薄暗い船室で、ルークは怯えを隠すように拳を握り締めた。

ティアの譜歌によって眠らされていたオラクル兵が意識を取り戻し、そうして自分に剣を向け襲い掛かってきた時の恐怖は、今まで感じた中で一番強いものだった。

何とか相手を退けたものの、初めて人を手に掛けた恐怖は今でも身体中を支配している。

「で、戦うんですか?戦わないのですか?」

「た、戦うって言ってんだろっ!!」

早急に判断を求められ、ルークは恐怖心を押し隠しながらも虚勢を張るようにそう叫んだ。

意識を取り戻したオラクル兵との戦闘の後、突然姿を現した赤い髪の男に見事やられてしまい、こうして船室へと監禁されてしまった。―――自分たちの目的を達する為にも、またイオンを助け出す為にも、何時までもここでのんびりとしているわけにはいかないのだ。

「結構。―――ところで・・・」

ルークの返答に納得したのか、それともこれ以上の口論は時間の無駄だと判断したのか、ジェイドは軽く1つ頷いて・・・―――そうしてほんの少し引き締めた表情で、未だに項垂れるルークへと視線を向けた。

はどこに行ったのですか?」

静かな声で向けられた問い掛けの答えをルークが持っているわけも無く。

真剣な眼差しを向けるジェイドから、ルークは困惑したように視線を逸らした。

 

侵入危機一髪

 

ドサリと重い音を立てて崩れ去る兵士を見下ろして、侵入者・・・―――ガイ=セシルは深々とため息を零した。

ルークが謎の侵入者と共に、突然ファブレ邸から姿を消してからしばらく。

何故か主人直々にルークの捜索と保護を言い渡されたガイは、第七音素の超振動がマルクト領内で収束したという情報を元に、単身マルクトへと渡ってきたのだ。

それらしき人物を見たという男から、2人がエンゲーブへ向かったという話を聞き、急いでエンゲーブへと辿り着いてみれば、ついこの間まではそんな2人組がいたと言われる始末。―――そうしてその後の行方を知る為にも村人たちに聞き込みをすれば、何とマルクト軍に捕えられたらしいと言うではないか。

勿論ルークの正体を知れば、敵国であるマルクト軍が彼の身柄を拘束する事はおかしな事ではない。

世話役の自分が言うのもなんだけれど、世間知らずなところがあるので、現在の自分の状況を踏まえて正体を隠すなどという行動を彼が取るとも思えなかった。―――共に姿を消した謎の侵入者がどんな人物なのかは解らないが、もはや彼女に賭けるしか選択肢は無い。

ともかくも、捕えられたルークは陸艦に乗せられ連行されたと聞いたガイは、すぐさま陸艦が去った方向へと足を進めた。

木々で見通しの悪い森の中ならばともかく、これほど見通しの良い平原で、かなりの大きさであろう陸艦ならばすぐに発見できるだろう。―――そう結論を下して探していたガイがやけにあっさりとその姿を見つける事が出来たのは、彼がエンゲーブを出てそれほど時間は経たない頃の事だった。

さて、おそらくは捕えられているだろうルークを、たった1人でどうやってこの馬鹿でかい陸艦から救出するべきか。

そんな事を考えながらもとりあえず様子見とばかりに陸艦に乗り込んだガイが見たのは、全く予想しなかった光景。

おそらく何者かの襲撃を受けたのだろう。―――船室や廊下にはたくさんのマルクト兵の身体が転がっていた。

一応確認してみるが、息は既にない。

まだ身体が温かかった事から、襲撃を受けてそれほど経ってはいない事は解ったが、彼らが誰に・・・何に襲われたのかは流石に解らなかった。

傷口から見て、もしかするとモンスターの類かもしれない。

しかしこれほどの数の兵士が、モンスターの一匹や二匹にやられてしまうとも思えなかった。―――勿論モンスターが群れで人を襲うなど、そう珍しい事ではなかったが。

しかし困った・・・と、ガイはため息と共に呟きを零す。

襲われた陸艦に捕えられただろうルーク。

現状から察して、彼が無事でいる確証は無い。

「・・・とりあえず探してみるか。もしかすると無事に脱出してるかもしれないし」

どちらかといえばそうでいて欲しい・・・という希望を込めてそう独りごち、ガイは仕方がないとばかりに広い艦内の捜索を開始する。

そうして艦内をさ迷い歩く内に、ガイには少しづつ状況が掴めて来たような気がした。

確かにモンスターの襲撃である事は間違いないようだ。―――交戦した跡も残っているし、マルクト兵士の遺体と共に命尽きたモンスターの身体も転がっている。

しかし陸艦の中にはそれ以外のものもあった。

キムラスカでもマルクトでもない、独特な服装の兵士の姿。

たった今返り討ちにした、自分に襲い掛かってきた兵士の体を見下ろして、ガイは勘弁してくれよとウンザリとした声を漏らす。

神託の盾騎士団が何故マルクトの陸艦を襲ったのかはともかく、何故ルークがしっかりとそれに巻き込まれているのか。

彼の足跡を辿る度に厄介な出来事が残されているような気がして、果たしてこのまま無事にルークを邸に連れて帰る事が出来るかどうか、ガイにはいささか自信が無い。

「・・・頼むよ、マジで」

もう一度誰に向けるでもない呟きを漏らして、とりあえず詳しい状況の説明を聞こうと、目の前で意識を失い倒れているオラクル兵士の様子を窺うべく屈み込んだ。

「そこで何をしている」

それは、本当に一瞬の事だった。

抑揚の無い鈴の鳴るような涼しげな声で問われた瞬間、己の首元へ当てられた金属の冷たさに、背筋に冷たいものが走る。

まるで気配を感じなかった。―――否、背後を取られている今ですら、それをしているだろう相手の気配は感じられない。

それでも唯一その存在を意識できるのは、図らずも自らの首元に添えられた鋭い光を反射する細身の剣だけだ。

「答えなさい。そこで何をしている?」

何の返答も返さないガイに、もう一度同じ言葉を繰り返す。

そこには苛立ちも焦りも何も無い。―――正直な所、怒り取り乱してくれていれば、こちらにも反撃の隙があるというのに。

オラクル兵を窺うべく屈み込んだ体勢のままだったガイは、僅かに強張る体で姿勢を正し、ゆっくりと両手を上げながら視線だけで背後を窺う。

「いやね。たまたま通りかかったら、様子が可笑しい陸艦があったもんだから。どうしたのかと思ってちょっと様子を窺ってたんですよ」

「・・・そうか」

明らかに嘘臭いガイの言葉に、しかし反論するでもなく背後の人物は短く相槌を打つ。

しかし首元の剣は引かれる様子は無い。―――まぁ、先ほどの言い訳で納得してくれるとはガイも思っていなかったけれど。

けれど反応が薄いのは正直言って困ってしまう。

一方的に不利なこの状況で、相手に落ち着かれていては反撃の隙もありはしないのだから。

さて、どうするべきか・・・とガイが考えを巡らせたその時、突然何の前触れも無く陸艦の全てのシステムが落ちた。

それと同時に譜石によって照らされていた廊下が、ほんの少し薄暗くなる。

それまで一切動じた様子を見せなかった背後の人物が微かに戸惑った様子を感じ取って、ガイは反射的に腰の剣を抜き払い、振り向きざまに横へ薙いだ。

空を切る剣。―――全くの手ごたえがなかった事に小さく舌打ちをして、改めてその人物から距離を取り剣を構えた。

他の剣術とは違い、格段にスピードが優れている自分の攻撃が避けられるとは思ってもいなかった。

それもあの一瞬、意識が自分から離れていた相手に対して・・・など。

譜石からの灯りが無く多少薄暗いとはいっても、窓から差し込む灯りで視界はそれほど悪くは無い。

そうして改めて相手を確認したガイは、思わず息を飲み込んだ。

透き通るような白い肌と、それとは対照的な長く黒い髪。

自分へと向けられる瞳は大きく、窓から差し込む光でユラユラと揺れているような気がした。

マルクト軍の軍服を着てはいるが、その華奢な身体にはどうも不釣合いで・・・―――どう見ても、軍服を着ていなければ軍人には見えないだろう。

表情には感情らしい感情が無く、佇む姿はまるで精巧な人形のようにさえ見えた。

「もう一度聞く。あなたはここで何をしている。一体何が目的でここへ忍び込んだ?」

戸惑ったガイの様子など構う事無く、その人物・・・―――は真っ直ぐガイを見詰めてそう言葉を投げかける。

それに漸く我に返ったガイは、改めてと距離を取りながら、もごもごと口を開いた。―――相手が敵かもしれない事以上に、今のガイにとっては危険な存在である。

「そ、それよりも・・・急にシステムダウンしちゃったみたいだが・・・?」

とりあえず誤魔化す為にそう口を開けば、無事誤魔化されてくれたのか・・・それともわざと誤魔化されたふりをしてくれているのか、コクリと小さく頷いて簡潔な言葉で現在の状況を説明してくれる。

「心配ない。『骸狩り』が始動した。―――全ての機能は停止する」

「・・・骸、狩り?」

穏やかではない単語に訝しげに問い返せば、はもう一度コクリと頷く。

「タルタロスの非常停止機構。これでタルタロスはしばらく動けない」

やはり簡潔な言葉に、しかし音機関に詳しいガイはなるほどと納得する。

という事は、今までほとんど姿を見なかったが、生きているマルクト軍人もいるということなのだろう。―――目の前の少女以外に、少なくともその命令を下した人物が、この陸艦にはいるという事。

「俺はガイだ。君の名前を聞いてもいいかい?」

こんな所でナンパの決り文句を口にする事は躊躇われたけれど、何時までもここで対峙しているわけにも行かない。

おそらくは彼女もそうだろう。―――少し接しただけではあるが、先ほどの遣り取りから考えても、全く話が通じない相手ではなさそうだ。

思った通り返って来た応えに、ガイは漸くホッと安堵の息を吐いた。

「え〜っと、。落ち着いて・・・冷静に聞いて欲しいんだけど・・・」

言われなくとも、が落ち着いて冷静を保っているのは見て解る。

それでも何とか場を繋ぐ為にそう声を掛ければ、はコクリと小さく頷き・・・けれど有無を言わせない口調で言葉を続けた。

「こちらの質問に答えるのなら、私も貴方の質問に答える。侵入者は貴方だ。私には貴方の素性を知る義務がある」

最も、今のこの状況では、そんな悠長な事を言っている場合ではない事はにも十分解っていた。―――それでもこの不思議な侵入者が敵なのかそうでないのかの把握はしておくべきだ。

「・・・嫌だって言ったら?」

「力ずくでも」

堅い声色で問い掛ければ、やけに物騒な答えが返って来た。

の声色は相変わらず抑揚がなく、何の気負いも感じられなかったが、やるといったからにはやるのだろうと察した。―――未だ収められる様子の無い細身の剣が、それを雄弁に語っている。

ガイはやれやれといった様子で肩を竦め、が攻撃を仕掛けてこない事を見越して抜き身の剣を鞘へと戻した。

今ここで、少女と遣り合うつもりは無い。

「良いさ。・・・で、何が聞きたいんだい?」

ガイが全ての警戒を解いた事に気付いて、もまた細身の剣を元のチェーンの装飾へと姿を戻し、少しだけガイへと歩み寄った。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

しかしその距離は縮まる事は無かった。―――何故ならば、の歩調に合わせてガイが後退したからなのだが。

「・・・警戒しなくても、襲ったりはしない」

「いや、そういうわけじゃないんだけど・・・」

訝しげに眉を寄せるを見て、ああ表情が変わる事もあるんだなと呑気にもそんな事を考えたガイは、しかし気まずいのか視線を泳がせながら口ごもる。

それに合わせて再びが足を踏み出せば、またもやガイは後退し・・・。

「・・・ひっ!」

それを何度か繰り返す内にとうとう壁際まで追い詰められてしまったガイは、不思議そうな面持ちで伸ばされるの手を見詰め、思わず引きつった声を絞り出した。

その明らかに怯えの混じった悲鳴のような声に、伸ばしかけたの手が止まる。

「・・・私はそんなに恐ろしい?」

「いや!そういうわけでもなくて!!」

なんとも失礼な態度だとは思うけれど、こればかりはどうしようもない。

が動かない事を確認し、壁伝いに何とか距離を取ったガイは、安堵の息を吐き出しつつ改めてに視線を送った。

表情は変わっていないけれど、良い気分ではない筈だ。

たとえ相手が誰であれ、あんな態度を取られショックを受けない筈がない。

「・・・ごめん。実は俺、女性恐怖症なんだ」

まだ信用できる人物なのかも解らない相手に、自分の弱点とも取れるものを話すのには躊躇いがあったが、折角穏便に済みそうなこの状況で余計な波風は立てたくない。

「本当にごめん。戦ってる最中とか余程の緊急時なんかは大分マシなんだけど・・・」

「構わない」

何とか誤魔化そうと言い訳を試みるが、それはの短い言葉で遮られた。

驚いて顔を上げると、おそらくは彼を気遣ってなのだろう・・・少しだけ距離を取って、じっとガイを見詰めている。

そこには彼を非難する色は全く見られなかった。

「あの・・・」

「構わない。誰にだって苦手なものはある」

「・・・・・・」

「私も、実はピーマンが苦手。ちょっと苦いから。・・・誰にも言った事はないけど」

これは慰めてくれているのだろうか?―――それにしてはちょっと的外れな言動だとも思ったが、その心遣いはとても温かくありがたかった。

「・・・ありがとう」

「礼は必要ない。それよりも、私の質問に答えて欲しい」

僅かに逸れかけた話題を強引に引き戻し、改めてそう切り出したを見詰めて、ガイは無言で先を促す。

もうこれ以上誤魔化すのは無理だと思ったし、またにはそれは必要ないとも思った。―――素性の知れない侵入者を相手に話をしっかりと聞き、的外れながらも答えを返すのだから・・・自分の目的を知っても、彼女ならば突然襲い掛かってきたりはしないと、不思議とそう確信できた。

「貴方は神託の盾騎士団の人間?」

「いいや、違うね」

傍から見れば不可解な距離をお互い保ちながら、最初の質問が少女の口から零れた。

それに簡潔に答えて、ガイは人好きのする笑みを浮かべる。―――それが彼女自身の友人の笑顔ととても良く似ている気がして、知らず知らずの身体から警戒心が薄れていくのを感じた。

「じゃあ、貴方は一体何者?何が目的で、タルタロスに忍び込んだ?」

長々と会話をしている時間は、残念ながらあまり無い。

だからはごく簡潔に、今知るべき事だけを問い掛ける。

ガイの服装から、神託の盾騎士団の者ではない事は解っていた。―――勿論神託の盾騎士団全員が同じ服装をしているわけではないが、どことなく趣が違う。

それでもガイ本人が先ほど言った『たまたま通りかかったから』などという言葉を、素直に信じる筈も無い。

真っ直ぐに射抜くような視線を向けるを見下ろして、ガイは微かに笑みを零した。

「ま、こうなったら仕方ないから白状するけど。・・・俺はキムラスカから来たんだ」

「・・・キムラスカ」

キムラスカといえば、たちが今まさに向かっている国。

己が所属するマルクト帝国とは、長い間敵対関係にある国だ。

「おっと。だからっていきなり攻撃するのはやめてくれよ?」

「そんな事はしない」

おどけた様子で肩を竦めるガイを見据えて、はキッパリと言い切った。―――ほんの冗談のつもりだったのだけれど・・・全くの無反応というのも少し淋しい。

「で、だ。俺はキムラスカのファブレ家っていう家に仕えてる。ま、解りやすく言うと使用人だな。・・・で、実はついこの間、そこの1人息子が突然姿を消しちまってな。んで、そいつがマルクトにいるって解ったまでは良いんだが・・・どうやらお前さんたちに捕まっちまったらしい」

で、そいつを助け出す為に俺はここに忍び込んだんだよと付け加えて、ガイは無表情のまま佇むの様子を窺った。

さて、相手がどう出るか。

がどれくらいの地位にいる軍人なのかはガイには解らないが、服装やタルタロスの機能を熟知している事から見て、それなりの立場にいるだろう事は想像がつく。

同じくファブレ家といえば、キムラスカでも一番に名の挙がる名家の貴族だ。―――国でも重要な位置にいるファブレ家の当主の存在を知らない筈はない。

自分は確かにただの使用人だが、ここに捕まっているだろうルークは立派な後継ぎなのだ。

マルクト軍がルークの正体をどこまで察しているのかは解らないが、村人から聞いたこの船を指揮する者の話から推測するに、バレていない訳が無い。

普通ならばこのまま捕まり、ルークと共にそれなりの処分を受けるのだろうが、生憎と今は彼女らもそれどころではない筈だ。

このまま見逃してもらえるのか、それとも・・・。

2人の間に沈黙が落ちる。

まるで今現在、この艦が襲撃を受けているとは思えないほどの静寂。

コクリ、と唾を飲み込む音さえ響くような静けさの中、どんな言葉が返って来るのかと身構えていたガイは、何の前触れもなく踵を返したを見て目を丸くした。

「え、あ・・・おい!」

そのまま何事も無かったかのようにスタスタと歩き出したに咄嗟に声を掛けるけれど、は止まる様子も振り返る様子も見せずに。

中途半端に伸ばされた手が空を泳ぎ、重力に従い力無く落ちた。

一体なんだってんだ?と声にならない声での背中に問い掛けると、またもや唐突にが振り返る。

「何をしてる。早く来ないと置いていく」

「・・・は!?」

言われた意味が解らず間の抜けた声を上げるガイ。―――しかしは答える気がないのか再び足を動かし始める。

それに反射的に足を踏み出したガイは、少しだけ距離を保ちつつ駆け足での後を追った。

「ど、どこに行くんだい?」

「左舷昇降口」

「左舷昇降口?」

「タルタロスが非常停止した場合は、あそこしか開かない。きっとジェイドたちもそこに向かってる」

疑問を投げかけるガイに簡単な説明を返し、は迷いない足取りで廊下を進む。

今現在ジェイドたちがどういう状況にあるのかは解らないが、彼が非常停止機構を始動させるくらいなのだから、おそらくはあまり良い状況ではないのだろう。

しかしならば尚の事、ジェイドたちはそこへ向かっている筈だ。―――イオンがどうなってしまったのかも解らないが、とりあえずそこから脱出し・・・もしくは合流しない限り、出来る事は少ない。

「・・・ジェイドって、もしかして君の仲間かい?」

「そう」

「んじゃ『たち』って事は、他にも生き残ってるマルクト軍人がいるって事か」

問い掛ける・・・とは違う、確認の為の呟きに、はピタリと足を止めた。

その突然の動きに足を止めきれなかったガイはにぶつかりそうになり・・・慌てて後ろに跳び退ると、どうしたんだと視線で訴える。

「他の人たちが生きているのかは解らない。生きてて欲しいけど・・・きっと、多分とても難しい」

振り返ったが、ほんの少し目を伏せて小さく呟いた。

出逢って初めて揺らいだ少女の眼差しにドキリとしつつも、不用意な事を言ってしまった自分の迂闊さに眉を顰める。

たとえ軍人でも、任務の上であっても、仲間が傷付くのは辛い筈だ。

しかし次に顔を上げたの瞳には、もう弱々しい光など無かった。―――先ほどまでと変わらない強い眼差しをガイへ向けて。

そうしてガイは、が少し・・・ほんの少し表情を緩めたように見えた。

「でも、ルークとティアは大丈夫。ジェイドが付いてる。きっとみんなで左舷昇降口に向かってる」

「ルーク?ルークも無事なのか!?」

「問題ない。ルークはジェイドと契約を交わした。私たちはルークをキムラスカへ連れて帰る。ルークは・・・」

思わぬ人物の口から出た思わぬ名前に身を乗り出すガイを見据えて、は淡々とした口調で・・・それでも簡潔に状況を説明する。

はっきりと言ってしまえば、その説明だけでは何がなんだか解らないのだけれど・・・それでもルークが無事なのだと解っただけで、ガイにとっては十分だった。

しかし引っかかる事が無い訳でもなかった。

敵国の軍人が、何故ルークをキムラスカへと送り届けるのか。

そして、彼女たちとルークが結んだ契約とはなんなのか。

しかしその説明は唐突に打ち切られ、ガイは訝しげに眉を寄せる。―――話の続きを無言で促すが、もまた難しい表情で辺りを見回すだけで続きが語られる事は無い。

「どうしたんだ?」

話の続きは勿論気になったけれど、今は一刻も早くルークと合流する方が先である。

明らかに挙動不審なを見詰めて小さく首を傾げたガイは、行動を促す為に口を開いた次の瞬間、少女から発せられた言葉に思わず眩暈を覚えた。

「ここがどこ辺りなのか、解るか?」

「・・・は?」

「どう行ったら左舷昇降口に着くのか解らない。―――そういえば地図はアニスに渡したままだった」

とても慌てているとは思えない様子で呟くに、ガイは信じられないとばかりに視線を送る。

「解らないって・・・。君はこの艦の乗員なんだろう?」

「でも、地図がないと目的地には辿り着けない」

実際に言えば地図があっても目的地に辿り着ける確立は30%にも満たないのだが、そんな事を彼女と出逢ったばかりのガイが知るわけも無い。

「・・・困ったな」

ちっとも困っている様子も無く呟くを見詰めて、ガイは脱力したように頭を抱えて、言葉も無く床にしゃがみこんだ。

彼がルークと再会できるのは、まだまだ先のようだった。

 

 

「アリエッタ!タルタロスはどうなった?」

「制御不能のまま。・・・この子が隔壁を引き裂いてくれて、ここまで来れた」

リグレットと呼ばれた女性と、まだまだ幼いぬいぐるみを抱いた少女の会話を耳にしながら、ジェイドはお世辞にも良いとは言えない状況をどう打破するかに思考を巡らせる。

連れ去られたイオンの奪還と、タルタロスを占拠した神託の盾騎士団を追い払う為、ジェイドたちは唯一開く左舷昇降口の前で、彼女らの帰還を待っていた。

不意をついた彼らの攻撃は、しかし次々に起こる出来事によりことごとく失敗している。

自分たちを取り囲むオラクル兵たちと、それを率いる六神将。―――そして統制の取れたモンスターたちの姿。

イオンは敵の手にあり、先ほどのジェイドたちの奇襲もあってか、リグレットにも隙は見えない。

さて、どうしたものか。

場の緊迫感を裏切って、ジェイドは至極呑気にもそんな事を思う。

実際彼が焦っている姿など、彼を知る者たちですら滅多に目にする事はないが。

それにしても、今のジェイドたちには分が悪すぎた。

何かきっかけでもあれば隙を突いての反撃も出来るだろうが、この状況では難しい。

それでもどこか隙が無いかと視線を巡らせたジェイドの目に、タルタロス入り口から自分たちを見下ろす少女が目に映った。

どこか拙い口調が、彼に一番近しい少女を思い出させる。―――と彼女の決定的な違いは、にはおどおどとした態度や怯えたような雰囲気が無い事か。

良くも悪くも、彼女は周りの目をあまり気にしないマイペース過ぎるほどマイペースな性質をしている。

そういえば、は一体どこで何をしているのでしょうねぇ。

見張りを頼んだ筈だというのに・・・いつの間にか姿を消してしまっていた己の部下を思い、僅かにため息が漏れる。

その時ふと見知った気配を感じ、ジェイドは素早く視線だけで宙を仰いだ。

「よくやったわ、アリエッタ。彼らは拘束して・・・」

アリエッタの返答に満足げに頷いて、リグレットがそう口を開いたその時だった。―――天から降り注ぐ陽光を黒い影が遮る。

それに気付いたリグレットが反射的に身を翻し、後ろに跳び退るのとほぼ同時に、その黒い影が剣を手に重い音を立てて地面に着地した。

「ガイ様、華麗に参上!」

「・・・くっ!」

素早い動きで剣を横に薙いだ青年の攻撃を紙一重で避けるも、体勢が崩れるのは避けられない。

しかしそれで終わるリグレットではなかった。―――その一瞬の隙を見逃さず動いたジェイドに向かい、咄嗟に構えた魔銃を構え発砲する。

このメンバーを見て、ジェイドを倒せば何とかなると思ったのだろう。

その判断はある意味正しいと言えた。

ジェイドという統率を失ってしまえば、今のルークたちはただの烏合の衆でしかない。

ただリグレットの唯一の誤算は、彼には強力な守護者が付いている事を知らなかった事か。

リグレットの魔銃から放たれた銃弾は、突如飛来したまるで生きているかのような動きを見せるチェーンによって、目標に届く前に全て打ち落とされていた。

「きゃっ・・・!!」

「アリエッタ!」

少女の短い悲鳴にリグレットが視線を巡らせれば、いつのまにそこにいたのか・・・黒髪の少女がアリエッタの身体を拘束し、細身の剣を突きつけている。

、華麗に参上」

「・・・なんですか、それは」

「ガイの真似」

フワリと舞うように、何の気配も音もなく姿を現した少女へ呆れた視線を向けるも、はさして気にした様子も無くリグレットへと視線を向けた。

いつの間にか・・・おそらくはジェイドに向けられた銃弾を打ち落とした時だろうが、他のオラクル兵ものチェーンによって昏倒させられている。

相変わらず良い仕事をする・・・と、思わずジェイドの口角が微かに上がった。―――勿論そうでなければ、彼の副官など務めてはいられない。

「さあ、もう一度武器を捨ててタルタロスの中へ戻っていただきましょうか」

今度こそ形勢逆転の確信を得て、ジェイドは変わらぬ静かな口調でそう告げた。

拘束され剣を突きつけられているアリエッタ。

そして自身と対峙する青年の姿を認めて、リグレットは自らの分の悪さを自覚し、武器を収めるとジェイドの指示に従った。

「あなたも、モンスターを連れてタルタロスの中に」

アリエッタの身体の拘束を緩めて、は少女の背中を押して行動を促す。

最後に縋るようにイオンへと視線を向けるも、イオン自身からそれを促され、アリエッタは見るからにショックを受けた様子でタルタロスの中へと戻って行った。

ゆっくりと音を立てて閉じる扉越しにリグレットの強い視線を感じたが、はそれさえも取り合う様子を見せず、完全に閉じた扉のすぐ傍にあるパネルに手を伸ばし、何事かを操作してから小さく息を吐き出した。

「これでしばらくは昇降口が開かない筈です」

ジェイドのその言葉を合図に、場の空気が一気に緩む。―――慣れない修羅場に疲れ果てたルークは、脱力したようにその場に座り込んだ。

「ふぅ・・・助かった。―――ガイ、よく来てくれたな!!」

「やー、捜したぜぇ。こんな所にいやがるとはなー」

抜き身のままだった剣を鞘へと戻し、ガイは気楽な口調でルークの元へと歩み寄る。

何はともあれ、ルークが無事だった事が彼にとっては幸いだった。

「・・・

久しぶりに再会したルークとガイの楽しそうな様子を横目に、ジェイドは先ほどよりも心持ち低い声で副官の名を呼ぶ。

それにピクリと肩を跳ねさせたは、恐る恐るジェイドを振り返った。―――変わらない無表情ではあったけれど、少女と長い付き合いのジェイドにはそれがよく解る。

「ごめんなさい、ジェイド」

「謝罪するという事は、自分がいけない事をしたという自覚があるのですね?」

悠然と微笑めば、はほんの少しだけ眉を寄せて。

「・・・いけない事かは解らないけど。でも、ジェイドとの約束は破った、から」

ジェイドはに、見張りを頼むと言った。

それは確かに他の神託の盾騎士団たちからの襲撃を避ける為でもあるが、状況の把握が出来ていないルークの行動を制限する為でもあったのだ。

結果的には上手くいったが、神託の盾騎士団の赤い髪の男から不意打ちを食らったあの時、リグレットが止めに現れなければ、ジェイドたちは命を落としていたかもしれないのだ。

勿論ジェイドとてそうあっさりとやられるつもりも無いし、またそうならないだけの実力も持ち合わせてはいるが、しかし・・・。

かといって、過ぎた事を今更言っても仕方が無い。―――起きてしまった事に対して追及するのは、ジェイドの好むところではない。

「解っているのなら結構。次からはこんな事はないよう、気をつけていただきたいものですね」

とりあえず嫌味を含んだ念押しをして、この件はこれで終わりとばかりに口を噤んだ。

ジェイドとしてもその忠告だけでの行動が収まるなど思ってはいないが。―――しかしが何の理由も無く勝手な行動を取ったりしない事は理解しているので、やはりこれ以上の追及は躊躇われた。

「それでは皆さん。これからセントビナーに向かいましょう」

しょんぼりとするを見下ろし苦笑を漏らしたジェイドは、すぐさま表情をいつもの笑みへと変えて、それぞれ談笑する者たちへそう声を掛けた。

「・・・セントビナー?」

「ここから東南にある街ですよ。―――アニスとの合流先です」

敵に奪われた親書を取り戻そうとして、魔物に船窓から吹き飛ばされたというアニス。

しかしその遺体は見つかってはいないらしい。

それならばきっとアニスは無事でいるだろう。―――それくらいで命を落とすような柔な少女ではない事をジェイドもも知っていた。

そんな事を本人に言おうものなら、ものすごい勢いの反論があるのだろうが・・・。

アニスは親書を奪い返し、セントビナーに向かっている。

そんな確信が、ジェイドと・・・そしてイオンにはあった。

「解った。そこまで逃げれば良いんだな」

座り込んだままだったルークが立ち上がり、服についた土を払う仕草を見詰めながら、はふと感じた視線に顔を上げる。

先ほどまで浮かべていた人を食ったような笑みではない、ジェイドの真剣な眼差しに、彼が何を問うているのかを察したは微かに目を伏せた。

それだけで自らの問い掛けの答えを得たような気がしたジェイドは、皮肉なほど澄み渡った蒼い空を仰いで僅かにため息を零す。

皇帝から直々に極秘任務を下され、グランコクマを出てから少し。

たった1人を除いて、連れて来た部下全員の命が失われるという結果に、表には出さないが思うところが無いわけでもない。

「今からこれでは、先行きが少し不安ですねぇ」

あまり感情の篭っていない声色でそう漏らし、ジェイドは改めて全員へと視線を戻した。

なんだかんだと騒ぐ面々を呆れた面持ちで見詰め、そうして微かに肩を竦めて見せる。

「それではセントビナーに向かいましょう。厄介な追っ手が来る前にね」

ほんの少し茶化した口調でそう告げて、ジェイドは全員に行動を促した。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

フライングでガイと絡ませてみたり。(笑)

まだまだガイが掴みきれていませんが・・・まぁ、そこはおいおいに。

色々内容をすっ飛ばしてしまいましたが、どこがどの場面なのか解るでしょうか?(不安)

改めて考えてみると、主人公とアリエッタのキャラが被ってます。(笑)

勿論主人公はアリエッタほど感情の起伏は激しくありませんが・・・。(というか、明らかに明るさとかが足りない気が)

作成日 2006.6.5

更新日 2007.10.7

 

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