「そこの辻馬車!道を開けなさい!!」

艦内に、ジェイドの声が響き渡る。

ピオニー9世陛下からの平和条約の親書を受け取る為、マルクト領の村・エンゲーブに向かっていたタルタロスは、途中で盗賊団・漆黒の翼を発見、そして追跡を余儀なくされた。

窓からは、危うくタルタロスに踏み潰されそうな小さな辻馬車が見える。

ジェイドの警告に難を逃れた辻馬車が小さくなっていく姿を見送りつつ、アニスは椅子に腰を下ろして疲れたようにため息を吐いた。

「・・・まさかこんなとこで盗賊団に遭遇するなんて・・・ツイテナイよね」

「それよりも、は行かなくて良いんですか?」

同じく椅子に座り大人しく事が済むのを待っていたイオンは、自分の前に座る少女へと目を向ける。

ある意味この非常事態に、ブリッジにいなければならないだろうジェイドの副官は、しかし常と変わらない無表情のまま真っ直ぐイオンを見詰め返した。

「ジェイドが指揮を取ってるなら構わない。盗賊団くらいなら、問題ないから」

それに・・・自分がジェイドから課せられた命は、ここにいなければ出来ないのだから。

淡々とした口調で話すに納得したのか、イオンは再び窓の外に視線を戻した。

 

自主行動はえめに

 

盗賊団との遭遇などの寄り道はあったものの、ほぼ予定通りにエンゲーブに到着したジェイドたちは、親書を受け取る為に村の中へと足を踏み入れた。

その直後、ふと違和感を感じては顔を上げる。

いつもは穏やかなこの村が、今日はほんのすこし騒がしい。

村の数人が険しい表情を浮かべて、あちこちを走り回っている。

親書の受け取りに際する話をジェイドが兵士としているその間、イオンは近くの村人へとこの騒ぎの原因を問い掛けた。

最初は見知らぬ人物の問い掛けに警戒心を露わにしていた村人だったが、隣に自国の軍人がいる事に気付いたのか、在りのままを正直に話し出す。

それによると、今この村で食料泥棒が発生しているらしいのだ。

同じ村人の仕業だとは思えない―――かといって、旅人全員を問い詰めるわけにもいかない。

もしかするとこの村の近くの森に住んでいる、チーグルの仕業なのかもしれないと村人は更に付け加えて。

何か揺るぎない証拠のようなものが見つかれば良いのだけれど・・・と締めくくり、村人は更に苦い表情を浮かべる。

ジェイドは兵士との会話が済んだのか、そのまま場所を村長の家へと移すらしく、村人に先導されて歩を進めだした。

それを認めたは、傍にいるイオンに行動を促そうと・・・したのだが、当のイオンはが声を発する前に、食料泥棒について悩む村人に声を掛けた。

「あの・・・その荒らされた倉庫を、見せて頂いても宜しいですか?」

「え?それはまぁ、構いませんが・・・」

突然のイオンの申し出に、村人は驚きながらも了承を示す。

そうして何かを願うようなイオンの目と、状況を見守るの目が合った。

「あの・・・。僕は倉庫を見せて頂きに行きますので」

「どうしても?」

「・・・はい、どうしても自分の目で確かめたいんです」

抑揚のない声で問い掛けられ、イオンは躊躇いがちに・・・しかしはっきりとそう言った。

「村人や兵士に任せておく事は出来ないの?」

「確認したいんです。僕にはどうしても、チーグルが倉庫を荒らすとは思えなくて」

「・・・解った」

再度念を押すように問い掛けられ、やはりイオンはキッパリとそう返した。

するとは嫌にあっさりとそれを承諾し、てっきり反対されるとばかり思っていたイオンは呆気に取られたようにの顔を見詰める。

自分の付き人であるアニスならばともかく、今回の事はには何の関係もない。

いや、マルクト軍人であるというだけで全くの無関係というわけではないが、マルクトとキムラスカの平和条約を締結させる為の任務に付いているにとっては、余計な事に違いない。

しかしはイオンから村人へ視線を移すと、倉庫へと案内するように促す。

そうして案内をする村人の後を付いて歩きながら、イオンは躊躇いがちにに声を掛けた。

「あの・・・、宜しいんですか?」

「なにが?」

「・・・いえ」

短く返って来た返答に、イオンは気まずそうに言葉を濁す。

倉庫を見に行きたいと言い出したのは自分なのだ―――今それが叶っているというのに、これ以上何かを言う事は余計な事のように思えた。

「何を想い、どう行動するかはイオンの自由。私たちにそれを制限する権利はない」

「・・・・・・」

「でも、イオンを1人にして置けない。だから私も一緒に行く」

言って注がれた視線にいつもと変わりはないものの、その目元がほんの少しだけ穏やかに細められている事にイオンは気付いた―――もしかしたら、ただそう思っただけなのかもしれない。

けれどの自分に対する心遣いは十分すぎるほど理解出来た。

不器用な言い方しか出来ないが、出来る限りイオンの希望に添うようにと考えてくれているのだろう。

もしかすると、この事を知ったジェイドに叱られるかもしれないというのに。

「有難うございます、。貴女が一緒で心強いです」

「そうか」

相も変わらず素っ気無い返答だったけれど、それは悪気があるのではないという事さえ解ってしまえば、それほど気にはならなかった。

「でも・・・アニスに声を掛けるの、忘れてた」

村人に案内されて倉庫に着いた頃、ポツリと呟いたの言葉に。

そちらの方が問題なのかもしれないと、イオンはこの後の展開を想像し、困ったように苦笑した。

 

 

「・・・やっぱり村の人が言うように、倉庫を荒らしたのはチーグルのようですね」

「そうか」

「でも、どうしてなんだろう?草食であるチーグルが、何故・・・」

粗方倉庫の検分を終えたとイオンは、今度こそジェイドと合流する為、この村の村長であるローズの家に向かっていた。

その途中で深刻な表情を浮かべ、考え込むイオンの後ろを歩きながら見ていたは、どうしてイオンがここまでチーグルの事を思うのかを疑問に思った。

そういえば・・・と、確かチーグルはローレライ教団では聖獣として扱われていた事を思い出し、そのせいだろうかと勝手に結論付ける。

声を掛けても良かったのだが、考えている途中に邪魔をするのも気が引けたし、質問ならばローズ邸に着いてからでも出来る―――今はイオンの身を案じているだろうジェイドとアニスの元へ戻るのが最優先だと判断した。

「俺じゃねぇって言ってんだろ!!」

無言で歩みを進め、漸くローズ邸の前まで来た頃、目的の家からそんな怒鳴り声が聞こえて来た。

それに思考の海から引き上げられたイオンと、黙って歩みを進めていたが顔を見合わせ首を傾げる。

「・・・何事でしょうか?」

「・・・さあ?」

問い掛けるイオンに対し簡単な返事を返したは、ローズ邸の玄関へ歩み寄り、ドアノブに手を掛けた。

ノックをしようかとも思ったが、中の騒がしさではどうせ聞こえないだろうと思い、そのままドアを開ける。

するとそこにはジェイドと村長のローズの他、数人の村人と旅人らしき2人組。

態度の悪い赤い髪の少年と、どこか冷たい印象を与える少女の取り合わせは、今の自分たち同様に妙に思えた。

黙って話を聞いていると、どうやら少年らはこの村の食料泥棒と間違えられているらしい。

すぐさまイオンが仲裁に入り事情を説明すると、呆気ないほど簡単に誤解は解けた。

村人たちは平謝りしていたが、泥棒と間違えられた青年は不機嫌そうな面持ちをしている。

戸口に立っていたは、チラリとジェイドに視線を送った―――するとちょうどこちらを見ていたジェイドと目が合う。

その表情には隠そうともしない呆れの色が浮かんでいた。

「ごめんよ、坊や。何とか許してもらえないかねぇ」

「・・・別にもういいよ。誤解は解けたんだし」

ともかくもローズに宥められ、一応は納得の様子を見せた少年は、困った様子の少女と共に家を出て行こうとする。

戸口を遮るように立っていたは身を引いて道を空け、その横を赤い髪の少年と少女が通り過ぎて行って・・・―――そのすれ違う瞬間、視線でその青年の動きを追っていたは、ふと抱いた感覚に思わず動きを止める。

ぼんやりと去っていく少年の姿を見送って。

「・・・?」

唐突に掛けられた声に、はハッと我に返り声の方へと振り返った。

その常に無い動じた様子に気づいたジェイドは、かすかに眉間に皺を寄せる。

「どうかしましたか、?」

「・・・ううん、なんでもない」

投げかけられた抽象的な質問に、はただ首を横に振った。

言葉に出して説明するには、抱いた感覚は不確かで。

曖昧すぎて、今ではもどんな感覚を抱いたのかさえ思い出せないほど。

「それならば、良いのですが・・・」

ジェイドもの様子の可笑しさに気付いていながらも、それ以上は追及しなかった。

が自分に隠し事などしない事は、充分に理解している。

言わないという事は、言う必要もない事なのだろうと判断した。

なので今は、現在必要な事だけを告げる事にして。

「親書はまだ届いていません。明日中には届くとの事ですから、今日はゆっくりと身体を休めてください」

「別に疲れてない」

「そうですか?食料泥棒の事を調べていたようですし、お疲れなのではないかと思ったのですが・・・」

ニヤリと微かに口角を上げたジェイドを見上げて、は困ったように眉を寄せる。

「ジェイド、怒ってる?」

「いいえ、全く。貴女はそれを必要だと思ったのでしょう?なら、私がどうこう言う筋合いはありませんしね」

「・・・・・・」

にっこりと笑みを浮かべるジェイド。

けれどその様子が、やはりどこか怒っているようにも見える―――それはもしかしたら、自分に後ろめたいという気持ちがあるからかもしれない。

「ジェイド。を責めないであげてください。全ては僕の我が侭なのですから」

「イオン様。ですから、私は怒ってなどいませんよ」

状況を見守っていたイオンがたまりかねて口を挟むが、笑顔を浮かべるジェイドに一蹴されてしまった。

しかし彼の纏う雰囲気は、明らかに不機嫌の色が混じっているように思える。

けれど怒っていないとジェイドが言ったのであれば、いくら謝ったとしても受け入れてはくれないだろう。

怒っていないと口にした時点で、彼はその感情を表に出す事を拒否したのだから。

「・・・ジェイド」

「・・・やれやれ。解りました。―――では、今度から離れる時はちゃんと声を掛けて行く事。良いですね?」

「解った」

「その台詞も、一体何度目でしょうね」

解ったと言っても、または同じ事を繰り返すのだ。

それは本当に他愛無い事で、本当にジェイドの怒りを買うには程遠いものなのだけれど。

だからこそジェイドは、こうして自ら折れてため息を吐くしかない。

見限ってしまえればどれほど事は簡単に片付くだろうとは思っても、決してそう出来ない事もジェイドは自覚している。

様々な意味で、が傍からいなくなる事は、ジェイドとしても不本意なのだから。

「・・・何時から私は、こんなにも賢くない生き物になってしまったのでしょうかね」

「・・・・・・?」

「この私が、よもや感情に行動を支配されるようになるとは・・・」

不思議そうに自分を見上げるを見下ろして、ジェイドは再びため息を吐いた。

 

 

まだ平和条約締結に必要な親書が届いていないという事もあり、タルタロスで一夜を過ごしたは、早朝―――まだ早い時間に起き出し、きちんと身支度を整える。

同じ女の子であり友達になったアニスと同室になったは、ベットの中で気持ち良さそうに眠るアニスを見詰め、まだ時間も早いという事もあり・・・また昨日はイオンを探して村中を走り回らせ疲れ果てただろう彼女を休ませる為、起こさぬよう気配を殺して部屋を出た。

シンと静まり返った廊下を、イオンの部屋へ向かい歩き出す。

アニスは『イオン様は早起き』だと言っていたのだから、きっともう起きているだろう。

本来ならば人の部屋を訪ねる時間ではないが、はどうしても昨日のイオンの様子が気になっていた。

イオンの部屋に着き、軽くノックを数回。

けれど中からは一向に返事が返ってこない―――もしかしたら眠っているのかもしれないと思いつつ中の気配を探ってみるが、生憎とそこに人の気配は感じられなかった。

不意にある疑惑が脳裏を過ぎり、失礼だと思いつつも勝手にドアを開けて部屋の中に足を踏み入れる・・・が、予想通りそこにイオンの姿はなかった。

あんなにも聖獣チーグルの行動について考え込んでいたイオン。

目の前にある現状は、予測の範囲内だったというのに。

寧ろ、チーグルの森に行きたいと言い出さなかった事の方が、可笑しかったくらいなのに。

はすぐさま踵を返し、まだ静かな廊下を駆け出した。

目指す先は、にとっても馴染んだ人の部屋。

おざなりのノックをし、返事が返ってくる前にドアを開ける。

まだ起床するには早い時間だというのに、部屋の主は既に身支度を整えていた。

。人の部屋に入る時には、ノックをしなさいと言ったでしょう」

「ノック、した」

「返事が返ってくる前にドアを開けては、ノックも意味がないでしょうに」

朝からため息を零しつつも、ジェイドは目を通していた書類から顔を上げて、戸口に立つを見る。

「それで、どうしたんですか?ずいぶんと慌てていたようですが・・・」

「イオンがいなくなった」

呆れ混じりに問い掛ければ、のほんの少しだけ焦った声が返って来た。

その内容に僅かに眉間に皺を寄せ、無表情のまま佇むを見詰めて。

「どういう事なのか、説明をお願いします」

「多分イオンはチーグルの森に行った。イオンはチーグルの事気にしてたから、きっとそうだと思う」

「・・・チーグルねぇ」

「ごめんなさい、ジェイド。私、気付かなかった」

言って眉を寄せるに、ジェイドはやれやれとため息を吐いた。

「解りました。チーグルの森ならば、ここからそう遠くはありません。急いで追いかければ、途中で追いつけるかもしれません」

そう言っておもむろに立ち上がり、ポケットに手を収め部屋を出る―――言葉とは裏腹に急いだ様子など微塵も窺えない。

「私はイオン様を追いかけます。なので貴女はここに残り、今日届くだろう親書を受け取ってください」

「私が行く」

「いいえ、私が行きます。部下の不始末は私の責任でもある。事がイオン様に関わっているとなれば、私が行くのが妥当でしょう」

廊下を歩きながら自分を見上げるに、ジェイドはキッパリとそう言い切った。

その言葉に解り辛くはあるが項垂れるを見下ろして、ジェイドは思わず苦笑を浮かべる。

「別に貴女を責めているわけではありませんよ。貴女を行かせるより、私が行く方が効率が良いと思っただけです」

「・・・解った」

「では貴女はアニスを呼んで来てください。導師守護役である彼女も連れて行くべきでしょう。―――ただでさえ、昨日の件でかなり機嫌が悪そうですから」

「すぐ呼んでくる」

「・・・ああ、ちょっと待ってください」

ジェイドの言葉に、はすぐさま踵を返して自室へと駆け出した。

そんなの背中にジェイドが思い出したように声を掛けると、数歩たたらを踏んでよろめきながら立ち止まったが、不思議そうに振り返る。

「どうした、ジェイド?」

「大切な事を言い忘れていました」

そう言ってにっこりと微笑んだジェイドは、ちょいちょいとに向かい手招きし、訝しげな様子で近づいてきたの耳元へと口を寄せた。

「―――――――――」

何事かを囁かれたは、不意に顔を上げ澄んだ眼差しでジェイドを見上げる。

口角を上げ、一見すれば柔らかく笑んでいるジェイドの・・・―――しかし決して笑ってはいない冷たい赤い瞳が、の紫暗の瞳に映り込んだ。

「・・・解った」

数秒見詰め合った後、は簡潔な答えと共にコクリと頷き、そうして先ほどと同じように踵を返すと今度こそアニスのいる自室へと向けて駆けて行った。

少しづつ遠ざかっていく騒がしい足音を耳に、ジェイドは静かな動作で眼鏡を押し上げる。

この様子だと、10分後にはタルタロスを出発出来るだろう。

ふう・・・と小さく息を吐いて、窓の外に広がる景色を目に映す。

「イオン様にも、困ったものだ」

小さく呟き、ジェイドは通用口へと足を向けた。

 

 

中佐。タトリン奏長を確認致しました」

床から伝わる僅かな振動を感じ、椅子に座って静かに瞳を閉じていたは、兵士のその声にゆっくりと瞼を開けた。

モニターに映し出されたアニスは、自分がいる事を示すように巨大なタルタロスに向けて懸命に手を振っている。

「タルタロス、停止。これより後は指示あるまで待機」

「了解しました!」

打てば響くように返って来る声を耳に、は素早く立ち上がるとわき目も振らずにブリッジを出た。

そのまま通用口へと足を向け外へと出れば、降りる為に下ろされた階段のすぐ傍で、アニスはが降りてくるのを待っている。

心持ち頬を高潮させて・・・激しく呼吸を繰り返す様を見ると、どうやらここまで走って来たらしい。

〜!良かったぁ、ほんとにが来てくれてて!」

階段を降り切りアニスの傍に立った途端、少女の口から飛び出た言葉には不思議そうに首を傾げた。

「まさかとは思ったけど、もしがいなかったら、私エンゲーブまで全力疾走しなくちゃいけないところだったよ」

「それは大変だな」

「他人事みたいに言わないでよ〜」

全く表情を変える事無くサラリとそう返すに、アニスはがっくりと肩を落とした。

しかし今は無駄話をしている場合ではない。

そう思い立ったアニスは、勢い良く顔を上げ自分を見下ろすを見詰める。

「それよりも、大佐からの伝言。速やかにチーグルの森へ・・・って」

「・・・了解」

アニスの言葉を聞いた直後、は誰に聞かせるでもなく小さく返事を返すと、たった今降りて来たばかりの階段を早足に上り始めた。

「ちょ、ちょっと待って!」

それを慌てて追いかけるアニスが艦内に入ったと同時に、地面へと下ろされていた階段が引き上げられ、通用口の扉が音を立てて閉じられた。

ふと視界を巡らせると、艦内中に走っている菅でブリッジに指示を出しているの姿が映る。

それと同時にタルタロスは地響きを立てて発進し、はブリッジに戻るべく再び足を踏み出した。

「もー!置いてかないでよ、!!」

アニスの存在すらも既に頭から抜けていそうなにそう声を掛けて、アニスもの後に続く。

どうやらは、あの少ない言葉からジェイドの思惑をしっかりと汲み取っているらしい―――それともそれはただの思い過ごしで、ただ単にジェイドの言葉に従っているだけなのか。

ジェイドの副官であり、マルクト帝国軍の中佐の地位にあるが、ただ訳も解らず従っているだけだとはアニスにも思えないが、相手はである。

判断が難しい相手には違いない。

チーグルの森で。

ジェイドと共にイオンの後を追い、そうして危ないところで漸くイオンを保護した後、アニスはジェイドから秘密の指令を下された。

『アニス。タルタロスを呼んで来てください』

『・・・えぇ!?私がですかぁ!?』

『はい、それも私たちが森を出る前にお願いします。大丈夫ですよ、心配しなくとも、タルタロスもこちらへ向かっているでしょうから』

コソコソと耳元でそう囁かれ、アニスは不可解だと言わんばかりに眉を顰める。

ダアトで出会ってからこれまで、ジェイドの考えなど読めた試しなどそれほど多くはないが・・・―――今度は一体何を考えているのだろうか。

隠されたそれを読み取ろうとジェイドの顔を凝視するが、にこにこと人が良いのか悪いのか判断が付きにくい笑顔からは、生憎と読み取る事は出来ない。

そもそもアニスにはそれを読み取るだけの有力な情報など無いのだから、それも仕方が無いのだけれど。

訳は解らなかったけれど、ジェイドがわざわざ自分にそれを求めるのだ―――おそらくは重要な何かがあるのだろう。

そう判断したアニスは、にっこりと微笑みわざとらしくこれ以上ないほど元気な声で良い子の返事を返した。

そうして言われるがまま全力疾走でエンゲーブを目指していたアニスの視界に、これ以上ないほどの存在感を放つタルタロスの姿が映ったというわけだ。

ジェイドの言葉を信じていなかったわけではないが、平和条約締結の為の親書を受け取る為にエンゲーブに留まっていた筈のタルタロスが何故、チーグルの森に向かっていたのか。

疑問に思わないはずが無かった。

「ねぇ、!ピオニー陛下からの親書は!?」

「ちゃんと受け取った」

先を歩く背中にそう声を掛けると、簡潔な返事と共に一枚の封書が無造作に差し出される。

それを慌てて受け取って・・・―――アニスは呆れた眼差しでの背中を見詰めた。

これってこれからの世界情勢を決める、大切なものなんじゃないの?

まるでそこらで配っているチラシと同じような扱いに、アニスは引きつった笑みを浮かべた―――いまいちの価値観が解らないと、そう1人ごちて。

から押し付けられた親書を大事に抱えながら、親書を受け取ったからタルタロスはチーグルの森を目指していたのだろうかとアニスは考える。

しかし、それにしてはタルタロスを目指すアニスの姿を素早く見つけた事といい、いまいち説得力に欠ける気がする。

『ああ、それから・・・』

そんな事を考えていたアニスは、不意に脳裏に甦ったジェイドの言葉を思い出した。

何かを企むように笑みを浮かべて、ついでとでも言いたげに付け加えられた言葉。

勿論、アニスにはその意味は解らなかったけれど。

。そういえば大佐が、『例の件、お願いします』って言ってたよ」

アニスが解らなかったのも当然だった―――言い回しがあまりにも抽象的過ぎて、何の事を言っているのか見当もつかない。

しかしにはそれで十分だったようだ。

淀みなく動いていた足がピタリと止まり、感情の読めない無表情のままゆっくりと振り返る―――そうして一言。

「了解」

何の説明も無く、ただ了承の返事だけをその場に落とし、再びブリッジへと歩みだした。

「・・・もう、なんなのよぉ」

後に残されたアニスから、途方に暮れたようなそんな呟きが漏れたとしても、仕方が無い事だった。

 

 

チーグルの森入り口で音も無く停止したタルタロスから、しっかりと武装した兵士が素早く駆け出して行く。

その先頭で指揮を取っているのは勿論、ジェイド不在のタルタロスで現在指揮官を務めるである。

「全員、戦闘態勢のまま待機」

「了解」

言葉少なに指示を出し、そうしてはジッと森の入り口を凝視する。

おそらくはそこから姿を現すジェイドを待っているのだろう―――そんな緊張感に溢れたその場で、アニスはといえば状況が全く読めずに途方に暮れていた。

まず、何故武装した兵士たちを戦闘態勢のまま待機させるのか。

森から出て来るのは彼女たちの上官と、ローレライ教団の導師である。

今にも襲い掛かる勢いで待つ意味が解らない。

そういえば・・・大佐とイオン様以外にも人がいたっけ。

イオンを無事に保護する事ばかりを考えていたアニスの記憶には薄いが、確かにいた。

赤い髪の生意気そうな青年と、冷たい雰囲気の美少女が。

現状から考えれば、その2人以外にいないだろう。

「ねぇ、。さっきの大佐の『例の件、お願いします』っていうの。もしかしてあの2人を捕まえる事だったりするの?」

ジェイドたちはまだ、森の中から出て来ない。

する事も無くただ待つだけという行為に飽きてしまったアニスは、隣に立ち微動だにしないを見上げて何気なく問い掛ける―――するとじっと森の入り口に注がれていたの視線が、ゆっくりとアニスに向けられた。

「そうだよ」

「・・・それって、なんで?」

あっさりと返ってきた肯定に、アニスは更に疑問を投げ掛ける。

確かにあの生意気そうな青年は、お世辞にも好感を抱かせる・・・というタイプではない。

好きか嫌いかと問われれば後者を選ぶであろうし、一緒にいた少女もとっつき難い雰囲気を纏っていて苦手なタイプではある。

しかしアニスには、あの2人がマルクト軍を敵に回すほどの悪人にはどうしても見えなかった―――どちらかといえば、第一印象ではあるが、そんな器用なタイプには思えない。

けれどわざわざあのジェイドが、極秘任務中にタルタロスを呼び寄せて武装包囲してでも捕えようというのだから、きっと何か理由があるのだろうと思うのだけれど。

寧ろあの飄々として掴み所のない、あまりやる気の感じられないジェイドが、意外に仕事熱心だという事にも驚いていたが。

一方、疑問を投げかけられたは、困ったようにアニスを見下ろしていた。

こうして共に行動しているが、当然ながらアニスはマルクト軍人ではない。

そのアニスにどこまで話して良いものか・・・と、は人知れずため息を零す。

勿論表情に変化は無く、それをアニスに読まれる事などなかったが。

「あの2人は・・・」

そう言いかけて、は更に眉間に皺を寄せる。

アニスが信頼に足る人物であるという事は、も解っていた―――それほど長い間共に過ごしたわけではないが、今までそう感じて違った事は一度も無い。

ジェイドがイオンを迎えにチーグルの森へ向かう直前、は彼から親書を受け取るという事以外に、ある任務を言い付かっていた。

それは村長の家で顔を合わせた青年と少女の動向を探り、ある事柄に関与しているか否かを確かめるというもの―――関与していると判明したならば、迅速に身柄を拘束するようにと。

とてあの2人が悪人ではない事は察しているが、それとこれとは別問題だという事も解っている―――事情がどうであれ、違法行為は違法行為なのだから。

グランコクマからやって来た使者から親書を受け取ったは、ジェイドの命令通り、すぐさま村に滞在しているであろう2人を探したが、生憎と2人は今朝方早くに村を出たらしい。

ジェイドからの命令がある以上は見逃すわけにもいかず、仕方なく後を追うべく村人から情報収集をすれば、2人は村人からチーグルの森の場所を聞いていたという。

何故彼らがチーグルの森へ向かったのかはさておき、そこへ向かったのならばおそらくはジェイドとも遭遇している筈。

そう判断したは、すぐさまタルタロスを指揮し、チーグルの森へと向かったのだ。

そうして、アニスから伝えられたジェイドからの言葉。

おそらくジェイドは、チーグルの森で2人と遭遇し、そうして2人がある事柄に関与していると判断したのだろう。

だからこそに、彼らを捕える準備をしろと言って寄越したに違いない。

「ちょっと、。まぁ〜た、むっつり考え込んで!」

アニスからの非難の声に思考から引き上げられたは、ぱちぱちと数回瞬きを繰り返しながら隣に立つ小柄な少女を見下ろす。

ぷくりと頬を膨らませ上目遣いに睨み上げる様はとても愛らしいと、は微かに微笑んだ。

そうしては思う―――アニスに隠し立てする必要はないだろうと。

事が国家機密に関する事ならば勿論話すわけには行かないが、あの2人が超振動を起こし不正に国境を越え侵入した事を隠す必要など無いだろう。

「アニス。あの2人は・・・」

そうして口を開いたは、しかし次の瞬間ピタリと口を噤み、再び視線をアニスから森の入り口へと戻した。

「・・・、どうしたの?」

「ジェイドが来た」

訝しげに問い掛けるアニスに、は言葉少なく答える。

それにつられてアニスも森の入り口へと視線を向けるが、生憎そこにはジェイドの姿もイオンの姿も無い。

「・・・っていうか、いないんだけど」

「もうすぐ来る。あと・・・5分くらい」

「5分!?」

素っとん狂な声を上げるアニスをそのままに、は待機させた兵士たちさえもその場に置いたまま、森の入り口へと向かい足を踏み出す。

何故この場所から5分も歩かなければならない場所にいるジェイドの気配を察する事が出来るのかと問い詰めたい心境を抱きつつ、アニスもその後に続く。

そうしての言葉通り、きっちり5分後、ジェイドたちは森の入り口に立っていた。

少し顔色の悪いイオンを伴って。

自分たちを取り囲む多数の武装した兵士たちを前に、突然の事態に言葉も無く立ち尽くすルークとティアの傍に立ち。

「ご安心下さい。何も殺そういうわけではありませんから。―――2人が暴れなければ」

にっこりと、寒気すら漂わせる笑みを浮かべて、有無を言わさぬ状況と口調でそう言い放つ。

武装した兵士に取り囲まれ、尚且つ傍にはマルクト帝国軍でもその名を轟かせるジェイドとがいて・・・―――この状況で脅しを含んだ宣告をされて、それでも逆らおうという人間がいるのなら見てみたいと、アニスは引きつった笑みを浮かべる。

ああ、なんだかちょっと胃が痛くなってきたかも。

脅しを向けられていない筈のアニスだが、青年と少女のあまりの不憫さに同情さえ抱く。

一体何を仕出かしたのかは知る所ではないが、偶然にもジェイドに見つかってしまった事は、彼らにとって不運だったに違いない。

あのジェイドの絶対零度の笑みと辛辣な言葉を、真正面から受けなくてはならないのだから。

何では平気なんだろう・・・と、平然と隣に立つ少女を見上げる。

「どうした、アニス」

「・・・ううん、なんでもない」

視線に気付いたが不思議そうに声を掛けるけれど、説明する気にもなれずにアニスはそう言葉を濁した。

今まではのマイペースさ、無頓着さを歯痒く思っていたけれど。

そうでなければ、ジェイドの右腕・・・副官として、彼の傍にいるなど出来ないのかもしれないとアニスは思う。

おそらくは今の自分がどれほど危険な立場にいるのかを解っていない青年も、きっちりと己の置かれた立場を理解している少女に諭され、渋々といった様子で抵抗はしないとばかりに両手を上げた。

「良い子ですね〜。―――連行せよ」

もう一度二人に微笑みかけたジェイドは、陽気な声を引き締めて、武装した兵士にそう命じる。

なんだかんだと悪態をつきながら連行されていく青年と少女を見送って。

そうして2人の姿が完全に視界から消えた頃、ジェイドは優雅な動作で振り返った。

「ご苦労様でした、。アニスも」

「い、いいえ〜。これくらいアニスちゃんに掛かればちょちょいのちょいですよ」

「私は何もしていない」

「いいえ。ま、多少のごたごたはありましたが、順調に事は済んだのですからね。2人のお陰ですよ」

どこまで本気なのかは解らないが、褒められれば悪い気はしない。

無表情のまま納得するとは対照的に、アニスは照れたように頬を緩ませる。

「それよりも。イオン様、今回は大事に至りませんでしたが・・・これからはもっと慎重な行動をお願いしますよ。そのお力を行使するのも、今の貴方にとっては危険な事なのですから」

「・・・はい。すみませんでした、ジェイド」

しっかり釘を差す事を忘れないジェイドに、イオンは申し訳なさそうに返事を返した。

確かに、自分の取った行動は、団体行動をする上では歓迎されないものだと承知していたので。

「では、出発しましょうか。・・・予定よりも少し遅れている事ですし」

ジェイドもそれ以上は何も言わず、困ったように笑うイオンにそう促した。

「・・・ジェイド。あの2人はどうするの?」

タルタロスに向けて歩く途中、が隣を歩くジェイドへと問い掛けると、恐るべきマルクト帝国軍大佐はそれはそれは美しく微笑んで。

「それは勿論、有効に活用させていただきますよ」

明確な言葉を告げる事無く、意味ありげにそう漏らした。

返って来た言葉に、またもや素直に納得するの背中を見詰めて。

聞かない方が身の為かも・・・と、アニスとイオンが思ったのも、当然の事だったのかもしれない。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

だらだらと書き続け、気がつけばこんな長さに。(アホか)

なんだかアニスがとても普通の女の子になっています。

いえ、まぁアニスが普通じゃないと言っている訳ではないのですけれど。(笑)

ルークとティアの扱いがあまりにも悪すぎるような・・・。

そして早くガイを出したいと思いつつ、まだまだ道のりは長いです。

作成日 2006.5.10

更新日 2007.9.13

 

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