「好きです。あたしと付き合ってくださいっ!!」

昼休みの屋上。

少し肌寒くなってきたせいか、ほとんど人がいないこの場所で、定番というかなんと言うか・・・まぁ、お約束な展開が繰り広げられていた。

今回の娘はちょっと大人しそうな可愛い子で・・・昨日の娘よりはマシかな?

小さく肩を震わせて一生懸命なのは可愛いと思うけど・・・・・・残念だけど僕の心はそんなことぐらいじゃ動かない。

「・・・ごめんね?」

感じのいい娘だったから、僕は心の中に渦巻く黒い感情を何とか押し殺して。

出来るだけ優しい笑顔を浮かべて、出来るだけ優しい口調でお断りを入れた。

その女の子は一瞬傷ついた表情を浮かべたけど、すぐに一礼をして屋上から出て行った。

 

笑顔の

 

昔っからああやって告白される事はあったけど、やっぱり男テニのレギュラーになってから各段に多くなった。

ほとんど話した事ないような女の子たちから毎日のように告白されて、『一体僕のどこが好きなの?』って思わず聞き返したくなる。

ほとんどがミーハーな娘たちばかりだから適当にあしらってるけど、中には今回の娘みたいに(なんでか)本気で僕を好きだと思ってくれてる娘もいるから・・・そういう娘たちにはそれ相応に対応してたりする。

だけど面倒臭い。

僕は別に好きになって欲しいなんて思っていないのに・・・まぁ、悪意を向けられるよりは良いんだろうけど。(別にそっちでも構わないけどね)

僕は胸の中に溜まった黒いものを吐き出すかのように重いため息をついて。

「盗み見なんて趣味悪いよ?」

屋上にあるもう1つの気配に向かってそう言った。

すると屋上の一番高いところ(屋上のドアがついてる小ぶりの建物)からひょっこりと顔を出した1人の女の子。

「・・・やっぱりバレてた?」

さん。

つい最近転入してきたばかりの女の子で、手塚と同じクラスで隣の席。

その上、竜崎先生のお達しで突然男子テニス部のマネージャーに抜擢された、謎の人。

乾の幼なじみで、最近までアメリカに留学してた・・・位の事しか知らない。

「・・・というか、不可抗力でしょ?先にここにいたのはあたしなんだし?」

「・・・そうだね」

さんの言い分も最もだ。

先に屋上に来てたのは彼女の方。

僕が屋上に来てすぐに相手の女の子が告白をしたから、その場を去るなんて時間の余裕はなかっただろうし・・・その上僕たちが立ってた場所って入り口の前なんだよね。

だからさんがさっきの告白を見てたのも、しょうがない話なんだけど。

何となく気分が悪くて。

何となくさっきの光景を見られたくなくて。

だから彼女に返した言葉は、自分でも思ってた以上に冷たいものになってた。

それでもさんは大して気にした様子もなく、少しだけ肩を竦めて苦笑いしていた。

誰もいない屋上に、沈黙が降りた。

何も言わなくてもいるだけで心地良いって沈黙もあるけど―――今回の沈黙は残念ながらそんな系統のものじゃない。

重い・・・凄く居心地の悪い空間。

居心地が悪いならすぐその場を去ればいいんだけど、何となくそうする気になれなくて。

僕が入り口を塞ぐように立ってるから、さんも出ていけなくて。

そのまま屋上の一番高いところから顔を出しているさんを睨みつけるように、僕は彼女を見上げていた。

「不二さぁ・・・」

さんが小さくため息をつきながら、僕の名前を呼んだ。

「いつも『完璧な自分』ってのを演じてて・・・疲れない?」

「・・・・・・」

「天才って呼ばれるのは苦痛?」

びっくりした。

僕の浮かべてる笑顔に騙されない人って珍しいから。

しかもそれが知り合ってまだそんなに経ってない人だったからなおさら。

ちょっと興味を引かれたけど―――だけど今の僕には不快な気持ちの方が強くて。

何とかそれを悟られないように押さえ込んだけど、それももしかしたら無駄なのかも知れないと思った。

「・・・・・・どうして?」

そう聞き返すと、さんは考えるように首を少し傾げて。

「・・・・・・なんとなく?」

と曖昧な返事を返してきた。

何となく、なの?

何となくで僕の心の中を見透かして、なんとなくで僕の心の底にある黒いものをかき回しているの?

凄く不快で、腹が立って、いつにもまして鋭い目付きでさんを睨んだ。

今思えば、ほとんど面識のない人に向かってこんな風に接するのは初めてだった。

「そうだね。はっきり言って僕のうわべだけしか見ないで『好き』なんて言ってくる人たちを見ると、虫唾が走るよ。僕だって努力をしてないわけじゃない。僕は僕なりに一生懸命に努力して・・・だからこそ今の僕があるんだ。なのにみんなは僕の栄光しか見ようとしない。その裏にあるものには目もくれずに、ただ好き勝手に『すごい』とか『天才だから』とか羨ましがったり、妬んだりするんだ」

僕は心の中にずっと溜め込んでいた思いを、さんに向けて一気に吐き出した。

はっきり言って八つ当たり以外の何者でもない。

だけど僕の心の中の黒いものをかき乱したのはさんなんだから、責任とって聞いてもらわないとね。

こんなところを彼女に見せてどうするんだろう、とか思ったけど。

だけど一度あふれ出たものはもう止まらない―――僕は彼女が何も言わないのをいいことに身体の中に溜まった毒を全部撒き散らかした。

しばらく経って・・・ようやく平静を取り戻した頃、すっきりとした胸の中とは裏腹に少しだけ気まずくなった。

さんはあれから一言も口を挟む事無く、僕の話を黙ったまま聞いていた。

気まずいながらも、いつの間にか彼女から外していた視線を、今どんな表情をしているんだろうと思ってゆっくりと戻した。

怒っているんだろうか?それとも泣きそうになってたりとか??

こんな事思うのはおかしいだろうけど、何となくプレゼントを開ける前のわくわくした気持ちにも似た思いを胸に抱きながら、さんに視線を向けて・・・驚いた。

怒っているでも、泣いているでもなく―――さんは笑ってた。

ふんわりとした穏やかな笑顔を浮かべて、僕を見つめている。

驚いている僕に気付いたのか、さんは立ち上がってそこから飛び降りた。

「・・・でも不二は・・・そうあろうと思ってるんでしょ?」

「・・・・・・」

その言葉に、何も言えずに身体を強張らせた僕の肩をポンポンと軽く叩いて彼女は笑う。

「もうちょっと肩の力抜いてみたら?きっとさ・・・不二の周りにいる人たちは、あるがままの不二でも好きでいてくれると思うよ?」

「・・・・・・」

「それだけの付き合いを、してきたんでしょ?」

体の力が、ゆっくりと抜けていくのを感じた。

さんの言う通り、『天才だから』という言葉に不快感を感じつつも、僕はそう演じてきた―――努力をしてても、それを人に悟られないように振舞ってきたのは僕だ。

失望されるのが嫌だった。

勝手に押し付けられたイメージなのにも関わらず、失望されて1人になるのが嫌だった。

エージやタカさん、手塚がそんな人じゃないと分かっていても・・・やっぱり素の自分を出すのが怖くて。

誰だって仮面を被ってるものでしょ?

やっぱり好感を持たれたいから―――嫌な自分を押し隠して、人のいい仮面を被って。

それって誰でもやってることでしょ?

なのにそれを辛いと思うのも、確かで。

僕にそんなことを言っているさんだって、仮面・・・被ってるんじゃないの?

なのにどうしてそんなに綺麗な笑顔を浮かべられるんだろう?

会って間もない僕の愚痴とも言えるような八つ当たりを受けて、どうしてそんなに優しく接する事ができるの?

「・・・じゃあね」

黙ったままの僕の背中を軽く叩いて、後ろ手に手を振りながらさんは屋上を出て行こうとする。

「・・・さんも?」

「・・・?」

思わず声をかけてしまって。

不思議そうに振り向いたさんに向かって、僕は言った。

「ありのままの僕でも好きでいてくれるって・・・・・・それってさんも?」

僕の言葉に、さんは今日初めて驚いた表情を浮かべる―――それから。

「・・・・・・例外はないんじゃないの?」

さっきまでとは明らかに違う、含みのある笑みを浮かべてそう言った。

学校中にチャイムの音が響く。

その音を聞いて、さんはさっきまでの余裕な表情をかなぐり捨てると、慌てて屋上を飛び出していった。

手塚と同じクラスで隣の席だから・・・遅れたりしたら説教でもされかねないしね。

僕は何となく午後の授業を受ける気になれなくて、そのまま屋上のフェンスに背中を預けて抜けるような青空を見上げた。

さっきまで胸の中に渦巻いていた黒いものは、今はもうない。

完全に無くなったわけじゃないだろうけど・・・それでもその衝動は収まっていた。

「・・・、か」

ポツリと彼女の名前を呟く。

今まで周りにいなかったタイプの女の子だ。

どことなく自分と似たところがあると思って、思わず笑みが零れる。

僕と張り合える人なんて、そうはいないよ?

何となく楽しい気分になり、少しだけ放課後の部活が楽しみに思えてきた。

例外は無い―――そう言い切ったんだから、責任はちゃんと取ってもらうよ、

 

○おまけ○

 

「あの2人、いつの間にあんなに仲良くなったんだにゃ?」

「・・・さあ?」

エージと大石がそんな会話をしていたらしいけど。

鬱陶しがるを(一方的に)構うのに夢中だった僕は、まったく気付かなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

コレハダレデスカー!?(冷汗)

主人公に絡む(?)毒舌不二を書きたかったんですが・・・大・失・敗!!

不二って人のいい笑顔浮かべてるけど、それなりにガードが固くて、分かりにくいけどちょっと人見知りっぽいなぁ〜と思いまして、主人公と打ち解けてもらおうと・・・ハイ。

結果は見ての通りですけどね(苦笑)

作成日 2003.11.4

更新日 2006.9.14

 

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