あたし、ここで何してるんだろう?

あたしの中にあるのは、ただそんな疑問だけ。

どう見ても中学生には見えない・・・―――寧ろ歌舞伎町辺りにいそうなホストと言われた方がしっくりくるような人たちに囲まれて。

今現在あたしがいる場所は、確かに中学校だったはずなのに・・・。

そんなこと思っても、普段から中学生には見えない連中に囲まれてるあたしが言っても説得力はないんだろうけどさ。

・・・・・・何でこんな事になったんだっけ?

 

スパイ大作戦!?

 

なんとな〜く、ホントに何となくなんだけど。

嫌な予感はしてたんだよね。

だって乾は朝からあたしを見て、無意味に眼鏡を逆光させてるし?

不二は楽しそうに、いつもよりも笑顔を振り撒いてて。

手塚に至っては、同じクラスなのに朝から視線を合わそうともしないし。

だから放課後の部活の時間、レギュラーたちが見守る中でその言葉を告げられた時も、あたしはそんなに驚いたりしなかった。

、氷帝に偵察に行ってくれないかい?」

乾が人の悪い笑みを浮かべて(あれは悪戯をする時の顔だ)そう言った。

「・・・何を企んでいる、乾貞治」

あたしは何よりも先にそう言葉を返した。

寧ろ氷帝ってどこですか?位の勢いで。

「ああ、制服がそのままだとバレやすいから、こっちで氷帝の制服を用意しておいたよ」

「つーか、聞け、人の話を!」

無駄だと思いつつも、とりあえずそう反論してみる。

・・・が、やっぱり無駄だったようだ。

乾がカバンから取り出したのは、茶色い紙袋。―――朝から凄い荷物だなと思ってたけど、それが入ってたわけね。

紙袋の中には・・・おそらく氷帝と言う学校のものだと思われる制服が一着。

「女子の制服しか手に入らなくてね。ぜひ、に行ってもらいたいんだ」

っていうか、一体この制服をどこで手に入れたのかの方が気になるんですけど!?

「本当はを氷帝なんかに行かせたくはないんだけど・・・」

ならやめろよ、と言いたいところをグッと押さえる。

「そんなに偵察が必要な程、強い学校なわけ?」

「それもあるけど・・・」

少しだけ言葉を濁して・・・―――次の瞬間、あたしは本気で乾を張り倒そうかと思った。

「実はが氷帝の制服着てるところを見たかったって言うのが本音かな?」

それが本音なの!?

っていうか、そんな本音聞きたくないよ。

寧ろそこは隠しておいてよ!

建前だけ述べてくれたって、それだけでいいからさっ!!

「じゃあ、行ってらっしゃい。データの方も期待してるから」

寧ろデータは二の次みたいに聞こえるんですけど。

もう拒否権はないんだね、あたしには。

ついでのようにそんなこと言われても、やる気なんて皆無さ。

そんな出来事を経て、心配そうにしてた薫ちゃんと手塚と大石とタカさんの視線を背に、あたしはなす術もなく氷帝の制服に着替えて学校を出たのだった。

 

 

電車に乗って、やっと着いた氷帝学園。

校門の前に立っただけでも分かるほど、大きな学校。

青学も私立だからそれなりに大きいとは思ってたけど、ここはそれ以上だ。

寧ろこれって学校なの?とかツッコミを入れたい。

だって敷地内にカフェテラスとかあるし・・・、普通の中学校に普通こんなのあるの?

・・・と、いけない、いけない。

あたしは氷帝学園を見に来たわけじゃなくて、テニス部の偵察に来たんだから。

さぁてと、テニス部はどこかな〜?

無駄に広い敷地内を当てもなく歩きつづける。

こんなに広いとテニスコートがどこにあるのかも分からないし・・・。

キョロキョロと辺りを見回しながら、誰かに道でも聞こうかな〜と歩いていたその時。

ガッ!!

「どわぁ!!」

何か大きなものに足を引っ掛けられて、あたしはそのままその場に倒れ込んだ。

・・・・・・とはいっても、不思議な事に身体の痛みはない。

なんで?―――というか、あたしは何に足引っ掛けられたの?

そう思って自分の下敷きになっているモノに目をやった。

「ぐー・・・」

「・・・人?」

そう、そこにいたのは人だった。

綺麗な金髪のちょっと幼い雰囲気の・・・でも顔はかなり綺麗な男の子が眠ってる。

あたしが踏んづけて、しかもその上に倒れこんでるのに未だに起きる様子さえ見せない。

・・・っていうか、こんな目に遭っても寝てるってどうよ?

大丈夫なのかしら、この子。―――寝てるだけだよね?

心配になってその子に顔を近づけてると、不意にその子がパッチリと目を開けた。

「うおっ!?」

起きた!・・・っていうか、前触れもなし!?

もうちょっと唸るとか・・・なんか前兆見せてくれないと怖いんだけど!!

あたしがそんなことを考えてるとは思ってもいないのか、その子は寝ぼけ眼でパチパチと数回瞬きすると、にっこりと微笑んだ。

うわっ、すごい・・・可愛い。

なんかちっちゃい子みたいで、間違いなくこの子は癒し系だ!と確信した。

思わず頭を撫でたくなるその愛らしさに、思わずあたしも笑顔になる。

そして・・・、

「キミだれ〜?まぁ、いいや。一緒に寝よ〜」

いきなり腕を掴まれたかと思うと、そのままあたしを抱き枕状態にして、その子は再び眠りについた。

・・・っていうか、ちょっと待て。

この状態はありえないでしょ!?

何とか脱出しようともがいてみるが、一向にそれは敵わない。

寝てるくせにこの力の強さってどうよ?本当に寝てるんでしょうね!?

心の中で悪態ついてみても、現状は変わる筈もなく。

どうしようかと頭を悩ませていたその時。

「・・・何してるん、あんた?」

独特のアクセントのあるその声に、あたしは思わず顔を上げた。

あたしたちを不思議そうな表情で見下ろしているその男の子。

少し長い髪に丸い小さい眼鏡をかけていて、これまた綺麗な顔をしている。

「あの〜、見知らぬ人にすいませんが・・・何とか助けてもらえません?」

あたしのその言葉に、男の子は苦笑して・・・―――さっきどれほどもがいても脱出できなかったのが嘘みたいに、あっという間に寝ている子の腕から解放された。

「すまんかったな、こいつは俺の友達やねん。なんや迷惑かけたみたいで・・・」

「いや、まぁ、それはいいんですけど・・・」

ホントはあんまりよくないけど・・・この人に言ってもしょうがないしね。

「俺は忍足、忍足侑士っていうねん。ほんでこの寝てるやつはジロー、芥川滋郎や。あんたは?」

「ああ、あたしは・・・って!?」

「どないしたん!?」

「ああ、いや・・・別に?」

忍足くんと芥川くんに自己紹介されて(実際は全部忍足くんがしたんだけど)あっさりと自分の名前を口走りそうになって、あたしは思わず声を上げてしまった。

いまさらだけど、あたしはここに偵察に来てるのよ?

本名名乗ってどうする、あたし!

まぁ、幸いにも名乗ったのは下の名前だけだし・・・大丈夫かな?

「ふ〜ん?まぁ、ええわ。んで、ちゃんって何年?一年か??」

「ううん、2年だよ〜」

あたしは無事に話がそれてくれた事に安堵する。―――が、しかし忍足くんは少しだけ首を傾げた。

「2年?俺も2年やけど・・・ちゃん見たことない気がすんねんけど・・・、何組?」

うわっ、やってしまった!―――またもや正直に学年を言ってしまった。

こんなんじゃ、エージや桃に『学習能力がない』なんて言えない・・・。

どうするか?どうやったら上手く誤魔化せるだろうか??

必死に頭をフル回転させて考えて・・・、あたしは思わず口を開いた。

「あたし、転入生だからっ!!」

「・・・転入生?」

「そう、転入生。3日後に氷帝に転入してくるの!それで今日はちょっと下見でもしとこうかな〜とか思って・・・」

この嘘はどうなんだろう?バレバレ??

でもあたしが本当に青学に転入する時は、乾たちも知らなかったんだし・・・。

乾たちに会った時点で、もう転入手続きは済んでたんだから・・・一般生徒にあたしが転入生じゃないなんてこと、分からないよね?

ちょっとドキドキしながら忍足くんの様子を窺うあたし。

本当はそんなに長い時間じゃなかったんだろうけど、すごく長く感じられたその間。

「へ〜、転入生か。同じ2年やったら、もしかしたら同じクラスになれるかもしれんな」

上手く誤魔化せた。

すっかりあたしの言った事を信じてくれた忍足くんは、そう言って笑う。

ちょっと罪悪感がないとは言えないけど・・・しょうがないよね?

っていうか、何であたしがこんな罪悪感を感じてまで偵察に来ないといけないわけ?

なんだか妙に腹が立ってきた!

帰ったらみんなに何かおごらせてやる!!

心の中でそう毒づいているあたしに気付きもせず、忍足くんはその長身をかがめてあたしの顔を覗き込んだ。

「ほんで?下見はもう済んだん?」

どこか含みがある口調でそう聞いてくる忍足くん。

「いや・・・まだだけど・・・?」

「ほんなら、俺が案内したるわ。ここ広いし初めてやったら迷ってまうで?」

・・・・・・はっ!?

案内?―――って、案内だよね!?

いや、すっごくありがたいんだけど!―――親切で言ってくれてるって事は分かってるんだけど・・・!!

あたしは本当は氷帝の下見に来たわけじゃなくて、テニス部を見に来たのよ?

それなのに氷帝学園の地理に詳しくなってどうするよ!

「いや・・・気持ちは嬉しいんだけど・・・」

「侑士!!」

何とか穏便に断ろうと口を開いた瞬間、あたしの背後から忍足くんを呼ぶ声が響いた。

それによってあたしの話が遮られてしまい、ちょっとムカっとしながらもその声の主を振り返る。―――その声の主は名前を叫んだ直後、青学の某猫のように忍足くんに思いっきり飛びついた。

「うわっ、いきなり何すんねん、岳斗!?」

「それはこっちのセリフだぜ!突然いなくなるからどこ行ったのかと思ったぞ!?」

「それはすまんかったなぁ・・・。ジロー捜しに来てんけど・・・」

そう言って忍足くんはチラリとあたしに視線を向けた。

それにつられて、岳斗と呼ばれた少年もあたしに目を向ける。

・・・・・・・・・これは、なんというか・・・。

ものすごく興味深い髪型をしてる。

肩より上のおかっぱ頭で、何故か前髪がV字型。

何を思ってこういう髪にしたんだろうか?

「・・・この子だれ?」

あたしがただひたすらにその髪型について考えていると、その当人があたしを見て小さく首を傾げる。

「ああ、今度転入してくるちゃんや。ちょっとジローが迷惑かけてもうてな。折角やから俺が氷帝案内したろ思てん。折角やし、俺らの勇士も見てもらお思て・・・」

俺らの勇士ってなんだろう?

とにかく大変厄介な事に巻き込まれそうな気がしたあたしは、そのまま軽く流してとっとと立ち去ろうかと思った。

そう・・・思ったのに。

「おい、何やってんだよ、お前ら。もう部活始まってんぞ?」

「忍足先輩、ジロー先輩見つかりましたか?」

再び新しい声があたしの背後から聞こえる。

振り返ってみれば、そこには長い髪をポニーテールにした目つきの悪い人と、乾と張れるかもしれないと思えるほど物凄く背の高い・・・でも幼い雰囲気を漂わせてる少年が。

なんか・・・どんどん人数が増えて行ってるんだけど・・・。

っていうか、この人たち誰よ!?

あたしはいつになったらテニス部の偵察に行けるのかしら?

自分がついた嘘のせいだと分かってはいたが・・・あんまりにも状況が思わしくなく、あたしはひっそりとため息を吐いた。

 

 

思わしくないと判断したこの状況。―――しかし思ったよりもあたしは運がいいらしい。

最初に足を引っ掛けられた(っていうより勝手につまずいた)ふわふわ金髪少年とあたしを助けてくれた関西弁の少年。

それに飛びついてきた斬新な髪型の少年に、目付きの悪い人と背の高い少年。

この全員が、どうやら氷帝テニス部のメンバーだったらしい。

しかもその全てが正レギュラー。―――そしてあたしは何故かそのレギュラーに囲まれてテニスコートに向かっている。

多分さっき忍足くんが言ってた勇士というのは、テニスの事だったんだろう。

うん・・・なんていうかさ、テニスコートに案内してくれるのはとってもありがたいんだけどね。

ちゃんってテニスに興味ある?」

ニコニコ笑顔であたしにそう聞いてくる忍足くんに、あたしは曖昧な笑みを返す。

つーか、このいかにも『逃がさない』風に取り囲まれてるってどうよ。

あたしの右隣には忍足くん、左には乾と張れる位長身な少年(鳳長太郎くんというらしい)。

さらに前には若干邪魔なくらいピョンピョン飛び跳ねながら歩く岳斗くんに、後ろはいまだ眠ったままの芥川くんを背負って不機嫌そうに歩く長髪の彼(宍戸亮君というらしい)。

案内というよりは、寧ろ連行されてるって言った方がしっくりくるようなこの状況。

あたしはこれから一体何をされるんでしょうか?

そんなことを考えながらも忍足くんや鳳くんと他愛ない会話をしながら歩きつづけると、ようやくテニスコートらしき場所に到着!

それを見て驚いた。

まず広い。―――どれだけのコートがあるのか一見しただけじゃ分からないほど。

そして次に、部員の数が半端じゃない。

これって何十人じゃ絶対収まらない!―――何百人の単位だよ!!

「ここがテニスコートや。すごいやろ?氷帝のテニス部は強いんやで〜?」

ちょっと自慢気にそう笑う忍足くんに、あたしは素直に感心の声を上げた。

テニスって設備だけじゃないけどさ。

だけどこれだけ立派な設備が整えられてて、その上こんなに部員も多いってことは、それだけ優秀な成績を収めてるってことでしょ?

そんな中でレギュラー入りするこの人たちのテニスってどんなものなのか、あたしは純粋に興味を引きつけられた。

「ねぇ、忍足くんたちってレギュラーなんだから、やっぱりテニス上手いんでしょ?」

「そらなぁ・・・、そこらのヤツには負けへんで。どうや?練習見てくか??」

ありがたい申し出に、あたしは即答で返事を返した。

もちろんあたしには氷帝テニス部を偵察するって言う任務があったから当然なんだけど、そんなのもう頭の中から飛び出てた。―――これは純粋な興味だ。

「ほんなら折角やし、あそこのベンチにでも座ってみてて。あそこからやと、よう練習が見えるで!」

そう言って忍足くんが指さしたベンチというのは、コートのすぐ傍にあった。

確かにあそこなら見晴らしもいいだろう・・・けどさ。

「あそこ・・・フェンスの中だけど・・・?」

「かまへん。今日は監督も来ぇへん日やし、普段は使ってへんしな」

「いいじゃん、!俺のカッコいいとこ、見せてやるって!!」

既に呼び捨て状態で、がっくん(こっちも好きに呼んでやる)がピョンピョン飛び跳ねながらそう言う。

っていうか、あんたは飛び跳ねながらしか喋れないのか。―――な〜んてツッコミはこの際しないことにして、あたしはちょっと気が引けたけどお言葉に甘えさせてもらう事にした。

だっていいって言ってくれてるんだし・・・わざわざ断るのももったいないし

「じゃあ、さん。こっちにどうぞ?」

長太郎がまるでお姫様のようにあたしをエスコートしてくれる。

この手馴れた感じが、天然なのか・・・それともやっぱり手馴れてるのか、微妙なところだ。

そしてベンチに座ったあたしは、ようやく気付いた。―――鋭い視線があたしに送られていることに。

ふとそちらに視線を向ければ、そこにはフェンスの向こう側にたむろする少女たちの姿。

その誰もが、これでもかっ!っていうくらい恐ろしい目つきであたしを睨んでる。

ああ、そうか。―――あたしはその人を呪い殺せそうなほどの視線に思わずため息を吐いた。

ここ氷帝テニス部も、青学と同じでかなりのギャラリーがいる模様。

まぁ・・・みんな綺麗な顔してるしね、わからないでもないけどさ。

青学でこの手の視線に慣れっこになってたあたしは、気付くのがかなり遅れた。

慣れって怖いね。―――寧ろ今のあたしにとってはその慣れって感謝すべき?

とは言っても、ここでコートを出て行ったところで因縁つけられるのは目に見えてるし、それじゃあ偵察どころじゃないので、この際綺麗に無視することにした。

「ほんなら俺らちょっと行ってくるから、しっかり見ててや?」

もちろん見てますとも!

心の中でそう返事をし、笑顔で彼らを見送ったあたしは、さっそくその腕前を拝見させてもらう事にした。

ふむふむ、なるほど。―――自分たちで『上手い』と言うだけあって、その実力は申し分ない、というかかなりのものだった。

青学レギュラーといい勝負・・・っていうか、試合したらかなり面白いかも。

これであとは決め球なんか見せてもらえると、もっとありがたいんだけどな〜。

ここでノートにメモったりしてると露骨に怪しいので、全部を頭の中に叩きこむ。

そんな風にあたしが一心不乱に練習を見学してたその時。

「・・・おい」

頭の上から低い声が降ってきて、あたしは思わず顔を上げた。

いつの間に近づいてきてたのか、その人は不審そうにあたしを見下ろしていて、黙ったままのあたしに焦れたのか、もう一度同じ言葉を繰り返した。

「・・・おい」

「・・・・・・なにか?」

思わず冷たい態度でそう返事をしたあたしに、その人は少しだけ顔を歪める。

「お前誰だ?」

「・・・っていうか、あなた誰?人に名前を聞くときは、まず自分からでしょ?」

この人は多分テニス部の関係者なんだし、普通に考えれば怪しいのはあたしの方なんだろうけどさ。

なんていうの?この人を見下した態度がムカツク。―――と感じたあたしは、開き直って未だにあたしを見下ろすこの人物を見上げた。

「あ〜ん?ふざけんな、テメェから名乗れ!」

あ〜ん、ってなんだ、あ〜んって!!

「ふざけんな、はこっちのセリフ。なに?一般常識も知らないの??そんなんで世間に出た時どうするわけ??こういう人がいるから『最近の若い子は〜』なんて言われるんだよねぇ・・・」

「何だとっ!?」

あたしの言葉にその人が思わず大声を出しそうになり、肩に手を乗せたその時。

思わずその手を払って、しかもそのまま軽々と彼の身体を投げ飛ばしてしまった。

「おい、跡部!お前何してんねん!!」

コートの中から忍足くんがこちらの様子に気付いて声をかけてくれた。

その様子に気付いた他のレギュラーたちも、慌ててこっちに駆けて来てくれる。

「なんだよ、忍足。お前の知り合いか??」

いきなり投げられたことに呆然としてたその人は、近づいてきた忍足くんに向かい恨みがましい視線を向けた。

「そうや。今度転入してくるちゃん。下見に来たっていうからテニス部見ててもらったんや」

「へ〜、転入生ねぇ・・・」

そう含みのある言い方でこちらに視線を向けてきた跡部と呼ばれた男を、あたしは睨み返した。

もしかしてバレちゃったとか?

まるで犬のようにじゃれついてくるジローちゃんの頭を撫でながら、あたしは内心ドキドキでそんなことを思う。

「お前・・・っつったな。何組に転入して来るんだ?」

「・・・・・・さあ?まだ聞いてないけど・・・」

うおっ、かなりヤバイ?

っていうか、そんな舐めまわすような目で見ないでよ、怖いからっ!!

そんなあたしにお構いなしに、跡部はニヤリと笑って。

「気にいった!お前、テニス部のマネージャーになれ!!」

あたしの肩に手をやると、いきなりそんなことを言い出した。

「はい、却下!!」

一筋縄では行かない青学レギュラーを相手にしてるからか、突拍子もないことを言われるのはかなり慣れているあたし。―――こんな状況で意味が分からないのにも関わらず、すぐにそんな返事が出たことに、思わず自分を誉めてあげたい。

しかし相手はそうはいかないようで、一拍を置いてそう反論してくる。

「なんでだよっ!!」

「なんでって・・・」

そうは言われてもね。―――あたしここの生徒じゃないんだし。

「とにかくお前はマネージャーだ!俺が決めた!!」

口ごもるあたしを無視して、跡部はどんどんと話を進めていく。

いや、勝手に決められてもさ。

「だいたい、なんであたしなのよ?マネージャーが欲しいなら、あそこにいる子達から選べばいいじゃない!!」

そう言ってあたしはフェンスの向こうに鈴なりになっているギャラリーに視線を向けた。

あの子達なら喜んでマネージャーをやってくれそうだ。―――使い物になるかどうかは、また別として。

しかし跡部はギャラリーの方へ視線も向けずに、鼻先で笑ってそれを却下した。

「あいつらをマネージャーにしたら、練習なんて出来ねぇだろ?」

確かにそうかもしれないけどさ、そんなことあたしの知った事じゃないし。

「いいじゃん、!マネしてくれよ!!」

「そうやな〜、ちゃんがマネやったらやる気出るんやけど・・・」

「うん!オレにマネやってもらいたい〜!!」

「はい、ボクも・・・。宍戸さんもそうですよね?」

「・・・俺は別に、どっちでもいいけどよ」

「・・・ウス」

次々に上がる声。

そんなに必要とされてるってことはちょっと・・・まぁ、嬉しいけどさ。

でも根本的に無理があるって!あたし氷帝に転入なんてしてこないんだから!!

「ダメ!!・・・っていうか、何でそんなにあたしにマネやらせたがるかな?有能な人なら他にいっぱいいるでしょうにっ!」

あたしの最もといえば最もな言葉に、しかし跡部は自信満々にきっぱりと言い切った。

「あ〜ん?そうだな・・・まずは顔だ。俺の好みにぴったりだ」

顔かよ・・・―――思わず身体の力が抜けた。

こんな押し問答の末の理由が、『顔』なのか?

「それだけじゃねぇぜ?俺に対して物怖じしないその図太い神経。化け物じみた強さ。そんじょそこらの女とは違う、俺が会った中で最高の女だ!」

ちょっと投げただけで『化け物じみた』とまで言われる筋合いはないんだけど。

誉められてるのか、それとも貶されてるのかよくわからないその言葉に、あたしは隣に立つ忍足くんの顔を見上げた。

「・・・・・・これって喜ぶべきかしら?」

「・・・微妙やな」

返って来たその言葉に、なんだか泣きたくなった。

『・・・微妙やな』といった忍足くんの表情も、かなり微妙そうだった。

「特別に俺の女にしてやるよ!」

「結構です!!」

馴れ馴れしく肩に手を置いてくる跡部の手を振り払いながら、あたしは即答する。

そんなことにも気にした様子なく、跡部はどんどんと自分の世界に入っていった。

この俺様めっ!―――そう心の中で毒づいたその時。

「何をしている?」

その場に涼やかな、低い声が響いた。

その瞬間、忍足くんたちの背筋がピシッと伸びて、空気もどことなく張り詰めたような?

声の主へ視線を向けると、なかなかにダンディな男の人が立っていた。

スーツを上手に着こなした紳士のような風貌で、どことなくテニスコートには似合わない。

この人だれだ?と思案する間もなく、その疑問は綺麗に解決した。

「おはようございます、監督!」

跡部の今までとは比べ物にならないほど真剣な表情と、その彼から発せられた言葉に少なからず驚く。

この人が氷帝の監督?この一見運動なんてしそうにないこの人が?

いつもジャージを着てて、バリバリ運動しそうなスミレちゃんを見てたあたしとしては、にわかには信じられない。

・・・っていうか、今日は監督は来ないって言ってなかった!?

しかもこの人、監督ってことは一応教師なんだよね?

何を教えてるんだろう・・・気になる!!

そんなあたしに視線を向けた監督は、訝しげに眉根を寄せた。

「この子は・・・?」

一応氷帝の制服を着ているとはいえ、完全部外者なあたし。

怒られるかもしれないけど、それによってこのマネ騒動がうやむやになってくれる事を祈りつつ、監督に一部始終を話す跡部を見守った。

つーか、跡部よ。

あたしがあんたを投げ飛ばした事まで説明しなくていいよ!

そんなことまで説明してどうするよ!?

「・・・うむ」

そんなツッコミを入れていると、監督は1つ頷き。

そしておもむろにあたしに向き直ると、一言。

「・・・くん、だったか。氷帝のマネージャーに採用しよう」

信じられないような、その決定的な言葉を告げた。

ちょっとマテ!!

あんた一体何を聞いてたのさ!?何を聞いてそれで許可出したわけ!?

「「やったぁ!!」」

無邪気に喜ぶジローちゃんとがっくんを尻目に、あたしはようやく決意した。

ここを逃げ出さなければ!

そうじゃないと、済し崩しに本当に転入までさせられちゃいそう!!

そう判断したあたしは、ゆっくりと出入り口まで後退し。

「・・・どないしたん?」

不思議そうに首を傾げる忍足くんたちににっこりと笑みを送ると、

「じゃ、あたしはこれで・・・。今日はとっても楽しかったわ!」

そう捨て台詞を残し、一目散にテニスコートを後にした。

ここ最近でこんなに必死になったのは、記憶にあるだけでかなり久しぶりだ。

おそるべし、氷帝テニス部!

あたしはテニスには全然関係がないところで、彼らにある意味恐怖を抱いた。

 

 

「お帰り、

家にたどり着いたあたしはヘトヘトになっていて、出迎えてくれた乾に軽く返事を返すと勢い良くソファーにダイブした。

このまま眠ってしまいたい。―――体はともかく、精神的にかなり疲れた。

「ところで、・・・」

そんなあたしに遠慮がちに声をかけてきた乾。

ああ、偵察の結果を話さないとね。

そう思って渋々起き上がったあたしに、乾が言った衝撃的な一言。

「寝る前に一枚写真を取らせてくれないかい?」

偵察の結果よりも、まずそっちが先なのか?

っていうか、そんな写真どうする気なの!?

そう聞いたら、小さい頃から作ってるアルバムに加えるそうだ。

なんていうか・・・あたしの周りにはこんなのしかいないの?

それでも氷帝メンバーに囲まれているよりは、変態じみた乾と一緒にいる方が格段に安らぐってどうよ、あたし!

律儀にも乾に写真を撮らせて上げながら、あたしは密かに涙した。

 

 

○おまけ○

 

後日、忍足から携帯に電話がかかって来た。

そう言えば番号交換してたんだよね〜。

いつまでたっても転入してこないあたしにその理由を尋ねてきた忍足に、罪悪感を感じながらも一部始終を説明した。

「うおっ!一杯食わされたんか〜」

なんて忍足は笑ってたけど、本当に申し訳ない!

その後、本当に氷帝に転入してこないかと誘われたけど、丁重に辞退した。

ちなみにそれからも忍足を始め、氷帝レギュラーたちとの交友は続いてたりするが、それはまた別のお話(王様のレストラン風に)

 

 

◆どうでもいい戯言◆

氷帝レギュラーたちとの出逢いです。

たちが2年の時って、チョタローと樺地は1年なんですよね。

その頃にはもうレギュラーになってたんだろうか?

海堂や桃城がなってたんだから、なってたということで。

そして跡部ファンの皆様、すいません。

イメージとしてはちょっと変な跡部とカッコいい跡部の2つがあったんですけど、ここでは前者の方で(笑)

作成日 2004.1.13

更新日 2007.11.25

 

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