不動峰に入学して・・・男子テニス部に入部してから数ヶ月。

俺たちを取り巻く環境は、はっきり言って最悪だった。

俺たちが入部してしばらく経った頃、橘さんが転入してきて。

矢面に立って顧問やムカツク先輩たちに抗議してくれたけど、やっぱり取り合ってさえもらえず・・・―――新しいテニス部を作る案も、簡単に潰されてしまった。

俺たちの状況は、一向に変わる気配さえ見せない。

 

べない鳥

 

「生意気なんだよっ!!」

そんな声と同時に腹に蹴りを入れられて、勢い良く地面に転がった。

「・・・ゲホ」

「深司!!」

一瞬息が詰まって・・・それでも込み上げてきた吐き気をなんとか押さえ込んだ。

神尾の心配そうな声が聞こえたけど、あいにくそれに答えられる状態じゃないんだよね。

結構強烈な一撃で、悔しいけどすぐに立ち上がるなんて真似できそうになくて。

だけどムカついたから、しゃがみこんだまま俺は見下ろす先輩を睨みつけた。

そんなことしても、またやられるだけって事は分かってるんだけどね。

やり返せれば話は早いんだけど、手を出すなって橘さんの指示だし。

今は橘さんいないから、ちょっとくらい手出してもいいかな?―――とか思ったけど、あとでバレたら大変だから、やっぱり我慢する事にした。

だから今の俺たちが出来る事って、こんなちっぽけな事しかないじゃない・・・悔しいけど。

大体さ、何で俺たちがこんな目に合わなきゃいけないんだろうね?

確かに学校の部活って・・・しかも運動部って上下関係厳しかったりするけどさ。

尊敬するところの無い先輩を敬えって言ったって、無理な話だと思わない?

大体スポーツなんて強い奴が上に行くってシステムなんだしさ。

言っとくけど、先輩たちなんて俺の足元にも及ばないよ?

なのに先輩風吹かせてさ・・・・・・だから万年地区予選一回戦止まりなんだよ。

ロクに練習もしてないくせに・・・。

そんな事をぼんやりと考えているうちに、先輩の1人が再び足を振り上げた。

どうでもいいけど・・・そんな短い足振り上げてもみっともないだけだと思うんだけどなぁ・・・。―――まぁ、本当にどうでもいいんだけど。

反撃できない以上、俺たちに取る手段は無い。―――悔しそうに今にも怒り爆発しそうな神尾を目の端に映しながら、俺は次に来る衝撃に備えて身体を強張らせた。

そんな時。

「暴力反対ー!!」

コートの中に、そんな馬鹿でかい声が響いた。

ガシャンとテニスコートの周りを覆っているフェンスを鳴らして、見るからに不機嫌そうに表情をしかめた女子が1人。

黒いさらさらロングヘアーの遠目から見ても分かるくらい美人なその人は、不動峰の制服を着ていなくて。

あれって確か・・・青学の制服だったっけ?なんてぼんやり思う。

呆気に取られて動きを止めた先輩は見た目にもかなり間抜けで。

「暴力反対!!」

そんな先輩に向かって、その女の子はもう一度さっきの言葉を繰り返した。

 

 

一瞬でコートの中が静まり返る。

さっきまで嫌な笑みを浮かべて俺を見下ろしていた先輩も、今は突然現れた女の子に釘ずけ状態だ。

「・・・って、あんた誰だよ?」

最もらしい質問を、先輩は口にした。

「ここの生徒じゃねぇみたいだけど・・・どこの学校だ?」

「ここは部外者立ち入り禁止だぜ?」

さらに質問をする先輩たちを見上げて、俺はわざとらしくため息をついた。

確かに常識的に考えて最もな質問だけど、でも下心ありまくりの顔で言われたって説得力も何も感じられない。

ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべる先輩たちに冷たい視線を送り、けれどそれは一瞬のことで、その女の子はすぐ後にはにこやかに微笑んだ。

「青学2年、です。ついでに言うならテニス部マネージャーです」

ニコニコと笑顔を浮かべて、丁寧に自己紹介する。―――だけどその笑顔が作り物だと気付いたのは俺たちの他に誰もいなかった。

案の定先輩たちはすっかりその笑顔に騙されて、口説きモードに入っている。

それを軽く交わしながら、さん(先輩みたいだから一応)はにこやかな笑みで一言。

「・・・で、さっきは何をしてたんですか?」

「え、何って・・・・・・こいつ乱暴モノですぐ俺たちに突っかかって来るんだよ」

「・・・へ〜え」

チラリと未だに地面に座り込んだままの俺に視線を向けて、曖昧に頷く。

「だから・・・なんて言うの?正当防衛・・・みたいな?」

「正当防衛ねぇ・・・」

先輩の言葉に、さんは意味ありげに言葉を繰り返した。

っていうか、これだけボコッといて正当防衛も何もあったもんじゃないよね?―――先輩は見るからに無傷だし。

それに俺が乱暴モノってのもかなりムカツク。

橘さんの指示とはいえ、結構我慢してるってのに・・・。

「・・・君、大丈夫?」

先輩と向き合ってたさんは俺に向き直って、少し心配そうに顔をゆがめると手を差し出してきた。

断る理由も無いし、その手を掴んで何とか立ち上がる。―――まだお腹は気持ち悪いけど、まぁ何とか普通に歩けそうだし・・・。

チラリとさんに視線を向けて・・・―――目が合った瞬間にっこりと微笑まれた。

これは俺の自惚れとかじゃなくて・・・・・・今の笑顔は作り物じゃないと思った。

「あの・・・」

俺がそんな事を考えていると、今まで呆然と何が起こったのか分からないって感じで事の成り行きを見ていた神尾が、恐る恐る口を開く。

「えっと・・・あなたは、青学テニス部のマネージャーって言ってましたよね?」

「うん、男子のね」

神尾の質問にあっさりと答える。

「あの・・・じゃあもしかして・・・ここには偵察に・・・とか?」

その言葉に、俺は改めてさんに目をやった。

確かに・・・なんでこの人ここにいるわけ?

普通他校生が何の用もないのに、こんなに学校の奥まで入ってきたりしないよね?

だとしたらやっぱり偵察?―――あの関東大会出場までした青学が?

ありえないような出来事に、しかしさんはニコリと笑みを浮かべて。

「そんなわけないじゃない」

あっさりと・・・あっさりとそう言いきった。

「・・・違うのか!?」

思わず声を上げた先輩を一瞥して、さんは嫌味を込めた口調で呟く。

「この学校のテニス部のどこに、偵察するべき所があるのかな?」

「「なっ!!」」

先輩たちが怒りのあまり声を上げるのを眺めながら、俺は内心ちょっとだけムカムカしていた。

確かに今のテニス部に、偵察をするだけの材料なんてどこにもないけど。

橘さんが・・・俺たちがテニスをしてたら、きっとそんな事は言わせないのに。

「何だと、この女!!」

逆上した先輩たちが、さん目掛けて拳を振り上げた。

どちらかというと背の高い方に入るさんでも、やっぱり先輩たちの方が背は高くて、振り上げられた拳を見上げながらさんは呆れた表情を浮かべた。

止めないと・・・と瞬間的に思う。

はっきり言って見も知らぬ人なんだけど。

さっき会ったばっかりで、ほとんど会話らしい会話もしてないし。

知ってる事って言えば、ほんの少ししかないんだけど。

だけど先輩に蹴られている俺を見て、『暴力反対!!』なんて抗議してくれたのはこの人が初めてで。

倒れてる俺を心配そうに見て、手を差し伸べてくれたのもこの人が初めてで。

だから守らなきゃいけないと思った。―――何が『だから』なのか、俺にも分からなかったけど。

だけど、俺たちが止めに入る前に。

ヒュンと風を切る音が聞こえたかと思ったら、すぐ後にはさんに殴りかかった先輩は地面の上に倒れてて。

「弱いモノ相手に乱暴するなんて・・・関心しないよ?」

パンパンと両手を払いながら、余裕の笑みを浮かべて地面に横たわる先輩を見下ろす。

それからおもむろに俺たちの方に視線を向けて。

「ま、私はともかく・・・彼らが弱い者とは思えないけども・・・」

今度は楽しそうに呟きながら、俺たちに微笑みかけた。―――その綺麗な笑みに、思わず見惚れてしまったのは誰にも内緒。

まぁ、見惚れたのって俺だけじゃないみたいだけど・・・。

「・・・テメェ!!」

一瞬の出来事に放心状態だった先輩たちが、我に返ってさんを睨みつけたその時。

「何をやっているんだ!!」

クラスの用事で遅れて来た橘さんの声が、俺たちの耳に届いた。

 

 

「ごめんなさい!」

あわや大乱闘という場面に登場した橘さんのおかげで、何とか騒動にならずに済んだ。

連行されるようにコートから引きずり出されたさんは、人気のないところまでやってくると真っ先に俺たちに向かって頭を下げる。

「いや・・・あいつらの方が先に手を出したみたいだから、俺も強くは言えんが・・・。だがやっぱり暴力は関心しないぞ?」

「重々承知しております!」

何か言葉遣いはちょっとおかしいけど、だけど凄く反省しているのは伝わってきた。

「本当にごめんね、部外者がいきなり乱入しちゃって・・・迷惑掛けたと思ってる」

「いや・・・・・・気持ちは嬉しかった」

項垂れてるさんに、橘さんは優しく声を掛けた。―――それは俺たちが思っていたのと同じ事で、どんなに信念を持ってるって言っても、やっぱりそれを理解してくれる人がいるのは当たり前に嬉しかったから・・・。

「でもさんも無茶な事しますよね〜」

少しだけ和んだ空気の中、軽い調子で神尾が口を開いた。

それにさんは少しだけ不思議そうに首を傾げて。

「・・・そう?」

「そうっスよ!何でここにいるのかは知らないけど、他校の人間が他校のことを真剣に心配するなんて・・・」

「そう・・・だね・・・」

明るく笑う神尾に、さんは考え込む仕草で頷いた。

「あたしはただ、テニスが好きで・・・テニスが好きだからテニスをしたいって言うのは当たり前の事なのに・・・。なのにそんな当たり前のことが当たり前にさせてもらえないなんて・・・とか思って・・・」

俯いたさんの表情は見えなかったけど、多分辛そうな表情をしてるんだろうなというのは伝わってきた。

きっと青学のテニス部じゃあ、そんな憂いを感じる事もなく、日々テニスに没頭してるんだろう。

そんな光景をいつも見てたら、ここの光景が理不尽に見えるのも当然だよ。―――ここにいる俺たちですら、あんまりの理不尽さに怒り心頭って感じなんだから。

だけど・・・ああ、なんて・・・。

「・・・当たり前って難しい」

思わず口をついて出たその言葉に、さんは呆然と俺に視線を向けて。

それから困ったように苦笑いを浮かべると。

「うん、難しいね・・・」

俺と同じようにポツリと呟いた。

「まぁ、俺たちはこのままで終わるつもりはないけどな!」

重い雰囲気を振り払うように大きな声でそう叫んだ神尾は、大きく深呼吸を1回。

「そのうち、俺たちの実力を知らしめてやる!!」

力強く宣言する。

ああ・・・あれでしょ、神尾。

さっきのさんの言葉。―――『ここのテニス部に偵察するべきところなんてない』って奴、やっぱり気にしてたんだ。

「あはは、楽しみにしてるよ」

それに軽い口調で返すさん。

絶対冗談だとか思ってない?何か真剣さが足りないんだけど・・・。

まぁ、神尾の言葉じゃないけど・・・その内俺たちの実力思い知らせてやるから。

「それよりも・・・1つ聞いていいか?」

和やかな空気の中、神尾とさんのやり取りを微笑ましそうに見てた橘さんが、申し訳なさそうに口を挟んだ。

「・・・はい、なんでしょう?」

は・・・・・・不動峰に何の用で?」

橘さんの質問に、ピタリとその場の空気が止まった。

そういえば・・・最初に会った時から気になってたんだよね。

偵察でもないなら、他校の人間が何でここに?

全員がさんに視線を向けると、それを受けたさんは少しバツが悪そうな表情を浮かべて・・・しばらく迷った末に、恐る恐るといった風に口を開いた。

「実は・・・あたしはある人と待ち合わせをしてまして・・・」

「待ち合わせって・・・・・・不動峰でか?」

「いや!それは違うんだけど・・・」

要領を得ない説明に、俺たちは揃って首を傾げる。

「言い訳じゃないんだけど・・・あたしこの間までアメリカにいてね?こっちに戻ってくるのって久しぶりでさ・・・んで、久しぶりに戻ってきたら結構町並みとか微妙に変わってて・・・」

遠まわしに遠まわしにされる説明に・・・何となくオチが見えてきた。

「もしかして・・・迷子?」

単刀直入に聞けば、乾いた笑いが返ってくる。

「まぁ・・・早い話がそうなんだけど・・・」

って・・・普通迷子で他校まで迷い込んできたりする?

そう思ってたのがバレたみたいで、さんはすぐに『ここには迷い込んできたわけじゃないよ』と反論した。

何でも道を聞こうと人を捜してたら不動峰を見つけて、ここなら人がいるだろうと中に入ってきたそうだ。―――ちなみに携帯は電池切れしちゃってたんだって。

他校の制服着てて入ってくるなんて、結構行動が大胆だなと思ったけど、うちの先輩に怯む事無く抗議して、あまつ先輩投げ飛ばすくらいなんだからそれも不思議じゃないかとか思った。

まぁ、さんが迷子になってくれたおかげでこうして知り合えたんだし、それはそれでいいかとも思う。

ヤレヤレと呆れたようにため息をついた橘さん(でもちょっと嬉しそうだった)にその待ち合わせ場所の地図を書いてもらったさんは、何度も礼と謝罪を繰り返しながら急いで駆け出して。

だけど少し行ったところで立ち止まると、勢い良く振り返った。

何事だろうと思って見てたら、さんはやっぱり綺麗な笑顔を浮かべて一言。

「君たちがテニスするんなら、偵察にきてもいいよ!!」

それだけ告げると、時計を見て慌てて走っていく。

なんだよ、それ。

俺たちのテニスがどんなか、見てもいないくせに。

もしかしたら、先輩たちよりも下手かもしれないのに・・・―――まぁ、そんな事ありえないけどさ。

だけど多分さんには上手い下手なんて、実はあんまり関係ないのかもしれない。

ただテニスを好きだと思ってる奴がテニスをしてれば、それでいいのかも。

それって『偵察』とは言わないと思うけど。

まぁ、でもいつかそんな日がくればいいと思う。―――いや、絶対にそうしてみせる。

それで俺たちの本当のテニスをさんに見てもらって、絶対驚かせてみせるから。

だから・・・ちゃんと偵察に来てよ、さん。

「さ、に俺たちのテニスを見せるためにも・・・練習をするか!」

橘さんの号令に、みんなは元気良く返事した。

俺たちを取り巻く環境は、はっきり言って最悪だけど。

だけど、俺たちには橘さんがいるから。

俺たちの状況は、一向に変わる気配さえ見せないけど。

だけど、いつか絶対変えて見せるから。

その時には・・・さんには思う存分、俺の格好良いところを見てもらおう。

そんな事を思った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

出会い・不動峰編。伊武視点にチャレンジ!

だけど喋り方がかなり怪しかったり。

作成日 2004.3.21

更新日 2007.9.24

 

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