目的を持って、はまっすぐ歩き出す。

解って、いた。

自分が彼らにとって、どんな存在なのか。

自分は代わりでしかないのだ―――大切な人の、代わりでしか。

誰も自身を、本当に必要とはしていない。

クラトスが自分と一緒にいるのは、アンナを失った悲しみを紛らわせる為。

ユグドラシルは『愛している』と口にしながらも、の向こうに最愛の姉の姿を見ている。

ユアンがまだ一番マシだろうか?―――彼は昔も今も、の事を仲間として見ているのだから。

それは解っていたのだ。

けれど・・・例え代わりだとしても、必要とされているならばそれでも良いと思った。

例え最後には1人になろうとも。

どれほど恨みを買おうと。

大切な仲間たちが、自分の信じる道を進めればそれで良いと・・・そう思っていたのに。

それでも、やはり我慢が出来なかった。

もう限界だった―――他人を排除して1人で生きていけるほど、自分は強くない。

目的の部屋まで来ると、はノックも無しにドアを開けた。

そこにいる普段よりは不機嫌そうな青年に向かい、挑むような目で口を開く。

「ユグドラシル」

「・・・どうしたの、。そんな怖い顔して・・・」

「お願いがあるの」

キッパリとした口調で、は彼女自身の望みを口にした。

誰かに必要とされたいと・・・、そう想う事は可笑しな事ですか?

 

 

柔らかな風が、の艶やかな黒髪を空へと舞い上げる。

降り注ぐ温かな太陽の光に微笑みを浮かべ、ソッと目を閉じた。

聞こえてくるのは、ざわめき。

人の生活の音。

そんなものさえ、酷く懐かしく思えた。

「・・・こちらです、神子様」

声と足音が聞こえ、は閉じていた目を開けてこちらに近づいてくる人影に視線を向けた。

赤い・・・燃えるような赤い髪。

昔会った頃とは比べ様もないほど伸びた背。

「なになに〜?君がちゃん?」

軽い口調に、はやんわりと微笑む。

「彼女はマーテル協会からの推挙で、今回神子様の護衛を任されることになりました」

「ふ〜ん。まぁ、別にいいぜ。可愛こちゃんなら大歓迎〜!」

口調は軽いにも関わらず、自分を見る青年の目が鋭い事には気付いていた。

それを交わすように、にっこりと微笑んで。

「よろしくお願いします」

探るような目をしたゼロスに、は手を差し出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ギャグを目指して、あえなく挫折。

最後の方がちょっと解り難そうですが、まぁその辺は次回でと言う事で。

クラトスと絡みがあるのかないのか微妙な話ですが、何とか彼が出せたので少しだけホッとしました。

作成日 2004.10.12

更新日 2007.9.13

 

 

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