「な・・・何これ?何があったの?」

今日はちょっとクラスの方で用事があって。

部活には遅れて来たあたしの目に映ったのは、まさに屍の山。

テニスコートから水飲み場まで、点々と倒れてる部員たち。

その中でただ1人、眼鏡を逆光させた乾だけがコートに立って何かをノートに書き込んでいる。

あたしは瞬時に、ヤツが原因だと判断した。

 

地獄への招待状

 

最近、乾が怪しい。

いや・・・前から怪しかったんだけど、最近は特に。

こんなことがあった。

部活が終わって家に帰ってきて、ご飯も食べた後のリラックスタイム。

いつもなら一緒に宿題したりテニスの事について話したりするのに、その日はさっさと自分の家に引き上げていった。

それだけなら特になんとも思わない。

問題はその後。

確かあの時は何かの本を借りようと思ったんだっけ?

乾の部屋を覗いてみたが、おかしな事に姿がない。

お風呂にでも入ってるのかと思って待ってみる事1時間。―――帰ってくる気配すらない。

何かあったのかと思い(何があっても絶対に大丈夫そうだけど)私の部屋の窓から乾の部屋の窓を乗り越えて部屋に入って乾家の階段を降りていくと、妙な電子音が聞こえてきた。

あれって・・・ミキサーの音?

ガガガガガッ・・・ガッ、ガガッ!

ミキサーが詰まってるように聞こえるのは気のせいか?

っていうか、一体何を入れてるの!?

ちょっとした恐怖心に駆られながらも、勇気を振り絞ってキッチンを覗いてみる。

そこには、ミキサーを前に怪しい笑みを浮かべている乾の姿が。

薄暗いキッチン(何で電気つけてないの?)に乾の眼鏡が光る。

一体どういう原理で光ってるんだよ、その眼鏡。

何年も一緒にいたあたしでさえ、その原因はわからない。

暗くてよく見えないが、テーブルの上には色とりどりの野菜。

そしてその陰に隠れて、明らかに怪しい食材がちらほら。

多分、今ミキサーに掛けてるものも野菜じゃない気がする。

なんなのか、気になる。

それ以上に、乾が何をやってるのかが気になる。

しばらく考えた結果・・・あたしは湧き上がる好奇心を総動員して見なかった事にした。

こういう時の彼には関わらない方がいい。―――自分の身が可愛いなら!

そうだよ、乾が何やってたってそれは彼の自由。

もはやこれは彼のプライベートのことだ。

あたしは何も見なかった。―――それでいい。

あたしは胸の中にあるパンドラの箱(もうすでにいっぱいいっぱい)に今見た出来事を無理やり詰め込んで、自分の部屋に帰った。

 

 

そしてどうやらそのツケが、今あたしの目の前に返ってきたらしい。

何十倍もの利子付きで。

コートに立っているのは、なにやら怪しい液体が入ったコップを手に持った上機嫌の乾と、今のところは何とか難を逃れている数名の部員だけ。

だけど早く何とかしないと、彼らの命も危うい。

「やぁ、。遅かったね」

部員たちに無言の圧力をかけていた乾が、コートの入り口で立ち尽くすあたしを見つけニヤリと笑った。

うあっ、気付かれてしまった!―――まぁ、特に隠れてなかったんだからしょうがないんだけど。

「なに・・・やってるのかな?」

あたしは思い切って声を掛けてみた。

すると乾は小さく首を傾げて。

「いつもと同じだよ。テニスの練習」

嘘付け!

『なに当たり前のこと言ってるの?』とでも言いた気に首なんか傾げるんじゃない!

今目の前にある光景は、絶対にテニスの練習を経たもんじゃないでしょ!?

それよりもあたしが何を聞きたいか分かってるでしょ、あんた!

分かっててはぐらかしてる辺り、かなり性質が悪い。

「それは・・・なんなの?その手に持ってるやつ・・・」

「ああ、これは俺が作った乾特製野菜汁だよ」

どことなく聞いて欲しそうにしていたので聞いてあげると、本当に嬉しそうに笑う。

乾特製野菜汁。―――野菜汁ってことは、やっぱり前に目撃した時に作ってたやつだね?

そして明らかに野菜じゃない怪しい食材の入ったやつなんだね?

毒にも薬にもならなさそうていうか確実に毒にはなりそうなそれは、太陽の光さえも透き通せないほどに濃く、そして異臭を放っている。

なんなんだよ、それは。

もう既に人が口にするようなものとは思えない。

例えていうなら、誰も寄り付かなくなった山の奥にある沼から採取した水みたいな。―――いや、そんなもの採取した事なんてないけどね!

さて、どうしたものか?

以前見て見ぬフリをしている手前、今回はそれは出来ない。

というか、必死に助けを求めてくる部員たちを見捨てられるほど、あたしはヒトデナシじゃない。

先輩っ!助けてくださいよ〜!!」

生き残りの中にいた桃が、必死の形相で走ってくるやいなや、あたしの後ろに隠れた。

あんたデカイんだから隠れきれてないよ。

それにあたしの方が先輩とはいえ、女の子の後ろに隠れるってどうよ?

「桃、心配しなくてもけっこう美味しいよ。味見してみれば?」

不二がニコニコと笑顔を浮かべながら、乾の隣に立つ。

どうやらレギュラーの中で生き残ってるのは、この2人だけのようだ。

そしてやはり魔王には常識が通用しないようだ。

あの2人が並ぶと、なんだか余計に恐怖を感じる。

なんとかしなくちゃ・・・とは思っていても、具体的にどうすればいいのか思いつかない。

『動いたらヤられる』といった雰囲気が流れている中、その沈黙を破ったのは彼。

「何をやっている!!」

コートに響く、手塚の威厳のある声。

手塚の怒鳴り声が、こんなにも心強く思える日が来るなんて思ってもいなかった。

「ああ、手塚。いいところに来てくれたよ・・・」

あたしの声に、手塚が視線を向けた。

それはあたしの背中に隠れている桃に移り、コートの中に倒れている屍たちに移り、そして妖しげな笑みを浮かべている乾と不二に・・・。

「・・・そう言えば、生徒会の仕事がまだ残ってたな」

「ちょっとちょっと!現実逃避はやめようよ、手塚!!」

気持ちはわかるけどさ!痛いほどに!!

あたしは青い顔をしながら出て行こうとする手塚を無理やり引き止めて、コートの中に引きずり込む。

「1人だけ逃げようなんてズルイよ、手塚!!」

「・・・・・・」

無言の手塚を逃げられないように捕まえて・・・―――だけど手塚がいても状況は変わらない事に気付いた。

乾が部長命令に簡単に屈する訳ないし・・・、寧ろ生贄を増やしちゃった?

そんな事を考えてるあたしに、呪いの言葉が掛けられる。

も飲んで見ない?」

突き出されるコップ。―――とうとう来てしまった、この時が!

どうする?どうやったらこの状況から逃げられる?

あの汁を飲まずにいられる方法は?

無理やり差し出されたコップを受け取って、乾特製野菜汁を睨みつける。

追い詰められたあたしの頭に、ふと名案が生まれた。

あたしはにっこりと乾に向かって微笑みかけて。

「乾が飲んだら、あたしも飲んであげるよ」

今まで見た中でも上位に入るくらい楽しそうな顔をした乾に向かって、あたしは大胆発言をかました。

そんなあたしの言葉に、後ろに隠れたままだった桃が慌てたように声を上げる。

「ちょっと、先輩!!」

「なに?」

「さっき越前が同じこと言ったけど、乾先輩は平然と飲んでましたよ?」

乾には聞こえない小さい声で桃が注意してくる。

そんな事くらい予想ついてたよ。

だってあの乾が、そんな事も予測してないわけないしね。

そりゃ自分で作ったんだから、自分は飲めるんでしょうよ。―――むしろ自分にさえも飲めないものを人に押し付けてるなんて事、考えたくもないし。

「本当に飲んでくれるんだな、?」

「・・・二言はない」

引くに引けない状況に陥ってしまっているあたしは、自分に言い聞かせるように強く言うと、持っていたコップを乾に手渡した。

余裕の笑みを浮かべて、躊躇なく汁を飲み干す乾。

それを見守るあたしと桃と手塚。

そして・・・―――手に持っていたコップは地面に転がり、乾は汁を飲み干した時の体勢のまま地面に伏した。

「・・・へ?」

桃が間抜けな声を上げる。

辺りが沈黙に包まれる中、あたしは安堵の息を吐く。

上手くいってよかった。何とか助かった。

「・・・先輩、これってどういう?」

「何かしたのか?」

桃と手塚は信じられないといった表情を浮かべつつ、あたしにそう問い掛けた。

何かしたのか?なんて心外な。

何もしないで、乾に対抗できるわけないでしょうが。―――こっちだってばっちり、対策は考えてあるんだから。

「実はさっきコップを渡された時にあるモノを入れといたの。多分先に飲めって言われる事は乾も予想してただろうし、それでも乾なら平気で飲むだろうからね」

「・・・なるほど」

手塚が感心したような声を上げた。

さてと、部活を始める前にまずは部員たちの介抱をしないとね。

っていうか、多分今日は練習なんて出来ないか?

「不二!気分悪くないんならあんたも手伝ってよ?」

「うん、分かってるよ」

不二はさっきよりも楽しそうな面持ちで、近くを転がるタカさんの運搬から始めた。

たぶん不二にとっては乾が倒れようとあたしが倒れようと、面白ければどちらでも問題はなかったんだろう。

恐ろしい・・・ある意味一番。

 

 

転がる部員たちをあらかた避難させて、一息ついたその後。

おそるおそるといった感じで、桃が聞いてきた。

先輩、乾汁の中に・・・一体何入れたんスか?」

「なにって・・・」

あたしはしばらく考え込んで。

「桃。世の中には知らないほうが幸せな事もあるモノよ?」

心持ち顔色を悪くしてる桃に、それだけ返しておいた。

予想通り、恐怖に震える桃。―――そしてそれを聞いていた手塚はさらに眉間に皺を寄せた。

何か余計に恐怖を煽っちゃった?もしかして。

だけどまぁ・・・『知らぬが花』っていう言葉もあることだしね。

 

 

◆おまけ◆

 

その後、何故か『男子テニス部マネージャーには逆らわない方がいい』なんて噂がテニス部だけじゃなくて、校内中に広まってたり。

う〜ん、何か複雑。

 

◆どうでもいい戯言◆

主人公と乾の家は、原作無視して一戸建て設定です。

そして当然の事ながら、2人の部屋は窓越しに向かい合っていたりします。

やっぱり幼馴染設定なら、これは欠かせないでしょうと。(どうでもいい)

更新日 2008.9.28

 

 

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