昼休み。―――用事があるっていう不二と別れて、と二人で部室に向かった。

「腹ごなしにちょっと打とうか」

なんて他愛も無い事を話しながら部室のドアを開けて、

・・・間

数秒間の沈黙の後、はゆっくりとドアを閉めた。

 

部室にて

〜そこは地獄への始発駅〜

 

「なんかなんかなんかなんかなんか!今、いや〜なものが見えたんだけど!?」

たとえば大量の野菜とか、ミキサーとか、逆光眼鏡とか!

「・・・言わないで」

は引きつった顔でそれだけ言うと、俺の口を押さえ込んだ。

「いい?あたしたちは何も見なかった。見なかったのよ、エージ!!

いや、気持ちはわかるけど・・・もう見て見ぬフリはしないって誓ったんでしょ!?

「昼休みにちょっと打とうなんて、言うんじゃなかった」

「今さらそんな事言ったってしょーがないじゃん!!」

そんな言い合いをしていた時、さっき閉めた部室のドアがゆっくりと開いた。

中から顔を出したのは、乾。

「どうしたんだい?」

「いや、ちょっと現実逃避を」

「・・・ふ〜ん、まぁそんなとこにいてもなんだし、入ったら?」

ちょっと引き気味になっているをよそに、乾はいつも通りに声を掛ける。

なんで自分の家に招き入れる時みたいな口調なの?

なんとなく逃げるタイミングを逃しちゃって、無理やり部室に入れられた。

ドアを閉めるとなんとなく薄暗い部屋の中。(何で電気つけないの?)

は迷わず真っ先にスイッチに手を伸ばす。

チカチカと音を立てて点いた蛍光灯の明かり。―――それに照らされたテーブルの上の光景。

見えないと不安なのに、見えたら見えたで不安が増すのはなんでだろ?

思わず頭の中に『テツ&トモ』のなんでだろ〜の歌が流れる。

けっこう余裕あるじゃん、俺。

「ちょうど良かった。2人とも味見していかない?」

「いやにゃ〜!!」

「あいにくあたしは人外のものは口にしない主義なんで・・・」

俺との拒否の言葉が、間髪いれず重なる。

「・・・っていうか、それなに?」

目の前に差し出されたコップに入った液体を見て、思わずそう突っ込んだ。

野菜汁ともペナル茶とも違う。―――なんか、青い。

まるで絵の具を水に溶かしたみたいな、鮮やかな青。

野菜汁の緑は分かる。原料は野菜だもんね、そりゃ緑色になるよ。

ペナル茶もまぁ・・・、赤い食べ物ってけっこうあるし、まだ納得できる。

でも青ってありえないでしょ?

何を入れたら青になるの?原料はなに?

「人外だなんて心外だな。ちゃんと食べ物が入ってるのに・・・」

嘘ぉ!ほんとに入ってるのって食べ物??

「食べ物が入ってるからって、食べられるかどうかは別!」

きっぱりはっきり言い切る

「栄養はあるよ?」

「栄養があればいいってもんじゃないでしょ!?」

乾との言葉の応酬。―――どっちも引く気はないらしい。

っていうか、の言葉に賛成!

それにもう、栄養どころの話じゃないよ、これ!!

「そこまで言うなら、味見くらい自分でしたら?」

もっともな意見を口にする

部屋の中に重い沈黙が続く。

「・・・残念だな」

ようやく諦めてくれたのか、思わず安堵の息が出た。

それよりも、乾は自分で味見する気はないんだにゃ。

いろんな疑問が残りつつも、何とかこの場はこれで済みそうだ・・・と思った時。

ガチャリ

部室のドアが、再び開いた。

 

 

今まさに青学の鬼門になっている部室に姿を現したのは、部長の手塚と副部長の大石。

その場に重い空気が漂う。

凍ってしまった俺と

手塚と大石は数秒の沈黙の後。―――さっきの俺たちと同じようにドアをゆっくりと閉めた。

ちょっとちょっと!

確かに逃げたくなる気持ちもわかるけど(さっき俺たちもしたし)さ!

手塚、部長としてそれでいいの?

大石、俺たちゴールデンペアだろ?見捨てるの??

すかさずドアに向かう乾。

ドアを開ければ、そこには思考停止状態の手塚と大石の姿が。

「やあ、どうしたんだい?」

「いや、ちょっと部のことで相談しようと思って・・・」

大石がチラリと手塚に視線を向ける。

「とりあえず入ったら?」

そう促されて(無理やり)部室に入る2人の顔は、青ざめてる。

それとは正反対に、乾は新しい実験台ができたとばかりに笑ってた。

「なにを・・・やっている?」

見れば分かるのに、手塚はわざわざ乾に聞いた。

あ〜、バカ!そんなの聞いたら逃げられにゃいだろ!!

横を見れば、もおんなじことを考えてるのか慌ててる。

「ああ、これ?」

嬉しそうに笑って、テーブルに置いてあるコップを突き出した。

「新しく作ったヤツでね。『青酢』っていうんだ」

確かに青いけどね。

なんてそのままなネーミング。

名前のとおりだとすると、酢が入ってるの?ってことは酸っぱいの?

まぁ野菜汁もペナル茶も、味なんて分かんないくらい凄かったけどさ。

「まぁモノは試しだ、味見してみてくれ」

そう言って、ご丁寧にそれぞれに『青酢』の入ったコップを渡す。

受け取っちゃった2人は、もう逃げられない。

大石が助けを求めるようにこっちを見たけど。

ごめん、俺にはどうにもできない。

自分の身が危ないからっ!!

「ちょっと、無理しなくても・・・」

そのの言葉が引き金になったのか、手塚が潔く『青酢』を飲み干した。

それを見ていた大石も、覚悟を決めて手塚に続く。

耳に痛いくらいの静寂。

そして・・・―――まず大石が倒れた。

「大石〜!!」

駆け寄ると、まるで毒でも飲んだかのように胸を抑えて意識を失っていた。

「手塚!!」

の声に思わず振り返ると、肩膝をついた手塚の姿が。

こっちは何とか意識を保ってるみたい。―――部長の意地ってヤツ?

「ふむ、なるほど・・・」

乾はそんな俺たちを気にもせず、何かを呟きながらノートにひたすら書き込んでいる。

とりあえず気を失った大石を部屋の隅まで連れてって、床で悪いけど寝かせた。

手塚も立ち上がる力さえないのか、に支えられてベンチに座り込む。

「なんか、恐ろしいことに・・・」

疲れ果てたとでも言うように、も手塚の隣に座って大きくため息を吐いた。

俺もそれに習ってベンチに座ろうと一歩踏み出した時、

ガチャリ

三度、部室のドアは開かれた。

 

 

「・・・薫ちゃん?」

ドアを開けたのは、海堂だった。

海堂は目の前で眼鏡を逆光させながらノートに何かを書き綴ってる乾を見て、床に寝ている大石とベンチに具合が悪そうに座っている手塚に視線を移して、それから(多分)顔色の悪い俺とを見て。

数秒の沈黙の後、ゆっくりとドアを閉め・・・―――ようとしたが、潔く部室の中に入ってくると迷う事無くのところに歩いてきた。

「大丈夫ですか、先輩?」

「・・・あたしは何とか。それよりも薫ちゃん、なんで逃げなかっ・・・」

「やあ、海堂。いいところに来てくれたね」

ちょっとしたメロドラマ風の会話を遮って、乾が海堂の背後に立った。

海堂が逃げなかったのって、アレだよね?がいたからでしょ?

さすがの忠犬って影で呼ばれてるだけあるよね(失礼)

「海堂って、にゃんで部室に来たんだろ・・・?」

「自主練するためでしょ?薫ちゃんは努力家だから・・・」

「あ、そっか」

それがこんな事になるなんてね、ご愁傷様。

そんなことを言ってる間に、海堂の手には『青酢』の入ったコップが!

「薫ちゃん、無理しないで!」

「そうだにゃ!手塚と大石みたいになっちゃうよ!!」

「菊丸も飲むかい?」

その言葉に、思わず黙ってしまう。

そして海堂は・・・―――大量の汗をかきながらも、『青酢』を飲み干した。

再び重い空気が部室の中を支配する。―――もう押しつぶされそう。

「薫ちゃん!!」

やっぱり海堂も大石と同じように、勢いよく倒れた。

遠くの方から聞こえる昼休み終了のチャイムの音だけが、部屋の中に響いた。

 

 

なんていうか、こんなに恐怖に満ちた昼休みを過ごしたのは初めてだよ。

もうすでに5時間目が始まってるにも関わらず、手塚・大石・海堂・に俺は、部室の中で言葉もなく座り込んでいた。(内2名は意識不明。乾はノートに何か書いてる)

とりあえず俺は自分の身を守る事が出来たけど、パートナーを見捨てたっていう罪悪感が押し寄せてきてて、精神的にかなりショックを受けた。

「あんた、何目的なのよ」

呆れた口調でそういうに向かい、乾はニヤリと笑って一言。

「いいデータが取れたよ」

怖っ!

 

 

◆おまけ◆

昼休みに起きたこの事件は、誰かの手によって闇の中に葬られた。(たぶん乾)

その後、俺たちの間で『昼休みの部室には近づいてはいけない』という暗黙の了解が出来たのは言うまでもない。

 

更新日 2011.9.18

 

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