アメリカに留学してた俺の幼なじみ、

いなくなった―――と連絡を受けたのは、今から1週間も前の事だ。

それが今日、突然青学に現れて。

「明日から、青学に通うから!」

そうあっさりと言い放った。

しかも昨日のうちに転入届は出してあったらしい。

・・・という事は、昨日はここの近辺にいたって事か?

家に帰ってこないで、一体どこに行っていたんだ??

俺のそんな思いも知らず、隣を歩いてるは呑気に鼻歌なんて歌ってたり。

なんだか、無性に疲れを感じてくるよ。

 

日常的風景

 

(乾視点)

 

「買い物して帰るから、スーパー寄るよ?」

の要望に、俺はコクリと頷いた。

の両親は海外赴任していて、めったに家には帰ってこない。

昔は家政婦を雇っていたがそれも小学校1年生くらいまでのことで、それ以来は全ての家事を請け負っている。

そういう俺の両親も忙しい人で、帰って来るのはいつも夜遅く。

最初はコンビニで弁当なんかを買って食べていたけれど、ついでだからという言葉に甘えて俺の食事の世話なんかも任せだ。

それを良いことに、俺の両親はもっと通勤に便利なマンションを別に借りて、帰りが遅くなりそうな日なんかはそっちに帰っている―――そんな生活をしている内に、忙しいと言ってほとんど家に帰って来なくなった。(の両親に比べればよく帰って来てる方だが)

食事だけじゃなくて、洗濯とか掃除とかもたまにしてもらってるけど。

親としてそれはどうかとたまに思うが、決して愛情が感じられないという事も無いので、家庭それぞれの形があるんじゃないかと、最近は納得している。

そんな生活だったから、がアメリカに留学するとなった時は正直言って参った。

別に家事だけのことを言ってるんじゃない。

俺とは物心ついた頃からずっと一緒にいて、それこそ片時も離れないを地で行っていたと思う。

当然のように一緒にいた存在が、ある日を境にいなくなったんだ。

メールとか電話は毎日のようにしてたけど・・・会うのなんて1年に数回程度で。

寂しい・・・を通り越して、もう違和感の域だ。

だけどそれも2年も経てば慣れてくるもので・・・・・・その慣れが寂しいと思うことはよくあった。

たまに、『今会ったら逆にギクシャクしてしまうんじゃないか?』と思うこともあったけど。

やっぱりそんなことはなかったみたいだ。

俺との間にある空気は、2年前と少しも変わっていない―――それに少し安心した。

スーパーに寄って、数日分の食料を買いだめ。

2人してビニール袋を両手いっぱいに持って、家へと向かった。

「あれ・・・?」

その途中、不意にが不思議そうな声を上げ、何かと思い視線を辿ると、そこには小さな公園―――そしてその公園の中にいたのは。

「・・・海堂?」

海堂はランニングをしていたのか、肩で息をしながら首にかけたタオルで汗を拭っている。

「そうそう、海堂くんだ」

ポンと手を叩き、が嬉しそうに笑った。

そういえば、を一番最初に見つけたのが菊丸と海堂だったな。

見た目にもはっきりと分かるほど、は海堂のことを気に入っているようだ。

「ねぇ、海堂くんの下の名前ってなんていうの?そう言えば聞いてなかったんだよね」

「・・・薫だ。海堂薫」

そんなことを聞いてどうするのだろうか?と思ったその瞬間。

「薫ちゃ〜ん!!」

人目もはばからず、は大声で海堂の名前を呼んだ。

おそらくは確信犯だろう―――俺は心の中で海堂に同情した。

呼ばれた海堂は、まさか下の名前が呼ばれるとは思っても見なかったのか、呼んだのは誰なのかと勢い良くあたりを見回している。

・・・と、海堂と目があった。

訝しげに俺の顔を凝視してくる海堂。

いや、俺じゃないから・・・っていうか、さっきの声は男の声じゃないでしょ?

目でそう訴えて、チラリとに視線を向ける。

それにつられて同じくに視線を向けた海堂は、ポカンと口を開けて固まった。

「こんにちは、薫ちゃん。さっきはどうもお世話になりました〜」

二の句が告げない海堂に向かい、遠慮なく声を掛ける。

「・・・名前で呼ばないで下さい」

しばらくの間固まっていた海堂は、ようやくその言葉を搾り出すように呟く。

しかしそんなことをが気にするわけもなく。

「何言ってんの!いい名前じゃない、薫って!!」

「・・・それとこれとは話が別です」

「話といえばさ、こんな所で何してるの?」

「・・・・・・トレーニングっス」

「へぇ、偉いね〜。あっ、そうだ!今日うちでご飯食べてかない?あたしって結構料理上手なんだよね」

「・・・・・・は?」

「というわけで、レッツゴウ!!」

話を強引にまとめて、未だに状況がわかっていない海堂の腕を掴んだはそのまま公園を出た。

「ち、ちょっと・・・!!」

「薫ちゃんは何が食べたい〜?」

「いや・・・別に何でもいいっスけど・・・」

「ようし!にお任せあれ!!」

なんだかんだ言って巻き込まれてる海堂。

あっさりと名前呼ばれてるのに、もうそんなこと気にしてる余裕もない感じ?

引きずられながら歩いている海堂を見て、案外押しに弱かったりするんだろうか?と何気に思う―――新しくデータを書き換えておかないとな。

多分は、このまま家に帰ったら俺にアメリカから帰ってきてからのことを聞かれると思って、それでたまたま見つけた海堂を巻き込んでうやむやにしようとしてるんだろう。

だが、それはそれで面白い。

なかなか良いデータが取れそうだ。

俺は心の中で、密かに笑みを浮かべた。

 

 

(海堂視点)

 

「今すぐ作るから、ゆっくり寛いでてね〜」

部活の後、いつも通りトレーニングをしていたら、いきなり名前を呼ばれた。

しかも絶対呼ばれたくない、下の名前で!

誰だ!?と思って慌てて周りを見回すと、公園の外からこっちに向かってにこやかに手を振っている先輩と乾先輩を見つけた。

それから何度名前を呼ぶなと言っても聞かない先輩に、半ば強引に『飯食いに来い』と連行されて、現在に至る。

先輩と乾先輩は幼なじみだと言うだけあって(?)家が隣だ。

しかも先輩の家はデカイ。

テレビの『豪邸拝見』に出てくるような家だ。

俺はそのまま先輩の家に、乾先輩は着替えてくると言って自分の家に入っていった。

促されるままにソファーに座り、出してくれたコーヒーを一口飲む。

キッチンから包丁の音と、先輩の鼻歌が聞こえてくる。

なんとはなしにキョロキョロと部屋の中を見回してみる。

なんていうか・・・趣味のいい部屋だ―――初めて来る家なのに、どこか落ち着く。

「薫ちゃんは好き嫌いある〜?」

「・・・いえ、大丈夫っス」

思わず普通に受け答えしてしまった。

でもいくら名前で呼ぶなって言っても、この人にはあんまり通用しない気がする。

諦めた・・・って言えば聞こえは悪いが・・・もうしょうがないかとも思う。

「・・・先輩、手伝いましょうか?」

手持ち無沙汰に俺はキッチンを覗いてそう声をかける。

しかし先輩は軽い口調で『大丈夫』と返事を返すと・・・ふと俺に視線を向けた。

「・・・なんスか?」

「あたしも下の名前呼んでるんだし、薫ちゃんも『』って呼んでくれていいよ?」

そうは言われても、そんな簡単に女の名前なんて呼べるわけないだろ!?

そう思って頑なに苗字を呼び続けていたが、そのうち何の返事も返してくれなくなり。

「・・・・・・・・・先輩」

かなり悔しかったが(そして恥ずかしかったが)思い切って下の名前で呼んでみた。

すると先輩は、極上の笑顔で俺に笑いかける。

そんなに名前を呼んでもらうのが嬉しいのだろうか?

俺としてはかなり恥ずかしいが・・・・・・もうこれも諦め、というやつだ。

「やあ、ずいぶんと仲が良くなったようだね」

俺が先輩の笑顔にどう対応していいのか困惑していたその時、乾先輩が普段着に着替えて(初めて見た)部屋の中に入ってきた。

・・・っつーか、このタイミングの良さは偶然か?

もしかして、部屋の外で一部始終見てたんじゃねぇだろうな!?

そう思って乾先輩を睨んでみたが、この先輩にそんなものが通用するわけもなく。

あっさりと流されて、俺は再びソファーに座り込んだ。

なんつーか、トレーニングよりも疲れる。

何で俺の周りの人間は、こうもクセのあるヤツばかりなんだ・・・。

 

 

視点)

 

ちゃっちゃと夕飯を作って、3人でお食事タイム。

さっき言ってたように(逃亡少女参照)今日の夕飯はとろろ蕎麦メインの和食。

やっぱ和食はいいね〜、日本人は和食でないと。

とろろ食べると口の周りが痒くなっちゃうけど。(どうでもいい)

「薫ちゃん、美味しい?」

「・・・ス」

感想を聞くと、ずいぶんと簡単な返事が返ってきた。

やっぱり強引に連れてきたの怒ってるのかな?

それとも嫌がるのに、薫ちゃんって呼び続けたのが原因??

いや、でも・・・・・・何となくそんなに機嫌悪そうじゃないかも―――っていうか、ちょっと口元緩んでる?

もしかして薫ちゃんもとろろ蕎麦好きなのか??

あんまり会話がないから、どうでもいいような事を延々と考える。

部屋の中に蕎麦をすする音だけが響いてるのって、ちょっと寂しいかも。

「ところで、海堂」

無言だからあっという間に食べ終わって食後のお茶を飲んでいると、乾がいきなり薫ちゃんに声をかけた。

「・・・なんスか?」

かなり警戒してる様子の薫ちゃん。

それもそのはず・・・だって乾のめがね、逆光してるんだもん。

ここ部屋の中なのに・・・、どういう原理なの、それ??

「さっきから気になっていたんだが・・・いつからのことを名前で?」

「ぶーっ!!!」

薫ちゃんがいきなり、飲んでいたお茶を吹出した。

「す、すいません・・・」

テーブルに置いてあったタオルで吹出したお茶を拭いていく。

別にそれは構わないんだけど・・・・・・なんで吹出したの??

何となく薫ちゃんは答えにくそうにしてるみたいだったから、さっきあたしが無理やりそう呼ばせることにしたってことを勝手に説明をした。

すると乾は相槌を打ちつつも、広げたノートに何かを書き込んでいく。

っていうか、そんなデータ集めてどうするよ?

どうテニスに関係があるのか、知りたいところだね。

「あの・・・、俺もうそろそろ・・・」

薫ちゃんは一心不乱に何かを書き込んでいる乾と、それを不審そうに眺めてるあたしにそう告げて、逃げるように玄関に向かった。

「ちょ、ちょっと待って、薫ちゃん!!」

何とか玄関で追いついて、バツが悪そうにしてる薫ちゃんに今日無理やり引っ張ってきたことを謝った。

だってさ、やっぱりちょっと気まずいじゃない?

勝手に日本に帰ってきて、向こうでは行方不明扱いになってたみたいだし。

たぶん乾にもいっぱい心配かけただろうしさ。

そんなこと、乾にはお見通しなんだろうけど・・・。

申し訳ない思いで謝ると、薫ちゃんは少しだけ・・・ほんの少しだけ口の端で笑ってくれた。

「また、遊びに来てね?」

笑顔を浮かべてそう言うと、薫ちゃんはちゃんと頷いてくれて。

あたしはすごく嬉しい気持ちで、薫ちゃんを見送った。

 

 

(再び乾視点)

 

「データ収集は終わった?」

玄関のドアの閉まる音が聞こえたすぐ後、リビングに戻ってきたの第一声がこれだ。

「・・・ああ」

俺は簡単に返事を返して、広げていたノートをパタリと閉じる。

「今日はごめんね?」

再び席についたは、申し訳なさそうな表情で一言そう呟いた。

まぁ・・・別に問い詰めるつもりはないんだけどね。

大体の事情・・・というか、の性格は把握しているわけだし。

なんの理由もなくアメリカから帰ってくるなんて、俺だって思ってないし。

だけど自分から言い出さないなら、いくら質問しても無駄なんだろう。

それも嫌というほど分かっていたから、俺はただ微かに笑顔を返した。

それにどうやら安心したらしいは、ホッとしたような笑みを浮かべて。

「さぁて、それじゃお風呂にでも入ってこようかな?」

そんなことを言いながら、椅子から立ち上がって大きく伸びを一回。

さっきも言ったけど(思ったけど?)何があったのか問い詰めるつもりは毛頭ない。

だけどこれだけは聞いておかないと・・・。

「・・・?」

「な〜に?」

ずいぶんと呑気な返事が返ってくる。

それを打ち消すように、俺は真剣な表情で心持ち声を低くした。

「・・・これで、よかったんだな?」

その一言で、は動きをピタリと止めた。

伸びをしたままの体制で、ゆっくりと俺に視線を合わして。

「・・・うん」

はきっぱりと一言、そう返事をした。

「そうか、それならいい」

俺は笑みを浮かべて、テーブルに置いてあるノートを手に持つ。

風呂場に向かうために踵を返したは、しかし何かを思い出したようにわざとらしく「そうそう・・・」なんて呟きながら振り返った。

何事かと小さく首を傾げる俺に、にっこりと笑みを向けて。

「・・・ただいま」

告げられた言葉に、そういえばまだ言ってなかったなということを思い出す。

「おかえり、

俺の言葉に、は満足そうに笑みを浮かべた。

「それじゃ、また明日。おやすみ、乾」

「おやすみ、

挨拶を交わして、俺は自分の家へと戻る。

その短い道のりの中で、俺はもうこの話題は出さないでおこうと密かに思った。

が今日本にいるその事情を考えれば、喜んでる場合じゃないんだけど。

やっぱりがそばにいるのは、嬉しいから。

さっきの質問は、なら絶対に肯定するだろうと計算して言った言葉。

また突然いなくなったりはしないな?と念を押すための質問。

俺の心の中の弱い部分が、を繋ぎとめるために言わせた言葉だ。

俺のメンタルの部分も、もう少し強化が必要だな。

久しぶりに灯っている隣家の明かりを見て、俺は自嘲気味に笑った。

 

 

計算ついでに。

どうやってをテニス部に引っ張り込もうか?

さっそく竜崎先生に電話でもしてみるかな。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

海堂、お気に入りです(笑)

何とか接点を持たせたかったんですが・・・かなり強引です。

それに海堂はこんなに素直じゃない・・・とか思ったり。

乾メインだったはずだったのに、いつの間にか海堂に乗っ取られました(笑)

作成日 2003.11.30

更新日 2007.9.13

 

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