もしかすると、今のこの状況ってとてつもなくヤバイんじゃあ・・・?

あたしがそう思ったのは、まったくといっていいほど人が来ない倉庫に閉じ込められて、1時間後のことだった。

 

いつもにあるモノ

 

朝学校に来ると、下駄箱の中に一通の手紙が入っていた。

ラブレター?

そんな色気のあるモノじゃない。―――それはまさに脅迫状にも似た。

それでもそれほど慌てず騒がず、とりあえずは誰にも見られないように(特に男テニレギュラー)カバンの中に放り込んだ。

昼休みになって、ようやくその手紙のことを思い出し読んでみると、内容は思ったとおり。

便箋10枚ほどにも渡るその内容を要約すれば『レギュラーに近づかないで』という事だ。

はっきり言って、この手の手紙をもらうのは初めてじゃない。

むしろ今日は一通しかなかった時点で、おかしいと思うべきだったのかもしれない。

毎日5通は堅い数の手紙が、一通に込められていたんだから。

あたしは手紙で呼び出された場所に向かった。

本当なら逆恨みもいいとこだし、できるだけ係わり合いにはなりたくなかったけど、好きな人の傍に違う女がいれば心中穏やかではいられないだろうということは恋愛経験ゼロのあたしにも分かったし、だからといってテニス部のマネージャーを辞めるわけにも行かないし(っていうか辞めさせてもらえないだろうし)、それにまだ冬には遠いとは言っても晩秋に近いこの季節、無視していつまでも待たせて風邪でも引かれたら寝覚めが悪い。

手紙に書いてあったとおり、東の棟の体育倉庫に出向いたあたしは中を覗き込んだ。

薄暗くて埃っぽい上に、人の気配を感じない。

おかしいな、場所ってここじゃなかったっけ?

手紙カバンの中に入れっぱなしだし、確認のしようがないなと思った瞬間、思いっきり背中を突き飛ばされて床に転がる。

起き上がる前にドアが閉められ、鍵までも掛けられた。

「あんたバカじゃないの!?こんなとこまでのこのこ来るなんて!!」

「せいぜいそこで頭冷やしなさいよ!!」

ドアの向こうから女の子の声が聞こえる。

それは笑い声とともに遠ざかり、しばらくすると何も聞こえなくなった。

そうさ、あたしはバカですよ。

こんなみえみえの罠にかかっちゃうんだからさ。

取りあえず制服についた埃を払って、ドアが開かないことをしばらくの間確認したあたしは、大きなため息をついて床に座り込んだ。

どうでもいいけど・・・いや、良くないけど、寒い。

コンクリートで作られたこの場所はかなり温度が低い上に、何処からか隙間風が通り容赦なくあたしの体温を奪っていく。

遠くの方で、昼休み終了のチャイムが聞こえた。

手塚(同じクラス)はあたしがいないことに気付いてくれるだろうか?

サボリだとか思われてたりして。

やっぱり普段の行いって大切なんだな、と思う。

よし、ここから出られたら今度からは真面目に授業を受けようと心に誓った。

どうせすぐに忘れるんだろうけど。

寒さをどうにかして凌ぐ為に、体育座りをして身を縮こめる。

そう言えば昔、こんな風に毎日を過ごしてたことあったなぁ。

 

 

確かあれは、3歳位の時。

あたしの両親はとても忙しい人たちで、物心ついた頃にはもう傍にはいなかった。

いや、多分物心つく前からいなかったんだろう。

両親の顔を、古いアルバムから引っ張り出した写真でしか知らなくて、あたしは与えられた広い部屋の隅っこで、今みたいに座って毎日を過ごしていた。

あたしの面倒を見てくれていたベビーシッターの真田さん(45)も、特別子供が好きではないようで、業務内容をきっちりこなしてはいたけれど、あたしに愛情まではくれなかった。

そりゃ単なるベビーシッターの真田さんに愛情まで求めるのは酷だ。

真田さんだって、人の子供にそこまで面倒は見れないだろうし。

ともかくにも、あたしは愛情というものを少しも与えられずに毎日を過ごしていた。

世界で一人ぼっちな気がして、今から思えば最高に冷めた三歳児だっただろう。

外に出る気もしなくて、毎日を家の中でボーっと過ごして・・・。

そう言えばあたしが外で遊ぶようになったのって、いつからだったっけ?

 

 

こんなこともあった。

確かあれは、7歳位の時。

学校の友達とかくれんぼをしてた時だった。

あたしは誰にも見つからない秘密の場所を持っていて、あたしがそこに隠れると誰もあたしを見つけられなかった。

その日もいつものように秘密の場所に隠れてて、友達が次々と見つかっていくのを耳で確認していた。

秘密の場所、それは高いところ。

人ってのは面白いもので、何かを探すとき自分の視線よりも上の方はほとんど見ない。

それに気付いたあたしは、それ以来高いところに隠れる事にした。

案の定、誰もあたしを見つけられなかった。

確かその日は、1階建ての体育倉庫(また体育倉庫か)の屋根に登ってそこに隠れてたんだっけ?

ちょうどはしごがあって、ラッキーと言わんばかりに屋根に登った。

そのあと、このままじゃ見つかると思ってはしごを倒して・・・。

バカだ、あたしは。

そんなことして、降りられなくなるのは火を見るより明らかなのに。

あたしがそれに気付いたのは、全員が見つかって鬼が降参をした頃。

突然雨が降ってきた。

トタンで出来た屋根は、それはもうとてつもない音で響いて。

雨を遮るものが何もなく、あたしの身体に容赦なく降りかかってきて、その内気分が悪くなって、ほとんど意識を失ってしまっていたあたしは捜索隊の人たちの声に答えることが出来ずに、ただこれからどうなるのかなぁなんて呑気なこと考えてた。

そういえば、あの時あたしを発見してくれたのは誰だったっけ?

 

 

寒さのせいで頭が回らない。

身体はもう、びっくりするくらい冷たくなってしまっていた。

今ここで寝ちゃったら、間違いなく凍死かなぁ?

ヤバイと思いつつも、あたしはゆっくりと意識を手放した。

 

 

あれ、あったかい?

ゆっくりと目を開けると、そこには綺麗な真っ白な天井。

聞こえてくるのは、しゅんしゅんというストーブを焚いている音。

あたしの身体には、しっかりと布団が掛けられていた。

「気が付いた?」

突如耳に入った来た声に視線を向ければ、そこには見慣れすぎた顔。

「・・・いぬい?」

舌が回らない事に、口を開いてみて初めて気付いた。

「部活に来ないからおかしいなと思ってね。手塚に聞いてみたら昼からの授業も出てなかったみたいだし?のカバンから手紙を見つけて、多分そこに行ったんだろうと思って見に行ったんだよ」

あたしの疑問に次々と答えてくれる乾。

顔が少し怒っているように見えるのは、多分あたしの気のせいじゃない。

「まったく、予想以上の行動を取ってくれるね・・・いつも」

「・・・もうしわけない」

お世話かけますと目で訴えると、乾は大きなため息をついてから布団を掛け直してくれた。

「タクシー呼んでもらってるから、それまでゆっくり寝てろ。手塚が今日は部活休んでいいってさ」

それはありがたい。

こんな有様じゃ、部活には出られないなと思ってたところだ。

でも明日のグランド●周は、避けられないだろうな。

「ほら、ちゃんと家まで届けてやるから、しばらく眠ってろ」

乾の大きな手があたしの視界を遮る。

なんだか安心して・・・それが居心地良くて、あたしはゆっくりと目を閉じた。

 

 

意識を手放す瞬間、あたしははっきりと思い出した。

3歳の時、家に引きこもっていたあたしを外に連れ出したのは誰か。

7歳の時、捜索隊よりも早くあたしを見つけてくれたのは誰か。

その人は今、あたしの傍であたしのことを見てくれている。

幼なじみ・腐れ縁、そんな言葉で称される人。

いつも傍にいてくれた、乾。

あたしの存在を認めてくれたのも、あたしがいてよかったって言ってくれたのも、あたしを見つけてくれるのも、乾が初めてだった。

いつも傍にいてくれたことが、どれほどあたしの心を救ってくれていたか。

いつかはそれを伝えるのもいいかもしれない。

でも今は絶対に言わない。

やっぱり・・・恥ずかしいしね。

柔らかい空気に包まれて、そんなことを思いながら深い眠りについた。

 

 

●おまけ●

 

翌日、朝練に顔を出すと、レギュラーたちが心配した表情で話し掛けてきた。

「大丈夫だったか?まったく、お前はいつも無茶ばかり・・・」

手塚がため息をつきながらも、安心したようにちょっとだけ微笑んだ。

珍しい手塚の笑顔に驚いていると、エージがあたしの背中に飛びついてくる。

「も〜、びっくりしたんだよ!?凍死したらどうすんの!?」

「そうだよ、一言言ってくれれば良かったのに・・・」

不二も珍しく無害な笑顔で言った。

言ってくれればっていっても・・・、さすがにあれは言えないでしょ?

そんなことをぼんやりと考えていると、エージが(あたしにとって)爆弾発言をした。

「それにしても、さすがだにゃ。こ〜んな寒い時期にプールで泳ぐなんて」

・・・は?

「いくら寒中水泳がしたくなったっていっても、一歩間違えば死んじゃうところだったんだから・・・、もうしちゃダメだよ?」

一体、あんたたちは何を言ってるの?

混乱する頭を何とか押さえ込んでチラリと乾に視線を向けると、あろう事か乾は面白そうにあたしたちを見ながら何事かをノートに書き込んでいる。

お前の仕業か、乾

バレたくないんでしょ?という乾の笑みに、あたしは思わず手元にあったテニスボールを投げつけた。

手塚たちは何事かと驚いていたけど、そのまま無言で笑顔を振り撒いた。

っていうか、あんたたちもそんな馬鹿な作り話、信じないでよ!

それともそんな作り話を信じられるような行いをしてるって言うの、あたしは!?

やっぱり普段の行いって大切なんだなと、あたしは再び思い知らされた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

かくれんぼのくだりは、ゴーストハントのパクリです。(パクリって・・・!)

いや、もう他に思いつかなかったので。

知ってる方がいらっしゃったら、「ああ、あれか・・・」と笑ってやってください。

 

更新日 2008.1.13

 

戻る