「貴女のマルクト帝国軍入軍の日が、半年後に正式に決まりました」

笑みに少し苦い感情が入り混じった複雑な表情を浮かべるジェイドにそう告げられたのは、がジェイドに拾われてからちょうど6年目の事。

その日の為に譜術や武術を習わせていたのだから喜ぶべき筈の事だと言うのに、どうもジェイドは心から喜べていないようだ。

しかし既にマルクト帝国の皇帝となったピオニー直々のお達しであるのだから、ジェイドには反論のしようもない。―――否、反論が許される訳がないのだ。

「解った」

そんなジェイドとは反対に、は特に何を感じた訳でもないのか、ただコクリと頷き読みかけの本へと視線を戻す。

それからちょうど半年後。

これは、入軍の儀式を前日に控えたある日のお話。

 

そんな日々の存在

 

「・・・というわけで。の門出を祝って、かんぱ〜い!」

「何がどういうわけなんですか。貴方はいつもいつも人の仕事の邪魔を・・・。というよりもここに酒類を持ち込むのは止めてください。寧ろお引取り頂けると非常にありがたいのですが」

「あー、もう。お前はいつもいつも・・・煩いぞ、ジェイド」

ジェイドの執務室に響き渡った陽気な声とは裏腹に、その部屋の主である男の口からは呆れを含んだ声が発せられる。

眼鏡を押し上げる姿はいつも通りだが、心なしか眉間には皺が寄っているようだ。

しかしこの国の最高権力者である男が気を遣うなどあるはずもなく、ジェイドの主張はピオニーの一瞥で黙殺された。

まぁ、それもいつもの事と言えばそれまでなのだけれど。

そうしてそのピオニーに盛大に祝われている筈のはといえば、大人しくソファーに座ってジェイドとピオニーの遣り取りをぼんやりと見詰めている。

こちらもおよそ祝われてるという風情はなく、その表情には喜びも呆れも何の色も浮かんではいなかった。

「・・・ところで、何故貴方がここに?」

ジェイドもピオニーにこれ以上の嫌味は無駄と諦めたのか、ちゃっかりとの隣に座る男へと視線を向ける。―――その目は心なしか不機嫌な色に染まっていた。

「決まっているでしょう。お誘いを受けたからですよ、ジェイド」

「貴方が陛下のお誘いに、律儀に応じるとは思いませんでしたが・・・。あれですか。やはり貴方も陛下には勝てないと・・・」

「馬鹿な事を言わないでください!私はただ、のお祝いの席だというから!!」

噛み付く勢いで声を荒げるサフィールを冷めた目で見詰め、ジェイドは深くため息を吐き出す。

こうも煩い人種が2人も揃ってしまった日には、静かに仕事を続けるなど出来る筈もない。

無視をしていてもどうせすぐに巻き込まれてしまうのだ。

幸い急ぎの仕事は昼の間に終わらせてしまっていたし、今日はここで仕事を終えても良いのだけれど・・・―――それでもピオニーの思う通りになってしまう気がして、何となく面白くないのも確かだ。

「ジェイド。仕事なんていつだって出来るだろ?だがな、の入軍を祝うパーティは今日じゃないと出来ないんだぜ?」

「最もらしい事を言っていますが、ただ単に騒ぎたいだけでしょう・・・貴方は」

「ああ、ヤダねぇ。性格ひん曲がったジェイドには、この俺の優しい心遣いが理解出来んか、やっぱり」

「ええ、理解できませんねぇ。思考が人の斜め45度を突き進む人の気持ちなんて」

肩を竦めて呆れたと言わんばかりのピオニーと同じく、ジェイドも人を馬鹿にしたような笑みを浮かべて負けじと言い返す。

威圧感だけは無駄にある2人だ。―――傍で遣り取りを見ていたサフィールは心持ち顔を青くし固まっていたが、だけは無表情で小さく首を傾げている。

「ちょっと、貴方たち。今日はのお祝いに来たのでしょう?喧嘩なら他所でやってくださいよ」

しかし怖いもの知らずであり、幼い頃からこの2人と共に成長してきたサフィールも負けてはいない。―――視線は泳いでいるが、収拾がつかなくなりそうなこの状況を打破する為、負けじとそう口を開いた。

「ああ、そうだったな。まったく・・・ジェイドの奴が余計な事言うから」

「人のせいにしないでください」

やれやれと肩を竦めて見せるが、もう既にピオニーの視線はジェイドからへと移っている。―――それにもう一度ため息を吐き出して、なにやらごそごそと動き始めたピオニーの動向を見守る事にした。

一体彼はこんな場を持って、何をしようとしているのだろうか。

。お前にプレゼントを持って来てやったぞ」

「・・・プレゼント?」

唐突にそう言うと、両手に抱えるほどの紙袋をに押し付けてピオニーは至極楽しそうに笑む。

それを見ていたジェイドは、微かにこめかみを引きつらせて。

「・・・陛下。また国家予算を使って、下らないものを作ったのではありませんよね」

「くだらないとはなんだ、くだらないとは。これは必要なものだぞ。なんたって軍服なんだからな」

「・・・軍服?」

「そうだ。マルクト軍にのような子供が入るのは初めてだからな。こいつに合う軍服がないだろう。規定の物だと大きすぎるしな」

胸を張って自信満々に言うピオニーを見て、ジェイドは意外だと言わんばかりに軽く目を見開いた。

ピオニーのことだから、また実用性もないようなメイド服やふりふりのレースがついたドレスやらを寄越したのかと思っていたが、案外まともなプレゼントだったらしい。

・・・と普通の人ならばここでそう納得するだろうが、しかしジェイドはそう簡単に騙されはしなかった。

探るような眼差しでピオニーを見詰め、その真意を見定めるべく口を開く。

「それは私も同感です。ですから私がの軍服を発注しておいた筈ですが」

「ああ、それなら俺がキャンセルしておいてやったぞ」

さも当然と言わんばかりにサラリとそう告げ、ピオニーはニヤリと口角を上げる。

わざわざジェイドが発注したの軍服をキャンセルしてまで作らせた物。―――それがまともな物である筈がない事を、彼をよく知るジェイドは知っていた。

「・・・。その袋の中身を私に見せなさい」

。サイズが合ってるかどうか確かめて来い」

ほぼ同時に掛けられた言葉に、は一瞬躊躇したように動きを止めた。

どちらの言葉に従えば良いのか。

普通に考えれば皇帝であるピオニーに従うのが一番なのだが、この場の雰囲気がそれを簡単に許さない。

「いい加減になさい。が困っているでしょう」

「貴方は黙っていなさい」

「ジェイド、お前も黙ってろ。いいか、これは皇帝命令だ」

困ったように眉間に皺を寄せるを見てサフィールが口を挟むが、彼ら2人がサフィールの言い分を素直に聞くわけがなかった。

ピオニーに至っては、このままでは埒があかないと踏んだのか、早々に最終手段を持ち出す始末。

皇帝命令とまで言われてしまえば、流石のジェイドといえどもそれ以上は何も言えない。

渋々口を噤んで、嫌味交じりに盛大なため息を吐き出した。

「・・・解った、着て来る」

この軍服を着るという事で決着がついた事を察したのか、は手渡された紙袋を抱えて立ち上がる。

そのまま隣接している仮眠室へと足を向け、そこへ辿り着く前にチラリと横目でジェイドの様子を窺う。

ジェイドは多少不機嫌そうにはしているものの、納得しているのか文句を言う素振りはない。―――それに安心して、は渡された軍服に着替えるべく、仮眠室へと姿を消した。

「・・・さて、と」

完全に仮眠室の扉が閉まったのを確認した後、おもむろにピオニーが口を開いた。

その声色は先ほどまでの陽気なものとは一変して、至極真面目そのもの。

そこに何かの意図を認めたジェイドもまた、不機嫌そうな表情を真面目なそれに変えて、真っ直ぐピオニーを見詰め返した。

が着替えている間に、お前に話しておきたい事がある」

「・・・話しておきたい事、ですか?」

「なんなんですか、それは」

サラリと除外された筈のサフィールも、場の雰囲気を読み取ってか口を挟む。

しかしピオニーはそれをどうこう言う事もなく、ふんぞり返るように座っていた姿勢を正し、膝の上に肘をついて両手を組んだ。

「実は半年ほど前、マルクト領内で古い時代の品が色々と発見されてな」

「ああ、それならば報告は受けています。残念ながら、私にとっては興味を引かれる物はありませんでしたが」

発見されたのは、譜石が主だった。

一時は第七譜石かと騒がれたものだが、残念ながら目当ての物ではなかったらしく、あっという間に人々の話題からは遠ざかって行ったのだが・・・。

それが一体どうしたのかと無言で問うジェイドの視線を受けて、しかしピオニーは難しい表情を崩す事無く彼の問いを無言で退けた。

「ちなみに、この間の生誕祭だが」

「・・・なんですか?」

は預言を詠んでもらいに行ったのか?」

サラリと話題を変えられた事に勿論気付きつつも、ジェイドはそれには触れずにいいえと首を横に振る。

一見関係がないように思えても、彼の話には何か繋がりがあるはずだ。―――ピオニーはふざけた部分も多いが、基本的に優秀な人物なのだから。

無言で首を振ったジェイドを見て、ピオニーはやっぱりそうかと囁くように漏らす。

がグランコクマに来て6年。

しかし生誕祭に彼女が預言を詠んでもらった事は一度もない。

それは自身が望まなかったからだ。―――未来なんて知る必要はないと言い、頑なに預言を拒んでいる。

何故そこまで預言を拒むのか、ピオニーには解らなかった。

この世界に住む者で、預言を拒む人間などいない。―――確かにそれに頼り切らない人間はいるが、聞いていても損はないのだから聞いておけば良いといくら説得しても、は決して首を縦に振らなかった。

もし未来を知ってしまったら、自分で考える意味がなくなる・・・と。

今までそんな考えをする人間はいなかったのだから、それが更にピオニーの目には新鮮に映った。

全ての記憶を失っていたには、歩く事等の簡単な動作などは多少身に付けてはいたが、勿論預言に関しての知識は持っていない。

だからこそ、そういう考えなのかもしれないとピオニーらはそう判断した。

「陛下。が預言を詠んでもらわない事と先ほどの話、何か関係があるのですか?」

「それを知る為にも、一度の預言を聞いておきたかったんだがな」

まぁ、この際仕方ねぇが・・・と付け加えて、ピオニーは小さく息をついた。

「この間発見された譜石の中に、ちょっと気になるものを見つけたんだ」

「・・・気になるもの?」

漸く話し出したピオニーを、ジェイドはしっかりと見詰める。

発見された物の多くは譜石だったのだから、ピオニーの言う『気になるもの』というのも譜石なのだろう。―――先ほどからの話から推測すれば、預言とも言える。

「『ND.1995。

類稀なる素養を持つ者、オールドラントに誕生す。

其は清廉なる音素を纏う、精霊に愛されし者なり。

精霊に愛されし者、その守護の元、全てを失い、そして全てを得るだろう。

その者、己が定める唯一を求め、大いなる旅路を踏み出さん』」

「・・・・・・なんですか、それは」

「さっき俺が言った『気になるもの』だ」

唐突に言葉を発したピオニーを見詰め、ジェイドは眉間に皺を寄せてそう尋ねた。

しかしピオニーは気楽な声色で素っ気無くそう返し、脱力したように再びソファーに背中を預ける。

「・・・これは預言ですね。これのどこが気になるのです?」

「んな事、改めて言わなくとも気付いてるんだろ、お前なら」

あっさりとそう返され、ジェイドは返す言葉がないのかそれとも思うところがあるのか、口を噤んで睨みつけるように床を見詰めた。

ピオニーが何を言いたいのか、勿論ジェイドには解っていた。

ND.1995。

類稀なる素養を持つ者。

全てを失い。

それらが今のにはぴったりと当てはまる。

年齢も現在13歳だとはっきりと断言できるわけではないが、身体の発育具合を見れば大体の年齢は解る。―――ジェイドの見立てでは、多少成長は遅いもののほぼ間違いない。

類稀なる素養を持つ者というのにも、ある意味当てはまる。

何せ中級譜術を使い、上級譜術を使用しても出来ないだろうほどの威力を見せたのだから。

そして・・・全てを失いという部分については、今更だ。

はジェイドと出逢った時、全てを失っていた。

記憶も、生きる術も、そして・・・感情も。

ただし、これだけでその預言に詠まれているのがだと判断するのは早計だ。

それが解っているからこそ、ピオニーもの預言を知っておきたかったのだろうが。

「・・・しかし、例えばその預言がの事を詠んでいたとして・・・それが何か問題なのですか?」

奇跡的に大人しく話を聞いていたサフィールが、そう口を開いた。

確かにそういう考え方もある。

この預言は死の預言でも破滅の預言でもない。―――ただあるがままの事実を伝えているだけ。

この預言から未来を知る事も出来なければ、過去を知る事も出来ない。

しかし・・・。

「ま、サフィールの言う通りだ。この預言自体に問題はない。勿論、この預言がのものだったとしても、だ」

「しかし、問題の種ではある・・・と言いたいのでしょう?」

あえてピオニーが口にはしなかった言葉を、ジェイドは静かな声色で付け加える。

確かにこの預言に問題はない。

しかし、これほど特別な預言が存在しているのだ。―――これから先、彼女の身に厄介事が降りかからない保証はない。

には知らせるのですか?」

「別にその必要はないだろう。これがだって決まった訳じゃねぇし。自身もそれを望んではいないだろうしな。ただ、一応は彼女の保護者に知らせておこうと思っただけだ」

「・・・・・・」

「・・・おい、聞いてんのか、ジェイド」

黙り込み考え込んでしまったジェイドにそう声を掛けるも、聞こえているのか無視されているのか、残念ながら何の反応もない。

またこいつは一体何を考えているんだか・・・とピオニーがそう1人ごちた時、ガチャリと仮眠室のドアが音を立てて開けられた。

まるで計ったようなタイミングである事にほんの少しの疑惑を覚えつつも、ピオニーは自分の要望どおり軍服を来たを出迎えるべく視線をそちらに向ける。

同じく考え込んでいたジェイドも、音に反応して反射的に視線をドアへと向けた。―――と同時に凍りつく。

「おー!似合ってるぞ、!!」

「そうか」

先ほどまでのシリアスな空気など吹き飛ばす勢いで立ち上がり絶賛するピオニーに対し、はいつもと変わりない調子で素っ気無く返事を返す。

サフィールもの姿に一瞬呆気に取られていたが、すぐさま頬を赤く染め、恥ずかしそうに視線を泳がせる。

「・・・貴方は、一体何を考えているんですか」

「何って・・・普通の軍服だろう?」

「普通?ほお、面白い事を言いますねぇ。しかし私はこんな格好をした軍人を一度も見た事がありませんが」

「だから特注だって言ったろ?」

ケロリとそう返すピオニーに、ジェイドは思わず頭を抑えた。

解ってはいた事だが、嫌味すら通じないとは。

サフィールにならば嫌味も通じないのかと馬鹿にも出来るが、ピオニーの場合は解っていてやっているのだから尚更性質が悪い。

確かにピオニーの言う通り、は軍服を着ている。

その出で立ちは、確かに規定の物とそれほど変わりはないように思える。―――ある一部分を除いて、だが。

そのある一部分を見詰めて、ジェイドは眼鏡を押し上げため息を吐き出した。

スカートが、異様に短いのだ。

しかもご丁寧にスリップ入り。―――ピオニーの指示なのか、見えそうで見えないギリギリのラインを保ちつつ、普段は見えないの生足を存分に見せびらかしていた。

「・・・陛下。貴方に幼女趣味があったとは知りませんでした。はまだ13歳ですよ」

「いやいや、これはこれでなかなか。・・・俺的には、ふとももの譜陣がチラリと見える辺りが一番のポイントだと思うんだが、お前はどう思う?」

「・・・・・・」

「やっぱりチラリズムは男の浪漫だよなぁ。うんうん、将来が楽しみだ」

1人ご満悦ぎみにを眺めるピオニーは、自分に冷たい視線が投げかけられている事に勿論気付いている。―――それさえも彼にとっては楽しみの1つなのだけれど。

ジェイドのこんな様子など、滅多に見られるものではない。

主に関係でしか見られないのだから、それを利用しない手はないだろう。

勿論、ピオニーの趣味も多分に含まれているのだが。

「・・・陛下」

「なんだ、ジェイド。お前も似合うと思うだろう?」

口元を引きつらせながらもなんとか声を発したジェイドに、畳み掛けるようにピオニーは言葉を投げかけた。―――ジェイドはその問いに一瞬だけ口を噤み、盛大にため息を漏らす。

確かに似合うか似合わないかと問われれば、前者だとジェイドも思う。

けれどそれとこれとは話が別だ。

こんな格好で人前に出すなど、本人がいかに気にしていなくともが可哀想だ。

そう思い改めてジェイドが口を開いたその時、ノックも何もなく唐突にドアが開かれた。

こんな時に一体誰だと思わず眉間に皺を寄せて振り返ったジェイドの目に、1人の男の姿が映る。

その男はこの場の状況に驚いたのか軽く目を見開き、しかし次の瞬間にやりと人の悪い笑みを浮かべ、室内に足を踏み入れると静かにドアを閉めた。

「おー、なかなか似合ってんじゃん。これは陛下の趣味だな」

「おお、やっと来たか。遅いぞ、

「すいませんねぇ。ちょっとどうしても外せない私用があったもので」

ピオニーの非難の声にも動じる事無く、と呼ばれた男はへらへらと締まりのない笑みをジェイドへと向けた。

「よぉ、カーティス。暫くぶり」

「・・・お久しぶりです、中将」

軽いのりで手を上げた男を見詰めて、ジェイドは姿勢を正すと小さく頭を下げた。

このジェイドよりも少しだけ年上であるは、しかし中将という地位にある列記としたジェイドの上司である。

前皇帝・・・つまりピオニーの父の代から軍にいた男で、前皇帝の信頼を得ていた有能な人物だ。

普段はのらりくらりとした昼行灯振りではあるが、仕事に関しては非常に優秀であり、部下からの信頼も厚い。

しかしジェイドはどうしても、この男が苦手だった。

それはもしかすると、自分が最も親しい男と似通った空気を感じるからなのかもしれない。

少しばかり硬い表情をしたジェイドを気にする事もなく、はやはり締まりのない笑みを浮かべつつへと近づき、自分を見上げる少女の頭に軽く手を置いた。

「久しぶりだな、

その瞬間浮かんだ柔らかい笑みと彼の態度に、ジェイドは驚き目を見開いた。

中将をご存知なんですか?」

成すがままに頭を撫でられているにそう問い掛けると、はジェイドへと視線を向けてコクリと1つ頷く。

「前に一度だけ会った事がある。鬼ごっこしてる時、私迷子になった。その時この人がジェイドのところに帰る道、教えてくれた」

ゆっくりとした口調でそう話すに、ジェイドは思わず頭を抑える。

そういう事は、何故その時に言わないのか。

もう何年も前の事を今更言われても遅すぎる。

「・・・それは失礼しました、中将。彼女がご迷惑をおかけしたようで・・・」

「ああ、構わねぇよ。俺にとっては無関係ではないし、当然の事だからな」

含むような物言いに、ジェイドの眉がピクリと動く。

あえてそういう言い方をしているのだろう。―――は探るような好奇心の目をジェイドに向け、様子を窺っている。

その楽しそうな眼差しに、ジェイドは微かに頬を引きつらせた。

こういった仕草は、とてもピオニーと似ている。

だから苦手なんだと心の中だけで零して、それで・・・と話の先を促した。

「中将は一体何の御用でここに?」

「あれ?言ってなかったか?」

がジェイドの執務室に訪れるなど滅多にない。

そもそもここ最近ではほとんどその姿を見る事もなく、皇帝の命令で極秘任務に当たっているや、軍人を辞めて隠居したなどの噂がひっそりと流れているほど。

そんな彼が何食わぬ顔であっさりと目の前に現れれば、不思議に思わないわけがない。

しかしその返答は、ではなくピオニーが返した。

視線をそちらへと向ければ、すっとぼけた顔をしつつも確信犯である事は十分察せられる。

またもや蚊帳の外になってしまったサフィールの背中をバシリと叩き、文句を言われつつも忘れてたと豪快に笑った。

に来てもらったのは他でもない。に紹介してやろうと思ってな」

「・・・私に?」

「ああ、そうだ。この男がお前の父親だ、

満面の笑みを浮かべつつ、サラリと爆弾を投下するピオニー。

思わず凍りついたジェイドとサフィールをそのままに、不思議そうな顔で小さく首を傾げるに良かったなと笑いかける。

「私のお父さん?」

「そうだ。良かったなぁ、。感動の対面だぞ」

「ちょっと待ってください、陛下」

そのまま済し崩しに話を進められそうな気がして、ジェイドは咄嗟に口を挟む。

何かが明らかに可笑しい。

それでもジェイドは冷静さを失わないようにと心掛けつつ、軽く眼鏡を押し上げてから睨むようにピオニーを見詰めた。

「・・・どういう事ですか、陛下。私に解るよう、最初から説明をお願いします」

「解るようにも何も、そのまんまだろうが」

「へ・い・か。ご説明を」

有無を言わせぬ極上の笑みを浮かべつつ再度そう申し出たジェイドに、ピオニーの隣に座っていたサフィールが震え上がる。

しかしその笑顔を向けられているピオニーは至極楽しげに笑みを浮かべ、同じく楽しそうに微笑んでいるは完全に傍観の姿勢に入っていた。

「あー、解ったよ。・・・ったく、冗談の通じん奴だな」

「それは失礼。陛下の冗談に付き合っていられるほど、私は暇人ではありませんから」

「・・・ああ言えばこう言う。本当に口の減らん奴だ」

機嫌を損ねたようにため息を吐き出すピオニーだが、しかしその口元はやはり楽しげに歪められている。―――どこまで行っても彼のペースである事を不本意に思いつつも、ジェイドは大人しく説明を待った。

の父親だって言うのは本当だ。ま、血の繋がりは勿論ないけどな」

「いくらなんでも、俺こんなデカイ子供なんていないぜ〜?」

「・・・で?」

あっはっは、と声を揃えて笑うピオニーと

しかしピオニーで免疫が出来ているジェイドは、サラリと流して続きを促した。

「これから言うつもりだったんだが、にはこれからの姓を名乗ってもらう。。それがお前の名前だ」

静かに話を聞いていたは、自分に向けられた言葉にコクリと1つ頷いて。

そこに何の疑問も感じないのかと、サフィールは心の中だけで突っ込みを入れた。

「どういう事ですか?はカーティス家の養女になった筈ですが」

「ああ、心配すんな。俺がちゃ〜んと書き換えておいてやったから」

事も無げに言い切るピオニー。

ここで文句を言おうものならまた話が進まない事を知っているジェイドは、喉まで出かかった言葉を何とか飲み込み、チラリと横目での様子を窺う。

勿論も承知しているのだろう。―――彼に動じた様子は一切無い。

「・・・一体、いつの間に」

が軍に出入りするようになってからだ」

という事は、ほぼを拾った当初ではないか・・・とジェイドはため息を吐き出す。

何故こんなにも大切な事を、今まで何も言わなかったのか。

言えば言ったで一悶着あるだろう事を見越しての強硬手段なのだが、わざわざそれを言う事もないと、は軽く肩を竦める。

「では、貴方がと会ったという時には・・・」

「ああ、知ってたよ。・・・というか、それでに接触したんだけどな。を俺の養女にするかしないか、判断する為に」

何とか自分の素性を隠してに接触したいと思っていたの前に、都合よく迷子になったが現れたのだ。

お陰で自分の素性がばれる事無く、ほんの少しではあるが話をする事が出来た。

そこでを気に入ったは、彼女を自分の養女にする事に決めたのだ。

その後も何度かこっそりとの様子を窺っていたのだけれど、それは言う必要もない事だ。

突然明らかになった真実に、ジェイドは眉間に皺を寄せて。

「・・・何故、わざわざそんな事を?」

今一番の疑問を、計画実行者である2人に向けた。

何故わざわざの籍を、カーティス家ではなく家へ書き換えたのか。

それをする意味があるのか。

戸籍を書き換えたとはいっても、実際にの面倒を見ていたのはジェイドでありカーティス家なのだ。―――だというのに、ほとんど顔を合わせたことのないが、何故を養女にする必要があったのか。

家といえば、マルクト国内でも有名な名家である。

確かに現在家には当主のしか血族がおらず、存続の危機に瀕しているという噂もあるが、それは彼が結婚するなり子供を作るなりすれば問題は解決する。

何も素性の知れない少女を養女にする必要はないのだ。

その不自然極まりない行動に、どんな意味があるのか。

「ああ、それはな。俺が頼んだんだよ、ジェイド」

答えを促す為にを見詰めていたジェイドは、普段と変わらない声色でそう言ったピオニーへと視線を移す。

「・・・陛下が?」

「そ、将来を見越してな」

「・・・何故だかとてつもなく嫌な予感がするのですが」

ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべるピオニーに対し、ジェイドは過去の出来事を思い出し乾いた笑みを浮かべる。

ピオニーがこんな笑みを浮かべる時は、大抵禄でもないことばかりなのだ。

「だって、あれだろ?がカーティス家の養女だと、色々と支障が出てくるだろうしな」

「・・・聞きたくありませんが、一応聞いておいてあげましょう。―――それで、支障とは?」

「だから将来、2人が良い仲になった時にだな・・・」

「馬鹿ですか、貴方は」

ご満悦気味にそう話すピオニーを、ジェイドは全て聞く前に一刀両断した。

予測した通りの返答だけに、呆れれば良いのか悲しめば良いのか解らない。

しかしピオニーは話の腰を折られ、不機嫌そうに眉を顰める。

「馬鹿とはなんだ、馬鹿とは。絶対にないとは言い切れないだろ?」

「在り得ませんね。を一体幾つだと思っているんですか?残念ですが、私には貴方のような幼女趣味は持ち合わせていませんので」

「今は、だろ?あと7・8年もすれば問題無いだろうが。成人したはきっと良い女になってるぞ〜。俺が言うんだから、間違いない」

「そりゃ、楽しみだ」

「お前だって、いつかは俺に感謝する日が来るさ。楽しみだな〜、ジェイド」

「俺にとっては、あんまり楽しみじゃねぇけどな」

胸を張って断言するピオニーに、傍観していたも便乗して笑んだ。

その笑顔はピオニーの厭らしい笑みとは違い、どことなく穏やかささえ漂っている。

純粋に成長を楽しみにしているだろうを見ると、ジェイドとしてもそれ以上は口を出せなかった。―――ピオニーはともかく、は列記とした上司なのだから。

「ま、この男の言い分は解りました。私としても幾つか反論はありますが・・・。しかし彼はどうなんです?何故中将は、を養女に?まさか貴方も、をジェイドになどと・・・」

今まで黙って話を聞いていたサフィールが、唐突に口を挟む。

彼としても納得できない部分は多々あるが、それでもこちらの方が余程気になったらしい。

視線をへと注ぎ、返答を待っている。

しかしはその視線すらもサラリと流し、軽く肩を竦めて見せて。

「ま、そのうち解るさ」

話をはぐらかすつもりなのか、それとも他に意図があるのか・・・―――それだけを返して、再びの頭を撫でる。

言外にこれ以上の追及は許さないという雰囲気があり、ジェイドもサフィールもそれ以上問う事は出来なかった。

「・・・

不意に訪れた静寂の中、されるがままだったが小さく首を傾げて自分の頭を撫でる男の名を呼ぶ。

それに対し、は慈しむような柔らかい笑みを浮かべて。

「・・・ん、なんだ?」

「どうしては、悲しそうに笑ってる?」

しかしそのの問い掛けに軽く目を見開くと、困ったように苦笑を漏らした。

「そう見えるか?」

「見える」

キッパリと返された言葉と眼差しに、は俯く事でその視線から逃れる。

純粋すぎる眼差しは、時として耐えられないほど苦しさをも思い出させるのだ。―――特に普段から人と腹の探り合いをしている彼にとっては。

「・・・さあ、何でだろうな」

小さく小さく呟かれた言葉。

そこに明らかな何かがあると解っていても、誰もそれ以上は聞く事など出来なかった。

「ま、それはとりあえず置いておけ。それよりも今日は盛大に騒ぐぞ!」

居心地の悪い空気は、明るいピオニーの声によって掻き消される。

疑問は何一つ解決してはいないが、ジェイドはそれを追及する気にはなれなかった。

「ほら、お前ら。んなとこ立ってねぇでこっちに来い!」

ピオニー特注の軍服を着たまま立っていたと、彼女の前に立つ。―――そして執務机についているジェイドにそう言い放つと、用意していた酒類に手を伸ばす。

もう既に酒を持ち込むなという気力も失せ、諦めたジェイドは言われるままに席を立った。

も促されるまま、ソファーへと移動する。

最早宴会場となった、いつもからは考えられないほど騒がしいジェイドの執務室で。

けれどが浮かべた寂しげな笑みだけが、いつまでもの脳裏に焼き付いていた。

 

 

少尉。マルクト帝国軍第三師団への配属を命じる」

「はい」

翌日、は正式にマルクト帝国軍への入軍を果たす。

様々な分野において機密事項を知っているは、幼いながらも少尉を命じられ、ピオニーの計らいでジェイドが指揮する第三師団へと配属された。

幼いの入軍に関して様々な波紋を呼ぶ中で、ジェイドだけがを見詰めて複雑なため息を零す。

結局は間に合わなかった軍服の換えの代償は、ピオニーの思惑通りがミニスカで人の目に晒されるという結果に終わった。

もう既に定着しつつあるその姿に、何らかの手を打たなければならないと1人ごちて。

ちなみに、家の養女の話をジェイドがありがたいと実感したのは、それから数年後の話。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

話のテンポが悪いというか、落ちがついてないというか。

書いてる内に収拾がつかなくなってしまい・・・その上なんだか訳が解らなくなって来たので強制終了。(最悪)

もうジェイドが面影もありませんが・・・。(そしてサフィールの扱いが酷いですが)

ともかく主人公がマルクト軍に入った、という話。(実も蓋もない)

その上、軍の内部関係については全く知りませんので、適当に誤魔化しつつ。

作成日 2006.2.23

更新日 2008.4.1

 

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