清々しい朝だった。

既に身支度を整えていたは、自身にと宛がわれた客室の大きな窓からファブレ邸の広い庭を眺める。

しっかりと庭師の手で整えられているそこは、見事なほどに綺麗だった。―――勿論としては、手の加えられていない森も好きだったけれど。

そんな静かなの朝は、騒々しい足音によって打ち破られる事になる。

!!」

バタンとノックもなく開かれたドアの向こうには、慌てた様子のアニスがいた。

「どうしたの、アニス?」

同室だったアニスは、つい先ほどイオンに挨拶をしてくると部屋を出て行ったばかりだ。

えらく帰りが早いばかりか、部屋を出て行った時とは違う慌てた様子に、は不思議そうに首を傾げる。

そんなを見て、アニスは焦りと混乱に地団駄を踏みながら不安を吐き出すように大声を上げた。

「イオン様がいないの!!」

 

王女様の主張

 

「イオン様、どこ行っちゃったんだろ?」

イオンを探して街の中を探し回ったアニスとは、しかしイオンを見つける事が出来ず大きなため息を吐き出した。

立場上、イオンが動き回れる場所など限られている。―――そのどこにもいないというのは、一体どういう事なのか。

いつもからは考えられないほど不安そうな表情を浮かべるアニスを見つめ、は困ったように視界を巡らせる。

太陽の位置を見るに、もう出発の時間は過ぎてしまっている。

自分たちの不在に、もしかすると心配しているかもしれない。―――そう思ったは、肩を落とすアニスに向かい声を掛けた。

「・・・もう出発の時間。アニス、ジェイドに報告した方がい・・・」

散々探しつくしたのだ。―――これ以上探していても、見つかるとは思えない。

おそらくはイオンの身に何かあったのだろう。

その何かまでは解らなかったが、ジェイドなら何とかしてくれるかもしれない。

そんな思いを込めた彼女の言葉は、しかし背後から掛かった声に遮られた。

「こんなところにいましたか」

聞き慣れた声に振り返れば、そこには呆れた表情を浮かべたジェイドが立っている。

「ジェイド」

まさに絶妙のタイミングの登場にがホッと安堵の息を吐くと、同じくジェイドの姿を認めたアニスが焦ったように声を上げた。

「大佐!イオン様が・・・」

「解っています。モースが口止めしているようですが、オラクル騎士団も慌てていましたから」

アニスの言葉を遮って、ジェイドは冷静そのものの様子で頷く。

もう既にこちらの状況は把握しているらしい。

流石というべきか・・・―――それにアニスも少し不安が薄れたのかホッと息を吐き出したのを認めて、ジェイドは助けを求めるように自分を見つめる2人を見返した。

「ともかく一旦合流しましょう。これ以上街の中を探しても見つかるとは思えません」

確かにジェイドの言う通りだった。

これ以上探しても、イオンが見つかるとは思えない。

アニスと2人、これだけ探して見つけられないのだ。―――もしかすると、もう既にバチカルにはいないのかもしれない。

促されるままにジェイドについて歩き出したは、ふと顔を上げて首を傾げた。

「ジェイド、これからどうするの?」

いなくなったイオンの事。

そして彼女たちの目的であるアクゼリュス救援の旅の事。

そのどちらも含めて問いかけると、ジェイドは前を向いたまま口を開いた。

「中央大海をオラクルの船が監視しています。おそらく大詠師側の妨害工作でしょう。まぁ、大詠師派かどうかは未確認ですが」

しかしその可能性がないとはいえない。

そしてそれが大詠師派であろうとなかろうと、自分たちの行く手を阻むのであれば厄介な事に違いはなかった。

「なので、海へおとりの船を出航させて、我々は陸路でケセドニアに向かいます。ヴァン謡将がおとりとして船に乗ってくださるとの事ですよ」

「・・・ヴァン謡将」

ジェイドの説明に、の脳裏にヴァンの姿が浮かんだ。

記憶にないのに、それでも言い様のない不安を煽る人。

どうしてそんな気持ちになるのか、には解らない。

しかし彼といると、何故か気力が失われていくような気がするのだ。

圧倒的な威圧感に、動けなくなりそうな・・・。

怖いわけではないというのに、どうしてなのだろう?

解らないまでも、は無意識にホッとしていた。―――アクゼリュスまでの旅が、ヴァンと一緒ではない事に。

「ともかく行きましょう」

ぼんやりとしていたは、行動を促すジェイドの声にハッと我に返った。

どうしてこんな気持ちになるのだろう。

今まで、そんな事を思った事は1度だってなかったのに・・・。

「どうしました、?」

「ううん、なんでもない」

少し先で立ち止まり振り返ったジェイドにそう返事を返して、はすべてを振り払うように足早に歩き出した。

 

 

あらかじめ決めてあった合流地点の広場に差し掛かったところで、一行の姿を認めたアニスはルークに向かい駆け出した。

「ルーク様ぁ!!」

そのままの勢いでルークに抱きつくと、突然の事に慌てたルークはそれでもなんとかアニスを受け止めて目を丸くする。

「ア、アニス!?どうしたんだ!!」

「大変なんですぅ!イオン様がいなくなっちゃったんです!!」

「えぇ!?」

不安を吐き出すようにそう声を上げたアニスに、ティアとガイも驚きの声を上げる。

先ほどから姿が見えないと思っていたけれど、まさかそんな事になっていたとは・・・―――そんな思いをこめて説明を求めると、アニスはルークにしがみついたまま話し出した。

「私が起きてイオン様の部屋に行ったら、もうベットはもぬけの空で・・・」

「護衛の兵も2名、いなくなっているそうです。騒ぎを大きくしないよう、モースが口止めしているようですが・・・」

アニスの言葉を引き継いで、ジェイドの説明が3人の耳に届く。

ふと声がした方へと視線を向ければ、そこには旅の次第を報告に行ったジェイドと、全員が集合した時点ではアニス同様姿が見えなかったがこちらに向かい歩いてくるのが見えた。

そうしてジェイドとが合流するのを待ってから、アニスはジッとルークを見上げて説明を再開する。

と2人で街中探したんですけど、どこにもいなくって・・・」

アニスの説明に、もまたコクリと頷く。

「まさか、六神将の奴らに・・・」

「おそらく。だとすれば、既に街の外でしょう」

ルークの杞憂はおそらく外れてはいないだろう。

これだけ探して見つからないのだ。―――そこに誰かの思惑が絡んでいるのは間違いない。

そして今現在それを実行しそうなのは、1度タルタロス襲撃の際にイオンを攫った六神将しかいない。

そこにどんな思惑があるのかまでは解らないけれど・・・。

そんなジェイドの言葉に、ルークは慌てたように声を上げた。

「追いかけようぜ!」

「無理です」

「どうして・・・?」

しかし咄嗟に出した提案は即答で却下され、ルークは焦れたようにジェイドを見やる。

するとジェイドは、視線を広場から見下ろせる街の外へと向けて・・・。

「御覧なさい」

少ない言葉で指し示された街の外へ視線を向けた面々は、そこにある光景に思わず目を見開いた。

「・・・オラクル兵?」

街の入り口に、多数のオラクル兵の姿がある。

彼らが一体何を目的としてそこにいるのか。

その理由がアクゼリュスまでの旅の妨害なら、これ以上厄介な事はない。

「六神将が動いてるとなると、陸路も難しそうだな」

同じく街の外を見下ろしたガイが、ため息混じりに呟く。

そんなガイの呟きに、ルークは弾かれたように口を開いた。

「なんだよ。あんな奴ら、ぶっ倒していけば良いんじゃねぇか?」

「解らないの?事を荒立てれば、おとりの意味がなくなるわ」

ティアの呆れたような声色に、ルークは思わず口を噤む。

折角ヴァンがおとりにと海路を選んだというのに、確かにここで自分たちが暴れれば折角のおとりも無駄になってしまう。

しかし現状が厄介な事にも違いはなかった。

オラクル兵が街の外にいる以上、のこのこ出て行けばそれこそおとりなど意味を成さない。

「敵に見つからず、街の外に出る事が出来れば・・・」

どうにかしてそれが出来れば、相手を欺くことも出来るのだけれど・・・。

そんなジェイドの言葉に、ふと顔を上げたガイは僅かに口角を上げて。

「それならいい方法がある」

思わぬ言葉に目を丸くする面々を認めて、ガイは得意げに笑った。

 

 

ガイの先導によって、一行は薄暗い通路を歩いていた。

どうやらここを進めば、オラクル兵に見つからずに街の外に出られるらしい。

「今回の誘拐に、モースは関係ないようですね」

「そうですね。モース様、ものすごく怒ってましたし・・・」

イオンを捜していた時の事を思い出し、アニスは僅かに頬を引きつらせながら返事を返す。

あれが演技だとはどうしても思えない。―――だとするならば、今回のイオン誘拐の件にモースは関わっていないのだろう。

だとするならば、おそらく犯人は六神将以外にはいない。

その理由は、今はまだはっきりとしないけれど。

「海路を妨害しているのも、おそらく六神将」

「って事はよ。モースって奴は六神将とは関係ねぇって事か?」

「だからといって、モースが戦争を求めている事の否定にはなりませんが」

ルークの疑問に、ジェイドは控えめにそう告げる。

そんな会話を聞いていたガイは、ふと開けた空間に出た事に気付いて足を止めた。

「・・・着いたぜ」

ガイの声に引かれるように全員が足を止め、グルリと視界を巡らせる。

「ここは・・・?」

「なんだこりゃ?」

「兵器工場・・・」

「・・・だった場所さ。ここから奥に進んでいけば、街の外に出られるはずだ」

疑問と驚きを含む問いかけに、ガイは軽くそう答えると再び視線を前方に向けそう告げる。

確かにガイの言う通り、今は使われてはいないようだ。

「ふーん。よっしゃ、それじゃ・・・」

ここから本当に街の外に出られるのならば、オラクル兵に気付かれる事もないだろう。―――そう判断して、ルークが足を踏み出しかけたその時だった。

「お待ちしておりましたわ!」

不意に広い空間に凛とした声が響き渡る。

何事かと全員が一斉に顔を上げれば、そこには見た事のある・・・―――けれどこの場所には不釣合いの1人の少女が立っていた。

「ナタリア様!」

「お前、どうして!?」

ガイとルークが揃って声を上げる。

その問い掛けに少女が誰であるかを思い出したは、不思議そうに首を傾げた。

キムラスカ王女である彼女が、どうしてこんな場所にいるのだろうか。―――その疑問は、他でもないナタリアの口から明らかにされた。

「このような大事な時に、王女のわたくしが黙って見ているわけにはまいりません」

彼女の主張はそれであるらしい。

確かに気持ちは解らなくはないが、一国の王女がする行動とはとても思えない。

そんな思いを抱いたティアが、信じられない思いで口を開く。

「私たちと一緒に行かれると・・・?」

「あほか。外の世界はな、お姫様がのほほんとしてられる世界じゃねーんだよ」

どうか思い違いであって欲しいというティアの問い掛けに、ルークが呆れたように口を開く。―――どの口がそんな事をいうのかという突っ込みは、幸いな事に誰の口からも発せられる事はなかった。

しかし流石にここまで来るだけあって、ナタリアの決意も固いらしい。

ルークの馬鹿にしたような言葉にも表情を変える事無く、毅然とした様子でナタリアは口を開いた。

「わたくしだって、3年前。ケセドニア北部の戦争で慰問に出掛けた事があります。覚悟は出来ております」

3年前のケセドニア北部の戦争。

それにジェイドと共に参加していたにとっては、まだそう遠い記憶ではない。

まぁ、慰問に来たというナタリアと戦場の最前線で戦っていたが出会う事など万に一つもありえないだろうが。

そんなナタリアの発言に、こちらも呆れた様子を隠す事無くアニスが声を上げる。

「慰問と実際の戦いは違うしぃ、残られた方がいいと思いまーす」

「失礼ながら、同感です」

「城へお戻りになった方が・・・」

当然のごとく向けられる反対の言葉に、それでもナタリアが怯む事はなかった。

「ご心配には及びません。わたくしはランバルディア流アーチェリーのマスタークラスです。それにヒーラーとしての学問も修めました。あなた方に引けは取りません」

「世間知らずのお姫様かぁ」

「何かおっしゃいまして?」

「いーえ、別にぃ」

ナタリアが余計な茶々を入れたアニスをジロリと睨みつければ、アニスは特に気にした様子もなくにっこりと微笑みながらそう答える。

そんな2人の攻防戦を傍で見ていたティアは、大きく深いため息を吐き出した。

どうやら、何を言ってもナタリアに諦めるつもりはないらしい。

そんなナタリアを認めたルークは、埒の明かない話し合いにイラついたように声上げた。

「なんでもいいから、ついてくんな!」

こんなところでもたもたしている暇などないというのに・・・―――そんな思いを込めたルークの声に、しかしナタリアは逆にルークをしっかりと見つめ返して。

「あら、よろしいんですの?あの事をバラしても・・・」

意味ありげに告げられた言葉に、全員が訝しげに眉を寄せる。

あの事とは一体なんだろう?―――それを問い返す間もなく、ルークは慌てた様子でナタリアの腕を引き、声が届かない場所まで連れて行く。

「あの事ってなんだろう?」

「さぁ?ここからじゃ全然聞こえないよ」

離れた場所で何事かを言い争うルークとナタリアを眺めていたアニスが、焦れたようにの軍服の裾を引く。

玉の輿を狙うアニスとしては、ルークの婚約者であるらしいナタリアの動向が気になるのだろう。

どちらにしても王女であるナタリアを連れて行く事など出来るはずもないのだから、この旅でなんとかルークを誘惑して・・・―――とアニスは頭の中でそんな計画を立てていたが、なんとか話し合いを終え戻ってきたルークの信じられない発言に、思わず目を見開いた。

「ナタリアに来てもらう事にした」

「ルーク!」

「嘘!」

「あなたって人は・・・」

飄々とした態度でサラリとそう告げたルークに、ガイとアニス、そしてティアの非難の声が上がる。

この旅は遊びではないのだ。

瘴気に覆われているアクゼリュスには、どんな危険があるかも解らない。

そんな場所に王女を連れて行くなんて・・・―――そんな意味がこもった非難の声は、しかしルークのイラついた声によってばっさりと切り捨てられた。

「うるせぇな!親善大使は、責任者は俺なんだ!俺の言う事は絶対だ!解ったな!?」

まるで子供のような発言に3人が思わず頭を抱えたその時、漸く同行の許しを得て満足げに微笑んでいたナタリアがハッとしたように振り返り、そうして素早い動きで弓を構える。

そうして放たれた矢は鋭い風と共に、闇に潜んでいた魔物を打ち抜いた。

突然の出来事に目を丸くする一同へと改めて振り返り、ナタリアはにっこりと微笑んで。

「皆様に迷惑はおかけしませんわ。それから、今後わたくしに敬語は止めてください。名前も呼び捨てにしてください。そうでなければ、王女だとバレてしまうかもしれませんから」

言いたい事だけはっきりと告げて、反論の言葉が帰ってくる前に一行を先導するかのように歩みを進める。

半ば解っていた事ではあるけれど、やはりナタリアを止める事はできないらしい。

そもそも一応は親善大使の名を持つルークが認めてしまったのだ。―――ナタリアの強引さから見ても、説得は難しいだろう。

「お姫様って、パワフル」

何をしてますの?早く行きましょう。と少し先で立ち止まったナタリアを見つめて、がポツリとそう呟く。

そういえば、自国の皇帝も随分とパワフルな人間だ。

もしかすると上に立つ者はそういうものなのかもしれない。―――脳裏に浮かんだ懐かしい人の顔を思い出しながら、は1人そう納得する。

「なんか・・・」

「先が思いやられるわね」

もう既に受け入れるしかないだろう現実に、アニスとティアは揃ってため息を吐き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

バチカル出発から、ナタリア参入まで。

びっくりするほどただ原作に沿っただけの内容に、コメントのしようもありません。

でも漸くナタリアも仲間になりましたしね。

これから楽しくなればいいなと思います。(他人事のように)

まぁ、この後控えている出来事を考えると、そんなわけにもいかないんでしょうが。

作成日 2008.11.16

更新日 2009.7.26

 

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