「遅い!」

竜崎先生が、見るからにイライラしながらそう声を上げた。

まぁ、それというのも10時集合の筈なのに、越前がまだ来ないからなんだけど。

「8人揃って10時までにエントリーしないと、失格だよ」

イライラしてる竜崎先生を見ながら、不二先輩がポツリとそう漏らす。

っていうか、冗談じゃねぇ!!

こんなことで都大会に出られねぇ何てことになったら、洒落になんねぇよ!!

先輩のとこには、越前から連絡入ってないんスか!?」

俺は隣にいる先輩にそう聞いてみる。―――越前は先輩にだけは素直で言う事良く聞くし、なんかあったとしても先輩にだけは連絡入れてそうだ。

そう思って聞いたのに、当の先輩は大きなあくびを1つ。

「あるわけないじゃん。どーせまだ寝てるんじゃないの?」

「んな呑気なこと言ってる場合っスか!?」

全然緊迫感のない先輩に、俺は思わずそう突っ込んだ。

 

頑張れ、都大会!

〜出だしから前途多難

 

「あああ〜!あと5分で10時っスよ!!」

携帯で時間を確認して、俺は思わず頭を抱えた。

相変わらず越前の奴から連絡はない。―――つーか、来ねーし。

どうするんだよ!

このままじゃ、マジで都大会出れねぇんじゃ・・・。

この時間になると、最初は呑気に文句を言ってたエージ先輩とかも慌てだした。

手塚部長の眉間の皺もいつもより増えてるし、乾先輩はじっと時計を見てる。

竜崎先生はそこらへんを歩き回るスピードが上がったし、見るからに機嫌悪そうだ。

いつもと変わってないっていえば、相変わらずニコニコ笑顔を浮かべてる不二先輩と。

呑気に俺の隣で飴食ってる先輩くらいだ。

先輩!ちょっとは慌てたらどうなんスか!?」

「桃こそちょっとは落ち着いたら?あんたが慌てたって、越前が来るわけじゃないでしょうに」

確かにその通りかもしれねぇけど!!

なんつーか、こう落ち着かねぇっていうかなんつーか。

寧ろ今は先輩の落ち着きようの方が可笑しいっスよ。

とか思ったけど、すんでのところで口に出さずに飲み込んだ。

言ったが最後、ハリセンで殴られるくらいの反撃があるだろーし。

いつもいつも先輩には『学習能力が足りない』とか言われてっけど、俺だってそれくらいは学んでんだ。

すげーだろ!(自画自賛)

そんなことを考えてる間にも時間はちゃんと進んでて、先輩から携帯に視線を移した時には10時まであと3分しかなかった。

おいおい、マジかよ。

俺が本格的に焦りを感じ始めたその時、越前に連絡を取るためにどこかに行ってた大石先輩が俺たちのところに帰って来る姿が見えた。

お、ようやく越前の奴が来たのか!?

そう思ったけど、大石先輩は1人。―――後ろにも越前の姿はねぇ。

「おーい!越前から連絡があったぞ!!」

ちょっとだけ笑顔を浮かべて、大石先輩が駆け寄ってくる。

「何でも子供が生まれそうな妊婦さんを助けて、病院に寄っていたそうだ」

無駄に爽やかな笑顔を浮かべる大石先輩の顔を見返す。

子供が生まれそうな妊婦さんを助けて、病院に行ってた?

っていうか、それって・・・。

「嘘だな」

「100%嘘だ」

俺が思わず突っ込むと、先輩とは反対側の俺の隣にいた海堂も即座に突っ込む。

普段は気なんか合わねぇのに、なんでこんな時だけ合うんだよ。

「なんてベタな・・・」

先輩も虚ろな・・・遠い所を見るような目をして、ポツリと呟く。

今時、そんな言い訳使う奴がいるなんて・・・。

ボソリと呟いた先輩の言葉は、俺の耳にしっかりと届いた。

つーか、寧ろその言い訳をいともあっさり信じてる大石先輩が俺的には心配だ。

「ま、こっちに向かってるなら試合には間に合うだろう」

竜崎先生が呆れたようにため息を吐く。

先生も案外苦労してるんだなとか思った瞬間だった。

「ともかく・・・エントリーしないとな」

そう呟いて、先生はカバンの中から何かを取り出す。

さっきまで浮かんでた疲れたような顔を一転させて、ニヤリと怪しい笑みを浮かべる。

前言撤回。

やっぱり竜崎先生は、んなことでへこたれるようなタマじゃねーよな。

 

 

何とか無事にエントリーを済ませた後・・・―――あれを無事にって言うのかって先輩に突っ込まれたけど(エントリー出来たんだから良いじゃねーか)俺たちはアップの為に各自自由行動になった。

俺も軽くアップを済ませて汗を拭いてる途中、ベンチにいる先輩を見つけて何気なくそっちの方へと歩いてく。

先輩、何やってんスか?」

「見ての通り、ドリンクの用意をしてるんだよ」

そう言って先輩は粉末のポカリの袋を軽く振った。

なんだ・・・、今日のドリンクはポカリなのか。

いつもなら先輩が特別に作ってくれる、美味いやつなのに・・・。

まぁこんな会場で作ったりなんて出来ねぇだろうし、仕方ねぇか。

こういうところを見ると、先輩もちゃんとマネージャーなんだけどなぁ。

いや、普段もちゃんとマネージャーの仕事はやってんだけど!

でもなんか、先輩ってマネージャーっぽくねーんだよな。

寧ろ竜崎先生と肩並べてるっつーか・・・テニス部の真の支配者、みてーな?

だってあの手塚部長だって、先輩には敵わねーし。

たまに使われてる時もあるしな・・・―――ま、それは部長だけに限った事じゃねーんだけど。

「桃は?アップしなくて良いの?」

「俺はもう終わったっス」

「なら、丁度良かった。これ運ぶの手伝って」

ベンチに座る先輩を立ったまま見下ろしてると、先輩はドリンクの入ったボトルを入れた籠を指差してにっこりと笑う。

その笑顔は確かに、綺麗なんだけど。

この笑顔が曲者なんだよな。

「試合前の選手に肉体労働させる気っスか?」

「か弱い乙女に、こんな重いものを持たせる気?」

別に持つのが嫌だって訳でもなく。

ただ単に面白半分でそう言えば、即座に返事が返ってくる。

つーか、か弱い乙女って誰の事っスか?

普段買い出しに行った時とか、殺人的に重い買物袋を3つも4つも抱えて平気な顔して帰って来る人が言うセリフじゃねーな、セリフじゃねーよ。

って言ったら、どこから取り出したのかわからねぇ巨大なハリセンで、勢い良く頭を強打された。

「痛ー!!」

「桃には、もうちょっと考えてから発言することをお勧めするわ」

ジンジンと痛む頭を押さえてしゃがみこむと、頭の上から先輩の声が降ってくる。

しまった!

あれだけ気ぃつけてたってのに・・・つい口が。

やっぱ俺は素直で正直者だからなー・・・しかたねーな、しかたねーよ。

「すいませんでした」

「解ればよろしい。んじゃ、これ持って」

素直に謝った俺に、くそ重そうな籠を指差す。

「つーか、俺1人に持たせるつもりっスか?」

一向に荷物を持つ気配のない先輩に恐る恐るそう聞くと、またさっきの綺麗な笑顔を浮かべて口を開く。

「何か文句でも?」

言いながら、パシパシとハリセンを鳴らすのは止めてください。

まぁ、先輩は言いながらも腕とか足とかは攻撃しねーし・・・―――そこはやっぱり、先輩もテニスプレーヤー(元だけど)って事か。(っていうかそう思いたい)

その分、攻撃が頭に集中するんだけど。

「へーい」

俺は嫌な笑みを浮かべる先輩から目を逸らして、ベンチの上に置いてある用意済みのドリンクの入った籠を持ち上げる。

結構、重量があった。

「・・・これ重いっスね」

「そうなのよ、重いのよ。やっぱりか弱い乙女が持つには厳しいわよね」

それはどうかはわからねーけど。

シレっという先輩を横目に、俺は今度こそ心の中だけで突っ込んだ。

 

 

俺たちがコートに着いた頃、もうすぐ試合が始まるからなのかレギュラー全員がもうそこにいた。

その中には遅刻した越前もいる。

どうやら竜崎先生にこってり絞られた後みてーで、見た感じ疲れてるみたいだ。

その一角で不穏な気配を感じて、俺は釣られてそっちに視線を向けた。

「・・・何やってんだ、あいつら?」

俺の呟きに、隣にいた先輩もそっちの方へ視線を向ける。

そこにはレギュラージャージを手に俯いて震えてる海堂と、その前で海堂の顔を見上げながら震えてる堀尾がいた。

しかも海堂が震えてる理由は、気配から察するに怒りっぽい。

かなり不機嫌オーラが漂ってるせいか、誰もその周辺には近寄らない。―――って言ってる側から、先輩がいつも通りの調子で海堂に近づいて軽く肩を叩いた。

「どうしたの、薫ちゃん」

「・・・・・・先輩」

「うわ。今の薫ちゃんなら、自販機でも壊せそう」

渦巻くオーラをものともせず、先輩は軽い口調で笑う。

つーか、その中途半端な例えはなんスか。

もっと他になんか言い方はないのか?

妙に現実的っつーか・・・寧ろ本気でやりそうだ。

俺がそんなことを考えてると、先輩は唐突に海堂の手元に視線を落とす。

そして一言。

「うわ、ドロドロ!」

だから他になんか言い方はないんスか!?

「これどうしたの?」

「あ・・・あの・・・」

先輩は海堂にじゃなく、堀尾に声をかける。

確かあのレギュラージャージは、エントリーする時に越前の振りする堀尾が海堂から借りたものじゃなかったか?

それをあんなに汚すなんて・・・堀尾も案外怖いもの知らずっつーか、無謀っつーか。

口ごもる堀尾を見詰めて、それから少し離れたところにいる1年コンビの2人(水野と加藤)に視線を送る先輩。

それから2人が横目でチラリと窺った方を見ると、そこには越前。

なんなんだ、一体?

俺が訳が解らず首を傾げてると、先輩が納得したように1つ頷いた。

「・・・???」

訳がわかんねぇ。

「よし。んじゃ、これは私が洗っとくから」

そう言って、海堂の手からレギュラージャージを奪い取る。

「・・・自分でやりますから」

「良いから良いから。だから薫ちゃんも、今回は大目に見てあげてよ」

ね?と海堂の顔を覗き込みながら、例の綺麗な笑顔を浮かべる先輩。

先輩には弱い海堂が、それに逆らえる筈ねぇ。

海堂は渋々、小さく1つ頷いた。

さすがだ、先輩。

だてに『猛獣使い』って(影で)呼ばれてるだけある。

「堀尾は、明日部活前にグラウンド10周ね」

「えぇー!!」

「それとも、薫ちゃんの洗礼を受ける方が良かった?」

そう言えば堀尾はうっと黙り込んで、はいと力無く項垂れた。

さすがだ、先輩。

締めるとこはちゃんと締めるところが。

丸め込まれて複雑な表情を浮かべる海堂と悲壮な表情を浮かべる堀尾を前に、1人満足げに微笑む先輩。

そんな微妙な空気の中、手塚部長の集合の合図がかけられて、俺たちは急いでみんなのところへ戻る。

まぁ、しょっぱなから色々あったけど。

これでようやく、俺たち青学の都大会は幕を開けた。

 

 

これから試合が始まるってのに、どこかにフラフラと行きそうな先輩を見つけて、俺は思わず引き止めた。

「どこ行くんスか!これから試合始まるっつーのに・・・」

「うん。他にも色んな学校が来てると思うから、会いに行こうかな〜って」

「試合見ないんスか?」

「だって、面白くないんだもん」

俺の質問に、先輩は何の躊躇いもなく即答する。

「さっき乾のデータ見せてもらったけど、相手あんまり強くなさそうだし。ストレートで勝つのは目に見えてるし?見てたって面白くないもん」

何気に失礼な事を言ってのける先輩。

もしこれを相手の選手が聞いてたら、めちゃ怒りますよ?

まぁ、ストレートで勝つのは間違いないだろーけど。

「もっとさ、こう・・・勝つか負けるかの瀬戸際の勝負っていうか・・・」

ま、確かにそういう試合の方が見てる方もやってる方も楽しいだろうけど。

「追い詰められて、苦しんでる姿とか・・・」

「・・・・・・」

「ゲーム取られて、悔しがってる姿とか・・・」

指折りながら言葉を続ける先輩を、俺は生温い目で見た。

あんたそれでも、青学のマネージャーっスか。

何で俺らが苦しんでる姿見て、楽しんでんだよ。

呆れた視線を向けてると、先輩は俺を見上げてにっこりと笑った。

「それで、最後に勝てば文句なしなんだけど」

キッパリと強い響きを持つ声でそう言われて、俺は一瞬言葉を失いつつも先輩と同じようにニヤリと笑みを浮かべる。

「とーぜんっスよ」

俺の言葉に、先輩は嬉しそうに笑う。

なんつーか、やっぱあれだ。

先輩はやっぱ、侮れねぇ。

こんな一言だけで・・・解りやすく応援されたわけでもねーのに、俺をこんなにもやる気にさせんだから。

今までに何回も思ったけど。

やっぱこの人はスゲェ・・・いろんな意味で。

俺は今日、それを再確認した。

 

その後またフラフラとどっか行きそうだった先輩を押しとめて。

俺たちは第一回戦を、予定通り全勝で突破した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

山も谷もない話。

とりあえず都大会が始まったよって言う、プロローグ的な話です。(それにしてはかなり長いですけど)

何気に初めての桃城視点。

桃が竜崎先生の事を、先生と呼ぶのかばあさんと呼ぶのかが解らなかったので、とりあえず先生と呼ばせておくことにしました。(そんな報告いらない)

作成日 2005.2.9

更新日 2010.3.7

 

戻る