その日はいつもと変わりなかった。

いつもと同じ時間に朝練が始まり、いつもと同じように遅刻してきた部員を走らせ、いつも通り練習を見ていた。

ふと思う―――いつも通りはおかしくないか?

今日は初めてマネージャーが来たんじゃなかったか?

はどうした??

 

誤解と後

 

朝練が始まっても一向に姿を見せないに、俺は正直苛立っていた。

学校には来ていた筈だ。

朝、乾と一緒に登校してくるのを見た。

では何故ここにいない?

そんな考えだけが頭の中をグルグルと周る。

本人がいないのだから、いくら疑問に思っていても答えてくれる人間はいないと分かっていても、その考えが頭から離れなかった。

「はい、ドリンクここ置いとくね」

不意に横から声が聞こえ振り向くと、そこには今の今まで考えていた当人が何食わぬ顔で立っていた。

「・・・・・・ああ」

言いたい事は山ほどあったが、急に姿を見せられるとなにから話していいのか分からない。

考えた末にとりあえず返事を返すと、何故だか微妙な顔をされた。

何かおかしなことを言っただろうか?

そんな思いが頭の中を過ぎり、余計に言葉が出てこなくなってしまった。

沈黙が続き、聞こえてくるのは部員たちの掛け声だけ。

何となく居たたまれない雰囲気に、何かを話そうとするが何を話していいのか分からない。

その時、マネージャーのことについてに話しておこうと思っていたことを思い出し、口を開こうとした瞬間、

「・・・じゃ」

は片手を軽く挙げて、そそくさとコートを出て行こうとする。

「・・・どこへ行く?」

思わずそう声を掛けると、は少しだけ黙り込み。

「どこって・・・まぁ、いろいろ?」

「・・・・・・」

「あたしもいろいろと忙しいんだよ、手塚」

そうきっぱりと言い切り、足早にコートを去っていった。

忙しいってなんだ?

にどんな用事があるのかは分からないが、マネージャーとしてここにいるのならマネージャーの仕事をするべきではないのか?

俺はの去っていった方を見て、1つため息をついた。

 

 

朝練が終わり教室に着くなり、机に突っ伏す

同じクラス、その上隣の席―――なんとも言えない縁があるなと密かに思う。

それにしても、なんだか妙に疲れている風に見えるのは気のせいか?

が朝やった仕事といえば、ドリンクを作ったくらい。

それだけで疲れたなど・・・おそらくないだろう。

そう思ってを見ていると、俺の視線に気付いたのか顔を上げ表情を曇らせる。

「・・・なに?なんか用??」

尋ねられ、どう答えていいのか迷う。

別に何か用があって見ていたわけではない。

だからといって、ただ見ていた・・・とは言いにくい。

俺は意を決して、抱いていた疑問を投げかけてみようと口を開いた。

「お前、朝練の時・・・」

さん!」

すると俺が言葉を発したちょうどそのタイミングで、クラスメイトの女子がに声を掛けた。

「・・・はい?」

「これ、渡してほしいって頼まれたんだけど・・・」

そう言って差し出された一枚のメモ用紙。

折りたたまれているので内容はもちろんわからないし、渡してほしいという言葉からも差出人はこの女子ではないのだろう。

「・・・誰からだ?」

「さぁ?」

少し気になって聞いてみるが、にも心当たりがないらしい。

何故かそのメモ用紙を凝視してしまう、俺と

しかしすぐに一時間目の授業の教師が教室に入ってきた為、はその紙をポケットに突っ込み慌てて教科書を取り出した。

授業が始まってしばらく経ってから思いついたこと。

に朝練の時に何をしていたのか、聞いていなかった。

何故かその事を聞こうとすると邪魔が入る・・・とチラリとを見て、俺は授業に集中しようと教科書に視線を落とした。

 

 

昼休みが始まると同時に、は教室から姿を消した。

一体どこに行ったのだろう?

乾と一緒に弁当を食べるのだろうか?

そう思ったが、カバンが置きっぱなしになっているのでそれはないだろうと思った。

別に待っている義理もないので先に弁当を食べ始めたが、俺が弁当を食べ終わる頃になっても、は教室に戻ってこなかった。

気にする必要はないと思い持ってきていた本を開いた瞬間、不二が教室に姿を見せ俺に向かっていつもの笑みを浮かべ、の席に座る。

「手塚、1人?さんは??」

「・・・さぁな」

「いないの?どこに行ったのかな??」

「知らん。昼休み開始と同時に教室を出て行った」

俺が本を読んでいるのもお構いなしに質問してくる不二に、面倒だと思いつつも返事を返してやると、何か考えているのだろうか・・・少しだけ首を傾げた。

に用事か?」

がいないと分かっても一向に動こうとしない不二にそう尋ねると、

「別に?ただ、手塚とさんが仲良くやってるかなと思って・・・」

と軽い口調で返された。

「・・・別に何も問題はない」

「でも手塚、朝からずっとさんのこと睨んでたでしょ?」

睨んでた?

その言葉に疑問を感じ、本から顔を上げた。

不二の方に視線を向けると、『気付いてなかったの?』と言った風な視線を返された。

「手塚のさんを見る目、睨んでるみたいに見えたよ?眉間に皺が寄ってて・・・」

「・・・地顔だ」

「生まれた時から、眉間に皺の寄ってる人間なんていないよ?」

サラっとそう言われ、思わず口をつぐむ。

不二相手に言葉を並べても、倍返しにされて終わるだけだ。

俺は手元の本に視線を戻したが、やはり不二は自分の教室に帰ろうとしない。

「手塚ってさ・・・やっぱりマネージャーには反対なの?」

不意に掛けられた言葉に、またもや視線を上げる。

先ほどまでとはどこか違う真剣な顔つきに、俺は思わずため息を吐いた。

「別に反対だというわけではない。ただ・・・」

「ただ?」

その必要性があるのかとは思っている―――口に出さずに心の中で呟いた。

確かにマネージャーがいれば、雑用などを全て任せる事が出来る。

その分他の部員たちの練習する時間は増えるし、細々としたことに頭を悩ませる時間もなくなる。

そう言った意味では、マネージャーの存在は歓迎すべきものだ。

しかし―――俺は今までマネージャーとしてテニス部に来た女子たちを思い出してまたもやため息が出るのを感じた。

ロクな仕事も出来ず、レギュラーたちを見ては騒いでいるマネージャー。

一度は洗濯物を盗まれた事もあったし、その上他の女子たちに呼び出しを掛けられ休み時間の度に助けを求めに来る。

もちろん練習ははかどらないどころか、ロクな練習も出来なかった。

だから俺としては、あまりマネージャーという立場の人間を必要だとは思えない。

しかし今回ののマネージャー途用は、他の誰でもない竜崎先生直々のお達しだ。

竜崎先生が何を考えてを押したのかは分からないが、先生からそう言われた以上、俺にはどうする事もできない。

「・・・手塚?」

「いや、なんでもない」

しばらく自分の考えに没頭していたのか、声を掛けられ我に返ると、不思議そうな表情をしている不二に軽く返事を返して再び本に視線を戻した。

横から不二がため息をつくのが聞こえた。

「僕、そろそろ教室に戻るよ。英二が騒いでる頃だろうし・・・」

「・・・ああ」

俺は本から顔を上げずに、不二が教室から出て行くのを横目で見ていた。

不二と2人だけで話をするのは、精神的に疲れる。

どこか追い詰められている気がするのは、俺の気のせいか?

不二が教室を出て行ってすぐ、今度はが教室に戻ってきた。

「・・・どこへ行ってたんだ?」

そう尋ねると、

「ちょっとね・・・」

と曖昧に返事を返される。

「さぁてと、お弁当でも食べようかな?あ〜、お腹空いた!」

微妙な空気を振り払うかのように、が少しだけ声を大きくして言った直後、昼休み終了のチャイムが校舎中に響いた。

「・・・マジ?」

「うろうろしているからだ。自業自得だな・・・」

呆然としたまま動かないにそう告げると、何故か不満気な視線を向けられた。

「・・・う〜!!」

「唸るな。授業が始まるぞ」

諦めきれないのか、弁当を机に出したまま俺に向かって不満気に声を上げる

すぐに教師が教室に入ってきて、しぶしぶ弁当をカバンの中にしまった。

ふと・・・弁当も食べずに昼休み中どこに行っていたのか気になったが、授業を受けているうちにそんな考えはどこかへと消えていった。

 

 

「あ、手塚〜。これドリンクとタオル。ここ置いとくね〜」

放課後、部活が始まってしばらくすると、がドリンクとタオルを持ってきた。

そのまま練習を見ていたが、何故か視線を感じる。

その視線を先を手繰るとがこちらをじっと見ていたので、返事を待っているのかと思い頷くと、は俺の横まで移動して同じように練習を見た。

「みんな楽しそうにテニスしてるね〜」

「・・・そうだな」

2人で並んで練習を見ていると、妙に部員たちの視線を感じる。

「なんかさ、あたし睨まれてる気がするんだけど・・・なんでだろ?」

お前がマネージャーの仕事をサボっているからだろう?

そう言おうかとも思ったが、一応ドリンクの用意などはしているのだから、完全にサボっているわけではないと思い直し、口をつぐむ。

もしかしては、ドリンクとタオルの用意だけがマネージャーの仕事だと思っているのだろうか?

俺はてっきり乾が教えているものだとばかり思っていたんだが・・・。

「・・・お前は」

事の真相を確かめようと、に向かって口を開いた瞬間、

「手塚!!」

大石に突然声を掛けられ、またもや中断されてしまう。

いつもいつもマネージャーについてのことをに話そうとすると邪魔が入る。

何か呪いでも掛けられているのだろうか?

「あ、もしかして今取り込み中?後にしようか・・・?」

練習メニューについて相談に来た大石は、俺とを交互に見てそう言ったが、俺は諦めて首を横に振った。

ここまで邪魔が入ると、もう一度チャレンジしても邪魔が入るような気がしてならない。

そうならやるべき事を優先させた方がいい。

も気にしていないのか、片手を軽く上げると再び練習を眺めた。

俺は大石から尋ねられる事柄を1つ1つ答えていって・・・。

相談が終わった時には、の姿はなかった。

 

 

しばらく経った頃、どこかに行っていたがコートに戻ってきた。

戻ってきた早々、ベンチに座り込んで練習を眺め始めた。

すると乾がに近づき、何かを話しながらノートにメモを取っていた。

何をやってるんだ?

そんなことを思っていると、今度は不二が笑顔を浮かべてに近づき、なにやら話している。

俺は少し離れた場所に立っているので何を話しているかは分からないが、不二が笑顔を浮かべているのだから、楽しい話題なんだろう。

そう思っていると、おもむろにが俺の方へと歩いてきた。

心持ち表情を堅くして―――そしてきっぱりと言った。

「今日限りで、マネージャーを辞めさせてもらいます」

「・・・・・・」

いきなりの宣言に、思考が一瞬にして止まった。

今の状況がわからない。

一体どうなっているのか考えていると、は踵を返してコートを出て行った。

「あ〜あ。さん、怒っちゃったね」

いつの間にか隣に来ていた不二が、少し茶化したように呟く。

「・・・どういうことだ?」

「何が?」

「・・・お前、何か言ったのか?」

俺の言葉に、不二はにっこりと笑顔を浮かべた。

「在りのままを言っただけだよ。手塚がマネージャーを入部させるのに反対だって」

俺は思わず頭を抱えた。

どうして不二は、いつも場を混乱させようとするのだろう?

もう楽しんでやっているとしか思えない。

「・・・まずかった?」

そう問い掛けられ、不二に視線を向けて・・・そのまま黙り込んだ。

結果がどうであれ、自身が辞めると思ったのなら止める理由も権利もない。

竜崎先生がどう言うかが少し気になるが、俺にはどうしようもないことだ。

遊び半分のマネージャーがいなくなること自体に、不満はなかった。

だから俺は、そのまま放っておいてもいいだろうと思っていた。

大石が部室の変化に気付いて、声を掛けにくるまでは。

慌てた大石の様子に、連れられるままに部室に向かった俺は言葉もなかった。

今朝・・・いや、放課後の部活が始まるまでは綺麗とはいいがたい部屋だった部室が、今は綺麗に片付いている。

ちゃんと窓も磨かれていて、端の方には洗濯済みのタオルが置いてある。

「それだけじゃないんだ!」

そう言って見せられた救急箱には、沢山の医療品が補充されてあった。

確かつい最近までは、消毒液が切れそうだと大石が言っていたことを思い出す。

さんが買いだしに行ってくれてたんだよ」

不二の言葉に、思わず振り返る。

「部室の掃除も、溜まった洗濯物も、全部さんが片付けてくれたんだ」

「不二・・・知っていたのか?」

「うん、もちろん」

知っていたなら、どうして煽るような事ばかり言うんだ・・・。

そんな思いが溢れてきたが、何を言っても上手く返されると思い何も言わずにただ不二を睨みつけた。

他の部員たちも知らなかったようで、その事実を菊丸から告げられると一様に驚いた表情で俯いていた。

しかしレギュラーだけは俺と大石を除いて、みんな気付いていたようだ。

菊丸と桃城は、洗濯物を干しに行くの姿を見たらしいし、河村は洗濯物を取り込んでいるところを目撃したらしい。

海堂は買出しから帰って来たの荷物持ちをしたと言っていた。

つまり俺は、に対して誤解をしていたということだ。

は仕事をサボっていたわけではなく、ただ俺がそれに気付かなかったというだけ。

女マネという先入観が働いて、が何をしているのか確かめようとしなかった。

聞こうとはしたが、邪魔が入るたびに『まぁ、いいか』で片付けてしまっていた。

乾の話によると、乾が集めていたデータを元にして、それぞれの好みに合ったドリンクを作っていたという。

そう言えば、俺が今日飲んだドリンクは、ずいぶん美味かったと改めて思った。

「・・・どうするの、手塚?」

そう問い掛けてくる不二は、間違いなく確信犯だ。

だが不二を責めるのはお門違いだ。

悪いのは、という人間を正面から見ようとしなかった俺自身。

「・・・乾、頼みがある」

俺は黙ったままこちらを見ている乾に、そう話を切り出した。

湧いてくる後悔を胸に、俺は自分が取らなければならない行動を起こした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんていうか・・・もうむちゃくちゃです。

手塚がなんだか手塚じゃないって言うか・・・。

もうはっきりと言いますが、私は主人公至上主義です。

ですから、なんかちょっとなぁ〜とか思っても、見逃してください。

やっぱり主人公が愛されるのが一番ですから!(開き直り)

実はこれは3部構成になっていて(勝手に)主人公視点と手塚視点と、まとめの3つです。

まとめはやっぱり彼視点で、ほのぼの〜したいと思います。

それと付け加えですが、不二は別に主人公のことが嫌いなわけでも、マネージャーになる事を反対しているわけでもありません。

ただ手塚をからかって楽しんでいるだけ(おい)

ちょっと分かりづらいかな?と思いまして・・・。   っていうか、後書き長っ!!

 

更新日 2007.9.13

 

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