ずっと心の中に押さえ込んでいた想いを吐き出し、そうして今・・・腕の中で決して声を上げずに泣き続けるを見下ろし、ジェイドは不可思議な温かい何かが胸の内に湧き上がって来るのを感じていた。

まるで子供のようにしがみつくを抱え、その長く艶やかな黒髪を優しく梳いてやる。―――するとは、まるで子猫が甘えるように更にジェイドに擦り寄り、強くジェイドにしがみついた。

にこんな風に甘えられた事など、今まで一度もない。

寧ろ誰かに甘えられる事など鬱陶しい以外の何者でもないと、今までそう思っていただけに、今自分が抱く感情がジェイドにとっては信じられない。

最も興味がなく自分にとっては意味がないと思っていた感情を、まさか抱く事になるなんて・・・―――あの森で不可思議な光に包まれた少女と出逢った時には、想像もしていなかったというのに。

それでも芽生えた感情を認めてしまえば意外と気は楽で、必死にそれを否定していた時と比べるべくもない。

これから色々と厄介事が、山ほど待ち構えてはいるのだろうけれど。

 

この夜がけたら

 

「・・・どうやら眠ってしまったようね」

漸く微かに震えていたの身体の震えが消え、先ほどよりも腕に掛かる重みが増えた事を確認して、ジェイドは掛けられた声に「そのようですね」と小さな声で返した。

ジェイドとの話し合いの最中、ずっと口を噤んで状況を見守っていたネフリーは、泣き疲れて眠ってしまったを起こさないようにと足音を殺し、慎重にソファーへと近づく。

覗き込んだ先では、ジェイドの腕の中で目を腫らしつつも穏やかな寝息を漏らし熟睡するの姿があった。

「珍しいですねぇ。が人前でこんなにも深く寝入ってしまうのは・・・」

先ほどまでの真剣な声色から一変して、人をからかうような口調でそう呟いたジェイドを横目に、ネフリーは「そうなの」と軽く相槌を打つ。

普段から人前で寝入る事のないが熟睡しているのなら、それは間違いなくジェイドの腕の中だからなのだろう。―――それは解っていたが、ネフリーはあえて口には出さない。

むやみに兄を喜ばせる必要もないだろうし、それに気付いていないジェイドでもないだろうから。

ともかくも、全てが丸く収まった事にネフリーは人知れず安堵の息をつく。

何の前触れも連絡もなく、突然兄が姿を現した時はそれは驚いたものだが・・・―――その理由が人捜し・・・しかも突然姿を消した部下を連れ戻す為に捜しに来たというのだから、ジェイドがどういう人間なのかをよく知るネフリーが驚かないわけがない。

余程手放すには惜しい優秀な人材なのか・・・とも思ったが、だからといってあのジェイドが去る者を追うとも思えない。

ならば何らかの秘密事項を盗み逃亡したのだろうかと、様々な憶測を立てていたのだけれど。

漸く見つけたとジェイドが連れ帰った少女を見て、ネフリーは自分の立てた予測のどれもが当たっていない事を知ったのだ。

軍服を着ていなければ、おそらく軍人に見られる事はないだろうと思える少女。

ジェイドの捜し人が年頃の少女だという事にも驚いたが、その少女を抱き上げるジェイドの態度が見た事もないほど優しい事に、聡いネフリーは大体の事情を察したのだ。

元々の事を友人の手紙から伝え聞いていたネフリーは、まさかと笑って否定した過程が現実になっているのを目の当りにし、そうして兄に訪れた確実な変化を前に、どう反応して良いのか解らなかった。

あのジェイドが。

あの冷酷と称される事も少なくないジェイドが。

たった1人の・・・しかも素性の知れない少女に執着している。

今まで恩師以外の人に対して特別な感情を持つ事もなく、そしてこれからもないだろうと思われたジェイドが。

それは、恋といっても差し支えないもので。

ネフリーは知らなかった。―――自分の兄が、あれほど優しい眼差しで誰かを見る姿など。

そうして、感謝した。

ジェイドに抱えられ、ピクリとも反応を見せない少女に。

ジェイドを変えたのは、間違いなくだと解ったから。

けれどこんな状況であるが故に、全てが上手くいっているわけではない事もネフリーには解っている。

案の定、身体を暖める為に別室へと連れて行かれたは、まるで全てを拒絶するかのように膝を抱え込み、感情を抑えているように見えた。

全ての感情を身の内に押さえ込み、必死に何かを耐えているように見えた。

その姿はとても痛々しく、見ているだけでも苦しさを感じるほどのもの。

「良かったわね、お兄さん」

「・・・何がですか?」

しかし今は安心しきったように可愛らしい寝顔で眠るを覗き見て、ネフリーは小さく笑みを零しながらすぐ傍にあるジェイドの顔を盗み見る。

そこには予想通り少し苦い表情を浮かべたジェイドの顔があり、解っているのにあえて惚けているという兄の姿を目に映し、更にクスクスと笑みを零した。

「それじゃ、私は少し出て来るわね。まだ兵士たちにが見つかったと報告もしていないし、きっとこの雪の中をまだ探し回っているだろうから」

「私が行きますよ」

「いいえ、これくらい私でも十分よ」

言うだけ言って既にドアへと向かっているネフリーの背中を見詰めていると、不意にネフリーが振り返り、悪戯っぽく微笑んだ。

「お兄さんはの傍にいてあげて」

折角よく眠っているのだもの・・・と付け加え、そのまま颯爽と部屋を出て行ったネフリーに、ジェイドはやれやれと苦笑いを零す。

もしかしなくとも、最も分が悪い弱みを握られてしまったのかもしれない。

けれど自分の妹が、親友の皇帝とは違い面白半分にからかったりはしないだろう事は解っていたので、今回に限り仕方がないかと思い直した。―――きっと、多分、そんな事はしない筈だと。

今度こそ2人だけになった部屋の中で、ジェイドは改めて腕の中で眠るに視線を落とす。

思い返してみれば、こんなにもじっくりとの寝顔を見た事があっただろうか。

そう思い、ジェイドは改めてを観察する。

黒く長い艶やかな髪は、出逢った頃と変わりなく。

いつも感情の宿っていなかった幼い顔立ちは、歳相応に少しづつ大人びて来ている。

子供故に小さかった身体は、いつの間にか成長していて。

すらりと伸びた手足。

身長が伸びたとは言っても、長身である自分とは比べるべくもないが、それでも平均的な高さにはなっているだろう。

全体的に細すぎる印象ではあるが、不健康そうではないのだからこの際構わない。

あの、小さな森で出会った幼い子供が、これほど成長している。

それもそうだ。―――あれから9年も経ったのだから。

改めて9年という歳月を振り返り、ジェイドはなんともいえない複雑な笑みを零す。

その9年間の思い出のほとんどに、の姿はある。

それほどまでに一緒に・・・そうして近くにいたのだと改めて思い知らされた。

「まったく・・・誤算もいい所ですよ」

聞こえてはいない事を知りながら、ジェイドはため息混じりにそう呟く。

けれどそれを不快に感じていない事は自分自身が一番よく分かっている。―――だからこそ、余計に性質が悪いのだけれど。

特別な誰かを決めてしまうという事。

それは言葉以上に重く、そして危険な事でもある。―――もしもそんな相手を失ってしまったら?

おそらく自分は再び、同じ過ちを繰り返してしまうかもしれない。

それがどれほど愚かな事だと知っていても、それを彼女が望んでいないとしても、その手段が目の前にあるならば手に取らない保証などどこにもない。

けれど・・・ジェイドはもう、選んでしまったのだ。

今まで自分にとっては一番ほど遠く、そして必要ないものだと思っていたそれを。

そうして改めてそれを手に入れた時の気持ちは、言葉では言い表せない。

こんな温かな気持ちを、今までジェイドは感じた事などなかったから。

さらさらと掌から零れ落ちる漆黒の髪を弄びながら、ジェイドは今までにない穏やかな時間を過ごしていた。

そうしてどれほど経っただろうか・・・―――不意に2人だけの部屋に軽いノック音が響き、それに短く返事を返すとしばらく前に出て行ったネフリーが顔を見せる。

「お邪魔してごめんなさい、お兄さん。―――は?」

「まだ眠っていますよ。それよりどうかしましたか?」

申し訳なさそうな面持ちのネフリーにそう問い掛けると、彼女はそれに違わない声色でごめんなさいと一言謝罪を口にした。

「実はどうしてもお兄さんでないといけない処理があって・・・」

言い辛そうに形の良い眉を顰めながら、ネフリーは2人がいるソファーへと近づく。

大丈夫といって部屋を出て行った手前本当に申し訳ないとは思うが、こればかりはどうしようもない。―――ジェイドでなければならないというならば、引き下がる他ないのだ。

「・・・解りました」

ヤレヤレとため息混じりに了承の意を伝え、ジェイドは自分の身体にへばりつくを起こさないよう引き剥がし、そっとソファーへと横たわらせた。

感じていた温もりが失われた事にの眉間に僅かに皺が寄るが、どうやら起きる気配はない。

自分でなければならない処理・・・というものに、心当たりはない。

だが、思い当たるところは、全くないとも言い切れなかった。

おそらくは何の前触れもなくこの地にやって来て騒動を起こしたと、そして有無を言わせず軍を動かしたジェイドに対して、文句の1つも言いたいのだろう。

そんなものにわざわざ付き合ってやるほど、ジェイドとしては暇でもお人好しでもないが、これ以上事を大きくしない為と、にこれ以上要らぬ非難が降り掛からぬようにする為には仕方がないのかもしれないと考える。

「では、私は少し出て来ます。その間、の事は・・・」

「ええ、任せて」

頼もしい妹の言葉にいつも通りやんわりと微笑むと、ジェイドはこれから起こる事の粗方の予想をつけて部屋を出た。

予想すればするだけ鬱陶しい事この上ないのだけれど。

積もった雪を踏みしめながら吐き出した真白のため息は、静かに空気に溶けていった。

 

 

予想通りといえば予想通りな惜しみない嫌味を、彼にしてはずいぶんと大人しく受け流し、そうしてウンザリと表現するに相応しい時間を終えたジェイドは、すでに真夜中といっても可笑しくはない時刻に漸く帰宅を果たした。

外とは違い暖かい柔らかな空気を肌に感じながら、夕刻ここを出た時にがいた応接室へと足を向ける。

こんな時間だから既に客間で休んでいるかもしれないと思いつつ顔を出した応接室には、予想通り誰の姿もなかった。

「あ、ジェイド様。お帰りなさいませ」

唐突に声を掛けられ、戸口に立っていたジェイドはゆっくりとした動作で振り返る。

そこには制服を着たメイドが1人、にこにこ笑顔を浮かべつつ彼を見上げていた。

タイミング良く現れたメイドを訝しく思いつつも、ジェイドはにこりと笑みを浮かべる。

「・・・ええ、どうも。それよりもネフリーはどこにいますか?少し話をしたいのですが」

「ネフリー様でしたら、しばらく前から出掛けられております」

「・・・出掛けて?」

「はい。あの・・・様もご一緒に」

自分を見下ろすジェイドの笑みが途端に薄ら寒いものに変わった気がして、メイドの表情が強張る。

何かまずい事を言っただろうか?―――自分は確かに、ネフリーに言われた通りの事を伝えた筈なのだけれど。

「どこへ行くか、言っていませんでしたか?」

「ええと・・・あの・・・」

笑っている筈なのに、笑っていないように見えるのは何故なのだろう?

背筋に冷たい物が走る感覚に笑みを引きつらせながら、メイドはネフリーに指示された通りの言葉を口にした。

「い・・・良い所・・・だそうです」

「良い所・・・ですか」

薄く目を細めたジェイドを前に、怯えたようにビクリと肩を揺らしたメイドは、自分の仕事は終わったとばかりに「失礼します!」と裏返った声で挨拶をすると逃げるようにその場を去って行った。

その態度に不満を抱きつつも、ジェイドはネフリーの言う『良い所』がどこなのかを想像する。―――と、それは想像するまでもなかったが。

このケテルブルクで、この状況でネフリーがを連れ出す良い所など、1つしかありえない。

それはジェイドにとっては不本意な場所ではあったのだけれど。

「・・・全く」

今日何度目かのため息を吐き出して、ジェイドは踵を返すと再び外へと向かう。

ふわりふわりと舞うように降る雪の中、刺すような冷たい空気を感じながら、ジェイドはこの街でもひときわ賑やかな場所へと足を向けた。

 

 

惜しみなく装飾された音機関のネオンの灯りと、聴覚を麻痺させるような騒々しい音。

音を吸収するという雪に囲まれていながらも、全くその効果が見えないその場所。

おそらくはケテルブルク一の観光施設であろうカジノに足を踏み入れたジェイドは、その一角・・・―――スロットのゾーンに出来た人だかりを目にし、深いため息を吐き出した。

微かに感じる頭痛を何とかやり過ごし、そちらに足を向ける。

そしてその長身を生かして人垣の上からその場を見下ろしたジェイドは、想像通りの光景に貼り付けた笑みを引きつらせた。

「あ、ジェイド」

「あら、お兄さん。遅かったのね」

ジェイドの存在に気付いたとネフリーが、向けていたマシンから顔を上げると揃って首を傾げてみせる。

「・・・何をしているのですか?」

「ええと・・・スロット?」

「そういう事を聞いているのではありません。―――ネフリー、どういう事ですか?」

つい数時間前まで絶望の底にいたとは思えないほど普段通りのの言葉を流し、ジェイドは咎めるような眼差しをネフリーへと向ける。

しかし彼女とてだてにジェイドの妹をしているわけではない。―――既に慣れきったそれに堪える事無くにっこりと綺麗な笑みを浮かべて見せた。

「折角ケテルブルクに来たのだもの。少しは息抜きもどうかと思って」

「息抜きに選ぶにしては、ここは相応しくないように思いますが。貴女も知っての通り、はまだ未成年ですよ」

「あら、お兄さんこそ知っていると思っていたけれど・・・。ここは未成年でも保護者が同伴していれば遊べるのよ?」

にこにこ、と。

それはそれは壮絶な笑みを浮かべた兄妹が、周囲の視線など全く気にした様子もなく微笑みあう。

ジェイドもネフリーも、この街ではそれなりに有名なのだ。

そんな2人が珍しく兄妹揃って微笑み合っていれば、周囲の注目を集めないわけがない。

ネフリーとの周りを囲んでいた野次馬たちが魅入られたように2人を見詰める中、そんな空気など端から気にしていないが、あ・・・と短く呟いた。

それに同時に視線をへと移したジェイドとネフリーは、スロットマシンから鳴り響く高らかなファンファーレに驚いたように目を見開く。

ジャラジャラと高い音を立てて溢れる金色の硬貨を前に、は途方に暮れたように唖然と自分を見詰めるネフリーと額を抑えたジェイドを見上げた。

「ネフリー。これ・・・どうしたらいい?」

「すごいわ、。私こんなの見たの初めてよ」

「・・・そうか」

困ったように眉を寄せていたは、しかし楽しそうに顔を輝かせるネフリーを見詰め、どう判断したのか納得したようにコクリと頷く。

未だ留まる事無く零れ落ちるコインは、既にの足元を埋め尽くすほど。

漸く我に返った野次馬たちが、今まで見た事がない大当たりに興奮し、歓声を上げる。

たくさんの拍手と囃し立てる声にさえも動じた様子もなく、はただひたすら積み重なっていくコインの山を見詰めていた。

ジェイドは視界の端で、カジノの従業員が少しだけ顔を青くしながらも呆然と立ち尽くしているのを確認し、先ほど押し込めた頭痛が倍になって戻ってきたのを感じる。

どこへ行っても見事騒動を引き起こすに、呆れればいいのか感心すれば良いのかと自問しつつ、ジェイドは今日一番の盛大なため息を吐き出した。

 

 

ともかくも、盛大に吐き出されたコインの山を何とか片付けた3人は、しつこく注がれる視線から逃れるようにカジノを出た。

明日も仕事があるからと、咎めるような視線を投げかけるジェイドから解放されるべく早々に帰途についたネフリーとは逆に、ジェイドとはのんびりとケテルブルクの街を歩く。

雪に囲まれたこの地の空気は、夜ともなれば昼間よりも更に冷たさを増す。

しかし人の姿の消えたこの静かな街並みを、ジェイドは嫌いではなかった。

この地に来て早々に雪に埋もれていたは、改めて見る白に染められた街に興味を示したらしく、こうして遠回りをしながらのんびりと屋敷へと帰る事にした。

ざくざくと雪を踏みしめながら歩くの表情は、傍目には解り辛いけれど楽しそうに輝いている。

勿論それを見分けられる者などごく限られているから、そうだと知る事が出来ない者たちには表情の変化など微々たるものだけれど。

「ジェイド」

ざくざくざくと足を速めたは、数歩先に進んだ場所で立ち止まり、ゆっくりと歩みを進めるジェイドを振り返る。

「なんですか?」

「雪、綺麗。私、雪がこんなに冷たくてさらさらしてるの、初めて知った」

「そうですね。グランコクマではあまり雪は降りませんから」

「本で読んだけど・・・想像してたのとちょっと違う。雪はもっとふわふわして・・・雲みたいなのかと思ってた」

真白な息を吐き出しながらいつもより饒舌になったを眺めて、ジェイドはにっこりと微笑む。

どうやら初めて見る雪を前に、少し興奮しているらしい。―――勿論口調も声色も抑揚のないものであるから、それを見抜ける人物は彼以外にはいないが。

そんな他愛もない会話を交わしながら、2人はブラブラと街中を歩き続ける。

そうして唐突に開けた場所に出たは、広場に作られた雪だるまを興味深そうに観察する。

先ほどから見ているの動作は、今までとは違い子供っぽく見える。

それはもしかするとが自分を戒める全てを解放したからなのかもしれないし、ジェイドの傍にいる事ができるという事に安心したからなのかもしれない。

『そんな子供、いやしねぇよ』

まだを引き取って間もない頃、ピオニーに言われた言葉が脳裏に甦る。

今ならば、そうなのだろうと納得できた。

手を煩わせない、良く出来た賢い子供など、いる筈がないのだ。

は自然とジェイドにそう思わせるほど、今まで耐えて来たのだと。

初めて見る自然体のを前に、ジェイドは緩く口角を上げた。

いささか不本意だけれど、ならば多少手を煩わされても構わないと思える事こそが、ジェイドにとっては意外なところなのかもしれない。

「・・・ジェイド」

先ほどまで興味深そうに雪だるまを眺めていたが、唐突に彼の名を呼んだ。

それに引かれるように視線を向けると、そこには真剣な表情をしたがいて。

ゆっくりと、ゆっくりと雪を踏みしめ歩み寄ったは、外気で冷たくなったジェイドのコートの裾を握り締め俯いた。

「・・・、どうしました?」

突然変わったの様子に優しくそう問い掛ければ、は意を決したようにゆっくりと顔を上げて。

「ジェイド。―――私はジェイドの傍にいたい。ずっと、ジェイドと一緒にいたい」

まるで懇願するように言い募るを真っ直ぐに見据えて、ジェイドは苦笑を漏らすと軽くの頭を叩いた。

「好きにしなさい」

一言、短く素っ気無く放たれた言葉に、しかしは安心したように頬を緩める。

「ありがとう、ジェイド」

そう言って。

仄かに頬を染め、はにかんだように控えめに、は笑った。

出逢ってから、9年と少し。

それはジェイドが初めて目にする、の笑顔らしい笑顔だった。

「ジェイド、大好き」

付け加えられた言葉に不本意ながら騒ぎ出した心臓に気付かぬふりをして、ジェイドはそれが当たり前だというようにやんわりと微笑む。

の言う『好き』は、おそらく自分の抱く『好き』とは違うものだろう。

それはという人間を一番よく知るジェイドには、容易く判断できる。

けれど彼女の中で一番存在が大きいのも自分だと解るから、今はそれでも構わないとジェイドは素直にそう思った。

焦る必要はない。

今までも、そうしてこれからも、は傍に変わらずいるのだから。

「・・・ええ、私もですよ・・・

だから今は全ての感情を隠して、ジェイドは柔らかくをその腕の中に閉じ込めた。

闇色に染まっていた空が、ゆっくりと柔らかな色へと変わっていく。

地平線から、今日もまた輝く太陽が昇っていく。

太陽に照らされ、光を反射する雪に囲まれて。

きっと、今日この日から、何かが変わるのだろうと漠然とした想いを抱く。

それは目には見えなくとも、言葉に出来なくても。

近いようで遠かった存在は、きっと今までにないほど傍にある筈だから。

ジェイドとの新しい関係は、ここから始まるのだろう。

 

そう、この夜が明けたら。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

これにて過去編終了です。

ジェイドはきっと賑やかなところよりも静かなところの方が好きだと思います。

そしてグランコクマに雪が降らないのかどうかは知りません。(おい)

とりあえずここでは『降らない』という事で。(じゃないと話がまとまらないので)

どんな終わり方だと恒例となった突っ込みをしつつも、今の私としてはこれでいっぱいいっぱいなので。

長々とお付き合いくださり、ありがとうございました。

作成日 2006.4.11

更新日 2008.8.20

 

 

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