軽い衝撃と共に、バサバサと紙の散らばる音が辺りに響き渡る。

よろけた体勢を何とか立て直し顔を上げると、地面を埋めるような大量の紙と点々と散らばる幾つかの本が目に映った。

それはまるで世界を真白に染めるかのような・・・―――けれど心はどこまでも空虚に。

もう少し視線を上げれば、そこには鋭い眼差しで自分を睨みつける少女がいた。

「・・・いい気にならない事ね」

向けられた言葉に潜む悪意と敵意を感じ取り、は微かに目を伏せる。

穏やかに紡がれていた彼らの時間に、僅かな変化が訪れた。

それは水に波紋を描くように、ゆっくりとゆっくりと広がっていく。

ジェイドとが出逢って、早9年。

変わらないと思っていた彼らの関係は、あの夜を経て少しづつ動き出した。

 

消え入るような呟き

 

事の始まりは一体何が原因だったのか。

ともかくもはその日、いつもと同じくジェイドの指示で処理済の書類をゼーゼマンに届けるべく会議室へ向かった。

そこで書類を提出し終えたはゼーゼマンと少しだけ談笑し、そうしてもう1つの用である資料を取りに行く為、会議室を出たのだ。

既にもう何年も生活の大半を軍基地本部で過ごしているお陰か、流石のでも迷う事は滅多にない。―――まぁ、時々考え事をしながら歩いて迷う事も勿論あったが。

慣れた廊下を1人、のんびりとした足取りで歩いていくに、通りすがりの兵士たちはチラリと視線を送る。

という少女は、良い意味でも悪い意味でも人の目をよく集めていた。

あまり世間を知らず、軍人という仕事に就いていながらもどこか純粋なを、マルクト軍の兵士たちは微笑ましげに見詰めている。

それは勿論マルクト軍を動かしているジェイドやゼーゼマン、ノルドハイムや、果てはこの国の皇帝までもが彼女を溺愛と言っても過言ではないほど可愛がっているという理由もあるのだけれど・・・―――彼らを敵に回すほどの怖いもの知らずは滅多にいないだろう。

けれど勿論全ての兵士たちが、に好印象を抱いているわけでもない。

士官学校に通う事もなく、ジェイドの拾い子だという理由だけでゼーゼマンとノルドハイム直々に教えを請い、そしてそのままピオニーの独断で少尉という階級まで貰い13歳でマルクト軍入りした

そんな彼女に嫉妬や妬みの眼差しを送る者も少なくなかった。

けれどは、それは当然の事なのだと思っていた。

だからこそ影でどんな事を言われようとも、たとえ敵意の混じった眼差しを向けられても、彼女は何の反応も見せない。

彼女はジェイドの為だけにここにいる。―――彼がそれを望む以上、たとえどんな事があったとしてもは動じたりはしないだろう。

結果を出せばとりあえずの言及は避けられる事も知っている。

ジェイドの為にも、自分はしっかりと与えられた仕事をこなさなければならないのだ。

しかし最近、兵士たちの好意的ではない視線に混じって、別の視線が自分に注がれている事には気付いていた。

軍基地本部を出たは、資料を手に入れる為に宮殿へ向かう。

その道すがら、必ず通らなければならない広場で、優雅な午後を過ごしている貴族の娘たちの姿が目に映った。

数人で固まって談笑する彼女たちの視線が、自分に向いている事には気付く。

その瞳に浮かぶのは、今まで一部の兵士たちから注がれていたものと同じ感情。

「・・・・・・」

何故そんな眼差しを向けられるのか、には解らなかった。

兵士が相手ならば、いくらでも理由は見つけられる。―――ほとんどの兵士たちは好意的だったけれど、そうでない者もごく稀にいたのだから。

勿論の中尉としての立場と、彼女にそのつもりは全くないが彼女の後ろに存在する有力者たちの事を思ってか、真っ向から食って掛かる者はいなかったけれど。

それでも貴族の娘たちから注がれる眼差しは、明らかな敵意を含んでいる。

そもそもと貴族の娘たちとは、ほとんど接点らしい接点がない。

マルクトでも名高いカーティス家の世話になり、同じく名高い家の養女となった今でも、の生活は至って一般的なもので。

貴族の娘たちのように晩餐会に顔を出す事もなければ、井戸端会議よろしく広場で会話をする事もない。

どちらかといえば色気のいの字もない生活を送っているにとって、貴族の娘たちはまるで別世界の住人そのものだった。

だというのに、何時の頃からか向けられる彼女たちの視線に、内心は困り果てている。

別にそのまま無視していても良いのだけれど・・・―――実際は今、それを実行しているのだが、それでも向けられていてあまり気分の良いものでない事も確かだ。

その事実が今の彼女にとって弊害を及ぼしているわけでもないので、にとってそれほど大問題と言うわけでもない。

それでもこのまま放っておいて、問題にならないかどうかは彼女には解らなかった。

もしもこのまま放置して、ジェイドやピオニーに迷惑を掛けてしまったら?

それでなくとも忙しい彼らの手を煩わせるわけにはいかない。―――自分で処理できる事ならば、それに越した事はないのだから。

「・・・・・・」

しばらく考え込んでいたは、僅かに目を伏せて。

そうして広場の端で立ち止まっていたはゆっくりと顔を上げ、小さく息を吐き一歩足を踏み出す。

何時までもここに立っているわけにもいかないのだ。―――戻りが遅いとジェイドに叱られてしまう事は目に見えている。

広場を横切る中、やはりにとっては不可解な視線を投げかけられつつも、それに気付かぬふりをして宮殿の警護をしている兵士たちに軽くおじぎをしてから宮殿内へと足を踏み入れた。

そのまま資料室を目指し、資料室の管理をしている男から目的の資料を受け取ったは、短く礼を告げて重い資料を両手に抱えて部屋を出る。

1度で済むようにと遠慮なく調達する資料の指示を出したジェイドのお陰で、すっかり両手は塞がってしまっていた。

腕に掛かる負荷はそれなりにあり、見た目とは裏腹に意外と力があるにとっても決して軽いとは言えないほど。

別に本当に1度で済ませる必要はなく、無理だと判断したならば二度に分けて運べば良いだけの話なのだが、それでも貴族の娘たちの敵意の眼差しを受けると解っていて何度も往復する気にはなれない。―――それならば多少腕に負担が掛かる方がまだマシだ。

警備に当たっている兵士に扉を開けてもらい宮殿を出たは、決して早いとは言えない速度で歩みを進める。

資料はとても重くかさばったけれど、貴族の娘たちの敵意の眼差しを遮ってくれたのはありがたかった。

そう思っていた。

「あら、中尉。ごきげんよう」

広場で談笑する少女たちに、声を掛けられるまでは。

 

 

いくら気が乗らないとはいえ、声を掛けられて無視をするわけにもいかない。

内心憂鬱に思いながらも、はゆっくりとした動作で振り返る。―――が、そこはとでも言うべきか、意図したわけではないがその顔は相変わらずの無表情である。

「・・・なに、ですか?」

とりあえず返事をと思い口を開くが、ついついいつもの癖で敬語を忘れてしまいそうになり、慌てて言葉を付け足す。

そのせいばかりではないが、少しばかり可笑しくなった言葉遣いに、少女たちはに嘲笑を向けた。

「こんな所でお会いできるなんて光栄ですわ。どうです?少し私たちとお話でも」

「・・・申し訳ありません。仕事がありますので」

相変わらずの冷たい笑みでそう申し出る娘たちにそう返して、は重さを誤魔化す為に資料を持ち直す。

見れば解る筈だというのに、それでも娘たちに引く気はないらしい。

わざわざの方へと歩み寄り、自分よりも少しばかり低いを見下ろす。

「そんな事仰らずに。この前の夜から、私たちはずっと貴女とお話したいと思っていましたのよ」

なにやら意味深な発言に、は訝しげに少女を見上げた。

「・・・この前の夜?」

「ええ、そうですわ。貴女が初めて社交界にデビューされた、あのパーティの夜です」

笑みと共に向けられた言葉に、の脳裏にすぐさまその夜の光景が浮かぶ。

光に満ち溢れた煌びやかな広い部屋で、集うのは立派な衣装に身を包んだ人々。

テーブルの上には豪華な食事が並び、人々の顔には笑みが浮かんでいる。

だというのに・・・―――賑やかなその場で、それでも寂しく思えたのは何故だろうか。

みんな楽しそうに談笑を交わしているというのに、どこか空虚に思えたのは何故だろう。

にとってその場は酷く落ち着かない、無性に不安が掻き立てられる夜だった。

ほんの少し表情を沈ませたなど構わず、少女は言葉を続ける。

「ずいぶんとみなさまの視線を集めていらっしゃったから、是非お近づきになりたいとそう思っていましたの。―――だってピオニー様が直々にエスコートされた女性なんて、初めてでしたもの」

パチンと手を打ってクスクスと笑みを零す少女を、は無表情で見詰める。

パーティ会場でならば女性と楽しげに話すピオニーの姿はよく見られたが、確かにピオニーが直々にパーティに女性を連れてくる事など、今までにありはしなかった。

しかしその意味するところが、男女の機敏に疎いには解らない。

少女の口から紡がれる言葉の中に、自分へ敵意を向ける理由が込められているはずだというのに・・・―――それは解るのに、肝心の理由を察する事が出来なかった。

クスクスと笑みを零していた少女は、漸くその笑みを止め悠然とを見下ろす。

そこには確かに、彼女に対する敵意の光が宿っていた。

「でも陛下も陛下ですわ。折角の婚約者を選ぶ為のパーティに、全く関係のない貴女を連れて来るのですもの。あの方ももう少しご自分のお立場を・・・」

「・・・陛下を悪く言わないで」

冷たい眼差しを向けそう口を開いた少女に、今まで大人しくその場に佇んでいたが遠慮がちに・・・けれどはっきりとそう告げた。

にとって、ピオニーは大切な・・・彼女にとっての初めての友達である。

そんな彼が人に悪く言われるのは我慢できない。―――たとえそれがどれほど些細な事であったとしても。

しかし少女はのその言葉に微かに口角を上げて、そうですわよねと頷いた。

「陛下がご自分のお立場をお解りになっていないなんて事、ありませんわよね」

「・・・・・・」

「きっと貴女が陛下に我が侭を言ったのでしょう?」

含むような物言いで告げる少女に、は微かに目を見開いて・・・―――それでも反論する事無く、無言のまま顔を伏せる。

今度こそ隠す事無く口角を上げ笑んだ少女は、再びに嘲笑を向けた。

「いくらカーティス大佐の後ろ盾があるからといって・・・そんな我が侭を口にすれば、多くの人が迷惑をするとはお考えにならなかったの?」

「・・・・・・」

「もう少し身をわきまえた方が宜しいのではなくて?貴女は大佐にお情で拾われただけの存在だという事を、肝に銘じておいた方が宜しいわ」

冷たい声でそう告げる少女に、は何も言わず。

何故ピオニーがあのパーティにを連れて来たのか、本当のところは少女たちにも解っていた。

まだ婚姻を結ぶつもりはないと公言する彼が、婚約者を定める訳がないとも。

けれどチャンスだとも思った。

上手く回りから固めてしまえば、すぐではなくとも皇帝陛下の妃の座が手に入るかもしれない。―――その為に高い位を持つ娘たちは、パーティに備えて万全の準備を整え、そうして意気込んで向かったというのに。

それなのに、ピオニーの隣に立っていたのは、社交界では初めて見る少女。

まだまだ幼さが残る軍人の娘だというのに、着飾ったその姿は人の目を集めるのには十分すぎる光を放っていた。

そうしてピオニー自身もまた、初めて社交界にデビューするを気遣ってか、いつもとは違い女性と会話をする事もなく彼女につきっきりになっている。

ピオニーの目に留まる為にこのパーティへと出席した少女たちにとっては、これ以上ない屈辱だった。

その少女がジェイドとに目を掛けられているということも、少女たちにとっては気にいらない要因である。

は名実共にマルクト軍のトップに立つ人物であったし、家柄や人柄も申し分ない。

ジェイドも将来を有望視されるカーティス家の跡取である。―――どちらも独身であるし、結婚相手としては魅力的だ。

けれど彼らは普段から女性に深入りする事はなく、また彼らの傍にはいつもの存在がある。

今までは子供だと高を括って傍観していた少女たちも、あのパーティでのの着飾った姿を見れば、そんな悠長な事も言っていられない。―――それほどのドレス姿は男性にも女性にも大きな影響を与えたと言っても構わないだろう。

「カーティス大佐も、今頃は迷惑に思っているのかもしれませんわね。昔気紛れに拾っただけの子供が、何時までも自分の傍にいる事を。その上ピオニー陛下の権限を利用して、軍人にまでなってしまったのだから・・・」

明らかな敵意を含んだ言葉に、はゆっくりと顔を上げる。

怒るでもなく傷付くでもなくただ無表情を向けるに、少女たちは薄気味悪いものを見るような眼差しを向けた。

「・・・私は」

「なにかしら?」

それでも漸く口を開いたに、おそらくはリーダー格であろう少女が悠然と微笑みかけた。

「私は、ジェイドが私を必要としている間は傍にいる。ジェイドの為に出来る事がある間は、傍にいる。私はそう、自分自身に誓った」

「・・・・・・」

「私は、何を言われても構わない。誰にどう思われても、関係ない。私はジェイドの言葉だけを信じる」

キッパリとそう言い切ったを、少女は険しい表情で見詰める。

ふとかち合った視線に・・・―――から向けられる強い眼差しに、少女の頭に一瞬にして血が上った。

決して言いなりにはならないと。

今まで自分に逆らう者がいなかった少女にとっては、これ以上ない侮辱である。

カッとなった少女が勢いに任せて手を振り上げた。―――は、それをぼんやりと見詰めて。

勿論避けられないものではなかった。

軍人として戦場に立つ事もあるにとっては、避ける事など造作もない事。

それでもは身動き一つせず、まるでスローモーションのようにゆっくりと振り下ろされる少女の手をじっと見詰めていた。

 

 

パンと乾いた音が辺りに響き渡ったその時、フリングスは思わず踏み出していた足を止めた。

その日、街へ私用で出ていたフリングスは、軍本部へと帰る途中で貴族の娘たちとの遣り取りを目撃する。

あまり気分が良いとはいえない様子で何事かを言われているを見つけ、その原因がこの間行われたパーティだという事を知っていたフリングスは、絡まれているを助けるべく足を踏み出す。―――どうやらそれは間に合わなかったようだが。

先ほどまで騒がしかった広場が、まるで水を打ったように静まり返る中、息を荒げ目付きを鋭くさせる少女とは対照的に、頬を打たれたは無表情のままぼんやりと地面を見詰めている。

「・・・何をしているんですか!?」

一拍の後、ハッと我に返ったフリングスは、制止の声を上げての元へと駆け寄った。

その声に少女も我に返ったのか、頬を叩かれた衝撃によろめくと見事に地面に散らばった書類を眺め・・・―――そうしてこちらへと駆けて来るフリングスの姿を認め、分が悪いと判断したのか、それとも既に用は済んだのか、最後に無表情で地面を見詰めるを見やり小さく笑みを零した。

「貴女が羨ましいわ。守ってくれる方が大勢いて」

その言葉に、は感情の宿らない眼差しで少女を見上げる。

「・・・いい気にならない事ね」

隠す事もない敵意と嘲りに、は無言で目を伏せた。

!大丈夫?」

最後にそう捨て台詞を残して去って行く少女たちと入れ替わりに、フリングスが駆け寄ってくる。―――そのまま地面に散らばった資料を集めるの肩を強く掴んで、俯く彼女の顔を上げさせた。

「・・・ああ、赤くなってる」

「・・・アスラン」

同じマルクト軍に所属する軍人であり、同僚でもあるアスラン=フリングス。

ほぼ同時期に軍に入ったという事と、彼がの部下であるという事もあり、と彼はとても良い関係を築いていた。

割合歳も近いせいか、仲の良い兄妹のような2人を兵士たちも微笑ましく見守っている。

心配げに自分を見るフリングスを見返し、は不思議そうに首を傾げた。

これくらいの事など、にとっては痛い部類には入らない。―――それよりも武術の稽古をしている時の方がずっと強烈な攻撃を食らう事が多い。

だというのに・・・何故彼はこれほどまでに心配するのだろうかとは思った。

ともすれば痛みを受けた筈の自分よりも、辛そうな顔をして。

「アスラン、私は大丈夫。・・・でも、これは大丈夫じゃない」

そんな彼を安心させるように・・・そうして話を逸らすべく、は無残にも散らばった資料を指す。

するとそれを見たフリングスも同じ思いを抱いたのか、まずいという表情を浮かべた。

「・・・拾うの、手伝ってくれる?」

「それは勿論。でも・・・本当に大丈夫なの、?」

「大丈夫。問題ない」

キッパリとそう言い切るにそれ以上何を言っても無駄だと判断したのか、フリングスは小さく息を吐いて資料集めに掛かる。―――我慢強いというか頑固というか・・・一度こうと決めたら何があっても絶対に譲らないという事を、フリングスは理解していた。

「・・・、この事・・・カーティス大佐には」

「報告の必要はない」

バラバラになってしまった資料を一から並べ直すその途中に躊躇いがちに尋ねると、全てを言い終わらぬ内に簡潔な返事が返ってくる。

それは予想された事だけれど、それでも「はい、そうですか」と素直に納得出来るわけでもない。

「だけど・・・いや、いいよ。言っても無駄だろうから。―――それよりも、どうして避けなかったの?」

けれどやはり言ってもの気が変わるとも思えず、必要ならば自分が後でこっそりと報告しておけば良いと考えて、フリングスはもう1つの疑問を投げ掛けた。

フリングスとしても、何故がああも素直に叩かれたのかが解らない。

避けるだけの時間も十分にあったというのに。

それでもは避けなかった。―――寧ろ甘んじて受けたようにフリングスの目には映る。

「避けても状況は変わらない。叩かれる事であの人の気が済むなら、それで構わない」

「・・・でも、痛かっただろう?」

「痛くない。これくらい、大した事ない」

「違うよ。身体が・・・じゃなくて、心がだよ」

本当に大した事がないように黙々と資料を集めるを見詰めて、フリングスは躊躇いがちにそう声を掛けた。

途端、はピタリと資料を集める手を止めてフリングスをジッと見詰める。

「・・・心は痛くなかった?あんな風に言われて」

「・・・・・・」

「悔しくはなかった?その感情は押し殺さなくても構わないんだ。悔しいなら悔しいって言ったって・・・」

「問題ない」

再びフリングスの言葉を遮り資料を集めるべく俯いたに、フリングスは思わず持っていた資料を地面に置き、彼女の肩を掴んで顔を上げさせる。

「問題ないわけないだろう?だっては・・・」

は何も悪くはないのだから・・・。―――そう続く筈だった言葉は、けれど向けられる強い眼差しに消された。

出掛かった言葉を息と共に飲み込み、フリングスはその強い眼差しに呑まれる。

「問題ない。私は彼女たちにどう思われようと構わない。私にとって必要なのは、ジェイドの事だけ。ジェイドに必要とされていれば、私はそれだけでいい」

言葉を失ったフリングスにそう言い放つと、は集めた資料を両手に抱え立ち上がり、呆然と自分を見詰めるフリングスを見下ろす。

「資料、集めるの手伝ってくれてありがとう」

「・・・あ、うん」

「さよなら」

そうしてそれだけを言い残して、まるで何事もなかったかのように軍本部へと続く道を戻っていく。

その小さな背中を見送って、フリングスはため息と共にゆっくりと立ち上がった。

以前は解らなかった己の上司が言っていた言葉の意味を、彼はこの時漸く理解した。

『あそこの上下関係は、まさに理想の在り方そのものだな』

確かにそうだと言える。―――ジェイドはに信頼を寄せ、そうしてはジェイドにこれ以上ないほどの忠誠を抱いている。

けれど。

『だが、危うい。俺にはまるで柔な砂の城のように見える。今はよく保たれているその均衡が崩れたその時は・・・』

「・・・本当に、貴方の言う通りです・・・中将」

フリングスの目にも、2人の関係はとても強く・・・そして儚くも思えて。

「もしも・・・もしもカーティス大佐が君を拒んだら・・・」

その時彼女はどうするのだろう?

言葉に出せば現実になってしまうような気がして、それ以上は声に出せなかった。

フワリ・・・と柔らかな風が、フリングスの頬を撫で通り過ぎていく。

いつしか太陽は傾き、美しさを誇る宮殿前の広場は赤い色に染められて。

水道橋から流れる滝は、赤く照らす光をはらんでキラキラと輝きを増しているのに。

とても美しいその光景が、どこか酷く不安を煽るのは何故なのだろう。

。君は・・・」

微かな呟きは、人々のざわめく声に掻き消されて。

既にこの場から去った少女には、届く事はなかったけれど。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

予定していた場面まで進まなかった・・・!!

原因は貴族の娘に苛められる主人公の場面を長くし過ぎたからなのですが。(アホ発見)

そんな所長々と書いても仕方ないだろうとは思ったのですが・・・。(ついつい)

そしてフリングス初登場。

もはや彼の名前を借りたオリキャラ化していますが・・・。(彼に限った事ではない)

彼の年齢が解らないので、とりあえず主人公よりも2・3歳年上ぐらいに。

オリキャラ・の部下という都合の良い設定を作りつつ、アスランと書く度に某アニメの少年を思い出してしまいます。(笑)

そして気がつけば、メインであるジェイドもよく出没する陛下も出て来てないし。

作成日 2006.3.10

更新日 2008.5.13

 

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