「ここか」

「ここのようですねぇ」

鬱蒼とした森の入り口で、ジェイドとは緊張感など欠片も感じさせない声色でそう呟いた。

ジェイドの部下である第三師団の兵たちは、そんな彼らの遣り取りには慣れているのか、動じた様子もなく森へと入る準備に入っている。

「・・・綺麗なところ」

ポツリと呟いたの声に、ジェイドはヤレヤレと肩を竦めて見せた。

準備が整った事を知らせに来た兵士に出発を命じ、自身も森へと足を進める。

「・・・貴女の感性には時々驚かされますよ、本当に」

「そうか」

返って来た答えに思わず苦笑を漏らして。

森の奥から、不気味さを煽るような魔物の雄叫びが聞こえた気がした。

 

軍人のお仕事

 

「盗賊の討伐、ですか?」

ジェイドがゼーゼマンから下されたのは、そんなありがちな指令だった。

しかし話はありがちでも、それに伴う被害についてはありがちでは済まない。

ゼーゼマンの言う盗賊の話は、ジェイドも耳にした事はある。

マルクト領を標的とし、各地で商人や貴族を襲っているという盗賊団。―――ここ最近耳にする事の多くなった集団ではあるが、被害はそれほど少なくはない。

勿論マルクト軍の方でも捕えるべく動いてはいたのだが、何せ相手の動きが不規則な上、拠点となる場所の特定さえ出来ていなかったのだ。

待ち伏せをするにしても、必ずしも現れるとは限らないのだから、それほどの人員を割ける筈もない。

また運良く盗賊団に遭遇したとしても、こちらの人数が少ないために捕らえる事おろか逆にしてやられる始末。

何とか手を打たなくてはならないと思っていた、まさに矢先の出来事だった。

「盗賊団の拠点が判明したのですか?」

「漸くな。グランコクマからそう離れてはおらん比較的大きな森じゃ。まさかそんな所を拠点としていたとはのぅ。まさに灯台下暗し、じゃ」

難しい顔をして報告書を捲るゼーゼマンを見詰め、ジェイドは何食わぬ表情を浮かべつつも、素早く頭を回転させる。

今までの被害報告と、被害の規模。

そして問題の拠点となっているという森の規模から考えて、盗賊団は少なくとも30人以上はいるだろうと予測される。―――もしかすると、それよりも多いかもしれない。

よくもそんな大人数で今まで見つからなかったものだと、感心しているのか呆れているのか判断が付き辛い表情を浮かべ、解りましたと軽く返事を返した。

「このまま長く放置しておくと、更に盗賊団の規模が大きくなる危険もありますからね。火種は小さいうちに消しておくべきでしょう」

「頼んだぞ、ジェイド坊や。・・・ところで、はどこへ行った?」

話は一段落ついたとばかりにころりと声色を変え、ゼーゼマンは改めてジェイドの執務室を見回す。

その浮かんだ表情にため息を漏らしつつも、ジェイドはすぐに帰ってきますよと簡単に告げた。―――まるで孫を可愛がるただの老人のような己の上官を呆れつつも、それは彼だけではないのだから言うだけ無駄だというものだ。

「そうか、残念じゃ。わしはこれから行くところがあってのぅ。待っとる事が出来んのだが・・・」

「別に待つ必要はないでしょうに」

「いや、実は美味い菓子を貰っての。これは是非に食べさせてやろうと思っとったんじゃが・・・。後で届けさせるとするか・・・」

目に見えて残念がるゼーゼマンに、ジェイドは堪らないというように眼鏡を押し上げる。

本当に、もうどうしようもないのだけれど。

「喜ぶ顔を直に見たかったんじゃがのぅ・・・」

「・・・後でちゃんと礼に行かせますよ。全く・・・あまりを甘やかさないで頂きたいのですが」

「それはお前さんに言われる筋合いはないぞ。お前さんも人の事は言えんじゃろうに」

そう言って楽しげに笑いながら帰って行くゼーゼマンを睨みつけて、漸く静かな空間でジェイドは1人、椅子に座り思わず額を抑えて。

自覚しているだけに反論の余地もないところが、更に痛いが。

何故自分の上司はこうも食えない人物ばかりなのかと心の中で零したその時、つい先ほど話題に上がっていたがひょっこりと顔を覗かせた。

「どうした、ジェイド。どこか痛いのか?」

苦い表情を浮かべるジェイドを見詰め、言われた通り書類を提出し帰って来たは不思議そうに首を傾げる。

もう既に見慣れてしまったピオニーデザインのミニスカート軍服姿のを目に映し、ジェイドは何も言う事はなくただもう一度だけため息を吐き出した。

 

 

森へと入り、あらかじめ決めていた地点へ到着した第三師団は、すぐさま夜営の準備に入った。

テオルの森に比べればそれほど大きくはない森だが、それでも森と呼ばれるだけの広さは十分にある。

地図を広げ、盗賊団のアジトがあるとされる場所を確認し、ここ辺りならばすぐに見つかる事もないだろうと判断し、隣で同じく地図を覗き込んでいたへそれを手渡した。

「ジェイド。ここで夜営するの?」

「ええ。これ以上近づきすぎると、見つかる危険性がありますから」

最も手っ取り早く盗賊たちを捕縛するには、奇襲が一番だ。

気付かれ体制を整えられ篭城でもされれば、それだけで厄介な事になる。

それでなくともジェイドには仕事が山積みなのだから、なるべく手早く片付けたいものだ。

「ジェイド。私、散歩に行きたい。行っても良い?」

夜営の準備を進める中、がジェイドの服の裾を引っ張りそう強請る。

綺麗な物が好きな彼女にとって、彼女自身が認めたこの綺麗な森は惹かれるものが沢山あるのだろう。―――この鬱蒼とした薄気味悪い森のどこが綺麗に思えるのか、それはジェイドには理解できなかったが。

「構いませんよ。くれぐれも気をつけてくださいね」

ジェイドは仕方ないとばかりに苦笑を漏らし、軽くの頭を撫でる。―――それにコクリと素直に頷いて、はすぐさま森の奥へと駆けて行った。

「・・・良かったんですか、師団長?」

それを傍らで見ていたジェイドの副官が、驚いたような声色でそう進言する。

確かにの実力は彼も認めてはいるが、まだまだ子供だということは否定できない。

どこで盗賊団と遭遇し、ここの存在がバレてしまうか解らないのだ。

それ以前に、の方向音痴は軍内でも有名である。―――そんな彼女が1人で散歩に出かけ、無事に戻って来られるかどうか・・・。

しかしジェイドは何食わぬ顔でにっこりと微笑み、問題ありませんよと軽い口調で言ってのけた。

解っていた事ではあるが、やはりジェイドもには甘いのだと改めて認識し、副官は困ったようにため息を零す。

己の上官がそんな簡単な男ではないと解っている筈だというのに。

「ああ、野営地はそれほどしっかりと設営しなくとも構いませんよ。すぐに片付けられるようにしておいてください」

呆れを多分に含ませた様子で夜営の準備に戻る副官に、ジェイドはそう声を掛ける。

「・・・しかし、この作戦は少なくとも1週間は掛かるかと思われます。簡単な設営では」

「心配ありませんよ。この作戦に1週間も時間をかけるつもりはさらさらありませんから」

訝しげに進言する副官の言葉を遮り、有無を言わさぬ口調でジェイドはそう言い切った。

相変わらず読めない笑みを浮かべるジェイドを見詰め、副官は小さく首を傾げて。

どういうつもりなのかは解らなくとも、上司にそう言われればどうしようもない。

それ以前に、ジェイドの有能さは誰もが認めるところなのだ。―――そんな彼がそう言うのだから、きっと何か考えがあるのだろう。

そう判断した副官は、解りましたと返事を返してから指示を出す為に野営地へと向かった。

1人残されたジェイドは、ゆっくりと森を見回して。

には悪いですが、あまり長居をしたい場所ではありませんねぇ」

そう1人ごちて、自身も野営地へと足を向けた。

 

 

ジェイドから離れ散歩に出た筈のは、一目散に森を駆け抜ける。

頭の中に入っている地図と、人の気配を探り、目的の場所へと急ぐ。

そうして暫く走った頃、漸く目当ての物を見つけたは、自身の気配を消し茂みの中に身を隠した。―――鬱蒼と木や葉の茂った森は、まだまだ小柄なを簡単に隠してくれる。

「敵アジト、発見」

誰が聞いているわけでもないのだが、いつもの癖でそう呟いたは、己の所持している武器を確かめた。

腰にはサフィール特製のチェーンが、その出番を静かに待っている。

勿論は、ただ単に散歩に出たわけではない。

いくらマイペースだと言えど、とてこの状況でそこまで呑気ではない。―――誰がなんと言おうと・・・たとえ幼くとも彼女も立派な軍人なのだ。

既に軍人として数年を過ごし、それまでも軍内で生活していたは、他の誰が思うよりも軍人としての心得は身につけている。

しっかりと己の武器が装備されている事を確認し終えると、は静かに目を閉じ深呼吸を1つ。

そうしてジェイドの手によって施された太ももの譜陣を指で一撫でしてから、ゆっくりと目を開ける。

「作戦を開始します」

ポツリと呟き立ち上がると、は真っ直ぐに盗賊団のアジトを見据え、胸の前で小さく拳を握り構えた。

焔の御子よ、災いを灰燼と化せ

足元に譜陣が浮かび上がる。

の口から零れる呪文に従い、第五音素が収束する。

エクスプロード

放たれた力ある言葉とほぼ同時に、目標とされた盗賊団のアジトの一部に火種が投下された。―――後に爆音と爆風、そしておそらくは盗賊たちの怒鳴り声。

「攻撃命中。次の行動に移ります」

それを認めた後、は颯爽と木々の間から駆け出し、混乱の渦にある盗賊団のアジトへと潜入を果たした。

盗賊団のアジト内は先ほど放たれた譜術で所々が壊れ、火種が燻っている部分もある。

かつての譜術実験の時のように、こちらが意図しないほどの破壊はなかった。―――勿論それはジェイドの譜陣のお陰でもあるが、あの頃と比べての音素のコントロールが的確となった事も要因の1つだろう。

「・・・っ!?てめぇ、何者だっ!!」

突然の攻撃と侵入者に浮き足立っている盗賊たちを発見したは、振り下ろされる剣を飛ぶ事で避け、すぐさま腰のチェーンに手を伸ばしそれを標的と定めた盗賊へと放つ。

器用に先端の重りを操り辺り一帯の盗賊たちを昏倒させたは、フワリと床に着地するとチェーンを巻き戻し昏倒した盗賊たちを一瞥した。

逃げられないようにしておかなければならないが、とりあえず気を失っている者たちは放っておいても構わないだろう。―――それよりも他の盗賊たちを先に何とかしなければ。

そう判断したは、気配を探りつつアジト内を駆け抜ける。

発見した階段を上がって上部にいた盗賊たちをも昏倒させた後、漸くアジト内に自分以外の気配がない事を察して、訝しげに眉を寄せた。

適当に辺りからロープを物色し、逃げられないよう縛った後、改めてアジト内を見て回るが、生憎と他の盗賊たちの姿はない。

パチパチと火の爆ぜる音を耳にし、それを靴で踏み消した。―――もしここでアジトが全焼してしまい盗賊たちをも巻き添えにしてしまえば、自分たちがここに来た意味がなくなるのだ。

先ほど放った第五音素での譜術はまだアジトの所々を焼いていたが、それでもほとんどがその勢いを無くしており、このまま放っておいても大事にはならないだろうとは判断し、己の疑問を解消する為再び上部にいた盗賊たちの元へと戻った。

好都合にもがアジト内を見て回っていた内に盗賊たちの目は覚めたようで、縛られた格好のまま果敢にもロープから逃れようともがいている。

勿論ロープをなんとか出来るような武器などは予め奪ってあるのだし、どうもがいたとしても逃れようがないのだが。

「貴方に聞きたい事がある」

その中の1人、他の盗賊たちと比べてこの状況に置かれても落ち着いている男へは声を掛けた。―――おそらくは彼が、この盗賊たちの首領なのだろう。

「まったく・・・あんたみたいなお嬢ちゃん1人にしてやられるとはねぇ。なかなか将来有望そうだ。どうだ?軍人なんて辞めて、俺たちの所に来る気はねぇか?」

「貴方に聞きたい事がある。答えて欲しい」

「・・・・・・はいはい、何でも答えてあげましょう」

からかいを含んだ言葉に怒るでもなく呆れるでもなく、淡々とした口調で再びそう尋ねるを見据えて、男は縛られて自由にならない身体をそれでも何とか動かし、肯定の言葉と共に小さく肩を竦めて見せた。

「貴方たちの仲間はどこにいる?他の人たちは、ここにはいないの?」

ゆっくりと床に伏す盗賊たちを眺めながら、は疑問を口にした。

最初にアジトに侵入した時に倒した盗賊と、上部に上がった時に倒した盗賊。

それらを合わせても、10名程しかここにはいない。

30人はいるだろうとのジェイドの予測にしては、誤差があるにしてもあまりにも数が少なすぎる。

無表情で自分を見下ろし言及するを見詰め、男はニヤリと口角を上げた。

「ああ、見ての通りここにはいない。それじゃ・・・どこにいると思う?」

「解らない。だから聞いてる」

「おいおい。聞かれたからって素直に答えると思ってるのか?俺たちは盗賊だぞ?」

「でもさっき、貴方は何でも答えると言った」

「言ったっけ、そんな事?」

相手が子供だからと踏んだのか、男はからかうように笑みを浮かべる。

のらりくらりと言及を避け、時間稼ぎをするつもりなのだろう。―――しかしには悠長に構えていられる時間はない。

ここにいない盗賊たちの消息が解らなければ、彼女の任務は終わらないのだ。

「お嬢ちゃん。世間はあんたが思ってるほど甘くはないんだよ。―――それにしても、あんたみたいな子供まで軍人とは・・・マルクト軍も大層人手に困ってるようだなぁ」

男の言葉に、同じく床に転がる盗賊たちが下卑た笑い声を上げた。

そんな子供にこうしてしてやられているという事実は、もう既に彼らの中には残っていないらしい。―――おそらくは、こうして奇襲を掛けられなければ、こうもあっさりとやられる事などないと思っているのだろう。

しかし過程がどうであれ、結果として彼らは既に捕虜の身であるのだ。

そんな彼らに何を言われても、にとっては痛くも痒くもない。―――それに嫌味など既に免疫が出来ている。

はピクリとも表情を動かさず、自分を嘲笑う男たちを見下ろして。

腰へと手を伸ばすとそこからチェーンを引っ張り出し、先端についている重りを握って自らの音素を通わせる。

すると先端の重りは見る間に剣へと姿を変えた。

長剣よりは短く、短剣よりは長い。

そんな中途半端な長さではあるが、扱いやすい長さでもある。

それを軽く振って風を切ると、微かに目を細めて冷たい眼差しで男を見下ろした。

「答えたくないなら、それでも構わない。強制的に答えさせる」

相変わらずの無表情で。

抑揚のない声色でそう言うからは、一片の偽りすらも感じられない。

この状況になっても欠片も感情の見えない少女に、盗賊たちは漸くその顔から笑みを消した。―――その言葉に偽りはないと、漸く理解したのだ。

「・・・こりゃ、まぁ」

リーダー格の男が、感嘆のため息を吐く。

答えなかった場合の結末は明らかに解りきっているというのに、それでも少女からは欠片の殺気も感じ取れない。

おそらくは自分たちをその手に掛けたとしても、きっと彼女の表情は動かないのだろう。

そう考えると、恐ろしくもあり・・・またほんの少しだけの哀れみも感じた。

まだ高々15・6の少女がするべき表情ではない。―――それではまるで、人形のようではないか。

まぁ、そんなことは自分が心配するべき事ではないのだろうが。

「・・・はいはい、解ったよ。答えりゃ良いんだろ、答えりゃ」

「ありがとう。私、あまり拷問は好きじゃないから・・・安心した」

漸く降参した盗賊に向かい、は構えていた剣を下ろしてそう呟く。

しかしやはりその表情には感情というモノが感じられない。―――本当にそうなのか?と問い掛けたくなる衝動に駆られるが、そこはもう気にしない事にした。

「あんたが聞きたいのは、ここにはいない俺たちの仲間がどこにいるかって事だよな」

意外にも口火を切ったのは盗賊の方で、その問いにはコクリと頷く。

「そう。どこにいる?」

「・・・どこにいると思う?」

素直に問い掛けるに向かい、男はニヤリと口角を上げる。

もしかすると、この少女の動じたところをこの目で見られるかもしれない。

その男の笑みにどことなく嫌な予感を感じ取り、は僅かに眉間に皺を寄せた。

 

 

突然上がった爆音に、兵士たちの間に衝撃が走る。

奇襲かとざわめく兵士たちを何とか宥め、設営の指示を取っていた副官は指示を仰ぐ為ジェイドへ視線を向けるが、しかしジェイドは大して慌てた様子もなく・・・―――まるでそれが解っていたかのような彼の様子に、副官は訝しげに眉を寄せた。

「師団長!東で譜術らしき爆発が・・・!!」

「そのようですねぇ」

もしかすると盗賊たちの襲撃があるかもしれないというのに、何故この人はこんなにも落ち着いているのか。

そんな疑問が湧き上がったその時、副官は確かにジェイドが微かに笑むのを見た。

ゆっくりとした動作で眼鏡を押し上げ、そうしていつも浮かべている笑みとは違う種類の笑みを浮かべるジェイドに、副官は漸く事の真相を察する。

「・・・まさか、師団長」

「ええ、そうです。あの譜術の発生源はですから、心配は要りませんよ」

事も無げにサラリと告げられ思わず絶句する副官を他所に、ジェイドはゆったりと笑みを浮かべた。

確かにそれなりに力のある盗賊団のようではあるが、手口などからあまり細かな統率は取れていないとジェイドは推測した。

そういう集団は、突発的な出来事に弱い。

誰でも突然の出来事では少なからず動揺はする。―――その時にそれぞれがどう動くのかは、統率が取れていない場合は各々の判断に委ねられるのだろう。

まさに烏合の衆である盗賊たちが、そんな状況で瞬時に協力し合うなど有り得ない。

その隙を突けば、いくらでもこちらにチャンスはある。

そう考えたジェイドは、に特別な作戦を提案した。

確かに1人で突入させるのは無茶な気もしないでもないが、それが一番手っ取り早い方法なのだ。―――もちろんそれは、の実力があっての事なのだけれど。

「・・・師団長」

「問題ありませんよ、彼女ならば」

サラリとそう返され、副官は呆れたようにため息を吐いた。

散歩に行くと言ったを快く送り出したのはこれが理由だったのかと、今更ながらに理解する。

確かにいやにあっさりと散歩を許したものだと訝しく思いはしたものの・・・まさかこんな作戦になっていたとは。

「・・・一言、言って下されば宜しかったのに・・・」

「敵を騙すにはまず味方からというでしょう?仮に貴方が今回の事を知っていたとして、止めないという保証はありませんからね」

「・・・それは」

「貴方たちは、彼女に甘いですから」

からかうような口調で言い含められ、副官は困ったように視線を逸らす。

確かに今回の作戦を聞いていれば、反対した者は多いだろう。―――それは作戦の無謀さもあるが、勿論の身の心配も多分に含まれている。

ジェイドはに甘いと先ほど呆れたばかりだというのに・・・まさかそれが自分に返って来る事になるとは・・・。

やはり一筋縄では行かない人だと副官が改めて感心したその時、再び森の中に爆音が鳴り響く。

今度もだろうかと反射的に振り返った副官の目に、自分たちの野営地から上る黒煙が映った。

その後に続いて聞こえてくるのは、大人数の声と動揺した兵士たちの声。

「・・・師団長」

「・・・どうやら、盗賊たちの襲撃のようですねぇ」

2人して野営地を見詰め、そう呟く。

「では、が失敗を・・・」

「先ほどが放った譜術の爆発からそう間がない事から考えて、おそらくそうではないでしょう。間の悪い事に、盗賊たちもこちらの動きに気付いて奇襲を掛けて来たと考えるのが妥当でしょうか」

本当に間が悪い。

しかし盗賊団のアジトへ向かっていたのが1人だった事が幸いした。―――もしも第三師団の半分を差し向けていたら、現在の状況ではこちらが不利だったかもしれない。

「盗賊たちの数はそれほど多くはありません。ともかく落ち着いて、冷静に盗賊たちを捕縛してください」

「了解しました!」

ジェイドの指示を受けて、副官が戦いの最中である野営地へ向かい駆け出した。

その後に続き、ジェイドも野営地へ足を向ける。

心配せずとも、高々盗賊相手に手こずるとはジェイドは思っていない。

確かに奇襲に合い少なからず動揺しているだろうが、彼らはしっかりと訓練を積んだマルクト軍の兵士なのだ。

ジェイドの考え通り、彼が野営地に付いた頃には既に粗方の騒動は収まっていた。

譜術によって吹き飛ばされたのだろうテントの残骸が転がる中で、数十人の盗賊たちは全て兵士たちにより拘束されている。

「師団長!襲って来た盗賊たちは全て捕縛し終えました!」

「ご苦労様です。ではおそらくアジトの方にも捕えられた盗賊たちがいるでしょうから、彼らを迎えに行ってあげてください。―――ああ、ちゃんとを回収するのも忘れずに」

緊張感のない声色で話すジェイドの言い回しに、副官は思わず吹き出した。

任務の最中のの方向音痴は何故か形を潜めてはいるが、そうでない場合は改めて説明するまでもない。

もしもこんな森の中で迷子にでもなられたら、見つけ出すのが大変だ。

ジェイドの指示に了解しましたと明るい声で返事を返し、副官は盗賊団のアジトへと向かうべく手の空いた兵士たちに指示を出す。

戦いで張り詰めていた緊張感が緩んだ、その時だった。

一瞬にして走った鋭い殺気にジェイドが弾かれたように振り返ると、彼の目に木々の茂みから弓を構える盗賊の姿が映る。

まだ生き残りがいたのかと槍を具現化させたジェイドへ、盗賊の矢が放たれた。

しかしジェイドが己の槍でそれを叩き落す前に、まるで彼を守るようにチェーンが音を立ててジェイドの身体を包み込むように舞う。

それによって弾かれた矢が地面に落ちる前に、矢を射った盗賊が地面へと崩れ落ちた。

そうしてフワリとまるで舞うように自分の前に現れた人物を目に映し、ジェイドは小さく笑みを零す。

艶のある黒髪を靡かせて着地した少女は、すぐさま立ち上がりジェイドを見上げた。

「怪我、ない?」

「ええ、ありませんよ」

簡単に答えてそう微笑むと、は目に見えてホッとしたように息を吐く。

アジトにいた盗賊から野営地の襲撃の話を聞いたは、捕えた盗賊たちをそのままにすぐさまジェイドの元へと駆けた。

迷う心配はなかった。―――何故ならば、彼女の目的とする場所から幾つもの鋭い殺気が感じ取れたからだ。

「ごめん、ジェイド。あんまり上手く行かなかった」

「そうですか。まぁ、この場合は貴女のせいではありませんが・・・。アジトの方の盗賊は捕えたのでしょう?」

「捕まえた。でも、そのまま放って来ちゃった」

「今彼らを連行しに何人かが向かいましたから、問題はありませんよ」

そう言って軽く頭を撫でてやれば、は嬉しそうに微笑む。―――勿論それはジェイドにしか見分けられないほど微かではあるのだけれど。

ともかくも、予定外の出来事が起こったりもしたが、結果的に見ればジェイドの考え通り短期間で任務は終了した。

こちらにそれほどの被害はなく、軽症を負った兵士たちの治療と破壊された野営地の片づけを終えればすぐにでもグランコクマへ帰還できるだろう。

その後に待っている仕事は決して少なくはないが、とりあえずこの鬱蒼とした辛気臭い森とは別れられるのだ。

「ま、今回は貴女の手柄ですね」

「そうか」

「68点・・・といったところでしょうか」

「・・・ジェイド、点数厳しい」

「おやおや、これでもかなりおまけをしたつもりなのですけどね」

「・・・そうか」

肩を竦めてわざとらしくため息を吐くジェイドを見上げ、はコクリと頷く。

傍から見ていればテンポの悪い会話以外の何者でもないが、2人にとっては至極居心地の良い時間でもある。

「取り合えず・・・お疲れ様でした、

「ジェイドも、お疲れさま」

2人それぞれ労い合い、事後処理をするべく兵士たちの元へ向かうジェイドの後を、はゆっくりとした足取りで着いて行く。

ジェイドへと下された盗賊の討伐の任務は、こうして終了した。

 

 

ちなみに。

後日、捕えられた盗賊たちが収容所へと送られるその時。

偶然にも彼らとすれ違ったジェイドは、一際存在感の強い男に呼び止められ足を止めた。

何ですかと人によっては小馬鹿にされたような笑みを浮かべたジェイドを見詰め、男はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて。

「あんたがジェイド=カーティスか」

「・・・そうですが、どこかでお会いしましたか?」

「いや、会った事はないぜ。ただあんたの名前は有名だからな」

「それはどうも」

簡潔に返事を返し、ジェイドは止めていた足を動かした。―――ここで既に捕えられた盗賊に構っている暇も酔狂も、彼は持ち合わせていないのだ。

けれどそんなジェイドが、背後から掛けられた声に再び足を止めた。

ふうと呆れたようにため息を吐き振り返ったジェイドの目に、やはり笑んだままの男の顔が映る。

無視しても良かったのに・・・それでもジェイドが振り返ったのは、男の口からだと思われる人物の話が出たからだ。

「・・・彼女が何か?」

「折角だから、あんたにも教えておいてやろうと思ってな」

「ですから、何をです?」

「アジトに乗り込んできたあいつに、ここにはいない俺たちの仲間があんたたちの野営地を襲撃に行ったって話をした時のことだよ」

そう言うや否や、その時の事を思い出したのか、男はくつくつと喉を鳴らして笑う。

その楽しそうな姿に、ジェイドは微かに眉間に皺を寄せた。

「俺たちが何言っても表情変えなかったあの嬢ちゃんが。それ聞いた時、物凄く驚いた顔してよ。血相変えてアジトを飛び出して行きやがった」

「・・・そうですか」

「てっきり無表情のままで流されるかと思ったのによ。―――どうだ?嬉しいか?」

「どうでしょうねぇ・・・」

「・・・ちっ。あんたは相変わらずのポーカーフェイスなんだな。あんたの驚いた顔も見てみたかったんだが・・・」

「それはご期待に添えず、申し訳ありません」

悔しがりつつも楽しげな様子でぼやく男に今度こそ背を向けて、ジェイドは執務室へ戻るべく騒がしい廊下を歩き出す。

背後から男の声が聞こえて来たが、もう振り返らなかった。

血相を変えて。

男の言葉が、ジェイドの脳裏に甦る。

その時の表情をリアルに想像できてしまう辺りが、なんとも複雑なのだけれど。

盗賊たちの怒鳴り声を聞きながら、ジェイドはゆっくりと眼鏡を押し上げる。

その口元には、しっかりと笑みが刻まれていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

テンポが悪いのは、この話の方です。

ジェイドなら絶対に取らないだろう作戦ですが、今回は一応主人公の実力と(といっても大したものではありませんが)ジェイドが主人公をどれほど信頼しているか(といっても大したものではありませんが)を書きたかったので。(えー?)

久しぶりに主人公の出番が多かった気がします。(←この時点で何か可笑しい)

なんだか第三師団がとっても仲良し風に・・・!!

作成日 2006.2.25

更新日 2008.4.15

 

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