初戦を全勝した青学は、次の試合・・・―――第四回戦・秋山三中と試合をしていた。

さっきまであっちにフラフラ、こっちにフラフラと、何処かへ行こうとして桃城やら越前やら手塚やらに引き止められていたは、何故かこの試合は大人しく俺の隣で観戦している。

その理由が、俺と同じ違和感を感じているからなのかは解らないが。

「ゲームセット!6−1青学、大石・菊丸ペア」

圧倒的といえばそう言える差で試合は終わり、笑顔の大石と菊丸がコートから出て来た。

初戦と比べると大分疲れているように見える菊丸を眺めながら、俺は隣で同じように菊丸たちに視線を向けるに声を掛ける。

「この試合、どう思う?」

あくまで簡潔に。

問い掛けた俺を見上げて、は大きく息を吐き。

「・・・う〜ん」

そう呟きを漏らして、再び大石と菊丸へと視線を移す。

「どうなんでしょ」

おどけた口調でそう言って、は微かに口角を上げた。

 

頑張れ、大会!

〜意外な関係〜

 

「あ〜、疲れた〜!〜、ドリンクちょーだい!!」

「はいよ」

コートから出て来た大石と菊丸は、真っ先に俺の隣に立つの方へ向かった。

菊丸の要望に応えて、は用意してあったドリンクを手渡してから、それを美味しそうに飲む2人を見詰めて。

「どうだった?」

「どうって?」

「だから、試合した感想」

地面に座り不思議そうに見上げる菊丸と視線を合わすように屈んで、は小さく首を傾げた。

「感想って言われてもにゃ〜・・・」

「こう言っちゃ失礼だけど、そんなに強そうには見えないんだよね」

「う〜ん。まぁ、そう言えばそうなんだけど・・・」

「なのに、ゲーム落とすなんてどうしたんだろうって思ってさ」

サラリと言った言葉に、菊丸と大石はお互い顔を見合わせた。

普通であるならば、ストレート勝ちなんてのはよほどの力の差がないとできるものじゃない。

ゲームを落とす事なんて可笑しい事でも珍しい事でもないし、寧ろそれはあって当たり前の事だ。

けれど黄金ペアと秋山三中のペアを比べて見て、ストレート勝ちをしても可笑しくないだけの実力差はあるだろうと思えた。

だからこそは2人にそう聞いたのだろうけれど。

質問された大石は困ったように頭を掻いて、菊丸と同じように座っているを見下ろす。

「えっと・・・ごめん?」

「いや、別に責めてるわけじゃないから謝る必要はこれっぽっちもないんだけどさ」

困惑した表情を浮かべる大石を見上げて、は慌てたようにそう返事を返した。

ただちょっと気になっただけだからと言葉を付け加えると、無言でドリンクを飲んでいた菊丸が考え込むように少しだけ顔を顰めて。

「う〜ん・・・。結構俺の嫌いなテニスしてくんだよね、あいつら」

ポツリとそう言葉を漏らす。

その菊丸の呟きに、さっき不二と河村から聞いた話を思い出した。

試合がやり難かったと。

嫌なコースをついてくることが多かったという事を。

「嫌なテニスねぇ・・・。それって苦手コースを狙ってきてるって事?」

の声に、俺は思考から抜け出して首を傾げるに視線を向けた。

「相手チームも地区予選を勝ち抜いて来たんだ。相当こっちの研究してきたんだろう」

大石が微笑を浮かべてそう結論付ける。

確かにそうなのかもしれないが・・・―――やはり何か引っかかるものを感じて、俺はコートへと視線を向ける。

そこにはシングルス3の試合に出る越前の姿があった。

「なぁ、

「ん〜?」

俺の呼び掛けに、菊丸と談笑していたが顔を上げて俺の隣に立つ。

シングルス3の試合は既に始まっていて、コートの上にはいつも通りの越前の姿がある。

「いくら研究したと言っても、そんなに簡単に苦手コースを把握できると思うか?」

その質問に、は無言で俺を見上げた。

俺のデータテニスとまではいかなくとも、あれほどまでに菊丸や不二たちの苦手コースを研究するのはそれほど簡単な事じゃない。

はっきり言ってしまえば、データテニスは誰にでも出来る可能性がある方法なのかもしれない。―――それをする為には並みならぬ努力と探究心と、そして理解力が必要なのだが。

後はその方法を選ぶだけの利益が見込めるか、ということ。

データを完璧にまとめ上げ、そしてそれを上手く活用できるのであれば、それは揺るぎない最高の武器になる。

けれどその方法は時間も掛かる上、人によっては面倒にも思えるだろう。

データを上手く活用できないのであれば、その時間を練習に使った方が数倍も賢い。

つまり俺が何を言いたいのかというと。

俺は今まで、その方法を選んだ人物を、俺以外に1人しか見たことがないという事だ。

秋山三中に、俺たちと同じようなデータテニスをする人物がいるということだろうか?

それにしては、そんな噂など聞いた事がない。

菊丸や不二の苦手コースを把握できるのなら、それなりのデータ収集能力があると見て間違いない。―――そしてそれほどの収集力があるのなら、噂ぐらい耳にしても良いはずなんだが・・・。

「データテニスねぇ・・・」

俺の話を聞き終えたは、呆れたように呟く。

「そんな面倒な手段取るような人は、あんたたち位だと思うけど」

寧ろ、あんたたち以外にもデータマンがいるなんて考えたくもないし。

キッパリとそう言い切って、軽く肩を竦めて見せる。

なんだか、すごい言われようだな。

そう言われると少し複雑なものもあるが、確かにの言う通りなのかもしれないと思うのも確かだ。

しかしは俺が口を開く前に、「そういえば・・・」とポツリと声を漏らした。

「どうかしたのか?」

「いや、別に」

「気になるだろう?」

言葉を濁すに、俺は更に続きを促した。

そういえば・・・で言葉を切られれば、嫌でも続きが気になる。

するとは困ったように俺を見上げて。

「そういえば昔、そんなテニスする人いたなぁと思って」

初めて聞いたその話に、俺は軽く目を見開く。

「何処の学校だ?」

「何処でもないよ。ここには関係ないし。・・・ずいぶん昔の話だし」

ここには関係ない?

という事は、偵察に行った先で見たというわけではないという事か。

昔とは、一体どれくらい昔のことなんだろう。

俺とは小さい頃から同じスクールに通っていたから、そこでが見たのなら俺が見ていても不思議ではない筈だ。

なのにその俺が知らないということは・・・―――アメリカにいた時のことか?

それならが言葉を濁すのも頷ける。―――アメリカにいた時の話を、は好んでしたがらないから。

「まぁ、良いじゃない。多少はてこずっても、負けることはないだろうからさ」

強引に話を締めくくって、はコートを指差した。

そこには圧倒的な実力差で試合を展開する越前がいる。

それもそうかと思い直して再び越前を見た俺の視界にある人物の姿が飛び込んできて、俺は瞬時にあるデータを思い出した。

「ちょっと乾、どこ行くの?」

「すぐに戻る」

慌てたようなの声を背中に受けながらも、俺は振り返らずに簡単な返事を返して、コートの反対側で越前の試合を観戦するその人物の元へと急いだ。

 

 

「良いデータ、取れました?」

俺は青学のメンバーがいる場所の丁度真向かいで、越前の試合を観戦するその人物の後ろから静かに声を掛けた。

その人物は俺の声と共にピタリと動きを止めて、ゆっくりとこちらを振り返る。

「ええ、乾くん」

ニコリと綺麗に笑ったその人物に、俺は心当たりがあった。

「君は確か、聖ルドルフの新マネージャー・・・」

「観月です。光栄ですね、乾君が僕のことを知っているなんて」

小さく笑って、観月はゆったりと腕を組む。

聖ルドルフ学院は、地方から優秀な生徒を集め、かなりの補強を図っている。―――不二の弟の不二裕太もそうだし、確か観月もその内の1人だった筈だ。

実のところを言えば、観月に関しての詳細なデータはない。

どんなテニスをするのかも解らないが・・・―――今越前の試合を見ていた事といい、秋山三中のあの試合内容といい、まさか・・・。

観月を見ながらそんなことを考えていた俺の背後から、ジャリと砂を踏む音が聞こえた。

それと同時に掛かる、聞き慣れた声。

「あー、いた。んなところで何やってんのさ、乾」

少し呆れを混じらせた声に振り返れば、そこには声色同様に呆れた表情を浮かべたが俺を見ている。

「ああ、ちょっとな」

俺が咄嗟に口を開いたその時、またもや背後から小さく笑う声が聞こえた。

それを疑問に思う間もなく、その含み笑いを漏らした観月当人が、俺の隣に並ぶようにしての前に姿を現す。

そして、一言。

「んふ。お久しぶりですね、

観月の発した言葉に、一瞬思考が停止する。

しかし内心の驚きを何とか表情に出す事もなく、俺は向かい合い悠然と微笑む観月と微かに眉間に皺を寄せるを言葉もなく見詰めていた。

 

 

沈黙がその場を支配する。

観月の放った一言を、俺は頭の中で反芻した。

その口ぶりからするに、と観月は知り合いらしい。―――どういう知り合いなのかは想像もつかないが、色々と他校に知り合いの多いならば観月と顔見知りでも可笑しくないだろうと思えた。

聖ルドルフには不二の弟もいるのだし、は不二の弟と仲が良いということだから、その関係から顔見知りにでもなったのだろう。

俺がそう簡単に結論付けた時、はゆっくりと口を開いた。

「・・・ごめん。誰だっけ?」

あっさりと軽い口調で漏れたその言葉に、思わず俺は持っていたデータノートを落としそうになった。

知り合いじゃなかったのか?

思わず心の中でそう突っ込むが、しかし観月は「んふ・・・」と独特な含み笑いを漏らして前髪を弄りだす。

「僕が誰だか、解りませんか?」

含むようなその声色に、は一層眉間に皺を寄せて観月を凝視する。

そのあまりの悩みっぷりに、俺は思わず助け舟を出していた。

、彼は聖ルドルフの観月だ。知り合いなのか?」

「・・・観月?」

俺の言葉に、は小さく首を傾ける。

知り合いならば、どういう知り合いなのか聞いておきたい。

いや、むしろ忘れているのならそのままの方が良いか?―――どんな知り合いなのかは気になるところではあるが、無理に思い出させる必要もないだろう。

「んー・・・観月。みずき・・・観月、ねぇ・・・」

ぶつぶつと観月の名前を呟きながら、手塚並に眉間に皺を寄せる

そこまでしても思い出さないほどの知り合いなのだろうか?

確かに思い出さなくても(俺的には)何の問題もないだろうが、いい加減思い出してやらないとそれはそれで観月が可哀想な気もするんだが・・・。

「本当に解りませんか?貴女の頭の中から、観月はじめの名前は消えてしまいましたか?」

少しだけ・・・、ほんの少しだけ沈んだように感じられた声色に、はゆっくりと顔を上げて観月の顔を凝視する。

「観月はじめ?観月、はじめ・・・」

ポツリポツリと名前を呟くの表情が、少しづつ驚きのものに変わっていくのを見た。

「・・・はじめちゃん?」

先ほどとは違い、の口から漏れた観月の名前は、しっかりと意味を含んでいる。

それに観月は俺に向けるのとは違う柔らかい笑顔で、1つ頷いた。

「ようやく、思い出していただけましたか」

「うん。・・・っていうか何で!?」

「なんでと言われましても・・・。こうして僕がここにいるのは、紛れもなく現実です」

「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて」

「ああ。折角再会できたというのに残念ですが、僕はそろそろ行かなくてはいけません」

「いや、だから・・・」

「では、また。順当に行けば青学とは試合で当たるでしょうし、その時にでもゆっくりとお話をしましょう」

慌てるとは対照的に、観月はゆったりと微笑んでから踵を返した。

突然の出来事に呆然とするを他所に、「大丈夫、すぐにまた会えますよ」と言葉を残して観月は颯爽とその場を去っていく。

・・・というか。

チラリと横目でを見ると、も同じようにして俺を見ていた。

なんだか、会話になっていなかったような気がするんだが・・・?

いや、それよりもまず聞かなければならないのは、と観月の関係だろう。

一体どういう知り合いなのだろうか?

間違っても意気投合して仲良くなったようには見えない。

それ以前に、は観月を見てすぐには解らなかったのだから、それほど親しいというわけではないのだろうか。

しかしは観月のことを、某少年漫画の主人公のように『はじめちゃん』と呼んでいた。

「なぁ、

「・・・何?」

「観月とはどういう関係なのか、聞きたいのだが・・・」

そう尋ねると、「どういう関係って言うか・・・」と言葉を濁しながら、困ったように頭をガリガリと掻き毟る。

それから困ったように空を見上げ、深い深いため息を吐いた。

「昔さ、通ってたスクールあるじゃない?あそこでさ、小学校中学年の頃に『特別研修』っていうのがあったでしょ?」

言われて、過去の記憶を手繰り寄せる。

それは難なく掴む事が出来て、俺は1つ頷いた。

確かにあった、そういう制度が。

他のスクールでの参加人数がどれほどなのかは知らないが、俺たちが通っていたスクールからは1人だけが参加する事が出来、そしてその1人にが選ばれた。

色々なスクールから参加者が集まると聞き、スクールとしても他の所の生徒に負けるわけには行かなかったのだろう。―――俺たちが通うスクールの中で一番強かったが選ばれたのは、当然といえば当然の事だった。

期間は確か一週間ほどだっただろうか?

それまで長い時間と離れた事は一度もなく、妙に淋しかったのを覚えている。

「はじめちゃんとは、そこで会ったんだよね」

昔を思い出しているのか、どこか遠くを見る目つきではポツリと呟く。

「そりゃもう、驚いたわよ。あんたたち以外に、データとか言ってる人見たの初めてだったからね」

データ?

「ということは、さっき言っていた『昔そういう人を見た』というのは、聖ルドルフの観月のことなのか?」

「ああ、そう。確か東北の方の出身だって言ってたから、都大会には関係ないと思ってたんだけどね。まさかこっちに来てるとは思ってもなかったよ」

そう呟きながら、は観月が去って行った方へと視線を向けながら苦笑する。

俺も同じようにそちらに視線を向けて、小さくため息を吐いた。

データテニスか。

そう心の中で呟いて、そして厄介だなと苦笑する。

データテニスがどんな作用をもたらすのかは、俺が一番よく知っている。

データは詳細に集められなければ何の力にもならないが、詳細に集められれば集められるだけ、それは自分だけでなく仲間の力にもなり得る。

そしてが観月のことを覚えていた事と秋山三中との試合内容を考えると、観月がどれほど詳細にデータを集められるのかは大体想像がつく。

おそらくは、秋山三中は青学の噛ませ犬的存在として観月に利用されたのだろう。

「はじめちゃんはね、テニスもなかなか上手でデータ集めも見事なほどなんだけど。でも昔から方法がちょっと・・・ね」

「なるほど」

「ま、勝つためにそれだけ努力してるって言えば、それはそれで凄い事なんだろうけどさ。ちょっと同意できない部分も、あったり」

ため息を付きつつ、はポツリとそう漏らした。

確かにデータを集めるために、利用できるものは利用するという考えはわからないでもない。―――だがそれを納得出来るかどうかは、また別問題だ。

はそういう事はあまり好まない。

それでもそれを他人に押し付けようとしないところは、の良い所なんだが。

「ともかく、次は聖ルドルフとの試合か。・・・やっかいだな」

「ま、今まで通り簡単には勝たせてくれないだろうね」

「そうだな」

「そうじゃなくちゃ、面白くないけど」

含み笑いと共にの口から出た言葉に、俺も同じように笑みを漏らした。

先ほどまでつまらないと言っていたが、漸く楽しそうな素振りを見せる。

「とりあえず、こっちにもデータマンはいるんだしね」

「期待に添えられるよう、努力するよ」

軽口を叩きあいながら、俺たちは促すでもなく2人同時に歩き出す。

コートの反対側へと回れば、いつの間にかいなくなっていた俺たちを見つけた菊丸がどこに行ってたんだよと駆け寄ってくる。

それに苦笑を浮かべながら相手をするの背中を見詰めて、俺はもう一度観月の去って行った方へと視線を向けた。

データテニスの、観月はじめか。

まぁ、お手並み拝見と行こうか。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

こんなのろのろ進んでて、ルドルフ戦は一体何時始まって、そして終わるのか。(笑)

どうにも余計な話ばっかり入れたがる傾向にあるようです、私は。

実はと観月は知り合いだった!という設定を発表するためだけに書いたと言っても過言ではないこの話。

やっぱり山も谷も笑いも、そして落ちもない内容に仕上がってしまいました。

次はルドルフ戦に行けるかな〜・・・と思いつつ、やっぱり余計な話を入れてしまいそうですが。(笑)

作成日 2005.2.22

更新日 2010.5.2

 

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