「良い物見せてやるから、明日時間が空いたら俺の部屋に来い」

昨日ジェイドの執務室に遊びに来たピオニーにそう言われ、は譜術の勉強を終えた後、言われるままにピオニーの私室へと向かった。

やけに嬉しそうに笑っていたピオニーの笑顔を思い浮かべ、一体何を見せてもらえるのだろうかとは足取りも軽くピオニーの部屋に辿り着くと、コンコンと控えめにノックをする。

すぐに中から既に顔なじみとなったメイドが顔を出し、軽く挨拶を交わしてから勝手知ったるなんとやらで奥の寝室へと向かった。

「よお、。来たな」

寝室に顔を出すと、相変わらず整理整頓という言葉からは縁遠いその部屋で、ピオニーと彼の愛するブウサギたちがを出迎える。

「ピオニー。良い物ってなに?何を見せてくれるの?」

余程楽しみにしていたのか、はピオニーの顔を見るや否や、瞳を輝かせてピオニーの服の裾を軽く引っ張った。

「おお、おお。よく聞いてくれた!お前に見せてやろうと思ってたのは、これだ!!」

そう言って目の前に突き出されたそれに、は更に目を輝かせた。

 

とてもく、されど

 

「こいつが昨日から新しく俺の元に来たブウサギだ。可愛いだろう?」

目の前に突きつけられたまだ小さい仔ブウサギを見詰めて、は瞳を輝かせながらコクコクとしきりに頷いてみせる。

ピオニーの手から受け取った仔ブウサギを抱いて、はそのプニプニした感触を確かめるように軽く指で突っつく。

まだまだ幼い鳴き声を上げた仔ブウサギに、は更に瞳を輝かせた。

「ちなみに、名前はだ」

そんなの様子を満足げに見詰めていたピオニーは、ふと思い出したようにサラリと爆弾発言をする。

しかしはそれに対してただ小さく首を傾げるだけで。

「・・・?私と同じ名前」

「ああ、そうだ。嬉しいだろう?」

「うん、嬉しい」

微かに頬を緩めて、コクリと1つ頷く。

本当にその意味が解っているのかと問い掛けたくなるほどあっさりとした返答。

ペットに自分の名前が付けられる事に何の抵抗もないのか、は気にした様子もなく抱いた仔ブウサギを飽きる事無く撫でる。

ジェイドやサフィールにとっては、嫌がらせ以外の何者でもないのだが・・・。

しかしピオニーがそれを気にするわけもなく、誰の反対もないまま仔ブウサギにはという名前が付けられた。

一通り撫で終わったは、ブウサギを自分の腕から解放してやる。

するとブウサギは危なげに部屋の中を駆け、のんびりと昼寝を楽しむブウサギネフリーの元へと向かって行った。

「うん、やっぱりこの光景は癒されるなぁ。特にネフリーとがじゃれてる姿なんて・・・」

「どうした、ピオニー?」

嬉しそうな顔をしつつも、その表情の中に少しだけ物悲しさを認めて、は不思議そうに声を掛ける。―――しかしピオニーは何でもないとだけ答え、無造作に置かれてあるソファーに腰を下ろした。

それを何気なく見詰めて・・・しかし何となく見てはいけないような気がしたは、すぐに視線をブウサギたちに移す。

「・・・なあ、

鳴き声を上げながらそれぞれのんびりと時を過ごすブウサギを見詰めていたは、暫く後に掛けられたピオニーの声にゆっくりと振り返った。

しかしピオニーの視線は自分ではなく、ブウサギネフリーとブウサギへと向けられている。―――呼ばれたのは自分ではないと思ったは再び視線をブウサギたちへと戻したが、もう一度名前を呼ばれて再度振り返ると、今度はしっかりとピオニーの視線は自分へと注がれていた。

「どうした、ピオニー?」

「前々から、お前に聞こうと思ってた事があるんだが・・・」

ピオニーらしからぬ言い方に、は微かに首を傾げる。

いつだって自信満々に・・・悪く言えば人の都合などどこ吹く風で物事を進めているピオニーが、今は少しだけ言い辛そうに口を開く。

しかしいつもと変わらず、その眼差しだけはしっかりと相手へと注がれていた。

「お前、ジェイドの研究を手伝ってるそうだな」

先ほどまで浮かべていた笑みを消し、至極真面目な顔をするピオニーを見詰め返し、はただコクリと頷く。

「ジェイドの奴が何の研究をしてるか、お前は知ってるな?」

断定系の言葉に、やはりは頷くだけで答える。

こんなピオニーは、初めて見た。

はぼんやりとそんな事を思いながら、それきり口を閉ざしてしまったピオニーの代わりに慎重に言葉を選びながら話し出す。

「ジェイドは、フォミクリーの研究をしてる。それから、サフィールも」

「ああ、そうだ。そのフォミクリーが何をするものなのかも知ってるだろう?」

「知ってる」

「なら、そのフォミクリーを使って、ジェイドが何をしようとしているのかも?」

言われては口を噤んだ。

なぜならは知らないから。―――ジェイドがフォミクリーを使って、何をしようとしているのか。

黙り込んだで大体の事は察したのか、ピオニーは小さくため息を吐く。

ジェイドの事だから全てをに話しているとは思っていなかったが、やはり研究に参加させるだけさせておいて、肝心な事は知らせていないらしい。

否、それはそう簡単に話せる事ではないのだけれど。

そしてジェイドがにそれを話していない事が、ピオニーにとってはほんの少し安心を感じさせる。―――に話せないと思うほど、彼の立てた計画に彼自身が疑問を抱き始めているように感じられたからだ。

「ま、俺から話すのは筋違いだから詳しくは言わないが、あいつはその技術を使って、ある人物を甦らせようとしてるんだよ」

「・・・甦らせる?」

ピオニーの言葉に、は訝しげに眉を寄せた。

フォミクリーという技術がどういうものであるのか知っている以上、ジェイドがその先に何を求めているのかは自ずと理解できる。

しかし彼の今の言葉は、にとっては理解できないものだった。

「その事についてお前は・・・」

「違う、ピオニー」

更に言葉を続けるピオニーの声を遮って、はキッパリとそう言い切った。

それに軽く目を見開いてを見詰めたピオニーは、違うって何がだ?と改めてそう問い返す。

するとは、じっと逸らす事無くピオニーを見詰め返して。

「それは違う。人は甦らない。死ねばそれまで。フォミクリーを使っても、人は甦らない」

「・・・・・・」

「フォミクリーに出来るのは、同じ姿をした違う人を作る事。どんな事をしても、死んだ人を甦らせる事なんて出来ない」

真剣な表情でそう言うを見詰めていたピオニーは、次の瞬間ふと表情を緩め満足そうに微笑んだ。

尋ねる前に答えが返って来た。

その事についてお前はどう思うか?―――その問いは投げかけなくとも、ちゃんとした形で自分の元へと返って来た。

何をやっても、人は甦らない。

それなりに大人と呼ばれるほど生きている自分たちが、12歳も年下の少女にそれを教えられるとは・・・。

彼女の方が、よほど人の死を理解しているとピオニーは自嘲した。

しかしそう簡単に割り切れない者もいるのだ。―――良い例がジェイドとサフィールだろう。

なまじ頭が良いだけに、諦めきれないのかもしれない。

「なら、。お前ならどうする?」

「・・・・・・?」

「万が一ジェイドが命を落とした場合、お前はフォミクリーに手を染めない自信があるか?」

我ながら意地の悪い質問だと自覚しつつもそう尋ねると、は思ったよりも動揺していないのか、いつもの無表情のままあっさりと口を開いた。

「私はいらない。ジェイドの代わりなんて、私はいらない」

「ほお、言い切ったな」

「だって、どれもジェイドの代わりにはならないから。私は、私の事を知ってる・・・私が知ってるジェイド以外はいらないから」

楽しげに口角を上げるピオニーに、は怯む事無くそう言い切る。

けれど・・・次の瞬間には少しだけ表情を暗くして。

確かにそうだ。―――今言った事に嘘はない。

これまで二十数年間生きてきて、だからこそジェイドはジェイドなのだ。

たった今生まれたばかりのジェイドは、同じ姿をしているだけでジェイドではない。

それは解っている・・・解っているけれど。

「でもきっと、ジェイドと同じ姿をして同じ声をしたジェイドを、私は嫌いにはならない。その人がジェイドじゃないって解ってても、やっぱり嫌いにならないと思う」

「・・・そうだな。そう簡単に割り切れるほど、人は単純じゃないからな」

「だから私は作らない。ジェイドのレプリカは、私の望むジェイドじゃないから」

迷うかもしれないから、だから作らないのだとは言う。

それほどまでににとって、ジェイドという存在は大きいのだと。

にとってジェイドは、何者にも変えられない絶対な存在なのだと、そう言っているようにピオニーには聞こえた。

失う事に無知な子供故の言葉か。

そう思うけれど、一度全てを失っているに、失う気持ちが解らないとも思わない。

幼く見えても、何も知らないように見えても、実はもしかすると誰よりも大人なのかもしれないとピオニーは思った。―――未だに過去を追い続けているジェイドやサフィール、そして自分よりは。

まるで熱烈な惚気を聞かされているような気もしないでもないが・・・―――しかしいつの間にかそれほどまでにお互いの絆を深めた証のような気がして、ピオニーは嬉しそうに微笑んだ。

 

 

「フォミクリーを使っても、人は甦らない」

ピオニーに呼び出されたままなかなか帰って来ないを心配したジェイドは、ちょうど手元にあった書類を口実に、ピオニーの私室へと足を向けた。

中から感じる気配で、そこにとピオニーがいるのを確認したジェイドは、ノックをする為にポケットから手を出して・・・―――そうして上げた手は、ノックをする寸前に中から聞こえて来た声に、その動きをピタリと止めた。

声の主は考えるまでもなくすぐに解った。

いつも自分の傍にいる少女だ。

フォミクリーに出来るのは、同じ姿をした違う人を作る事。

どんな事をしても、死んだ人を甦らせる事なんて出来ない

少女の抑揚のない声が、無言で佇むジェイドの耳へと入ってくる。

は言った。―――だから、自分はレプリカを作らないのだと。

どのレプリカも、代わりにはならないから。

そうしてそれを目の前にし、迷いたくはないから。

ふと中の声が途切れたのをきっかけに、ジェイドは小さく息を吐くと、ピオニーの私室のドアをノックする事なく、そのまま踵を返して来た道を戻る。

そうして自分の執務室に戻ってきたジェイドは、執務机ではなくソファーに腰を下ろし、脱力するようにソファーに背中を預けた。―――無言で天井を見上げ、もう一度ため息を漏らす。

「・・・何をやっているんだか、私は」

ポツリと小さく呟いて、思わず自嘲する。

人は死ねばそれまでだという事は、自分にだって解っていた筈なのに。

フォミクリーの研究を始めた頃は、レプリカは代用品に成り得ると本気でそう思っていた。

本物もレプリカもそうは違わない。―――レプリカは本物に成り得るのだ、と。

研究を始めた頃は、それで本当に彼の人が帰って来るのだ、と。

だから設備の整った研究室でフォミクリーの研究をする為に、わざわざカーティス家に養子に入り、こうして研究を続けている。

どれもこれも彼にとって成功と呼ぶには程遠いものばかりではあったが。

勿論ピオニーにも良い顔はされなかった。―――何度そんな馬鹿な事からは手を引けと諭されたのか解らない。

それでも止める事が出来なかったのは、彼の人は甦ると心のどこかで信じていたからだ。

しかし。

先ほどのの言葉に、頭を殴られたような感覚を覚えた。

死んだ人間は甦らない。

たとえ、フォミクリーを使ったとしても。

幼い子供の戯言だと流せればどれほど良かったか。―――もしそう言ったのが、同じくフォミクリーの研究に参加しているでなければ、あるいは笑いとばしていたのかもしれない。

自分が庇護するべき相手の言葉で、今更ながらに言われた言葉が、どうしてこれほどまでにショックだったのか。

・・・、貴女は」

「・・・なに、ジェイド?」

呟いた言葉に思わず返事が返って来た事に、ジェイドは反射的に身を起こし振り返る。

するといつの間に帰って来ていたのか、が戸口で立ち尽くしていた。

、貴女はいつから・・・」

「さっきからいた。でもジェイド考え事してたみたいだから、声掛けなかった」

先ほどドア越しに聞いたのと同じ抑揚のない声でそう答える。―――自分ともあろう者が、が帰って来た気配にも気付けないとは。

元々気配を消すのが上手い少女だとは思っていたけれど。

そうですかと相槌を打ち、ジェイドはじっとを見詰める。

しかしはいつもと変わりない様子で、自分を見詰めるジェイドを少しだけ首を傾げて見返していた。

「・・・こちらへ」

そう言って手を伸ばすと、は言われるままにソファーへと近づきジェイドの前に立つ。

いつも無表情で。

口調は淡々としていて、抑揚がない。

自分に対しては思わぬほど無抵抗な、まるで人形のような

けれど、何故こんなにも人らしくあるのか。

「私は、フォミクリーを使って甦らせたい人がいます」

常に浮かべている笑みを消して、ジェイドは自分を見下ろすを見上げそう口を開いた。

「ゲルダ=ネビリムという人です。その人は、私の尊敬する先生でした」

そうしてジェイドは語る。

自分の生まれ故郷について。

そこで起こしてしまった、自らの過ち。

ネビリムを甦らせようとした経緯と、その結果。

自分の口から語るのは、初めてだった。

全てを話し終えたジェイドは、溜め込んだ疲れを吐き出すように息をつく。

そうして先ほどから無言で話を聞いていたを見上げ、彼女の言葉を待つ。

「ジェイド」

はじっとジェイドを見詰め、言った。

臆する事無く、遠慮の欠片もなく。

それが、ジェイドの今までを全て否定するものであると解っていても。

「人は甦らない。フォミクリーを使っても」

その言葉を聞いた途端、ジェイドはやんわりと微笑んだ。―――それはもしかすると、苦いものだったのかもしれないが。

どこまでも真っ直ぐな少女。

何者にも染まらない・・・まるで雪のような。

「それでも私は、それを望んだんですよ」

時に眩しすぎて直視出来ないような・・・そんな気がして、ジェイドはゆっくりとから視線を逸らした。

それが罪悪感から逃れる為だけの行為なのだと解っていても。

自らの罪から目を逸らしたい時もあるのだ。―――ジェイドとて、人なのだから。

けれどそれでは駄目なのだという事も解っている。

解ってしまった。―――ピオニーと、この少女の言葉によって。

「貴女は言いましたね。私の命が失われても、私のレプリカは作らないと」

「言った。私はジェイドの代わりはいらないから」

即返って来た答えに、思わず笑みを零して。

何よりも自分という存在を認めているを前にして、ジェイドは言葉には表せない不思議な感情を抱く。

自分は果たしてここまではっきりと断言できるだろうか?

この少女がいなくなって、それでも代わりはいらないと。

少なくとも、代わりを求めてしまうかもしれないほど、はジェイドの中に住んでいるのだと、それだけは気付く事が出来た。

「おやおや、これは困ったものですねぇ」

いつもの調子を取り戻したジェイドは軽く肩を竦め、からかうようにそう呟く。

そうして目の前に立つの腕を軽く引けば、成す術もなく自分の腕の中に収まる小さな存在。

ふわりと抱きしめて、その肩口に顔を埋めると、ジェイドは身体の力を抜いた。

こんな事になるなんて、初めて出逢った時は想像もしていなかったのだけれど。

「ま、貴女の場合、生命力は強そうですからね。その点では問題はないでしょう」

「なにが?」

「こっちの話です」

おそらくは訝しげに眉を寄せているだろうの顔を想像して、ジェイドは含み笑いを1つ。

「・・・ジェイド。私、ジェイドのレプリカは作らないって、ジェイドにいつ言った?」

今更そんな疑問を抱くに、ジェイドは今度こそ堪えきれないとでも言うように喉を鳴らして笑った。

 

 

ピオニーは何をするでもなく、ぼんやりとブウサギたちを眺めていた。

陽も落ち、メイドが灯りをつける為に部屋を訪れた時もそれを拒否して、灯りの灯らない薄暗い室内で1人時を過ごす。

今日、とした会話の内容を思い、思わずため息を漏らした。

あの時、ジェイドが扉の向こうにいた事は解っていた。―――いくらおちゃらけた態度をしていても、立場柄気配くらいを読む術は身につけている。

それが幼馴染であるジェイドのものなら、気付かない訳がない。

勿論、帰りの遅いを心配して、ジェイドが自分の元へ来るだろう事を見越していたのも確かだけれど。

彼がいつ部屋の前から去ったのかも、大体の予測はついている。

だからこそ、彼は聞いていないだろう。―――その後成された会話については。

自分の望む彼ではないから、レプリカは作らないと言ったのその後の言葉を。

あんな事を言わなければ良かったのかもしれないと、ピオニーは今更ながらに後悔した。

「ジェイドの奴、愛されてるなぁ。自分がいなくなった後もそれだけ想われてれば、あいつも幸せだろう」

からかったつもりだった。

いつも通りの、軽口のつもりだったというのに。

「ジェイドがいなくなれば、きっと私もこの世にはいない。ジェイドが死ぬ時は、きっと私がジェイドを守りきれなかった時だと思うから」

「・・・おいおい、。それは」

「私にとって、ジェイドは世界のすべて。ジェイドがいない世界なんて、私いらない」

キッパリと言い切ったの、あの強い意志を示す紫暗の瞳を、ピオニーは一生忘れないだろうと思う。

ジェイドがいなければ、自分の存在価値などないと言った

こうして目の前にいる自分すらも、ジェイドの代わりにはならないのだろう。―――ピオニーとしても、ジェイドの代わりをするつもりなど毛頭ないが。

強い意志。

そして、脆い心。

まるで細い綱の上を歩いているようにさえ思える、2人の関係。

「・・・さて、これからどう転ぶか」

それが問題だなと呟いて、ピオニーは深く息を吐く。

愛しいブウサギの鳴き声が響く室内で。

どうにもシリアスな空気には向かないその場所で、ピオニーはブウサギたちを眺めつつ、ただ彼らの行く末を案じていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

今までで最低の終わり方かもしれません。(そう思うなら直せ)

そろそろジェイドには、主人公に過去を語っていただこうかと思いまして。

でも全部を書くのは大変なので、そこはゲームを参考にとか・・・。(オイ)

かなり盲目的な主人公。

まぁ、まだ子供ですし、自分を拾ってくれたジェイドの事を慕うのは仕方のない事なのではないかと。(ルークと似たような感じですが)

作成日 2006.2.18

更新日 2008.3.18

 

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