「・・・なんでこんな事になったんだっけ?」

目の前に悠然と佇むいかにもな雰囲気を漂わせた屋敷を見上げて、アニスは僅かに頬を引き攣らせながら、現実逃避さながらにポツリと呟く。

怖いわけではない。―――怖いわけではないが、しかし・・・!

それでも、自ら進んで足を踏み入れたいと思うような場所ではない事も確かで。

くそー、それもこれも全部根暗ッタのせいだ!ちくしょう、あの子どうしてくれよう!と心の中で悪態をつきながらもこの状況を利用しない手はないと思い直し、アニスはパッと気持ちを切り替えてすぐ側に立つルークの腕へと縋り付いた。

「きゃあ!ルーク様ぁ、アニス怖い!」

やっぱりヒロインはか弱いが王道よね、とかなんとか思考を巡らせつつ、放すものかとばかりにルークの腕に強く身体を引っ付ける。

そんなアニスの一連の動作を余すところなく目撃していたとガイは、揃って顔を見合わせて。

「アニスはいつも忙しそう」

「・・・女って怖ぇ」

それぞれ感想を述べてから、改めて不気味な雰囲気漂う屋敷を見上げてため息を吐き出した。

 

そして彼女は途方に暮れる

〜前編〜

 

ところで、何故バチカルを目指していた一行がこんな寂れた屋敷の前に立っているのか・・・―――それを説明するには、ほんの少し時間を遡らなければならない。

カイツールでヴァンと再会し、激昂するティアを何とか宥めてヴァンから旅券を受け取った一行は、すぐさまバチカルへ向かうべくカイツールの軍港へと向かった。

そこまでは良かった。―――色々あったこの旅路も、少しは順調さを取り戻してきたかもしれないとそう思えた。

それもまぁ、ほんの僅かの時間でしかなかったけれど。

カイツールの軍港についてすぐ、港の方が騒がしい事に気付いて慌ててそちらへ向かってみると、何故か港に停泊していた船は炎上していた。

その原因は、フーブラス川で待ち伏せに合い、そうしてそこでその命を見逃したアリエッタがモンスターを率いて攻めてきたのだという。

彼女の目的はイオンとルーク。

カイツールの軍港のほど近くにあるコーラル城に来るように要求し、その上船の修理が出来る整備士を人質にとって逃亡。

生憎と他の整備士たちは訓練に出ていて不在。―――彼らが戻ってくるまでおとなしく待つか、それとも危険を承知で捕らえられた整備士たちの救出に向かうか・・・。

どちらにしても足止めを食らってしまった事には違いない。

そしてこの状況で、名指しで要求されたイオンが黙っているはずもなく。

ヴァンの反対を押し切って、彼に何も言わぬまま、一行は一路コーラル城を目指したのである。

そうして、話は冒頭に戻る。

「ここが俺の発見された場所?・・・ぼろぼろじゃん」

目の前に聳え立つ屋敷を見上げ、おまけに腕にアニスをぶら下げたまま、感慨も何もない様子でルークが素直な感想を吐いた。

ここはファブレ家の別荘だという話だったが、随分前から放置されていたらしく、その屋敷本来の立派さなどは微塵もない。

塀はあちこちがぼろぼろに崩れていたし、屋敷にはおあつらえ向きにうねるような蔦が絡み付いていた。―――まさに幽霊屋敷を体現したかのような出で立ちに、全員の士気もかなり落ちてしまっている。

「どうだ、何か思い出さないか?誘拐された時の事とか・・・」

「まーったく思い出せねぇ。ま、俺は別に昔の記憶なんてどーでもいいけどな」

ガイの心配を他所にあっさりとそう言い放つルーク。

普通は気になるものだと思うのだけれど・・・と隣で大人しく話を聞いていたアニスは思ったが、そこはそれ。―――アニスは記憶を失った事がないのでなんとも言えないが。

「ルーク様、ほんとに全然気にならないんですか?」

「べっつに。昔の俺になんて興味ねーもん。大切なのは今だろ、今」

確かにその通りなのだけれど、それとこれとは少し違う気もする。

まぁ、本人が気にならないと言っているのだから別にアニスとしては構わないのだけれど。

それでもなんとなく綺麗さっぱり納得できず、アニスは同じようにぼんやりと屋敷を見上げているへと視線を向けた。

「ねぇ、はどう思う?私だったら気になると思うんだけど・・・」

「・・・私はルークと一緒で、特に気にならなかったけど」

「ふ〜ん・・・、そういうもんなのか・・・な・・・?」

軽くした問い掛けにあっさりと返ってきた答え。

本来なら特に気にする会話ではないのだけれど・・・―――それでも今何か、とても重要な事が聞こえたような・・・。

「・・・ねぇ、。今なんて言ったの?」

もう一度聞いていい?とそう続けて言えば、は不思議そうな面持ちで首を傾げ、それでも素直に先ほどと同じ返事をもう一度する。

「私はルークと一緒で、特に気にならなかった」

「・・・え?あの・・・ちょっと待って。え〜っと・・・確認したい事があるんだけど」

「・・・なに?」

思わず頭を抱え込んでしまったアニスを他所に、不思議そうに首を傾げる

そんな2人の奇妙な様子に気付いたガイとルークも、何事かと2人の会話に耳を傾ける。

「あの・・・。その言い方だと、まるでも記憶がない・・・みたいに聞こえるんだけど」

の事だ。きっと何も考えずに、ルークと自分を重ね合わせて感想を言ったに違いない。―――心の隅で自分自身にそう言い聞かせながらも、恐る恐るそう問い掛けたアニスに対して、しかしは不思議そうな面持ちを崩す事もなく、再びあっさりと口を開いた。

「そんな事ない。ちゃんと記憶はある」

「そ、そうだよね!あー、びっくりした」

「えっと・・・7歳くらいからなら」

「そうだよね。7歳くらいから・・・って!!」

それって今してる質問の答えになってないじゃん!と思わず突っ込みを入れて、アニスは平然とした様子のを呆然と見上げる。

7歳くらいからしか記憶がないという事は、それはおそらくルークと同じ・・・。

「・・・大佐ぁ!!」

とうとうアニスは白旗を揚げて、ジェイドへと助けを求める。

を相手に説明を求めても、綺麗さっぱり疑問を解決できるような返答が返ってくるとは思えなかったからだ。

「なんですか、アニス。急に大きな声を出して・・・」

「大佐!なんか・・・なんかが変な事言ってるんですけど!!」

「彼女が変なのは元からだと思いますが・・・」

何気にすごい発言だな・・・と、傍で静観していたガイは心の中で呟く。

「そうじゃなくて!なんか、7歳以前の記憶がない・・・みたいな事言ってるんですけど!」

アニスの悲痛な訴えに、ジェイドはチラリとを見やる。

しかし話題の渦中にある筈の当の本人は、まるで他人事のようにアニスとジェイドを見て首を傾げている。

そんなを見て小さくため息を吐き出したジェイドは、やれやれとばかりに肩を竦めながら口を開いた。

「そうですよ。は7歳以前の記憶がありません。―――推定、ですが」

記憶を失っていた為、本当の年齢は知りようがない。

成長度合いなどから計算して、おそらく7歳ほどだろうと判断された結果なのだ。

「え!ほんとにって記憶障害なの!?それって何でですか?」

「解りません。彼女を拾った時期は戦争も盛んだった頃ですし、もしかするとその辺が関係しているのかもしれませんが・・・」

ジェイドの説明に、その場にいた全員がへと視線を向ける。

「・・・へぇ、も記憶障害なのか」

まさかそんな境遇の人間がその辺にごろごろしていると思ってもいなかったルークが、珍しさ半分親近感半分でそう呟く。

「それで、何ではマルクト軍にいるんですか?」

「それに家って言えば、マルクトでも有名な名家だろう?確か今はほとんど廃れかけてるって話だったが・・・」

「・・・よく知ってますねぇ、ガイ」

「・・・有名だからな、マルクトのって言えば」

探るように問い返せば、ガイは何かを誤魔化すようにそう言って視線を逸らす。

確かにガイの言う通りではあるのだけれど・・・―――セントビナーでの事といい、なにやらいわく付きの匂いがしないでもないが。

ともかくそれについての言及は置いておいて、ジェイドは仕方がないとばかりにため息を吐き出し、すっかり傍観者となっている渦中の人物の代わりに説明を始めた。―――ともかくこの場を収めない事には、話が先に進まないと思ったからだが。

「私の遠征中、偶然に彼女を発見し保護しました。そのまま成り行きで彼女を引き取る事になり、私が彼女を育てました。―――まぁ、生活の面では私というよりはカーティス家に仕えるメイドたちが、ですが・・・」

「・・・へ、へぇ」

「その関係で軍に出入りする事が多くなり、彼女の譜術の才能を見抜いた軍の上層部が彼女を訓練し、そうして軍へ入る事になったのです。―――説明は以上ですが、これで満足ですか?」

寧ろジェイドに育てられて、どうしてこんなにまっすぐに・・・というよりもぼんやりとした人間に育ったのかの方が疑問だったが、その辺は説明してくれそうにない。

もっとも、そんな事はジェイドに聞いても解らないのだろうが・・・。

無言を肯定と取ったのか、ジェイドは畳み掛けるようにこの話は終わりだと無言で切り捨てて、改めて寂れた屋敷へと視線を向ける。

「それでは、時間も惜しい事ですし・・・ちゃっちゃと終わらせましょうか」

「はぁ〜い・・・」

何処か有無を言わせない雰囲気のジェイドに、全員はそれ以上口を挟む事も出来ず、素直な返事を返すしかなかった。

 

 

コーラル城に足を踏み入れた一行は、その荒れように全員が表情を歪める。

まさに幽霊屋敷と呼ぶにふさわしいと思えるその場所は、こんな事情でもなければ絶対に足を踏み入れたくはない場所に違いない。

今にも何処かから何かが飛び出してきそうで、いっそ今すぐ引き返したい衝動に駆られる。

「どうやら放置されていた間に、魔物が棲み付いてしまったようですね。いつどこで襲われるか解りませんので、固まって歩きましょう。―――くれぐれも先走ったりしないように」

城の中を見回しながらそう注意を促すジェイドの声に、その場にいた全員が隠す事もなくルークへと視線を向ける。

勿論それに気付かないはずもなく、名指しではないはずなのに自分だけが注意されたような気がして、不機嫌そうな面持ちで全員を睨み返した。

「って、なんで俺を見るんだよ!!」

「・・・だってなぁ」

「貴方が一番やりそうなんだもの」

反論しつつも、返ってきた言葉はなんとも冷たいものだった。―――ティアだけならばともかく、ガイにまでそう思われていた事に、ルークの機嫌は一気に下降する。

しかしそんなルークを気にするでもなくさらりと流して、ジェイドは今度はへと視線を向けて、しっかりと彼女を見据えながら言い含めるように口を開いた。

「そうそう、それに。貴女の場合は、興味を惹かれたからといって立ち止まったり、ふらふらと勝手に歩き回ったりしないように。なんならアニスと手をつないでいても構いませんが」

隣に立つアニスへと視線を向けて、ジェイドはそう提案する。

本音を言うならば、どこから魔物が襲ってくるか解らない状況で手など繋がれていては戦闘に支障をきたす恐れもあるため歓迎できないが、それでもが迷子になってしまうよりは幾分もマシだ。

街の中ならまだしも、こんな何があるか解らない幽霊屋敷で迷子になられた日には、彼女を保護するのも簡単ではない。

しかしそんなジェイドの言葉が、に対して過保護すぎると取られたのだろう。

苦笑とも取れるような微妙な笑みを浮かべて、ガイは宥めるようにジェイドへと視線を送った。

「・・・ジェイド。だって子供じゃないんだから」

「では貴方が彼女の面倒を見てくれますか、ガイ?言っておきますが、彼女の方向音痴は尋常ではありませんよ。一本道でさえ、彼女に掛かれば迷子になるに不足はありませんから」

一本道でさえ・・・―――ジェイドのそのセリフに、アニスとガイは顔を見合わせて頬を引き攣らせる。

それは言い過ぎではないかと思いつつ、の方向音痴さを知っているだけに否定できないところが更に痛かったが・・・。

「ともかく、これ以上の厄介事は御免ですから。自分の面倒は自分で見てくださいね。―――それでは行きましょうか」

ジェイドの身も蓋もない発言にそれぞれがそれぞれ反応を示しながらも、あまり悠長にしている時間がないと思い直して、幽霊屋敷さながらのコーラル城内部を進んでいく。

アリエッタに連れ去られた整備士たちの身が心配だ。―――いつまでもイオンとルークが来なければ、強硬手段に出てしまうかもしれない。

そうしてどれほど歩き続けたのだろうか。―――古くなりあちらこちら崩れた屋敷内に苦戦しつつも、何とか進める場所を見付けて前進していた一行は、ふいに広い空間に出た事に気付いて不思議そうに辺りを見回した。

「・・・なんだ、ここ?」

様子を窺いながら、ルークが訝しげに呟く。

先ほどまでとは違う、どこか異様な雰囲気。

もっとも、隠し扉のようなところから入らなければならないような場所など、怪しい以外の何物でもなかったけれど・・・。―――何故公爵家の別荘にこんな場所があるのか、深読みすれば深読みするだけ、嫌な予測しか出てきそうにないが。

そうして地下へと続いているだろう階段を下りていけば、そこにはまた更に異様な光景が待っていた。

天井まで届くかと思うほど巨大な装置。

何をするものなのかは検討もつかないが、その装置が一般常識的に考えて異常な物である事くらいはルークにも察する事が出来た。

「この装置は・・・」

「大佐、何か知ってるんですか?」

「いえ、確信が持てないと・・・いや、確信が持てたとしても」

アニスの問い掛けに、その装置を見上げていたジェイドが小さな声で呟く。

てっきり何かを知っているか・・・、もしくは知っていたとしてもいつもの笑顔でさらりとはぐらかすかと思っていたのに・・・―――どうしてだか動揺した様子のジェイドを見上げ、アニスは小さく首を傾げる。

ジェイドが思わず平静を失ってしまうほど、この機械に何かあるのだろうか?

もしかするとならば知っているかもしれないと思い、聞いてみようと視界を巡らせたその時、ジェイドがチラリとルークを横目に見るのが見えて、つられてアニスもルークへと視線を向ける。

「な、なんだよ。俺に何か関係あんのか?」

ルークもわけが解らないなりに、ジェイドの異変を察しているらしい。―――いつもの笑顔ではなく真剣な表情を浮かべるジェイドを見て、戸惑ったように身を引いた。

「・・・まだ結論は出せません。もう少し考えさせてください」

結局教えてはくれないわけね・・・と、アニスは困ったように装置を見上げる。

同じく再び装置を見上げたジェイドが、眼鏡を押し上げながら僅かに目を細めた。

そういえば、前にに聞いた事があるような気がする・・・と、アニスはそんなジェイドを横目で窺いながらぼんやりと思い出す。

ジェイドが眼鏡を押し上げる時は・・・。

しかしそれを思い出す前に、アニスはコンコンと装置を叩く軽い金属音に我に返った。

慌ててそちらを見やれば、先ほどまで沈黙を守っていたガイが鋭い視線をジェイドに向けている。―――いつの間にこんなに険悪な雰囲気になってんの?と、アニスは一歩後ずさる。

そうしてふと感じた僅かな気配に足元を見やって・・・瞬間、アニスの表情が凍りついた。

「俺も気になっていた事があるんだ。もしアンタの気にしている事が、ルークの誘拐と関係があるなら・・・」

「ぎゃー!!」

真剣な眼差しで言葉を紡ぐガイを遮って、アニスはお腹の底から悲鳴を上げた。

もうこの際、ルークの前だとかそんな事に構っていられる余裕はない。―――大抵の女の子は、小動物は好きでも家屋を徘徊するねずみの類は好きではないのだ。

独特の鳴き声をあげて、おそらくはアニスの悲鳴に驚いたのだろう・・・―――さっと足元を駆け抜けていったねずみに、アニスは更に悲鳴を上げて一番近くにいたガイへと飛びつく。

ガイが女性恐怖症だとかそんな事も頭から抜け落ち、アニスは盛大に跳ねる心臓を持て余しながら、縋るようにガイの背中へ縋り付いた。

しかしそんなアニスに、更に衝撃が襲い掛かる。

「うわぁぁぁ!やめろぉ!!」

心の底から恐怖を感じるような叫び声をあげて、ガイが怯えたようにその場にしゃがみこむ。

見るからに体中を震えさせて。―――まるで小さな子供のように・・・。

自分が突き飛ばされた事も忘れて、アニスは呆然と目の前のガイを見つめる。

一体何が起きたのか、それがすぐに理解できなかったのだ。

全員が呆然と立ち尽くす中、ガイは少しづつ落ち着きを取り戻してきたのか・・・―――徐々に強張っていた身体から力を抜いて、小さくため息を吐き出した。

「・・・ガイ、大丈夫ですか?」

イオンの心配そうな声に顔を上げ、自分を見つめる面々を見つめ返して。

「今の驚き方は尋常ではありませんね。―――どうしたんです、一体?」

「すまない。身体が勝手に反応して・・・」

ジェイドの問い掛けに曖昧な返事を返して、ガイは漸く立ち上がると突き飛ばされたまま座り込んでいるアニスに向けて申し訳なさそうに苦笑した。

「悪かったな、アニス。怪我はないか?」

「・・・う、うん。それは大丈夫だけど・・・」

寧ろ自分が突き飛ばされた衝撃よりも、ガイのあまりの怯え方に対する衝撃の方が強かったし後に響く。

まさか自分が抱きついただけであんな反応を返されるとは思ってもいなかった。

確かに相手は女性恐怖症ではあるのだけれど・・・。―――勿論アニスとしても今回ばかりはわざとではないのだが。

「でも、何かあったの?今までとは違ったし・・・ただの女嫌いとも思えないんだけど」

確かにあれは恐怖だった。

それも最大級の。―――ただ苦手なものを前に上げる悲鳴にしては、度を過ぎている気がする。

そんな意味を込めて問い掛けたアニスの声に、しかしガイは困ったように表情を歪めて。

「悪い。ガキの頃はこうじゃなかったし・・・―――ただすっぽり抜けてる記憶があるから、もしかしたらそれが原因かもしれない」

「は!?お前も記憶障害だったのか!?」

ポツリポツリと話すガイに、今まで蚊帳の外だったルークが驚きの声を上げる。

記憶障害など自分だけだと思っていたが、に続いてガイまでもがそうだったとは!―――意外に記憶障害なんてものも珍しいものではないのかもしれないと、ルークは頭の隅でそんな事を思う。

しかしそんなルークの考えは、控えめなガイの一言で否定された。

「違う・・・と思う。一瞬だけなんだ、抜けてんのは」

「どうして一瞬だけだと思うの?」

「解るさ。抜けてんのは、俺の家族が死んだ時の記憶だけだからな」

ガイの静かな声が、広い空間に木霊する。

どこか他人の話を聞いているような、そんな気分になるくらい、ガイの表情には何もない。

怒りも、悲しみも、悔しさも・・・―――なにも。

なんて声を掛ければ良いのか解らず、全員が黙り込む。

そんな重い沈黙の中、それらを振り払うようにガイはジェイドへと視線を向けた。

「・・・俺の話はもういいさ。それよりもジェイド。あんたの話を・・・」

「貴方が自分の過去について話したがらないように、私にも語りたくない事はあるんですよ」

ガイの言葉に、ジェイドはいつもの食えない笑顔を浮かべてそう返す。

いつの間に平静さを取り戻したのか・・・。―――すっかりいつもの調子を取り戻してしまったジェイドからは、きっとこれ以上話は聞き出せないだろう。

結局色々と気になる事は増えたが、そのどれ1つとして解決していない。

更にもやもやが増えた気がして、アニスは疲れたようにため息を吐き出す。

そうしてやはりここはに探りを入れるのが一番だろうと、今まで一度も声を発していないへと視線を向けようとして・・・―――そこで漸くこの場の異変に気付いて、アニスは驚きに大声を上げた。

「・・・どうしたんですか、アニス。またねずみでも出ましたか?」

突然のアニスの大声に何事かと振り返った面々を見回して・・・―――そうしてやはりそこにはないあるモノを確認して、アニスは思わずしゃがみ込んで頭を抱える。

「ど、どうしました、アニス?お腹でも痛いんですか?」

やはりイオンが心配そうに声を掛ける中、アニスは盛大に頬を引き攣らせて一言。

「・・・が、いないんですけど」

この部屋のどこにも。

よくよく考えてみれば、この場所に足を踏み入れてから一度も、誰もの姿を見ていない。

いつどこではぐれてしまったのか。―――やっぱり手を繋いでおくべきだったと、アニスは何故か保護者気分でそんな事を思う。

しかしこんな状況には慣れているのか、ジェイドは呆れ果てたとばかりにため息を吐いた後、視線で先を促した。

「彼女ならば放っておいても死ぬ事はありません。事が終わった後、ゆっくりと回収しましょう。まぁ、もしかすると追いついてくる可能性も・・・ゼロではありませんし」

そんな希望があるのかないのかも微妙なジェイドの発言に、全員ががっくりと肩を落とす。

ほんとにもう、なんでこう厄介事ばっかり起こるかなぁ!!

ジェイドの促しに後ろ髪引かれる思いで前進する中、アニスは今はこの場にいない少女に向かい、心の中で独りごちた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

またもや、前後編で。

というよりも、これ全部連載で話が繋がってるんだから、わざわざ前後編にする必要もない気もするのですが・・・。(今更)

お約束どおり、主人公迷子です。

作成日 2007.9.22

更新日 2007.11.13

 

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