照りつける太陽。

広がる青い海。

浜辺を駆ける者たちの輝く笑顔の中で、しかし砂の上に座り込み、何事かを考え込むように俯く青年が1人。

その傍らで陽気な風景を眺めていたは、チラリと横目に青年を窺って小さくため息を吐き出した。

昨日まではいつもと変わらずご機嫌だったというのに、今朝顔を合わせれば既にこれである。

もはや日課となっているように浜辺へ降りてきたのは良いけれど、ここに着いてからも泳ぎに行くどころか表情は冴えない。

遠くで少女たちが様子を窺っているのにさえ、気付いているのかいないのか。

思えば出会ってから今日まで、彼がこんなにも何かを考え込んでいる様子など初めて見る。

声を掛けようかどうしようかとしばらく悩んだ末、このまま放っておいても辛気臭くなるだけだと判断したは、もう一度ため息を吐き出しながら口を開いた。

「・・・今朝から様子が可笑しいみたいだけど、どうかしたの?」

「ん〜・・・まぁな」

「何かあったの?」

「いや、まぁ・・・俺さまにだって悩みの1つや2つくらいはあるんだよ」

小さくそう呟いて、その視線をへ向ける事もないままため息を吐き出す。

「・・・悩み、ねぇ」

どうせ大した悩みじゃないんだろうとそう思うのは、普段の彼を知っているからだろうか。

いや、もしも彼が重大な悩みを抱えていても、いざとなればそれを悟らせないだろうという確信があるからなのかもしれない。―――だからこそ、こうして目に見えて悩んでいる今は、それほど深刻ではないのではないかと。

そのどれもが憶測であり、にはその真相は解らなかったが。

そう考えを巡らせているの隣で、青年はもう一度ため息を吐き出す。

そう、テセアラの神子・ゼロス=ワイルダーは、今大いなる問題に頭を悩ませていた。

 

彼と彼女の攻防戦

 

ゼロスがを伴ってアルタミラへバカンスに来てから、それなりの日数が過ぎた。

観光地とはいえ、流石に何日も滞在すれば飽きてくるというものだ。―――例に漏れず長いアルタミラでの生活に飽きを感じ始めたゼロスは、この時漸く気付いた。

ここに来てからそれなりに日数が過ぎたというのに、一番身近で一番目新しいものを自分はまだ見ていないという事に。

ゼロスはチラリと横目で呆れた様子を見せるを見やり、小さく息を吐いた。

照りつける太陽。

広がる青い海。

開放的な装いで浜辺を駆ける少女たちのその中で、1人きっちりと服を着込んだの姿は相当目立つ。

しかも薄い生地で出来ているとはいえ、服は長袖。―――しかも全身黒である。

見た目だけでも暑そうだというのに、本人は涼しげなのだから不思議だ。

それはともかくとして、折角海に来たのだから一度くらいはの水着姿を見てみたい・・・。―――そんな考えが浮かんだからこそ、ゼロスは今頭を悩ませているのだ。

面と向かって『水着を着て欲しい』と言っても、彼女は聞き入れてくれないだろう。

それはアルタミラに来た翌日、に一緒に泳ごうと誘ってあっさりと断られた事からも容易に想像がつく。

それでも彼女のことだから、護衛主である特権を使って『命令』をすれば聞き入れてくれるだろう事も解っているが、ゼロスとしてもそれだけはしたくはなかった。―――そんな事をしての水着姿を拝んでも、全然楽しくもないし嬉しくもないからだ。

だからこそゼロスは悩んでいる。

どうやってを説き伏せ、水着を着させるかを。

そんなゼロスを見かねたのか、浜辺で遊ぶ人々を眺めていたが視線をゼロスへと向ける。

「ねぇ、ゼロス。悩みがあるんなら話してみれば?案外あっさりと解決するかもしれないわよ」

更にそう告げられ、ゼロスはチラリとを見やる。

案外、あっさりと解決するかもしれない?

今回の悩みに限ってそれはないだろうとは思うが、しかしこうして考えていても良い案が浮かばないのも確かだ。

こうなれば正攻法で行くしかないかもしれない。―――そう考えを改めたゼロスは、躊躇いがちに口を開いた。

「・・・俺さまさ」

「なに?」

深刻そうな表情で重い口を開いたゼロスを見つめ、は優しい声色で先を促す。

それに背中を押されたように更に続けられた言葉に、しかしの微笑みは凍りついた。

「俺さま、の水着姿が見てーんだよな」

ポツリとその場に落ちた言葉に、一瞬の沈黙が生まれる。

人々の笑い声や波の音が、どこか空しく耳に届いた気がした。

「・・・それが、悩み?」

「そうなんだよな〜。どーやったらが水着着てくれるかと、俺さま昨日から悩んでたわけよ」

あっさりと返ってきた軽い声に、頬を引きつらせたは無言のままで立ち上がった。

そうしてそのままゼロスを見下ろし、ため息を吐き出す。

「・・・くだらない事だろうと思ってたけど、まさかここまでくだらないとは」

ほぼ呆れで構成された声色でそう呟いたは、アホらしいとばかりに踵を返す。

向かう先は比較的人気の少ない岩陰。―――どうやらゼロスを放置して、1人で涼むつもりらしい。

護衛としてはあまり褒められた行動ではないが、ゼロスがそれに文句を言う事はない。

去っていくに置いていかれないようにと立ち上がり、慌てての後を追う。―――よく出来た護衛主である。

しかしこんな事で諦めるゼロスではない。

これくらいの事で諦めるのならば、最初から悩んだりなどしない。

こうなれば押して押して押しまくれとばかりに、ゼロスはの背中に向けて声を放った。

「なんでよ、別にくだらなくなんてないでしょーが。海に来たら水着は基本だろ?」

むしろ海に来て水着にならず、他にどうするというのだ。

自分を護衛するためだというのならば、そんな心配は要らない。―――こんな人の多い場所で、わざわざ神子の命を狙う愚か者はいないだろう。

そう言葉を連ねるゼロスに漸く折れたのか、足早に歩いていたが立ち止まった。

そうしてゆっくりと振り返り、追いついてきたゼロスをじっと見上げて。

「ゼロス」

彼の名を呼んで、はやんわりと微笑む。

優しい優しい微笑み。―――しかしその目が笑っていない事に、ゼロスはすぐさま気がついた。

しかし気付いた時には既に遅し。

「いっぺん頭冷やしておいで」

殊更優しい声色でそう告げられたと同時に足払いをかけられ、ゼロスの視界がぐるりと回る。

直後響き渡った激しい水音に、は皮肉げに口角をあげた。

「な、なにすんだよ!」

「あら、失礼。少し冷静になる必要がありそうだったものだから」

慌ててもがいて先ほど自分が落とされた岩にしがみつきながら文句を飛ばせば、は悠然と微笑みそう返す。

どうやら相当水着になるのが嫌らしい。

何もそこまで嫌がる事でもない気がするのだけれど・・・―――それでもこうして嫌がられれば、意地になってしまうのもまた道理だった。

「そんなに嫌がるって事は、もしかして泳げないとか〜?」

濡れた手では滑るために岩によじ登れないゼロスは、それでも何とか上陸を試みつつもを見上げてニヤリと笑う。

しかし伊達にゼロスの護衛についているわけではない。

そんなゼロスの言葉にもはにっこりと笑みを返し、そうしてそのまま頭上からゼロスを見下ろしたまま口を開いた。

「そんな簡単な挑発に私が引っかかるとでも?」

「ぐっ!」

己の目論見をあっさりと見破られていた事に、ゼロスは悔しそうに口を噤む。

目の前の女性をそう簡単に騙せるとは思っていなかったが、流石にやる事成す事空回りではゼロスとしても痛いところだ。

「・・・そ、そうだよな〜。がかなづちなんて事ねーよな。泳いだところなんて見た事なくても、まさかそんなわけないもんな」

それでもここで引くわけにもいかず、無駄だと知りながらも更に挑発を向けて必死に笑顔を浮かべる。

問題はこれからどうするか、だ。

自分もそうだが、もそうとう意地になっている。

ここまでくれば、きっと並大抵の事では水着を着てくれはしないだろう。

こうなるかもしれないと解っていたから、なるべく成功率の高そうな方法で話を切り出したかったのだというのに・・・―――己の失策を、ゼロスは今更ながらに後悔した。

しかし後悔しても時間が戻るわけではない。

ここで落ち込んでいても仕方ない以上、ここは攻撃の手を緩めるわけには・・・。

岩にしがみつきつつと睨み合っていたゼロスがそう考えを巡らせたその時、突如その場に甲高い悲鳴にも似た声が響き渡った。

「まぁ、ゼロスさま!大丈夫ですか!?」

突然の乱入者に揃って目を瞠り振り返れば、そこには取り巻きを連れた少女が驚きの表情のまま立っていた。

この少女の事を、ゼロスもも知っている。

アルタミラに来てから、一番長く一番強烈な印象を伴ってゼロスの周りにいた少女である。

「ゼロスさま、お怪我はありませんか?」

「あ、ああ。だいじょーぶだって、これくらい。俺さま鍛えてっから〜」

「まぁ、頼もしい!―――あなた。ゼロスさまの護衛だというのに、何をぼさっと突っ立っていますの?さっさとお救いして差し上げて!」

「あ、ええ・・・そうね」

少女の剣幕に押されて、は先ほどのゼロスとの攻防戦も忘れて海に落ちたゼロスに手を差し出した。

確かに少女の言う事はもっともである。―――自分はゼロスの護衛なのだから、彼を助けるのは当然の事だ。

そうして無事海から引き上げられたゼロスは、岩山の上に座り込んで漸く一心地ついた。

自分から海に入るのと、海へ突き落とされるのとでは全然違う。―――まぁ、それに関してに文句を言う気などゼロスには毛頭なかったが。

「それはそうと、ゼロスさま。お話は聞かせていただきました」

「・・・は?」

もうこのままホテルに戻って休みたい衝動に駆られていたゼロスは、しかし唐突に告げられた少女の言葉に思わず目を丸くした。

一体何の事かと少女を見上げれば、彼女は悠然と微笑んでいる。―――そうして同じように目を丸くして首を傾げているを見やり、勝ち誇ったように口を開いた。

「私はこう思いますの。彼女は泳げないのではなくて、自分に自信がないだけなのではないかと」

「は〜?」

置いてけぼりになっているゼロスとを放置したまま話を進める少女に、2人は呆れと困惑の混じった声を上げる。

そんな中、2人は漸く少女の言いたい事を理解した。

どうやら彼女は、先ほどのゼロスとの会話について言っているらしい。

とはいえ、突然現れての失礼な発言に、流石のも不機嫌そうに眉を寄せる。

それを認めたゼロスは、慌てて少女を止めようと手を伸ばした。―――確かにゼロスはに水着を着せたいと思っていたが、彼女の機嫌を損ねたいわけではない。

いかにしての機嫌を損ねる事無く水着を着用させるか、それがゼロスの腕の見せ所なのだ。

しかしそんなゼロスの制止も空しく、少女は挑発的な視線をへと向け、それでも言いづらそうに振舞いながら口を開いた。

「ほら、こう言っては失礼ですけど・・・胸の辺りが」

少女の言葉の直後、その場の空気が凍ったのをゼロスは察した。

あまり自分自身に頓着していないように見えるも、もしかすると気にしていたのかもしれない。―――そんな場違いな感想を抱きながらも、ゼロスは被害が己に及ばないようにと息を殺して2人を見やった。

ここで下手に口を挟めば、海に突き落とされるくらいではすまないかもしれない。

ゼロスにそう思わせる空気が、今この場には流れている。

睨み合う2人の女。

挑発的な少女の視線を受けながらも、しかしはいつもの冷静さを漂わせながら口を開いた。

「・・・女性の価値は胸で決まるわけじゃないと思いますけど?」

「あら?じゃあ一体どこで決まるのかしら?剣の腕前?―――ふふふ、頼もしいですわね」

ピシリ、と更に空気が凍りつく。

まだ少女とはいえ、彼女もまた貴族に名を連ねる者。―――腹の探りあいにかけては目を瞠るものがある。

それだけで言えば、もしかするとよりも長けているかもしれない。

いつもよりも険しくなったの眼差しに、少女は勝ち誇ったように笑む。

少女としても、言い分があった。

折角このアルタミラで神子であるゼロスとお近づきになれたというのに、彼の傍にはいつもがいる。

護衛なのだから仕方がないと思いもしたが、それにしたって2人の仲の良さそうな姿は見ていて面白いものではない。

加えてゼロスがを気にしているのだから、少女がを邪魔に思っても仕方がないのかもしれない。

ただの護衛の身でありながら、ゼロスの一番近くにいるのだ。―――どうにかしてやりたいと思っていた矢先にこの出来事。

これを利用しない手はないと思った。

これで日頃の鬱憤を少しでも晴らせるのならよし。

相手が上手く挑発に乗って水着に着替えてくれれば、周りの男だって放っておかないだろう。

悔しいが、そう思ってしまえるだけの要素をは持っている。―――だからこそ余計に面白くないのだが。

漂う暗雲。険悪な雰囲気。

睨み合う2人の間に火花が散ったような気がして、ゼロスは浮かべていた笑みを更に引き攣らせながら、この場を何とか宥めようと口を開いた。

「あー、あのさー・・・」

「気にしていないとおっしゃるのであれば、水着くらい着替えればよろしいじゃありませんか。ねぇ、ゼロスさま」

「お、俺さまに振るわけ!?」

しかし何か言いかけたゼロスの言葉を遮って、少女は追撃の手を更に伸ばす。

そうして笑顔でゼロスに向かい微笑みかける少女の言葉に、ゼロスは声を裏返させながら抗議の声を上げた。―――ここに来て自分を渦中に放り込むなんて・・・と。

少女の問い掛けに、の視線がゼロスに移る。

その瞳に映る様々な感情に、ゼロスは困り果てたように乾いた笑みを浮かべた。

確かに最初に問題を提起したのは自分である。

との攻防戦にどう手を打とうか頭を悩ませていたのも確かだ。

だがしかし、まさかこんな展開になるとは・・・。

「あー・・・いや、別にが嫌ってんなら・・・」

「着替えるわ。着替えればいいんでしょう?」

しかしまたもやゼロスの言葉を遮って、が不機嫌そうな面持ちを崩す事無くそう言い放った。

それにゼロスが目を丸くするのを横目に、は踵を返す。

「ゼロス、水着は?あそこまで言うんだから、ちゃんと用意してるんでしょう?」

「あ、ああ。えーっと・・・荷物の中に・・・」

「ご丁寧にどうも」

自分で言っておきながら、まさか本当に用意しているとは思っていなかったは、呆れ混じりにため息を吐き出しつつ荷物の元へと向かう。

その背中を呆然と見送ったゼロスは、突然動き出した現実に目を瞬かせる。

「さぁ、ゼロスさま。私たちも行きましょう。折角の海なんですもの」

立ち尽くすゼロスの腕をするりと取って微笑む少女を見下ろしながら、ゼロスは日頃から培った愛想笑いをすぐさま貼り付け、促されるままに歩き出す。

色々と横道に逸れたりもしたが、結果的には水着に着替える事になった。

自分の望みどおりになったというのに、どうして心から喜べないのだろうか。

「どうしました、ゼロスさま?」

「あ、いや、なんでもねーよ」

やんわりと微笑む少女に明るい笑みを返しながら、ゼロスはの去った方向へと視線を向けて、戸惑いがちに小さく息を吐いた。

 

 

ざわり、と辺りの空気が変わる。

そんな中、ゼロスが用意したという水着の中から比較的大人しめのものを選んで着用したは、アルタミラの明るい雰囲気にはそぐわない憂鬱そうな面持ちでビーチへ姿を現した。

どうして自分は水着なんかを着てビーチに突っ立っているのだろう。

そんな疑問が微かに脳裏を過ぎったが、すべては既に遅い。―――ゼロスと少女の挑発にまんまと乗ってしまった自分が悪いのだ。

そうしては、自分に集まる視線に気付いて僅かに眉を寄せる。

自分が水着を着ている事が、そんなに可笑しいのだろうか?

ホテルの部屋で何度も何度もチェックした己の姿を改めて確認し、は困ったようにため息を吐き出した。―――こんな格好をするのは初めてなので、可笑しいのかどうかよく解らない。

一方、そんなを少し離れたところから見ていたゼロスは、現れたの姿に目を丸くした。

いつもきっちりと服を着ているためか、日焼け1つしていない透き通るような白い肌。

自身が気にしているらしい胸も、確かにそれほどのボリュームはないが、すらりとした手足といい全体的なスタイルは上出来だ。

何より変わったのが、その雰囲気だろうか。

いつもは隙がなく声を掛けづらい雰囲気も、水着に着替えただけでいつの間にか消えている。

ビーチに立ち、途方に暮れたように視線を彷徨わせているを、ゼロスは呆然と見つめる。

早く声を掛ければ良いというのに、何故か足が動かない。

まさか、ここまで変わるとは思ってもいなかった。

女は服装や髪型でガラリと雰囲気が変わるものだと改めて感心していると、ふと立ち尽くすに近づく男の姿が目に映り、ゼロスは無意識の内に足を踏み出していた。

男はなにやら熱心にに声を掛けている。

当のは普段通り迷惑そうに対応しているが、どうやら男に引く気はないらしい。

そんな男にイライラを募らせながら、ゼロスは早足での元へと歩み寄ると、やや強引に2人の間に身体を滑り込ませ、有無を言わさぬ声色でキッパリと言い放った。

「悪いけど、この子俺さまのだから」

「ゼ、ゼロスさま!」

アルタミラで・・・―――否、テセアラでゼロスを知らぬ者はいない。

特に今回は滞在が長いため、男の方もすぐにゼロスが誰なのかを察したらしく、慌てた様子でどこかへと去っていった。

こんなところでも神子の権限は有効なのだ。

それをどこか苦々しく思いながらも振り返ると、助けられたはずのは憮然とした様子でゼロスを見上げていた。

「・・・いつ私がゼロスのものになったの?」

腕を組み、ジロリと睨み上げるようにゼロスへ視線を向けながらそう告げる

しかし普段とは違う格好だからか、いつものような威圧感は感じない。―――それどころか、そんな姿さえ可愛らしく見えてしまうから不思議なものである。

そんな本人に知れたら拳の1つでも飛んできそうな事を思いながらも、それを口には出さずにゼロスはヘラリと笑ってみせた。

「別に間違ってねーだろ?ちゃんは俺さまの護衛なんだからさ」

実際、ナンパを追っ払うにはアレが一番有効な手なのだ。

それを解っていながらも、は納得できないとばかりに眉を寄せて。

「・・・言い回しに問題があると思うんだけど」

「問題があるような言い回しをしたんだよ」

あっさりと返ってきた言葉に、は思わず噴出す。―――それを見て同じように笑ったゼロスは、改めてを見下ろしてニヤリと口角を上げた。

「いや〜、さすがちゃん。水着姿も似合ってるぜ〜」

「・・・なんだかものすごく屈辱的なんだけど」

「なんだよ。折角俺さま直々に褒めてやってんのに」

「だからこそ屈辱的なんでしょう。まったく・・・―――こんな歳になってこんな格好する羽目になるなんて・・・」

ゼロスの褒め言葉に不本意そうな面持ちを浮かべて文句を言うを見下ろして、ゼロスは小さく笑う。

後半部分の言葉は声が小さすぎて上手く聞き取れなかったが、どうやらは水着姿になるのが相当嫌だったらしい事だけは解った。

「まーまー。折角水着着たんだからさ、今日は存分に遊ぼうぜ」

放っておけばいつまでも文句を言っていそうなを宥めつつ、ゼロスは視線を海へと向ける。

こんな機会は滅多にないのだ。

次に水着を着てくれるのは、いつになるか解らない。

どうせなら思う存分遊んで、メルトキオに戻った時に留守番をしているしいなに自慢してやらなければ。

そんなゼロスの心中など知る由もなく、しかしゼロスの提案に考え込むような素振りを見せたは、直後諦めたようにため息を吐き出した。

ここまで来てしまったのなら仕方がない。

ゼロスの言う通り、経緯はどうあれ折角水着を着たのだ。―――彼の言うようにたまには遊ぶのもいいかもしれない。

半ば諦め混じりにそう結論付けて、はゼロスの提案を受け入れた。

「・・・で、遊ぶってなにするの」

受け入れたのならば、もうごちゃごちゃ言っても仕方がない。

それよりも一体何をするのかとそう問い掛ければ、の言葉に考える素振りを見せたゼロスは、ポンと軽く手を打って指を海へと向けた。

「ん〜・・・。じゃあ、あそこに見える小島にどっちが早く辿り着くかってのはどうだ?泳げるんだろ〜?」

「・・・いいでしょう。受けましょう、その勝負」

からかうように告げるゼロスの楽しげな眼差しを見返して、もまた挑戦的な眼差しでひとつ頷く。

泳げるといったのは嘘ではないのだ。―――ここでそれを証明するのも良いかもしれない。

話が決まれば、後は行動するのみ。

珍しく2人揃って海へと入る姿を周りの人間が見守る中、ゼロスとはお互い顔を見合わせて。

「んじゃ、よーいスタート!!」

ゼロスの掛け声と共に、勢いよく海へとダイブする。

それと同時に感じる水の冷たさ。

こうして泳いだのはいつ振りだろうと、腕や足を動かしながらはぼんやりと思う。

これまでの人生を振り返って、泳いだ事は何度もあるが、こうして水遊びをしたのは初めてかもしれない。―――もっとも、昔はそんな事をする余裕すらなかったというのが事実だが。

けれどこうして泳ぐのも、意外と楽しいかもしれない。

ビーチでは暑すぎる日差しも、こうして海の中にいれば心地良いものだ。

そうして一身に目的の小島まで泳ぎきったは、水着を着た時とは違う爽快な気分で顔を上げた。

キラキラと、水しぶきが辺りに飛び散る。

それをぼんやりと見つめていたは、その直後に小島へと辿り着いたゼロスに気付いて振り返った。

「は〜、ちゃんってばなかなか泳ぐの早いな〜」

はぁはぁと息を切らせて小島へ上陸するゼロスを見上げながら、はやんわりと微笑む。

確かには泳ぐ事は出来る。

しかし、それほど早く泳げるわけではないのだ。

アルタミラに来てからこれまで、が見た限りでは、ゼロスは泳ぎは得意そうだった。―――そんな彼に勝てるなど、最初から思っていなかったが・・・。

「んじゃー、はいよ」

不意に目の前に差し出された一輪の花に、は目を丸くする。

何事かと視線を上げると、そこには得意げに笑うゼロスの姿があった。

「見事勝利を収めたちゃんに、敗者の俺さまからのプレゼント」

そう言って差し出された花を素直に受け取ったは、堪えきれないとばかりにくすくすと笑みを零す。

は、この勝負でゼロスに勝てるとは思っていなかった。

それでも勝てたという事は、きっとゼロスが手加減をしたという事なのだろう。―――もしかするとそれは、強引に水着を着せて海へと引っ張り出したという、ゼロスの罪悪感からきたのかもしれない。

普段ならばそんな手加減など逆効果だろうが、今回ばかりは何故か腹は立たなかった。

それはこの青い海がそうさせたのかもしれなかったし、アルタミラという場所の明るい雰囲気がそうさせたのかもしれない。

けれどこんなところで不機嫌になっても何の意味もない事だけは確かだと思った。

たまには、こんな扱いも良いかもしれないと。

花を受け取ったを見下ろして、ゼロスは満足げに笑っている。

そう、普段は気を抜けないだろう彼が、こうして楽しそうに笑っているのならばそれも良いかもしれない。

「・・・ありがとう、ゼロス」

甘い匂いを放つ花の香りを胸いっぱいに吸い込んで、は言葉少なくお礼を言うと、普段よりも柔らかな面持ちでやんわりと微笑んだ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんとなく終わりが微妙な気もしますが。

しずかさま、3万ヒット代理リクありがとうございます。

お待たせいたしました。

リク内容は、『ゼロス夢でアルタミラバカンス』という事で。

とりあえずゼロスが限りなく偽者チックですが、(というか彼の話し方が本気で解らなくなってきましたが)とりあえず脳内で変換して読んでいただけたらと。(意味ない)

こんなものでよろしければ、しずかさまのみお持ち帰りどうぞ。

作成日 2008.2.4

更新日 2008.2.8

 

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