人々のはしゃぐ声が耳に届く。

広がるのは青く晴れ渡った空と、澄んだ色の綺麗な海。

そして海岸で泳ぐわけでもなくぼんやりとするの視線の先には、ナンパに勤しむテセアラの神子・ゼロス。

さんさんと降り注ぐ太陽の光を仰ぎ見て、は1つ溜息をついた。

 

えない傷跡

〜前編〜

 

がテセアラに来て、既に半年の時が流れていた。

季節は茹だるような暑い夏を経て、冬を迎えている。

迎えた筈だ―――おそらく。

は汗で張り付いた前髪を鬱陶しそうに掻き揚げて、傍らに置いてあったジュースで乾いた喉を潤す。

彼女たちは今、王都メルトキオではなく海の楽園と呼ばれるアルタミラにいた。

それと言うのも、感じる空気が少し肌寒くなって来た頃、ゼロスが突然言い出したのだ。

「しばらくの間、アルタミラでバカンスだ〜!!」と。

彼曰く、寒いのが大嫌いらしい。

寒いとは言っても、まだまだ太陽の下にいれば軽く汗ばむ程度には気候も暖かだった事もあり、は訝しく思いはしたものの『何故?』と問うたりはしなかった。

聞いても支障は無かった筈だ。

けれどは問わなかった―――なぜならば、それは彼女にとって意味のないことだったから。

別に何処に行こうが何処にいようが、構わなかった。

テセアラに来てからの半年の間に、はゼロスを大切な人物だと認識するようになっていた―――だからゼロスがいれば、別に何処に居たって良いと。

しいなに会えなくなるのは、かなり淋しいけどと内心1人ごちて。

ゼロスを通じて知り合った血気盛んな少女の事も、はとても気に入っていた。

しいなのことを思い出して、小さく微笑む。

それと同時にの上から影が落ち、からかうような声が降って来た。

「な〜に思い出し笑いしてんの?ちゃんってば、エッチ〜!」

「やかましい」

「ぐおっ!!」

ニヤニヤと人の悪い笑みを口元に浮かべるゼロスを見上げて、は短く言葉を発すると遠慮なくゼロスの腹に一発入れる。

思ったよりも綺麗に入ったそれに、ゼロスは蹲ってうーと唸り声を上げながら恨めしそうにを見上げた。

「何すんだよ!」

「何って・・・あんた貧弱すぎよ。もうちょっと鍛えたら?」

「俺様の鍛え上げられたこの強靭な肉体に向かって、貧弱とはなんだよ貧弱とは!」

「・・・ふっ」

「お前、今鼻で笑ったろ・・・」

半目になりながら自分を見るゼロスに、はにっこりと思わず見惚れてしまいそうな程綺麗な笑みを浮かべる―――そして一言。

「強靭な肉体なんて・・・あんな軽い一発でダウンするような肉体の持ち主がよく言ったものだわね」

「酷い!俺様ショックー」

わっと泣き真似をしてみせるゼロスを一瞥して、はクスクスと笑った―――それに釣られるようにして、ゼロスも声を上げて笑う。

ひとしきり笑った後、どうやらゼロスはナンパを切り上げたらしく、の隣に腰を下ろしてが持っていたジュースを奪い取り、それを一気に飲み干した。

「あっちー!」

「本当、暑い」

2人して青い空を見上げて呟く。

視線を海に戻せば、こちらをチラチラと窺う人たちの姿が目に映った。

その中には、ゼロスの隣にいるに熱烈な視線を送る少女たちがほとんどで、それを認めたは小さく肩を竦めて笑う。

「視線だけで射殺されそうだわ」

「ああ、俺様もてもてだから」

そんなに向かいゼロスは茶化すように笑うが、その笑みがどこか自嘲めいている事には気付いていた。

行かないの?とが女の子たちを指差せば、ゼロスは彼女を見てニヤリと笑う。

「こんなにビューティーなちゃんが隣にいるってのに、他の女の子の所になんかいけるかよ」

「それにしても暑いわね。ホテルに戻ろうかしら?」

「うわ、サラッと流された」

俺様ショックーと騒ぐゼロスを放置して、は再び空を仰ぐ。

昼を過ぎてからというもの、太陽の日差しは段々と強さを増している。

これで今冬なんだって言っても、信じられないわねと呟きながら。

ゆっくりとした動作で立ち上がると、服についた砂を払い落としてから未だに騒ぎ続けるゼロスを見下ろして言った。

「私、ホテルに帰るわ」

「え、帰んの?んじゃ俺様も帰るかな」

「・・・別に付き合ってくれなくても構わないんだけど」

「なぁに言ってんの!ちゃんは俺様の護衛でしょ〜?護衛は何時も側に居るべきだ!」

そう言って同じように立ち上がったゼロスは、を見下ろしてにっこりと笑う。

守られる方が護衛に合わせるのかと突っ込みを入れたかったけれど、それを言ってこの後もここに留め置かれたのでは堪らないと思い直し、は「ああ、そう」と簡単な返事を返してゼロスを従えホテルに向かい歩き出した。

実際に、がゼロスの護衛として働いた事はここ半年で一度も無い。

まぁ一応は護衛なのだからと何時もゼロスの側には居たが、誰かに襲われるなどと言う日常ではありえない状況に見舞われた事は、幸いな事にまだ無かった。

早々表立って神子を襲うような愚か者はいないだろうけど・・・。

それでもメルトキオで彼を一人歩きさせる事は、少々不安が残る。

けれどここアルタミラでは、おそらくそんな心配は要らないだろう。

何よりも一番の護衛となっているのは、ではなくゼロスに群がる女の子たちだ。

ゼロス争奪戦が激しく、一定の人物が常に彼の側にいることは無い―――それに加えて、群がる女の子の数がメルトキオよりも多く、滅多なことではゼロスに近づく事さえも出来ないだろう。

暗殺者云々というよりも、彼女を取られた男に恨みを買っていそうだが・・・。

「それで・・・何時までアルタミラにいるつもりなの?」

「ん〜?冬が終わるまで・・・かな?」

「・・・・・・何時、冬は終わるの?」

「まだまだ先だな」

返って来たゼロスの答えに、は大げさに溜息を吐き出す。

「なによ、その溜息は。ちゃん、アルタミラ嫌い?」

「アルタミラは嫌いじゃないわよ。ただそこに集まる人間の方が問題ってね」

これからしばらくは、ずっとあの女の子達の熱烈視線を浴びなきゃいけないのか。

そう思うと、は再び溜息をつきたくなる。

やっぱちゃんでも気にするんだ〜・・・とある意味失礼な発言をするゼロスだったが、の「あの熱烈視線を浴びると、片っ端から張り倒して行きたくなるのよ」という彼女の言葉に、ああ納得と深く頷いた。

そこで納得されるのもどうかとは思ったが、が口を開く前に別の所から声を掛けられ、仕方なくは口を噤んだ。

「お待ちください、神子様」

エレベータを待っていた2人の元に、このホテルの従業員らしき男が慌ててこちらに駆けて来るのが見える。

一体どうしたんだと揃って首を傾げていると、従業員は一通の手紙をゼロスに向かい差し出した―――淡い色の上質な紙に細かな細工が施されているそれは、一見しただけで高位の者からのそれだと解る。

ゼロスがそれを受け取ったのを確認した従業員は、深く一礼をしてから持ち場に戻った。

それを見送って、訝しげな表情で手紙を見詰めるゼロスから手紙を引っ手繰る。

「貸して。私が開けるから」

「俺様に来た手紙なんだけど・・・」

「剃刀レターじゃなければ良いわね」

ゼロスの言葉を軽く流して、遠慮なく封筒を開封しようとしたは、そこに押されてある烙印にその手を止めた。

「どしたのよ、ちゃん?」

動きを止めたを眉間に皺を寄せて見るゼロスに、はさっき奪い取った手紙を押し付けるようにして手渡す。

「剃刀レターの心配はなさそうだわ」

「え〜?」

ヒラヒラと手を振りながら呟くは、チンという軽い音と共に到着したエレベータに乗り込み、ゼロスにも早く入れと促した。

それに従いエレベータに乗り込んだゼロスは、再び自分の手元に戻ってきた手紙を凝視して、のその言葉の意味に気付く。

「ああ。確かに剃刀レターの心配はなさそうだな」

ゼロスは手紙に押されてある王家の烙印に視線を落として、おどけるように笑って見せた。

 

 

吐き出した息の白さに、はもう笑うしかなかった。

肌に触れる外気は痛いほど冷たい―――ついこの間までは焼けるような日差しを浴びていたというのに・・・この差は一体なんだろうと1人ごちた。

「うわっ、さみぃ〜!!」

隣でコートの前をかき寄せながら眉間に皺を寄せるゼロスに、思ったよりも寒さが苦手そうには見えないなとは思う。

2人は今、王都メルトキオにいた。

それもこれも、すべてはゼロスの元に届けられた手紙が原因なのだが・・・。

「あれ?とゼロス?」

一刻も早く温かい場所へとゼロスの屋敷に向かっていた2人は、背後から掛かった聞き覚えのある声に振り返る―――そこには呆然と立つしいなの姿があった。

「しいな。久しぶりね、元気だった?」

「やっぱりかい!久しぶりだねぇ!!」

しいなはパッと笑顔を浮かべて、の元へと駆け寄る。

「どうしたんだい?冬の間はアルタミラにいるって言ってなかったっけ?」

「まぁ、色々と事情があってね」

「事情?」

言葉を濁すに、しいなは小さく首を傾げた。

「それよりも、俺様には挨拶は無いわけ?会えて嬉しい〜とか」

「煩いよ、ゼロス。あんたがいなくて街は静かで平和だったのにさ」

「ひでぇな、しいな。俺様傷付いた」

「はいはい。悪かったね」

何時もと変わらない2人の掛け合いに、は微笑ましそうにそれを見る。

やがていつも通りゼロスの態度で激昂しそうになっているしいなを宥めて、漸くしいなが落ち着きを見せた頃、2人がここにいる理由を説明し始めた。

「晩餐会?」

「そう、晩餐会」

呆れたような表情を浮かべるしいなに、はキッパリとそう言いきった。

2人がアルタミラからメルトキオに戻ってきた理由は、晩餐会だった。

「普段は滅多に出ないくせに、今回はわざわざその為だけに戻って来たってのかい?」

「ヒルダ姫様が主催の晩餐会だからね。いくら何でも、いつも通り無視するわけには行かないみたいよ」

見るからに乗り気ではないゼロスをチラリと見ながら、はしいなに耳打ちする。

女好きなゼロスは、けれど多くの着飾った女性たちが集う晩餐会があまり好きではない。

がゼロスの護衛となってから今まで、幾度と無く晩餐会のお誘いはあったけれど、ゼロスが晩餐会に行ったことは一度もなかった。

そんなゼロスを引っ張り出す為か、彼によると定期的に強制的な晩餐会へとお誘いがあるとの事だが、よりにもよってそれがアルタミラにバカンスに行っている時に重なるとは不運としか言い様がない―――しかも冬の中では、おそらく一番寒さの厳しい時期に。

「やっぱり日頃の行いが物を言うんだね」

「なんだとー。品行方正な俺様を捕まえてよく言うぜ」

「誰がだよ!!」

ぎゃあぎゃあと再び喧嘩を始めたゼロスとしいなから視線を空に移して、まるで押しつぶしてくるかと思えるほど近い灰色の雲を見上げて溜息を吐いた。

もしかしたら、雪でも降るかもしれないね。

感じる寒さに身体を震わせ、喧嘩をする2人に声を掛けては一人ゼロスの屋敷に向かい歩き出した。

今までは必要なかった暖炉を、恋しく思いながら。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

またまた前後編。

なるべく長くなりすぎないようにと思うと、やっぱり一話じゃ難しいかな〜とか。

念願のしいな初登場。

本当は出会いから書こうかとも思ったのですが、そうするとなかなかゲーム本編に入れないなぁと思ってカットです。

少しは馴染んできた主人公とゼロス。

ちなみに主人公がテセアラに来たのは、ロイド達が世界再生の旅に出る3年ほど前という設定です。

作成日 2004.10.15

更新日 2007.9.15

 

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