帝都・ザーフィアスを出てから何日も何日も歩き通して。

そうして漸く辿り着いた目的地を前に、は呆けたように目を丸くしてその光景を見つめていた。

夕日色に染められた街。

賑やかな声が響くそこは、同じく大きな街とはいってもザーフィアスとは似ても似つかない。

「はい、到着っと。お疲れさん、

レイヴンの明るい声を耳に、は巨大な橋を前に立ち尽くして。

「・・・ここが」

ギルドの街・ダングレスト。

 

 

「さ、呆けてないでさっさと行くよ〜」

レイヴンの声にハッと我に返ったは、立ち止まっていたに構う事無く歩き出したレイヴンを追いかけるように駆け出した。

そうしてのんびりと慣れたように歩くレイヴンに追いつくと、その隣を同じようにゆっくりとした足取りで歩きながらきょろきょろと辺りを見回す。

建物が夕日に照らされ、赤く染まっている街。

空を見上げれば当然ながら空も赤く染まっている。

まだまだ夕日の時間には早いのだが、ダングレストは気象の関係でいつもこうなのだとはレイヴンの説明に感心したように頷いた。

ちゃん、ダングレストは初めて?」

「そりゃ、私の活動拠点はザーフィアスだから」

大抵の人間は、街の外に出ようとは思わない。

街の中にいれば結界のおかげで安全に暮らせるのだ。―――わざわざ魔物が徘徊する街の外へ出ようなどという物好きはいないだろう。

当然といえば当然のの答えに納得したように頷いて、レイヴンは街の奥に立つ巨大な建物を指差して口を開いた。

「あれがギルドユニオン本部。ま、この街の拠点だわね」

「ギルドユニオン・・・」

自身はギルドとは関係がなかった為それほど詳しくはないが、多少の知識は持ち合わせている。

まさか自分の目で見る事になるとは思っていなかったが。

そこまで考えて、は訝しげに隣を歩くレイヴンを見上げた。

結局のところ、ここに来るまでレイヴンは詳しい事は何も話してくれなかった。

目的地はダングレストであるという事と、そこで一仕事あるという事だけは聞かされていたものの、その仕事内容については行ってみれば解る事だからと交わされ続けていた。

それを不満に思いはしたけれど、彼の様子から本当に行くまで口は割らなそうだと判断したは、不本意ながらもそれ以上問う事もなくついてきたのだけれど。

なんだか嫌な予感がする、とはレイヴンに出逢ってから何度そう思ったか解らない思いを改めて心の中で呟いた。

昔とは違い、現在の帝国とギルドは表立って争ってはいないらしいが、基本的に仲が良いわけではない。

だというのに、帝国騎士団隊長主席であるシュヴァーンが、一体何をしにダングレストへやってきたのか。

そしておそらくは本当の目的地であるユニオン本部で何をしようとしているのか。

考えれば考えるほど、嫌な予感しかしない。

レイヴンの考えはまったく読めないというのに、それでも嫌な予感がするのだから正直勘弁してほしいとそう思う。―――まぁ、読めないからこそ嫌な予感がするのかもしれないが。

「・・・それで、ユニオン本部に何しに行くわけ?」

「あれ?おっさんまだユニオン本部に行くなんて一言も言ってないのに、ちゃんってば冴えてるわね〜」

「それって明らかに褒め言葉じゃないよね。っていうかこの展開でそう思わない方が可笑しいと思うんだけど」

あくまで明るい口調を崩さないレイヴンを睨みつけて、は深くため息を吐きだす。

「っていうか話逸らさないでくれる?ここまで来て、まだ何も話さないつもり?」

「すぐに説明しますって。とりあえず当面の予定済ませたらね」

「当面の予定?」

「そ、それからの方が説明しやすいし、説得力あるからね」

説得力という言葉に、は盛大に顔を顰めて見せた。

つまり、間違いなくギルドユニオンが関わる用件に、しかも話すだけでなくそれをした後でないと説得力に欠けるような出来事。

絶対に碌なものじゃないとそう思うけれど、心の奥底でわくわくしている自分に気付きは絶望感を味わった。

こんな状況でわくわくするなんて、自分も相当レイヴンに染まってきたのかもしれない。

「・・・さて、と」

そうして目前に迫ったユニオン本部を見上げて、レイヴンは小さくそう呟く。

遠目に見ても大きかったが、近くで見ると更に大きい。

この威圧感は建物の大きさばかりのせいではないだろう。

ギルドを統括するユニオンの本部。―――その事実が言葉には出来ない威圧感を醸し出しているに違いない。

「ああ、ちゃん。一応これだけは先に言っとくけど・・・」

不意にそう切り出したレイヴンに、は訝しげな視線を向けて。

そうしてレイヴンの顔を見た事をすぐに後悔した。―――何故ならば、彼は至極楽しそうに笑っていたからだ。

「実はおっさん、天を射る矢(アルトスク)の一員だから」

輝くような笑顔で告げられた言葉に、は眩暈がした。

 

 

天を射る矢。

実質ギルドユニオンを統括するギルドであり、その規模はギルドの中でも最大を誇る。

活動拠点は主にダングレスト。

この街の防衛を主任務としている為、勿論ザーフィアスでは天を射る矢の人間を見た事は一度もない。

そしてそんな巨大なギルドの頂点に立つのが、首領・ドン=ホワイトホース。

つまりは、目の前にいる初老の男がそうなのだが。

「おお、レイヴン。随分長ぇ事どこほっつき歩いてやがった?」

実際の年齢はの知るところではないが、しかしそれなりの歳であるのにも関わらず、それに似合わない屈強な身体をしたその男は、へらへらと表情を緩ませたままのレイヴンに向かい、責めるでもなくあっけらかんとそう言い放った。

「悪いね、ドン。ちょっと色々あったのよ」

一応は上司に当たる相手だろうに、レイヴンの口調は普段のそれと変わらない。

そこだけを見ても、2人の間には信頼関係があるのだという事が第三者のにもよく解った。

「色々、か。まぁ、いい。―――それよりも、そっちの嬢ちゃんはどうした?」

気付かれた!

レイヴンの影に隠れるようにして立っていたは、早々に自分へ向けられたドンの視線に思わず引き攣り笑いを浮かべる。

どうしたって気付かれない訳がないという事は理解していたが、それでもいざ自分に矛先が向くとどうしていいか解らなくなる。

なにせ、相手はあのドン=ホワイトホースなのだ。

ギルドと特別関わりのないでもその名前は知っている。―――突然そんな相手の前に引きずり出されれば、誰だって戸惑うのは仕方のない事だろう。

そう結論付けて、は全ての元凶であるレイヴンをチラリと睨みつけた。

「ああ、ドン。この子は情報屋でね。ちょっと縁があって一緒に来てもらってんのよ」

縁、ねぇ。

とんだ縁もあったもんだわ。とはやさぐれぎみに内心で毒づきながら、営業用のスマイルを顔に貼り付けてドンへ向き直った。

「初めまして、ドン=ホワイトホース。と申します」

「おお、堅苦しい挨拶は抜きにしようぜ。俺の事はドンと呼んでくれ」

ギルドのトップに君臨する男にしては、随分と気さくだ。

「それにしても、テメェがわざわざ連れまわすくらいなんだ、相当腕のいい情報屋なんだろうな」

「そりゃもう、若い割には相当腕がいいのよ。おっさんもう助かっちゃって」

無駄にハードル上げるの止めてくれないかな。

ドンに気付かれないように強くレイヴンの足を踏みつけながら、はそれでもにこにこと笑顔を浮かべてドンから視線を外さない。

駆け出しの情報屋に、あの天を射る矢の首領が納得するとはとても思えない。

だからこそのレイヴンの発言なのかもしれないが、じゃあ・・・と何か仕事でも任された日にはどうすればいいのか。

いや、あの天を射る矢からの依頼なのだから依頼料はものすごく期待できるのかもしれない。

それはそれでチャンスと捉えられなくもないが、もし失敗すればの信用は地に落ちるだろう。

一攫千金を狙うには危険すぎる賭けだ。

そうなればレイヴンだとて困るはずだというのに・・・―――このおっさんは一体何を考えているんだと踏んだ足をぐりぐりと踏みにじれば、レイヴンは控えめに痛いとのコートを引っ張った。

「ところでレイヴン、アレは見つかったのか?」

そんな隠れた2人の攻防戦など知る由もないドンは、ここからが本題とばかりにそう切り出す。

それに瞬時に表情を引き締めたレイヴンは、ため息を吐き出しながら首を横に振って。

「やー、それが全然ダメなのよ。手がかりなんてひとっつもないし、こりゃなかなか骨が折れそうだわ」

「・・・そうか」

アレ、とは一体なんだろう。

むくむくと首をもたげる好奇心をなんとか押し留めながら、はチラリとレイヴンの様子を窺う。

そこでふと、ある疑問が頭に浮かんだ。

帝国騎士団隊長のシュヴァーンと、天を射る矢の一員であるレイヴン。

果たして彼にとってはどちらが本当の彼なのだろう。

シュヴァーンとして、ギルドの内情を探っているのか。

それともレイヴンとして、騎士団の内情を探っているのか。

間違いなくどちらかにスパイとして潜入している事には違いないのだろうが、どちらに重きを置いているのか。

まだ出逢って日が浅く、そして事情を知らされていないには判断が付かない。

しかしレイヴンと違いシュヴァーンの名前は随分昔から聞いた事があるのだから、ある程度の予測は立つけれど。

「まぁ、いい。引き続き頼むぜぇ。―――そっちの嬢ちゃんもな」

「え!あ、はい。勿論、頑張ります」

突然話を振られて、はどぎまぎしながらも慌ててそう答えた。

ドンから命じられ、何かを探しているらしいレイヴン。

そのレイヴンに雇われている情報屋のという構図が、ドンの中で成立したのだろう。―――その為にわざわざをここへ連れてきたのだろうか。

「んじゃ、ドン。今日のところは失礼するわ。当分の間はダングレスト拠点にして色々うろちょろする予定だから、この娘の事もよろしく頼むわ」

「ああ、任せときな」

レイヴンの言葉にあっさりと頷くドン。

まったく疑いをもたれていないのは正直ありがたかったが、天を射る矢のボスが本当にそれで大丈夫なのだろうかと頭の片隅でそう思う。

噂に聞くドンはとんでもなく凄い人物だと思ったが、実際目の前にしてみるとどうも拍子抜けしてしまう。―――まぁ、ドンから威圧感のようなものは確かに感じるけれど。

そうして話は終わったとばかりに部屋を出て行くレイヴンに付いて扉へと向かったは、チラリと視線だけで後ろを振り返って。

その時、自分に向けられているドンの眼差しに気付き、は慌てて前を向きなおした。

「どうしたの、ちゃん」

「・・・別に」

見た目だけで判断すると危険かもしれない。

不意にそんな思いが湧き上がり、は僅かに眉を顰めると、相変わらずへらへらとした笑みを浮かべるレイヴンの後を追ってドンの部屋を出た。

 

 

「じゃ、そろそろ全部説明してもらいましょうか」

あの後レイヴン行きつけの酒場で軽い食事を取り、とりあえず用意してもらった部屋に戻ったは、ベットに座って目の前の椅子に行儀悪く座るレイヴンを見据えてそう切り出した。

そろそろ話してくれてもいい頃だ。

当のレイヴンはちゃんと話すと約束したのだ。―――約束は守ってもらわなければ。

そんな思いを胸にジッと見据えると、レイヴンは困ったように肩を竦めて見せて。

「話しますってば。んじゃ、どこら辺から話したもんかね〜」

思案するように無精ひげを撫でながら、レイヴンはポツリポツリと話し出した。

「これが特殊任務だってのはちゃんも知ってるよね」

「うん」

「実はおっさん、騎士団長の命令で天を射る矢にスパイとして潜入してるわけよ」

やっぱり、とはあえて口に出さずにはコクリと頷いて見せた。

一体いつから・・・―――そしてどうやって天を射る矢に入り、そこでドンに信頼される幹部にまで上り詰めたのかは解らないが、見た目と反して目の前の男は相当なやり手らしい。

只者ではないとは思っていたけれど、まさかここまでとは・・・というのがの本音だ。

騎士団長の懐刀と呼ばれるくらいなのだ。―――それなりの実力はあるだろうとは思っていたけれど。

改めて自分がとんでもない男に捕まったのだと、は内心苦々しく思った。

「ま、スパイ活動の内容は割愛するとして」

「・・・あのねぇ」

「ま、いいじゃないの。そっちの方はおっさんが勝手に何とかするからさ」

あっさりとそう告げられ、は疲れたようにため息を吐き出す。

しかし妥当な線でもあった。

レイヴンと違い、は天を射る矢の人間ではない。

彼に雇われたという構図はドンが認めた事もあり、すぐさま天を射る矢内部の人間にも浸透するだろう。

しかしだからといって、極秘と呼ばれる情報をが独自に入手できるとはとても思えない。

下手に動けばレイヴンの身とて危うくなる。―――それは彼と共にいるにとっても絶対に避けなければならない。

「じゃ、さっきドンが言ってたアレって何?」

だからこそは素直に納得し、別の疑問を投げ掛けた。

実際問題としては、そちらの方が気になっていたのだ。

あのドンが探させる物だ。―――どんなものなのか、純粋に興味を引かれた。

「ああ、アレね。おっさんもよくは知らないんだけど・・・」

椅子に座ってひらひらと手を振り、レイヴンは心底困ったような様子で呟く。

「聖核(アパティア)ってのを探して来いって言われてさ。おっさん困ってんのよ」

「・・・聖核」

レイヴンの口から出た言葉に、は目を丸くする。

そうして一拍を置いた後、眉間に皺を寄せて小さく首を傾げて。

「っていうか、聖核って何?」

「あ、ちゃんも知らない?実はおっさんもそれがなんなのか解んなくってさ」

そう言って深くため息を吐いたレイヴンを認めて、なるほどと納得したように頷いた。

さっき手がかりもないと言っていたのはそのせいなのかと、目の前で情けない表情を浮かべるおっさんを見やる。

確かにそれがなんなのか解らなければ探しようもないだろう。

「わざわざドンが探させるくらいなんだから、なんか特別なもんだと思うのよね。宝石か、武器か、それとも魔導器か」

「途方もない話よね、それって」

何か解らないものを探し出すなど、普通に考えれば不可能に近い。

「情報屋とか当たってみたら?」

「もうとっくにそれとなく探り入れてみたけど、誰も聖核なんて知らないってさ」

それも当然といえば当然かもしれない。

天を射る矢が探している品なのだ。―――情報屋が知っているなら、もうとっくに見つけているだろう。

「なるほど。で、私はその聖核ってやつの情報を探ればいいのね」

ここに来て自分の役割を理解したは、うんざりしたように天井を見上げる。

何か解らないものの情報を得る。

想像する以上に骨が折れそうだ。

「ま、よろしく頼むわよ」

「簡単に言ってくれちゃって・・・」

あっけらかんと笑うレイヴンを睨みつけて、は疲れたようにベットに寝転がった。

ここ最近で、なんだか本当に色々あった気がする。

事の発端は、仕事の依頼をしてきたあの貴族の男だ。―――まぁ、あの男がの未来を予想していたとは思わないが。

ついこの間までは多少のスリルはあれど普通に暮らしていたというのに、気がつけば騎士団やらギルドやらの思惑に巻き込まれている。

「やっぱ早まったかなぁ」

突きつけられた選択を思い出し、は口の中で小さく呟いた。―――約束した3年は、思っていた以上に長くなりそうだ。

「ん、なんか言った?」

「べっつに。今日はもう休みたいから、出てってって言ったの」

ベットに寝転がったままチラリと見やれば、レイヴンは楽しそうに笑みを浮かべて。

「なんなら添い寝してあげようか」

「五体満足で明日の朝日を拝みたいなら、さっさと自分の部屋に帰れ、おっさん」

「はいはい」

どっちにしたってこの街じゃ朝日は拝めないわよと余計な一言を残して、レイヴンは後ろ手にひらひらと手を振ると、おやすみと告げての部屋を出て行った。

そうして完全にレイヴンの気配が遠ざかったのを確認して、は深くため息を吐き出すとごろりと寝返りを打って見慣れない天井を見上げる。

「・・・聖核、か」

本当に長い3年になりそうだ。

はこれからの自分の予測できない未来を思って、もう1度深いため息を吐き出した。

 

 

とんだ二重生活

(あのおっさんめ。私の胃に穴が開いたら、慰謝料ふんだくってやるんだから)


なんとか早く打ち解けさせたい2人。

まぁ、この状態でもそれなりに打ち解けてる気もしますが。(笑)

作成日 2009.11.23

更新日 2010.4.18

 

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