「・・・・・・どうしよう」

古い寂れた廃屋で立ち尽くす、1人の少女。

あちらこちらが崩れ落ち、先に進むのもままならない。―――出てくるものはといえば、防犯対策の為の譜業人形か、後は屋敷に住み着いた魔物くらいか。

そんな中、ぼんやりと立ち尽くし辺りを見回すは、もう一度「どうしよう・・・」と呟いて小さく首を傾げる。

その仕草にも声色にも焦った様子は欠片もない。―――勿論、表情も無表情のままだ。

ただ傍目にはそうは見えなくとも、確かには困っていた。

どういう仕掛けで動くのかと、ちょっと譜業人形に気を取られていた隙に、ジェイドたちの姿が見えなくなってしまったのだ。

あれほど迷子にならないようにと念を押されていたというのに・・・―――合流したら、きっとジェイドに怒られるに違いないと、は困ったように俯く。

こんなことなら、本当にアニスに手を繋いでもらっていれば良かった・・・と今更ながらにそんな事を考え、けれどそれが今更何になるわけもなく。

困り果てたは、何とか自力でみんなと合流するべく、勘を頼りに歩き出した。

 

そして彼女は途方に暮れる

〜後編〜

 

しかし歩き出したからといって、みんなと合流できるわけではない。

あちこち崩れて通行止めになっている場所も多く、回り道をしている内にいつの間にか玄関ホールまで戻ってしまい、は更に困ってしまった。

ここで待っていればいつかはみんなが戻ってくるという発想は、残念ながら彼女にはない。

ただ一刻も早くジェイドたちと合流する。―――それが今のの行動理念である。

「・・・あれ?私、今あっちから来た?それとも、こっち?」

きょろきょろと辺りを見回して、もう一度首を傾げる。

もうこうなってくると合流どころの話ではないが、残念ながら今の彼女にそれを告げてくれる人物はどこにもいなかった。

「・・・こっち、のような気がする。たぶん・・・きっと」

普段は勘が鋭いも、事方向に関してだけはそれが発揮される事はほとんどない。

しかし今回は運が良かったのか。―――漸くジェイドたちが通った秘密通路の前まで奇跡的に辿り着いたは、しかしそこでも困ったように首を傾げる。

確か自分たちが向かっていたのは、屋上だったはずだ。

だからは上に続く階段を探していた。―――残念ながら上に続く階段は、見つけられなかったけれど。

しかし今目の前に、階段がある。

それが地下へと降りる階段だという事以外は、にとっては本当に奇跡的な大発見だ。

しかしあくまでこれは地下へと降りる階段であり、階段を下り続ける限り屋上に辿り着く事は出来ない。

降りるべきか、否か。

確かみんなと屋敷内を歩き回っていた際、この秘密通路はなかったはずだ。

とすれば、ここを開けたのはジェイドたち以外にはいないだろう。―――もちろん、他に侵入者がいなければ・・・の話だけれど。

しばらくの間無言で悩んでいたは、それでも他に行くべき場所などないと判断したのか、微塵も慌てた様子もなくゆっくりと階段を降り始めた。

コツン、コツン、と自分の足音が寂しく響く。

一体どこまで続いているのだろうとがぼんやりとそう考えた頃、ふと遠くから人の声が聞こえて来る事に気付いて足を止めた。

「誰か・・・いる」

小さく呟いて、そうしてサッと気配を消す。

聞こえる声から、おそらく人数は2人。―――声を出していない人物もいるかもしれないので気は抜けない。

問題なのは、その声がジェイドのものでもルークのものでもガイのものでもない男性のものだという事だ。

けれど・・・はその声を何処かで聞いた事があるような気がして、訝しげに眉を寄せた。

「な〜るほど。音素振動数まで同じとはねぇ・・・。これは完璧な存在ですよ」

「そんな事はどうでもいいよ。奴らがここに戻ってくる前に、情報を消さなきゃならないんだ」

声が、聞こえる。

足音が鳴らないように慎重に歩を進め、漸く開けた空間に出たは、そこに聳え立つ巨大な音機関の存在に気付き軽く目を見開く。

これに似た装置を知っている。―――これは、もしかして・・・。

それ以上考える間もなく、そこに寝かされている少年に気付いて、は慌てて辺りを見回した。

ジェイドたちの姿は、どこにもない。

けれどすぐに人の影が目の端に映った。―――先ほどの声の主だろう、派手な衣装を身にまとった男と、緑色の髪をした仮面をつけた少年と。

少年の方には見覚えはなかったが、派手な衣装を身に纏った男の方にはしっかりと見覚えがあった。

「そんなにここの情報が大切なら、アッシュにこのコーラル城を使わせなければ良かったんですよ」

「あの馬鹿が勝手に使ったんだ。後で閣下にお仕置きしてもらわないとね」

アッシュに閣下。

ついこの間会ったばかりの人物の名前に、は考え込むように視線を音機関へと向ける。

巨大な音機関と、六神将に神託の盾騎士団の総長。

なんだかとてもややこしい事になっている気がする。―――そこまで考えて、そうしては徐に腰に装備してあるチェーンへと手を伸ばす。

一体何がどうなっているのかは解らないが、とりあえず緊急事態だという事に間違いはない。

今ここで、まず自分がしなければならない事はただ1つ。

は腰のチェーンを引き伸ばし、それを装置の傍らで会話する2人に向かい解き放つ。

「・・・なっ!?」

「・・・ちっ!!」

しかしそれは2人に当たる事はなく、高い音を立てて音機関に命中した。―――意外に頑丈なそれが、壊れてしまう事はなかったけれど。

「な、何事ですか!!」

男の叫び声とほぼ同時に、緑の髪の少年がに向かい駆け出した。

チェーンの飛んできた位置から場所を割り出されたらしい。―――しかしそれくらいは予想の範囲内であったは、落ち着いた様子で繰り出される蹴りを後ろに飛ぶ事で避ける。

「もう追いついてきたか。―――いや、それにしては早すぎる気が・・・」

仮面を被っている為に表情は窺えないが、きっと忌々しそうな表情をしているのだろう。

少年から少し距離をとって軽く構えの姿勢を取るは、手元に引き寄せたチェーンを再び手に握り、いつでも応戦出来るよう体勢を整える。

しかしそんな2人の攻防は、喜びに満ちた男の高い声に掻き消された。

ではないですか!!」

唐突に声を上げた男に、と対峙していた仮面の少年が訝しげに視線を送る。

「・・・ディスト。もしかしてあんたの知り合い?」

「ええ、ええ、勿論!シンク、彼女に手荒なマネは止めてください」

シンクと呼ばれた少年に先ほどとはまったく違い愛想よく答えたディストは、しっかりと釘を刺しつつシンクを押しのける勢いでの元へと歩み寄った。

「ああ、。こんな場所で貴女に会えるなんて!まさに運命!」

バッと両手を広げて感極まった様子で声を上げるディストとは正反対に、の様子は先ほどからまったく変わらない。

しかし見る人間によってはその変化が解るくらいには、の表情は和らいでいた。

「久しぶり、ディスト」

「お久しぶりです。お元気そうで何よりです」

「うん、私元気」

こちらも見る人間によっては驚きを通り越して寒気すら感じるほど優しい眼差しでを見下ろしたディストは、彼女の端的な返事にも満足そうに頷く。

のこういうところは昔からなのだ。―――ディストにとっては、特に気になるわけではない。

「それは良かった。いつもジェイドの元にいる貴女の身を案じていたのですよ。ジェイドは人使いが荒いですから」

「そんなことない。ジェイドは優しい」

「ああ、!貴女は心優しい人ですねぇ」

別に庇ったわけではないのだけれど・・・―――ディストにはそういう風に聞こえたらしい。

またもや感極まった様子で大きく身振り手振りをしながら語るディストをぼんやりと見上げながら、は小さく首を傾げた。

「ディスト、ここで何してるの?」

ここはルークの実家・ファブレ家の別荘のはずだ。

現在はまったく手を入れられず放置されているようだが、それでもれっきとした私有地である。

勿論は世界の世情は知っていてもそれぞれの人間関係については興味がない為詳しくはないけれど・・・―――それでもファブレ家とオラクル騎士団がそれほど親密な関係であるなど聞いた事はない。

つまり、どうして六神将が普通にファブレ家の別荘にいるのかという事なのだけれど。

ふと先ほどの会話を思い出して、はもう1度小さく首を傾げる。

彼らの会話から察すると、ここに来たのはどうやら初めてではないようだ。

一体、何の目的で・・・?―――それは目の前に聳え立つ音機関を元にすれば簡単に想像できたけれど。

勿論そうであってほしくはないとも思うし、またそれをする目的という根本の疑問は解消されないのだけれど。

そんなの問いかけに、しかしディストは愛想よく頷いて。

「ええ、実は・・・」

「ちょっと!何ぺらぺら話しそうになってんのさ!」

何の躊躇いもなく口を開きかけたディストを止めたのは、先ほどから蚊帳の外に追いやられていたシンクだった。

勿論知り合いだと思われるこの2人の会話に入りたいと思ったわけではないけれど。

そんなシンクの制止に、しかしディストは嫌そうに顔を歪めて。

「久しぶりのとの語らいを邪魔しないでください、シンク」

至極当然の事だとばかりに言い放ったディストに、シンクのこめかみがヒクリと引き攣る。

この男は、現状を理解しているのだろうか。―――いや、目の前のえさに釣られて、絶対に理解していないに違いない。

「バカだバカだと思ってたけど、本物のバカかあんたは!」

「バカとは失礼なっ!!」

思わず言い放ったシンクに、それだけは聞き逃せないのかディストが猛然と言い返した。

そうしてこちらはこちらで新たに始まった口げんかをぼんやりと見つめながら、はさてどうしたものかとグルリと辺りを見回す。

目に映る範囲に、ジェイドの姿はない。

ここにいないという事は、おそらくは屋上にいるのだろう。

やっぱり下る階段では屋上には辿り着けなかったのだ。―――そんな当たり前の事を考えながら、それでもまずは何故か捕らえられているルークを助けるべきだと考えたが行動を起こそうとしたその時だった。

ヒュっと空気を裂くような音がしたと同時に、何か大きなものが目の前に落ちてくる。

いや、それは落ちてきたのではない。―――正確に言えば、降りてきたのだけれど。

「・・・ガイ」

唐突に、何の前触れもなく現れたガイは、その勢いのまま突然の事に一瞬動きが遅れたシンクへと切りかかる。

勿論相手は六神将の1人、ガイの攻撃をそのまま受ける事はなかったけれど、突然の事にやはり動揺があったのだろう。―――しっかりと握られていた一枚の音譜盤が、彼の手から零れ落ちた。

「しまった!」

すかさずそれを拾い上げたガイを認めて、シンクは焦ったような声を上げる。

それはそんなにも重要なものなのだろうか?

そう思ったのも束の間、それを取り返そうとシンクがガイに向かい駆け出した。

ガイは音譜盤を手に持ったまま、向かってくるシンクに尚も剣を繰り出す。

おそらくは実力者であるだろうが、焦っているシンクの技に本来の切れはない。

それを見逃すガイではなく、新たに繰り出した剣はシンクの急所を確実に狙っていた。

何とか避けようとシンクは身体を捻るが、完全に避けきる事は出来なかったらしい。―――ほんの僅かにかすったガイの剣先は、シンクの仮面を叩き落す事に成功していた。

「・・・お前」

カランと音を立てて仮面が床に落ちる。

その直後に響いたガイの訝しげな声にさっと視線を向けたは、そこにあった光景に思わず軽く目を見開く。

2人がそれ以上何も言えずに立ち尽くしている間に、シンクは落ちた仮面を拾い上げ装着すると、距離を取って再びガイと対峙した。

それと同時に、漸く追いついてきたジェイドたちが部屋の中に駆け込み、それを認めたシンクは忌々しいとばかりに小さく舌打ちをして。

「今回の件は正規の任務じゃないんでね。この手でお前らを殺せないのは残念だけど、アリエッタに任せるよ。奴は人質と一緒に屋上にいるよ。―――振り回されてご苦労様」

そう言って小さく笑うと、シンクは素早い動きで身を翻し、あっという間にその部屋から姿を消した。

気がつけば、いつの間にかディストもいない。

がそれを確認した頃、音機関の操作盤に歩み寄ったジェイドが、無言のままそれの操作を始めた。

「・・・やれやれ、ディストにシンクが絡んでましたか」

そうして操作を終え小さく呟いたと同時に、見えない何かに拘束されていたルークの身体が自由になった。

まだ意識はぼんやりとするものの、動けないほどではない。

何とか音機関から脱出したルークを認めて、ジェイドはチラリとへ視線を向ける。

「ルーク様ぁ、大丈夫ですかぁ?お怪我とかありません?」

「・・・あ、ああ」

ルークが立ち上がるのを待っていたかのように抱きつき甘えた声を出すアニスの声を聞きながら、ジェイドは僅かに口角を上げて無言で佇むへと歩み寄る。

迷子になっていたが、どうしてここにいるのか。

ここに辿り着けた軌跡に感謝するべきか、それとも厄介ごとを嗅ぎつけるその独特の嗅覚に感心するべきか、少し迷うところだけれど。

「・・・

「ごめん、ジェイド。私、迷子になった」

「その台詞を聞いたのは、一体何度目でしょうねぇ」

彼女が幼い頃から合わせると、数えるのも馬鹿馬鹿しくなるほどだ。

それでも未だにそれを阻止できないのだから、困ったものだ。―――だからといって、移動する間中手を繋いでいるわけにも行かないのだけれど。

いっそ縄で繋いでしまった方が一番手っ取り早いのかもしれない。―――勿論、ジェイドにそんな趣味はなかったけれど。

「貴女の方向音痴は、どうやったら直るんでしょうかねぇ」

「・・・きっと直らないと思う」

ハナから直すつもりはないのだろうか。

サラリとそう告げるを見下ろして、ジェイドは重いため息を吐き出す。―――それはもしかすると、長い間迷子になり続けたの出した、最終結論なのかもしれない。

「それに、少しくらい弱点があった方がいいって。ピオニーが、そう言ってた」

「あの人は・・・」

思わず額を押さえながら呟いたジェイドに、は不思議そうに首を傾げる。

果たしては、どこまで理解してそう言っているのだろうか。

相手が相手だけに、予測がつけにくい。―――まぁ解っていてもそうでなくても結局は自分が折れてしまうのだから、そんなものは今更なのかもしれないけれど。

「もう、何もかもアリエッタのせいですよ!あの子、タダじゃ置かないんだから!」

アニスの怒りに満ちた声が響き、ジェイドはいつまでもに注意を促していても仕方がないと思い直したのか、視線をアニスとそれを宥めるイオンへと向ける。

しかしそこでふと、ガイが訝しげな眼差しでイオンを見つめている事に気付き、ジェイドもまた訝しげに口を開いた。

「ガイ?イオン様がどうかしましたか?」

「・・・いや、なんでもないよ」

ジェイドの問いかけに首を振ってそう答えたガイは、気を取り直したようにジェイドに視線を向けて。

「それより当初の目的を果たしにいこうぜ。早く整備隊長さんを助けなきゃ、だろ?」

わいわいと騒いでいるルークたちにもそう声を掛け、いまだ納得はしていないだろうジェイドの視線を振り切るように歩き出した。

そう、自分たちにはやらなければならない事があるのだ。

この別荘に来たのは、連れ去られた整備隊長を助ける為。

彼を助けだせなければ、出航は大幅に遅れてしまう。―――それはこの場にいる誰にとっても望むことではない。

だからこそ、罠だと知りながらこの別荘にやってきたのだ。

もっとも、ここで得た疑問は計り知れないほどだったけれど。

「・・・確か屋上でしたか。何度も同じ所を行き来するのは面倒ですが、仕方ないですね。―――行きましょう」

ガイの話題転換に納得はしていないものの、ここでこれ以上問い詰める気はないのか、ジェイドはその話題に乗って自らも行動を促した。

そして促されるまま歩き出したは、ジェイドの説教が思ったよりも短くて済んだ事にホッとしつつも、前を歩くジェイドとガイ、そしてイオンを見つめる。

先ほど目に映った光景。

巨大な音機関。

ディストとシンクの意味ありげな会話。

彼らが持つだろう、知識と技術。

そして仮面を落とした、シンクの素顔。

そのどれもが想像したくはない真実を語っているようで、は気付かれない程度に眉を顰める。

もしも、想像していた通りならば・・・―――そうであるならば、事態は今自分が考えているよりももっと重大で複雑なのかもしれない。

けれどそれがどういった目的を持っているのかも解らないは、窺うようにソッとジェイドの横顔を見上げた。

それに気付いていないわけではないだろうが、ジェイドはまっすぐと前を見たまま。

「・・・・・・」

そんなジェイドの横顔を見上げながらしばらく考えを巡らせていたは、しかし沈黙の後小さく頷き前を見据える。

難しい事も複雑な事も、きっとジェイドはすべてを考えている。

そして一番良いと思われる結論を出すのだろう。―――話を聞くのは、それからでもいい。

そう思うほどにはジェイドを信頼していたし、またがそれを理解してくれている事をジェイドも知っていた。

だから、今のに出来る事はただ1つ。

ギュッとジェイドのコートの裾を握り締め、はコクリと頷く。

今の自分に出来るのは、これから屋上に着くまで迷子にならない事だ。

もう1度迷子になったならば、きっと今度こそジェイドのお仕置きは免れないだろう。

「大丈夫。私、もう迷子にならない。―――たぶん」

自信があるのかないのか解らない決意を固めながら、は自分が捜し求めていた上へと続く階段を一歩一歩踏みしめるように上る。

「・・・そうであって欲しいですけどね」

そんなジェイドの小さな小さな呟きは、自分が掴んだジェイドのコートと階段をじっと見つめているに届くことはなかった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

なんといってもこのお話のメインはディストです。(ディストか)

雪国幼馴染3人組の1人ですからね。

過去編では思ったよりも絡ませる事が出来なかったので、何とか原作沿いでリベンジしたいと思います。(妙な決意)

原作沿いだと、それなりに出番もありますしね。(それなりにしかないとも言えますが)

作成日 2008.10.5

更新日 2009.2.11

 

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