ここ最近、テニス部の周りは少し騒がしい。

正確に言えば、地区予選が終わった辺りから・・・―――都大会に向けての各校の『偵察』が始まったからだ。

少しづつ・・・しかし確実にその数が増えていることに、俺たちの機嫌も日に日に悪くなっていった。

都大会まで、あと2週間。

 

スパイ有効撃退法

 

「あー、もう!いい加減うっとうしいよね〜!」

部活の休憩時間中、ドリンクを手で弄びながら菊丸先輩がウンザリしたように言う。

それに内心強く同意しながら、それでも何も言わずにドリンクを一口飲んだ。

本当にここ最近、他校の偵察の多さははっきり言ってウザイ。

四六時中『ジー』とビデオの回る音が聞こえ、こっちが集中して練習をしている時も遠慮なくフラッシュをたいて見事邪魔してくれる。

おかげでいつもよりも練習がはかどらないのが現状だ。

「そうねぇ・・・」

憤慨する菊丸先輩に気の入らない返事を返したのは、先輩。

手に持っているファイルを熱心に読みつつ、菊丸先輩を軽くあしらっている。

「もー、!ちゃんと俺の話聞いてんの!?」

「聞いてる聞いてる。偵察が鬱陶しいんでしょ?」

先輩はファイルをパタリと閉じると、小さくため息を吐きながら顔を上げた。

「でもね、エージ。これくらいで気が散ってるようじゃ、大きな大会に出た時どうすんのよ?ギャラリーは山ほどいるんだよ?」

「試合中は大丈夫だもん。俺って注目されると力が発揮されるタイプだし」

「なら普段からその力を発揮しなさいよ」

あっさりとそう切り返す先輩に、菊丸先輩ががっくりと肩を落とした。

「・・・、冷たい」

「あー、はいはい。気にしなきゃいいでしょうが・・・」

呆れたように呟く先輩に、俺は逆にどうして気にならないかを聞きたい。

実際この偵察の多さには、あの手塚部長でさえ不機嫌そうな顔をしている。

乾先輩いわく、

「いつもよりも眉間の皺が多い・・・」

だそうだ。

そう言う乾先輩もいつの間にか偵察の人数を数えていたり・・・。

逆にこの偵察の多さの中でも普段どおりなのは、先輩と不二先輩くらいだ。

俺がそう思っていると、同じ事を思ったのか・・・―――不二先輩が小さく首を傾げて笑顔のまま呟いた。

は気にならないの?」

どちらかといえば不二先輩も普段どおりのような気もするが・・・なんてツッコミはこの際しないことにして。

不二先輩にそう尋ねられた先輩は、しかしあっさりと言葉を返した。

「そうね。慣れてるから・・・」

・・・・・・慣れてる?

「そう言えばはこの状況なんて目じゃないくらいの観衆の前で、テニスしてたんだもんね。もしかして普段練習してる時もこんな感じだったの?」

「まぁ、似たようなものかな」

軽い返事を返す先輩を見て、俺も菊丸先輩も目を丸くする。

そう言えば・・・忘れてたわけじゃないが、先輩は元プロテニスプレーヤーだ。

大きな大会にも出ていたようだし(乾先輩によると優勝常連だったらしい)きっとカメラやビデオを向けられたりするのにも、慣れてしまったんだろう。

普段はめったに思い出さないが、実はすごい人なんだと改めて思う。

「でもさ、

「・・・何?」

「偵察を追っ払うのも、マネージャーの仕事だよ?」

「えぇー!?メンドクサイっ!!」

不二先輩に言われた言葉に、先輩が顔を歪ませ抗議の声を上げた。

「何言ってるの。青学のデータ、取られてもいいの?」

「いいんじゃないの?」

いいわけないっスよ、先輩!

「そうなの?じゃあ、いいか」

不二先輩も何納得してるんすか!?

誰か何とか言ってくれないかと、俺はその場にいた菊丸先輩に視線を向けたが。

諦めたようにため息を吐くだけで、何も言おうとしない。

いや、俺だって言えないんだから気持ちは分かるっスけど・・・。

「あ、そう言えばあたしスミレちゃんに呼び出されてたんだ!」

今までの話などどこ吹く風で、先輩はポンと手を叩くと大きな声で言った。

「・・・竜崎先生に?何かあるの?」

不二先輩も、先輩と同じように今までの展開を無視して聞き返す。

何も言い返せない以上、俺だけが心の中で突っ込んでてもしょうがないと思い直し、俺は小さくため息を零して先輩の言葉に耳を傾けた。

「それがね〜。今年の夏の合宿についてらしいんだけどね。宿舎をどこにするのか調べて欲しいって言われてて、スミレちゃんが資料を集めたから取りに来いって・・・」

夏の合宿・・・―――今年もやるのか。

それはそうか。今年が一番全国制覇を目指せるだろう戦力が集まっているからな。

「じゃあ1人じゃ大変なんじゃない?海堂連れてけば?」

何で俺!?

思わず不二先輩に視線を向ければ、先輩はにっこりと満面の笑みを浮かべていて。

その笑顔が『行くよね?』と如実に語っていたりして・・・。

「でも薫ちゃんだって練習あるでしょ?あたしは1人でも大丈夫だし・・・」

「・・・いえ、行きます」

やんわりと断ろうと言葉を並べていた先輩に、俺は小さくそう告げた。

そう・・・?と首を傾げる先輩と、不敵に笑う不二先輩。

「海堂・・・ご愁傷様」

菊丸先輩なんて、そう言って手を合わせている。

別に俺だって、先輩の役に立てるなら喜んで着いて行くが。

何となく不二先輩にパシリに使われてるみたいで腹が立つ。(そしてそれは多分俺の思い過ごしじゃない)

「それじゃ行くわよ、薫ちゃん」

そう促してコートを出て行く先輩。

俺は不二先輩を睨みつけると(睨み返された)急いで先輩の後を追った。

 

 

「ああ!せんぱ〜い!!」

職員室に向かう俺たちの背後から、慌てたような声が聞こえてきた。

振り返ると、そこには最近青学の試合をよく見にくる越前の知り合いの女子が2人。

確か1人は顧問の孫とか言ってたような気がする。

「朋ちゃんに桜乃ちゃん?そんな慌ててどうしたの?」

どうやら先輩はその女子と親しいらしく、和やかな表情を浮かべて少しパニックを起こした2人をなだめようと声をかけた。

2人は先輩に言われる通りに数回深呼吸をし、少しだけ落ち着いたようで。

「実は・・・」

・・・と、事の経緯を話し始めた。

何でもテニスの練習をしていた顧問の孫が、図書委員の仕事をしている越前に会ったらしい。

そこに見るからに他校の人間が現れて・・・・・・詳細はよく分からなかったが、どうやら越前がその他校の生徒にボールをぶつけてしまったらしく、その他校の生徒は見事気を失ってしまったという訳だ。

また他校か、と思わずゲンナリする。

越前は大して気にした様子もなくそのまま放ってどこかへ行ったらしいが、俺もそのまま放置しておきたい気分だ。―――先輩も同じようで、面倒臭そうな顔をしている。

それでも困っている後輩を放っては置けないようで、仕方ないとため息をつきつつも案内されるままに、その他校生の元へと歩き出した。

「でも薫ちゃんが一緒でよかったよ。あたし1人じゃ運べないもんね、いくらなんでも」

しんみりと呟く先輩を見ながら、そういう意味で役に立ちたいと思ったわけじゃないと心の中で思ってみたが、どちらにしても役に立っているならいいかと思い直した。

「それで〜?その他校生ってどこの学校の人?」

案内する2人の後輩の背中に先輩が声をかけると、顧問の孫の方が小さく首を傾げながら振り返った。

「え〜っと・・・なんだったかな?白いガクランを着てたんですけど・・・」

「それって山吹?」

「あ、そうです!確か鞄に書いてありました!!」

ポンと手を打って明るい表情を浮かべる顧問の孫とは裏腹に、先輩は少しだけ眉をしかめて。

「・・・どうかしたんスか?」

「いや、別に・・・嫌な予感がするだけ・・・」

声を掛ければ、そう曖昧な返事が返ってくる。

不思議に思って小さく首を傾げたその時。

「あ、あの人!!」

顧問の孫と一緒にいたもう1人が、地面に横たわる人物を指さして声を上げた。

白いガクランを着た男が1人。―――オレンジ色の髪の毛が白いガクランと合わさって、かなり目立っている。

それを見た先輩が、いきなり頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。

「・・・どうかしたんスか?」

「いや、別に・・・嫌な予感が当たっただけ・・・」

やっぱり返ってくる言葉の意味が分からず、首を傾げる。

そんな俺たちを気にせず、先輩はオレンジ色の髪の男に近づくと、顔を覗き込むようにしゃがみこんで・・・・・・パシリと軽快な音を立ててその男の額を軽く叩いた。

「う・・・う〜ん・・・・・・」

「いい加減に起きろ、千石清純」

「・・・・・・あれ、?」

目を覚ましたオレンジ色の髪の男は、さっき先輩に叩かれた・・・―――というかおそらく越前にボールをぶつけられた額を抑えながら、ムクリと上半身を起こす。

「あんた・・・こんな所で何してるわけ?」

背中についた土を払ってやりながら、先輩は呆れた口調で千石と呼ばれた男に話し掛ける。

「え〜っと・・・偵察?」

「それはまぁ、ご立派な事で。―――ところで千石君はどちらの偵察をしていらしたのかな?女子テニス部のスコート姿とか?」

先輩の視線は、すぐ傍にある女子部のテニスコートに。

「・・・あはははは」

誤魔化すように笑う千石という男に、先輩は呆れたようなため息を零す。

「でもに会えるなんて、俺ってラッキー!」

「越前にボールをぶつけられた男が言うセリフか・・・」

そのプラス思考はある意味羨ましいよ・・・とぼやきながら、いまだに座り込んだままの千石に手を伸ばし起こしてやる。

そんな一見穏やかな雰囲気を醸し出している2人を傍から眺めつつ、俺が胸の中に溢れかえりついには口から出そうなほどの疑問を抱えていることに気付いたのか、先輩は不意に俺たちの方に視線を戻して。

「あんまり紹介したくないけど一応は紹介しておくわね。こいつはラッキー」

「うわっ、ヒド!そんなに長い前置きまでしておきながら、ラッキーなんて!!」

「何言ってんのよ。いつもは自分から『俺、ラッキー千石!』とか自己紹介してるくせに」

「それとこれとは話が別!」

なおも食い下がる千石という男に、先輩はやっぱり面倒臭そうにため息を零して。

「山吹中の千石清純。こう見えても一応はJr.選抜の選手よ」

一応という部分を強調して、説明してくれる。

・・・・・・と、ちょっと待て。

Jr.選抜に選ばれるくらいなんだから、それなりの実力を持つプレイヤーなんだろう。

それはどうでも良いとして・・・・・・そんなやつが簡単に越前にボールをぶつけられたってのか?

それに・・・・・・。

「あの〜、先輩とその人ってどういう関係なんですか?」

俺が聞きたくても聞けなかった事を、顧問の孫の友達が聞いてくれた。

その質問に目を輝かせた千石は。

「俺との関係?それはもちろん恋び・・・」

「ただの友達よ」

にっこり笑顔を浮かべて断言、そして即答する先輩。

それにがっくりと大げさに肩を落とした千石。

どういう知り合いかはよく分かんねぇが・・・関係はそこはかとなく見えてきた。

要するに・・・千石の一方通行って事か?―――いや、あの調子の軽さから見て、言動が本気かどうかが分からねぇ。

ともかくも、2人の力関係ははっきりと手に取るように分かった。

「それよりも、あたしはこう見えても結構忙しいんだから。キヨも偵察するならさっさとして学校に帰りなさい」

「えぇ〜!冷たい!!」

扱いが菊丸先輩と同レベルに見える。

つーか、偵察を勧めないで下さい!

「どっか遊びに行こうよ!!」

「忙しいって言ってるでしょうが!!」

すがる千石の顔を片手で押しやりながら、先輩はそう声を上げた。

なんか・・・目の前の光景が昔話と重なって見える。

なんて言ったか。―――確かこの間授業でやってたはずなんだが・・・オミヨとカンキチとか言う名前の・・・。

「ちぇ・・・、分かったって。今日は大人しく帰るから、今度どっか遊びに行こうな」

「はいはい、分かったから・・・」

結局納得させられて、千石は名残惜しそうにしながらもその場を去っていった。

この後テニス部の偵察をするのかどうかは分からねぇが・・・様子からするとそのまま帰るみたいだ。

その後ろ姿を見送って、テニス部の練習に戻るという顧問の孫に丁寧に礼を言われた後、当初の目的だった職員室に再び向かう。

「あの・・・」

「ん?どうかした、薫ちゃん?」

「・・・あの、千石とか言う男とは・・・・・・」

どういう関係なのか聞きたくて、だが素直には聞けなくて。

それを察してくれたのか、先輩はにっこりと笑みを浮かべる。

「こっちに戻ってきてすぐに、街でナンパされたのよ」

・・・・・・ナンパ?

「その時は軽くあしらったんだけど、これが結構しつこくてね・・・。んで徹底的にあしらった訳なんだけども・・・」

徹底的って・・・・・・一体何したんスか?

かすかな疑問が浮上する中、先輩はいたって笑顔で話を続ける。

「で、まぁ・・・その内に意気投合したってとこかな?それ以来友達になったの」

「・・・・・・そうっスか」

経緯はともかく・・・先輩は何だかんだ言って千石の事を好きみたいだ。

それはもちろん、友達としてなんだろうが・・・。

「さ、早く職員室に行くよ。スミレちゃん「遅い!」って怒ってるだろうなぁ〜」

肩を竦めながら先を歩き出した先輩の後を追って、都大会では絶対に千石をぶっ倒してやろうと密かに心の中で誓った。

 

 

その後。

一向に減る気配の見せない偵察は、しかし竜崎先生の「偵察を追っ払え」命令を受けた先輩によって、見事その姿を消した。

先輩がどうやって偵察を追っ払ったのか、それは謎に包まれている。

俺はそんな先輩に凄いと思えばいいのか、それともそんな先輩に言うことを聞かせることの出来る竜崎先生を凄いと思えばいいのか、判断がつきかねた。

ともかくも、それを見て不思議に思う部員たちとは正反対に、すべてを知っていると言わんばかりに笑みを称える不二先輩が、実は一番凄いのではないかと思ってみたり。

「さ、今日もサクサク練習を始めなさいよー!」

とりあえず俺たちは先輩の声援(?)を受けて、今日も練習に励んでいる。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

千石登場。

とりあえず謝ります。千石ファンの皆様、申し訳ありません。

結構好きなキャラなんですけど・・・なんていうか、ヤラレキャラになってしまい。

でも私の中のイメージはこんな感じで。(オイ)

何か進み具合がかなりのろのろで・・・いつになったら都大会にいけることやら。

作成日 2004.3.19

更新日 2009.4.5

 

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