月が隠れ、いつもよりも薄暗い夜の事だった。

何故か落ち着かず、気分転換の為に部屋の外へと出たシュヴァーンは、茂みに隠れるようにして佇んでいる少女を見つけた。

いや、隠れるにしては堂々としすぎているのかもしれない。―――何せその少女は、ぼんやりと空を見上げながら手を伸ばしていたのだから。

一体何者なのかと訝しく思い、声をかけようかと足を踏み出しかけたその時、不意に雲が切れ月が姿を現した。

途端に差し込む月明かりを眩しく思い目を細めたその視線の先で、少女が嬉しそうに微笑むのが見える。

「・・・綺麗」

小さく漏れたその言葉は、間違いなく月へと向けられたものなのだろうが。

「・・・・・・」

シュヴァーンには、その少女こそがどこか神聖なもののように見えた。

 

 

この状況はどういう事なのだろうかと、はまるで他人事のように考えた。

華美な装飾が施されているわけではないが、やはり一般の目から見れば十分立派な部屋。

ドアから見て一番奥に設置されている大きな机には、山のように書類が積み重なっている。

部屋には所狭しと本棚が並び、そこにはもう一冊も入る隙間がないほど本が詰められていて。

なのにどうしてだろうか。

この部屋に、人の気配を感じないのは。

人の姿がありながらも、生活感のようなものが感じられないのは。

「そこに座れ」

そんな今のにとってはどうでもいい事を考えていると、静かな声でそう告げられる。

それに抗う事無く、は素直に示されたソファーに腰を下ろした。―――ここで反抗しても、にとって良い事などひとつもないからだ。

「私はシュヴァーン=オルトレイン。帝国騎士団で隊長をしている」

「シュ・・・!」

思わず声を上げそうになって、はすんでの所で声を飲み込んだ。

シュヴァーンといえば、帝都では知らぬ者はいないだろうと思われるほど有名な騎士だ。

特別騎士団と関わりがあるわけではないは直接姿を見た事はないけれど、名前だけは知っている。

よりにもよってそんな男に見つかるなんて・・・と、は己の不運さ加減に嫌気が差した。―――まぁ、下っ端の騎士に見つかろうが隊長クラスに見つかろうが、罪状に変化はないだろうが。

「お前の名前を聞こう。言っておくが、黙秘しても意味がないぞ。己の立場が悪くなるだけだ」

続けてそう告げられ、はムッと眉を寄せる。

ここまで来て、そんな無駄な言い逃れはしない。

どうせこの先無罪放免なんて期待は出来ないのだ。―――ここは大人しく従っておいた方が今後の為にもいいだろう。

、か。では改めて聞かせてもらおう。あの場所で何をしていた?」

三度目の問い掛けに、はどうしようかと口を噤む。

確かに無駄な言い逃れはするつもりはないが、正直に話すのもどうかと思う。

何せ事が事なのだ。―――バレれば、どんな事になるか・・・。

「・・・さ、散歩とか?」

「一般人が、城内を?」

「歩いてたら、ちょっと道に迷っちゃって」

「どんな迷い方をすれば城内に立ち入れるのか、そちらの方こそ聞いてみたいが」

「そうよね、不思議よね。どうしてかしらね」

そ知らぬ顔でそう言い切り、はあさっての方へと視線を向ける。

かなり厳しい言い逃れだ。

むしろ、言い逃れともいえないかもしれない。

勿論シュヴァーンが信じていない事は解っているし、これで信じろという方が無理だという事も承知している。

それよりも、としても知りたい事があるのだ。

どうして自分は牢屋に入れられるわけでもなく、こうして隊長の部屋に連れてこられたのか。

普通はこんな待遇ではないのではないかと思う。

尋問するにしても、隊長自らがする必要もないだろう。

加えて、他に騎士の姿も見当たらない。―――部屋の外にも、人の気配はしなかった。

一体どういうつもりなのか。

それを聞いてみたいとは思いつつも、目の前の男の威圧感に口を開けずにいる。

この状況は自分にとって良いものなのか、それとも悪いものなのか。

全て素直に話す方が得策なのか、それとも話さない方が無難なのか。

「・・・やはり素直に話す気はない、か」

しかしにはどうしても、この目の前の男が悪い人間には思えなかった。

ため息混じりに呟いたシュヴァーンを見やり、しばらく逡巡した後、は躊躇いがちに口を開いた。

「・・・私、街で情報屋をしているの」

突然話し出したを認めて、シュヴァーンは驚いたように軽く目を見開く。

どうして突然素直に話す気になったのか。

もしかするとこれも偽りかもしれないと勘ぐりながらも、シュヴァーンは真剣な面持ちでの話に耳を傾けた。

彼としても、今のが偽りを口にしているとは思えなかったからだ。

「私、お金が必要で・・・。何でもいいから仕事をと思ってたところで、ある男に声を掛けられたの」

「・・・ある男?」

「欲しい情報があるって」

「それが、騎士団の情報か?」

シュヴァーンの問い掛けに、はコクリと頷く。

「・・・その男の名前は?」

「知らない」

「では特徴は?」

「割と若めの優男風で、貴族っぽかった」

から伝えられるなんとも頼りない証言に、シュヴァーンは僅かに眉を寄せた。

「そんなよく解らない男からの依頼を受けたのか?」

「別に相手の素性が解らなくても仕事は出来るもの」

まさかその仕事内容が、騎士団の情報だとは思いもしなかったけれど。

でもそれが事実だ。

相手が何者であるかという事は、まったく関係がないとは言わないけれど、一番重要な事ではない。

情報を欲しがっている人間がいて、自分はそれを提供する。

それがの仕事である。

確かにその情報がどう使われるか解らない点では気をつけなければならないし、依頼を受けるか受けないかもっと吟味する必要があった事は確かだけれど。

「それで城内に忍び込んだと?」

「そうよ。まぁ、すぐに無理だって解ったけど」

それはそうだ。

そう簡単に騎士団の情報を盗みだせるわけがない。

それをこの少女が解っていないわけではない様子だというのに、それでものこのことこんなところまで来て捕まっているとは・・・。

「・・・金が必要だと言っていたな。何の為に?」

その問い掛けに、この場に来てから初めて少女が身体を強張らせた。

今まで何を聞いても平然としていたというのに、一体どういう事なのだろう?

しかしはそれに答えるつもりはないらしい。―――ふいとそっぽを向き、キッパリとした口調で言った。

「答える必要、ないと思うけど」

「答えられないのか?」

「答えたくない。必要性も感じない。私がここに忍び込んだ事と私にお金が必要な事に関係性なんてないもの」

確かに原動力ではあったけれど、はここにお金や物を盗みに来たわけではないのだから。

その頑なな様子に、これ以上聞いても答えないだろうと踏んだシュヴァーンは、小さくため息を吐き出しソファーの背凭れに身体を預けた。

そうして改めて考える。―――これからどうするか、と。

シュヴァーンとしても、どうして少女を自分の部屋へ連れてきたのか図りかねている。

本来ならば巡回している騎士に引き渡すなり、牢屋へ放り込むなりすればいいのだ。

だというのに自分の部屋に連行し、こうして自ら取調べをしている。

彼女の様子からするに嘘をついているようには見えないし、その依頼主を庇っている様子もない。

本当に今話した以上の事は知らないのだろう。

そして彼女自身もそれほど危険人物には見えない。

わざわざ自分が対応する必要など、どこにもありはしないというのに・・・。

それでもをここへ連れてきたのは事実。

そしてそれを訝しく思いはしても、どこか当たり前の事のように思っている事も。

「・・・それで、私はこれからどうなるの?どれくらいの罪?」

「そうだな・・・」

本来ならば、厳重注意か短期間の拘置。

情報を盗む事に失敗しているのだから、それで問題はないだろう。

しかしもしも情報が盗まれていたら?

そしてその情報が騎士団にとって重要なものであったなら、そうはいかないだろう。

「・・・騎士団の情報はトップシークレットだ。それを盗もうというのだから、それほど罪は軽くない」

「・・・・・・」

「情報の度合いにもよるが、盗まれていたならば無期の拘留、もしくは死罪も有り得る」

「死罪って・・・!!」

シュヴァーンから告げられたとんでもない言葉に、は思わず抗議の声を上げた。

まさかそんな重い罪になるとは思っていなかったのだ。

そんなを認めて、シュヴァーンは気付かれないよう僅かに口端を上げる。

「だが、君は情報を盗み出せたわけではない」

「・・・・・・」

「とはいえ、君は情報屋だという。今後も情報屋として活動していくのだろう?」

「それはまぁ、そうだけど・・・」

それ以外に、大金を稼ぐ方法はない。

普通に働いていたのではダメなのだ。

「君が情報屋である以上、今後もこういう事態に陥らないとは限らない。今回のように金に困ってまた犯罪を犯さないとも限らないしな」

そんな事はしない!と言いたいけれど、今まさにそれで捕まっている身としては説得力の欠片もないだろう。

としてはもう2度とこんなマネはしないと誓えるが、要はそれを相手が信じてくれるかどうかなのだ。

そして一般的に、こういう場面で全面的に信じてくれるとはとても思えなかった。

グッと押し黙ったを、シュヴァーンは真面目な面持ちで見つめて。

「だから、ここはお互い妥協案を出そうじゃないか」

「・・・妥協案?」

思ってもいなかった言葉に、は目を丸くする。

妥協案とは、どういう事なのだろうか。

「今日から・・・そうだな、3年。3年間、私の下で働け」

「・・・は?」

「勿論、監視の意味も入っている。それと空いた時間は今までどおり情報屋として活動してもいい。ただし、その内容は私にも報告すること」

「ちょ、ちょっと・・・!」

「それで無罪放免だ。悪い話ではないだろう?」

矢継ぎ早に出される提案についていけず、はぽかんと口を開けてシュヴァーンを見つめる。

確かに悪い話ではないかもしれない。―――死罪と3年間の監視つきとでは大分罰の重さが違う。

だからこそ不思議で仕方がないのだ。

この話のどこに、シュヴァーンにとって得な部分があるのか。

上手い話には裏がある。

不意に脳裏に浮かんだ言葉に、は眉を寄せた。

まさにこの話も、そういう類のものではないかと。

「・・・3年間」

「そうだ」

3年間、この男の下で働けば無罪放免。

しかも空いた時間は今までどおり活動してもいいとの寛大な処置つき。

「・・・その3年間って、お給料とか出たりする?」

ふと思い至った疑問を口に出せば、シュヴァーンはさも楽しそうに笑う。

「心配するところはそこか。いいだろう、出してやろう」

ますます怪しい。

自分にとってありがたい話であればあるほど、怪しく感じてしまう。

この男は一体、何を考えているのか。

「・・・・・・」

それでも、今のに取れる道は多くはない。

シュヴァーンに従ってこれからの未来をとるか。

拒んで、潔く散るか。

後者を選ぶ事は出来なかった。

にはまだまだやりたい事もやらなければならない事もある。―――自分のミスとはいえ、こんなところで死ねないのだ。

「・・・さぁ、どうする?」

確信的な笑みを浮かべて、シュヴァーンがに向かいそう問いかける。

それを真っ向から見返して、はコクリと唾を飲み込んだ。

 

 

運命の選択、みたいな

(っていうか、それって選択肢の意味あるの?)


漸くヴェスペリアキャラ登場。

そうです。この連載のメインは彼です。(笑)

他にも色々絡ませるつもりではありますが。

個人的に書いていて楽しい主人公なので、ぜひ原作沿いにまで食い込ませたいんですけどね。(どうなることやら)

作成日 2009.11.15

更新日 2009.12.20

 

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