ゆっくりと浮上する意識。

それに逆らう事無く目を開いたレイヴンは、視界に広がる木々の緑を見つめながらゆっくりと息を吐き出した。

「おっさん、まだ生きてたのね」

「当然でしょう」

自嘲めいた笑みを漏らしてそう呟いたレイヴンの言葉に、思いもよらない声が返り、レイヴンは大きく目を見開いて声がした方へと視線を向けた。

そこには狭い結界の中、身を寄せるようにして座り込んでいるの姿がある。

意識を失う直前に見たあれは、幻でもなんでもなかったのだ。―――レイヴンがそう理解した時、不機嫌そうな顔をしたが小さな器を差し出すのが見えて、彼は咄嗟にそれを受け取った。

「はい、これ飲んで」

「・・・なに、これ。なんかえげつない匂いがするんだけど」

言われるがままに受け取った小さな器を覗き込めば、なんとも表現しがたい青臭い匂いが鼻を突く。

それに思わず表情を顰めたレイヴンを横目に、は普段の彼女からは想像が出来ないほど素っ気無い態度で傍に散らばった道具類を片付けながら言った。

「薬草を磨り潰したもの。味は調えてないから、匂い同様えげつない味すると思うけど」

「・・・・・」

そう言われて素直に飲む気には到底なれない。

というか、絶対に飲みたくない。―――そんな意思表示を器を自分から遠ざけることで示したレイヴンを、は冷たい眼差しで見つめて。

「わざわざ探してきてやったんだから、ちゃんと飲みなさいよ」

言われてみれば、の周りには薬草を調合するような小さな道具類がたくさんある。

それらは持ち運び用の小さなものだったが、レイヴンは今までがそんなものを持っていた事などまったく知らなかった。

が薬を調合できる事も、薬草を見分ける知識があるのだという事も。

まだまだ知らない事がたくさんあるのだと心の中でそう思い、レイヴンは今もまだ冷たい眼差しで自分を見つめるを横目に、意を決したように小さな器を口へと運んだ。

「・・・くぅ〜、まず〜」

途端に広がる苦味と青臭さ。

今まで飲んだことがないほど強烈なそれは、少しだけ鈍っていたレイヴンの思考を一瞬の内にクリアにする。

何か口直しはないかと慌てて辺りを見回せば、は笑いを堪えたような顔で小さな木の実を差し出していた。

それを勢いよく口の中に放り込めば、途端に甘い果汁が口の中に広がり、先ほどの苦味や青臭さなど吹き飛ばしてくれる。

思わずホッと息を吐いたレイヴンは、そのまま窺うように片づけを続けるへと視線を向けた。

「なぁ、。お前来ないんじゃなかったのか?」

カチャカチャと鳴っていた小さな音が、レイヴンの問い掛けにピタリと止まる。

ダングレストで別れたは言っていた。―――「私は行かない」と。

そう言わせたのはレイヴンだ。

彼の迂闊な言葉が、の怒りに火をつけた。―――否、それだけではなくきっとの心も傷つけたのだろう。

それなのに今ここにがいる事が、レイヴンにとっては信じられない。

そんなレイヴンの問い掛けに一瞬動きを止めたは、再び片づけを再開しながら何でもない事のようにさらりと呟いた。

「たまたま通りかかっただけよ」

いつか、どこかで聞いた事があるような言葉に、レイヴンは思わず噴出す。

こんな森の奥深くに、どうやったらたまたま通りかかれるのか。

あの頃も、そして今も、彼女の苦し過ぎる言い訳は変わっていない。

レイヴンにとっては、それが何よりも嬉しかった。

そんな彼を鋭く睨みつけるを見返して、レイヴンは笑みを消し真剣な表情を浮かべて座ったまま深く頭を下げる。

「・・・、悪かった」

常にはないレイヴンのその態度に、はぱちりと目を丸くして。

黙り込んだままの彼女を前に一向に頭を上げる気配のないレイヴンを見下ろして、は呆れたようにため息を吐き出しつつ、その殊勝な態度を示す頭をパシンと軽く叩いた。

「・・・遅いのよ。まず第一に言うセリフでしょうが」

あの発言に、自分がどんな思いをしたと思っているのか。

きっとそれが解っていないレイヴンではないだろう。―――だからこそ真剣な態度で謝罪するレイヴンを前に、これ以上怒る気にはなれなかった。

いや、ここに来た時点で、きっとはもう怒ってはいなかったのだ。

ただそれを知られるのは癪なので、あえて言うつもりはなかったけれど。

「あれは・・・まぁ、なんていうの?売り言葉に買い言葉、みたいな?」

「・・・・・・」

「本気で、思ってるわけじゃないからさ」

頭を上げたレイヴンは、もう既にいつもの彼に戻っていた。

茶化した様子でへらへらと笑みを浮かべつつそう告げるレイヴンに、はにっこり笑って見せる。

「当然よ。本気だったら、私が今とどめ刺してやる」

「怖っ!」

物騒な発言にわざとらしく身を震わせるレイヴンを見返して、は呆れたように小さく笑みを零す。

あの時とは違う・・・―――あの酒場で見た彼とは違うレイヴンの態度に、は態度に出さないまでもホッとした。

「・・・もう、いいわよ。今から思えば、あんたなんか様子可笑しかったし」

解っていたのに、それでもレイヴンの言葉を流せなかった。

確かにあの時のレイヴンの言葉は嘘ではない。

はレイヴンに命を救われた。―――悪い言い方をすれば、命を買われたと言っても間違いではないかもしれない。

しかしレイヴンと共に過ごすこの1年で、そんな事は頭から抜け落ちていたのも確かだった。

それほど、の中でレイヴンとの時間が当たり前になっていた。

だからこそ、あの時の言葉が赦せなかったのだ。―――そんな資格、自分に在りはしないというのに。

それでもレイヴンは、自分の発言が不適切だったと頭を下げた。

この場を回避する為だけの言葉ではない事は、少なからず彼を見てきたには解っている。

それならばもう、赦すしかないではないか。

のそんな心境など彼が知る術はないが、がもう怒っていないという事は理解したらしい。

あからさまにホッとしたような顔で笑ったレイヴンは、悪戯っぽくウィンクをして。

があんまり他の男と仲良いから妬いちゃったのかねぇ」

冗談めかしたその言葉に、は思わず噴出した。

それがレイヴンの本音である事に、は気付かない。

しかしそれでいいのだ。―――今は。

「そりゃ迷惑で光栄なお話ね」

楽しげに笑うレイヴンを見返して、もまた楽しげに笑い声を上げた。

 

 

遠くから、虫の鳴く声が聞こえる。

すっかり夜の帳の落ちた森の中、レイヴンとは身を寄せ合うようにして結界の中で背中合わせに座っていた。―――何せこの結界はそれほど広くはないのだ。

本音を言うならば、怪我がまだ完治していないレイヴンを思い、今すぐにでも森を出てダングレストに戻りたかったが、夜の森は昼間とは違い危険度は更に増す。

今は魔物の姿は目視できる範囲にはいないが、だからといってこの森から魔物がいなくなったわけではない。

どうやら魔物の凶暴化は収まったようだが、だからといって夜の森が危険な事も変わらない。

そんな中を怪我をしている人間を連れて強行突破するなど、出来ればご免被りたいというのがの意見だ。

幸いな事に、この結界も一晩は効力を発揮してくれる。

今まさにレイヴンの身が危険にさらされているのならともかく、そうでないのならわざわざ危険を冒す必要もない。

明るくなり、魔物たちの活動も落ち着いた頃にゆっくりと森を出ればいいだろう。

それに折角の結界がもったいないし・・・―――貧乏人根性丸出しの感想を抱きながら、は込み上げる欠伸を噛み殺した。

身の安全を守ってくれるこの結界の一番の難点は、そう広さがない事だろう。

もっとお金を出せばそれなりのものが手に入るが、大人数で旅をしているわけではないのだからもったいない。

元々そうは使う機会がないだろうと思っていたが念の為にと購入したもので、もともと1人用として買ったものなのだから、この広さでも十分だと思ったのだ。

勿論、購入したのはレイヴンと出逢う前。―――ならばこの状態も仕方がないだろうと半ば投げやりに考えながら、固まってしまった身体をなんとかほぐそうと首を回す。

ふかふかのベットとまでは言わないから、せめて寝転んで眠りたい。

窮屈なその場で、が声には出さずに心の中でそう呟いた時だった。

「・・・聞かないのか?」

不意にポツリと静寂に落とされた小さな呟きに、気を紛らわす為とあちこちに意識を飛ばしていたはきょとんと目を丸くする。

しかし彼が何を問うているのかを正しく理解したは、けれど気付いていないフリをしつつ、小さく笑みを零しながらコクリと首を傾げて見せた。

「なにを?」

「見たんでしょ?」

間髪入れずに告げられた言葉に、は苦笑を浮かべる。

どうやらレイヴンに騙されてくれる気はないらしい。

このまま知らぬふりだって出来るだろうに・・・―――そんな感想を抱きながらも、はなんでもない事のように抱えた膝に顎を乗せつつ肯定を返した。

「ま、見たけど」

至極あっさりと返ってきた肯定に、レイヴンは困ったように笑う。

手当てされた己の身体を見た時点で、見られた事は解っていた。

だからいつがその話題に触れるだろうかと思っていたのだ。―――結局は自分から切り出す事になったのだけれど。

「おっさんはさ、実はもう死んだ人間なのよ」

ため息混じりにそう呟き、レイヴンは背中から感じる温もりへ意識を集中させる。

今は誰かの温もりを感じていたかった。

一方突然のレイヴンの告白に目を丸くしたは、視線だけで背後のレイヴンの様子を窺う。

背中を合わせている為、生憎彼の表情は見えなかったが。

「何言ってんの。ちゃんと生きてるじゃない」

だから思ったままの言葉を返せば、レイヴンが小さく笑った気配を感じた。

ちゃん、人魔戦争は知ってる?」

「・・・知ってる、けど」

人魔戦争。

その名の通り、人と魔物との戦争である。

実際にそれがどういう意図を持って行われたものなのか、は知らない。

今から9年前に終結した戦争。―――その当時、はまだ僅か11歳だったのだ。

激しい戦いだった、と噂話を聞いた事がある。

人魔戦争に参加した者の中で、生き残ったのは僅かだと。

その話を聞くだけで、その戦争がどれほど過酷なものだったのかが解る。

「おっさんもさ、その人魔戦争に参加してたのよね」

さらりと告げられた言葉に、は軽く目を見開く。

しかしすぐさま、それはそんなにも驚く事ではないのかもしれないと思い直す。

レイヴンは、帝国騎士だ。―――いや、レイヴンではなく、シュヴァーンだが。

年齢的にみても、彼が人魔戦争に参加していても不思議ではない。

あの戦争で、よく生き残れたものだとは思うけれど。

そこまで考えて、は先ほどのレイヴンの発言を思い出していた。―――自分はもう死んだ人間なのだと。

そこに至ったに気付いたのか、レイヴンはまた小さく笑みを零す。―――それはかなり苦いものではあったが。

「そ。おっさんはあの戦争で1度死んだのよ」

「・・・でも」

「1度死んで、んでもって甦ったの。不死鳥のごとく」

茶化したように言うレイヴンの真意を測りかねて、は背後を窺う事を止めると暗闇に支配された森の中へと視線を向けた。

そこには何もない。―――ただ、闇があるばかりだ。

ちゃんが見た、あれ。あれ、今のおっさんの心臓なのよね」

使い物にならなくなった生身の心臓の代わりに埋められた、今の彼を動かすもの。

それはエアルではなく、彼の生命力で動いている。―――まさしく、心臓そのものだ。

「・・・レイヴン」

なんと答えていいのか解らず、はただポツリと彼の名を呼んだ。

それに応えるように、レイヴンがの背中へと体重を預ける。

「胸に魔導器埋め込んで、おっさんは今も生きてる。でも時々思うのよ。―――おっさん、なんで今も生きてんのかなぁってさ」

しみじみとした口調でそう言うレイヴンに、は返す言葉が見つからなかった。

には、レイヴンの心境をきっと理解できない。

彼の抱える大きすぎる闇。

そして計り知れない絶望。

それを前にして、簡単に解るなどと言えるわけもない。―――言える人間がいるとすれば、それはきっと同じ立場の人間だけだろう。

けれどここで黙ってしまうわけにはいかないと、は暗闇を鋭く睨みつける。

思わぬ形ではあるが、レイヴンが抱える闇を知った。

きっと彼は、それを誰にも知られたくはなかっただろう。

しかし成り行きとはいえ、は知った。

そして彼はその真実を語った。

誤魔化す事もできたし、話したくなければを遠ざける事も出来た。

それなのに、彼はへ真実を話す道を選んだのだ。―――ならばも、彼のその気持ちに答えなくてはならない。

「生きてるって事実を前に、なんで、もなにもないじゃない」

「・・・・・・」

「心臓が生身だろうが魔導器だろうが、あんた今生きてるでしょ」

はっきりとした迷いのない声色で告げられるの言葉に、レイヴンはただ黙ってそれに耳を傾けていた。

しかしは返事がない事など気にする様子もなく、その声色のまま言葉を続ける。

「だったら、第二の人生手に入れた・・・くらいの気持ちでいればいいのよ」

「・・・簡単に言ってくれるねぇ」

「当然よ。深く考えればきりがないもの」

キッパリと言い切ったに、レイヴンは思わず笑みを零す。

確かにそうだ。

それは真実だが、それでも考えずにはいられないのが人なのではないだろうか。

「どうせこの世にいるんなら、死んだように生きるよりは馬鹿みたいに前向きに生きる方が楽しいじゃない」

グッと背中に重みを感じ視線だけで振り返ると、はわざと身を仰け反らせ、レイヴンに体重を預けている。

その子供じみた行動にまたもや笑みを零して、レイヴンは視線を元に戻すと噛み締めるように目を閉じた。

深く考え出せばきりがない。

この9年間で、それは身に沁みて解っている。

どんなに悩んでも答えなど出ないし、この身体が元に戻るわけでもない。

生きる目的もなく、ただ流されるように毎日を過ごし、気付けば9年の歳月が流れていた。

その先に、まさかこんな出会いが待っていようとは想像もしていなかったけれど。

『どうせこの世にいるんなら、死んだように生きるよりは馬鹿みたいに前向きな方が楽しいじゃない』

確かにそんな風に生きられれば、これからの人生も変わってくるのかもしれない。

けれどそう簡単に気持ちを切り替えられるわけでもなかった。―――出来るならばもうとっくにそうしていると。

けれど・・・―――背中にある温もりを感じながら、レイヴンは思うのだ。

といれば、もしかするとそんな人生を送れるかもしれないと。

彼女と過ごした1年間、がそれまで流されるまま生きていたレイヴンの生活に新しい風をもたらしたように。

彼女がいれば、何か違うものが見えるかもしれない。

そう思えるようになっただけ、確かに自分は変わったのだとそう思う。―――まぁ、まだまだ道のりは長そうだが。

「・・・そうね。その方がきっと楽しそうね」

「でしょ?」

ポツリと呟いた言葉に、の得意げな声が返ってくる。

それにまたもや笑みを零したレイヴンの顔には、もう苦い色はどこにもなかった。

 

 

「ところでさ。もう1つすごく気になってる事があるんだけど」

酒場で喧嘩別れして以来、漸く訪れた穏やかな空気の中、今もまだ背中合わせに座ったままは遠慮がちにそう切り出す。

その普段にはない控えめな言葉に、レイヴンは小さく笑みを零して。

「な〜によ、ちゃんらしくない。いつもなら直球なのに」

「私だって少しは遠慮くらいします」

レイヴンのからかいに僅かに頬を膨らませつつ、は少しづつ明るくなり始めた空を見上げた。

こんな風に、世界は闇から光へと塗り替えられていく。

そんな当たり前の事が、なんだか無性に嬉しかった。

しかし忘れる事は出来ない。―――世界が光に染められても、隣にはいつも闇が寄り添っているという事を。

いつか光は闇に塗り替えられる。

そうして世界は廻っているのだ。―――そして、人も。

「んで、ちゃんは何が気になってるって・・・?」

静かな森の中に、レイヴンの声がポツリと落ちる。

ダングレストはいつも活気に満ちているので、レイヴンのこんな声は妙に新鮮だと頭の片隅で思いながら、は「・・・うん」と小さく頷いた。

「その魔導器、おっさんの心臓の代わりだって言ってたけどさ」

「・・・うん」

「それって誰がやったの?普通に考えて、簡単に出来る事じゃないと思うんだよね」

は魔導器に詳しいわけではないから、それがどれほど困難な事なのかは解らない。

しかしレイヴンの他にそんな話を聞かない以上、それが世間一般に出回っているわけでない事はよく解った。

加えて、魔導器はかなり貴重なものなのだ。―――手に入れるだけでも、難しいと思うのだけれど。

「仕事柄、魔導器の情報も聞くけどさ。そんな凄い魔導器技師がいるなんて聞いた事ないのよね。もしかしてアスピオの研究員たち?でも人魔戦争で命を落としたなら、処置されたのもきっとすぐよね。戦地にアスピオの研究員たちがいたなんて考えられないし・・・」

最初は問い掛ける形ではあったものの、いつの間にか独りごとのようにブツブツと己の推測を口にする

どうやら真実を追究する情報屋としての血が騒いだらしい。―――今もまだブツブツと呟きながら推測するの声を聞きながら、レイヴンは困ったように小さく笑みを零した。

そうして、話すか話さないべきかを考える。

話さなくても問題はないだろう。―――その真相を知ったとて、彼女にとって得な事があるわけでもなし。

けれどこれからの事を考えると、話しておいた方がいい気もした。

彼が一介の騎士に・・・―――そして一介の情報屋に興味を持つとは思えないが、万が一にでも係わり合いにならないように。

昔ならばともかく、現在の自分を見ても、今の彼が危険な事は察せられたから。

そう考え、レイヴンは今も考え込んでいるを見据えて、意を決したように口を開いた。

「実は、さ。おっさんの心臓、魔導器と取っかえたのって、騎士団長だったりするんだよね」

「・・・は?」

突然のレイヴンの告白に、ブツブツと自身の推測を呟いていたは間の抜けた声を上げ、呆気にとられたようにレイヴンを見返した。

そのまま黙り込んだレイヴンを前に、もまた口を閉ざし眉根を寄せる。

彼女が一体何を考えているのか、レイヴンには想像もつかない。

そうしてどれほどの時間が流れただろうか。

実際にはそれほど経ってはいないだろうが、気まずい沈黙は思ったよりも長く感じさせる。

そうしては僅かに視線を泳がせて、感心したようにコクリと頷いた。

「・・・へぇ〜、騎士団長がねぇ」

え、それだけ?

あまりにも普通の反応に、レイヴンは思わず突っ込みを入れそうになった。

そんなあっさりとした感想で終わるような内容の話じゃなかったはずだけど・・・―――あえて口には出さずに心の中だけでそう呟くと、その心の声に気付いたのか、はもう1度「へぇ〜・・・」と相槌を打って。

「騎士団長って凄いのね。魔導器研究員でも出来なさそうな事、あっさりやってのけるなんて」

だから感想はそれだけなの?

確かに凄いといえば凄いだろう。

武術の腕前だけではなく、彼は知識も豊富にある。

だからこそ彼の暴走は止まることはないのかもしれない。―――頭の良い人間は、自分の望みがどれほど実現不可に思えても、結局は可能な道を見つけてしまうのだから。

そんな事をつらつらと考えながら、しかし今もまだ感心したようなを認めて、諦めたようにため息を吐き出した。

元々にどんな反応を求めていたのか、それは彼自身にも解らない。

しかしこんな反応を求めていたわけではない事は確かだ。

「改めて思うけど、ちゃんって変わってるよね」

「そう?別に普通だと思うけど」

あっさりと返ってきた言葉に、レイヴンは苦笑を漏らす。

レイヴンの心臓が魔導器だったり、それをしたのが帝国の誉れ高い騎士団長だったり。

それを知った普通の人間は、きっとのような反応はしない。

けれど今のの反応が不快なわけではなかった。―――上手く、言葉には出来ないけれど。

「それにしても、なんで騎士団長はそんな事したの?」

「さぁねぇ、俺に聞かれても」

ふと漏れたの疑問に、レイヴンは飄々とした様子で肩を竦めて見せた。

彼がどうしてレイヴンを甦らせたのか、本当のところはきっと本人にしか解らないだろう。

手駒が欲しかったのか。

それにレイヴンはちょうど良い人材だったのかもしれない。

レイヴンって、随分と騎士団長に買われてたのね。と漏らすの感想も、完全に外れではないかもしれなかった。―――それがありがたいかどうかは、また別の話だけれど。

「ま、騎士団長の凄さはともかくとして。なんにしても、尋常じゃない話よね」

「まったくだよね」

そこの意見は、どうやらお互い一致するらしい。

確かに1度命を落とした者を魔導器を使って甦らせるなど、普通ではない。―――まぁ、手段はともかく技量としてそう簡単に出来ることでもないが。

「だからさ、ちゃんにはあんまり大将には関わって欲しくないのよね」

「なによ。まさか生きてる人間まで改造するわけでもないでしょうに」

レイヴンの心配を他所に、は気に留めた様子もなく笑う。

確かに今はそういう心配はないかもしれないが、底が読めない相手なだけに何があるか予想がつかない以上、やっぱり接触はないに越した事はない。―――自分で騎士団に引き入れておいて言える言葉ではないが。

「心配しなくても、大丈夫よ。相手は騎士団長なんだから、会いたいって言ったってそう簡単には会えないわよ」

確かにの言う事も最もだ。

本当にそうであって欲しいと、の言葉を無理やり自身へ納得させ、心に巣食う言い知れない不安を隅へと追いやる。

今は考えても仕方がないのだ。

そう自分に言い聞かせるレイヴンを他所に、はすっかり夜が明けた空を眩しそうに目を細めながら見上げて。

「それに騎士団長がどんな人間であれ、あんたが生きてたおかげで、私はこうして助かってるんだからさ」

の言葉に、レイヴンは目を丸くする。

そういう考え方もあるのか、と。―――それは彼が考えもしなかった言葉だった。

驚くレイヴンに気付いた風もなく、は言いたいだけ言うと体重を預けていたレイヴンから身を起こし、そのまま立ち上がると大きく伸びをする。

結局一晩中座ったまま過ごす羽目になったせいで、すっかり身体は固まってしまっていた。

それを解してひとつ大きく欠伸をすると、は完全に明るく照らされた森をグルリと見回して、満足げに微笑んだ。

どんなに光に満ちても、闇は消えない。

自分たちの傍には、いつも闇がある。

だけど、明けない夜はないように。

必ずまた、光はやって来るのだ。

今はまだ見えなくても。

歩く道の先には、必ず光がある。―――こうして、何度でも朝が来るように。

は今も座ったままぼんやりと自分を見上げるレイヴンを見下ろし、パッと自身の右手を差し出す。

「さ、帰ろう」

短く告げられた言葉に、レイヴンはまたもや目を丸くする。

眩し過ぎる朝日をバックに、まっすぐ自分へと手を伸ばす

あの月夜に出逢った彼女とは似て非なるもの。

けれど、抱いた感情は少しも変わることはなく。

の背後から差し込む朝日に目を細めて、レイヴンは小さく笑みを浮かべた。

「・・・うん、そうね。帰ろうか、ちゃん」

なんの躊躇いもなく差し出されたその手に己の手を重ねて、レイヴンは大地を踏みしめるようにゆっくりと立ち上がる。

繋いだ手は、今までで一番温かく力強かった。

 

彼の秘密と彼女の決意


なんだかんだで良い雰囲気の2人。

雨降って地固まる、みたいな。(なんじゃそりゃ)

作成日 2009.12.27

更新日 2011.5.15

 

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