大陸の北一帯を治める国、マルクト帝国。

国民からの支持も厚いその国の現皇帝ピオニー9世陛下の言動には、時として予測もつかない事が多々存在した。

彼の人の立場から、それに振り回される者は少なくはないが、その皺寄せを受ける人物は大抵決まっている。

決して要領が悪い訳でも、人が良いという訳でもないのだけれど・・・―――どちらかといえば要領は良い方だし、お世辞にも人が良いとはいえないと自他共に認めている程。

それでも本人が望む望まない関係なく巻き込まれてしまうのは、彼らの関係上仕方がないことなのかもしれなかった。

その日も勿論例外はなく。

。明日のパーティに出席になったから、予定空けとけよ」

予告もなく顔を見せた皇帝の口から放たれた言葉は、否が応にも彼らを騒動の渦中へと誘うには十分すぎる力を持っていた。

皇帝自ら指名を受けた少女は、不思議そうに首を傾げて。

そんな少女を放っておけない男もまた、常と例外なく巻き込まれる運命にあるのだけれど。

 

成すもなく

 

「突然顔を見せたかと思いきや、一体何なんですか?厄介事なら間に合っていますから、責任を持って持ち帰ってください」

自分の立場をしっかりと理解した上で、バレバレのお忍びという形でジェイドの執務室に現れたピオニーに向かい、ジェイドは威圧的な笑みを向けた。

その笑顔は、免疫のない者ならば震え上がって逃げ出しても可笑しくないほどの力を持っていたが、残念ながらここにいる者にはしっかりと耐性が付いている。―――当然の事ながら気にした様子もなく、ピオニーは疲れたようにソファーに身体を投げ出した。

「あ〜あ・・・ったく、どいつもこいつも」

皇帝としてはあるまじき態度ではあるのだけれど、彼にとっては幸運な事にここではそれを咎める者は誰もいない。―――否、ここにいるのは咎める事を放棄した男と、全く気にも留めていない少女だけしかいなかった。

「どうした、ピオニー。元気ない」

本来ならば君主であるピオニーに対しては、それに相応しい言葉遣いが要求されるはずなのだけれど・・・それでもこうして他に誰もいない時は、かつてのような言葉をは話す。―――勿論それは彼の望んだ事なのだが。

自分の前のソファーに座り込んだピオニーを見詰めて、は心配そうに声を掛けた。

彼のこんな姿は珍しい。

大抵の場合は何があっても自信に満ちた態度を崩す事無く、堂々たる振る舞いを見せているというのに。

「ああ、。こうなった以上、お前だけが頼りだ」

「・・・?」

「ですから何度も申し上げているでしょう?を巻き込まないで頂きたいと。貴女も簡単に引き受けたりはしないで下さいよ」

ピオニーに牽制を、そしてにはしっかりと釘を差して、ジェイドは処理し終えたばかりの書類を1つに纏める。

彼の先ほどの台詞から現状を推測し、この場にを同席させるのは非常に危険だと察したジェイドは、すぐさま書類の提出にを送り出そうと思案した。

がピオニーも負けてはいない。―――素早い動きでがっしりとの腕を掴み、先ほどのジェイドの台詞を綺麗さっぱり聞き流した彼は、懇願するようにを見詰める。

彼女がこの目に弱い事を知っての上での行動だ。

、頼む。俺を助けてくれるよな?」

既に断定系の言い回しではあるが、それでもは勢いに負けてか素直にコクリと頷く。―――普段からジェイドの言い付けを素直に守るも、ピオニーの勢いには勝てなかった。

勿論、が実は押しに弱いと知っての行動だ。

が頷いた事により勝ち誇ったかのような笑みを浮かべたピオニーを目に映し、ジェイドは深くため息を吐き出す。

彼がこの部屋に姿を現した時から予想していた事だっただけに、脱力感も並大抵の物ではない。―――そして今日、彼がここに姿を現すだろう事も予測済みだっただけに、自分の勘の良さを思わず恨みたくなった。

「そうか、お前ならそう言ってくれると思ってたぞ。それじゃ、ドレスはすぐに届けさせるから・・・」

「ちょっと待ってください、陛下」

サクサクと話を進めようとするピオニーを、ジェイドは一言で黙らせる。

何だと恨みの篭った視線を投げかけるピオニーを見据えて、ため息を1つ。

「そのパーティというのは、貴方の婚約者を決める為のものでしょう?そんなパーティにいくら幼いとはいえ女性を連れて行くなど、何を考えているのですか?」

ほぼ呆れで構成された説教を聞き流しつつ、ピオニーはウンザリとした表情を浮かべた。

そろそろ良い年齢になってきたピオニーには、実は妻もいなければ婚約者もいない。

一般的に考えれば、既に妻なり子供なりいても可笑しくはないのだけれど・・・―――そして彼の立場上、いなくては困るものでもある。

ピオニーには、今はもう兄弟はいない。

マルクト帝国の皇帝の地位にある彼には、一刻も早く婚姻を済ませ、後継ぎをと願っている者も少なくはないのだ。

そんな深刻な後継ぎ問題が浮上する中で、しかし当人であるピオニーには全くその気がないらしく、どれほど進言してものらりくらりと交わされてしまう。

そこで国の幹部たちは、パーティと称したお后探しを計画し、実行に移したのだ。

その全ての過程を知っているジェイドは、ピオニーの思惑を阻止するべく冷静な声色でそう口を挟む。

「俺が何を考えてるか、お前に解らないわけないだろう?お前の考えてる通りだよ」

しかしピオニーはそれさえも流し、あっさりとそう言って退けた。

ピオニーにはまだ、結婚をする意思はない。

それは初恋の人を忘れられないからなのか、それともまた別に理由があるのかは定かではないが、彼は常々そう口にして来た。

とりあえずはそんな彼の主張を立てるつもりで議会は今まで黙認してきたのだが、そろそろピオニーにも身を固めてもらわなければならない年齢にきている。

いつ何が起こるか解らない。―――ともかくも、情勢が落ち着きを見せている今が一番の好機なのだ。

そんな幹部たちの思惑などピオニーが解らないわけもなく、けれどこの件を穏便に収める為にはパーティに出席せざるを得ない。

パーティに集められた婚約者候補たちをのらりくらりと交わしても良いのだが、万が一という事もある。―――しっかりと周りから固められてしまえば、ピオニーと言えども何の理由もなく拒否する事は難しいだろう。

それならば、最初から牽制を掛けておけば良いのだ。

もしも自分が女性同伴でパーティに参加すれば、集められた婚約者候補たちも表立ってピオニーに近づいて来たりはしないだろう。

表面上で差し障りなく相手をする分には、何の問題もないのだから。

そこでピオニーの脳裏に過ぎったのが、目の前で不思議な表情を浮かべ首を傾げる少女、だった。

下手な人物ならば勘違いされる事もあるだろうが、の場合はそんな心配はない。

それに加えて、彼女ならば婚約者候補たちを怯ませるだけの容姿も持ち合わせている。

ピオニーにとっては、これ以上の適任者はいなかった。―――勿論その気になってくれても構わないのだけれど・・・とでも言えば、この男はどんな反応を示すのだろうか。

それを想像するだけで、思わず笑みが零れる。

突然含み笑いをしだしたピオニーを、ジェイドは冷たい笑みで見詰めて。

「おやおや、どうやら陛下には幼女趣味がおありのようで。―――議会にはそう報告をしておきましょうか」

嫌味を多分に含ませて、台詞とは正反対の綺麗な笑みを浮かべる。

もしもジェイドが本当に議会にそう報告をすれば、次のパーティでは間違いなく幼女と呼べる年齢の者たちが集められるに違いない。

言葉を変えれば、それほど焦っているという事に他ならないのだが。

しかしピオニーはジェイドが本気ではない事を知っているのか、余裕の笑みを浮かべ振り返り・・・―――そうして少しだけ咎めるような目でジェイドへ視線を向けた。

「おいおい、いくらなんでも幼女はねぇだろう。だってもう16だぞ?世間一般で言えば、立派な女性の範疇だ」

「たとえ年齢が16だとしても、彼女はまだまだ子供ですよ」

それでもジェイドは気にした様子なく、当然だとばかりにそう返す。

確かには同じその年齢の女性に比べれば、言動も動作も子供っぽい。

だからといって、いくらなんでも幼女は言い過ぎなのではないか。

口には出さずにそう零して・・・―――そうしてピオニーは何かを思いついた悪戯っ子の顔で、再びニヤリと口角を上げた。

「ま、お前がそこまで言うなら仕方ない。論より証拠ってな」

「何を・・・」

「このパーティで、が立派な女性だって事を証明してやろうじゃねぇか。なぁ、?」

「・・・・・・?」

同意を求められたは、勢いに流されるままにコクリと頷く。

明らかに2人の会話の意味を理解していない様子ではあるが、そこまで気を回してくれるほどこの2人は親切ではない。

ピオニーにとっては、そのままの方が都合が良いのだ。

「着飾ったを見て腰抜かすなよ、ジェイド」

「何を馬鹿な事を。それよりも、をパーティに出す事を許可したわけでは・・・」

「じゃ、俺は忙しいんでね。また後で」

言いたい事を言い終えたピオニーは、続くジェイドの言葉を無視して執務室を出て行く。

説教を途中で止めざるを得ない状態になってしまったジェイドは、深くため息を吐き出して・・・―――そんな彼を、やはり不思議そうには見詰めていたのだけれど。

こうして彼らは、いつも通り騒動に巻き込まれて。

しかしそれがある事件を引き起こすきっかけとなる事など、知る由もないまま。

 

 

翌日の昼頃、ピオニーの使いと名乗る数人のメイドらがジェイドの執務室を訪れ、戸惑うを拉致して行った。

何でも今夜のパーティの準備をするのだそうだが、いくらなんでも早すぎないかと言う間もなく。

こうなってしまったからにはどうあってもこの騒動から逃れる事は不可能だと漸く諦めたジェイドは、彼自身も渋々ながらも今夜のパーティの出席を決めた。

特にそういう場が苦手だというわけでもないが、貴族たちの他愛ない会話に笑顔で相槌を打つのは大層疲れるものだ。―――こんな事態に陥っていなければ、ジェイドは出席などしなかっただろう。

それでもやはりを放って置く事など出来ない。

何せあのピオニーが連れ出したのだ。―――放っておいて後々面倒な事になるのは目に見えている。

「やれやれ。も厄介な人に気に入られたものですねぇ」

それもまた、今更過ぎてため息すら出ない。

ともかくも、パーティに出席するのならば粗方の仕事は片付けておかなければならない。

そうでなくともが拉致され、人手が足りないのだ。―――もたもたしていては、仕事は溜まる一方だ。

何となく腑に落ちない気分を味わいつつも、ジェイドは書類に手を伸ばす。

一方、ピオニーから命を受けたメイドたちに拉致されたはというと。

「このドレスが良いんじゃないかしら?」

「あら、貴女すごく肌が白くて綺麗だわ。ならこっちの色はどう?」

「そのドレスならアクセサリーはこれかな?あんまりごてごてしたのはねぇ」

「髪の毛サラサラ。長さもあるし・・・弄りがいがあるわ」

数人のメイドに囲まれ機関銃のような会話の中、途方に暮れたように眉を顰める。

元来自分の事に関しては無頓着なは、身だしなみにそれほど手間を掛けない。

勿論軍人であるのだし、ジェイドやピオニーに恥を掻かせないよう最低限の事はしているが、彼女たちの言う『女を磨く』などという行為には興味がないし頓着もない。

それでも人の目を引くほど整った容姿なのであるから、メイドたちにとっては俄然やる気が出るというもの。―――自分たちの手で、ピオニーを唸らせるほどのレディを作る絶好のチャンスだ。

「貴女は何か希望とかある?こんなドレスが良いとか・・・」

突然話し掛けられ、は勢い良く首を横に振る。―――しかしすぐ後にその動きを止め、暫く考え込んだ末に遠慮がちに口を開いた。

「・・・動きやすいのが、良い」

「動きやすいのが?」

聞き返され、はコクリと頷く。

「あんまりヒラヒラしたやつだと、動き回れないから」

「・・・いや、動き回る必要はないんだけど」

真顔でそう言うを、メイドたちは困った顔で見返した。

一体何を仕出かすつもりだと心の中で突っ込みつつも、本人が動きやすいドレスが良いというのだから仕方がない。―――まぁそれを無視して勝手に選んでも良いのだが、慣れない格好をさせて転ばれても困る。

メイドたちは再び顔を寄せ合い、仕方なくなるべく薄い生地のスカート丈の短いドレスを選んだ。

色は結局、肌の白さを際立たせる為黒を選び、どことなく年齢から考えれば幼いの雰囲気のアンバランスさを引き立たせるよう少しだけレースをあしらった物を。

シンプルながらも可愛らしさが・・・そしてほんの少しだけ色っぽさが滲み出るようなドレス姿のを前に、メイドたちは感嘆の息を吐く。

元が良いのだからそれなりの予想はしていたけれど・・・―――それでもまさかここまで上手く仕上がるとは思ってもいなかった。

これで化粧をし髪を結えば・・・。

想像し、俄然メイドたちのやる気が沸いて来た。

こうなってしまえば、最早玩具扱いである。

元々大人しいはされるがまま・・・多少の怯えもあったのかもしれない。―――ともかくも大人しくされるがままに身を任せ、解放される時を静かに待った。

「・・・出来た」

がメイドたちに拉致されてから、数時間後。

もう日も沈みかけ、時計を見ればもうすぐパーティ開始の時刻になろうかという頃。

漸くメイドたちの手で完成した社交界仕様のは、思わずホッと安堵の息を吐いた。

「・・・最高傑作かも」

「やだ、どうしよう。私って天才」

すっかり着飾られたを前に、メイドたちは思わずそう漏らす。

「・・・終わったか?」

「え、ええ。終わったわよ」

「ご苦労様でした」

が軍人・・・しかも階級持ちだという事は、すっかりメイドたちの頭の中からは抜けているらしい。―――それは勿論の年齢や仕草なども要因ではあるのだが。

普段は敬語を使い気を緩めない筈のメイドたちも、興奮しているのかを相手に嬉しそうにはしゃぎ合う。

普段からあまり女性と触れ合う事のないは、それを不思議そうに見ていた。

女性というものは、皆こういうものなのだろうか。

華やかで、明るくて、押せば倒れてしまいそうなほどか弱くて。

もし女性というものが彼女たちのような人の事を言うのなら、確かに自分は女性らしくはないのだろうとは昨日のジェイドの言葉を思い出し納得した。

自分は華やかでもなく、こうしてはしゃぐほど明るくもなく。

確かに身体つきは男性軍人と比べれば華奢だろうが、それを補うだけのスピードと身の軽さ、そして譜術を持っている。

自分で言うのもなんだが、か弱い存在からは掛け離れている。

勿論それをどうこう感じたわけではない。―――ただそうなのかと、事実をあるがまま受け入れただけだ。

「さ、支度に手間取っちゃったから時間がないわ。陛下がお待ちでしょうし、お部屋に参りましょう」

漸く感動を収めたメイドたちに促され、は支度部屋を出てピオニーの私室へと向かった。

途中廊下ですれ違う人が自分を見ているような気がして、は居た堪れない思いで床を見詰める。

こんなヒラヒラとした服装が、自分に似合うわけがない。

こうして見られているという事は、とてつもなく可笑しいのだろう。―――それをジェイドやピオニーに見せなければならない事が、にとっては憂鬱だった。

別に笑われてもからかわれても、今までなら気にしなかったはずなのに。

考えている内にピオニーの私室に到着し、メイドは俯いているに気付く事無く扉をノックする。

すぐさまピオニーの明るい声で返事があり、再びメイドに促されは部屋の中へと足を踏み入れた。

「おー、待ってたぞ!」

「陛下、少しは落ち着いてください。はしゃぐ歳でもないでしょうに」

「歳は関係ねーだろ、歳は」

聞こえて来た声に、ジェイドがそこにいる事を察したは思わず身体を強張らせた。

パーティに出席する事に、あまり乗り気ではなかったジェイド。

それはも同様なのだが、こうしてパーティに出席する事になったのは事実だ。

こんな姿を見られて、どう思われるか。

「ご覧下さい、陛下。我々の最高傑作です」

「おー、どれどれ」

メイドたちの背後で身体を縮め込ませていたを、彼女たちは何の躊躇いもなくピオニーの前へと押し出した。―――その姿は、どこか誇らしげでもある。

そんなを好奇心いっぱいで見下ろしたピオニーは、思わず絶句した。

これが、あのなのだろうか?

そう自問自答するほど、普段の彼女とは掛け離れて見える。

これはある意味、大成功かもしれない。

そう考えたピオニーは、自分の身体で隠れたを呆れた様子で立つジェイドの前へと突き出した。

「ほら、見てみろ。これがお前の馬鹿にしたのドレス姿だ」

「・・・別に馬鹿になどは」

すぐさま反論しかけたジェイドの言葉は、を目にした途端に途切れて消えた。

ピオニーと同様に絶句し、視線は目の前の少女へと釘付けになる。

予想外の展開に、ジェイドは目の前の少女が果たして本物のなのだろうかと眉間に皺を寄せ凝視した。―――そんな事をしなくとも、彼女が本物であるとは解っていたけれど。

絶句するジェイドとピオニーに対し、ワクワクとした様子で2人の感想を待つメイドたち。

瞬間室内は水を打ったように静まり返り、なんともいえない緊迫感が漂う。

そんな中、一番初めに口を開いたのは、全員の注目を惜しみなく受けているだった。

「・・・笑わないのか、ジェイド」

ポツリと向けられた言葉に、ジェイドは漸く我に返る。

不意に交じり合った視線に、彼の瞳の奥の光が困惑気味に揺れた。

としても最初は笑われる事の憂鬱を感じてはいたが、まるで珍しい物を見るような眼差しを向けられる状態は居た堪れない。

いっそ笑いとばしてくれた方が、まだマシだ。

「可笑しいなら、笑えば良い。私は別に笑われてもいい」

続いての口から出た言葉に、ジェイドは慌てたように口を開く。―――が、何故かその口からはいつものような嫌味も何も出て来てはくれなかった。

そんなジェイドの状態を察してか、ピオニーがの前に立ちにっこりと笑みを浮かべ口を開く。

「別に可笑しくねぇよ。上出来だ、

「・・・そうか?」

「ああ!なぁ、ジェイド」

信じられないとでも言うように問い返すに、ピオニーはいつもの自信に満ち溢れた声で頷いて・・・―――そうして忘れる事無くジェイドに同意を求める。

それに1つ頷き返すと、ただそれだけではホッと強張っていた身体から力を抜いたのが解った。

「そうか」

良かったと言外に込めて頷いたの表情に、微かな笑みが浮かぶ。

その見慣れた表情に、ジェイドは漸くいつものだと安心して・・・―――する筈だというのに、何故かドクリと心臓が騒ぎ出す。

見慣れた筈のその表情が、しかし見慣れないそれにも思えて。

「よし。これで何とかなるだろう。頼むぞ、

「・・・?よく解らないけど、解った」

なんとか事態を切り抜けられると確信したピオニーの言葉に、やはり未だに状況が掴めていないのか、は不思議そうにしながらもしっかりと頷き返す。

「・・・どうした、ジェイド?」

「ん〜?気分でも悪いのか?なんならここで休んでても・・・」

ぼんやりと立ち尽くすジェイドに気付き、が心配そうに首を傾げた。

それに便乗してか、ピオニーもまた心配そうに・・・―――表面上はそう見せつつも、明らかに面白がっているのが手に取るように解る。

ニヤニヤと全て見透かしていると言わんばかりの笑みを浮かべるピオニーを控えめに睨みつけ、ジェイドはため息を吐き出した後いつもの冷静さを保ちつつ口を開いた。

「・・・別にどうもしませんよ。陛下、そんな気遣いを見せるならばもっと別のところでお願いしたいものですね」

「はいはい、善処するよ」

瞬く間にいつもの調子を取り戻したジェイドを面白くなさそうに見返して、ピオニーは素っ気無く返事を返す。

パーティが始まると告げに来たメイドに承諾の返事を返し、3人はいざピオニーの婚約者探しパーティ会場へと出陣する。―――勿論意気込んでいるのはピオニーだけだが。

前を歩くピオニーとの一歩後ろを歩きつつ、ジェイドは微かにため息を漏らす。

初めて認識する不可解な感情。

それが何を意味するのか、頭では解っていても感情が付いていかない。

「・・・まったく。陛下も余計な事を」

誰にも聞こえないほど小さな声で毒づいて、ジェイドは静かに眼鏡を押し上げる。

緩やかな、穏やかな彼らの時間の流れの中で。

ほんの僅かに・・・けれど確実に、変革の風が吹き抜けた。

それが意味するところを・・・―――そして行く着く先をまだ彼らは知らないのだけれど。

「・・・ジェイド?」

「何でもありませんよ。何でも・・・ね」

生まれたばかりの感情にきつく蓋をして、ジェイドはにっこりと微笑んだ。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

途切れ途切れに書き続けていると、どうにも話の方が切れ切れになってしまう気が。

やっぱり書く時はダーッと書いてしまわないといけませんね。(どうでもいい)

もともとは番外編にでも書こうと思っていたこの話。(でも結局不完全燃焼)

前回の話と次の話を何とか上手く繋ごうと思って急遽入れたのですが・・・これはこれでどうなんでしょうね。(聞くな)

作成日 2006.3.1

更新日 2008.4.29

 

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