「ん〜・・・」

店のカウンターの前で唸り声を上げる女が1人。

かれこれ1時間はそうして店内を物色している女を前に、店員は困りきった様子で視線を泳がせていた。

「あの・・・お客様。何をお探しでしょうか?よろしければ私共で見繕いますが」

意を決してそう声をかければ、女はふと視線を上げて。

「武器を探してるの」

「武器、でございますか?」

「そう、遠距離を攻撃できる物。私、蹴りの力はそれなりだけど腕力はあんまりないから、出来れば軽いやつがいいな」

蹴りの力はそれなり?強烈の間違いじゃないの?と連れのおっさんがいればそんな突っ込みが入りそうだけれど、生憎とここにはそんな突っ込みを入れてくれるおっさんの姿はなかった。

「で、では・・・この弓なんてどうでしょう?最新のものでこれまでにはない軽量化に成功している優れものです」

「弓、かぁ。それも考えたんだけど、弓ってすぐに扱えるものじゃないでしょ?いくら軽くて性能が良くても使えなきゃ意味ないし。私はすぐに使えるものが欲しいの」

「・・・はぁ」

折角の提案も即座に却下され、店員は困ったように眉を寄せる。

そんな便利な武器があればこっちが教えてもらいたいくらいだけれど・・・―――そんな言葉をすんでのところで飲み込んで、店員はまた小さく唸り声を上げて考え始めた女を見てため息を吐き出した。

ちょうど、そんな時だった。

「オー、そこのビューティフルガール。武器をお探しですか〜?」

なんとも変わった言葉遣いとイントネーションに、女は眉を寄せつつ振り返る。

そんな女を見据えて、声をかけた男はにっこりと微笑んだ。

 

 

「聖核?・・・聞いた事ねぇなぁ」

酒場で知り合った同業者との情報交換の際、返ってきたのはここ最近では聞きなれた言葉だった。

「・・・そうだよねぇ、聞いた事ないよねぇ」

それに特別落胆するでもなくあっさりとそう返し、は既に水滴が浮かんだコップに手を伸ばした。

氷が解けて中身が薄くなってしまっているそれをコクリと飲んで、疲れたようにため息を吐き出す。

何かも解らないものを探すなんて、どだい無理な話なのだ。

がなんとか情報屋としての下地を整え、聖核の情報を探り始めてから2ヶ月。

ダングレストに来てから5ヶ月の時が経つというのに、未だ聖核を知る人間にさえ出会えていない。―――まぁ、最初から期待はしていなかったけれど。

「なんだよ、。その・・・なんてったっけ?聖核?それってどんなもんなんだ?」

「・・・さぁ?」

「さぁ、ってお前。お前が探してるんじゃねーのかよ」

「ま、そうなんだけど」

呆れたような表情を浮かべる同業者を尻目に、は至って平然と言ってのける。

本当に探す気があるのかと突っ込みたいところだが、そこまで関与する必要もないだろうと判断した男は、まぁ頑張れよと感情の篭らない声色でエールを送り、ひらひらと手を振って酒場を出て行った。

彼はこれからから仕入れた情報を元に、依頼人のところへ向かうのだろう。

自分もそろそろ依頼人に色よい返事をしたいところだけど・・・と独りごちて、当分は無理だろうと悟りながら残っていたジュースを飲み干した。

レイヴンは聖核がどこにあるのかを探るよりも、まずそれがなんなのか知る必要があるのではないかと考え、1人奔走している。

「聖核が何か、ねぇ」

それを知って、果たして手に入れられるものなのかどうか。

本当に厄介な仕事に関わったと改めて自覚し、が隠そうともせずため息を吐き出したその時だった。

「あの〜・・・」

不意に背後から声をかけられ振り返ると、そこには見覚えのない男が1人。

この展開、どこかで見た事があるような気がする。

そんな事を頭の片隅で考えながらも見知らぬ男へ向けて首を傾げると、その男は先ほどまで同業者の男が座っていた椅子に腰を下ろし、へ顔を近づけ口を開いた。

「あなた、聖核を探しているんですよね?」

囁くような声で告げられた言葉に、思わず目を丸くする。

サッと周囲に視線を走らせるが、どうやら2人の会話を聞いている者はいないようだ。

賑やかな店内の喧騒を聞き流しながら、はこちらを見て微笑む男へ真剣な眼差しを向けた。

「・・・どこで聞いたの?」

「すみませんね。さっきチラリと話が聞こえたもので」

言葉とは裏腹にまったく申し訳なさそうな顔をせずにそう言ってのけた男は、何かを企むようにニヤリと口角を上げた。

「で?・・・聖核、探してるんでしょう?」

「そうだって言ったら・・・?」

「教えてあげましょうか、聖核の在り処」

核心に迫った話の内容に、は僅かに眉を寄せる。

上手い話には裏がある。

それはここ最近で、が身をもって学んだ事のひとつだ。

そのせいで今こうしてダングレストにいるのだから、そう簡単に忘れはしないけれど。

「あなた、聖核が何か知ってるの?」

「勿論」

即答で返ってきた言葉に、は更に眉を寄せた。

聖核とは、一体なんなのか。

この2ヶ月でそれを調べて、その正体を知っている者に出逢った事は1度もない。

レイヴンが面倒臭がりながらもユニオン本部の地下に押し込められている古い文献を漁っても、その正体は解らなかった。

では何故、この男がそれを知っているのか。

そう簡単に知る事の出来るものではないはずだ。―――では、一体何故?

「・・・何が目的?」

一番の疑問はそこだ。

聖核を探しているの元に、その情報を持って現れた男。

普通に考えて、何か目的があるに違いない。―――問題は、それが何かなのだけれど。

「いや、さすが。話が早い」

の問いに男は嬉しそうに頬を緩めて、綺麗に折りたたまれた紙をテーブルに置いた。

それに無言で視線を向けて、はそのまま探るように男を見る。

その視線を受けて、男は紙を更にの方へと滑らせた。

「ここに、聖核の在り処が書かれています。お疑いなら、ご自分の目で確かめられては?」

「交換条件をまだ聞いてないわ。情報を貰った後、法外な報酬を要求されたんじゃたまらないもの」

「そんな事はしませんよ。―――なに、少し私に付き合って頂ければ結構です。そんなに難しい事じゃありませんし、先に確認されてはいかがですか?」

そう促され、は自分の前に差し出された紙へと視線を落とす。

この男の話に乗るか、否か。

勿論、その答えはの中ではもう決まっていたけれど。

「・・・聖核ってなんなの?」

は顔を上げることもなく、ジッと紙を見つめながらポツリと小さく問いかける。

それに男は僅かに口角を上げて。

「魔導器(ブラスティア)ですよ。―――特殊な、ね」

「・・・魔導器?」

男の答えに漸く顔を上げたは、見定めるように男をジッと見つめて・・・―――そうしてニヤリと口角を上げると目の前に差し出されていた紙へと手を伸ばした。

「いいわ。その話、乗りましょう」

の出した答えに、男はにっこりと人の良い笑みを浮かべた。

 

 

「あー、疲れた。うー、疲れた。もうおっさんしばらく活字は見たくない」

がっくりと酒場のカウンターに身を委ね、声からも解るほど力尽きた様子でそう愚痴るレイヴンを前に、マスターは困ったように微笑んだ。

「どうしたんだ、レイヴン。随分とお疲れみたいじゃないか」

「そーなのよ。おっさん、朝からずっと文献とにらめっこでさ、もうくたくたよ」

「あんたが真面目に調べ物なんて、珍しい」

「でしょ?だってちゃんが『あんたもサボってばっかいないでちょっとは働いたら?でないとそのうち背後からファイアーボールが飛んでくるかもよ』とか言って脅かすからさぁ」

その時のの常にない笑顔を思い出し、レイヴンはブルリと身を震わせる。

あれは冗談なんかじゃない。―――絶対に、100%本気だった。

とそこまで考えたところで、レイヴンはふと違和感を感じてグルリと視界を巡らせた。

大体この時間に酒場に来ればの姿があるはずなのだけれど、今日に限って声が聞こえないし、酒場の中を見回してみてもの姿はない。

「ねぇ、マスター。ちゃん、知らない?」

もしかするとどこか別の場所で情報を収集しているのかもしれないが、彼女にしてみればこの時間にレイヴンが根を上げて酒場に逃げてくる事くらい予想済な筈だ。

それなのに姿が見えないなんて。

そんなレイヴンの問い掛けに、マスターもまた僅かに眉を上げて。

「う〜ん、ちょっと前まではいたんだけどね。どこ行ったのかな?」

先ほどまでは、日課のように酒場に集まる人間から、ダングレストの裏情報から役に立つのかどうかさえ解らない世間話まで繰り広げていたのだけれど。

そんなマスターの言葉にふ〜んと気のない様子で相槌を打ったレイヴンは、しかし不意に誰かの視線を感じて振り返った。

視線の先には、最近よくと一緒にいるところを見かける男が1人。

確かと同じく情報屋を生業としていた人間だと認識したと同時に、その男は躊躇いがちにカウンターに座るレイヴンに近づいて。

「あの・・・あなたがレイヴンさん、ですよね」

窺うように掛けられた声に、レイヴンは僅かに眉を上げた。

「・・・そーだけど?」

「ああ、良かった。俺も最近ダングレストにきたばかりだから、いまいち自信がなくて。でもと一緒にいる姿はよく見かけてたから、そうじゃないかと思ったんです」

レイヴンの訝しげな眼差しに気付くこともなく、男は心底安心したように息を吐いた。

確かにダングレストにまだ馴染みきっていなければ、見知らぬ人間に声を掛けるのは時として命取りになる事もある。

何せ荒くれ共も少なくはないのだ。―――因縁をつけたと言いがかりを付けられれば、腕っ節に自信がない者ならどうしようもない。

それでも平気で誰にでも声を掛けるの方が例外なのだ。

勿論それは天を射る矢関係者であるレイヴンやドンの後ろ盾がある事も確かだが、彼女自身の度胸も大きな要因だろう。

それはともかくとして、おそらくは意を決して自分に声を掛けてきたであろう男を椅子に座ったままの体勢で見上げて、レイヴンは「それで・・・?」と話を促した。

それに情報屋の男はハッと我に返り、先ほどの安堵した様子とは違う切羽詰った面持ちでまっすぐレイヴンを見つめる。―――そのまっすぐな眼差しは、レイヴンに好感を抱かせた。

「あの、俺よく解らないんですけど・・・―――もしかしたら、の身が危ないかもしれなくて」

ちゃんの身が危ない・・・?」

突拍子もなく告げられた物騒な言葉に、レイヴンは深く眉間に皺を寄せる。

それに男はコクリとしっかり頷いて。

「ちょっと前まで、俺と情報交換してたんです。新参者同士、手を組もうって事になって。それで今日からもらった情報を持って、依頼人のところへ行ったんですが・・・」

そこで一旦言葉を切って、男は困ったように顔を顰める。

「俺の方の仕事は上手く行ったんです。それでにお礼を言おうと思って酒場に戻ってきてみたら、は見たことない男と一緒に連れ立って酒場を出て行く途中で・・・。どこ行くんだって聞いたら、あるものを手に入れに行くんだって」

「あるもの、ね」

、聖核っていうのを探してたんで、それが見つかったのかと思ったんですけど」

不意に漏れた男の言葉に、レイヴンは思わず目を丸くした。

聖核が見つかった?

あの、正体も何も解らないものが?

そんなあっさり見つかるものかと思案し、しかしその情報が本物であるとも限らないと思い直す。―――しかしが直接確認に行くくらいだから、もしかすると本物の可能性は高いのかもしれない。

目の前で言い淀む男をそのままに思案していたレイヴンは、しかし意を決したように口を開いた男の言葉に軽く目を見開いた。

「その男、ランディスって名前らしいんです」

「・・・ランディス、だって?」

「あ、はい。俺は直接は知らないんですが、ちょうど酒場にいた知り合いがそうだって言ってたので・・・」

ランディス。

数年前まで、このダングレストで活動をしていたギルドのボスの男の名前だ。

頼まれればなんでも引き受けるという何でも屋のようなギルドであったが、その活動内容が物騒極まりないものが多く、同じギルドの人間や果ては一般市民にまで被害が及び、その為ドンの手により壊滅に追いやられたという経緯を持っている。

ここ数年はダングレストで姿を見る事もなかったが、まさかまたこの街に戻ってきていたとは・・・。

「で、ちゃんはそいつについて行ったって?」

急に表情の変わったレイヴンに驚きつつも、男はコクリと頷く。

数年前から姿を見なくなった男。

もちろん5ヶ月前にダングレストに来たが、彼の顔を知る筈もない。

問題は、何故男がに近づいたのかだけれど。

ただ本当に、心を入れ替えたランディスが、純粋に仕事をする為にに近づいたのなら問題ない。

しかし、もしそうではなかったら?

ランディスが、自分を追い落としたドンを恨んでいたとしたら?

はまだ駆け出しの情報屋ではあるが、その腕はそれなりに認められてはいるし、ドンのお気に入りという事で顔も知られている。

だとするならば、彼が心を入れ替えた確立と、を盾に何かを企てている確立と、一体どちらが高いだろうか?

それは秤に掛けるまでもない事のように思えた。

その結論に達したレイヴンは、椅子を蹴倒す勢いで立ち上がる。

あまりの勢いにマスターや情報屋の男が目を丸くしているのにも気付かない様子のレイヴンは、その勢いのまま男の腕を掴んで。

がどこに行ったかは知らない?」

「あ、えと・・・」

あまりの剣幕に一瞬恐れを抱いた男は、しかし直後我に返り懐から小さく折りたたまれた紙を差し出した。

「酒場を出て行くとすれ違いざまにこのメモを渡されて・・・。の字じゃないから、多分相手が書いたものだと思うんですけど」

おそらくはここに向かったんじゃないかと・・・―――それを告げる前に、レイヴンは男の持っている紙を引ったくると、普段の彼からは想像できないほど素早い動きで酒場を飛び出していく。

それに目を丸くするも、情報屋の男もつられるようにレイヴンの後を追う。

そんな2人の背中を見送ったマスターは、磨いていたグラスを棚に戻すと心底可笑しいとばかりに口元を緩めた。

レイヴンが向かったのなら、はきっと大丈夫だろう。―――それよりも・・・。

「レイヴンのあんなに慌てた姿なんて初めて見たな」

これはいいネタになるだろう。

に話して聞かせてやれば、果たしてあの飄々とした態度を崩さない少女はどんな反応をすることやら。

それを想像し、マスターは客が不思議そうな顔をするのもそのままに、くつくつと小さくのどを鳴らして笑った。

 

 

!!」

薄暗い森の中に、レイヴンの切羽詰った声が響き渡る。

紙に書かれていた地図の森の奥。

そこにレイヴンが辿り着いた時、全てはもう終わっていた。

「あー、もう。遅いよ、レイヴン」

汗だくになり、激しく肩を上下するほど息が上がりつつも、心配して駆けつけた自分が馬鹿のように思えるほどは普段の彼女と変わりなかった。

てっきり修羅場を想像していたレイヴンは、そのあっけらかんとした声に思わず呆然とその場に立ち尽くす。

それは何もの様子だけが原因ではない。

その最たるものは、の周りで既に意識を失って倒れている男たちの姿だ。

ざっと数えただけでも10人はいるだろう男たちは、小さくうめき声を上げながらも立ち上がる様子はない。―――否、おそらくそれだけの力も残っていないのだろうが。

「・・・ちゃん。あの・・・大丈夫、だったりする?」

「なにが?」

レイヴンの戸惑いが多分に含まれた問い掛けに、ケロリとした表情で問い返す

それを見れば答えは聞かずとも理解できた。

「それよりも、ロビン。あなたも来たの?レイヴンに紙切れ手渡してくれるだけでよかったのに」

そんなの声に振り返れば、自分の後ろには酒場で声を掛けてきた若者の姿がある。

「いや、だってやっぱり心配で・・・」

レイヴンよりも息が上がっているロビンと呼ばれた情報屋の男は、それだけを呟くと力尽きたようにその場に座り込んだ。

そんなの言葉に、レイヴンは改めて紙切れを見る。

確かにロビンから手渡されたその紙切れには、レイヴンに渡すようにという走り書きがある。

おそらくはこれを見て、彼はレイヴンに声を掛けたのだろう。

そこにどんな理由があるのか。―――この光景を見る限り、とても手助けを求めていたとは思えないが・・・。

そんな事を遠い目をして考えていたレイヴンは、しかし倒れていた男が動くのがチラリと視界の端に映り、我に返ったように顔を上げた。

彼女からは死角になっているその男は、手にナイフを持っている。

ちゃん・・・!!」

思わず振り返り、彼女の名前を呼ぶ。―――が、それよりもの行動の方が一瞬早かった。

レイヴンが口を開くと同時に身を翻し、手に持った何かを男の頭へと突きつける。

それに思わず身体を強張らせた男を認めて、はにっこりと微笑んだ。

「頭を吹き飛ばされたくなかったら、ちょっとだけ大人しくしててね」

そう言うが早いか、立ち上がりかけたまま固まった男の腹部に強烈な蹴りを入れる。

軽く吹き飛んだ男は、その後ピクリとも動かず、深い眠りに誘われたかのようだった。

「ったく、か弱い女の子相手にこんな人数集めるなんて、一体何考えてんだか」

どこがか弱い乙女?とは、流石に口に出す勇気はない。

「しかも自分は安全な場所に避難してるなんて、ボス失格じゃないの?」

そう声を上げ、は入り組んだ木々の陰に向かい持っていた武器を突きつける。

それに習って視線を向ければ、生い茂る葉の隙間から1人の男の姿が見えた。

「・・・気付かれましたか。突然の襲撃に恐れをなして逃げ出した・・・ように見せかけたつもりなんですが」

「まぁ、演技力は悪くなかったけど。でもちょっとリアクションがオーバー過ぎたかな。逆に怪しかったから、今度からは気をつけた方がいいよ」

にっこりと笑顔を浮かべながら嫌味を込めてそう告げるに、男・・・―――ランディスもニヤリと口角を上げて見せた。

「次からは気をつけますよ」

「何、次があると思ってんの?」

「それは勿論。こんなところで捕まっては、戻ってきた意味がありませんから。―――それでは、失礼」

そう言い残し、ランディスは素早い動きで身を翻す。

確かに複雑に入り組んだ木々が邪魔をしていて、この距離では追いつく事は難しい。

しかしは慌てる様子もなく、持っていた武器の引き金を引いた。

それと同時に響く破裂音。

しかしその武器から発射されたであろう何かは、ランディスへ当たる事無く近くにあった木の幹に小さな穴を開けただけだった。

「・・・あらら」

そうこうしている間にランディスの姿は完全に消え、漸く捕まえる事が無理だと判断したらしいは困ったように肩を竦めて見せた。

「使い勝手が良さそうだと思ってたけど、長距離だと案外的に当てるのは難しいのね」

しげしげと握った武器を眺めながらしみじみと呟くに、この状況を読みきれていないレイヴンは深いため息を吐き出した。

一体何がどうなってるんだか。

古い文献との格闘を終えて休憩に酒場に行けば、が危険かもしれないなんて聞かされて。

慌てて駆けつけてみれば、よりも彼女を襲った男たちの方が危険に見舞われていて。

しかも自分を呼んだらしいは、レイヴンを放置したまま。

これではレイヴンでなくとも、文句のひとつくらい言いたくなるだろう。

ちゃん、これってどーゆー事よ。あんな男にほいほい付いてって。知らない人についてっちゃいけないって教わらなかったの?」

「だってあいつ、聖核の在り処知ってるって言い切ったのよ。ほっとけないでしょ?」

当然の事のように言い切ったに、レイヴンのため息は尽きない。

「だからってちゃんってば、あんな男の口車にまんまと乗せられちゃって・・・」

「違うわよ。あんな男の口車に乗せられたフリをしてやったのよ」

レイヴンの説教にも顔色ひとつ変える事無く、は当然とばかりにそう言い放つ。

それに思わず眉を寄せるレイヴンを見返して、ひょいと肩を竦めたは苦々しげに言葉を続けた。

「あの男、聖核が魔導器だ、なんて言ったのよ」

馬鹿馬鹿しいと言わんばかりの表情でそう告げるに、レイヴンは僅かに目を丸くして首を傾げる。

「で、ちゃんはそれで嘘だって見抜いたっての?」

「そうよ」

はっきりきっぱり返ってきた答えに、レイヴンは更に眉間に皺を寄せた。

聖核が、魔導器。

確かにそんな名前の魔導器があるなど聞いた事もないが、だからといって聖核という言葉自体聞いた事がないのだから、聖核が魔導器である可能性はゼロではないだろう。

しかしは、聖核が魔導器ではないと確信しているようだ。―――そこに、レイヴンは疑惑を抱いた。

「・・・なんで聖核が魔導器なら嘘だって思ったのよ。ちゃん、もしかして聖核がなんなのか知ってるの?」

いつもとは違い真剣な眼差しで自分を見つめてそう問いかけるレイヴンを見返して、は呆れを隠す事無くため息と共に吐き出す。

「あのねぇ、レイヴン。魔導器は魔導器よ。いくらそれが特殊だからって、聖核なんて呼び方しないと思うのよ」

「いや、でもそういうのもあるんじゃないの〜?」

言い聞かせるように話すに、しかしレイヴンの疑惑は晴れない。

何度も言うが、聖核自体がなんなのか不明なのだ。

その時点で、可能性は無限に広がっていくのではないだろうか。

しかしはそう考えないらしい。

「勿論それだけが理由じゃないわ。それが聖核なんて特別な呼び方をされるくらい特殊な魔導器なら、それを所有してるのは当然帝国のはず。だって魔導器を管理してるのは帝国なんだもの」

「そりゃ、まぁ・・・」

「じゃあ、それが魔導器だったとして。それは武醒魔導器(ボーディブラスティア)?それとも結界魔導器(シルトブラスティア)?もしくはまさかの兵装魔導器(ホブローブラスティア)?どれにしたって、特殊であればあるほど情報が漏れるなんてありえない」

キッパリと言い切られ、レイヴンはなるほどとばかりに頷く。

の言う事も最もだった。

魔導器の管理は、帝国が行っている。

確かにギルドの手によって掘り返されるものもあるが、それが特殊なものなら帝国が黙ってはいないだろうし、そもそもそんな魔導器が埋まっているような未発掘の遺跡ならば帝国がギルドの立ち入りを許すわけがないのだ。

「ドンがどこから聖核なんてものの存在を知って、それを手に入れたがってるのかは知らないけど、ユニオントップの男ならいざ知らず、そこらの情報屋が手に出来るような情報じゃないわ。―――現に騎士隊長様もご存知ないようですし」

「・・・ま、確かにそうだわね」

これもまた、の言う通り。

その特殊な魔導器を帝国が手に入れたとして、騎士隊長であるシュヴァーンの耳にまったく入らないなど考えられない。

確かにシュヴァーンは各地を放浪している為、帝都ザーフィアスにいる時間はかなり少ないが、それとこれとは話が別だ。

仮にも騎士隊長主席である彼の耳に、そんな重要な情報が届かないはずがない。

「だとすると、聖核が魔導器である可能性は限りなく低い。それなのにあの男は聖核を魔導器だと言い切り、それを交換条件に話を持ちかけてきた。―――考えるまでもなく怪しいでしょう?」

の話は筋が通っている。

まだまだ若いと思っていたけれど、意外に侮れない相手だとレイヴンは認識を改めた。―――まぁ、だからこそ連れ歩いているのだけれど。

「だから私はその話に乗ったフリをしたの。一体どういうつもりで私に声をかけてきたのか、それを知るのも一興かと思って」

ちゃん・・・」

先ほどまでの真剣な表情とは違い、楽しそうにそう告げるに、レイヴンは思わずがっくりと肩を落とした。

確かに気にはなるけれど、だからといってたった1人でなど危険過ぎる。

今回は事なきを得たが、毎回そうだとは限らないのだ。―――出来る限り、自ら危険に飛び込むようなマネはして欲しくないのだけれど。

そんなレイヴンの心境を読み取ったらしいは、けれど反省するどころか悪戯っぽい笑みを浮かべて。

「だってさ、聖核の情報集めるったって早々簡単にはいかないし。長期戦になるのは覚悟の上だけどちょっとストレス溜まっちゃってさ」

「だからって自ら危険に飛び込むかね、普通」

「どっちにしたって男が悪巧みしてるのは解りきった事なんだから、成敗したってどこからも文句出ないでしょ?それにどんな理由があって私に声をかけてきたのか興味があったし」

なんだかんだと言ってはいるが、がランディスの話に乗った理由の大部分がそこにあるような気がして、レイヴンは諦めたようにため息を吐き出した。

「・・・はぁ。情報屋の職業病かね」

「そうかもね」

多少の嫌味を込めてそう呟くも、に気にした様子は微塵もない。

これは今後しっかりと見ておかないと、また同じような事をしでかしそうだ。

はその危険性を深い意味で捉えてはいないようだが、ランディスという男が絡んできた時点でそう楽観視もしていられない。

あの男がかつて闇の商売を生業としていたギルドのボスであり、そしてドンによって全てを奪われたという事は、しっかりと説明しておかなければならないだろう。

先ほどの彼の言葉から諦めた様子はなかったし、これからもがレイヴンと共にいるという事は、天を射る矢とも関係が続くという事なのだから、今後また狙われないとも限らない。

まぁ、この状況を見る限りに限って捕まるようなヘマをする事はないだろうし、実力行使に出られたとしても早々遅れはとらないだろうが。

そこまで考えて、レイヴンはもう1度深くため息を吐く。

この少女と共にいるようになってから、なんだか騒動が増えたような気がする。

おそらくそれは真実なのだろう。

これまでのらりくらり、自由気ままに・・・―――けれど静かな時間が流れていたレイヴンの世界に、明るく鮮明な、賑やかな風を吹き込んだのはだ。

そして表面上は面倒臭そうな顔をしつつも、それを楽しんでいるのも事実。

今までの自分には遠かった世界。

それは手に入れてみれば、意外と楽しく、心踊るものだったから。

けれどレイヴンはそれを口にするつもりはなかった。―――そんな事、自分のキャラには合わない。

だからこそレイヴンは話を変えるべく、気になっていたもうひとつの疑問へと矛先を向けた。

「ところでちゃん、その武器どしたの?そこらで売ってるもんじゃなさそうだけど」

視線をの手元へ移しそう問いかければ、それに気付いたは握っていた筒状の武器を器用にくるくると回して見せて。

「ああ、これ?これは変な喋り方した男に売ってもらったのよ」

表情を楽しそうなそれへと一変させて、自慢げに笑ったのその言葉に、レイヴンは嫌な予感に頬を引きつらせる。

「変な喋り方の男・・・?」

どうか自分の気のせいであってほしいと頭の中で考えつつそう問い返せば、は何かを思案するように小さくため息を吐いた。

「そ。ほら、私って近距離の蹴りか、遠距離なら魔術しか戦う手段がないじゃない?それってちょっと心もとない気がするっていうかさ」

「・・・いや、あのえげつない蹴りと魔術のオンパレードで十分だと思うけど」

「馬鹿ね、レイヴン。あんたには向上心ってもんがないの?」

あっさりと言い返され、レイヴンはがっくりと肩を落とす。

ちゃん、何気に戦うの好きよね。もっと大人しい子かと思ってたわ」

「そりゃお生憎様」

「それ駆使すればおっさんに捕まる事もなかったんじゃないの?」

「平和主義なのよ、見た目どおり」

ちゃっかり武器を手にしたまま言われても、残念ながら説得力がない。

確かに見た目だけで言えば戦いなど無縁に見えるのは確かだけれど、そんな認識で近づけば痛い目に合うのは半年ほど共にいたレイヴンには痛いほど解っていた。

何せダングレストに来るまでの間、魔物に襲われれば魔術をぶっ放し、囲まれれば得意の蹴り技で蹴散らし・・・―――まさかここまで戦闘に長けているとは思ってもいなかった。

それをそのまま口にしたレイヴンに、「情報屋も体力勝負の時代なのよ」とは笑ったけれど。

どこか遠い目をしてそう遠くはない過去を思い出すレイヴンをそのままに、は新しい玩具を見るような眼差しで手の中の武器を見つめた。

「でまぁ、そんな感じで武器を見に行ったの。出来ればおっさんみたいに遠距離から攻撃できるようなものないかなって。弓も考えたんだけど、すぐには扱えなさそうだし。―――そしたら・・・」

『オー、そこのビューティフルガール。武器をお探しですか〜?』

「・・・って声かけられてさ」

「・・・・・・へぇ」

聞けば聞くほど、嫌な予感が確信に変わっていくような気がする。

勿論、彼女の持つ『銃』と呼ばれる特殊な武器を見た時点で、あらかた覚悟はしていたが。

あまり深く関わらない方がいい相手ではあるが、向こうから声をかけてきたのでは仕方がない。

相手がどういうつもりでに声をかけたのかは解らないが、今のところはそれ以上の関わりはないらしい事実に満足するしかないだろう。

後でよく言い聞かせておかなければならないが。

「さてと、それじゃあらかた説明も済んだところで・・・」

に説明をしておかなければならない事、言い含めておかなければならない事で頭がいっぱいだったレイヴンは、そんなの言葉に顔を上げた。

視線に先には、満面の笑みを浮かべるの姿。

それに先ほど感じたものとは違う種類の嫌な予感を感じ取り頬を引きつらせるレイヴンに、は容赦ない言葉を放った。

「この男たち、街まで運んでくれる?色々聞きだす必要があるでしょ?」

「・・・それって、おっさんが?」

聞くまでもなく解りきった問い掛けに、は更に笑みを深くして。

「当然でしょ。一体ここに何しにきたの、レイヴン」

今漸く、が自分を呼んだ理由が解った。

偶然とはいえ、ロビンもいて助かったわね。

そう笑顔で告げるに、座り込んでいたロビンがげんなりとした表情を浮かべながらため息を吐くのを横目に、レイヴンはただ引き攣った笑みを浮かべるのが精一杯だった。

 

 

情報屋として

ちゃん、これ以上強くなったらお嫁の貰い手なくなるんじゃない?)

(あら、こんなところにいい的が)

(危ない!危ないって、マジで!!)


さりげなく、例の男と遭遇。

こうして彼女は着実に強くなっていくのです。(笑)

作成日 2009.12.9

更新日 2010.8.22

 

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