城から出たとゼロスは、ゆっくりとした足取りで街へと出た。

前を歩くゼロスを見詰め、やんわりと微笑む。

自分に背中を向けているのにも関わらず、警戒は怠っていない―――もしが襲い掛かったとしても、あっさりとやられる事はないだろう。

あのこまっしゃくれたガキがねぇ・・・。

幼い頃のゼロスを思い出して、は小さく笑った。

 

そのにあるものは

 

「とりあえず、自己紹介でもしとくか」

が笑っていた事に気付いたのか―――ゼロスはピタリと立ち止まると、を振り返ってにっこりと笑う。

「俺様は、ゼロス。愛情を込めて、ゼロスくんって呼んでね」

振り撒かれる愛想に、もにっこりと笑みを返して。

「私はよ。ちなみに私は、成人男性を『くん』付けして呼ぶ趣味はないわ」

にこにこと。

2人は終始絶えない笑みを浮かべつつ、お互いの出方を探っていた。

「へ〜・・・ちゃんって、結構遠慮のない性格なんだ」

「愛想笑いしてまで付き合いたい人がいるわけでもないしね」

そんなのセリフにきょとんとした表情を浮かべて、直後ゼロスはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

「なるほど。俺様、ちゃんに興味が湧いたかも・・・」

「それはどうも」

「でもまぁ、俺様としてもちゃんには色々と聞いておかなきゃいけないことがあるんだよねぇ・・・」

「聞いておきたい事?」

「例えば・・・」

ゼロスはそこで言葉を切って、笑みを浮かべたまま目に鋭い光を宿しを見詰める。

「何で突然、協会が俺様に護衛をつけたのか・・・とか?」

低く這うような声色に、は怯え・・・るわけもなく、意外そうな表情でゼロスを見詰め返した。

一応脅しを掛けたのにも関わらず、返って来た反応の薄さにゼロスも意外そうな表情を浮かべる。

「・・・何?」

「いや、ちょっと意外で・・・」

「だから、何が?」

焦れたように問い詰めるゼロスに、はやはり意外そうに瞬きをしながら口を開いた。

「いきなりそんな風に問い詰められるとは思ってもいなかったから」

の言葉に、ゼロスは言葉もなく口を噤む。

が集めたゼロスに関する情報―――そしてそこから推測したゼロス像は、容易に人に感情を見せず、簡単に人を信用しない。

浮かべた偽りの笑顔ですべてを拒絶し、自ら孤独の中に身を潜める人。

初対面で、その推測があながち外れてはいないだろうと確信した。

それなのにゼロスは今、の推測を大きく超えた行動を示している。

ゼロスならば、例え相手が胡散臭くともあからさまにそれを相手に告げたりはしないだろうと思っていたのに。

はチラリとゼロスを見た。

眉間に皺を寄せて、をジッと見詰めている。

それを目に映して、は思わずクスクスと笑みを零した。

「・・・何がおかしーの?」

「だって、子供みたいなんだもの」

堪えきれずに更に笑い続けるを見据えて、ゼロスは大きな溜息を吐き出した。

なんだか分が悪いような気がする。

何時もの調子が出ない―――目の前にいるという存在が、どことなく懐かしさを感じさせた。

「ま、安心してよ。教皇の手先とかそんなんじゃないから」

「・・・・・・!?」

サラリと告げられたの言葉に、ゼロスは呆気に取られて彼女を見返す。

そんなゼロスに、やはりはにこやかな笑みを向ける。

教皇がゼロスを邪魔に思っていることは、勿論も知っていた。

何度か命を狙われた事がある事も―――だからこそ、協会からの推薦で護衛になったを疑っている事も。

「そんなの、簡単に信じるとでも思ってるわけ?」

「貴方が信じるか信じないかは、貴方の自由よ。ただ貴方が信じようと信じまいと、私が貴方の護衛になることは変えようもない事実だわ」

諭すような口調で・・・けれど言葉の内容は突き放したような意味合いで。

「・・・護衛ね」

どこか人を信用させる雰囲気を持ったを見据えて、ゼロスはやれやれとでも言いたげに溜息を吐いた。

「何か問題でも?」

「んな細っこい腕して、ホントに俺様を護衛出来るのかよ」

挑発するようなゼロスのセリフに、はニヤリと口角を上げた。

「なんなら、試してみる?」

の言葉に、ゼロスも同じように口角を上げた。

 

 

「試してみる?・・・とは言ったけどね」

は呆れたような口調で呟き、チラリと背後を窺った。

聞こえてくるのは、耳が痛いほどの声援。

目に映るのは多くの人々。

そう、ここは―――メルトキオ闘技場。

の実力を見る為というゼロスに連れてこられた先は、の予想外の場所だった。

彼女的には、ゼロス相手に『試してみる?』と言ったのだ。

それがまさか、闘技場で戦う羽目になろうとは。

ちゃ〜ん!俺様応援してるから、頑張れ〜!!」

「コノヤロウ。楽しんでやがる・・・」

グッと拳を握り締め、背後でにこやかに手を振るゼロスを密かに睨みつける。

文句を言ってやろうかと口を開きかけただが、その瞬間対戦相手が闘技場内に姿を現し、文句は残念ながらの胃の中に押し留められた。

絶対に後で殴ってやる。

心の中でそう呟き、は腰の剣を抜き構えた。

試合開始の合図と共に向かってくる男を見据えて、溜息を吐き出す。

不意に、ある人物の言葉が脳裏に甦った。

 

 

「お願いがあるの」

そう言ったを見詰めて、ユグドラシルは小さく首を傾げた。

「・・・お願い?」

「そう、お願い」

「ん〜・・・とりあえず言ってみて。聞いてあげるかどうかは、話を聞いてから」

無難な返事を返すユグドラシルに、は揺るぎない強い光を目に宿し、ゆっくりと口を開いた。

「テセアラに派遣される監視役、まだ決まってないんでしょう?それを私にやらせてくれないかしら?」

「・・・君に?」

驚いたような表情を浮かべて、ユグドラシルはを見据えた。

その表情からは何も読み取る事は出来ない―――ただ揺るぎない決意を秘めている事だけは解った。

ユグドラシルは小さく溜息を吐き出して。

「まずは聞こうか。・・・どうしてだ?」

口調が、先ほどとは一転して大人びたものに変わった。

の前では常に幼い口調であった彼が、今は『クルシスの指導者』としてと対峙している。

「どうして・・・ね。前に言わなかったかしら?たまには貴方の力になりたいのよ」

「それだけ?」

「テセアラに派遣する監視役は、信頼の置ける者でなくてはならないんでしょう?だから今もまだ監視役が決まらない。今自由に動く事が出来るのは私しかいないわ。それとも私は貴方にとって、信頼に値しない?」

の静かな声が、部屋に中に響き渡る。

真剣な表情での真意を読み取ろうとしていたユグドラシルは、小さく息を吐き出してからユルユルと首を横に振った。

「いや、申し分ないけどね」

ポツリと呟いて・・・けれどその声色から、未だ承諾を渋っている事は理解できる。

承諾を渋る理由も、彼にはあった。

「私は、君を遠くにやりたくないんだよ」

それはに対する執着心。

けれどそれ以上の執着心が、ユグドラシルにある事をは知っている。

にっこりと、確信を持った笑みを浮かべては口を開いた。

「今回はチャンスなのよ?今回のシルヴァラントの神子は、今までで一番マーテルの器に相応しいと、貴方は言っていたじゃない」

「・・・・・・」

「懸念材料は、それが育つ前に断つのが一番よ」

黙り込んだユグドラシルに、諭すように声を掛ける。

今までは、ユグドラシルに対してマーテルの名を出した事は一度もない―――だからこそ、彼女の口から出たその名前は、ユグドラシルにとって強い力を持っている。

それに背中を押されるような形ではあるけれど、ユグドラシルは承諾の意を示した。

ありがとうと一声掛けて、優しくユグドラシルの頭を撫でる。

も・・・姉さまが戻ってくるのを望んでいるんだよね?」

途端に幼い口調に戻り、ユグドラシルはにそう問い掛けた。

その問い掛けに、はにっこりと微笑んで。

その微笑みにホッとしたような表情を浮かべるユグドラシルに向かい、は暫しの別れを告げた。

。君まで僕を裏切ったりはしないよね?」

部屋を出る直前、背後から掛かる声に無表情のままで。

「もちろんよ、ユグドラシル」

簡潔に返事を返して、そのまま部屋を出た。

 

 

『勝者!!!』

闘技場内に、実況の声が響き渡る―――その後を追って、歓声が辺りを包んだ。

地面に伏し気を失った男を見下ろして、は剣を収めると自嘲気味に笑う。

。君まで僕を裏切ったりはしないよね?』

念を押すような、ユグドラシルの言葉。

ならば、とは心の中で問う。

裏切りとは、一体何か。

ユグドラシルの言う裏切りとは、一体何なのか。

自身は、今でもユグドラシルの事は大切な仲間だと思っている―――それは昔も今も、変わらない。

「私は裏切ったりしない。―――だって・・・」

ポツリと呟いて、溜息混じりに苦笑する。

続く言葉は、誰に伝わる事無くひっそりと彼女の心の中に収められて。

はじっと、何かに耐えるように自分のつま先を見詰めた。

ユグドラシルの計画を阻止しようと画策しているユアンを、影ながらではあるが庇いだてして。

月日を重ねるごとに無気力になっていくクラトスを焚き付け、その彼は今ユグドラシルの計画の一部を担い。

そして自分は、ウィルガイアから逃げ出してここにいる。

それは、果たして自分が望んだ事なのだろうか?

心の中で問い掛けて―――返って来た答えに、は薄く微笑む。

「おー!やるじゃん、ちゃん!!」

歓声を裂いて聞こえて来たゼロスの声に、は顔を上げた。

視線を巡らせると、楽しげな笑みを浮かべたゼロスの目が合う。

どうしてテセアラに来たのか―――その理由は、自身も理解していた。

ただ、もう一度会いたかっただけだ。

10年以上も前に会った幼い少年に。

苦しみを抱え、それでもそれを吐き出す術を知らなかった少年に。

自分の腕の中で、縋りつくように泣いたあの時―――あの瞬間だけは、確かに自分は必要とされていたとそう思えるから。

「いかがかしら?」

正面から自分を見据えるゼロスに向かい、は良く通る声で問い掛ける。

それを受け、ゼロスは満面の笑みを浮かべて。

「合格〜!!」

ゼロスの声が、耳に痛いほどの歓声と共にの耳に届いた。

その言葉に、はにっこりと―――本当に久しぶりに偽りの無い笑顔を浮かべると、自分を待つゼロスの元へと足を踏み出した。

 

 

逃げた彼女の、その先にあるものは。

そんなもの、勿論にも解らない。

けれど何かが変わるような・・・そんな予感がした。

少なくとも、あの閉鎖された感情の無い天使たちがいる場所に居続けるよりは、多くのものを得られるような気がした。

広がるのは闇。

動き出した時は、決して止まる事はない。

例えそれが、仮初の平和なのだとしても。

それでも確かにそこに、は光を見た。

ちゃん、めちゃかっこ良かったぜ〜!!」

「それはどうもありがとう」

「こんな美人な護衛が付くなんて・・・俺様やっぱラッキーかも」

「さっきまであんなに疑ってた人が、どの口でそんな事言うのよ」

「この口に決まってんじゃん」

キッパリと言い切って笑うゼロスを見やって、も小さく微笑む。

隣を歩くこの青年が、どうか計画の犠牲にならないように。

心の隅で祈りながら、流れる穏やかな空気に身を委ねた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ほ、ほのぼの?(自信無)

一応クラトス夢のつもりですが、ゼロス中心になる予定。

そして何時しいなを出そうかと目論んでいます。

今回闘技場のシーンでリーガルを出そうかと思ったんですが、そうなると話がそれまくっちゃいそうなので残念ながら断念しました。

プレセアも出したい・・・(笑)

作成日 2004.10.14

更新日 2007.9.13

 

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