デオ峠を越えたところに、その街はあった。

「瘴気が、こんなに広がっている」

街を目前にして、そこに広がる光景に思わず呟く。

うっすらと、街を覆うように漂う瘴気。

普段は活気あるだろうその街は、けれど今は沈黙に沈んでいる。

「予想以上だな・・・」

街を見下ろしながら、ガイが呆然と呟いた。

救援を必要とするくらいなのだから被害はそれほど小さくはないだろうと思っていたけれど、まさかここまで酷いとは思ってもいなかった。

これでは、街の人たちの命すら危ういのではないか?―――そんな思いが、現実として重くのしかかってくる。

「ここが・・・」

そんなガイの呟きを耳に、同じく街を見下ろしたルークがポツリと呟く。

その言葉を引き継ぐように、ジェイドは薄く目を細めて口を開いた。

「鉱山の街、アクゼリュスです」

 

崩落する世界

 

アクゼリュスの現状は、想像していたよりも酷いものだった。

街のそこかしこで苦しむ人たち。

もう1人で歩く事も出来ないのだろう。―――家の壁に身体を預けて、ぐったりとしている人もいる。

そんな光景を前に立ちつくし、呆然と見つめていたナタリアが掠れる声で呟いた。

「酷い・・・」

「みんな苦しんでるですの」

ミュウもまた、怯えたように辺りを見回す。

それほど、事態は切迫しているのだ。

あまりの光景に呆然と立ち尽くす一行の耳に、不意に子供の泣き声が届く。

それに引かれるように視線を向けると、そこにはぐったりと座り込む母親の傍で泣き叫ぶ子供の姿があった。

「大丈夫ですか?しっかりして!」

それに気付き、ナタリアは慌てて母親に駆け寄る。

早くなんとかしなくては・・・―――ナタリアが、心の中で強くそう思った時だった。

「よせよ、ナタリア。汚いし、伝染るかもしれねぇぜ」

不意に背後から聞こえたルークの声。

振り返れば、そこには嫌そうに表情を歪めながらこちらを見つめるルークの姿がある。

それを目に映したナタリアは、自分に掛けられたあまりの言葉にグッと唇を噛み締めた。

「・・・何が汚いの?何が伝染るの?馬鹿な事仰らないで!!」

そう一喝し、ナタリアは湧き出る怒りを押し殺し、ルークの言葉など無視して目の前の母親の介抱に当たる。

それを見ていたティアたちも、お互い顔を見合わせて頷いた。

「私たちも・・・」

「うん!」

「よし、俺たちも」

ティアの声を合図に、アニスとイオン・ガイも倒れている人々の介抱に向かう。

「・・・ったく、どうなっても知らねーぞ」

そんな面々を呆れた様子で眺めながら、ルークはため息混じりに呟いた。

こんな事などしなくとも、ヴァンと合流すればすぐに問題は解決するのに・・・―――そう口には出さずに心の中だけで呟けば、まるでそれを読み取ったかのようなタイミングでジェイドが辺りを確認しながら口を開く。

「・・・おかしいですね。グランツ謡将と先遣隊の姿が見えませんが」

陸路を選んだ自分たちとは違い、海路を選んだヴァンと先遣隊はとっくに到着しているはずだ。

だというのに、今もまだアクゼリュスの人々が介抱された様子もなければ、先遣隊の姿も見えない。

一体、彼らはどこに・・・?―――そんな疑問に眉を顰めたその時、背後から掛けられた声にジェイドは視線をそちらへと向けた。

「あんたたち、キムラスカ側から来た人たちかい?」

「え?あー・・・あのー・・・」

ジェイドたちを認めて駆け寄ってきた男の問いに、ルークは咄嗟に言葉が出ないのかうろうろと視線を彷徨わせる。

それを押しのけるようにして、男の存在に気付いたナタリアが一歩前へと歩み出た。

「はい、そうです。わたくしはキムラスカの王女、ナタリアです。ピオニー陛下からの依頼を受け、皆さんを救出に参りました」

ナタリアの明瞭な答えに、男はひとつ頷いて。

「お待ちしてました。私はここの現場監督です。皆さんの事はグランツ謡将からお聞きしています」

どうやら、彼はこの街の人間であり、ヴァンから伝言を頼まれたらしい。

これほど瘴気が充満していても、まだ動ける人間はいるのだ。―――その事実に僅かにホッとする面々を他所に、ジェイドは表情を動かす事無く男に向かい問いかけた。

「で、謡将は?」

「奥の坑道に行ってます」

男の示す先を見ると、確かにそこには坑道がある。

「そこが瘴気の発生源のようですね」

ヴァンがそこへ向かったというのだから、おそらく間違いはないだろう。

問題は、これからどうするのかだけれど。

「どうします?」

「そうですねぇ・・・。我々も向かった方が良いでしょう」

そんな問い掛けに、ジェイドは少し考えた後ひとつ頷く。

ともかくも、瘴気の発生源を確認しておく必要がある。

ヴァンと先遣隊がそこへ向かったというのならば、自分たちも行くべきだろう。―――もしかすると、まだ坑道の中には人が残っている可能性もあるのだ。

ジェイドの決断に全員が頷くのを認めて、ルークは不機嫌そうにそっぽを向く。

「・・・決めんのは、親善大使の俺だろ?」

だというのに、どうして彼らは悉く自分を無視するのだろうか。

どんどんと募っていく不満に、ルークは小さく鼻を鳴らすと、早速坑道へと向かう一行の後について歩き出す。

ヴァンに合流さえすれば、自分は英雄になれる。

そうなれば・・・。

そんな思いだけを胸に、ルークはただヴァンに会いたい一心で足を進めた。

 

 

「この坑道みたいだな」

問題の坑道の前に立ち、ガイはその奥を見据えるように目を細める。

現場監督の言葉通りだとすれば、ここにヴァンが居るのだろう。―――そうして、瘴気の発生源でもある。

一体どうやれば瘴気を止める事が出来るのかは解らないが、ともかくも現状を把握しておく必要がある。

そう結論付けて、一行が坑道内に足を踏み入れようとしたその時だった。

「お待ちしておりました」

不意に声が掛けられ振り返ると、そこにはオラクル兵の姿がある。

どうやら自分たちを追いかけてきたオラクル兵とは違い、何らかの任務でこの地に来ているようだ。―――その兵士の姿を認めて、ティアが一歩前に進み出る。

「・・・すみません」

そう断り、ティアは一行から少し離れたところに移動した後、オラクル兵と話し始めた。

おそらくは、聞かれたくないのだろう。

そんな2人の様子を遠目に眺めながら、ジェイドは隣に立つイオンへと視線を向けた。

「教団の任務ですか?」

「そのようです。僕にも詳しい事は解りませんが・・・」

導師であるイオンにも、詳しい事は伝えられていないらしい。

勿論ジェイドたちには教団の内部事情など詳しく知り様もないが、大詠師であるモースを見ていれば、教団の実権は事実上イオンではなく彼が握っているのだろう。

もっとも、イオンがそんなものに拘るような人物ではない事は解っているけれど。

「ま、仕方ありませんね。―――では、我々だけで行きましょう」

ともかくも、ティアにはティアの仕事があるのだろう。

ティアは、今回のアクゼリュス救援隊に同行していただけで、実際それを命じられているわけではないのだ。

そう結論を出したジェイドに、兵士と話し終えたティアは小さくお辞儀をしてから兵士と共にどこかへと去っていく。

それを黙って見ていたルークは、去っていくティアに気付き慌てたように声を上げた。

「お、おい!どこ行くんだよ!!」

「他に仕事があるんだとさ。―――行こうぜ」

ガイの促しに、ルークは不満げに眉を寄せる。

「アクゼリュスを救う事より大事な仕事があるってのかよ」

その為にここまで来たというのに・・・―――そんな思いを込めてティアの後姿を見つめるが、当然ながら彼女が振り返る事はない。

それに更に不機嫌そうに眉を寄せたルークは、しかし再び掛かったガイの声に気を取り直したかのように坑道内へと足を向けた。

別に、ティアがいなくても問題はないのだと結論付けて。

自分が・・・そしてヴァンさえいれば、アクゼリュスを救う事が出来るのだからと。

「表より、瘴気が濃くなっていますね」

薄暗い坑道内を歩きながら、ジェイドがしみじみとそう漏らす。

確かに彼の言う通り、坑道内の瘴気は街のそれとは濃度が違う。―――霧のように辺りに漂うそれは、見た目でも解るほど濃さを増していた。

「なぁ、俺たちは大丈夫なのか?瘴気ってやつが充満してるんだろ?」

「長時間、大量に吸い込まなければ大丈夫なはずです。もっとも、坑道の奥の方は酷いようですが・・・」

確かにジェイドの言う通り、進めば進むほど瘴気が濃くなってきている。

本当に大丈夫なのかよ・・・と思わず心の中でぼやいた頃、ひたすら足を進めていた一行は漸く開けた場所へと出た。

けれどそこに広がっていた光景は、街の中のそれよりもっと酷いものだった。

 

 

倒れているたくさんの人たち。

おそらくはみんな鉱山で働いている男たちなのだろう。―――全員が瘴気に侵され、既に自力で立つ事も出来ない状態に陥っている。

「そんな・・・」

あまりの光景に、ナタリアが驚愕の声を上げた。

こんなにも状況が酷いなんて・・・―――そんな言葉を、ナタリアはなんとか飲み込んで。

「やはりこの奥が発生源のようですね」

辺りをゆっくりと見回しながら、ジェイドが確信したとばかりに呟いた。

それを認めて、アニスが窺うようにジェイドを見やる。

「じゃあこのまま進みます?」

しかしアニスの問いは、すぐさま掛けられたイオンの言葉に掻き消された。

「いえ、先にこの方たちの救出を」

「それが良いでしょう。ここの瘴気は特に濃い。このままでは危険です」

イオンの言葉に同意を示したジェイドの声に、全員が慌てた様子でそれぞれ救出に向かう。

ともかくも、まずはこの人たちを安全な場所に避難させる事から始めなければ。

街の中も瘴気が満ちているが、だからといってここにいるよりは断然ましだろう。

そんな思いを胸にそれぞれが救助に当たる中、しかし辺りを見回していたジェイドは訝しげに眉を寄せた。

ここにも先遣隊がいない。

現場監督は、確かにヴァンは先遣隊と共に坑道に向かったと言っていたというのに。

だとするならば、もう既に発生源と思われる坑道の奥へと進んでいるのだろうか。―――ここで倒れ動けない人たちをそのままにして?

そんな疑問を抱くジェイドに気付いたが、不思議そうに首を傾げた。

「・・・ジェイド?」

「いえ、私たちも行きましょう」

そんなに、ジェイドは軽く笑いかけて行動を促す。

ともかくも、今は救助が最優先なのだ。

たとえヴァンや先遣隊の行方が気になるとしても、ここにいる人たちをそのままにしてはおけない以上、出来る限り早く行動する必要がある。

そう結論付けて行動を開始したジェイドととは別に、既に救助に当たっていたガイは、1人では動けない男に肩を貸しつつなんとか立ち上がらせながら、所在無げに立つルークに向かい声を掛けた。

「ルーク!手を貸してくれ」

しかしルークは、そんなガイの言葉に嫌そうに顔を顰めて。

「ああ、何で俺が?病人の世話なんて、親善大使の俺が自らやる事じゃないね」

素っ気無くそう返したルークのあまりの言葉に、ガイは思わず眉を寄せた。

「お前・・・本気でそう思っているのか?」

この光景を見て、本気でそう思っているのだろうか。

この光景を見て、彼は何も感じないのか。

普段よりも幾分低くなったガイの声色に、ルークは一瞬息を飲んだ後、気まずそうにそっぽを向いて背を向ける。

「・・・ルーク」

そんなルークの背中を見送って、ガイは小さくため息を吐き出した。

 

 

は自らの第七音素を使い、人々の回復に走り回っていた。

いくらが軍人といえど、大の男を担ぐ事など出来ない。

だから今のに出来る事は、ジェイドやガイや巨大化したトクナガを駆使するアニスが人々を外へ連れ出すまでの間、彼らの体調を悪化させない事だけだ。

「なぁ、さっさと奥に行こうぜ」

「ダメです。何が起こるか解りません。避難させるのが先です」

不意にルークの声が聞こえ、は何気なくそちらへ視線を向けた。

どうやらルークは早く奥に行きたいらしい。

もっとも、それは救助を第一とするジェイドによって却下されていたけれど。

ルークもそれ以上は反論する様子もなく、は気を取り直して再び男たちの介抱へと戻った。

そうしてどれほどの時間が過ぎただろうか。

あとどれくらいの人が残っているのだろうかと視界を巡らせたは、ふとイオンが坑道の奥へと進むのを認めて小さく首を傾げた。

イオンもと同じように、第七譜術を用いての介抱に当たっていたはずだ。

だというのに、1人でどこへ・・・?―――そんな疑問を抱いたは、目の前の男へもう1度治癒術をかけた後、慌ててイオンの後を追うように坑道の奥へと足を踏み入れた。

ジェイドの言っていた通り、奥に進むに連れてどんどんと瘴気が濃くなっていく。

先に行ったはずのイオンの姿もまだ見つからない。

一体どこまで行ってしまったのかと思ったその時、坑道の奥から弾むようなルークの声が聞こえて思わずその場に足を止めた。

「先生!」

「ルーク、漸く来たか。―――導師イオンもご一緒とは都合がいい」

続いて聞こえてきたヴァンの声に、そこにイオンもいるのだと確信したは、慌ててその場に駆け込んだ。

「イオン!!」

「・・・、どうしたのですか?」

突然のの登場に、イオンは驚いたように目を丸くする。

そんなイオンを見やり、は普段となんら変わらない無表情のままコクリと1つ頷いて。

「イオンが中に入るのが見えたから」

驚くイオンにそう簡潔に説明した後、は視線をルークと・・・―――そしてその後ろに立つヴァンへと向けた。

「ルーク・・・それにヴァン謡将。ここで何をしている?」

たしか、ヴァンは先遣隊と共に先に坑道に入っていたはずだ。

だというのに、救助者を放ったままここで何をしているのか。

そう問いかけるに、しかしヴァンは何も答えない。―――そのままジッとを見つめ、薄く目を細める。

そんなヴァンの代わりに、ルークが誇らしげに口角を上げた。

「へへ、俺たちはアクゼリュスを救うんだよ」

「・・・アクゼリュスを、救う?」

あまりにも唐突な言葉に、は珍しくも僅かに眉を寄せた。

アクゼリュスを救うなどと言われても、その意味するところが解らない。

確かに自分たちはアクゼリュスの救援に来た。―――しかしルークの言う言葉のニュアンスは、自分の言葉のニュアンスとは違うような気がする。

「ヴァン。他の先遣隊は?」

「別の場所で待機させてあります。それよりも導師。早速ですがこの扉を開けていただけますか?」

イオンもまた同じ疑問を抱いたのだろう。

しかし先遣隊の不在を尋ねるイオンに、ヴァンは簡潔に答えた後そう促した。

「これはダアト式封呪。ではここもセフィロトなのですね。ここを開けても意味がないのでは?」

「いえ、このアクゼリュスを再生する為には必要なのです」

明らかに戸惑い疑問を抱くイオンに、けれどヴァンはキッパリとそう言い切る。

それを後押しするように、ルークもまたイオンの傍により懇願するように口を開いた。

「頼むよ、先生の言う通りにしていれば大丈夫だからさ」

「しかし・・・」

「お願いだよ、イオン!!」

迷うイオンに、ルークは更に言葉を重ねる。

「頼むよ!」

「・・・解りました」

「よっしゃー!!」

そうして再三のルークのお願いに、根負けしたイオンはとうとう首を縦に振った。

聞こえるルークの歓喜の声を耳に、は窺うようにイオンへと声を掛ける。

「・・・イオン」

「大丈夫です。ここを開けても、意味がないはずですから」

大丈夫なのかと無言で問いかけるを安心させるようにそう頷き、イオンは促されるままに扉の前へと立つ。

そうしてザオ遺跡で垣間見たのと同じように何かの譜陣が浮かび上がったかと思ったその直後、堅く閉ざされていた扉が音もなく掻き消えた。

「やった!」

「行くぞ」

歓喜の声を上げるルークと、静かな声で促すヴァン。

どうしてルークはこんなにも嬉しそうなのだろう。―――この時初めて、は疑問を抱いた。

最初は、ただヴァンと再会できたから喜んでいるのだろうと思っていた。

しかしこの喜びようは普通ではない。

アクゼリュスを救う事が出来るからなのかとも思うが、ルークが人々の救援にあまり積極的ではなかった事を思い出し、更に湧き上がる疑問に小さく首を傾げる。

一体、この奥には何があるのだろうか。

がそんな疑問を抱いた時だった。―――突然、ルークが頭を抱えて苦しみだしたのは。

「・・・ルーク?」

不意に思い出されるのは、砂漠での出来事。

記憶を失った時の後遺症で、けれどあの時はアッシュの声が聞こえたと言っていた。

まさか今回も何かあったのだろうか?

しかしがそれを問いかける前に、先を歩いていたヴァンがルークの頭痛を気にした様子もなく振り返り声を掛けた。

「ルーク、何をしている?」

「あ、はい」

ヴァンの問いに、ルークはスッと背筋を伸ばす。

どうやら頭痛は一瞬で治まったらしい。

一体先ほどの頭痛はなんだったのかと訝しげに眉を寄せるルークに、ヴァンはすかさず言葉を続けた。

「今こそお前の力で、瘴気を中和させるのだ」

静かな声色で告げられる言葉。

それにルークがしっかりと頷くその傍らで、イオンは驚いたように声を上げた。

「瘴気の中和!?そんな事が出来るのですか?」

そんな話、聞いた事などない。

しかし驚きの声を上げるイオンに、ルークは自慢げに笑ってみせた。

「出来るさ!俺は、英雄だからな」

「・・・英雄」

ルークの言葉に、は僅かに眉を寄せる。

なんだか、解らない事ばかりだ。

姿の見えない先遣隊。

救助者をそのままに、この場にいたヴァン。

セフィロトへと続く扉の開放。

そして瘴気の中和。

何かが可笑しい気がする。

そうは思うけれど、何が可笑しいのかが掴めない。

出来る事ならばすぐさまジェイドに報告したいが、おそらくヴァンもルークも待ってはくれないだろう。

そしてイオンをこのまま置いていけない以上、は事の真相を確かめる為にも付いていく他なかった。

そうしてヴァンの促しのままに扉を抜けて進んだルークたちは、不意に広がった光景に思わず感嘆の声を上げた。

「うわー・・・。なんだ、こりゃ」

坑道内とは違い、眩しいほどの光が溢れる部屋。

部屋の中央には、見上げるほど巨大な音機関がある。

どうやらその操作盤はずっと下の方にあるらしい。―――スロープを下って漸くその場に辿り着いたヴァンは、見た事のない光景に目を丸くするルークに向かい指示を出した。

「ルーク、この音機関・・・―――パッセージリングに向かい、意識を集中するのだ」

「はい」

一緒に旅をしていた時からは考えられないほど、ヴァンの言葉に素直に頷くルーク。

言われるがままに、パッセージリングと呼ばれた音機関に手を翳すルークを認めて、イオンは訝しげに声を掛けた。

「本当に、大丈夫なのですか?」

しかし、イオンの問いにヴァンは何も答えなかった。

それに更に声を掛けようとしたイオンは、しかしすぐにその異変に気付き視界を巡らせる。

パッセージリングに向かい手を翳すルークに呼応するように、部屋中が震えている。

まるで何かに耐えるように音を上げるパッセージリングに、イオンは漸くその原因がルークである事に気付いた。

「・・・何かがおかしい!危険です!止めさせましょう、ヴァン!」

「よし、そのまま集中しろ」

しかしそう告げるイオンの言葉を無視して、ヴァンはルークに続けるよう命じる。

「ヴァン!」

イオンの焦りを含んだ声色に、こちらも異変に気付いたは咄嗟に腰のチェーンへと手を伸ばした。

相手に止める気がないのなら、強引に止めさせるしかない。

そう結論付けたが行動に出るその前に、しかしはヴァンがニヤリと口角を上げた事に気付いた。

瞬間、ゾクリと背筋に悪寒が走る。

僅かに笑みを浮かべたヴァンが、ゆっくりと口を開く。

「・・・『愚かなレプリカ・ルーク』。―――力を解放させるのだ」

煩いほどの音がパッセージリングから発せられる中、何故かその静かな声は妙に強くの耳に届いた。

愚かな、レプリカ・ルーク?

そんな疑問を抱く間もなく、異変は更に激しさを増した。

「・・・っ!―――ルーク!!」

「・・・っ!」

思わず声を上げてルークの名を呼ぶが、ルークは既に身体の自由が利かないのか手を翳したまま。

その直後襲った強い衝撃に、は咄嗟にイオンを庇うべく手を伸ばした。

「・・・・・・っ!!」

強引にイオンを引き寄せ、けれど強い衝撃に耐え切れるはずもなく、とイオンは吹き飛ばされ壁に打ち付けられる。

そのあまりの衝撃に思わず息を飲んだは、体勢を立て直す事も出来ずにその場に崩れ落ちた。

すんでのところでに庇われたイオンもまた、強すぎる衝撃にその場に倒れる。―――庇われる事で多少威力は落ちていても、やはりそれは耐え切れるものではない。

それとほぼ同時に、パッセージリングが塵となって弾けるようにその姿を消した。

「漸く役に立ってくれたな、レプリカ」

「せ、先生・・・」

ぼんやりとする意識の中、酷く冷たいヴァンの声と大きな戸惑いを抱いたルークの声がの耳に届く。

一体、何が起こったのか。

身体に走る痛みを耐えながらゆっくりと顔を上げると、その場に崩れ落ちるルークの姿が目に映った。―――どうやら、意識がないらしい。

「・・・ヴァン、謡・・・」

そしては気を失ったルークから、ヴァンへと視線を移す。

するとヴァンはまだ意識のあるを認めて、ゆっくりと足を踏み出した。

驚くほど静かな空間に、コツリと小さく靴音が響く。

霞む視界の中、ヴァンが僅かに口角を上げた気がした。

そうして倒れ動く事も出来ないの前に立ち、ヴァンがその手を伸ばしかけた時だった。

「畜生!間に合わなかった!!」

突如静寂を打ち破るように、焦りと悔しさの滲んだ声が部屋中に響き渡る。

その声の主を見上げて・・・―――アッシュの姿を認めたヴァンは、へと伸ばしかけていた手を止め、アッシュに向かい声を荒げた。

「アッシュ!お前は来るなと言ったはずだ!!」

「残念だったな。あんたが助けようとした妹も、もうじき来るぜ」

ヴァンの怒声に、アッシュはいい気味だと言わんばかりに声を上げる。

それに小さく舌打ちをして・・・―――ヴァンはすぐさま気を取り直し、合図を出して待機させていたグリフィンを呼び出した。

グリフィンはヴァンと、そして部屋に飛び込んできたアッシュを抱え宙へと舞い上がる。

「くっ!離せ!!」

「イオンを救うつもりだったが、お前を失うわけには行かないのでな」

なんとか逃れようと暴れるアッシュを見つめながら、ヴァンは仕方がないとばかりにそう告げる。

イオンを失う事は痛手だが、アッシュとは比べるべくもない。

そしてそのままアッシュを坑道の外まで避難させるようにと、グリフィンに命じた時だった。

「兄さん!!」

アッシュの言葉どおり、ヴァンの策によってこの場からは遠ざけられていただろうティアが部屋に飛び込んでくる。

そんなティアに続いて、ジェイドたちもまた慌てた様子で部屋の中に足を踏み入れた。

「ルーク!!」

「イオン様!!」

室内に飛び込んだガイとアニスは、それぞれ倒れて動かないルークとイオンを認めて驚きの声を上げる。

そんな2人の隣で、イオンのすぐ傍で倒れて動かないを認めたジェイドもまた、普段の彼からは考えられない様子で彼女の名を呼んだ。

「・・・!!」

坑道内に残り、救助者を介抱していたはずのの姿が見えないとは思っていたけれど・・・―――まさかこんなところにいたとは、とジェイドは僅かに目を細める。

おそらく、彼女はジェイドの命を忠実に守ったのだろう。

和平条約締結の為、イオンの力を借りる事を決めた時。

何があっても、イオンの身を守れと。―――そう言ったジェイドの言葉を、は今も忠実に守っているに違いない。

そう結論付けたジェイドの隣で、ティアはグリフィンに抱えられたままその場に在るヴァンへと向けて声を上げた。

「裏切ったのね!?外郭大地は存続させるって言ってたじゃない!!」

「・・・外郭大地?」

ティアの口から漏れた言葉が気にならないわけではなかったが、今はそれを追及している余裕はなさそうだ。

そう判断したジェイドは、ティアとヴァンの話に耳を傾けつつ、今もまだ動けないの救助へ向かった。

「メシュティアリカ、お前にもいずれ解る。この世界の愚かさと醜さが。それを見届ける為にも生き抜くのだ。お前には譜歌がある。それで・・・」

「兄さん!!」

どうあってもティアの言葉を聞くつもりはないらしいヴァンに、ティアはもどかしさと遣る瀬無さに声を震わせた。

しかしティアが更に言葉を続けるその前に、異変は起こった。

大きな揺れと、地響き。

ハッと顔を上げれば、既に天井は徐々に崩れ始めていた。

「マズい!坑道が!!」

崩壊は急激な速さで進行し、逃げ切れるものではない事は明白だった。

気がつけば、既にヴァンの姿もない。

一体どうすれば・・・と思ったその時、この状況にいち早く反応したティアが全員に向かい声を張り上げた。

「私の傍に!早く!!」

切羽詰った状態に、どうするのかなどと問うてる時間などない。

言われるがまま動けないルークとイオン、そしてを抱えてティアのすぐ傍に駆け寄った面々を確認し、ティアは小さく息を吐き出すとゆっくりと口を開いた。

ティアが紡ぐ、不思議な声とメロディー。

それに合わせるようにして、ティアの周りが淡い光に包まれた。

「これは・・・」

しかし、それを気にしている余裕もまたなかった。

突如沈む床。

ガクンという衝撃を感じたかと思ったその時、世界は変わる。

崩れ落ちる外壁。

同じように崩れ落ちる床。

それをまるで他人事のように見つめながら、ジェイドに抱えられたままはそっと目を閉じる。

「・・・世界が、壊れる」

の小さな呟きは、崩壊する瓦礫の音に掻き消された。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

アクゼリュス、崩落編。

やっぱり原作沿いといえど、主人公の出番もそれなりにないとね。と頑張りつつもちょっと空回った感が拭えませんが。

でも、最近主人公いいトコなしだなぁ。(笑)

作成日 2008.12.30

更新日 2010.5.9

 

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