始祖ユリアの唇から、滑らかに預言が零れ落ちる。

まるで謳うように・・・この星の未来は、彼女によって紡がれる。

オールドラントの未来が記されたという譜石に描かれた記憶は、彼女の力を以ってこの世に解き放たれていく。

「―――ND.1995」

たとえ誰の記憶に残らなくとも。

ユリア=ジュエのその預言は、彼女自身の手により、確かにこの世に落とされた。

 

始まりはと共に

 

「・・・・・・ふう」

ある陸艦の一室で、1人の青年が大きなため息を吐き出した。

部屋の扉を閉め漸く1人になる事が出来た青年は、疲れ果てた身体を堅い椅子に預け、その赤い目をゆっくりと閉じる。

青年の名はジェイド=カーティス。

マルクト帝国軍に所属する軍人であり、また研究者でもある。

今、彼は心身共に疲れ果てていた。

マルクト帝国とキムラスカ王国との間に勃発した争いの火種は、マルクト帝国の領地内から起こった。

キムラスカ王国はマルクト帝国のホド島へと攻め入り、戦いの狼煙を上げる。

本来ならば予想された戦争。

マルクトも勇んで打って出るところなのだが、しかしここで問題が1つ。

その問題と切っても切れない関係にあるジェイドは、戦いが始まってからは休む間もなく働き詰めなのである。

「全く・・・こんな結果になるとは」

自嘲と共に呟き、閉じていた目を薄っすらと開けた。

キムラスカとの戦争は続いている。―――まだ終わる気配さえ見せない。

しかし最初の・・・そして最大の問題は、とりあえず片がついたのだ。

それは、ホド島の消滅という形で。

それに何を思うわけでもない。

良かったと思うわけでもなく、悔しいと思うわけでもなく。

問題が1つ片付いた。―――ジェイドにとってはそれだけに過ぎない。

ジェイドはそう結論付けると、重い身体を起こした。

様々な出来事が重なり、ここ最近では禄に休息すら取っていないのだ。

いくら彼といえども疲れもする。―――幸いにも今現在は急を要する仕事は入っていない。

このままグランコクマに戻るまで、暫く休息を取ったとて誰も文句は言わないだろう。

否、言わせるつもりも無いのだが。

ともかくも、久方ぶりの睡眠を取る為、ジェイドは軍服の襟を無造作に緩めた。

気だるげにコートを脱ぎ捨て、宛がわれた私室のベットに腰を下ろす。―――ちょうどその時、異常なほど強大な音素の力を感じ取ったジェイドは、弾かれたように顔を上げた。

同時に唯一外を見る事が出来る小さい窓から、眩い程の白い光が差す。

「くっ・・・なんだ!?」

寝不足の目には痛いほど・・・否、常人が感知出来る以上の鋭い光に、ジェイドの眉間に深い皺が寄る。

その光はすぐさま収束し、再び室内に静寂が舞い戻った。

シン・・・と静まり返る室内で、しかしジェイドは逸らす事無く窓の外へと視線を注ぐ。

明らかに異常だと解る現象。

彼の思考はその現象についてを論じるが、現在の少ない情報の中からは明確な答えが出ることはない。

そうこうしている内に、静かな室内に慌ただしい足音が届いた。

廊下を、この部屋へと向かって駆けて来る足音。

「・・・やれやれ。休む暇もないとは」

1人ごちて、先ほど脱ぎ捨てたコートを素早く身に着け、ベットの上で優雅に足を組み報告にとやって来る兵士を待った。

「カーティス少佐!お休みのところ申し訳ありません。少し宜しいでしょうか!?」

「構いません。入って来なさい」

扉を隔てた向こうから明らかに動揺した声色でそう申し出る部下に、ジェイドは常と変わらない冷静さそのものの声色で返事を返す。

入室を許可された部下はもう一度「失礼します」と声を掛け、やはり困惑した様子をその表情に浮かべながら敬礼した。

「カーティス少佐!実は・・・」

「先ほどの巨大な音素反応と光の件ですね。何か解りましたか?」

「は、はい。その事なのですが・・・」

報告の前に先手を取られた形となった部下は一瞬言い淀むも、再び敬礼し今自分が持つ情報を彼に報告する。

「巨大な音素反応と光の件につきましては、現在調査中であります。ただ、こちらに向かって何かの攻撃を放たれたのではないようです」

おそらくは動揺しているからなのだろうが、必要以上の大きな声と明確ではない報告にジェイドは密かにため息を漏らす。

それでは、何も解っていないのと同じではないか。

そう言ってやりたいが、珍しくその気力が今の彼には無い。

仕方なくため息を吐き出すに留めて、再度口を開いた。

「音素反応の発生地点の割り出しは?」

「はっ!そちらの方は既に確認済みです。現在我々がいる場所から、そう離れてはいません」

「では、直ちに発生地点へ向かいます。進路の変更を」

「了解しました!」

ジェイドから下された命令を操舵手に伝える為、部下は返事を返した後急ぎ足で部屋を後にする。

その後ろ姿を見送った後、ジェイドはもう一度窓の外を見た。

気になる事があれば放っておけない性質なのは、この際彼も自覚している。

キムラスカとの戦争の中、その巨大な音素反応の原因が解らない以上、調査も必要だろう。

解ってはいるのだけれど・・・―――それでも久方ぶりの休息を邪魔された事に対する憤りが無いわけではない。

「これでただの自然現象・・・などと結果が出たならば、どうしてくれましょうか」

どうもこうも、自然相手にどうする事も出来はしないのだけれど。

それ以前に、あれほど巨大な音素反応が、ただの自然現象で収まる筈が無い事も十分理解していたけれど。

ほんの少しの苛立ちを込めて、ジェイドはポツリとそう呟いた。

 

 

「おそらく、この森の中が音素反応の発生地点だと思われます」

部下によって連れてこられたのは、名前らしい名前さえも付けられていない小さな森だった。

陸艦から降りたジェイドは、目の前に広がる森をじっと見詰める。

「具体的な場所は?」

「そこまでの特定には至りませんでした。音素反応自体が広範囲に及んでおり、レーダーにもこの森が発生地点であるという事しか・・・」

期待はしていなかったが、やはり足で探すしかないらしい。

「では、各自森に入り、音素反応の原因だと思われるものの捜索を」

「少佐はどうなさいますか?」

「そうですねぇ・・・」

やる気なさげに呟き、部下に向けていた目を再び森へと戻す。

それほど広い森ではないとは言っても、その何かを探すのは一苦労だろう。

原因さえ不明なのだ。―――ただの骨折り損になる事も予想の内。

「・・・良いでしょう。私も行きます」

「少佐も、ですか?」

「ええ。少し興味がありますから」

驚いた様子の部下にそう言い放ち、ジェイドは森の中に足を踏み入れた。

研究者故の好奇心か。

確かに興味はあった。―――異常なほど強い、その音素反応の原因に。

もしかしたら、面白い何かがあるかもしれない。

どうせ艦に残っていたとしても、この状態で休む事など出来ないのだ。

ならばこうして原因を探るのも悪くないかもしれない。

そう思いつつ、昼間でも薄暗い森の中を当ても無くゆっくりと歩き出した。

他の兵士たちも捜索している筈だというのに、やけに静けさが耳につく。

聞こえるのは鳥のさえずりや、風に木々が煽られる音だけ。

そういえば・・・と、ふと思う。

こんな風にゆっくりと歩いた事など、何時振りだろうか?

少なくともここ最近は、こんなゆっくりとした時間など取った記憶が無い。

ここ最近どころか、あの研究を始めてから。

まるで何かに追い立てられるように走るばかりで、こうして立ち止まり景色を見回す余裕など無かったように思う。

勿論それを望まなかったのも、他でもない自分自身なのだが。

まるで時間という概念さえ消し去ったかのような静かな森に、一陣の風が吹き抜けた。

その風に煽られ、彼の長い髪がふわりと舞う。

それを鬱陶しげに手で押さえつけながら何気なく風の去った方向へと視線を向けたジェイドは、森の奥・・・―――木々の合間で何かが光を発しているのに気づいた。

その光は、ジェイドが気付いたのと同時に、空気に溶けて霧散する。

「・・・あれか」

その白い光が陸艦の中にいた時に感じたものと酷く似ていると判断したジェイドは、警戒しつつもゆっくりとした足取りでそちらへと足を向けた。

邪魔な木を手で避け、慎重にその場へ顔を覗かせる。

そうして、そこで見つけたもの。

「・・・・・・」

それは譜業でも音機関でもない。

生身の、少女がそこにいた。

生きているのか、それとも死んでいるのか・・・―――その少女は地面に横たわり、ピクリとも動かない。

ジェイドは眉間に皺を寄せつつ、ソッと少女へと手を伸ばした。

微かに触れた少女の頬から、しっかりとした生きた人間の温かみを感じる。

「・・・この、少女が?」

まさかこの少女が、先ほどの巨大な音素反応と光の原因なのだろうか?

無意識に呟いた言葉に反応したのか、ピクリと少女の瞼が動いた。

予想もしていなかった事態に思わず固まってしまっていたジェイドを他所に、少女の瞼が薄く開かれる。

その瞼に隠されていた漆黒の瞳が、確かにジェイドの姿を捉えた。

「貴女が・・・先ほど音素を放出したのですか?」

戸惑いを含んだジェイドの言葉にも、少女は答えない。―――暫く見詰め合った後、少女は再び瞼を閉じ、そうして意識を手放した。

先ほどとは違い、安らかな寝息を吐き出す少女を見下ろし、ジェイドはため息を吐き出す。

「・・・仕方ありませんね」

まるで自分を納得させるように呟き、幼い少女の体をその両手に抱き上げた。

あまり子供を抱いた事は無いけれど・・・―――それでもその少女の体は、年齢に相応しくない軽さのように思える。

ともかくも、このままこの森を徘徊していても仕方がない。

おそらく原因であると思われる少女は発見したのだから、もうここに用はないだろう。

「さて、これからどうするべきやら・・・」

疲れたように呟きを吐き出して、自分の腕の中で眠る少女の姿を見下ろした。

 

 

グランコクマに戻っても、森で発見された少女が目覚める事は無かった。

まるで死んだように眠り続ける少女は、今は軍基地本部の医務室の住人となっている。

あの時の音素反応や光の事を気にしつつも、しかし原因だと思われる少女が眠りから覚めない為に究明する事も出来ず、ジェイドは自分の執務室でたまりに溜まった書類の整理に追われていた。

「んで?結局あの子は何なんだ?」

だというのに・・・―――この国の皇太子であるピオニーは、相も変わらずジェイドの執務室に入り浸り、あまつ部屋の主を差し置き寛いでいる。

「そんな事は私が聞きたいですよ」

「なんだよ、ジェイド。お前のその賢い頭を使っても、予測も立てられないのか?」

ため息混じりにそう返せば、ピオニーは呆れた様子で言葉を返す。

間違いなく嫌味を含んだ言葉に眉を寄せつつも、ジェイドの書類を捲る手は止まらない。

「憶測で話をするのは嫌いなんです」

「んな事言ったってよ。現状で言えばそれ以外にどうしろってんだよ」

「・・・あの少女が目覚めるのを待つしかないでしょう」

「何時目覚めるか解らんだろう?待ってる間に取り返しがつかない事になったらどうするつもりだ?」

ああ言えばこう言う。

確かにピオニーの言葉にも頷ける部分はあるのだが、どうしても素直にそれを認める事が出来ない。

ジェイドは大きなため息を吐き出して、漸く書類から顔を上げた。

「おそらく我々が感知した音素反応は彼女が原因でしょう。森で発見した時、私が確認した所、似たような光を放っていましたから」

「ふむふむ」

「しかしそれがなんなのかは解りません。超振動か・・・とも思いましたが、どうやらそうではないようです。記録された反応データが超振動とは異なっていましたから。ただ1つ解っているのは、我々に危害を加えるものではなかったという事だけです」

「なるほど」

「彼女の服装についても、特に可笑しな点は見られません。言い換えれば、どこの街やどこの国に所属するものなのかの判別が不可能だという事です」

「ほぉ〜」

相槌を打つピオニーを見て、ジェイドは本気で聞いているのかと疑問を抱いた。

けれどそれをわざわざ口に出す事はしない。―――返ってくる答えなど、考えるまでも無いほどよく解っていたからだ。

「・・・んで?」

「・・・・?」

「お前は、あの子をどうするつもりなんだ?」

再び書類に視線を落としたジェイドは、投げられたピオニーからの質問に、再び顔を上げて瞬きを繰り返す。

「・・・どう、とは?」

「拾ったのはお前だろ?あの子の事、どうするつもりなんだ?お前が引き取るのか?」

「どういう発想をすれば、私が引き取るという話になるんですか」

ピオニーの突拍子も無い言葉に、ジェイドはがっくりと肩を落とす。

普通に考えれば、不審者として彼女の身は拘束されるだろう。

それを免れたとしても、本来彼女がいるべき場所へ戻るのが妥当だ。

戻る場所が無いのであれば、マルクト帝国の施設へ収容される。

そんな事、ピオニーが解っていない筈がないというのに。

「良いじゃねぇか。お前、引き取っちまえば・・・」

「お断りします」

「なんで。チラッと見たけど、かなり美少女だったぜ?」

「・・・見に行かれたんですか」

「やっぱ気になるし。興味あるし?」

「・・・はあ。貴方には皇太子という自覚が・・・」

大きなため息と共に、ニヤリと口角を上げるピオニーに説教を始めようとしたその時、唐突に部屋のドアがノックされた。

それにジェイドが返事を返す前に、ピオニーが「良いぜ」と声を掛ける。

一体この部屋の主は誰だと思っているのだと文句を言っても無駄な事は、幼少時代を彼と共に過ごしたジェイド自身が一番よく知っていた。

ピオニーの了承の声に室内に入って来たのは、見張りを担当している兵士の1人だった。

室内にこの国の皇太子がいる事に驚きつつも、その兵士は自らの役目であろう報告を、この部屋の主であるジェイドへと提出した。

「カーティス少佐。例の森で発見された少女の意識が戻りました」

「おお、マジか?」

兵士の報告に、ピオニーが楽しげに声を上げる。

それをサラリと無視して、ジェイドは兵士に向かい声を掛けた。

「それで?発見された少女はなんと?」

「それが・・・どうやらこちらの言葉が通じないようで。声を掛けても反応がありません」

「言葉が通じない?」

困惑したような兵士を見据えて、ジェイドが眉を寄せる。

言葉が通じないとは、一体どういう事なのか。

「行ってみれば解るんじゃねぇか?」

考え込んでしまったジェイドの耳に、ピオニーの気楽な声が届く。

それに反論したい気持ちもあったが、彼の言う通りだとも思い、ジェイドは重い腰を上げた。―――先導する兵士について部屋を出るジェイドを、ピオニーは笑顔で見送る。

そうして一言。

「あの子に行き場が無かったら、ちゃ〜んとお前が面倒見ろよ」

「・・・まだそんな事を」

「拾ったのは、お前だ」

キッパリと言い切られ、ジェイドの眉間に皺が寄る。

後々こんな面倒に巻き込まれるのなら、あの時少女を拾うのではなかったとそう思う。

しかしピオニーは、そんなジェイドの心境さえも読んでいるのか・・・―――彼らしからぬ柔らかい表情を浮かべて。

「俺はな、吃驚したんだぜ。確かに怪しい人物には違いないだろうが、それでもお前がわざわざそいつを捜しに行って、尚且つ連れて帰って来るなんてな」

「・・・それは」

「今までのお前なら、絶対にしなかった行動だ。そこには果たして何の意味もないのか?」

「・・・・・・」

「もしかすると、お前自身が気付いてないだけで、確かに意味があるんじゃねぇのか?」

投げかけられる問いに、ジェイドは何一つ答えを返す事も無いまま。

ふいと視線を逸らして、執務室を後にする。―――真剣な眼差しを向けるピオニーのその目を、ジェイドは見詰め返す事がどうしても出来なかった。

 

 

「・・・こちらです」

促されて医務室へと足を踏み入れる。

一応重要人物として個室に入れられているらしく、その部屋には自分と兵士以外に誰の姿も無い。

その兵士をも下がらせて、とうとう1人になったジェイドは、仕切られたカーテンの向こうにいるだろう少女へと声を掛けた。

「開けますよ」

「・・・・・・」

しかし返事は返ってこない。

それに小さく息をついて、宣言どおりカーテンに掛けた手を引いた。

シャっと音を立てて開いたカーテンの向こうには、医務室特有の白い空間が。

その白い空間に、白いベットの上に、漆黒の髪を持つ少女はいた。

突然やって来たジェイドを気にするでもなく、ぼんやりとどこかを見詰めている。

「気分はどうですか?」

「・・・・・・」

やはり何の反応も返ってこない。

聞こえていないのか、それとも聞いていて無視しているのか・・・―――はたまた兵士の言うように、言葉さえも通じていないのか。

「自己紹介がまだでしたね。―――私はジェイド=カーティスと言います」

「・・・・・・」

「・・・貴女のお名前を窺っても?」

それでもジェイドは根気強く質問を投げかけた。

少女が答えてくれるとも思えなかったが、だからといって帰ってしまうわけにも黙って座っているわけにもいかない。

「貴女は一体何者ですか?」

一体何個目の質問だろうか。

期待もせずにそう問い掛けると、不意に少女が微かな反応を見せた。

決してその目をジェイドに向けることは無いが、少女の口が喘ぐように開け閉めされる。

その口から出た言葉に、ジェイドは軽く目を見開いた。

少女は言った。

『解らない』と、たった一言。

けれどそれは彼らには通じぬ言葉で。

現在は使われていない、古代イスパニア語で。

これが、報告に来た兵士が言っていた『言葉が通じない』という意味か・・・―――とジェイドは心の中で納得する。

古代イスパニア語は確かに同じ文字を使うが、似ているとはいえ文法も異なり、更に言うならば発音も異なる。

それを読む事が出来る人間は少なくないが、話せる人間は多くないだろう。

何故この少女が、古代イスパニア語を話すのか・・・それは解らなかったけれど、やはり只者ではないのだと確信する。

けれど危険な感じはしなかった。

寧ろ警戒心が無さ過ぎて、逆にこちらが戸惑うほどだ。

『貴女はどこから来たのですか?』

おそらくは公用語であるフォニック言語を理解できていないだろう少女に、古代イスパニア語で問い掛ける。

すると少女に明らかな反応があった。

何処かへと投げかけられていた視線が、ゆっくりと宙を彷徨う。

その時になって、ジェイドは漸くはっきりと少女の姿を見た。

少女を連れ帰るべく自らの腕に抱き上げた時、確かに見たというのに・・・―――けれどジェイドは今初めて、しっかりと少女を見たような気がした。

全くいないというわけではないが、この世界では珍しい漆黒の髪。

なるほど・・・ピオニーが褒めるだけあって、少女の面持ちは整いすぎるほど整っている。―――しかし意図的に整えられたかのような綺麗な顔には、残念ながら感情というものが欠けてしまっているようだった。

まるで心を失ってしまったかのような・・・抜け殻のように佇むその姿。

体の至る所に巻かれている白い包帯が、痛々しく目に映る。

『・・・解らない』

もう一度、少女は先ほどと同じ言葉を繰り返した。

そうして。

自分を見詰めるジェイドの視線に気付いたのか、少女は視線を巡らせジェイドのそれと合わせる。

やはりその瞳には感情というものが宿っていないように見えた。

しかしジェイドはその目に囚われた瞬間、引き込まれるかのような錯覚に陥る。

注がれる少女の視線から、己の視線を逸らせない。

漆黒だと思われた少女の瞳は、譜石の光を受けて深い紫暗へと変わる。

先ほど感情がないと思ったその瞳に、しかしその瞬間ジェイドは、その瞳にしっかりとした意思のようなものが宿ったような気がした。

無言のまま自分を見上げる少女を見下ろし、ジェイドは唐突に喉を鳴らして笑う。

くつくつと、それは楽しそうに。

今更ながらに、ピオニーの言った言葉の意味を理解した。

そうだ・・・、その自分にとっては不可解な行動に、やはり意味はあったのだと。

あの森で、少女を見つけたその時に。

あの薄っすらと開かれた瞼から覗いたその瞳に、自分は引き込まれてしまったのだと。

あの時確かに、自分は目の前の少女に興味を抱いたのだ。

「これは面白い。・・・まぁ、仕方ありません。これも自業自得ですかね」

未だ微かに笑みを漏らしつつ、まるで自分に言い聞かせるように呟いて。

そうしてジェイドは、少女に向かいその手を伸ばした。

少女が不思議そうに・・・そう、不思議そうにジェイドの手を見詰める。

感情がないと思われた少女の顔に初めて浮かんだ、無以外の感情。

やんわりと笑みを浮かべるジェイドと、不思議そうな表情を浮かべる少女との視線が交差したその瞬間。

確かにその時、人形のようだった少女が、自らその手を取った。

小さなその手は少しひんやりとしていて、それが何故か心地良く感じる。

「面倒事は嫌だったんですけどね。このままだと、皇太子命令を下されてしまいかねませんから」

おどけたように笑うジェイドを見上げ、少女は小さく首を傾げる。

考える前に行動するという、今までからは考えられない行動を取ったジェイドと。

素性も得体も知れない、全てを失った少女の。

 

これが、2人の始まり。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

『愛の唄が世界に響きますように』ヒロインと、ジェイドの過去の話。

2人の出会いと、↑連載での関係に至るまでのお話。

というかかなり昔なので、ヒロイン幼女と言っても可笑しくない年齢です。

ついでに言えばジェイドも同じように若いのですが・・・―――やっぱり12歳も差があるとロリコ・・・いえいえ、恋愛には難しそうといいますか。

今までも恋愛要素が強いとは到底言えない内容でしたが、こちらではもっとそういう傾向になるかも・・・(でも大佐や陛下に大切に思われる・・・筈)

まぁ、何時までも幼いままでいさせるつもりは無いのですけどね。

ちなみに、この時点で大佐はおかしいので、勝手に少佐設定に。

作成日 2006.2.6

更新日 2007.11.24

 

 

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