ガン!と一気に飲み干したグラスをカウンターに叩きつけるように置いて、は据わった目でマスターへと視線を向けると、不機嫌さを隠そうともしない低い声色でたった一言呟いた。

「おかわり」

その尋常ではない様子に悪寒が走るが、マスターは意を決して恐る恐る口を開く。

、今日はもう帰った方が・・・」

「おかわり!」

全て言い切る前に強い口調ではねつけられ、マスターは諦めたように空になったグラスへと手を伸ばす。

こんな様子のを止められる人間などいない。―――否、たった1人だけ心当たりはあるのだけれど。

そうして言われるがまま新たな酒を注ぎながら、そんな人物の顔を思い出しつつ、マスターはそっとため息を吐き出した。

レイヴンは一体どこで何をしているのだ、と。

 

 

カラン、と酒場の扉のベルが軽やかな音を立てた。

それと同時に、その場にいた全ての客が扉へと振り返る。―――が、そこに立っていた男の姿が望むものではなかったと知り、全員が落胆したようにそれぞれのテーブルへと視線を戻した。

そんな一種異様な光景に思わず固まったロビンは、一体なんなんだと心の中で呟きながらも店内を見回して。

そうして目的の人物の姿を見つけてパッと笑顔を浮かべたロビンは、何の躊躇いもなく彼女へと声をかけた。

「あ、いたいた!おい、・・・」

しかしその直後、ロビンは声をかけた事をすぐさま後悔する事になる。

「・・・なに?」

低い声で唸るように返事を返したは、据わった目を自分を呼んだロビンへと向ける。―――それは向けるというよりも、まるで睨みつけているように見えた。

この時漸く、ロビンは酒場の雰囲気がいつもと違う事に気付いたのだ。

いつもは大声を出さないと会話できないくらい賑わっているというのに、今日はどことなく空気が沈んでいる気がする。

客たちの話す声が、どこか妙にわざとめいて聞こえるのだ。

なんだか、妙に必死に会話をしているように見える。

そんな感想を抱きながら、ロビンは僅かに頬を引き攣らせながらも自分を睨みつけるの元へと足を踏み出した。

「・・・よお、

「だから、なに?用事がないなら他所行って。私今めちゃくちゃ機嫌悪いの」

まるで取り付く島もないとはこの事である。

彼女の機嫌が悪い事など、考えなくても見ただけで解る。

その機嫌の悪さが、酒場の空気を重くしているのだろう。―――そこまで考えて、ロビンは何故客たちが必死に会話をしようとしているのかを察した。

皆が黙ってしまえば、酒場の中は静まり返ってしまうだろう。

今のこの状況だけでも居たたまれないというのに、そこに静寂が加われば針のむしろである。

だからこそ客たちは必死に、会話をする努力をしていると・・・。

そこまでして酒場にいる必要はないのではないかと思いながらも、ロビンは疑問のひとつの答えが見つかった事に満足して頷いた。―――だからといって、この状況が改善されたわけではないけれど。

それにしたって、はどうしてこんなにも機嫌が悪いのだろう。

今まで彼女がこんなにも機嫌を損ねているところなど見た事がない。―――いつもなんだかんだと言っているが、思っている以上にの心は広いのだ。

、隣いいか?」

「好きにしたら?」

素っ気無い返答に苦笑しつつも、ロビンはの隣に腰を下ろす。

それを見ていた酒場の客たちは、ロビンの勇気ある行動に心の中で拍手を送った。―――何かあった時には一番に被害を受ける事になるであろう彼へと。

「・・・・・・」

とりあえず隣に座ったはいいものの、ロビンは困ったように視線を泳がせた。

いつもならばの方から何かと話題を振ってくれるというのに、今日は会話をする気もないらしい。

チラリとマスターに視線を向ければ、彼も困りきったように肩を竦めている。

さて、どうしたものか・・・とロビンが頭を悩ませていると、少しは会話をする気になったのか、はチラリとロビンへと視線を投げ掛けて。

「・・・で?」

「え、何が?」

「何か話があったから私のとこに来たんでしょ。何の話?」

短く用件だけの会話ではあるけれど、からの問い掛けに、ロビンは皆が思っているよりも彼女は冷静さを失っていないのではないかとそう思う。

それでもこの態度なのだから、何が原因かは解らないがの怒りは相当なものなのだろう。

「・・・ロビン?」

そんな事を考えていたロビンは、少し苛立ったように自分の名を呼ぶに気付き、慌てて我に返った。

これ以上、彼女の機嫌を損ねるような事はしたくない。―――それは直接、自分の身の危険にも繋がっているからだ。

「あ、ああ。実はお前の知りたがってた情報なんだけどさ、新しいの仕入れて・・・」

「もう、いい。もう必要ないから」

気を取り直して口を開いたロビンだったが、しかしそれは素っ気無いの声に遮られた。

「え、もういいのか?」

「ええ、いらない」

驚いて問い返すも、キッパリと否定の言葉が返ってくる。

それに呆気にとられながらも、ロビンは僅かに肩を落として落胆した。

「・・・そうなのか、折角手に入れたのになぁ」

とは情報交換をする間柄とは言っても、大抵有益な情報を提供してもらっているのはロビンの方で。

ダングレストで情報屋として軌道に乗ってきたは、自分が欲しい情報は自分でちゃんと手に入れられる。

彼女が望んで手に入れられない情報といえば、それがなんなのかも解っていない聖核くらいなもので。

そんな正体不明なものの情報などロビンが持ち合わせているわけもなく、だからこそ今回はの力になれるかもしれないと張り切って情報を集めたというのに、それももうには必要ないらしい。

折角、ちょっとは返せるかと思ったのに。

心の内で呟いて、重いため息をひとつ吐き出す。―――ちょうどその時、隣に座っていたが様子を窺うようにチラリと自分を見た事に気付いた。

「・・・どんな情報?」

ポツリと小さな声でかけられた問いに、ロビンは驚いたように目を瞠る。

「もう必要なかったんじゃないのか?」

「一応、聞いとく」

既に視線を正面へと戻して短い言葉でそう言ったを見つめて、ロビンは困ったように笑った。

どうやら気を遣わせてしまったらしい。

自分はそれほどまでに落胆したように見えたのだろうか?―――まぁ、あながち勘違いではないが。

やはりは思ったよりも冷静さを失っていない。

こうして相手を気遣えるのだから。

それに少し申し訳ない気がしつつも、折角のの促しを断るのも気が引けて、ロビンは彼女の気遣いに気付いていないフリをしつつ小さく頷いた。

「ま、いいけど。―――お前が知りたがってたケーブ・モック大森林の事だけどさ、あそこに行くのは今は止めといた方がいいぞ」

ロビンの言葉に、正面を向いていたが彼へと視線を向ける。

「どういう意味?」

「なんでも、今あの森で魔物が凶暴化してるらしいんだよ。原因は解らんが、ちょっと前に森の傍通った奴が、命からがら逃げてきたって」

「魔物の・・・凶暴化?」

にわかには信じられないが、聞いた話によるとそうらしいのだ。

現にその情報を仕入れた街の警備に当たっている者たちも警戒している。

まだこの街まで被害は届いていないが、長引くとなるとそうも言っていられない。―――用心はしておくに越した事はないだろう。

そう話して、ロビンはぼんやりと何かを考えているらしいを見やった。

「なんか訳ありみたいだけどよ、もうしばらく待てばそのうち魔物も大人しくなるかもしれねぇし、それからでもいいんじゃないか?今行くのは自殺行為だぞ」

確かには情報屋にしておくにはもったいないほど強い。

しかしケーブ・モック大森林は広く、魔物の数も決して少ないとはいえないのだ。

それだけの魔物が凶暴化しているとなれば、いくらといえども足を踏み入れれば無事に済むとは限らない。

が何の為にケーブ・モック大森林の情報を求めたのかは解らないが、今でなければならない理由がないのであれば、少し様子を見た方が無難だろう。

そう告げるロビンに、しかしはハッと息を飲み、椅子を倒す勢いで立ち上がるとポケットから無造作にガルドを取り出し、その時間すら惜しいと言わんばかりにカウンターに叩きつけた。

「・・・ごめん、用事思い出した!」

「あ、おい。!!」

そうして混雑する店内を掻き分けるように走り出したへロビンが慌てて声をかけるも、彼女は1度も振り返る事無く酒場を飛び出していった。

その背中を見送って、ロビンは困ったように眉を寄せると、カウンター越しにこちらを見ているマスターへ視線を向けて僅かに首を傾げる。

「・・・大丈夫か、のやつ。あんなに酒飲んでて急に走ったりして」

この状況で出てくる疑問はそれなのか。

そう言いたげに苦笑したマスターは、の残したグラスを片付けつつ口を開いた。

「大丈夫だよ。はお酒に強いし。それに途中からはお酒じゃなくてジュースにしておいたから」

「・・・は?」

呆気にとられたように目を丸くするロビンに向かい、マスターは悪戯っぽく片目を瞑る。

そんな様子を見ていたロビンは、呆れたようにため息を吐き出した。

「なんだよ、あいつ気付かなかったのか?」

「いや、気付いてたと思うよ、流石にね。でもまぁ・・・」

そこまで言って、マスターはが飛び出していった扉を見やる。

「そこまで我を忘れてなかったって事じゃないかな。怒ってはいたけど、もしかすると何か思うところがあったのかも」

「あいつ、なんで怒ってたの?」

「さぁね。でもまぁ、があんなにも怒るっていったら、レイヴン絡み以外考えられないけど」

が怒りを漲らせて酒場に来たのは、一揉めしてレイヴンと共に酒場を出て行った後だ。―――その時に何かあったのだろうと、マスターは当たりをつけていた。

「後は2人の問題だ。レイヴンなら、どうにかするだろう」

「・・・はぁ。人騒がせなやつだな、あいつも」

どこか確信的に話すマスターに、ロビンは脱力したようにそう呟いて。

そうして2人はお互い顔を見合わせて、困ったやつらだとでもいうように小さく笑った。

 

 

酒場を飛び出したは、ユニオン本部へ向かっていた。

そうしてそこの一番奥。―――このユニオンを纏める男の部屋へと辿り着いたは、ノックをするのももどかしいとばかりに勢いよくその部屋の扉を押し開けて。

「ドン!!」

勢いのままに大きな声でその名前を呼べば、部屋の主は突然のの訪問に僅かに目を瞠りながらも、特別慌てた様子もなく口を開いた。

「どうした嬢ちゃん、血相変えて」

流石はドン=ホワイトホース。

これくらいの事では動じないらしい。

そんなドンへ向けて、は問いに答えることもなく荒い息のまま声を張り上げた。

「レイヴンは!?」

そのの様子に、ドンは僅かに眉を寄せる。

これまで少なからずと関わり、彼女が見た目よりも肝が据わっている事は十分理解している。

どんな不利な状況でも、まるでなんでもない事のように振舞う。

それが、どうだろう。―――今のの、この慌てようは。

ドンがこんなにも慌てているを見たのは初めてだった。

そんな僅かな驚きを顔に出す事もなく、ドンはからの問いに首を傾げて。

「あぁ?レイヴンならもうとっくに街を出たぞ。てっきり一緒に行ったと思ってたんだがなぁ」

「・・・・・・っ!!」

ドンの答えに、は思わず息を飲む。

確かに少し前にここに顔を出したのはレイヴン1人だったが、当然は一緒にいるものだと思っていた。

レイヴンがを連れてダングレストに来てから、早1年。

お互い反発しあいながらも、2人はいつも一緒にいた。

は弱味を握られているとこっそりドンに零していたけれど、本当は理由はそれだけではないのだと思っている。

まず、弱味を握られて渋々一緒にいる人間は、あんな輝くような笑顔は見せない。

なんだかんだ言いながらも、はレイヴンと一緒にいる時間を楽しんでいるのだろう事は傍目から見てすぐに解った。―――そしてそれは、レイヴンも同様で。

いつも飄々として掴みどころがなく、何にも執着せず、自分すらもどこか軽んじているように見えていたレイヴンが、といる事で生き生きして見えた。

と共にいて笑っているレイヴンを見たドンは、彼の本当の笑顔を見た気がした。

2人はきっと、お互いに足りないものを補い合っているのだろう。

それが何かは解らなかったけれど、漠然とそう思った。

しかし先ほど街を出て行ったレイヴンは、どうやら1人だったようだ。

がこんなにも慌てて駆け込んでくるくらいなのだから、おそらく知らされていなかったのだろう。

レイヴンの意図が解らず、ドンは僅かに眉を寄せた。―――何故に黙って行くのか、その理由が解らないからだ。

そしてがどうしてこんなに慌てているのかも。

「どうした?」

だからこそ疑問を口にしたドンに、しかしは何かを躊躇うようにギュッと唇を噛み締めて。

「・・・なんでもない」

そう言って踵を返すと、迷いのない足取りで扉へと向かう。

「おい、嬢ちゃん!」

訳が解らず声をかけるが、はチラリとも振り返らない。

一体何があったというのか。

しかしその問いに答えてくれる者はいない。―――どうやらにその気はないようだ。

「・・・なんだってんだ?」

思わず漏れた呟きと共に、先ほどとは違いゆっくりと扉が閉ざされた。

 

 

ドンに背を向け、1度も振り返る事無く部屋を後にしたは、無言で足を進めるとユニオン本部を出た。

そのまま広場まで歩き続け、何かに迷うように立ち止まると、小さく息を吐く。

あの言い争いの後、レイヴンはすぐに街を出たのだろう。

おそらく目的地はケーブ・モック大森林に違いない。

元々はの都合で明日出発するはずだったのだけれど、がいない今それに合わせる必要もなくなったという事か。

もしかするとそうかもしれないと思ったからこそ慌ててレイヴンの所在の確認をしたのだけれど、ドンの部屋から出て少し冷静さを取り戻したは、ここ数時間で起こった出来事を改めて思い出す。

情報収集の為にと酔っ払いに付き合った事。

それにレイヴンが割り込み、にとっては信じられないような発言をした事。

が怒っても、レイヴンは否定も何もしなかった。―――謝罪すらも。

あの時、レイヴンがいつものように「ごめん、ごめん」と軽く笑っていれば、は果たして彼を赦したのだろうか。

考えてみるけれど、答えは出なかった。―――現実には、そうならなかったのだから。

そしてレイヴンは今、1人でケーブ・モック大森林に向かっている。

そこで魔物が凶暴化しているとも知らずに。

「・・・・・・」

は考える。

確かにレイヴンは強い。

普段の態度からそうは見えなくても、彼の腕に間違いはない。―――それはドンの右腕と言われている事からも、また帝国騎士団の隊長主席を務めている事からも明白だ。

しかしたった1人で魔物が凶暴化した森へ行き、果たして無事に戻ってこれるだろうか。

「・・・・・・っ」

そこまで考えて、は考えを振り払うかのように頭を振った。

レイヴンとは、もう訣別したのだ。

これから自分がどうなるかは解らないが、もしここでレイヴンに何かあっても自分はまったく困りはしない。―――それこそ、このまま逃げ切れてラッキーなのではないか?

「・・・そうよ、私にはもう関係ない」

まるで自分に言い聞かせるようにそう呟くと、全てを振り払うように颯爽と踵を返した。

 

 

無関係の証明


ヴェスペリアキャラが、ドンしか出てない!(がっくり)

これをヴェスペリア夢と言っていいのかどうか・・・。(笑)

作成日 2009.12.19

更新日 2011.1.9

 

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