やる気に満ちた面持ちで先頭を歩くナタリアと、その後ろを不貞腐れた面持ちで歩くルーク。

そしてさらにその後ろで、困惑したように歩くガイ・アニス・ティアを順に眺めながら、ジェイドは呆れにも似た笑みを零す。

どこの国も、上の立場の人間に苦労しているらしい。

まぁナタリアなど、自国の皇帝に比べれば可愛らしいものではあるけれど。

「お姫様って、勇敢」

「そうですねぇ」

この旅は、観光でもなんでもないのですけどね。

そう心の中で呟きつつ、パーティの最後尾を歩くの感心したような呟きに、ジェイドは増えた憂いの種に思わずため息を吐き出した。

 

予期せぬ邂逅

 

すったもんだの末にナタリアを同行させる事になった一行は、それでも仕方がないと半ば呆れながらも薄暗い廃工場内を進む。

「急ぎましょう」

「なにさ、お姫様扱いするなって言ってたくせに威張っちゃってさ」

先を急ぐナタリアに急かされ、アニスが不機嫌そうに小さく呟く。

どうあってもアニスにとってナタリアは歓迎できない相手らしい。

その理由も解り易すぎるくらい解り易いため、誰もそこを突っ込んだりはしなかったけれど。

「ナタリア、何があるか解らないわ。もう少しゆっくり行きましょう」

そんな面々の中で、ティアが嗜めるように前方を歩くナタリアに声を掛けた。

今は使われていない廃工場など、何が起こるか解らないのだ。―――慎重に進んだ方がいい。

そう告げるティアの背後・・・―――最後尾を歩いていたガイが、前方を歩くナタリアの背中を眺めながら小さくため息を吐き出した。

「ほんとにいいのかねぇ・・・」

いい訳がないのは解っているが、自分にナタリアを説得できるとは思えない。

それに自分の主であるルークがそれを認めてしまったのだから、もうどうしようもない。

そんな思いを込められたガイの呟きに、隣を歩いていたジェイドは薄い笑みを浮かべて。

「お守り役は大変でしょうねぇ。同情します」

「って、あんたはお守りはしないって口ぶりだな」

「はっはっはー、当然じゃないですか。謹んで辞退します」

「あのなぁ・・・」

堂々と告げられたジェイドの放棄宣言に、ガイは疲れたように肩を落とす。

ガイとてジェイドがわざわざ自分から進んでお守り役に回ってくれるとは思っていなかったが、まったく関知する気はないらしいジェイドの様子に、これからの自分の苦労を思うとため息を止められない。

「何をコソコソ話してらっしゃるの?」

「だ、あ、あ・・・いや!別に・・・」

そんなガイとジェイドの会話は、内容まで把握できていないようだがナタリアにも聞こえていたらしい。

会話の内容を知られればそれこそ厄介だと、ガイは慌てて誤魔化すべく笑みを浮かべた。―――それで誤魔化せているかどうかは、さておき。

そうして先ほど関知しない宣言をしたジェイドは、慌てるガイを他所にチラリと自分の隣を歩く少女を見やって。

「おや、怒られてしまいましたねぇ。―――それよりも。こんなところで迷子にでもなられると厄介です。気をつけてください」

こんなところで迷子になられた日には、厄介どころの話ではない。

それこそ一番阻止しなければならないと念を押したジェイドに、しかしは変わらぬ表情のままコクリと1つ頷いた。

「大丈夫。ちゃんと掴んでるから」

言葉通り、の手はしっかりとジェイドの軍服のコートの裾を握っている。

こうして彼女がジェイドの服の裾を握るのは珍しいことではない。―――幼い頃からの癖みたいなものだ。

それを目に映して、とりあえずは心配ないだろうと判断したジェイドが再び前を見るのを認めて、ガイは気付かれないよう小さく笑った。

自分はお守りはしないと言っていたけれど、彼とて十分お守りをしているではないかと。

そんなガイの意味深な視線に気付かないはずもなく、彼が何を考えているのか解っていながらも、ジェイドはチラリとガイへと視線を向けて口を開いた。

「・・・なにか?」

「いーや、なんでも」

ガイのその余裕のある笑みに舌打ちしたくなるも、きっと彼の思っている通りなのだから仕方がない。

「ウルセェなぁ。ぺちゃくちゃ喋ってねぇで、さっさと行くぞ」

そんないくつも上がる会話を先頭を歩きつつ聞いていたルークは、苛立たしげに声を上げた。

ヴァンと共に旅が出来なくなった以上、一刻も早くアクゼリュスに着きヴァンと合流したい。

そんなルークの思いを知ってか知らずか、ジェイドはからかうような笑みを浮かべる。

「張り切ってますねぇ」

「ったりめーだ!俺は親善大使なんだ。―――お前ら、黙って俺について来い!」

そう、自分は親善大使なのだ。

そしてこのアクゼリュス救援で、英雄になる。

そんな思いを胸に秘め、訪れるその時を心待ちにしながら、ルークはただ一心にヴァンとの再会を思い描きながら歩みを進める。

しかしこの廃工場は一体どこまで続くのか。

歩いても歩いても、終わりが見えない。

おまけに薄暗く、見通しも悪い。―――最初は意気揚々と歩いていたルークも、次第に疲れが出てきたのか不機嫌そうに呟いた。

「ったーく、いつまで歩くんだ?」

「まだ出口ではありませんの?―――埃っぽいし、暗いし、嫌なところですわね」

ルークの愚痴に重ねて、ナタリアもまたそう愚痴を零す。

もっともキムラスカ王女として暮らしてきたナタリアに、これまでこんな場所に縁などなかっただろう。

「嫌なら帰れよ」

ナタリアの愚痴を聞いて、ルークが素っ気無く言い放つ。

そんなルークの冷たい言葉に、ナタリアはムッとしたように口を開いた。

「そうやって厄介払いなさるおつもり?」

「厄介だと解ってるんなら、帰ればいいのに・・・」

「何かおっしゃいまして!?」

すかさず入ったアニスの突っ込みに、ナタリアは眉を上げて振り返る。

勿論そんなものに怯むアニスではなく、ナタリアの言葉に便乗するようにパッと駆け出すと、前を歩くルークにガバリと抱きついた。

「あーん、ルーク様怖〜い!ナタリアが苛めるよぉ!!」

「あーもう引っ付くなよ、暑苦しい!」

勢いよく抱きついてきたアニスに一瞬目を丸くしたルークは、しかしすぐさま面倒臭そうにアニスを見下ろしつつそう声を掛ける。

けれど強引に引き離す様子を見せないルークに、ナタリアはグッと眉を吊り上げた。

「ルーク!そんな子供と何をベタベタしていますの!」

「コイツからくっついて来たんだろ!?」

自分に向けられたナタリアの怒声に咄嗟に抗議するも、そんな事でナタリアの怒りが収まるはずもなく・・・―――そうしてその隙を、あのアニスが逃すはずもなかった。

「ルーク様は若い方が好みですよね」

しっかりとルークに抱きつきながら、チラリとナタリアを横目にそう問いかけ、アニスはルークに見えないようにニヤリと笑う。

当然の事ながら怒りに油を注がれたナタリアは、それでもなんとか平静を装いながら笑みを浮かべた。―――残念ながら、その笑みは多少引き攣っていたけれど。

「若いというより幼いだけですわね。わたくしとルークの間には積み重ねた歴史というものがあるのですよ!?」

「でもでも、若い方がこの先ももーっと長く一緒にいられるしぃ。これから私、ルーク様色に染まっちゃう!」

キャッと声を上げながら、更にギュッとルークに抱きつくアニス。

それにとうとう怒りを爆発させたナタリアは、我慢できないとばかりにグッとアニスの襟を掴んで強引に引き剥がしに掛かる。

「いい加減に離れなさい!」

「あーん、ルークさまぁ!!」

「まったく、お前らうぜぇ!!」

自分の傍で繰り広げられる女の戦いをルークがどこまで理解しているのかはさておき、纏わりつかれ、あまつ喧嘩に巻き込まれたルークはたまりかねたように声を上げる。

そんな3人の様子を、自分は関わる気はないと傍観していたジェイドは、まるっきり他人事のように楽しげな笑みを浮かべた。

「楽しそうですねぇ」

「どこがだよ・・・」

場違いといえば場違いなのんびりした感想に、留めに入ることも出来ずに状況を見ていたガイががっくりと肩を落とす。

そんなガイの言葉に、しかしはジェイドに同意するようにコクリと頷いた。

「アニス、生き生きしてる」

「そこは否定しないが・・・」

目を輝かせながらナタリアと喧嘩をしているアニスは、確かに生き生きとしている。―――もしかすると彼女との喧嘩の方が、アニスにとっては楽しい事なのかもしれない。

一向に収まる気配の見えないルークを巻き込んだアニスとナタリアの喧嘩を眺めていたジェイドは、しかしふと落ち着きなく辺りを見回しているティアに気付いて僅かに首を傾げた。

「・・・ん?ティア?」

どうかしたのですか?―――そう声を掛ける前に、ティアはビクリと身体を震わせて。

「きゃああぁぁ!!」

「ルーク様ぁ!!」

突如、何の前触れもなく上がった悲鳴に、アニスは咄嗟にルークにしがみついた。

そんなアニスの声にハッと我に返ったティアは、ふと自分に集まった視線に気付いて思わず頬を赤らめる。

「どうしました?」

「あ、な、なんでもないわ」

不思議そうな顔をしたジェイドの問い掛けにおろおろとした様子で返事を返すティアは、挙動不審そのものだ。

けれど何かを必死に隠そうとしている彼女にそれ以上突っ込むのも気が引けて、ジェイドは彼にしては珍しく大人しく口を噤む。

そんなティアを、喧嘩を中断して眺めていたアニスが、小さく首を傾げながらルークを見上げた。

「なんでしょうね、ルーク様」

「さぁな」

知らない、というよりはまったく興味がないのだろう。

ルークがあっさりとそう答えた事でハッと我に返ったナタリアは、またもやアニスがルークにしがみついているのに気付いて眉を吊り上げた。

「離れなさい!!」

もうなりふり構っていられないらしいナタリアに強引に引き剥がされそうになったアニスは、必死にルークにしがみつきながらも可愛らしい声で縋るように声を上げる。

「いや〜ん。だってここ、暗くてじめじめしててお化けとか出そう・・・」

「出ないわよ!!」

可愛らしく女の子をアピールするべく口を開いたアニスを遮って、ティアの悲鳴のような声が響く。

それに思わず目を丸くした面々に気付いていないのか、ティアは何かを振り払うように颯爽と足を踏み出した。

「で、出ないんだから!そんなもの、出ないんだから!」

まるで自分に言い聞かせるようにそう呟きながら歩き出したティアをぼんやりと見つめながら、は不思議そうに首を傾げる。

「ティア、背中に・・・」

「きゃぁぁぁああ!!」

そうして何気なく口を開いて手を伸ばしたの声を遮って、またもやティアの悲鳴が響き渡る。

それに思わずビクリと肩を揺らしたは、しかしすぐさま気を取り直したようにティアの背中に手を伸ばして。

「・・・ゴミ、ついてた」

そこについていた小さな糸くずを見せながらそう話しかければ、ティアはさっと顔を赤らめた。

「な、なんでもないわ!先を急ぎましょう!!」

自分に集まる視線に居心地悪そうに身じろぎしたティアは、すべてを振り切るように踵を返し歩き出す。

その後姿を眺めながら・・・―――珍しいものを見たと、ジェイドは半ば感心しながらもポツリと呟いた。

「怖いようですね」

「嘘だろ・・・?」

導き出された結論に、ルークが信じられないとばかりに目を丸くする。

あの戦場でも表情1つ変えない少女が、何もないただの薄暗い通路を怖がっているというのだろうか。

にわかには信じられないが、彼女の様子を見ているとそうとしか考えられない。

あまりの意外性に驚きながらも、なんだかティアをグッと身近に感じられたような気がして、ルークは先ほどまでのイライラを忘れて先導するティアを追うように歩き始める。

そんなルークの背中を見つめて、ナタリアはそっとため息を吐き出した。

そうして幼い頃のことを思い出して、僅かに表情を顰める。―――誘拐されたルークの帰還の喜びと、そして絶望を。

そんなナタリアの様子を見逃すはずもなく、たったそれだけの事で彼女の心情を察したジェイドは、前を歩くルークたちには聞こえないよう口を開いた。

「幼馴染で、婚約者のあなたから見ても、彼の記憶障害は酷いものですか?」

ジェイドの問い掛けに、ナタリアはピクリと肩を揺らす。

しかしナタリアはその動揺を押し隠し、毅然とした態度でキッパリと言い切った。

「心配はしておりません。必ず元のルークに戻してみせます」

返ってきた答えに、ジェイドは僅かに眉を顰める。

彼女の口からそんな言葉が出てくるという事は、ルークの記憶障害は相当酷いのだろう。

記憶を失う前のルークがどんな子供だったのかは勿論知りようもないが。

「・・・あの約束も、必ず」

ナタリアは自分自身に言い聞かせるかのようにそう呟き、そうしてジェイドから更なる問いが投げかけられる前に早足でルークの元へと歩いていく。

そんなナタリアの背中を見送って・・・―――は隣を歩くジェイドへと視線を向けた。

「・・・ルークの記憶障害、とても酷いみたい」

「そのようですね」

「・・・ジェイド」

態度こそ普段と変わらないものの、ジェイドの心情が痛いほどわかるは、苦しげに眉を寄せる。

ルークの記憶障害が、ジェイドの考えている事と関係があるのか。

その可能性は、非常に高いといえた。―――ルークの関係者から聞く事の出来た情報と自身の持つ知識を照らし合わせれば、それは当然の事のように思える。

けれどそれが真実ではない事を、今は祈るしかない。

ジェイドとのそんな様子に気付くこともなく、ルークはさっさと先頭を歩き始めたナタリアを認めて思わず声を上げた。

「おい、もう少しゆっくり歩けよ」

「焦ったって仕方ないですよぉ」

ルークに同意するように、アニスもまたナタリアに向かいそう声を掛ける。

しかしナタリアはまるで何かに追い立てられているかのような様子で振り返り、心持ち表情厳しく言い放った。

「導師イオンがかどわかされたんですよ?それに、アクゼリュスでは人々が苦しんでいるのです」

「気持ちは解るわ。でも、こういう時こそ慎重に行動するべきよ」

「そうですよ、ナタリア様」

焦っても仕方がない。

それにここで自分たちに何かあっては、導師イオンもアクゼリュスの人々も救う事は出来ないのだ。―――それは解っていたけれど・・・。

「待って!」

しかし咄嗟に反論しようとナタリアが口を開きかけたその時、ティアが鋭い声色で声を上げた。

「なんですの?さっさと行かないと日が暮れて・・・」

焦りを隠そうともしないナタリアが、苛立ちも露わに口を開く。―――その背後に潜む影に気付いた面々は、思わず目を見開いた。

「危ない!!」

ティアがナタリアに向けて駆け出す。

それと同時に襲い掛かってきた巨大な生き物を目に映して、ナタリアも漸く自分の身の危険を察した。

「行くぞ!!」

ティアによって身の危険を回避したナタリアを確認したルークとガイは、それぞれ剣を抜きつつ駆け出す。

その背後でジェイドもまた己の腕から槍を出現させたのを認めて、は素早い動きでチェーンを放った。―――放たれたチェーンはモンスターの動きを僅かに封じ、その隙にルークとガイ、そしてジェイドが一斉に攻撃を仕掛ける。

その強力な攻撃に耐え切れるはずもなく、モンスターが大きな音を立ててその場に崩れ落ちた。

「なんだ、コイツは・・・」

「さながら、この廃工場の主と言ったところでしょうか」

既に動かなくなったモンスターを見下ろしつつ、ルークが困惑したように呟く。

それにさらりと答えたジェイドは、グルリと辺りを見回した。

こうしてみる限り、今のような魔物が潜んでいる気配はない。

古く誰も立ち入らなくなった場所故に、ここは魔物の格好の住処となっているのだろう。―――早々に立ち去った方が良さそうである。

そんなジェイドを見やり、ルークはいつの間にか彼の手に握られている槍を思い浮かべ、訝しげに口を開いた。

「前から気になってたんだが、その槍・・・」

確か、つい先ほどまでジェイドは手ぶらだったはずである。

どこかに隠し持つには目立ちすぎるし、折りたためるような物にも見えない。

一体どういう事なのかと不思議そうな様子を見せるルークに、ジェイドは僅かに笑みを漏らした。

「コンタミネーション現象を利用した、融合術ですよ」

「・・・こんたみ?」

聞いた事のない言葉に、ルークは訝しげに眉を寄せる。

それを認めて、説明するかのようにガイが口を開いた。

「物質同士が、音素と元素に分離して融合する現象・・・だったっけ?」

「そうです。生物と無機物とは、音素は元より構成元素も違います。その違いを利用して、腕の表層部分に一時的に槍を融合させてしまっておくのです」

「・・・へー」

「大佐だから出来る、すっごく難しい技なんですよねぇ」

なんだか解ったような解らないような説明に、ルークはとりあえず相槌を打っておいた。

確かに便利そうだけれど・・・―――これ以上聞いても解らないだろうし、また詳しく聞きたいと思うほど、そういった現象に興味があるわけでもない。

そんな臨時で開かれた勉強会の脇で、先ほどティアに助けられたナタリアは自分を支えるティアを見上げて気まずそうに・・・そして照れくさそうに口を開いた。

「ティア、ありがとう。・・・助かりました」

「いいのよ」

ナタリアから告げられたお礼の言葉に、ティアはやんわりと微笑み返す。

そうしてナタリアは改めて一行に向き直り、表情を引き締めて。

「皆様も、ご迷惑をおかけしました。これからは十分に注意致します」

丁寧に告げられた謝罪の言葉に、アニスは思わず目を丸くする。

「あれ、案外素直・・・」

身分の高い人間は傲慢な者が多いだろうと先入観を持っていたアニスは、ナタリアの思ったよりも素直な態度に驚いた。

まさか、キムラスカの王女が他国の軍人に頭を下げるなんて・・・―――そんな驚きを前に、しかしルークは素っ気無い様子で踵を返した。

「ふん、足引っ張んなよ」

面倒臭そうに告げられた言葉に、アニスは先ほどナタリアと喧嘩していた事も忘れて僅かに眉を寄せる。

やっぱり、身分の高い人間は傲慢な者が多いのかもしれない。

先ほど抱いた思いなどあっさりと姿を隠し、しかしアニスはそれを感じさせないよう笑顔を浮かべながら、先を歩き始めたルークの後を追った。

 

 

そうしてどれほど歩き続けただろうか。

もう正直うんざりしていた一行は、既に誰も無駄口を叩く事なく歩き続ける。

そんな空気を打ち破るように、ふと立ち止まったガイが辺りを見回しながら口を開いた。

「確か、この辺りに出口があるはずなんだが・・・」

その言葉に、全員の表情が僅かに明るくなる。

どこに出るのかまでは解らないが、漸くこの薄気味悪い廃工場から脱出できるのだ。―――そう思うと、俄然テンションも上がるというものである。

そんな期待に満ちた眼差しを一心に受けながら出口を探していたガイは、漸くそれを探し当て首だけで振り返った。

「非常口だ。ここから外に出られるぞ」

「マジか!!」

ルークの勢いのよい声に押され、ガイは非常口の前から身を引く。

確かにそこには、人ひとりが出入りできるくらいの穴があった。

「よし、外に出るぞ」

ルークは身を引いたガイの隣をすり抜け、非常口に身を滑り込ませる。

そうしてそこにあったはしごを伝って地面へと足をつけたルークは、きょろきょろと辺りを見回しつつ小さく呟いた。

「どこだ、ここは・・・?」

雨が、降っていた。

辺りには薄く霧が立ち込め、視界がはっきりしない。

見覚えのない場所だが、屋敷に幽閉されていたルークにとっては見覚えのある場所などあってないようなものだ。―――なにせ自分が住んでいた街でさえ、彼にとっては見覚えのないものだったのだから。

しかしそのはっきりとしない視界の中でも確認できた異質なものを目に映して、ルークは思わず目を見開いた。

見覚えのある陸艦。

ルークにとって見覚えのある陸艦など1つしかない。

かつて一時は自分も乗り、そうしてオラクル騎士団に襲撃されたタルタロス。―――そうしてそれに乗り込むアッシュとイオンを確認して、ルークは思わず剣を抜き駆け出した。

「イオンを、返せぇ!!」

タルタロスに乗り込む寸前だったアッシュに斬りかかるが、それはあっさりとアッシュの剣によって受け止められる。

その時、漸くルークの後を追って地上へと脱出した面々は、事態に気付いて思わず目を見開いた。

「あれは・・・!」

「なんですの!?―――っあ!!」

何故こんなところにタルタロスが・・・そしてオラクル騎士団がいるのか。

あまりにもタイミングの悪いそれを嘆く間もなく、全員が剣を合わせるルークとアッシュを見つめながら呆然と立ち尽くす。

「・・・アッシュ」

剣を合わせる2人を見つめながら、はポツリと呟いた。

ルークとアッシュ、2人は似ていると思っていた。

どこがと上手く説明は出来なかったが、こうして並んでいる2人を見れば一目瞭然である。

雨に濡れて、髪型が崩れているアッシュの姿は、より似て見える。―――髪型を少し変えるだけで印象も変わるものなのだと、こんな状況にも関わらずは感心したように頷いた。

「ルーク!!」

しかしそんな悠長に構っていられる事態ではない。

誘拐されたイオンがそこにいる以上・・・―――そしてアッシュと剣を合わせているルークを認めて、ガイは慌てた様子で加勢すべく駆け出した。

しかしそれは、タルタロスの砲撃によって阻まれる。

『アッシュ、今はイオンが優先だ』

「解っている」

タルタロスから響いた声に、アッシュは不愉快そうに返事を返すと、合わせていた剣を弾いてルークをタルタロスの外へと押し出す。

そうして思わず尻餅をついたルークを見下ろして、アッシュは冷たい視線をルークへと向けて吐き捨てるように言い放った。

「ふん、いいご身分だな。ちゃらちゃら女を連れやがって・・・」

踵を返したアッシュがイオンを連れてタルタロスへと消えるが、あまりの出来事にルークは追う事すら忘れて呆然とその場に座り込む。

「今のは・・・」

「今のが、鮮血アッシュ?でも・・・」

遠目からルークとアッシュの2人を見ていたアニスが、戸惑いを隠せずそう呟く。

それほどまでに、それは不思議な光景だった。

「アイツ、俺と同じ顔・・・」

もう既に姿の見えなくなったタルタロスの去った方角を見つめ・・・―――そうしてアッシュの顔を思い出したルークは、耐え切れなくなったのか口元を押さえて蹲る。

自分と同じ顔をした、誰か。

それは似ているという言葉で済ませるには、あまりにも・・・。

「ルーク!!」

苦しげに嗚咽を漏らすルークに駆け寄ったガイは、すぐさま彼を支えるように手を伸ばした。―――もちろん、ガイの表情にも戸惑いの色は浮かんでいたけれど。

しかしそんな中でも、いつもと同じように飄々とした様子を崩さないジェイドが、先ほどのルークと同じくタルタロスの去った方角へと視線を向けつつ口を開いた。

「敵に姿を見られてしまいました。おとり作戦は失敗のようですね」

元々、廃工場などを移動する羽目になったのは、オラクル兵たちに見つからないよう街を脱出する為だ。

それが、こんなところで六神将と鉢合わせしてしまうとは・・・―――イオンの無事が確認できた事は良かったが、先ほどまでの自分たちの苦労は水の泡になってしまった。

そして、おとりとして海路を選んだヴァンも・・・。

しかしそれを悔やんでいても仕方がない事も事実だった。

悔やんでも、アッシュたちの記憶から自分たちの姿を消せるわけではない。―――問題は、これからどうするかなのだけれど。

そこまで考えたジェイドは、今もまだ嗚咽を繰り返すルークを見下ろして。

「どうします?このまま陸路でイオン様を追いますか?それとも、一旦バチカルに戻り、当初の予定通り海路で・・・」

「大佐!!」

「何もこんな時に・・・!!」

あまりにも淡々としたジェイドの態度に、アニスとナタリアから非難の声が上がる。

勿論2人の気持ちも解らなくはないけれど・・・―――しかし事は一刻を争うのだ。

イオンの身がいつまでも安全とは限らない。

そしてアクゼリュスもまた・・・―――どちらも危機に面しているのが現実なのだ。

そんな緊迫した空気の中、今まで俯いていたルークが苛立ったようにジェイドを見上げ、堪らないとでもいうように声を荒げた。

「なんでだよ。なんで俺がそんな事決めなきゃなんねぇんだよ!!」

まるで子供のような癇癪を起こすルークを静かに見下ろして、ジェイドは冷たささえ漂わせる声色でキッパリと告げる。

「責任者は、あなたなのでしょう?」

そう、責任者は親善大使であるルークだ。

建前上でも、そして彼は自分でそう言ったのだ。―――責任者は、自分だと。

突き放したようなジェイドの言葉に、ルークは思わず唇を噛み締める。

どうして自分がこんな目に合わなければならないのか。

もうすべてを投げ出してしまいたいと思う傍ら、アクゼリュスで待っているだろうヴァンを思うとそれも出来ない。

様々な葛藤を繰り返し、そうしてただ静かに・・・ある者は心配げに返答を待つ面々を見上げて、ルークはヤケクソ気味に声を上げた。

「イオンを・・・イオンを追う!」

 

 

一行は、ケセドニアに向けて砂漠を歩いていた。

アッシュとの接触からこれまで、パーティには暗く重い雰囲気が流れている。―――その理由など明白ではあったが。

まるで生き写しのようにそっくりな、ルークとアッシュ。

それがどういう事なのか、何か意味があるのか・・・―――そんな事は知りようもないけれど。

そんなメンバーの最後尾を歩くジェイドは、無言のまま歩き続ける彼らを見つめながら、気付かれない程度に小さく息をつく。

逃れられない運命。

あるいは、それすらも預言に示されているのだろうか?

そんな思いを抱くけれど、勿論答えなど返ってくるはずもない。

「・・・ジェイド」

「なんでもありませんよ」

ジェイドのため息を聞き逃さなかったの心配げな視線に軽く笑みを返して、ジェイドはそっとルークを見つめる。

ちょうど、その時だった。

「・・・うわっ!!」

先頭を歩いていたルークが突然苦しげな声を上げ、頭を抱えながらその場に膝をつく。

「ご主人様!」

「また、例の頭痛か?」

慌てて駆け寄るミュウとガイが咄嗟にルークを支える中、ガイの口から漏れた意味深な言葉にジェイドは僅かに眉を上げた。

「例の頭痛・・・?」

「誘拐された時の後遺症らしいのです。時々頭痛がして、酷い時は幻聴も・・・」

「待て、アッシュ!!」

ジェイドの疑問に、心配そうにルークを見ていたナタリアがそう説明する。―――しかしそれを遮るように、ルークはこの暗い雰囲気の原因でもある男の名を呼んだ。

「ルーク!」

まるで何かを掴むように手を伸ばしてそう叫んだルークに、ガイは咄嗟に彼の名を呼んだ。

それにハッと我に返ったらしいルークが額に手を当てるのを横目に、ジェイドは静かに問いかける。

「アッシュと言っていましたが・・・」

何故、この場面で彼の名が出てくるのか。

そんな疑問を投げ掛けるジェイドの問いに、呆然と足元の砂を見つめていたルークがポツリと呟いた。

「ザオ遺跡。そうアイツは言っていた」

言っていた?

ルークの言葉の意味が解らず首を傾げる面々を前に、しかし何かを確信した様子のルークは挑むように顔を上げて。

「ザオ遺跡に、イオンはいる!」

確信を持ったその声に、全員戸惑いの表情を浮かべたまま。

 

砂漠に吹く熱い風が、頬を撫で空へと舞い上がった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

終わりが・・・!(握り拳)

主人公の出番がびっくりするほど少ないです。

苦し紛れに介入させようとすれば、ただジェイドの名前を呼んでいるだけという。(あいたた)

この辺はもう、さらっと流す勢いで行きたいんですが。

作成日 2008.11.23

更新日 2009.9.20

 

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