青学に入学してから、やっぱり『不二の弟』って言われる数が多くなって。

しばらくほっとけば減るかとも思ったけど、それはどんどん酷くなる一方だった。

その日も朝からクラスメートに散々似たようなこと言われて(兄貴との仲を取り持ってくれって女子に言われた)腹が立ったから3時間目はサボろうと思って屋上に来たんだ。

そしたらそこで、変な先輩に会った。

 

れの先輩

 

「・・・痛てっ!!」

屋上のドアを開けてすぐ、いきなり上から何かが落ちてきて頭に直撃した。

「ああ、ごめんごめん。だいじょうぶ〜?ケガなかった??」

落ちてきたのは缶ジュース。

未開封でよかったと思いながら上を見てみれば、ドアを取り付けるために出っ張ってる部分の上に女生徒が1人。

その人を俺は見たことがある。

何でも絶対に女マネは取らないってことで有名だった男子テニス部が、唯一マネージャーに承諾したっていう、ある意味有名な先輩。

名前は・・・なんて言ったっけ?

「お〜い、少年。だいじょうぶ〜?」

「・・・ハイ」

ボーっとしているうちにかなり心配させてしまったみたいで、俺は缶ジュースを手に持って先輩がいる場所まで登った。

「・・・これ」

「ああ、いいよ、それあげる」

俺が落ちてきた缶ジュースを手渡そうとすると、あっさりとそう言われてしまって俺は思わず目を瞬かせる。

「・・・は?」

「いや〜、さっきジュース買ったんだけどさ。珍しい事に当たりつきの自販機でね。運がいいことに当たっちゃったんだよ。あ、それ嫌い?」

「・・・いえ、別に」

「じゃあ、あげる。処理に困ってたから飲んでよ。これも何かの縁だし?」

どんな縁だと心の中で突っ込みながらも、別に断る理由もないかと思ってありがたくもらっておいた。

買ったばかりなのか、まだひんやりと冷たい。

俺は一応目的があって屋上に来たわけだし(サボリだけど)他に行く場所なんてないし(うろうろしてたら先生にみつかりそう)、なんかその場の雰囲気もあって先輩の隣に座った。

すると先輩は俺の方をチラッと見て、にっこりと笑った。

すげぇ・・・なんか、可愛い。

さっき見たときは可愛いって言うよりも綺麗系だと思ったけど、表情一つでこうもイメージが変わるとは思わなかった。

「あたしでいいよ。君は?」

「・・・・・・不二裕太です」

最初は苗字はやめて名前だけ名乗ろうかと思ったけど、どうせすぐにバレるだろうし意味ないかと思って苗字まで名乗った。

すると先輩は小さく首を傾げる。

「へ〜、テニス部にさぁ・・・」

お馴染みの言葉に、俺は内心ため息をついた。

どいつもこいつも、人の名前聞いて同じことしか言えないのか?

確かに兄貴はすごいけどさ。―――俺は『不二の弟』なんて名前じゃない。

だけど先輩は、俺が予想していたのとは違う言葉を発した。

「同じ名前のヤツがいるよ。あ、苗字の方ね。あんまり聞かない苗字なのに珍しいねぇ。それともこの辺りじゃ多いの?」

いや・・・っていうか。

「・・・俺のこと、知らないんすか?」

兄貴と同じクラブなら、俺の話くらい聞いてそうだけど?

だけど先輩はここでも俺の予想を越えた返事を返してきた。

「えっ?君ってそんなに有名なの?あはは〜、ごめんねぇ。実は最近までこの辺りにいなかったから」

だからそういう意味じゃなくて。

「あの・・・そのテニス部の同じ名前のヤツって・・・」

「ああ、不二周助っていうの。同じでしょ?」

「・・・それ、俺の兄貴です」

俺の言葉に先輩はかなり驚いたのか、目を見開いて俺を凝視してる。

「へ〜、兄弟なんだ?似てないねぇ・・・」

普通気付くだろ?それに似てないって喜んでいいのか悪いのか(似てるって言われるのも嫌だけど)微妙だな。

「そっか〜、君がそうか。いや、前から不二が弟のこと自慢してたからさ、どんな子かと思ってたんだけど・・・」

勝手に人の事話すなよ。―――っていうか何自慢してんだよ、兄貴。

「あそこまで溺愛されてたのが裕太だったとはね・・・。大変そう」

他人事みたいに言わないで下さい。

「・・・っていうか、裕太って?」

「あ、呼び捨てダメ?苗字同じだから呼び分けようと思ったんだけど・・・。『裕太くん』の方がいい?」

「・・・別に、裕太でいいです」

『くん』なんてついてもつかなくても大差ないし。

それに別に呼び捨てにされるのが嫌だったんじゃなくて、予想してない呼び方だったからちょっと驚いただけだし。

俺と兄貴を呼び分けようなんて考えるやつ、初対面じゃいなかったし(そうじゃなくてもいないけど)。

「そ?んじゃ遠慮なく。あ、お菓子食べる?」

そう言って先輩はその辺に転がってたビニール袋からチョコレート系のお菓子を出して、それを俺に勧めてきた。

「甘いモノ平気〜?」

「あ、はい。えっと・・・頂きます」

俺はビニール袋に入ってたトッポを開けて、なんとなく無言でそれを食べた。

何故か先輩も無言で、屋上にお菓子を食べる音だけが響く。

「ねぇ〜、もしかしてさ。裕太ってなんかスポーツしてる?」

「・・・は?」

なんだ、突然?

兄貴がテニスやってるから、俺もやってるなんて思ってるのか、この人も?

「いや〜、なんかスポーツマンの身体してるからさ・・・」

「・・・いえ」

俺はわざとその質問には答えなかった。

周りの奴らがするような安直な答えなんて、何故かこの人から聞きたくなかったし。

「そう?もったいないな〜。運動神経よさそうなのに・・・」

すると先輩は、妙に残念そうに呟いた。

その後、他愛もない話をしているうちに3時間目終了のチャイムが鳴って。

「おっと、さすがに次までサボるわけにはいかないな・・・。手塚怒ってるだろうし」

なんて苦笑いしながら、軽々と下に飛び降りた。

「それじゃまたね〜、裕太」

「・・・先輩っ!!」

ひらひらと手を振って屋上を出て行こうとする先輩を見て、俺は思わず呼び止めてしまった。

先輩は案の定びっくりした顔をしていて。

「なに〜?」

それでも笑顔で返事を返してくれる。

「あの・・・お菓子ご馳走様でした」

「あはは〜、そんなに改まらなくてもいいのに〜」

ちょっと呆れた様子で笑って、それから「礼儀正しいね〜」ともう一度笑った。

俺は先輩のその笑った顔を見て、思わず言ってしまった。

「俺、さっきスポーツ何にもしてないって言ったけど、実はテニスしてるんです」

言ってしまってから、失敗したかなと思う。

だって、さっきなんで言わなかったのかとか、テニス部に入らないのかとか言われるかもと思ったから。

だけど先輩はやっぱり俺の予想を越えていて、

「そうなんだ〜」

と軽い口調で言っただけだった。

俺が呆気に取られていると、

「裕太って、テニス好き〜?」

って尋ねられたから、頷き返す。

そしたら先輩は、まるで自分のことのように嬉しそうに・・・―――それはそれは嬉しそうに笑った。

何で先輩がそんなに嬉しそうなんだ?とか思ったけど、なんだか嬉しくなったので俺も一緒に笑った。

「今度テニスの話でも聞かせてね〜」

そう言って、今度こそ先輩は屋上を出て行った。

やっぱり変な先輩だな、と俺は改めてそう思った。

 

 

「な〜にしてんの?」

ふと声が聞こえて目を開けると、先輩が立って俺を見下ろしていた。

って言うか寝転んでる俺の傍に立ってると、スカートの中見えますよ?

いつもそう言っても、

「スパッツはいてるからだいじょうぶ」

で済まされるんだよな。

まぁ、微妙な位置に立ってるから見えたためしなんかないんだけど。

俺は一応見えないように目をつぶって起き上がると、先輩は俺の隣に座った。

手にはいつものビニール袋。―――もちろん中にはチョコレート系のお菓子が入ってる。

初めて会ったときから、俺と先輩はよくここで一緒にお菓子を食べていた。

別に待ち合わせしてるわけじゃなくて、俺が勝手にここに来てるだけ。

だって人の目がなくて先輩に会えるのってここだけだし。

先輩だっていつもサボってるわけじゃないから、ここに来ればいつでも会えるって訳じゃないけど。

だけど俺が何か話したい事や相談したい事があるときは、何故か絶対に姿を現してくれる。

もしかして俺の心読んでるんじゃないかってくらい、タイミングがいい。

もちろん、今日も。

「初めて先輩と会った時のこと、思い出してたんです」

そう言えば、先輩は不思議そうに首を傾げた。

「ああ、あたしが缶ジュース落としてぶつけちゃったんだよね。あん時たんこぶできて痛そうだったな〜」

全然悪気がなさそうにそう呟く。―――なんていうか、前から思ってたけどこの人ユルイ。

なんていうか、性格が。

それに初めて会ったの、そんなに前じゃないし・・・。

先輩はいつものように人好きする笑顔を浮かべて、ビニールの中からお菓子を出している。

「先輩。俺、転校する事にしたんです」

「・・・は?転校・・・って不二も?」

「・・・いや、俺だけです」

「じゃあ、親の転勤とかじゃないんだ。どこに転校するの〜?」

っていうか理由とかって聞かないんですか?

親の転勤とかじゃないってことは、俺の意思ってことなんですけど?

「・・・聖ルドルフです」

「ルドルフ?知らないな〜、あたし学校名とか疎いし。まぁ、『青春学園』なんてぶっ飛んだ名前の学校よりは全然かっこいい名前だね」

そのとおりですけど・・・そんなにはっきりと言わなくても・・・。

そう言えば先輩の噂の中に、『学校名のことで職員室に乗り込んだ』って話があったけど、あれって本当のことなのか?

「俺の通ってるテニススクールで知り合った人がルドルフに行くって言ってて・・・、俺もテニス部に入ろうと思ってるんです。そこなら俺のテニスができると思って・・・」

先輩は何にも言わずに、ただ俺の話を聞いてくれていた。

それから俺の頭をポンポンと軽く叩いて、

「そっか。頑張れ、裕太!」

と励ましてくれた。

「はい、頑張ります!」

俺はなんだか妙にやる気が湧いてきて。

先輩は持ってきてたお菓子で、お祝いをしてくれた。

「でも結局、裕太がテニスしてるとこ見れなかったのは残念かな〜」

そんなことを先輩が言っていたから、

「すぐに見れますよ、大会で」

って言い返したら、生意気〜と頭をガシガシと撫でられた。

「ま、でも・・・期待してるよ」

そう笑ってくれたので、俺は絶対に大会に出て勝ち進んでやると心の中で密かに誓った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

ダレデスカ〜、これは。

って言うか裕太君です!(断言)

もう偽物と言われようが、彼は裕太です。

私にとって裕太は『可愛い弟』って感じがするもので、主人公にとってもそんな感じです。

不二が溺愛するのも分かるかな〜と。

更新日 2007.10.22

 

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