バレル中尉の告白劇から一週間。

それほど長くも無いこの時間の中で、の抱いた心配は杞憂に終わったのだと、4人はそれぞれそう認識した。

ジェイドの副官として、毎日忙しく動き回る

同じくバレル中尉はそれほど重要な地位にはついていないものの、様々な雑事や任務を抱えている。―――絵に書いたような真面目な軍人である彼は、どれほど忙しくとも自身の鍛錬も怠らない為、他一般的な軍人よりも更に多忙と言えた。

しかしそんなバレル中尉は、自分の・・・そしての空いた時間を見計らい、実にマメに彼女の元へと姿を現すのだ。

言葉を交わす時間は少なくとも、顔を合わせる回数は格段に多い。

そして必ずの仕事の邪魔をしないよう気を遣っている様子は、今までの彼を知る者たちが思わず目を見張る光景だった。

何より今まで浮いた噂の1つどころか、艶めかしい噂の1つとて無かった硬派な彼が、滅多に緩めない表情を柔らかくしてに会いに来るのだから、もはや彼の想いを疑う余地など無かった。

それが2人を取り巻く人物たちにとって、良い事なのかどうかはさておき。

 

大切にうほど

〜中編〜

 

「こんにちは、大尉」

堅い口調で挨拶をし、さらには手本となるような敬礼を向ける自分よりも遥かに大きい男に、は表情には出さないまでも困ったように見上げる。

つい先日呼び止められて以降、何故かこうして顔を合わせる事が多くなった。

話をしてみると特に用事はないようではあるのだけれど、何故か彼はこうして自分に声をかける事を止めない。―――それが何故なのか解らず、は不思議そうに首を傾げた。

「こんにちは、バレル中尉」

とりあえず挨拶を返し、その真っ直ぐな瞳をじっと見詰める。

別に彼に話し掛けられる事を迷惑だと思っている訳ではない。

こちらが他を構っていられないほど忙しくしている時は声を掛けては来ないし、疲れている時はさり気なく気遣ってくれる。

が困っているのは、寧ろ周りから送られる意味深な視線の方だった。

リーズが声を掛けてきた時に向けられる、好奇と興味が入り混じった視線・・・―――はあまり周りの視線を気にする性質ではないけれど、そんな彼女が気付いてしまうほどそれはあからさまで。

かといって、それは勿論リーズの責任では無い事は解っているので、としても彼に何を言うわけでもないのだが。

「何か用?」

は腕の中の資料を抱えなおして、真っ直ぐにリーズを見上げて問い掛けた。

あまり口数が多い方でないの言葉は酷く直球で、時にはそれが冷たく聞こえる事もあったが、本人にはその自覚はまるでない。―――リーズもそれが解っているのか、特に気にした様子も無くいつも引き締められている唇を微かに緩ませた。

「今日、これからお時間はありますか?」

「・・・時間?」

「はい。宜しければ、昼食をご一緒にと思いまして」

丁寧な口調で話す大柄な男と、素のままの言葉を返す少女。

一見しただけではなんとも違和感のある光景だが、の方がリーズよりも階級が上なのだからそれも特別おかしな事ではない。―――勿論あまりそういう事に頓着しないに至っては、相手が上司だろうと皇帝だろうと変わらないのだが。

「・・・お昼」

「はい。まだ昼食を取られていないでしょう?」

ポツリと漏らした呟きに返って来た言葉に、は少しだけ目を丸くしてリーズを見上げる。

もう昼時と呼ばれる時間帯からは外れているけれど、確かにはまだ昼食を取ってはいない。―――何故それを彼が知っているのだろうか。

「私もまだですので・・・宜しければご一緒にいかがですか?」

決して強くは無いその申し出に、はやんわりと表情を緩めた。

それは彼女を良く知る人物以外には解らないほど微かなものだったし、リーズがそれに気付いたかも定かではないが、を取り巻く雰囲気が少し柔らかくなった事は確かだ。

「ごめんなさい、バレル中尉」

しかしはその申し出を断った。―――申し訳なさそうに眉を寄せて、小さく頭を下げる。

自分が食事を取っていない事に気付いて声を掛け、気遣い心配してくれた事は嬉しい。

しかし今のには、のんびりと食事をとっている時間が無いのだ。

「仕事が、まだ残ってる。出来るだけ早く終わらせないといけないから」

抱えた資料に視線を落として、残された膨大な仕事を思い出す。

ここ最近のは、かつて無いほど仕事に忙殺されていた。

今までの仕事に加えて、更に追加される仕事。

それらを断るなどがするわけが無い。―――やるべき事をやるのは、彼女にとっては当然の事である。

「そうですか・・・。しかし、その資料は・・・」

ふと、リーズの視線がの抱えている資料へと落とされる。

それにならって再び資料を見下ろして、は変わらない表情のまま口を開いた。

「これは私の仕事。だから・・・ごめんなさい」

もう一度丁寧に頭を下げるを見て、リーズは慌てての肩に手を伸ばす。

掴んだ肩の華奢な感覚に、リーズは思わず息を呑む。―――小柄だとは思っていたが、まさかこれほど細いとは思っていなかった。

まるで力を入れれば簡単に折れてしまいそうだ。

そんな少女が軍人として、時として戦場の前線に立っているのかと思うと、なんとも複雑なため息が零れた。―――の実力は理解していても、なお。

「・・・謝罪の言葉は必要ありません。私が勝手にお誘いしただけですから」

脳裏を満たしていた考えを頭の片隅へと強引に押しやって、軽く下げられたままのの顔を上げさせる。

「またの機会に・・・お時間が空いていれば」

「解った。出来るだけそう出来るようにする」

としても、何度も声を掛けてくれているにも関わらず、ことごとくそれを断っているという事実は申し訳ないとも思う。

別に彼が自分と食事をする事に大した意味など見出せなくとも、向けられる好意を無下にするほど冷たくは無かったし、また向けられた好意に含まれる感情を理解できるほど、は大人でも経験豊かでもなかった。―――戦いにおいての心理戦は得意でも、恋愛に関する心理を彼女は理解していない。

もう何度聞いたか解らないの言葉に、リーズは思わず苦笑を漏らす。

そうしてふと顔を上げ、傍らにある建物へと視線を向けた。

たくさんある窓にはめられたガラスが光を反射し、まるで建物全体が輝いているようにさえ見える。―――その建物の一室を、リーズは挑むような眼差しで見詰める。

自分からはその姿は見えなくとも、そちらからは見えているはずだと。

「・・・流石とでも言うべきか」

ほんの少しの距離を経て。

お互いの鋭い視線が、交わったような気がした。

 

 

「・・・どうやら、あちらさんはずいぶんと本気のようだな」

ため息混じりにそう漏らして、ピオニーは視線を窓から外し、相変わらず執務机で書類を処理するジェイドへと向けた。

先ほどの自分の言葉が聞こえただろうにも関わらず、ジェイドの手は一向に止まらない。

それでも彼が言葉を放ったその瞬間、ペンを持つ手がピクリと動いた事を、ソファーに座ってジェイドを観察していたは見逃さなかった。―――その意味ありげなの眼差しに、ピオニーは大袈裟にため息を吐き出す。

「おいおい、ジェイド。をあのまま放っておいて良いのか?」

大きく肩を竦めて自らもソファーへと座り込んだピオニーはそう声を掛けるが、ジェイドからは何の返答もない。

まるで彼の声など聞こえていないかのような態度に、も大きくため息を吐いた。

「気になるなら気になるって言やぁ良いのに・・・」

「変なところで不器用だからなぁ、お前は」

「騒ぐつもりなら出て行ってください。仕事の邪魔です」

ピオニーとの呆れを全面に押し出した言葉を遮るように、ジェイドは普段よりも一段低い声色でそう告げた。

ほんの少し書類から上げられたジェイドの瞳は、恐ろしい程の鋭さを含んでいる。―――放たれる雰囲気もいつもより数段冷たく、真正面から殺気にも似た気を受けたは、気付かれない程度に軽く身震いした。

これは相当、機嫌が悪いらしい。

ジェイドと比べて決して自分は実力的に劣るとは思わないが、それでも自分に少しの恐怖を抱かせるほどの気を放つジェイドに、は知らず知らずの内に口角を上げた。

「騒いでなんかねぇだろ?なぁ、陛下」

「そうだな。俺たちは事実を口にしたまで。怒られる筋合いなんてねぇだろうが」

お互い顔を見合わせて楽しげに笑む。

たとえジェイドの機嫌が最低に悪くとも、それすらオモチャにしてしまう事こそが、2人が密かに恐れられる理由なのかもしれない。

2人と同じように、最高に雰囲気の悪い部屋に押し留められているアスランは、残念ながら彼らほど図太い神経の持ち合わせは無い。―――己の身の危険を察知して心持ち顔色を悪くし、それでも上司の言いつけで部屋を出て行くことも出来ず、身体を強張らせていた。

「そういやぁ、最近の奴、ずいぶんと急がしそうだよなぁ」

シンと静まり返った室内に、ピオニーの軽い声が落ちる。

急な話題転換だからなのか、それとも後ろめたい事があるからなのか、ジェイドのこめかみがピクリと動く。―――その火に油を注ぐような言動に、アスランは眩暈を感じた。

「そうそう。この間飯食いに行かねぇかって誘ったんだけど、仕事があるからって断られたんだよなぁ・・・俺」

何気なさを装っているのか、それともわざとなのか。

の意図は解らないが、前者の方ならば間違いなく失敗であろう。

寧ろ自分の上司を正しく理解しているアスランとしては、彼の言葉は間違いなく後者であろうと予測出来た。―――何故ならば、の顔には隠す事無く笑みが浮かんでいたからだ。

「・・・確かに最近、彼女には多くの仕事を任せてはいます。しかし必要とされるのならば、それは仕方が無い事ではありませんか?」

とうとう無視する事を諦めたのか、ジェイドは仕事の手を緩める事無く、至って普通に反論する・・・が、しかし。

「ま、確かに。滅多に使われない資料室の整理が、必要とされる事だっていうならな」

も黙ってはいなかった。―――微笑んだまま・・・それでも決して笑ってはいない眼差しで、真っ直ぐにジェイドを見据える。

そんな彼の言葉に、今まで淀みなく動いていたジェイドの手がピタリと止まった。

今度こそしっかりと上げられたジェイドの顔は、いつもの人を食ったような笑みさえない。

完全な無表情。―――それは彼の綺麗な顔と相まって、恐ろしい程の迫力である。

「・・・・・・」

「・・・・・・」

そして無言で繰り広げられる壮絶な戦いに、アスランは更に表情を強張らせる。―――あのピオニーも表情は変わらないまでも、この場の険悪すぎる雰囲気に思わず苦笑を漏らした。

「何が仰りたいのですか、中将」

「他にやり方はあるんじゃないかって言ってんだよ、カーティス」

全く怯む事なくそう言い放ち、は窓の外へと視線を向け、ここからは見えないの顔を思い出す。

傍目から見て表情にはほとんど変化はないように感じるが、実際はそうではないだろう事を、彼女に近しい自分が気付かない訳が無い。

無表情というポーカーフェイスの下に上手く隠されているが、今のの負担は想像するまでもなかった。

どちらかといえば生真面目なタイプに属するにとって、任された仕事に手を抜くなどの芸当が出来ず筈も無く。

その結果、膨大な仕事をこなす為、最近のはほとんどまともな休息を取ってはいないようだった。

睡眠もせいぜい3時間程度・・・―――しかもまとめて・・・ではなく、空いた時間に少しづつなのだから、それで疲れが落ちるわけも無い。

出来るだけ時間を取る為なのか、それともそこまで気が回らないからなのか、まともに食事を取っている風でもなさそうだ。

元々色白な方だから解り難いが、あまり顔色が良いとも言えない。

どちらかといえば自分自身に対して無頓着なでも、流石に自分の体調不良には気付いているだろう。

それでも無理を押して仕事を片付けようとするのは、それを命じたのが彼女の上司であるジェイドだからだ。

おそらくはリーズも気付いているだろう。―――彼の真意を探る為にわざと傍を通りかかったに対し、非難的な視線を投げかけてきていたのだから疑いようも無い。

その点に関して言えば、も彼と同意見なのだが・・・。

「おいおい、お前らが険悪になってどうすんだよ」

張り詰めた空気の中、それをいともあっさりと打ち破ったのは、苦笑いを零すピオニーだった。

呆れたような視線を投げかけられて、柄にも無く本気になっていた自分に気付き、は困ったように微笑んだ。

「そりゃそうだ。俺はこんな言い合いをする為に、わざわざ時間を縫ってここに来たわけじゃないからな」

「そんなにもお忙しいのでしたら、無理に来ていただかなくて結構ですよ、中将」

ピオニーの仲裁にこちらもいつもの調子を取り戻したジェイドが、嫌味を込めてにそう声を掛ける。

しかしもうすっかり先ほどの様子を消したは、おおらかに声を上げて笑いながら、傍らに立つ固まりかけた部下へと視線を向けた。

「いや、なに。俺もの義理の父親として、思うところがあってな。リーズ=バレル中尉の事をちょっと調べたんだよ」

「調べた・・・ではなく、フリングス少佐に調べさせた、でしょう?彼も忙しいのですから、貴方も彼に余計な仕事を与えるのは止めたらどうですか?」

「いえ、あの・・・私の事はお気になさらず」

「つーか、今のお前に言われたくないっての」

話の矛先が自分に向いた事を察したアスランが慌てて否定の言葉を紡ぐが、それはの呆れた声に遮られた。

だから、どうして火に油を注ぐような発言をするんですか!・・・と、アスランは心の中だけで己の上司に反論する。

「ま、いーじゃないか。アスランも気にするなって言ってんだし。それに、あれだ。敵の事は知っといて損はないだろう」

「いつから、彼が敵に・・・」

「俺たちからを奪おうって言うんだ。立派に敵だろうが!」

疑問を抱く事も無くあっさりとそう言い切るピオニーを見詰めて、ジェイドは深いため息を漏らす。

彼ほど自分に素直に生きられれば、さぞ人生は楽しいだろうとそんな事を思う。

「んじゃ、アスラン。リーズ=バレル中尉に関する報告を頼む」

「あ、はい」

からの要請を受け、アスランは持っていた報告書を持ち直し、チラリとジェイドを窺う。

しっかりと合った、おそらくはこの中では常識人である2人の視線。

その申し訳なさそうなアスランの眼差しに、ジェイドはもう一度ため息を吐いて視線で先を促した。

こうなってはピオニーもも止められないだろう事は、彼らとの付き合いが長い2人にはよく解っている。―――なまじ止められたとしても、そこに至るまでには多大なる苦労が待っているに違いない。

それならば大人しく聞いている方が幾分かマシというものだ。

わざわざ仕事の合間を縫って調べたアスランの苦労も、これで少しは報われる。

それに・・・確かにジェイドが、リーズ=バレル中尉の事が気になっていたのも確かだった。

「ええと・・・。それでは報告を始めます」

報告書を手に、アスランは先ほどからの恐怖に掠れ掛けた声を誤魔化すように咳払いをしてから、律儀にそう切り出した。

「先日も報告しましたが・・・。リーズ=バレル。23歳。階級は中尉。軍属となったのは8年前の15歳の時。現在准将としてマルクト軍に属している、トール=バレル将軍のご子息です」

「あの厳つい顔は、絶対に父親似だな」

「余計なちゃちゃは入れないで下さい」

ご機嫌斜めのジェイドに怯んでいたアスランも、自分の上司相手では慣れたものなのか言動に容赦が無い。

それも2人に言わせれば『信頼の成せる技』だというのだから、意外にこの上下関係は上手くいっているようだ。―――どちらにせよ2人がそれで納得しているのなら、他が口を挟む理由など無いのだが。

「へぇ、8年で中尉か・・・。それって遅いのか?早いのか?」

「ほぼ一般的でしょう。たった3年で大尉などというの方が異例なんですよ」

感心したようなピオニーの台詞に、すかさず入るジェイドの突っ込み。

確かにたった3年で二階級昇進は並みのスピードではない。―――勿論その内容は、一般の兵士とは比べ物にならないほど濃いのだけれど。

「バレル家は元々軍人の家系ではありませんから、その線での昇進ではないと思われます。どちらかといえば、トール=バレル将軍の影響が大きいのではないかと・・・。勿論バレル中尉の実力もありますが」

控えめに補足をして、アスランは再び報告書に視線を落とす。

「それで・・・バレル中尉の人となりと評判についてですが・・・」

「おお、それそれ。それが一番聞きたかったんだよ、俺は」

ソファーでふんぞり返っているピオニーの言葉に、アスランはちらりとジェイドの様子を窺った。―――大した表情の変化は見られないものの、しっかりと話を聞く気ではあるようだ。

その逸らされる事の無い真剣な眼差しに、この上もなく圧迫感を感じるのだが。

「バレル中尉は、非常に模範的な軍人であると評価されています。規律を遵守する事を良しとし、上司の命令には忠実。曲がった事が嫌いで、真面目すぎ融通の聞かない面はありますが」

「あ〜あ、そんな感じだな。どちらかといえば、俺はちょっと苦手かも」

「中将ならそうでしょうね」

「そうそう。だからお前が俺の副官なんだろ、アスラン」

「さて、どうでしょうか」

表情も変えずにサラリと流して、アスランは何食わぬ顔で報告書に視線を落としたまま。

仮にも上司に対しての態度じゃねぇだろうとは思うが、今更柔順になられてもそれはそれで面白くない。―――結局はこんな部下だから、も気に入っているのだけれど。

「報告を続けます。・・・時間に暇を見つけては、よく鍛錬をしている姿が目撃されています。悪い人間ではないのだけれど、どことなくとっつき難い・・・とか、頑固、堅物なんてよく噂されていますが。勿論今まで女性の影がちらつくなんてことも無かったみたいで、今回の彼の行動にみんな結構驚いているみたいですよ」

今まで恋愛に興味がなかったタイプに限って、目覚めると厄介なんだよなぁ・・・ととピオニーはお互い視線を交わす。

「んで、何でそれがなんだ?まぁ、確かには可愛いし有能だし目の付け所は良いと認めてやらなくはないが・・・」

「陛下。それではただの親ばかみたいですよ」

「・・・お前も言うようになったなぁ、アスラン」

ニヤニヤと笑みを浮かべるピオニーから、アスランは思わず視線を逸らす。

言動がはちゃめちゃな上司の下にいる内に、どうやら自分には突っ込みがしっかりと身に付いてしまっていたらしい。―――仮にも皇帝に突っ込みを入れてしまうほどに。

それもこれも、すっかり彼らに馴染んでしまったからなのかもしれない。

そう思うと喜んで良いのか悲しめば良いのか、アスランには判断できなかった。

アスランは視線を逸らしたまま、誤魔化すように言葉を続ける。

「バレル中尉がどうしてを好きになったかは解りませんが・・・」

「好みのタイプだったんじゃねーの?」

「・・・どうでしょうか?私はそれほど彼と親しいわけではありませんから、なんとも言えませんけど。・・・でも、どうしてバレル中尉が突然行動に移したのか・・・なら調べはついていますよ」

何気ない言葉に、ピオニーとが無言で目を輝かせた。

それが聞きたかったんだよと、好奇心を隠そうともしない4つの瞳が自分を見詰めるのを認めて、アスランは苦笑いを零す。

「実は・・・現在、バレル中尉にはある縁談が持ち込まれているそうなんです」

「縁談?」

「はい。バレル家は軍人の家系ではありませんから軍への影響はそれほどありませんが、マルクト帝国内ではそこそこの名家です。彼はそこの嫡子なのですから、そういう話があっても可笑しくはないでしょう」

「まぁ、確かに・・・」

こういう場合、持ち込まれるのは大抵政略的なものだが、それは大して珍しい事ではない。

寧ろ野心家な父親を持つ彼は、そう遠くない未来に軍への影響力を持つ名家の娘を迎える事になるだろう。

「んじゃ、バレル中尉はそれを狙ってに近づいたって事なのか?」

ピオニーが眉を顰めて呟く。

は一応の姓を名乗っている。―――軍への強い影響力を欲するのなら、は彼らにとっては最適な存在だろう。

最も、養女であるを娶って、どれほどの利益があるのかはさておき。

「いいえ、どちらかといえばその反対です」

「反対?」

「はい。バレル中尉には、ほぼ纏まりかけた縁談があります。父親であるバレル将軍も、所詮は養女であるにそれほどの影響力はないだろうと考えているようです」

「・・・って事は、父親は息子がを追いまわしてる事に反対してるって事か?」

の問い掛けに、アスランは無言でコクリと頷く。

「けれどバレル中尉はどうしても譲らなかったそうです。何せ自他共に認める頑固者ですから」

「・・・ほお」

「しかしバレル将軍は、どうしてもその縁談を纏めたい。そこで父親は息子にある条件を出したそうなんです」

「条件?」

「はい。二週間以内にをその気にさせる事が出来れば、2人の結婚を認める、と」

なんとも勝手な言い分だが、おそらく将軍には勝算があったのだろう。

何せあの死霊使いの腹心の部下であり、マルクト軍一の曲者であるの義理の娘であり、また最高の権力を持つ皇帝から溺愛される娘なのだから。

一介の軍人にどうこう出来る相手ではない。

それにバレル中尉に負けず劣らず、艶めいた話題など影も形もありはしないのだから。

「・・・なるほどな。だからあいつ、あんなに積極的なのか」

「元々バレル中尉はそういうタイプではありませんからね。何かあると思っていました」

最後にそう締めくくって報告書を閉じたアスランへ視線を向けて、は労いの言葉を掛ける。

こんな内部事情などどう調べたのかは解らないが、優秀な部下を持つと上司にとっては有りがたいものだ。

ともかくも、リーズの突然の行動の理由は解った。

彼がどこでを見初め、あんな行動に出るほどの想いを抱いたのかは解らないが、逆に言えばあんな行動に出るほどを諦めきれないという事なのだろう。

追い詰められた者は、時として思わぬパワーを生み出すものだ。

「・・・と、言う事らしいが。どうするんだ、ジェイド」

それぞれ思うところがあるのか・・・誰もが口を閉ざし静けさに沈んだ空気を破って、ピオニーがジェイドへと声を掛けた。

先ほどから無言で静かに話を聞いていたジェイドの視線は、いつの間にか再び書類へと落とされている。

「どうする、とは?話を聞いた限り、私が関与すべき問題ではないと思いますが」

顔を上げず淡々とそう言うジェイドに、ピオニーは面白くなさそうに眉を顰めた。

「んじゃ、がバレル中尉のとこに嫁に行ってもいいんだな?」

「それは本人が決める事です」

「それがお前の本音か?」

先ほどまで話を聞いていたかと思えば、今ではもう無関係とばかりに装うジェイドに、ピオニーの声色が少しだけ低くなる。

それが彼の不機嫌を表している事など明白ではあるが、長い付き合いであるジェイドがそれに怯む様子はない。

が絶対あいつになびかないとでも思ってんのか?」

「・・・陛下。ご用がお済みでしたらお帰りください。仕事の邪魔です」

尚もピオニーが言い募ろうと口を開くと、負けじとジェイドも口を開く。

決して視線が交わる事は無いが、2人の間に漂う空気はこれ以上ないほど冷え切っている。

「・・・ああ、ああ!帰ってやるよ!邪魔したな、ジェイド!」

何時までも煮え切らない態度のジェイドに、とうとう怒りを爆発させたピオニーがそう捨て台詞を吐き、足音荒く部屋を出て行くのを見ていたとアスランもまた顔を見合わせ、示し合わせたかのように同時に扉へと足を向ける。

無言のまま音を立てて扉を閉め、は呆れの混じったため息を零した。

どちらも素直ではないのだから・・・と、怒って部屋を出て行ったはずのピオニーが廊下の先で待っているのを横目に、心の中でそう1人ごちる。

「あいつ・・・動くと思うか?」

「さてね。カーティスも素直じゃないからなぁ」

廊下を歩きながら小声でそう言葉を交わし、2人は顔を見合わせて苦笑いを零した。

それを3歩後ろから見ていたアスランもまた、人の事を言えた義理ではない上司たちを見つめ苦笑する。

彼らはがリーズになびくとは思っていない。

良くも悪くも、にはジェイドしかいないのだから。―――それがまだ恋愛関係でという意味でない事は一目瞭然だが。

ただし、これからリーズが暴走しないとも限らない。

これ以上厄介な事になる前に、ぜひともジェイドに動いてもらいたいというのが彼らの本音だったりもする。

「・・・頼むぞ、カーティス」

静寂に支配された廊下の先にある、閉じられたままのジェイドの執務室の扉を見詰めて、はいつもにはない真剣さを含んだ声色でそう漏らした。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

書いていく内に、どんどんとオリキャラの設定が凝っていってる気が。(気のせいじゃない)

というか、最初は1話の予定が前後編くらいの長さになりそうだな〜と思っていたら、意外にももう一話延びてしまいました。(まぁ、理由などはっきりしすぎているのですが)

前回と同様に、ほとんど主人公の出番がありません。

というよりも、ジェイドの出番すら少なすぎです。

陛下たち目立ちすぎ。(笑)

作成日 2006.6.14

更新日 2008.11.12

 

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