先輩!越前とどっか寄ろうって話してたんスけど、一緒に行きません?」

部活後、帰り支度をしていた私に、桃がそんな事を言ってきた。

というか、その期待に満ちた目はなんだ?

「言っとくけど、奢らないわよ?」

「えぇ〜!んなこと言わないで、可愛い後輩にご馳走してくださいよ!」

嫌な予感を感じ取りキッパリと言い切ったあたしに、批難の声を上げる桃。

あたしは金づるかよ、おい。

 

ストリートテニスコートにようこそ

 

すっぱりと桃の誘いを却下したあたしは、不満そうな桃と越前を置いて学校を出た。

別に桃に奢ってやるのが嫌だったからだとか言う理由ではなく、今日のあたしには実は用事があったんだよね。

チラリと携帯で時間を確認すると、約束の時間がもう迫ってる。

部活があるって言っておいたから、ちょっとぐらい遅れても大丈夫だとは思うけど、やっぱり待たせるのは悪いし。

まぁ、相手にもよるけど。

ちょっと小走り気味に約束の場所に急いで・・・―――漸く見えてきた長い長い階段を一気に駆け上って、目の前に広がる光景に少しだけ頬を綻ばせた。

「あ、さん!!」

あたしに気付いて、大きく手を振りながら笑顔を浮かべる女の子を見て、あたしも同じように笑顔を浮かべると、来た時と同じように駆け足でその子の側まで駆け寄った。

「久しぶりだね、杏ちゃん」

「はい!お久しぶりです、さん!!」

にっこりと微笑みながらあたしを見上げてくる杏ちゃんの頭を無意識に撫でる。

可愛いなぁ、杏ちゃん。

咲乃ちゃんも朋香ちゃんも可愛いけど、杏ちゃんはまた違った意味で可愛い。

こんな妹欲しいなぁ・・・とか、橘君を羨ましく思う。

「今日はよろしくお願いします!!」

礼儀正しくペコリと頭を下げる杏ちゃんに、あたしは「任せとけ!」と大口を叩いた。

用事というのは、他でもない杏ちゃんとの約束だ。

あたしの素性・・・―――元プロテニスプレイヤーだという事が青学のみんなにバレた途端、なぜかそれは他校の人たちにもバレた。

別にそれは構わないんだけど・・・そこまで躍起になって隠す必要性もないし。

とか言いつつ、約一年あまりもみんなに隠し通してたあたしが言っても説得力はないけれども。

バレた出所が気になるところではあるが。

まぁ、それはともかくとして・・・同じようにそれを知った杏ちゃんが、つい先日あたしの携帯に電話をかけてきて、あるお願いをしたのだ。

「テニスの練習に付き合ってもらえませんか?」

唐突な電話越しの言葉に、正直言って驚いた。

テニスの練習なら、橘君でも伊武でも神尾でも良い気がしたから。

でも次に続いた言葉に、あたしは頷く以外道はなかった。

「それにさんにも会いたいし」

あたしに会いたいと!?

そんな可愛いことを可愛い声でお願いされた日には、あたしに断る事なんて出来ようか。

学校が違うから、日頃滅多に会えないし。

こんなにも慕ってくれてる可愛い杏ちゃんのお願いを断るなんて、もったいなくてあたしには出来なかった。

それで、今に至ると。

すぐに部活で使ってたジャージに着替えて、杏ちゃんの待つコートへと急ぐ。

そういえばテニスするのって、こないだジュリアとした時以来だなぁ。

あれは楽しかった。

やっぱりテニスが好きなのだと再確認する。―――それと同時に胸に微かな痛みを覚えた。

どれだけテニスが好きなのだと思い出しても、もう二度とあたし自身が望むようにコートには立てないんだから。

こうして趣味程度には続けられるかもしれないけど、ジュリアとのあのワクワクするような試合は、もう二度と出来ないんだから。

さっきまでの楽しかった気持ちが、少しだけ沈むのが解る。

いかんいかん、折角の杏ちゃんとの楽しい一時を、こんな暗い気持ちで迎えるなんてもったいなさすぎる!

胸の中に浮かんだもやもやを振り払うように、あたしは激しく首を横に振る。

「・・・よし!」

1人呟いて小さく息を吐き出し、気合を入れなおしてコートに向かったあたしは、なにやら騒がしい気配に眉を顰めた。

さっきまでの楽しそうな雰囲気じゃなくて、どこか張り詰めたような・・・?

「あ〜ん?じゃねぇか?」

コートに近づいた途端、背後から聞こえて来た声に、あたしの気合は一気に姿を消した。

 

 

「よぉ、久しぶりだな」

聞き覚えがありすぎるその声に、脱力感を覚えた。

それでも振り返らない訳にもいかなくて、ゆっくりと振り返るとそこには予想通りの人物が。

跡部景吾。

氷帝学園テニス部の部長にしてレギュラー。―――加えて唯我独尊的な俺様人間。

意味もなく電話をかけてきたり、突然家に何か送ってきたり、街中で会えばしつこく絡んできたりする困った男だ。

出来れば関わりたくなかったんだけどなぁ。

いろいろと面倒なんだよ、後が。

そんな事を思いながら、あたしはにっこりと余所行きの笑顔を浮かべた。

「どちらさまでしたっけ?」

「お前、俺に会う度にそう言うの止めろ」

「久しぶりだね、樺地。元気だった?」

「無視すんな、てめぇ」

唸るように突っ込みを入れてくる跡部は、軽く無視して。

別に嫌いじゃないんだけどね、跡部の事。

だけどちょっとでも変な対応すると、そこから俺様思考で凄い考えにまで発展するからさ。

だからこういう対応しておいた方が、無難・・・っていうか後々楽なんだよ。

とは言っても、さり気にへこんでる跡部があまりにも哀れで、あたしは仕方なく話を振ってやった。

「・・・で、あんたはここで何してるわけ?」

「あ〜ん?なんだよ、そんなに俺のことが気になるのか?」

「馬鹿も休み休み言え」

ちょっと仏心を出すとこれだ。―――やっぱり跡部にはあの対応で十分だね。

そんな事を改めて思った私に、杏ちゃんが勢い良く飛びついてきた。

「ちょっと!聞いてくださいよ、さん!!」

「ど、どうしたの、杏ちゃん!?」

あんまりにも怒ってる様子の杏ちゃんに、あたしは驚いて問い掛けた。

さっきまではあんなに楽しそうにしてたのに・・・とか思いながら周りを見れば、いつの間にかその場にいた全員が跡部の事を睨みつけている。

跡部、あんた一体何したの?

「こいつ!ストリートテニスのこと、弱者の溜まり場って言ったんですよ!!」

跡部を指さして、これ以上ないほど憎しみを込めて叫ぶ杏ちゃん。

「あ〜ん?本当のことだろ?」

「なんですって!?」

こらこら、煽るな跡部。

そしてそれに乗るな、杏ちゃん。

なんか、テニスの練習どころの話じゃなくなってきた。

ここは早々に跡部にお帰りになってもらわないと・・・―――樺地に頼んでも無理だろうな。

ここに忍足がいてくれたら話は簡単なんだけど。

思えば、あたしは氷帝がらみで何かあると忍足を頼ってるなぁ。

きっと彼も苦労してるんだろう。―――ほんと、同情するよ。

あたしが今ここにはいない忍足に同情の思いを寄せているうちに、話はどんどんと可笑しな方向へ進んでいたらしい。

現実逃避してる場合じゃなかったんだよ。

しっかりと暴走跡部の動きを見張ってないとダメだったのに。

あたしが現実に意識を向けた時には、どういう話の流れか、跡部とストリートコートに集まった人たちとが試合をするという流れになっていた。

しかも事態は更に最悪な方向へと向かっている。

「良いだろう。だが、俺が勝ったら・・・そうだな、お前俺とデートしろ」

嫌味なほど自信満々な笑みを浮かべた跡部が、何を思ったのか杏ちゃんに向かってそんな事を言い出した。

「望むところよ!!」

「ちょ、杏ちゃん!?」

それに躊躇いなく返事を返した杏ちゃんに、あたしの制止の声が間に合う筈もなかった。

杏ちゃんの返事に機嫌良さそうに笑った跡部は、背後に控える樺地と共にゆったりとした動作でコートに向かう。

それを見送って、あたしは成す術もなく重いため息を吐き出した。

「・・・何てことを言うんだ、杏ちゃん」

「だって!悔しいじゃないですか!!」

あたしの呟きに、本当に悔しそうに顔を歪めながら反論する杏ちゃん。

その気持ちも、解らないでもないけどね。

だからと言って、さっきの約束はヤバイでしょう。

跡部が勝ったら、デート。

何されるか、解ったもんじゃないよ。

「大丈夫ですよ!きっとみんなが勝つに決まってるんだから!!」

あたしの心配そうな視線に気付いたのか、杏ちゃんが自信満々にそう言って笑う。

そりゃあね、あの玉林中のダブルスペアの実力はそれなりだろうけどさ。

相手は、あの跡部景吾なんだよ?

あれでも一応氷帝の部長なんだよ。

テニスの実力は申し分ないんだけどね。

既に始まってしまった試合を尻目に、そんな事を思う。

試合内容はというと、ふざけるのも大概にしろと言いたくなるような代物。

玉林中相手に、テニスをしているのは樺地だけ。―――跡部はコートのど真ん中にデンと座り込んでいる。

せめて何があっても杏ちゃんを跡部の魔の手から守らなくては!

橘君に顔向けできなくなっちゃうね。

そんな決意をこっそりと心に誓って、あたしは試合を傍観した。

っていうか、跡部邪魔。

 

 

試合はそれはもう悲惨な結果で幕を閉じた。

跡部は立ち上がる事もなく、樺地1人によって玉林中は敗北。

何回か座り込んだ跡部にボールをぶつけたくなったけど、そこは一プレイヤーとして何とか我慢した。

あ〜・・・それにしても、どうしようかな?

結局全員負けちゃったし。

これで満足して帰ってくれないかな、跡部。

何とかしないと、杏ちゃんが危ない。

そんな事をぼんやりと考えてたら、隣から杏ちゃんの大きな声が聞こえてきて我に返った。

「何よ、あんたたち!放して!!」

咄嗟に横を見ると、いつの間にか跡部と樺地が背後に回っていて、杏ちゃんの腕を掴んでいた。

「うわっ!氷帝の部長ともあろう者が痴漢行為とは・・・」

「人聞きの悪いこと言うんじゃねぇ」

「嫌がる子の手を無理やり掴むのはいただけないよ、跡部」

出来るだけやんわりとした口調で言いながら、毟り取るように杏ちゃんの腕から跡部の手を引き剥がした。

「樺地も大変だね。跡部に付き合うの大変でしょ?」

「・・・ウ、ウス?」

「同意するんじゃねぇ、樺地」

「ウス」

「ちょっと〜?樺地脅すんじゃないわよ」

「脅してなんかねぇだろ!?」

「あんたの態度が、既に脅し入ってんのよ」

「知るか!別に脅してなんかねぇよな、樺地?」

「遠慮しなくて良いんだよ、樺地。言いたい事があるならはっきり言っといた方が、今後の為だし」

「・・・・・・」

黙り込んだ樺地を、跡部が見上げるように睨みつける。

その隙に杏ちゃんをあたしの背後に隠して・・・このまま跡部が意味のないあたしとの会話に騙されてくれることを切に祈る。―――が、その祈りは通じなかったらしい。

「杏ちゃん!!」

突如コートに響いた声に、あたしと跡部は揃って声のした方を振り向いた。

「神尾くん!!・・・とモモシロくん」

「あれ?橘妹じゃん。・・・ってか、先輩!?」

「なんだ、まだ2人いたのか」

「ウス」

ちっ、折角騙し通せるかと思ったのに・・・神尾と桃の登場で話が元に戻っちゃったし。

っていうか、何で桃がここにいるわけ?

しかも神尾と一緒って、また変わった組み合わせだこと。―――寄り道するって一緒に学校出た越前はどこ行った?

「何で先輩がここにいるんスか!?」

「それはこっちのセリフだよ。何で桃がここにいるわけ?ここにはファーストフードもコンビニもファミレスもないわよ?」

「んな事解ってますよ!俺は引ったくり犯を追って・・・」

「こいつ、俺の自転車盗んだんですよ、さん!!」

「盗んでねぇって言ってるだろ!?ちょっと借りただけじゃねぇか!!」

「黙って持ってったら、盗んだのと一緒だろうが!!」

「なに?何の話?」

「聞いてくれよ、杏ちゃん!!」

・・・・・・・。

なんか余計に騒がしくなった気が・・・。

これの収拾って誰がつけるのかしら?

私?私なの?

嫌だなぁ・・・凄く面倒臭そうで。

いい加減無視され続けてた跡部が切れそうになっているのに気付いて、速攻で桃と神尾を強制的に黙らせた。

ここで跡部にまで切れられたら、更に収集がつかない。

何が起こっているのか桃と神尾に説明すると、2人は揃って跡部を睨みつけた。

跡部、完全に悪役だね。

言動もそうだけど、見た目も悪役っぽいし。

まぁ、種撒いたのは跡部本人なんだから、同情はしないけど。

「おい、桃城。お前ダブルス出来るか?」

神尾が静かな口調で桃に問い掛けた。

「ダブルス?」

「嫌ならいいぜ」

桃は不思議そうに首を傾げて・・・神尾の言いたい事を察したんだろう。

ニヤリと口角を上げて笑うと、短い髪を掻き上げて自信満々に言い切った。

「い〜や、得意分野だ」

うそつけ。

何処からそんな自信が出てくるのか。

突っ込みを入れたそうな玉林中ペアを目に映しながら、あたしも心の中でひっそりと突っ込みを入れる。

っていうか、神尾は地区大会の時の桃と越前のダブルス見てなかったんだろうか?

見てなかったんだろうな。―――桃をダブルスに選ぶって事は。

まぁ越前と組むよりは、桃もまだマシだろうとは思うけど。

「・・・モモシロくん、勝つよね?」

コートに入った桃と神尾を見詰めながら、杏ちゃんがポツリと呟く。

神尾のことも気にしてやれよ。

とか突っ込みたかったけど、真剣な目で桃を見詰めてる杏ちゃんにあたしは突っ込むことが出来なかった。

哀れ、神尾。

再びコートの中央に座り込んだ跡部を眺めながら、あたしは溜息を1つ。

このまま帰るというのは、無しだろうか?

そんな事を考えながら、あたしは始まった試合を再び傍観した。

 

 

桃と神尾の執念が通じたのか、跡部はあっさりと身を引いた。

今日は負けにしておいてやるよ・・・とか捨て台詞を残しながらコートを出る跡部に、彼も見た目とは裏腹になかなか潔いんだなとか思う。

人を認めることが出来るだけの器は持っているんだと、会ってから初めて跡部を見直した。

「じゃあな、

すれ違いざまにそう挨拶をする跡部に、あたしは無言のまま振り返って。

「またね、跡部」

去っていく後ろ姿に、そう声をかける。

初めてかもしれない。―――跡部に向かって、『またね』なんて言ったのは。

それに驚いたように振り返った跡部は、次の瞬間はっきりと口角を上げて笑った。

「今度、俺様とデートさせてやるよ」

「何であたしがあんたとデートしなきゃなんないのよ」

いつも通りの口調でいつも通りのセリフを言う跡部に、あたしもいつも通りの返答をする。

だけどいつも通りの刺がないのは、あたし自身自覚していた。

だってしょうがないね。―――少しだけでも、見直しちゃったんだから。

デートする気は、毛頭ないけど。

「見ててくれました、先輩!!」

跡部の姿が完全に見えなくなった頃、桃が喜びを全開に表してあたしの前にやってくる。

「俺のダブルスもなかなかのもんでしょう!?」

「あれをダブルスと言い張るか、桃よ」

前衛の桃があっさりと横抜かれてちゃダメだろう。

足の速い神尾がペアだったから何とかなったけど、あれが他の誰かだったら絶対に決められてたよ。

まぁ、それでも越前とのダブルスよりはマシだったけど。

そう言い返したあたしに、桃は少しだけ頬を膨らませる。

「良いじゃないっスか、勝ったんだから!!」

「はいはい、解ったって」

尚も反論する勢いの桃を宥めて、あたしは苦笑する。

なんにしても事が丸く収まって良かった良かった。

これも桃と神尾のお陰・・・と言えなくもないかな?

「さてと、それじゃあ行きますか」

大きく伸びをして呟いたあたしに、桃は不思議そうに首を傾げる。

そんな桃に、あたしは小さく笑いかけた。

「頑張ったご褒美に、何か奢ってあげるよ」

「ホントっスか!?」

途端に笑顔を浮かべる桃に、更に苦笑を浮かべて。

「杏ちゃんも神尾も。ぐずぐずしてると置いてくよ」

「良いんスか、さん!!」

「やったぁ!!」

無邪気に喜ぶ2人を見て、あたしは着替える為に荷物を手に取る。

結局、練習なんて少しも出来なかったなと改めて思う。

一体あたしは何をしにここに来たんだろう?

そんな漠然とした思いも、喜ぶ3人を目にしてれば自然と消えて行った。

「よぉ〜し、食うぞ!!」

「はいはい。思う存分食ってくれ」

大声で決意表明する桃に、苦笑交じりに返す。

杏ちゃんに会えた事を、今日の収穫としますか。

 

 

○おまけ○

某ファーストフード店にて。

「桃。それでハンバーガー、何個目?」

「え〜っと・・・数えてないから知らないっス」

「・・・あっそ」

目の前で一心不乱にハンバーガーを貪る桃を見てたら、食欲が失せた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

どうにもコメントしづらい内容でお送りしました。

跡部の扱いが酷すぎます。

途中で「うわ、これって酷すぎる?」とか思うくらい。(でも書き直す気力はありません)

でもやっぱり杏ちゃん、可愛いですよね。こういう女の子って凄く好きです。

もうちょっと出番増やせたらいいのになぁ。(他人事のように)

作成日 2004.7.30

更新日 2009.7.19

 

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