軍基地本部に戻ったジェイドは、すぐに自分の部下を集め、捜索の指示を出していた。

残念ながら、犯人に心当たりはない。

というよりも、心当たりがありすぎて特定できないのだ。―――死霊使いジェイドに恨みを持つ者は、決して少なくない。

「・・・が誘拐されたんだって?」

騒がしい室内に、場違いなほど静かな声が響いた。

その声の主を見て、全員がピタリと動きを止め敬礼する。

マルクト帝国次期皇帝陛下であるピオニーの姿を目に映し、ジェイドは深くため息を吐き出した。

「申し訳ありませんが、今は貴方の相手をしている暇はありません」

「お前に話がある」

少し苛立ち混じりのジェイドの声にも動じず、ピオニーは実にマイペースにそう切り出した。

それにジェイドが眉を顰めるのも当然無視して、会議室内にいる全ての兵士に下がるように命じる。

シンと静まり返った会議室には、張り詰めた空気が流れていた。

 

伸べられた

 

「一体、どういうつもりですか?」

わざわざ自分が集めた部下たちを解散させ、そして自分が会議室を出て行かないよう扉の前に立ち塞がったピオニーを見据え、ジェイドは不機嫌そうに口を開いた。

この男の、こんな様は珍しい。

いつも余裕に溢れた態度と言動を心掛けているというのに、今ではその面影が微かに残る程度。―――それでは部下を騙せても、親友であるピオニーは騙せない。

「手紙にはなんて書いてあったんだ?」

「誘拐犯からの手紙ですか?それを聞いてどうするつもり・・・」

「いいから、答えろよ。手紙にはなんて書いてあったんだ?」

有無を言わさぬピオニーの強い声に、ジェイドは眉間の皺を更に深くさせて。

見たければ勝手に見れば良いと言わんばかりに、ポケットからぐちゃぐちゃに握り潰された犯人からの手紙を、乱暴な仕草でテーブルの上に投げた。

それに何を言うでもなく手を伸ばしたピオニーは、紙面に書かれている文字を無言で追い、そうしてため息を零す。

「娘は預かった。返して欲しければ、ジェイド=カーティス1人で来い・・・ね。なんともまぁ、直球というか文才がないというか」

「こんな馬鹿な連中にしてやられたかと思うと、虫唾が走りますね」

常に浮かべる笑みに冷たいものを乗せて、ジェイドは静かに微笑む。

はカーティス邸にいたんじゃなかったのか?」

「ええ、彼女は確かに屋敷の中にいましたよ。最後にメイドが確認した時は、中庭にいたそうです」

「んじゃ、誘拐犯はカーティス邸に忍び込み、あまつ気付かれないようを連れ去ったって事か」

ピオニーの納得したような声に、ジェイドは冷たい目で犯人からの手紙を見据える。

こんなにも簡単に侵入されるようでは、警備体制を見直す必要があるかもしれない。

寧ろカーティス邸に危険を承知で乗り込んでくるくらいなのだから、相当恨み辛みが溜まっているのだろう。―――生憎と、やはり心当たりが多すぎて特定出来なかったが。

そしてこれも承知しておかなければならない。

相手が何人いるのかも解らないけれど、カーティス邸に忍び込みを連れ去ってしまえるだけの実力が、犯人にはあるのだという事。

勿論今までは誘拐などとは無縁だったのだから、そういう意味での警戒はしていなかった事を差し引いて・・・だけれど。

「んで、お前はどうするつもりだ?」

「・・・どう、とは?」

「お前はどうやってを助け出すつもりなんだ?」

唐突に投げかけられた問いに、ジェイドは訝しげに問い返す。

どうやっても何も、通常通りに決まっている。

言葉にせずとも伝わったのか、ピオニーは小さく息を吐いて。

「犯人は、お前に1人で来るように・・・って言ってんだろ?」

「それを馬鹿正直に実行する必要がどこにあるのですか?現実的に考えれば、軍を動かして犯人を包囲した方が効率的・・・」

「軍を動かす事は許さん」

つらつらと言葉を並べるジェイドを遮って、ピオニーはたった一言・・・―――けれど強い声色でそう言った。

言われた言葉をすぐに理解したジェイドは、軽く目を見開いて。

「・・・では、は見殺しにすると?」

「んな訳ないだろう?お前が助けに行くんだよ。犯人の要求通り、1人でな」

「貴方という人は・・・。一体何を考えているのですか」

告げられた言葉に、ジェイドは呆れを全面に押し出しそう漏らす。

わざわざ犯人の要求に従う必要が、どこにあるというのか。

要はを助け出し、犯人を捕えれば良いだけの話。

それならば軍を使い、数の利に物を言わせるのが一番効率的だ。

そんな事、ピオニーが解っていない筈はないというのに。

はきっと、お前が1人で助けに来るなんて思ってないだろう。寧ろ、お前は助けになんか来ないと思っているかもしれない」

「・・・・・・」

「俺はに会った事はないが、もし俺がだったらそう思う。きっと、お前に期待なんてしないだろう」

投げかけられる辛辣な言葉に、しかしジェイドは何を言うわけでもなく。

否、返す言葉がないだけだ。―――自分がの立場でも、そう思ったのだろうから。

「だからこそ、お前は1人でを助けに行かなきゃならない。を拾ったのはお前だ。そしてその責任から目を逸らして来たつけが、今回返って来たに過ぎん。が誘拐されたのはお前のとばっちりを受けたからなんだろう?だったら今度こそ責任持って、お前が助け出して来い」

真剣な表情を浮かべるピオニーを前に、ジェイドは無言で彼を見返して。

そうして小さくため息を吐くと、やれやれと大袈裟に肩を竦めて見せた。

「まったく、私1人でなどと・・・人使いが荒いんですから」

そう言うや否や、いつも通りポケットに手を突っ込み、ピオニーの横を通って会議室のドアノブに手を掛ける。

「・・・行くのか?」

「ええ。こうなってしまった以上、野放しにするわけにも行きませんしね」

飄々と笑みを浮かべながらそう言ったジェイドは、大して急ぐでもなく会議室を後にする。

それを見送ったピオニーは、1人きりになってしまった会議室で先ほどのジェイドと同じようにやれやれと肩を竦めると、乱暴に椅子に腰掛けた。

「さぁてと。ああは言ったが・・・このまま放置しておくわけにもいかんだろ」

テーブルに頬杖をつき、ぼんやりと宙を見上げながら1人ごちる。

そうしてテーブルの上に放置されたままの犯人からの手紙を見詰め、これも良い機会なのかもしれないとそう思った。

ジェイドが向かったのだから、は無事に戻ってくるだろう。

これで2人の間の溝が埋まってくれれば、言う事ないんだがな。

心の中でそう呟き、ピオニーもまた次の行動に出るべく会議室を後にした。

 

 

閉じていた目を、ゆっくりと開く。

倉庫のような物置のような薄暗い部屋の中に、はいた。

両手両足を縛られ、椅子に括りつけられた状態で、しかし彼女は暴れる様子すら見せず、ただ静かにそこに座っている。

キィと扉の軋む音と共に、薄暗い室内に一筋の光が走った。

そちらに顔を向けると、自分を攫った顔を隠した男が1人、扉に寄りかかるようにして立っている。

「お嬢ちゃん、大人しいなぁ。普通、暴れたりするもんじゃないのか?」

「・・・・・・」

「自分の状況が解ってないわけでもないだろうに・・・。ま、こっちとしてはその方が好都合だが・・・」

そう言って小さく含むように笑った男から、は再び視線を何もない宙へと戻す。

確かに、今自分が置かれている状況を解っていないわけではない。

この男がジェイドに恨みを持っているという事も、彼らの話の断片から察せられた。

そうして、自分がその囮に使われているのだという事も。

「さ、時間だ。漸くあの死霊使いジェイドに一泡吹かせられるってな」

そう言って静かな足音を立てて歩み寄ってきた男を見上げて、無表情のままはポツリと呟いた。

「あなたたちの望んでいるようには、きっとならない」

「んな事ねぇさ。あの死霊使いがわざわざ引き取ったんだ。助けに来ないわけがないだろう?」

「・・・・・・」

男の問い掛けには答えず、は視線を床に落として眉を寄せる。

ジェイドはきっと、自分を助けになど来ないだろう。

もし呼び出しに応じて姿を現したのだとしても、それは決して自分を助ける為ではない。

自分の管理する領域内で、をむざむざ攫われてしまったのだ。―――もし来るのだとしたら、目的はその汚名の返上だ。

決して自分は人質には成り得ないと、は知っている。

ジェイドにとって、そこまで価値のある人間ではない。

だから言ったのだ。―――望んでいるようにはならないだろう、と。

「さ、そろそろ行かないと時間に遅れちまう。お嬢ちゃんも、抵抗しようなんて思わない事だな」

椅子に括りつけられていたロープを解かれ、手や足を縛られていたロープさえも解かれたは、男に促されるまま暗い部屋から出る。

無用心にも、再び縛られる様子はなかった。

それはに、逃げる気配が全くなかったからかもしれない。

そのまま数人の男に連れられるようにして、は人形のように無言で足を進めた。

そうして連れて来られた場所は、薄暗い森の中。

この森がどこに位置するものなのかは、には解らない。

ただ夜の森は暗く静かで・・・けれど時折聞こえてくる鳥なのか魔物なのか解らない奇妙な動物の鳴き声が、この上なく不気味さを演出していた。

男に取り囲まれるように立ち、は視界の中で唯一開けた空を見上げる。

月はかなり高いところで輝いていた。

ここは一体、どこなのだろう。

決して声には出さないが、心の中で疑問を浮かべる。

にとっては、初めて見る外の世界。

記憶の中にあるのは、自分が住んでいたカーティス邸の光景と、時折ジェイドに連れられて出たグランコクマの商店街の光景ばかり。

写真などで見た事はあったけれど・・・―――森という所はこんなにも木が沢山生えているものなのだと、はやけに感心していた。

「お、来たようだな」

男の小さな呟きに、はハッと我に返る。

釣られて男の視線の先を見据えると、木々の間から青い軍服を着た男がこちらへと歩いてくるのが見えた。

「・・・ジェイド」

のその小さな呟きを拾ったのか、ジェイドは男たちと一定の距離を保ち立ち止まると、この場にはそぐわない穏やかな笑みを浮かべる。

「やー、まさかこんな所に呼び出されるとは、思ってもいませんでしたよ」

場違いなほど明るい声に、男たちの表情が険しくなっていく。

「お前・・・俺たちの事、馬鹿にしてんのか?」

「ええ、そのつもりですが。安心しました、嫌味を理解できるくらいの脳は持っているようで」

「てめぇ!」

男たちの唸るような声に、ジェイドは変わらず笑みを浮かべて。

そうしてこんな状況にも関わらず、全く怯えた様子なく自分を見据えるの姿を目に映し、ほうと軽く片眉を上げた。

の事だから、怯えたり泣いたりしている姿など想像も出来なかったのだが、やはりは誘拐されてもらしい。

大人でも誘拐などされ命の危険を覚えれば怯えるのが普通だというのに、軍人でも何でもない彼女は、常と変わらない様子で佇むのみ。

「忠告しておきましょう。今すぐ彼女を解放し、速やかに投降なさい。今ならばまだ罪が軽くて済みます」

「ふざけるな!こんな事を仕出かした時点で、既に覚悟は決めてるんだよ!」

「おやおや」

ジェイドの投降を勧める冷静な声に、しかし男は吐き出すようにそう怒声を飛ばす。

それに楽しそうに眉を上げたジェイドの前に、1人に男が歩み出た。

先ほどから怒声を飛ばす男たちとは違う雰囲気。―――おそらくはこの集団のリーダーだろう男は、ジェイドに負けるとも劣らない冷静さで以って口を開いた。

「あの子の命が惜しければ、あんたには大人しくしていてもらおうか」

「ずいぶんとありがちな台詞ですねぇ」

「まったくだ。だが、効果的ではある」

ジェイドの挑発にも乗らず、男は唯一露出している目を薄く細める。

「ほう、それは面白い。彼女の為に、私が自分自身を犠牲にすると?この私が、本当にそれをするとお思いですか?」

「じゃあ、あんたはどうしてここに来た?」

男の言葉に、ジェイドはピタリと動きを止めた。

それに構わず、男は更に言葉を続ける。

「あの子を助けるつもりがないのなら、危険を承知の上でどうしてあんたはここに来た?それも律儀に俺たちの要求通り、1人で」

「・・・・・・」

「予想外といえば予想外だったよ。あんたは絶対に、部下を引き連れて来るだろうと思ってたからな」

本当はそうするつもりだったのだと心の中だけで反論し、しかしジェイドはそれを悟らせる事ない完璧な笑みを浮かべ続ける。

しかし男はそれに気分を害する様子もなく、軽く肩を竦めて見せただけだった。

「実際この子が人質としての役割を果たしてなくても、俺たちは別に構わない。死霊使いが子供を気に掛けるなんて、初めて聞いた時は俺たちだって信じられなかったしな」

「・・・・・・」

「ただ、あんたが俺たちの要求に従わないというのなら、残念だがこの子の人生はここで終わりだ。たとえそれで俺たちの人生もが終わったとしても、自ら引き取った子供を見捨てたって言う汚名があんたとカーティス家に塗られるんならそれで構わないさ。元より、俺たちはそう多くは望んでないんだ。でもなぁ・・・」

男の目が、至極楽しそうに光を放った。

「あんた・・・実は物凄く怒ってるだろう?隠しても無駄だぜ、死霊使いジェイド。今のあんたの目には、いつもの冷静さが欠けてるからな」

それが解るくらい、俺はあんたを観察していたんだよ。

そう続ける男に向かい、ジェイドは浮かべていた笑みを消して静かに眼鏡を押し上げた。

「男にストーカー行為を働くなど、本当に虫唾が走ります」

「それはどうも。あんたが不愉快に思ったのなら、俺にとっては大成功だ」

言葉通り素直に喜んでいるだろう男の声を耳に、ジェイドは眼鏡を押し上げた手を重力に任せてそのまま下へと落とし、人を射殺せそうなほど鋭い眼差しで男を見据えた。

ゾクリ、と背筋に悪寒が走る。

自分たちが相手にしている男が誰なのか、判っていなかったわけではない。

ただ、ここまで彼の冷静さを奪ってしまえた事に、男は素直に驚いていた。

「では、始めましょうか。何時までも無駄な時間を過ごすつもりはないのでね」

そう言うや否や、何時の間に唱えていたのか、ジェイドは素早く譜術を発動させる。

突然襲い掛かる強烈な風に、男たちは一瞬にして吹き飛ばされた。

「・・・さすが」

「もう一度言いましょうか?素直に投降なさい、と」

「結構だ。その気は全くないんでね」

男は言い終わると同時に、腰に差していた剣を抜きジェイドに向かい振り下ろした。

それを出現させた槍で難なく受け止めたジェイドは、冷たい目で男を見下ろす。

「・・・ふむ。見覚えがありませんね」

「だろうな。あんたはいちいち、俺たちみたいな雑魚の顔なんて覚えないだろう?」

「無駄な事は記憶に残す意味がないでしょう」

「だが、その無駄な事に今振り回されてるなんて、皮肉なもんだよなぁ!!」

唸り声と共に更に加えられた力にジェイドは一歩後退するが、すぐさま力を入れ返し自分よりも小柄な男を吹き飛ばした。

自分の傍に転がって来た男を、この状況になってもピクリとも動かなかったは無表情のまま見下ろす。

最初に放たれた譜術での周りにいた男たちは全て吹き飛ばされ、事実上は自由となった。

腕を縛る拘束もなく、行動を制する人の壁もなく。

譜術によって吹き飛ばされた男たちは、それだけでかなりの痛手を負ったらしく、未だ立ち上がる様子すら見せない。

逃げればいい、とは思う。

ここにいては危険なのだ。―――今すぐ安全な場所へ逃げるべきだ。

そう解っているのに、はその場から一歩も動かない。

こんな状況になって、は漸く理解したのだ。―――恐怖という感情を。

これが、恐怖。

心臓が通常よりも早く脈打ち、何故か身体が強張って動いてくれない。

怖い、と素直にそう思った。

それはこの戦いに関してなのか、それとも身の危険を感じてなのか。―――それは自身にも解らなかったけれど。

、こちらへ来なさい」

呆然と倒れた男を見下ろすに、静かな声が掛けられた。

弾かれたように顔を上げると、そこには自分に向かい手を伸ばすジェイドの姿が。

その表情には、先ほどの冷たさはない。

あの鋭い、恐ろしいほど綺麗な赤い瞳も、今は落ち着いた光を放っている。

しかし、は動かなかった。

自分は、果たしてジェイドの元に戻るべきなのだろうか。

自分という存在が、どれほど彼の負担になっているか・・・それを今回の事件で、は思い知った。

そうして自身も、再びあの広く綺麗な・・・けれどとても寂しい屋敷に戻る事を、どうしても望む事が出来なかった。

世界はこんなにも美しく、そして広いというのに。

これでは何も変わらない。

場所が違うだけで、現状は何も・・・。

再び名が呼ばれ、はハッと我に返った。

「・・・わたし、今」

なんて?

自分自身の思考に、は愕然とする。

今、自分は、何を思ったのだろうか。

体中に冷たい何かが走る感覚を覚え、自然に任せてブルリと身体を震えさせる。

「・・・行かせる・・・かよっ!」

その瞬間、腕を掴まれた力強い手の感触に、は思わず息を呑んだ。

異質な音を立てて、空気が振動する。

空間が歪む。

湧き上がる不安と恐怖に混乱し、はきつく目を閉じ身体を強張らせた。

 

 

目の前で起きた惨状に、ジェイドはただ目を見開き立ち尽くした。

木々のざわめきも、魔物の鳴き声すらも聞こえない、完璧な静寂が広がる。

焼き払われたのでもなく、まさに言葉通り消えてしまったかつて森と呼ばれていたその場所は、今では平原と何ら変わらない光景と代わっていた。

「・・・これは、一体」

呆然と呟き、そして漸くその頃になって、ジェイドは自分の身体を包む淡い白の光に気付いた。

それは彼がを発見した時に見た光とよく似ている。―――その原因を探る前に、光は空気に溶けるようにして消えて行った。

「・・・わたし」

不意に小さな呟きが聞こえ顔を上げると、呆然と立ち尽くしていたが崩れるようにしてその場に座り込む。

超振動。

先ほどの出来事は、その現象に非常に酷似している。

けれどただの超振動で森1つが消えるはずもない。―――自分の身体を包み込んでいた白い光といい、別の力が作用している事は明白だった。

そしてその白い光のおかげで、この惨劇に巻き込まれずに済んだのだという事も。

これは、彼女がやったのだろうか。

ゆっくりと辺りを見回せば、自分を呼び出した・・・を誘拐したリーダー格の男もジェイドと同じく無事なようで、けれど意識を失っているらしく地面に転がっていた。

最初に吹き飛ばした男たちの姿がない事から、彼の他の仲間たちは先ほどの超振動に酷似した力に巻き込まれ消えてしまったのだろう。

「カーティス中佐!」

あまりの非常識ぶりに動くに動けなかったジェイドに、上ずった声が掛けられた。

振り返ると、そこには自分の部下たちの姿。

「・・・何故、ここに?」

「はっ!ピオニー様から、中佐の援護に向かうようにと」

伝えられる部下の言葉に、ジェイドは舌打ちをしたい気分になった。

ピオニーの性格は十分に理解しているつもりだ。―――それなのにこの状況を予測できなかったのは、それだけ自分の頭に血が上っていたという事。

ジェイドはまず自分自身を落ち着けるように深く息を吐き出して、そして駆けつけた部下たちに誘拐犯の輸送を命じる。

途端に騒がしさを増した現場で、ジェイドは未だに座り込んだまま動かないを見据え、ゆっくりとした足取りで彼女の元へ歩み寄った。

「・・・

静かな声色で声を掛けると、ピクリと小さな肩が揺れる。

そうしてゆっくりと上げられた顔には、今にも泣き出しそうなそんな表情が。

のこんな表情など初めて見たとぼんやりと思いながら、地面に膝を付き少女の目線と己の目線を合わせた。

「・・・怪我は?」

「・・・・・・」

「身体の異変はありませんか?」

「・・・・・・」

問い掛けても返事は返って来ない。

ただ無言で、じっとジェイドを凝視するだけ。

今は闇のような瞳の中の光が、ユラリと揺らいだ気がした。

「・・・?」

もう一度名前を呼んでやると、は応えるようにゆっくりと瞬きをして。

そうしてその小さな手を、遠慮がちにジェイドへと伸ばす。

目に見えるほどの震えを乗せた手が、ジェイドへと伸ばされる。

それを無言で受け止めて力強く握り締めてやると、は安心したように眉間の皺を緩め、倒れこむようにジェイドの身体に身を預けた。

微かに震える身体。

きっとこの聡明な少女は、自分がした事の全てを理解しているのだろう。

「・・・ジェイド、ジェイド」

「もう、大丈夫ですよ」

うわ言のように自分の名前を呼ぶ少女を優しく抱きしめ、宥めるようにそう呟く。

漆黒の長い髪を梳いてやれば、身体の震えは少しづつ収まっていく。

「・・・すみませんでした」

聞き取れるか聞き取れないかの小さな声で謝罪を告げれば、腕の中の少女は無言でフルフルと首を横に振る。

それを見たジェイドは思わずため息を零し、そうして再び少女の髪を梳く。

気が緩んだのか、ジェイドは何時しか気を失ってしまった少女を抱き上げて。

この小さな存在を。

人形のようでいて、けれどしっかりと人間らしさも持っているこのアンバランスな少女を。

守ってやらなければという感情が、自然とジェイドの心の中に湧き上がっていた。

それは彼にとって、生まれて初めて抱く感情だった。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

とりあえず勢いに乗って突き進め!感がそこはかとなく漂っていますが。

もう、この展開ってどうよ?なんて突っ込みすら今更過ぎて。

相変わらず陛下なんだか陛下じゃないんだかって人が出張っています。(寧ろ彼がいないと話進まないんじゃ・・・みたいな)

ジェイドがホド戦争を経て、いつの間にか中佐に昇格してますが、その辺はスルーの方向で・・・(何時頃大佐に昇格させれば良いのか・・・)

一応話しの元ネタ(ネタ?)は、アビスソング・BUMPOFCHIKENのカルマと一緒に入っている曲から。

なんかもう、面影すらないというか・・・もしくはそのまんまか。(どっちだ)

作成日 2006.2.10

更新日 2007.12.30

 

 

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