「薫ちゃ〜ん!これから部室でしょ?お供させてもらってい〜い?」

「・・・はい」

一日の授業が終わり、部活前に柔軟をしようと部室に向かっていた俺を呼び止めたのは、現在他校に偵察に行っているために部活には顔を出していない、男テニ部のマネージャーの先輩だった。

 

部活内ギャンブル禁止

〜傍観するマネージャーと生意気少年〜

 

「薫ちゃん、ずいぶんと早いんだねぇ。びっくりしたよ」

部室へ向かう道すがら、先輩が感心したように俺を見る。

そんな問い掛けに、俺は何食わぬ顔で隣を歩く先輩に視線を向けて。

「・・・先輩こそ早いじゃないですか」

「あたしは朝の内に干した洗濯物をさっさと取り込んでおこうと思って!」

俺の言葉に、先輩はにっこりと微笑みながらそう告げる。

先輩は部活中、けっこう仕事をサボっているように見える。

一応ドリンクやタオルを用意してはくれるが、あとはボーっと練習を眺めたり、たまにベンチに座って何かをメモっていたりする。

だけど実は、人の見ていない所でちゃんとマネージャー業をこなしているのを、俺は知っていた。

多分、部長も知っているんだろう。―――だから部活中にぶらぶらとしている先輩を見ても怒らない。

今も偵察で忙しい中、こうして簡単な雑用だけはしてくれている。

それは俺たちが練習に打ち込めるようにという先輩の配慮なんだと思ってる。―――もちろん、先輩は何も言わないけれど。

そんな他愛もない会話をしながら部室に向かって、先輩は部室に入らずにそのまま部室の裏に設置された洗濯場へ直行した。

その間に俺はユニフォームに着替えて、ラケットを持って部室を出た後、今日の洗濯物はいつも以上に多かったことを思い出して、先輩の所へ向かった。

手伝うなんて言っても先輩は遠慮するだろうが、やっぱり大量の洗濯物に埋もれている先輩を放っては置けない。

そう思って洗濯場に向かったが、そこに先輩の姿はない。

でも干したままの洗濯物は、そこにまだあった。

おかしいと思いながらも、取りあえず洗濯物は取り込んでおこうと手を伸ばしかけたその時。

「薫ちゃん!!」

何処からか先輩の声が聞こえてくる。

どこか押し殺したような小さな声に反応して辺りを見回すと、植え込みの陰に先輩の姿を発見した。

「・・・何してんすか?」

あまりに怪しいその姿に、思わずそう声をかけつつ近づくと、先輩は勢いよく俺を植え込みに引きずり込んで、無言でコートの方を指さした。

コートには池田と林、それに入部したばかりの一年生。

池田と林は、何故かコートの中に空き缶を並べて、一年生に向かって何かを話している。

「実はね。あたしはとんでもない場面に遭遇してしまったのだよ、薫ちゃん」

どうして口調が少しおかしいんだろうと思いつつも、先輩の話に耳を傾ける。

「なんかね?池田とマサやんが、ボールであの缶を倒したら一万円上げる!とか言っててさ。一回200円払わなきゃダメらしいんだけど・・・」

それってゲームですか?

「でもあの缶の中、石が入ってるんだよね・・・。多分あそこにいる一年生たちじゃ、倒せないんじゃないかなぁ?」

それって、一年生カモられてるんじゃ・・・。

ひそひそとそんなことを話しているうちに、あっという間にゲームは終わったらしい。

眉毛の繋がった一年生が池田と林に200円を払っているのが見えた。

なんというか・・・随分とせこいマネをするもんだ。

小遣い稼ぎだかなんだか知らねぇが・・・―――新入生から200円巻き上げて、何が楽しいんだか・・・。

俺がそんな感想を抱いていると、コートから追い討ちを掛けるような声が響いた。

「おいおい、お前なんか勘違いしてんじゃねぇか?」

池田と林はそう言って嫌な笑いを浮かべ、コート内に並べた缶を裏返す。

そこには『1球500円』の文字。

「そんなぁ!遊園地のアトラクションじゃないんだから!!」

一年生の泣きそうな声が聞こえてくる。

流石にこれは、悪戯で済ませられる問題じゃない。

部活で下級生から金を巻き上げるなんて悪趣味もいいところだ。―――それに乗った一年も一年だが、相手が先輩である以上は断れなかったのかもしれないし。

それ以上に、こんなことが部長に知れたらどうなるか・・・。

「やっぱり止めた方がいいよね」

そんな俺の考えを読み取ったのか、隣で様子を見ていた先輩が小声で俺に声を掛ける。

その先輩の声に小さく頷いて、立ち上がろうとした瞬間。

「何回やっても倒せないと思うよ、その缶。石入ってるし・・・」

何の前触れもなく聞き覚えのない声がコート内に響き、先輩と俺は何故か思わず反射的に身を隠した。

お互いのそんな行動に、お互いが顔を見合わせて。

「何で隠れるんすか?」

「薫ちゃんだって隠れたでしょ!?」

思わず零れた質問に、痛い質問が返ってくる。―――なんで隠れたのか、なんて俺の方こそ聞きたいくらいだ。

あくまでも小声で言い合っていると、不意に何かが缶に当たった音が聞こえた。

その音に引かれて揃って視線をコートに向ければ、石の入ってあるという缶が見事に倒されていた。―――そのすぐ傍には、見慣れたテニスボールが転がっている。

「ねぇ、100球当てたら100万くれんの?」

さっき唐突に現れた帽子を被った小さい奴が、2人に向かって生意気にもそう言ってのける。

なんなんだ、あいつ。

突然の乱入者に、俺が思わず眉間に皺を寄せたその時だった。

「・・・100万か」

本当に小さく、先輩の呟く声が聞こえた。

先輩、今もしかしてやりたいなぁとか思いませんでしたか?

そんな俺の視線に気付いたのか、先輩は慌てたように両手をパタパタと振って乾いた笑みを浮かべる。

「ちょっと、薫ちゃん。そんな目で見ないでヨ。ちょっと挑戦してみたいなぁ、なんて一ミリたりとも思ってなんかないから!!」

思ったんだな

「・・・先輩」

「そんなことよりも早く止めないとね!手塚とか来たら最高にヤバそうだし!!」

無理やり話を変えられたような気がしたが、慌ててる先輩になんだか悪いので蒸し返さないことにした。―――それに先輩の言い分ももっともだ。

これであいつらだけが罰せられるなら自業自得だが、もし俺たちがここで隠れてみてたなんて知られたら、俺たちにまで被害が及びかねない。

いや、俺たちは別に面白おかしく観戦してたわけじゃねぇが。

それでも部長の怒りに満ちた表情を想像しただけで、頭が痛くなってくるような気がする。

これは本当に部長に見つかる前に止めるべきかと、改めてそう思ったその時だった。

「おー、当たっちゃったよ!ラッキー」

今回もまた何の前触れもなく、コート内に聞きたくない声が響く。

確かめなくても解る。―――桃城だ。

奴は池田と林に何かを言いながらも、帽子を被った小さい奴に絡んでいる。

「ねぇ、薫ちゃん」

「なんすか?」

「なんていうか・・・、乱入するタイミングをことごとく逃してるんだけど。今さらコートに乗り込んで注意なんて出来そうにないと思わない?」

先輩の言葉でコートに視線を向ければ、どういう流れになったのかは解らないが、いつの間にか桃城と帽子を被った小さい奴が試合をすることになっている。

確かに

今さら出て行っても、『あんたたち誰?』と言われそうだ。

そうして俺たちがここにいる事も気付かないまま、2人は試合を始めた。

あの帽子を被った小さい奴は、生意気にもそれなりの腕で。

先輩も、心持ち楽しそうに試合を眺めている。

この瞬間、俺たちは完全に傍観者になった。

 

 

しばらくして、桃城が突然試合を切り上げた。

どうやら怪我をしている桃城には、分が悪かったらしい。

「今日はこの辺にしといてやるよ」

という桃城の言葉は、どう聞いても負け惜しみにしか聞こえない。

「さぁてと、あたしは桃のところに行ってくるよ」

「・・・?」

「たいした怪我じゃないっていっても、あのままにしとくと後々厄介だし?」

俺はそんなに不思議そうな顔をしてたんだろうか?

じっと無言で見上げた俺に、先輩は悪戯っぽく笑ってそう言葉を付け足す。

なんだかんだ言って、先輩は部員に優しい。

あの桃城にまで優しいのはちょっとムカツクが。

まぁ、勿論それを口に出すつもりはないが・・・。

そんな事を思っていると、立ち上がって桃城のところへ行きかけた先輩がクルリと俺へと振り返って。

「あっ、薫ちゃん。今見たこと、手塚にはこれだからね?」

先輩は人差し指を口元に持ってきてにっこりと笑った。

内緒ってことか。

だけど、流石にあの2人をそのままにしておくわけにはいかねぇだろう。―――俺のそんな考えを読み取ったのか、人差し指を口元に当てたまま、先輩はどこか含みのある笑みを浮かべて。

「大丈夫よ。落とし前はちゃんとあたしがつけとくから!!」

落とし前って・・・、や○ざじゃないんすから。

そんな感想を抱くも、俺は了解という意味をこめて、先輩へと片手を軽く上げた。

これから池田と林がどんなバツを与えられるのか、俺には分からない。

はっきり言って一年がカモられてたのも、どうでもいい。

でも、先輩と秘密を共有できたのは・・・少し嬉しかった。

もうすぐ部活が始まる。

今日は自主練をほとんどできなかったと、今さらながらに思いながらコートに向かった。

 

○おまけ○

 

その日の部活終了後。

池田と林の2人が、グランドをひたすら走っているのを目撃した。

「あの2人は、何故グランドを走ってるんだ?」

手塚部長の不思議そうな声が聞こえる。

「なんかね、体力が有り余ってて走りたい気分なんだって。・・・がそう言ってた」

菊丸先輩が、同じく不思議そうに言う。

「・・・そうか」

どこか納得できないといった口ぶりで、部長は呟いた。

それはそうだ。どう見ても、好きでグランドを走っているようには見えない。

不意に先輩の顔が浮かぶ。

綺麗な笑みを浮かべて、『内緒』のしぐさ。

やっぱり先輩はあなどれない、そう思った一日。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最初に謝らせてください。ごめんなさい。(いきなり)

このお話って、桃城以外のメンバーはいないんですよね。練習試合とか何とかで。

この辺りは、ろくに原作を知らずに書いた部分なので、根本的な間違いを犯しています。(あわわ)

書き直そうかとも思ったのですが、まぁ・・・そこはそれという事で。(おい)

このお話はもうこれで纏まっちゃってるので、今更書き直すのも難しいなぁ・・・と。

なのでこのお話可笑しい!と思われても、気付かなかったフリしてスルーしてやってください。(笑)

更新日 2008.3.29

 

 

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