「もう、怖がらなくてもいいですから・・・」

ぼんやりとした思考の中、優しい声が脳裏に響く。

自分を抱きとめる腕が、髪を梳く手が、とても優しかった。

生まれて初めて得たような気がする優しい温もりが、酷く心地良かった。

だからは、自分の全てをその男へと委ねる。

出会ってから初めて聞いた、労わるような優しい声。

ジェイドの綺麗な赤い瞳は、初めてしっかりと自分を映しているような気がした。

だから、は―――。

「・・・ジェイド」

自分を包み込む男の名を呼んで。

記憶を失ってから初めて、彼女は安らかな眠りに落ちた。

 

される才能

 

誘拐事件を経て、更に山積みになった書類を黙々と片付けていたジェイドは、ふと視線を上げてその場にいるもう1人の人物の様子を窺った。

本来ならばこの場にはいないはずのその人物は、ジェイドの言い付け通り大人しくソファーに座って本を読んでいる。

あの事件の後、ジェイドとの溝は急速に狭まって行った。

同じ屋敷に住んでいても深く関わろうとせず、またちゃんと向かい合っていなかったジェイドは、あの事件と癪ではあるがピオニーの言葉によって、という存在を自分の中で認めた。

それからというもの、もそれを感覚として感じ取っているのか、今までの遠慮がちな態度とは一変して、ジェイドに甘えるようになったのだ。―――とは言っても、やはり世間一般で言う子供の甘え方とは多少異なっているのだが。

今までジェイドに対し何を望むわけでもなかっただが、最近では少しの我が侭を言う事も覚えたらしい。

その我が侭も他愛無いことばかりで・・・その上滅多に我が侭を口にする事がない為、ジェイドとしても拒否するのは躊躇われた。

それが、今がジェイドの執務室にいる最大の理由なのだけれど。

あの事件以降、は屋敷に残る事を嫌がるようになった。

それが誘拐されたという恐怖から来るものなのか、それとも以前からそう思っていた事なのかは解らないが、は出勤する為玄関に向かったジェイドの軍服の裾を握り締め、頑なにそれを離そうとはしなかった。

離すよう言い聞かせても、無言で首を横に振るばかり。

そうこうしている内に出勤の時刻も迫り、とうとうジェイドが折れる形となったのだ。

「・・・勝手になさい」

最後の悪あがきとばかりに少々冷たくそう言い放つも、はそれに気付いていないのか、パッと顔を上げるとほんの微かに微笑む。

最近になって少しだけ表情が豊かになってきた少女を目に、ジェイドは諦めのため息を吐き出す他なかったのだ。

勿論軍本部に子供を連れて行くなどもっての外だ。

おそらくは入り口で止められるだろうと踏み、そうなれば兵士の誰かにでも屋敷に送らせれば良いとさえ思っていたのに。

現実はジェイドの期待をあっさりと裏切った。

明らかに関係者ではない子供がジェイドの後を付いて軍本部に入ろうとするのを、通りすがりの兵士はおろか、見張りの兵士とて止める気配はない。

そこに何らかの策謀を感じつつも、この時になって漸くジェイドは諦めたのだ。

ジェイドの視線に気付いたのか、が本から顔を上げる。

そうして不思議そうな表情を浮かべるを見詰め、ジェイドは再びため息を吐き出すと、何を言うでもなく書類処理に戻った。

自分らしくない、とそう思う。

こんな子供1人に振り回され、なのに切り捨てる事さえも出来ないなんて。

不本意な事には違いないのに、甘んじてそれを受け入れてしまっているなんて。

思えば自分らしくない行動は、彼女と出逢った時から始まっていたのだ。

見知らぬ子供を引き取る事も。

そんな子供の為に、仕事を切り上げて屋敷に戻っていた事も。

ピオニーに言われたからといって、たった1人で彼女を救いに行った事も。

その原因がである事は明白なのに、その理由が解らない。

出逢って、1年。

その間、戦争中ということもあり忙しかったジェイドは、毎日彼女と顔を合わせていたわけでも、だからといって密度の濃い時間を過ごしていたわけでもないというのに。

それなのに、傍にいる事に何の違和感も感じていない理由も。

。さっきから何を熱心に読んでいるのですか?」

仕事の手を止めず、また書類から顔を上げる事もなく、ジェイドは静かな声で問い掛けた。

それには、再び本から顔を上げて。

「えと・・・バルフォア博士っていう人の本」

「・・・・・・面白いですか?」

「うん、おもしろい」

即答したをチラリと見上げ、ジェイドはそうですかと気のない返事を返す。

彼女が自分の書いた本の内容を理解しているとは思えない。―――おそらくはただ文字を読んでいるだけなのだろう。

だとしても根気強く意味の解らない本を読み続けていられるに、半ば感心したように小さく声を上げた。

屋敷にいる事を嫌がった

場所を移しただけで、ここにいたとてには退屈だろうに。

それでも気配で楽しげなのは感じ取れ、また仕事の邪魔をする訳でもない為、ジェイドはそれ以上何を言う事もなく、今度こそ書類整理に神経を集中させた。

 

 

「よ〜お、ジェイド。元気か〜?」

唐突に室内に響いた陽気な声に、ジェイドは深くため息を吐き出し、指をこめかみに押し当てた。

「・・・またいらっしゃったんですか。良いですねぇ、貴方はお暇そうで。羨ましい限りですよ」

「そうだろう、そうだろう。書類に埋もれてるジェイドくん」

丁寧な言葉遣いではあるが嫌味満載のジェイドの言葉にも、部屋に乱入してきたピオニーは気にした様子もなく陽気にそう返す。

通じないと解っていてもこうして嫌味を言ってしまうのは、もう意地としか言いようがない。―――そうでもしないと、ストレスが溜まる一方だ。

ジェイドの嫌味を笑顔で流したピオニーは、最早所定の位置となったソファーへ乱暴に腰を下ろす。

そうしておもむろにキョロキョロと室内を見回すと、眉間に皺を寄せてジェイドを睨みつけた。

「おい、はどこ行った?」

「・・・何故、がここにいると?」

「決まってんだろ。そういう報告を受けたからだよ。ちゃ〜んと問題なく軍本部に入れただろう?」

得意げにそうのたまうピオニーに、ジェイドは呆れた視線を投げる。

やはり貴方の仕業だったのか・・・と心の中でぼやき、頭痛がするとでも言うように左手で額を押さえた。

「貴方は・・・一体何を考えて・・・」

「良いじゃねーか。俺だってに会ってみたいしな。それでは・・・」

ならここにいませんよ」

豪快に笑い再び室内を見回し始めたピオニーに向かい、ジェイドは冷たくそう返す。

それにすぐ不満そうな表情を浮かべると、どこ行ったんだと問い掛けた。

は今、休憩中の兵士と鬼ごっこをしています」

「鬼ごっこ?」

「気を利かせた部下たちが、彼女の様子を見に来たんですよ。それでありがたい事に彼らがの世話を買って出てくれたという事です」

ジェイドの口から飛び出た意外な言葉に、ピオニーは目を丸くする。

しかし付け加えられた経緯になるほどと相槌を打ち、そうしてにやりと口角を上げた。

「んで、お前は機嫌悪いって訳か。取られちまって・・・」

「なんですか、それは。馬鹿馬鹿しい・・・」

「お前も案外可愛いところがあったんだな」

すぐさま否定するジェイドなど構わず、ピオニーは至極嬉しそうに呟きながら頷く。

違うと言っているのにと言っても聞き入れてもらえない事は、現在の楽しそうな彼の様子から見て明白だった。

「でもまさか、お前がを軍本部に連れてくるとはなぁ・・・。俺も聞いた時は思わず耳を疑ったよ」

一通り笑い終えたピオニーは、唐突にそう話を切り出す。

おそらくはその話をしに来たのだろうと察したジェイドは、右手に持っていたペンを机の上に転がし、椅子の背もたれに寄りかかって諦めたようにため息を零した。

「連れて来たのではありません。彼女が勝手について来たんですよ」

「それでもお前はそれを拒否しなかったんだろう?お前なら、子供1人ぐらい諦めさせるなんてのは朝飯前だろうからな。それもきっと凄く手酷いやり方で」

ジェイドの鬼畜野郎とありもしない出来事を想像し非難するピオニーを、ジェイドは冷たい目で眺めて。

けれどおそらくはそうだろうと自覚しているだけに、返す言葉もなかった。

本来ならばそうしていた筈だというのに・・・―――ここでも自分らしくない行動に、不可解な苛立ちのようなものが沸き上がる。

だがそれもを前にすれば消えてしまうのだから、もうどうしようもない。

「おまけに研究室の入室まで許したそうじゃないか。・・・あのお前がねぇ・・・」

「・・・ですから、先ほども言ったように、連れて行ったのではなく着いて来たのですよ」

足掻きとばかりにそう言うが、やはりというか何と言うかあっさりと無視され、更にジェイドのストレスは溜まっていく。

「それにしても・・・折角会いに来たってのに留守とは。ついてねぇなぁ」

「・・・そうですね」

コロコロと変わる話題に、ジェイドは力無く相槌を打つ。

マイペースにも程がある。

そういえば昔からそうだった・・・と蓄積されていく疲労を思い、再びため息を吐いた。

「う〜ん・・・。どこら辺で鬼ごっこしてるか、お前知らねぇか?」

「知りませんよ。鬼ごっこというくらいなのですから、本部全域に及んでいるのでは?」

まぁ、立ち入り禁止区域内は別として。

「ただ彼女の事ですから、迷子になっていない事を願うばかりですね」

そう返事を返すと、ピオニーは来た時同様勢い良く立ち上がり。

「そうか。俺も久しぶりに鬼ごっこに参加してみるか」

やけに乗り気でそう笑うと、有言実行とばかりに執務室を出て行く。

「貴方もサボってばかりいないで、仕事をしてください」

去り行く背中にそう言葉を投げかけるが、解ってるって!というなんとも嘘臭い返事を残し、ピオニーは慌ただしく執務室を去って行った。

急激に静けさを取り戻した室内で1人、ジェイドはもう一度手を額に押し付けて。

一体何をしに来たのだと、今はいない彼へとそうぼやく。―――それでも手早く片付いた仕事の邪魔をする厄介者に、それ以上の文句を口に出す事はなく。

問題は、1人になった事により仕事が捗るのを喜ぶべきなのか、それとも仕事をサボった次期皇帝の尻拭いをさせられるだろう事を悲しむべきなのか。

悩むところでは、あったのだけれど。

 

 

一方、休憩中の兵士たちと共に鬼ごっこをしていたは、ジェイドの心配通り、やはり迷子になっていた。

ジェイドに付いて軍本部に来るようになってから、まだ日も浅い

ただでさえ複雑な作りになっている軍本部内で、彼の言うところの『壊滅的な方向音痴』であるが迷わないわけがなかった。

それでも自分と鬼ごっこをしている兵士たちの姿がちらほらとあったのだけれど、残念ながらこんな時に限って廊下には誰の姿もなかった。

追いかけて来る鬼から逃げ回っていたは、漸く逃げられたと思ったその時、ふと我に返る。

「・・・ここ、どこ?」

キョロキョロと辺りを見回すも、見知った場所はどこにもない。

寧ろ延々と似たような光景が広がっている。―――これではどうやってジェイドの執務室へ戻れば良いのだろう。

しかしは慌てる事も泣く事もなく、少しだけ考え込んだ後、唐突にその場に座り込んだ。

何時までもが戻ってこなければ、きっとジェイドが捜しに来るだろう。

迷惑を掛けてしまう事は本位ではないが、自分がウロウロと歩き回るよりは確実な方法だろう。―――は自分の方向音痴を痛いほど理解していた。

もしかしたらその内鬼がやってくるかもしれないと、座り込みぼんやりと床を見詰めていたの上から、ふと黒い影が落とされる。

その突然さに、はゆっくりと顔を上げた。

全く気配を感じなかった。―――この堅い廊下で、足音さえもなく。

「なんだ、お嬢ちゃん。迷子か?」

照明の光の加減か、下から見上げる形となっているには、その人物の顔がよく見えない。―――けれどその声の主が、男性である事だけは理解できた。

「うん。私、迷子」

コクリと頷き、言葉少なにそう答えると、男は勢い良く噴出し腹を抱えて笑い出した。

そんな可笑しな事を言っただろうかと首を傾げるを他所に、男は何とか込み上げる笑いを堪えながら、息も絶え絶えに口を開く。

「・・・自分から迷子だって申告する奴なんて、初めて見た」

「そうか」

珍しい物でも見るかのように自分を見下ろす男に向かい返事を返すと、男はと同じように屈み、床に座る彼女の顔を覗き見る。

この時初めて、は男をしっかりと目に映した。

緑色の短い髪に、真っ黒の瞳。

軍服を着ている事から、おそらくは軍人なのだろうと思う。

「お嬢ちゃん、カーティス中佐のとこの子だろ?」

「ジェイドの事、知ってるの?」

「そりゃ、軍関係者の中で死霊使いジェイドを知らない奴なんていないと思うぜ」

未だにくつくつと喉を鳴らしながら笑う男を見返しながら、はやはりジェイドは凄い人間なんだと感心していた。

そんなを見詰めて、男は軽く彼女の頭を撫でると、ゆっくりと立ち上がる。

その際の手を引いて・・・―――引かれるままに起こされたは、自分よりも遥かに高い男の顔を見上げた。

もしかしたらジェイドと同じくらい高いかもしれない。

「カーティス中佐の執務室に戻りたいんなら、そこの階段を降りて右に曲がった先を真っ直ぐ行けば良い。そしたら戻れるさ」

「・・・ありがとう」

「どういたしまして。・・・っと、いけね。陛下に報告に行く途中だった」

廊下の向こうから、おそらくは彼を呼ぶだろう声が聞こえて来て、男は慌てたように踵を返す。

しかしふと何かを思いついたように振り返ると、にっこりと綺麗に微笑んだ。

「お嬢ちゃん、名前は?」

。ジェイドがつけてくれた」

、か。良い名だ」

満足げに微笑み、再びの頭を撫でる。

中将!と廊下の向こうの声は、心なしか先ほどよりも切羽詰っているように聞こえた。

「じゃあな!また縁があったら会おうぜ!」

「・・・さよなら」

そう言い残し、現れた時と同じように唐突にその場から去って行った男の後ろ姿を見送り、は別れの言葉を返し小さく首を傾げる。

親切な人だった、と素直にそう思った。

「・・・そういえば、あの人の名前聞いてない」

人に親切にしてもらった時は、ちゃんとお礼をしなければいけませんよ・・・というメイド頭の言葉が脳裏に甦ったが、もうどうしようもない。

きっと彼の言う通り、縁があればまた会えるだろうと楽観的にもそう思った。

「あ!ちゃん、発見!!」

ぼんやりと男の去った方向を見詰めていたは、唐突に背後から掛けられた声に弾かれたように振り返る。

そこには自分を追いかけていた鬼が、嬉しそうな笑みを浮かべて立っていた。

「皆の者、出会え!ちゃんを発見したぞ!!」

鬼のその声に、ドタドタとあちこちから走る音が聞こえて来る。

は捕まらないようにと、男のいる方とは違う方向へと駆け出す。

「階段を降りて、右」

ぶつぶつとジェイドの執務室があるだろう場所を反芻しながら、待て〜と背後から掛かる声をそのままに、は勢い良く階段を駆け下りた。

 

 

バタン、と勢い良く開かれたドアに、ジェイドは重いため息を吐き出した。

またピオニーが戻って来たのかと思い視線を向けると、そこには慌てた様子のが立っている。―――勿論表情は変わっていないので、あくまでも雰囲気であるが。

「ジェイド、隠して」

そう言うや否や、ジェイドの返事も待たず、はジェイドの座る立派な机の下に身を滑り込ませた。

まだ身体の小さいだから良いようなものの、邪魔である事に変わりはない。

「一体どうしたんです、

「・・・・・・」

問い掛けても返事は返って来ない。―――それにもう一度同じ質問をしようと口を開いたその時、何人かの兵士が遠慮がちに執務室に姿を見せた。

「あの・・・中佐」

「・・・揃いも揃ってどうしました?」

「いえ、ちゃんがここに来ていないかと・・・」

遠慮がちに兵士の口から飛び出した言葉に、ジェイドは表情を変える事無くなるほどと納得した。

彼らはと鬼ごっこをしていた兵士たちだ。

あれから数時間も経っているというのに、どうやら鬼ごっこはまだ続いていたようだ。

よく見れば、その全員が全員、疲れたように息を乱している。

対するは全く疲れた様子もないまま。―――ケロリとした表情で、ジェイドの足元で息を潜めていた。

一体何をしているのだか・・・と、もう一度ため息を吐き出す。

いくら遊んでいる最中の子供の体力が凄まじいとは言っても、仮にもここにいるのは軍に志願した立派な兵士なのだというのに。―――これだけの時間を掛けて、これだけの体力を消耗して、地の利は兵士たちにあるだろうに、それでも子供1人捕まえられないとは。

兵士の訓練内容を見直した方が良いかもしれないと、ジェイドは涼しい顔の下でそんな事を思う。

「鬼ごっこはもう結構ですから、貴方たちは自分の仕事に戻りなさい」

「は・・・はい。ですが、あの子をこのまま放っておくのは・・・」

は私が連れ戻しておきます。貴方たちにも仕事があるのでしょう?」

色々と言いたい事はあるが、それでも彼らがの面倒を見てくれていた事に変わりはない。―――そのお陰で、ジェイドの仕事が捗ったという事実も。

確かにだけがここにいるのなら何の問題もないが、彼女があのまま執務室にいれば、遭遇したピオニーと一騒ぎあったのだろうから。

だから仕方ないとばかりに小言は飲み込んで、兵士たちに仕事に戻るよう促す。

の保護者であり、彼らの上司であるジェイドの言葉に兵士たちが逆らう筈もなく、今度こそしっかりと解りましたと返事を返して、兵士たちはジェイドの執務室を出て行った。

「さて、。もうそろそろ出て来てくれませんか?」

いい加減狭いんですよ、と長身のジェイドは窮屈そうに机の下を覗き込む。

すると机の下に潜りこんだ張本人のは、隠れている事など頭にないのか、すっかりと安心しきった様子で安らかな寝息を立てていた。

道理で静かだった筈だとため息混じりに吐き出し、椅子を引いて机の下に手を差し伸べると、その軽い身体をゆっくりと起こさないよう抱き上げる。

そのまま続き部屋になっているジェイドの仮眠室へと足を向けると、ベットの上にゆっくりと下ろし、上から毛布を掛けてやった。

どうやら深い眠りらしく、意外と警戒心の強いは起きる気配がない。

それとも運んだのがジェイドだからなのだろうか?―――それはジェイド本人には解らなかったけれど。

起きる様子のないを寝かせたまま、ジェイドは再び執務室へと戻る。

そうして椅子に腰を下ろし、机の端に揃えられてある書類を手に取った。

が戻って来た時に話をしようと思っていたのだけれど。

そう考えながら広げた書類には、様々な手続きに必要なものばかり。

軍本部への出入りを許可するものや、同じくジェイドの研究室への入室を許可するもの。

まぁ、これらはこの国の皇太子であるピオニー直々に認められているのだから、さほど問題はないだろうが。

そうしてもう1つ。

それは彼女自身の訓練に関するもの。

の教育について、マルクト軍参謀総長直々の申し出。

ゼーゼマン参謀総長が、先ごろ起こった誘拐事件の顛末を聞き、話の内容から彼女の素質を見抜き、自らの手で指導したいと言い出したのだ。

一介の兵士からすれば、身に余る光栄だろう。

それを受けるのがまだ幼いだというのだから・・・―――ただでさえ書類上では無許可で軍本部をうろついているに、余計なやっかみを抱く者も出て来るに違いない。

それでもジェイドとしては、ゼーゼマンの申し出は素直にありがたかった。

あの光景に居合わせた者として、の譜術士としての素質は目を見張るものがある。

しっかりと訓練すれば、これ以上ないほど強い戦力となるだろう。

あの事件で発覚した彼女の第七音素の素養についても同様だ。

音素を操る訓練をし、制御出来るようにしておかないと、何時また暴走してしまうか解らない。―――あの時は偶然にも自分は助かったが、今度もそうだとは限らないのだから。

しかし今のジェイドに、の訓練に付き合ってやれるだけの暇はない。

それ以上に、彼は人に教える事が苦手だった。―――寧ろ、嫌いだと言っても良い。

ならば覚えが早そうだという事もあり、必要があればそれも仕方が無いとは思っていたが、自分以上にゼーゼマンは指導力に長けている。

日常生活に関しては自分が教えるにしても、譜術や武術に関してはそれを得意とする者に任せた方が効率が良い事は確かだ。

それをに説明しようと思っていたのだけれど・・・。

「ま、良いでしょう。その内起きてくるでしょうし・・・」

誰に言うでもなくポツリと呟いて、ジェイドは途中になったままの書類を片付けてしまう為、再びペンに手を伸ばした。

もう今日はこれ以上、邪魔が入らない事を祈りつつ。

夕陽の差し込む赤に染まった部屋の中で、ジェイドは山積みにされた書類に手を伸ばした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

絡みがあるようなないような、ジェイドと主人公。

寧ろ、陛下が無駄に出張り気味ですが・・・。

黙々と話を作成しつつ、ジェイドは押しに弱いと良い等と思ったり。

口ではなんだかんだ言いつつも、陛下と主人公に最後の最後で勝てないと尚良い。

というか、兵士と鬼ごっこって!(笑)それで良いのか、マルクト軍!みたいな。

何となくジェイドにしては嫌味が少なかったり振り回されすぎたりしていますが、そこはまだ彼も若いということで。(強引に)

一応、この時点で主人公9歳。ジェイド21歳くらいの設定なので。(微妙に犯罪臭い)

作成日 2006.2.13

更新日 2008.1.20

 

 

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