が青学に転入してきて、早数ヶ月。

すっかりクラスにもテニス部にも溶け込み、そこにいるのに違和感がなくなった頃。

も俺もインドア派なのか・・・普段の休み時間などは教室で本を読んだりして過ごす事が多く(の場合は、たまに菊丸たちとグラウンドで遊んでいるが)クラスが一緒だということもあって、俺とは大抵一緒にいた。

あまり人と一緒にいるという経験がなかった俺にしては、かなり珍しいと自分でも思う。

最近ではが隣にいることに違和感を感じるどころか和んでいる節まであり、そう思うと何故だか少し可笑しくなった。

そのが、ある日突然こう言い出した。

「やっぱり、秋といえば焼き芋よね・・・」

唐突過ぎるその言葉に、俺は彼女が何を言いたいのか理解できず、ただ読んでいた本から顔を上げて、窓の外を眺めているに視線を向ける。

窓の外からは、『石焼き芋〜』という気の抜けた声が聞こえていた。

 

青学大

 

「手塚・・・、焼き芋食べたくない?」

いきなりの質問に、俺は正直なんと答えていいものか分からなかった。

そうだな・・・と相槌を打てばいいのか、何を言ってるんだ・・・とツッコミを入れればいいのか、判断しかねたのだ。

だから自然と黙り込んでしまったわけだが、は大して気にした様子もなく、じっと自分の顔を眺めてくる俺に対して、もう一度同じ言葉を呟いた。

「手塚、焼き芋食べたくない?」

「・・・なんだ、急に?」

「手塚って焼き芋嫌いだっけ?」

「人の話を聞け・・・」

どこか噛み合っていない会話に、思わずこめかみを押さえた。

は決して頭の回転が遅いわけではなく(寧ろ驚くほど早い)、だからこういう風に会話がかみ合わない時は、自分の考えに没頭していて人の話を聞いていない時か、相手をあしらって(からかって)いる時のどちらかだ。

果たして今回は、どちらなのだろう?

「・・・・・・いい天気よね〜?」

は突然、のんびりとした口調でそう言った。

・・・というか、焼き芋の話はどうした。

「なんていうの?こういうのって・・・秋晴れとかっていうのかしら?」

見つめる窓の外には、白い雲が所々あるものの鮮やかな青色に染まっている。

「そうだな、いい天気だな・・・」

俺は同じように窓の外を眺め、の言葉に賛同する。

「で、手塚って焼き芋好き?」

いきなり話が戻ってきた。

どうやらは焼き芋のことを忘れたわけではないらしい。

「手塚は焼き芋、皮剥いて食べる方?それともそのまま?あたしはね、皮のまま食べる方。剥いた方がいいかな〜とか思うけど、その方が美味しいんだよね〜」

焼き芋を食べた時の事を思い出しているのか、どこか幸せそうに笑みを浮かべながら、しかし窓の外から視線を外さない。

そんなを見ていて、俺は質問の答えを返そうと記憶を辿った。

あまり買い食いなどしない性質だし、家でもそう言ったものが出ない(というかあまり俺が食べない)為、すぐに焼き芋に関しての記憶が出てこない。

・・・というか。

「・・・・・・・・・手塚って、もしかして焼き芋食べた事ない、とか?」

俺自身自覚はないが、おそらく俺の顔が不審気に歪んでいたんだろう。

が窺うように、俺の顔を覗き込んできた。

「・・・ああ」

いくら記憶を辿っても、焼き芋を食べた記憶が出てこないので、俺は正直に答えた。

するとは驚いたように目を丸くし(そんなに驚く事か?)少し考えるように目線を泳がせて、それからにっこりと微笑んだ。

「それじゃ、食べに行こうか!」

「・・・・・・何をだ?」

「だから焼き芋。今その話してたんでしょう?」

「・・・・・・それはそうだが」

あまりにも突拍子もない提案だったから、一瞬何がなんだかわからなかっただけだ。

「そうと決まれば、さっそく行こう!早く行かないと焼き芋屋さん行っちゃうし!!」

「待て、今から行くつもりか?」

「もちろん!」

なんの迷いもなく頷く

というか、今はまだ学校が始まったばかりの時間だぞ?

授業はどうするつもりだ!?

そう聞けば返ってくる言葉が簡単に想像できて、俺は思わず聞くのを躊躇った。

その合間にもは自分の席から立ち上がり、教室を出て行こうとする。

止めるべきなのだろうが・・・俺にあいつを止められるだろうか?

「手塚、行かないの!?」

ドアのところで、がこちらを振り返り首を傾げた。

授業をサボるなど言語道断。

ましてやそれが焼き芋のためなど・・・・・・呆れて物も言えない。

そう思いつつも、俺は気がつけば立ち上がっていた。

ドアの傍に立っているが、楽しそうに笑ったのを目に映し。

俺は小さなため息を1つ吐くと、の後を追った。

 

 

「・・・もしかして、ここから外に出るつもりか?」

何となく否定して欲しくてそう言った俺の言葉に、は躊躇いもなくあっさりと肯定する。

俺の目の前には、決して低いとは言えない壁。

青学の敷地を囲っている塀は、俺の身長よりも高い。

しかしはニコニコと笑顔を振り撒きながら、傍に立っている大きな木に登り始め、塀の上に腰掛ける。

「ほら、早くおいでよ。手塚って木登りできないわけじゃないでしょ?」

ずいぶん手馴れた様子だが・・・・・・、おそらくこういう風に学校を抜け出すのは、そう珍しい事じゃないんだろう。―――そう言えば、は時々授業をサボる時がある。

確かに校門から堂々と出て行くわけには行かないだろうが、もっと他に方法はないのだろうか?

それよりも何故俺は、に付き合ってここにいるんだ?

そんなことを考えてみても、別に無理やり連れてこられたわけではなく、寧ろ進んで着いて来た感が否めない俺に、を責める権利はない。

「・・・どうしたの?やっぱり行くのやめる??」

どこかからかうようなその口調に、俺は思わず木に手をかけた。

別にムキになる必要などないのだが・・・―――のクスクスと笑う声に、思わず眉間の皺が寄るのが自分でもわかった。

「・・・・・今行く」

俺が木を登り始めたのを見て、は今度こそ声を上げて笑い、そのまま塀の外にヒラリと姿を消した。

後を追うように塀の上に上り、そのまま塀の外に着地すると、もうそこにの姿はなかった。―――慌てて辺りを見回すと、少し行った所に止まっている石焼芋のトラックの傍にはいて、年配の男の人(おそらく芋を売っている人だろう)となにやら談笑していた。

ずいぶん早い行動に思わず感心しつつ駆け寄ると、すでに購入していた石焼芋の入った紙袋を大切そうに抱いて、はにっこりと微笑んだ。

「あ、手塚。見て見て、美味しそうでしょ〜?」

「あはははは、嬉しい事言ってくれるねぇ・・・」

男は見るからに学校をサボっている俺たちを責める様子もなく、嬉しそうに笑った。

代金を払ってそのまま去っていく石焼芋の男ににこやかに手を振っているを見て、思わず知り合いなのかと思い聞いてみると、

「・・・ううん、全然」

となんともあっさりとした答えが返ってきた。

知り合いでもなんでもない、初めて会った人にあれほどまでに馴染めるとは・・・。

俺には真似できないな、と思った。

そしてそれをいとも簡単にやってしまえるを、少し羨ましく思う。

「ほらほら、いつまでもこんなとこいたら先生に見つかっちゃうわよ?ボケっとしてないでさっさと着いて来る!」

いつの間にか先を歩いているに急かされて、俺は再び駆け足でを追いかけた。

 

 

に連れられて来たのは、青学の近くの土手。

まだ早い時間だからか、ほとんど人はいない。

その一角を陣取って、はおもむろに石焼芋の入った紙袋から1つ取り出し俺に渡した。

手の平からはみ出る大きさの石焼芋。

皮には少しこげた部分があり、2つに割るとふんわりとした香りと湯気が立ち上る。

食欲をそそられるそれにかぶりつくと、口の中に甘い味が広がった。

「どう?美味しいでしょ??」

どこか誇らしげにそう話し掛けてくるに小さく頷くと、またもや嬉しそうに微笑んだ。

も俺と同じように焼き芋にかぶりつき、美味しそうに顔を綻ばせる。

いつも思うのだが、は実に表情が豊かだ。

嬉しい時も怒っている時も、その表情を見れば一目瞭然。

以前それを本人に言った時には、『手塚が表情変わらなさすぎなだけ』とあっさり返された。

自覚がないわけではないが・・・それにしてもは表情豊かだと思う。

に勧められるままに焼き芋を食べつづけ、抱えるほどあった焼き芋があっという間にその姿を消した頃。―――は改めて俺の顔を見返し呆れたように呟いた。

「それにしてもねぇ・・・」

「何だ?」

「あー・・・いや、誘っておいてなんだけど・・・本当にサボって良かった訳?」

少し気まずそうに視線を泳がせながらは言った。

「・・・本当に今さらだな」

「まさか本当についてくるとは思ってなかったもん・・・」

頬を膨らませて、ふてくされたようにその場に寝転がる

本当についてくるとは思わなかった、か。

確かに今までの俺なら、こんな風に授業をサボるなんてことしなかっただろう。

いや、今までと言っても・・・俺の何が変わったわけでもないが、強いて言えば・・・。

「違う事をしてみたかっただけなのかもしれない」

「・・・は?」

ポツリと漏らしたその言葉は、ちゃんとに聞こえていたらしい。

それでも俺はそれに答えず、に習って土手に寝転がった。

目の前に広がるのは、青い青い空だけ。

辺りにあまり高い建物がないせいだろうか?―――こんな風に空だけが見える、というのも珍しい。

は何も言わなかった。もちろん、俺も。

聞こえてくるのは風が葉を揺らす音と、誰かがはしゃぐ声、犬の鳴き声に、遠くを走る車の音。

こんな風に時間を過ごしたのは、一体いつぶりだっただろう?

少なくとも最近は忙し過ぎて、こんなにのんびりとした時間は持てなかった気がする。

テニス部の部長になって、生徒会長まで任されて。

仕事に追われた。―――大好きなテニスが、出来なくなるほどに。

「あ、飛行機雲・・・」

今まで黙って空を眺めていたが、ポツリと呟いた。

指さす方向を見れば、そこには確かに飛行機雲。

「あははっ、ラッキー!」

楽しそうに笑うに、俺は視線を向けた。

「・・・それほど珍しい物ではないだろう?」

「そう?でも・・・あんまり見ないよね?」

「それは・・・そうだが・・・・・・」

言われてみれば、飛行機雲を最後に見たのはいつだっただろう?

小さい時には、確かにそれを見て喜んでいたはずなのに。

飛行機雲を見つけると、それがなぜがとても貴重なもののように思えたときも、確かにあったはずなのに。

「いつでも見れると思うとさ、案外見てないもんなんだよね・・・」

ため息混じりにそう言い、自重気味に笑う

「空って広くて見てて気持ちのいいものだけど、いつでもあると思うと普段は目にとまらない。もしかしたら・・・突然なくなってしまうかもしれないのに・・・」

突然・・・なくなる?

「空はなくなったりしないだろう?」

そう聞き返すと、空を眺めていたがふと俺に視線を向けて。

一瞬寂しそうな表情を浮かべて、そしてにっこりと微笑んだ。

「・・・そうだね。空はなくなったりしないよね」

いつも通りの明るい声で、陽気に笑う。―――けれど、彼女がさっき浮かべたあの寂しそうな顔が、何故か俺の頭の中から離れなかった。

そう、空はなくなったりしない。

なら、どうしてあんな寂しそうな顔をする?

もしかして、の言っていた事は・・・空の事ではないのだろうか?

「なんかさ〜」

俺の考えを吹き飛ばすかのような大きな声でそう言葉を吐き出したは、ゆっくりと起き上がると大きく伸びをして・・・。

「珍しいカタチの石を見つけたり、面白いカタチの雲を見つけたり、こうやってのんびり焼き芋食べたり?・・・・・・そういうのって、何か嬉しい。ホッとして安心するっていうか・・・。上手く言えないけど・・・小さな幸せっていうの?そんな感じ」

穏やかな口調でそう言ったは、寝転がっている俺の顔の上に何かを差し出した。

それを手にとって見てみる。―――それは黒い、つるつるとした小さな石で。

よくこんな石を見つけては、手に取っていた事を思い出した。

小さい頃は、理由もなく幸せだった気がする。

もちろん今が幸せでないわけじゃない。―――それでもあの頃は、今よりずっと自分勝手に生きていたようだ。

些細な事が嬉しくて、楽しくて・・・―――大人から見れば、どうしてこんなことがうれしいのかと思うほどに。

「小さな幸せか・・・」

思わずの言葉を反芻した。

はそんな俺に再びにっこりと微笑んで。

「そ。案外そういうのってその辺に転がってるのかもしれないね。見つけられるか、見つけられないかの違いで・・・」

「・・・そうだな」

「・・・だとしたら、子供は小さな幸せを見つける天才だね」

その言葉に、思わず小さな笑みが零れた。

『手塚って、といる時は表情が柔らかいよね』

ふと友人のその言葉が頭の中に甦る。

その時はどうなのだろうと思っていたが、もしかしたら本当にそうなのかもしれない。

こんな風に笑ったのは、本当に久しぶりのことだった。

 

 

今さらだが、午後の授業は受けようと言うことになって。

俺たちは学校に向けて、テクテクと歩いていた。―――そんな時。

「ねぇ、手塚。聞いてもいい?」

が不思議そうに首を傾げて、俺を見上げてきた。

「・・・なんだ?」

「何で授業サボったの?」

「・・・・・・何故、とは?」

「だってさ、手塚ってバカみたいに真面目で、融通利かなくて頑固で?今まで授業サボりたいなぁ・・・なんて思ったことないでしょ?今まで誘っても着いてきた事なかったし。それが何で今日に限ってなのかな・・・と思って」

バカは余計だ、と言い返したかったがそこは何とか抑えた。

しかし・・・何故といわれても・・・、俺自身もどうしてなのかわからない。―――・・・ただ。

「違う事をしてみたかっただけなのかもしれない・・・」

「・・・それってさっきも言ってたね」

俺はコクリと1つ頷く。

何となく・・・そう、何となくなんだ。

やることが多くて、多すぎて・・・―――いつも何かに追い立てられるように毎日を過ごしていて、やりたいと思うことも満足に出来ずに。

ふと、これでいいのか?と思うときがある。

そんなとき、を見て思ったんだ。

はどんな中にあっても自由で、やりたいことをやって、やりたくないこともそこそこにはこなして。

いつも笑っていた。―――本当に楽しそうに。

「俺はただ・・・羨ましかっただけなのかもしれない」

「・・・何が?」

「お前がだ」

「あたしが???」

は目を丸くして驚く。―――そんなに驚く事でもないだろう?

俺はから視線を逸らして、今まだ青い空を見上げた。

「俺はが羨ましかった。俺にはないものを多く持っているお前が・・・。お前といればそれを手に入れられるかもしれないと・・・思ったのかもしれない」

思ったことを口にして、の反応を見るために隣を見ればそこにの姿はなく。

慌てて振り返ると、少し離れたところで立ち止まり、俺の顔を凝視している。

「・・・どうしたんだ?」

俺の問いかけには答えず、は少しだけ俯いて。

「あたしは・・・そんなにいい人間じゃないよ。そんな・・・羨ましがってもらえるほど、いい人間じゃない」

「・・・?」

「あたしの方こそ・・・手塚が羨ましい。あたしが絶対に手に入れられないものを、手塚は当たり前みたいに持ってるから・・・」

未だ歩き出そうとせずに俯いたままのに、俺は小さく首を傾げた。

一体どうしたというんだろう?俺が何か悪い事でも言ったのか??

俺が持っているもので、が絶対に手に入れられないものとは何だ?

にどう声をかけていいのか分からず、どうしようかと頭を悩ませていると、突然が小さく笑い声を上げた。

「・・・・・・?」

「いや・・・ごめん。ちょっと面白いなと思って・・・」

「面白い?」

「そう。だってさ、人って人を羨ましいと思わないではいられない生き物なんだなって。自分が持ってるものには気付かないで、人の物ばかり欲しがってる。・・・隣の芝生は青いってよく言ったもんだよねぇ・・・」

そう言っては再び笑い始めた。

俺はの言わんとしていることが何かを知って、同じように笑みを浮かべた。

「でも、ありがとうね」

「いや、俺の方こそ・・・」

意味もなくお互いに礼を言い合って、もう一度笑った。

再び歩き出して学校が見える場所まで来た頃、俺は疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「どうして、サボリに俺を誘ったんだ?」

「う〜ん。どうしてって・・・」

実は不思議に思っていたんだ。

いつもは勝手にサボっているが、どうして俺を誘ったのか。

じっと顔を見る俺に、は困ったように視線を泳がせて。

それでも俺が引く気がないことを察したのか、諦めたようにポツリと言った。

「だって、手塚。ストレスたまってそうだったから・・・」

告げられた言葉は、俺の予想外で。

まさか俺のために・・・なんて思っても見なくて・・・。

やはり顔を凝視する俺に視線を向けて、は悪戯っぽく笑った。

「なんてね。実は焼き芋が食べたかっただけなのかもしれない」

その言葉に、俺は「らしい」と軽く返して。

今度は正門から堂々と、青学に戻った。

 

 

こんな風になりたいとか、誰かを羨ましいと思うとか。

それは人間にとっては、当たり前にある感情かもしれない。

は言った。―――『自分には絶対に手に入れられないものがある』と。

本当に手に入れられないのか?と聞くと、そうだと即答された。

それが何なのか、俺には到底わからないけれど。

俺が羨ましいと思うだって、人を羨ましく思うときがあるんだ。

だが・・・――――――。

午後の授業が終わって部活の準備をしていた時、俺はふとポケットに入っていた黒いつるつるとした石を手に取った。

石特有のひんやりとした感触が、手に気持ちいい。

これを見るたびに俺はきっと、『小さな幸せ』を思い出すだろう。

それを思い出させてくれたのは、他でもないなんだ。

「何やってんの、手塚?部活行かないの〜?」

いつの間に準備を終わらせたのか。―――は既にカバンを持って、教室のドアのところから不思議そうに俺を見ている。

「ああ、今行く」

俺は石を再びポケットに入れて、カバンを手にの後を追った。

心の中で、小さな幸せを確かに感じながら・・・。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

手塚、ストレス爆発です(笑)

そしてやはり意味不明。最初はギャグにしようと思ってたはずなのに〜?

そして、最後の方何気に暗い??(何があったんだ)

作成日 2004.1.29

更新日 2007.10.2

 

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