「この度、青学に転入してまいりましたです。皆様方、末永くよろしくお願い申し上げます」

朝のHRに、どこかおかしな自己紹介が響く。

青学男子テニス部のレギュラー、乾貞治の幼なじみが俺のクラスに転入してきた。

 

始まりの

 

、話があるんだが・・・いいか?」

「・・・はい?」

転入生といえば何処の学校でも珍しい物で、それはここ青学も同様。

もともと容姿が目立つタイプのは、授業の合間の休み時間でさえもクラスメートたちから質問攻めにあっていた。

出来れば人がいないときにと思っていたが、いつまで経ってもクラスメートたちの質問は収まらない。

そんなに話し掛けるのは気が引けたが、昼休みに入った頃、これを逃してはいつまで経っても話が出来ないと思い声をかけた。

案の定、クラスメートのほとんどがこちらに視線を向けて耳を澄ましている。

「え〜っと・・・、とりあえずどっか場所移そうか?」

おそらく弁当が入っているだろうカバンを手に持ち、は俺を促すように席を立った。

それに習って、俺も弁当が入ったカバンを持ち教室を出る。

背後から聞こえてくるクラスメートの声に、ため息をつきながら。

 

 

前を行くの後を追い、辿りついたのは学校の屋上。

まだ日差しが強いためか、他に生徒の姿はない。

「ま、とりあえずお弁当でも食べながら・・・」

そう言って返事を聞くまでもなく弁当を広げたは、きれいな形の煮物を一つ口に運ぶ。

聞こえてくるのは校舎内で騒ぐ生徒たちの声と、風に吹かれて揺れる木々の音。

どこか現実的ではないような錯覚に陥ってくる。

「手塚・・・って、呼び捨てOK?」

不意にそう声をかけられ我に返る。

聞かれた内容を確認し、苗字は呼び捨てになるのかと疑問を抱きつつも一つ頷いた。

「そう?あ、あたしはでいいから。それよりも・・・」

「・・・?」

「手塚の下の名前って・・・治?」

そんなベタな冗談はやめてくれ

「ああ、ごめん。やっぱりベタすぎだね。え〜っと、国光だっけ?」

「・・・そうだ」

「そっか。国光か・・・。国が光るで国光だよね?」

「・・・ああ」

そっか、国光か・・・と何度も呟く

そしてしばらくの沈黙の後。

「・・・ごめん、何にも思いつかなかったや」

そう言って笑った。

別に名前についてのコメントを求めていたわけじゃないんだが。

なんだか話がおかしな方向に行っている気がする。

俺がを呼び出したのはこんな話をするためじゃない。

そう思って本来の目的である話を切り出そうとした時。

「あ〜、やっと見つけた〜!!」

陽気な声が屋上に響いた。

視線を向けてみれば、肩で息をしている菊丸といつもと変わらない笑顔を浮かべている不二の姿。

「せっかく一緒にお弁当食べようと思って1組に行ったのに2人ともいないしさ。それに変な話ばっかりしてるし」

「そりゃごめんね、エージ。それよりも変な話って何?」

「手塚がさんに告白してるって言う噂だよ」

2人はさらっと問題発言をして、俺たちの隣に腰を下ろすと弁当を広げ始めた。

それよりも今、なんて言った?

俺がに告白をしている?

何処からそんな馬鹿な話が出てきたんだ?

そんな疑問が顔に出ていたんだろう。

不二がにっこりと笑って缶ジュースを飲みながら言った。

「どうせ『話がある』とか言って教室を出てきたんでしょ?そんな噂がたっても文句は言えないと思うよ?」

「はっは〜ん。手塚一目ぼれ説が浮上してるわけだね?」

どうしてそんなに落ち着いていられるんだ、

そしてどうして他人事のように話をする。

お前もしっかり当事者だぞ?

「そんなことより、何か話があったんじゃないの?」

そんなこと、で済ませられる問題なのか?

そう思ったが、の言うことにも一理ある。

俺は話があってに声をかけたんだ。

「・・・どうして今日、朝練に顔を出さなかったんだ?」

俺は朝から言おうと思っていた一言をに告げた。

はというと、ぽかんと口を開けて俺の顔を見返している。

そうしていると、馬鹿に見えるからとりあえず口は閉じろ

「そうだよ。俺待ってたのに〜!」

「もしかして朝練あるの、知らなかった?」

菊丸と不二が便乗して口を挟む。

「知らなかったのなら仕方がない。今回は目をつぶるが、明日からはちゃんと参加するように。それから放課後も当然部活はあるから・・・もごっ!」

「待て待て待て待て待て!!」

俺が話しているのも気に止めず、自分の弁当の中に入ってあった里芋の煮っ転がしを俺の口に突っ込み、反対の手をかざすように前に出しながら叫んだ。

「・・・ぐっ、何をする!」

「それはこっちのセリフだ。一体何の話をしている!」

「なんのって・・・、部活の話だにゃ!」

「それがあたしに何の関係があるってのよ!」

「やだなぁ、さん。マネージャーでしょ?」

不二のからかうような声に、はピタリと動きを止めた。

「・・・今、なんと?」

「だからマネージャーでしょ、さん」

変わらず微笑む不二に、『でいいから』とさっきと同じように返して。

ペットボトルのお茶を一気に飲んでから、自嘲的に笑う。

「誰が?」

さんが、だよ」

「誰が!?

「だからさんが・・・」

「誰が!!」

の手に握られたペットボトルが、音を立ててひしゃげた。

「え〜、知らなかったの?竜崎先生がそりゃ楽しそうに『今日からがマネージャーとしてくることになった』って公表してたよん?」

どこか楽しそうに菊丸が答える。

「へぇ・・・、竜崎先生ってたしか、テニス部の顧問だったよね?」

幾分か声が低くなっているような気がする。

言葉を挟む隙もなく、は勢いよく立ち上がり笑った。

「おい、・・・」

どこか危険なものを感じた俺は、取り合えず声をかけてみる―――が、どうやらには聞こえていないらしい。

「待ってろ、竜崎スミレ!!」

耳を劈くような大声でそう叫ぶと、一目散に屋上を飛び出した。

「うわぁ、が切れた!!」

「追かけた方がいい・・・かな?」

菊丸と不二の言葉に同意し、俺たちは職員室に向かったであろうの後を追った。

 

 

職員室前の廊下には、すでにの声が響いていた。

覗いてみれば、楽しそうに微笑んでいる竜崎先生と、見るからに怒っている

「どういうことですか!?」

「なにがだ?」

「あたしはテニス部に入るつもりはありません。あたしはこの学校名のとおり、青春を謳歌するつもりなんです!」

「テニス部で青春を謳歌すればいいじゃないか」

2人の押し問答は続く。

いつの間にか職員室にいた先生たちの姿は消えていた。

「っていうか、なんですか!『青春学園』なんて名前誰が付けたんですか?ここ卒業したら履歴書に書かなきゃいけないんですよ?恥ずかしいでしょ!?」

いつの間にか抗議の内容がすりかわっている。

「まぁ、落ち着け」

竜崎先生はおそらく何を言っているのかも分かっていない程混乱したを空いた椅子に座らせると、肩をポンポンと叩いてなだめる。

「いいじゃないか、マネージャーくらい。別に入りたいクラブがあるわけじゃないんだろう?それにうちのテニス部は面白いと思わないかい?」

「・・・そりゃ、まぁ(いろんな意味で)面白いしレベルが高くて凄いとは思いますけど」

「じゃあ、いいじゃないか。きっとさっき言ったみたいに青春を謳歌できるさ」

竜崎先生の言葉に、が言葉に詰まる。

どうやら押されぎみになっているようだ―――先生に口で対抗できるものは少ない。

「・・・でも、あたしには荷が重過ぎます」

そうきっぱりと宣言するに対し、

「大丈夫だよ。あの乾の幼なじみをやって来れたんだ。テニス部員たちにだって十二分に対抗できるよ」

そう自信を持って言い切る。

竜崎先生、対抗ってなんですか?

確かにうちの部員たちは個性の強い人間ばかりだが、対抗とまで言われるほど・・・。

「やっぱり先生相手だとも断れないみたいだにゃ!!」

「まぁ、どっちにしても断らせる気なんてなかったけどね」

言い負かされているを見て、満足そうに笑う菊丸と不二。

やはり対抗できるような人物でないと、マネージャーは勤まらないように思えてきた。

「とにかく!あたしマネージャーなんてやりませんからっ!!」

どう見ても分が悪いと本人にも分かったんだろう。

そう大きな声で宣言すると、来た時と同じように一目散に職員室を飛び出していった。

一体この収拾をどうつけるべきなのか、と悩んでいる俺に向かい竜崎先生が手招きをしている。

「・・・なんでしょうか、先生」

「いいかい、手塚?なんとしてもを部活に連れて行くんだよ?」

真剣な表情で言う竜崎先生。

「あの・・・、本人が嫌がっているのであれば、無理には・・・」

「本気で嫌がってるわけじゃないよ、あの子は」

「それは・・・?」

どういう意味なのかを聞こうとしたところで、昼休み終了のチャイムが鳴った。

「まぁ、魚心あれば水心ってね。とにかく頼んだよ、手塚」

先生、意味が分かりません。

俺としては部活は本人の意思に従ってするものだと思っているし、確かにマネージャーがいればありがたいとは思うが、女子・・・しかも嫌がっている者にそれを無理強いするのもどうかと思う。

しかし、顧問の・・・竜崎先生の一言は絶対だ。

今まで自分たちの事は自分たちでさせると言ってマネージャーを取ろうとしなかった竜崎先生が、何故今になってにマネージャーをさせようとしているのかは解らないが。

「わかりました、竜崎先生」

俺は先生に一礼して、職員室を出た。

 

 

6時間目、終了5分前。

教室の中には異様な空気が流れている。

クラスメートたちは微動だにせずにただ黒板に視線を向けているし、先生さえも教卓に広げた教科書をじっと見つめ、一言も声を発さない。

その原因は、俺と隣の席に座っている

はすでに教科書などをカバンに詰め込んで、授業終了と同時に逃走する準備が整っている。

だが俺はを逃がすわけにはいかない。

重い空気が漂う中、6時間目終了のチャイムが鳴った。

それと同時に席を立ち、おそらくあらかじめ開けておいただろうドアをくぐり抜けると廊下へ飛び出した。

「待て、!!」

俺も席を立ち、急いで廊下へ出る。

はすでに廊下を疾走しており、慌てて後を追って走り出した。

女子にしては、いや中学生の平均から見ればかなりの俊足。なかなか差が詰まらない。

このままでは逃げられてしまうと思い始めたとき、前方に菊丸と不二が立ちふさがった。

〜!諦めて一緒に部活に行こうよ〜!!」

「逃げられないよ、さん?」

「菊丸、不二、を止めろ!!」

廊下になんだかおかしな雰囲気が流れていたが、そんなことに構っていられる状態ではない。

俺の声に反応し、不二が爆走するの足元に足を出した

おい、いくらなんでもそれは危ないだろう!

あわや転んで大惨事―――が頭を過ぎったが、はそれをいとも簡単に交わし、次に飛び掛ってきた菊丸の身体を踏み台に2人を飛び越えた。

呆然として次の動きが取れない2人の横を通り過ぎ、を追かける。

次に姿を現したのは、廊下の騒がしさに気付いて顔を出した大石と河村。

「大石、河村!を止めろ!!」

突然のことに何を言われているのか分かってはいない2人だったが、とりあえず声に反応してに向かい手を伸ばす。

だがさっきの菊丸と不二の防衛線を突破したには、効果がなかったようで。

「ふっ。そんなことであたしを止められると思ってるの!?」

不敵な笑みをこちらに向けて、大石と河村の防衛線を見事突破し、廊下を爆走した。

階段部分に差し掛かり、これでは本当に逃げられてしまうと杞憂したその時、角から大きな人影が突然現れ、爆走するの後ろ襟を掴んで動きを止めさせた。

「ぐっ!・・・苦しい。って・・・乾!?」

、往生際が悪いよ?もう諦めたら?」

眼鏡を逆光させ、妖しげに笑う乾。

普通の人間ならそれに怯えて諦めるのかもしれないが、今までずっと乾の幼なじみをやってきただけのことはある。

はすばやく乾の懐に入り込むと、どうやったのか乾の身体を投げ飛ばした。

一同呆然、とはこのことだ。

乾と比べて一回りほど小さい女子が、いとも簡単に投げ飛ばしたのだから。

「さすが。腕は鈍っていないようだね」

「大丈夫か、乾!?」

心配した大石が、まだ廊下に転がっている乾の元へ走るが、当の乾はどこか楽しそうに笑っている。

「大丈夫だよ、受身もちゃんと取ったし慣れてるから」

「・・・慣れてる?」

はいろいろな武術の有段者だからね。昔から喧嘩は命がけだよ」

何でもない普通のことのようにあっさりと言う乾。

ずいぶん過激な子供時代を過ごしてきたようだ。

「どんどん謎が増えていくね、彼女」

「噛めば噛むほど味が出るって言うのかな?一緒にいると飽きないよ、あいつは」

そんな呑気に会話をしている場合じゃないだろう、不二、乾。

このままでは逃げられてしまう。

そんな俺の心境を読んだのか、乾は眼鏡を逆光させながら。

「俺に考えがある」

と嫌な笑顔を浮かべる。

「みんなはが学校の外に出ないように追い掛け回していてくれ。その間に俺がを捕まえるための罠を張ろう」

乾の一言で、その場にいた全員がを追いかけて姿を消した。

「・・・手塚は一緒に来るかい?」

「・・・ああ」

何を企んでいるのか分からない乾を野放しにしては置けない。

『罠』という言葉の意味が気にかかり、俺は乾に付いていくことにした。

向かったのは1年生の教室。

確か海堂がこのクラスだったはずだ。

「海堂、ちょっと」

考えどおり、乾は自分の席に座って部活の準備をしている海堂を手招きで呼び寄せた。

「・・・なんすか?」

何気に警戒している海堂。

そんな海堂に構わず、乾は一言。

「ちょっと協力して欲しいことがあるんだ」

「・・・協力っすか?」

不穏な空気が辺りを包む―――その空気を発しているのは、言わずと知れた乾。

「そう。ちょっと人質になってもらおうと思ってね」

その瞬間、逃げようとした海堂は乾に押しとめられて逃走不可状態。

おかしなことになってきた、と思ったがもう遅い。

助けを求めるような海堂の視線に、俺は何もできずただ乾の後をついて行った。

 

 

校門前では、古い映画に出てきそうな光景が広がっていた。

校門を塞ぐように立っている俺と、乾に手を捕まれて逃げられない海堂。

その前には戸惑ったような表情を浮かべている

そしての後方に、テニス部2年レギュラーたちの姿。

。海堂の命が惜しければ、おとなしくマネージャーになってみない?」

「・・・卑怯な」

の言葉に同意する―――なんて脅し方だ。

「薫ちゃんを人質に取るなんて・・・、恐るべし乾!!」

「・・・薫ちゃんはやめてください、先輩」

海堂が諦めたように、疲れた様子で抗議するが、どうやらはそれを受け入れるつもりはないらしい。

それにしても、と海堂はいつの間にそんなに親しくなったんだろう?

確か昨日が初対面だったはずだが。

「さぁ、どうする?」

太陽の光に照らされて、乾の眼鏡が光る。

その様子に、体の力を抜いた

「・・・もう、何でそんなにあたしをマネージャーにしたがるのよ。他に適任者はいるでしょうに・・・」

の言葉に、乾は答えない。

しばらくの沈黙の後、諦めたようにため息をついた。

「わかったわよ、やるわよマネージャー。だから薫ちゃんを放して!」

その場に菊丸の歓声が響いた。

こうして、青学男子テニス部に初の女子マネージャーが誕生した。

 

 

おまけ

 

、学校名について職員室に抗議に行ったというのは本当かい?」

放課後、真面目に部活に出てきたに、ノートを片手に持った乾が楽しそうに聞いた。

「・・・変な事言ってないで、さっさと練習したら?」

は乾に向かい、訳がわからないという表情を浮かべる。

残念だが、

そう思われても仕方がないぞ―――とは言えなかった。

 

更新日 2007.9.13

 

 

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