俺にとって、一緒にいて無言の空気が苦にならない相手は数少ない。

はその数少ない、女子では初めての人間だった。

 

似顔

 

「今時の美術の時間で似顔絵って、ほんとにやるんだねぇ・・・」

目の前の椅子に座り、スケッチブックを片手に俺の顔を凝視しているが、感心したように呟いた。

美術の授業で教師が出した課題は、『友達の顔』。

あまりクラスメートと親しくない俺に真っ先に声をかけたのは、男子テニス部のマネージャー・だった。

は俺と違って友達が多い。

どうして俺が声をかけられたのか、あまりよく分からない。―――おそらくは、俺に気を使ってのことなのだろう。

「手塚〜?一応モデルなんだからさ、にっこりと笑ってみ?」

「・・・・・・」

「あ、やっぱりいいや。そんな珍しい顔見たら、似顔絵どころじゃなくなるし」

どういう意味だ

「手塚ってさ、絵心とかある方?あたしはけっこう自信アリよ?」

「・・・・・・」

「こうやって改めて見てみると、手塚って顔整ってるねぇ?女の子たちが騒ぐのも分からないでもないかな?」

「・・・・・・」

「描きやすさで言えば、乾が一番だと思うんだけど。あの逆光眼鏡とつんつん頭描くだけで乾に見えそうじゃない?」

確かに・・・

俺は心の中で相槌を打った。

もちろんそんな相槌など、には聞こえていないはずなのだが、当のは特に気にする様子も無く黙々と鉛筆を動かしている。

「っていうか、手塚の髪の毛描きにくい。何でそんなになびいてんの?」

どうでもいいが、うるさい

「少しは黙っていられないのか・・・?」

思わずそう口に出すと、は不思議そうな表情を浮かべた。

もしかすると、また何か人の気に障るようなことを言ってしまったのだろうか?

俺は昔から相手を気遣って優しい言葉を掛けたり、当たり障りのない会話を苦手としている。

そのせいか、特別親しい友人もなかなか出来なかった。―――唯一、テニス部の仲間たちだけが俺をちゃんと理解してくれている気がする。

また呆れられたり、嫌がられたりするのだろうか?―――離れていってしまうのだろうか、も。

しかしは小さくテレ笑いを浮かべ、

「・・・もしかして全部声に出てた?」

と首を傾げた。

まさか声に出していないつもりだったのだろうか?

ずいぶんとはっきりとした独り言に思わずため息が出る。

もしかするとこれはいい機会なのかもしれない。

以前から思っていた疑問を口に出した。

。お前は俺といて、苦痛を感じたりしないか?」

「・・・は?あたし別に手塚に叩かれたこととかないけど?」

「・・・そういうことじゃない」

どういえば分かってもらえるだろう。

「だから・・・その、俺といて・・・居心地が悪かったりしないか?」

できるだけ言葉を選んで問い掛けてみた。

しかしはあっさりと言う。

「別に?」

「・・・そうか」

「そんなこと気にしてたの?まぁ、たしかに・・・手塚って人を引き付けるけど引き寄せるタイプじゃないもんね」

確かにそのとおりだが、もう少し言葉を選べ。

は手を休ませる事無く、言葉を続ける。

「べつにさ、そんなこと気にする必要ないと思うよ?手塚の周りの人間ってさ、けっこうはっきり言うタイプの人間多いし・・・。自分が思ってるほど、周りは窮屈とか思ってないんじゃない?」

「・・・・・・」

「それにこんなこというとちょっと悲しくなるけど、あたしって子供の頃から乾って言うある意味変人と一緒にいるわけだからさ。あんまり気にならないんだよね。むしろごく普通の人相手だと、物足りないって言うか・・・。そう思う辺り、かなりヤバイところまで来てる気がしないでもないんだけど・・・」

それはかなりやばい所まで来ているんじゃないか?

というか、その言葉から察するに、俺も普通じゃないといっている様に聞こえるんだが?

「さぁて、できた!」

俺の葛藤など気にもせず、満面の笑みを浮かべ、がスケッチブックを掲げた。

・・・」

「まだ何かあるの〜?」

俺はもう一つ気になっていることを聞いてみることにした。―――しかしどういう答えか、聞かなくとも想像できた。

「どうして似顔絵のパートナーに俺を選んだんだ?」

そう聞いたら、きっとお前は笑顔を浮かべてこう言うんだろう。

「だって私たち、友達でしょ?」

 

●おまけ●

 

 

「なかなか良い出来だと思わない!?」

が描き上げたばかりの似顔絵を、俺の眼前に晒した。

まさか・・・と思いつつも、一応聞いてみる。

「これは・・・、本当に俺か?」

「イエス、Mr手塚。どう、そっくりでしょ?」

「・・・・・・」

俺はこの日、について新しく認識した。

 

 

こいつに絵心というものは存在しない

 

 

更新日 2007.11.10

 

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