周りを海で囲まれた、他の大陸に比べ比較的小さい島。

その島に、ローレライ教団総本山であるダアトはあった。

主に自給自足で生活の基盤を築いているその街に他の街のような活気はないが、巡礼の為に赴く信者たちで溢れているのは常だった。

どこか張り詰めたような空気が流れるその街の中央には、ローレライ教団の本部である教会が鎮座している。―――ローレライ教団最高指導者である導師イオンに会う為にダアトを訪れたジェイドとは、その教会の扉の前に立ち高くそびえる教会を見上げる。

「導師イオンは非常にご多忙な為、現在は一切の面会をお断りしています。申し訳ありませんが、お引取り下さい」

そう申し訳なさそうに言った教団関係者の顔を思い出し、は隣に立つジェイドを見上げて首を傾げる。

「導師イオンは忙しい、だって」

「そうらしいですねぇ。さて、どうしたものか・・・」

人好きする笑みをその顔に浮かべ、ジェイドは気の無い素振りでの問い掛けに言葉を返す。

「困りましたねぇ・・・」

「うん、困った」

大して困った様子の無い2人は、閉じられた教会の扉の前に立ちポツリとそう呟いた。

 

力の限り突き

〜前編〜

 

先ほどの教団関係者の言葉を反芻し、ジェイドはふむと小さく頷いた。

導師イオンが忙しい事など、解り切っていた事だ。

何しろ世界中に余すところ無く広がるローレライ教の最高指導者なのだ。―――やらなければならない事も多いだろう。

しかし正式な手順を踏んだ面会を断るほど忙しい・・・という事にはいささか疑問が残る。

何しろこちらはマルクトの代表として、ピオニー9世陛下の名代として導師イオンへの面会を求めたのだ。―――それをただ忙しいから断るなど、普通はしないだろう。

そしてそれをするほどまで導師イオンが忙しいとは、とても思えない。

何か重大な問題が発生しているのなら話は別だが、今は特に問題らしい問題は起こっていない筈だ。

そういう報告も受けていない。

だとするならば、何故自分たちは導師イオンへの面会を断られたのか。

「・・・どうしたら、導師イオンに会えるかな?」

「さて、どうすれば良いのでしょうね。―――少なくとも、このまま再び面会を申し入れても、先ほどのように断られるのは目に見えていますが」

「・・・困ったな」

「そうですねぇ。困りましたねぇ」

「何が困ったんですか?」

相変わらず全く困った様子無く「困った」と繰り返す2人の背後から、可愛らしい声がかけられた。

揃って振り返ると、そこには髪の毛をサイドに上げた可愛らしい少女が1人。

子供らしからぬ意思の強そうな目が、とても印象的な女の子だった。

「お2人は、さっきイオン様に面会を申し込んでお断りされてた方たちですよね」

「・・・貴女は?」

にこやかな笑みを浮かべながらもしっかりと警戒しているジェイドに、少女はにっこりと可愛らしい笑顔を向ける。

「神託の盾騎士団導師守護役所属、アニス=タトリン奏長です」

「ほお・・・」

「導師守護役(フォンマスターガーディアン)。導師を守護する親衛隊で、神託の盾の特殊部隊。導師の公務には必ず同行する他、歳の近い話相手としての役割も担っている」

「説明有難うございます、

無表情のまま抑揚の無い声で呟くをサラリと流して、ジェイドは人懐こい笑みを浮かべる少女に向かい、同じく人の良い笑みを返した。―――あくまで表面上、だが。

「それで。導師守護役である貴女が、我々に一体何の用で?」

「イオン様に用があるんですよね。なんでしたら、私が取り次いで上げましょうか?」

未だニコリと微笑むアニスを見下ろし、ジェイドは静かな動作で眼鏡を押し上げた。

ちなみには話に加わる事も無く、1人蚊帳の外である。

「おやおや、それはずいぶんとご親切な事で。―――それでは、貴女の真意をお聞かせ頂きましょうか」

「う〜ん、別に何か企んでるって訳じゃないんですけど。ただマルクトの軍人さんがわざわざイオン様に会いに来るなんて、きっと凄く重要な事なんじゃないかなと思って」

「まぁ、否定はしませんが」

「実はイオン様、大詠師モース様に軟禁されてるんです。だからいくら面会を申し込んでも、イオン様には会えないと思いますよ」

アニスの口からサラリと飛び出た言葉に、ジェイドは面白そうに口角を上げる。

導師イオンが、大詠師モースに軟禁されている。

そんな事、ほいほいと公言して良い事ではないだろうに。

「イオン様が街の外の状況を知る事が出来ない以上、私が代わりにするしかないですよね。そしたらマルクトの軍人さんたちが・・・しかも明らかに位の高そうな人たちが、わざわざイオン様に面会を申し込んでるんですもん。これはやっぱり報告しとくべきかな〜と思ったわけですよ」

おどけた口調で話すアニスを見詰めていたジェイドは、更に口角を上げる。

そうして己の周りに張っていた明らかな警戒心を解き、にっこりとアニスに微笑みかけた。

「なるほど。よ〜く解りました。―――では、他に手も無いようですし、貴女にお願いしますか」

ジェイドはそう言うと、何時の間に用意していたのか・・・―――懐から一枚の封筒を取り出すと、それをアニスへと手渡して。

「これを導師イオンへ渡してください。そこに全てが書かれています」

「は〜い、任せてください!」

子供らしい元気な声を上げ、アニスがそれをポケットの中へとしまう。

「ああ、そうそう。自己紹介がまだでしたね。私はマルクト軍・第三師団師団長・ジェイド=カーティス大佐です」

「マルクト軍・第三師団副師団長・中佐です」

丁寧に名乗った2人を見上げて、アニスは無邪気な笑みを浮かべた。

「は〜い、解りました。それじゃ、私はこれからイオン様にこの手紙を渡しに行きますから、宿屋で待っててもらえますか?ここには宿屋は一軒しかないので」

「ええ、知っています。では、よろしくお願いしますよ、アニス」

「お願い、アニス」

「大船に乗ったつもりで待っててくださいね」

そう言って駆け出したアニスの背中を眺めて。

そして不意に思い出したかのように、ジェイドはアニスの背中に声を掛けた。

「そうそう、アニス。くれぐれも失敗の無いように。もしもこの件が公になり大騒ぎになりでもしたら・・・解っていますね?」

ジェイドの決して笑っていない目を見つめ。

そうしてアニスは何の言葉を返す事も無く、そのまま教会の中へと消えて行った。

後に残されたは、意地悪く微笑むジェイドを見上げて。

「ジェイドのお仕置きは怖い」

「おやおや、酷い言われようですね」

「でも、アニスは裏切らないよ」

「・・・貴女がそう言うのなら、きっとそうなのでしょうね。ま、私もそうなってくれた方が有り難いですが」

軽く肩を竦めて笑むジェイドを、は困ったように見上げる。

ここでアニスが裏切らないという明確な根拠を告げる事が出来れば、きっともう少し信じてくれるのだろうと思うが・・・。

否、きっとジェイドはの言葉を信じている。―――それこそ明確な根拠など無いが、ジェイドとの長い付き合いの中で、はそれを知っていた。

「では、宿でゆっくりとアニスを待ちましょうか。行きますよ、

クルリと踵を返し教会に背を向けたジェイドは、ポケットに手を入れたいつもの動作でチラリとを見やった。

壊滅的な方向音痴であるが逸れないようにと、ごく当たり前に自分に向けられるその動作を、は嬉しく思う。

はほんの微かに頬を緩めて、先を歩き出したジェイドの背中を追いかけた。

 

 

「おっはよ〜ございま〜す!!」

何の前触れも・・・勿論ノックも無く、突然勢い良く開けられた宿屋の一室。

漸く太陽が昇り始めた早朝という時間には相応しくない元気の良い声が、静かな部屋の中に響き渡る。

しかしその部屋に滞在中である人物は、驚いた様子も動じた様子もなく、飛び込んで来たアニスに向かいにっこりと微笑んだ。

「おはようございます、アニス」

「おはよう、アニス」

揃って掛けられた声に、部屋に飛び込んだ当人であるアニスは少しだけ顔を逸らせて悔しそうに目を細めた。

昨日の別れ際に告げられたジェイドの言葉の報復に、驚かせてやろうとこんな朝早くわざわざ早起きまでして来たというのに・・・―――普通ならまだベットの中で眠っているだろうと思われた人物は、既にしっかりと支度を整え、あまつ優雅にお茶を飲んでいる。

もしかして、眠っていないのだろうか?

それともアニスがこんな事をするだろう事を予測して、早起きをしたのだろうか?

どちらなのかはアニスには見当もつかないが、自分の目論見が失敗した事だけは十分に理解できる。―――どちらにしても悔しい思いをするのなら、真実がどうであろうと関係ない。

「2人とも、ずいぶん早起きなんですね」

「いえいえ、アニスには敵いませんよ」

にっこりと微笑むジェイドを見て、アニスは全てが見透かされていたのだと判断した。

さすが軍人だとでも評価しようか。

初めて見た時から一筋縄では行かないだろうと思ってはいたが、まさかここまで癖の強い人物だとは・・・。

アニスが遠い目をしてそんな事を考えていると、その考えさえも見透かしているのか、ジェイドが薄く目を細めて笑み、楽しげな声でアニスに声を掛けた。

「それよりも、アニス。イオン様の件はどうなりましたか?」

さっそく出された本題に、アニスはハッと我に返るとジェイドの元へと歩み寄り、可愛らしく首を傾げて微笑んだ。

「はい。イオン様は是非貴方たちに協力したいと仰いました」

「それは有り難いですね」

「でも・・・1つ、問題があるんですけど」

勧められるままにテーブルについたアニスは、自分にと差し出されたカップに手を伸ばす。

勿論それを淹れたのは、ジェイドではなくだが。

「イオン様がモース様に軟禁されてるって話はしましたよね」

「・・・そうでしたね」

「勿論教会内を歩き回る事くらいは咎められませんけど、警護の名目で常に監視役の兵士がついてます。・・・外に出るなんて、もっての他。見逃してくれるとは思えませんよ」

アニスの言葉に、ジェイドは考えるように顎に手を当てて。

導師イオンといえば、ローレライ教団の最高指導者だ。

それだけ重要であり有名な人物なのだから、おそらくは教会内にいる者ならばイオンの姿を見逃したりはしないだろう。

問題は、どうやって見つかる事無くイオンを教会から連れ出すか・・・だが。

ジェイドとアニスの話を大人しく聞きながらホットミルクを飲んでいたは、唐突に呼ばれた自分の名前に顔を上げた。

視線を移すと、そこには満面の笑顔を浮かべたジェイドが。

、話は聞いていましたね」

「聞いてた、ちゃんと」

「では貴女にお願いします。導師イオンを無傷で教会内から連れ出して来てください」

上司のその言葉に、は両手に持っていたカップをテーブルに戻し、真っ直ぐジェイドを見返してから小さく1つ頷く。

それに慌てたのはアニスだった。

「ちょ、待ってください!教団関係者でもないこの人が、どうやってイオン様を・・・」

「・・・はぇ?」

「私の名前は。この人じゃない」

相変わらず話し方に抑揚は無く覇気も無いが、キッパリと放たれた主張にアニスは呆気に取られてを見返した。

そうしてハッと我に返ったアニスは、無表情のを見返し再び口を開く。

「それじゃ、え〜っと・・・が。教団関係者じゃないが、どうやってイオン様を連れ出すって言うんですか?」

「ま、そこは彼女に任せましょう。大丈夫、こう見えても彼女は私の優秀な部下ですから」

何の気負いも無くさらりと吐かれた言葉に、今度こそアニスは絶句した。

もし失敗したらどうするのか。

今でこそ軟禁状態で済んでいるが、これが見つかればイオンは本当に監禁されかねない。

そうなればジェイドだって困る筈だというのに・・・―――まるで他人事のような口調にアニスはどう反論して良いのか解らなくなった。

けれど知り合ってまだ間もないが、この男がそういうのならば大丈夫なのかもしれないと思えるのも確かで。

そして彼のその態度が、に対する絶対の信頼を表しているような気がした。

だからと言って、それで全てが納得出来るわけではなかったが。

何度も言うが、脱走がバレれば状況が悪くなる事は予想するまでも無い。―――万が一にも失敗は許されないのだ。

本当に、こんなにボンヤリとした子で大丈夫なわけ?という疑惑がありありと顔に出ている事など気付く事も無く、アニスは見極めるようにジッとを見据える。

しかしはその眼差しすら気にした様子無く、再びカップを手に取り静かに中身を飲み始めた。

「ともかく、何かあったら責任は持ちます。・・・なので、アニス?」

「はい?なんですか、大佐」

何となく丸め込まれたような気がしないでもないが、何時までも疑っていても仕方が無い。

イオンが協力を約束した以上、どうにかしてでも脱走を実現させなければならないのだから。

ジェイドに声を掛けられて視線を移したアニスは、にこにこと微笑むジェイドに向かい小さく首を傾げて。

「教会内の見取り図を書いてください。出来るだけ正確に」

そうして手渡された目にも眩しい真っ白の紙を前に、その笑顔を引きつらせる。

教会内の見取り図?

しかも正確に?

教会内がどれほど広く、そして複雑な造りになっていると思っているのか。

「・・・ま、まじですか?」

「はい、大マジです。ではさっそく取り掛かってください。決行は今夜ですから」

語尾にハートマークでもつきそうな猫なで声でそう言われ、アニスはこれ以上の反論は無駄だとがっくり肩を落とした。

やっぱりこの人、一筋縄じゃいかないみたい。

覚悟を決めて言われるがまま何も書いていない紙と向かい合ったアニスの耳に、の我関せずとばかりに呑気にミルクを飲む音が聞こえ、アニスは重いため息を1つ吐き出した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とてつもなく長くなりそうな予感に、悪あがきとばかりに前後編。

前半はちょっと短め(どこが)ですが、後半は更に長くなるかと。

色々とありえない展開てんこ盛りですが(今更)、呆れずに読んでやって下さい。

実はこれ一回書き直してます。以前の物はちょっと無難に纏めて見たのですが、やっぱりな〜とか思いまして。(こちらもちょっとどうかな〜という感じですが)

作成日 2006.2.2

更新日 2007.9.13

 

戻る