この話は、あったかもしれないマルクト帝国滅亡のお話です。

なのでキャラ、主人公共に死ネタが含まれます。

申し訳ありませんが、読んだ後の苦情は受け付けられませんので、自己責任でお願いします。

 

それでもよろしければどうぞ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      

混乱に満ちた街の中を、は王宮に向けて駆けた。

もうすぐ、すべてが終わってしまう。

それを解っていながらも、それでも抗うのは愚かな事だろうか?

けれど、それを愚かだと言われようとも、は足を止めるつもりはなかった。

たったひとりの、守らなければならない者の為に。

そして・・・。

『陛下を頼みましたよ、

悲しいほど鮮明に甦るジェイドの声に、は僅かに眉を寄せた。

 

 

ND.2019。

マルクト帝国は今、滅亡の危機に瀕していた。

ルグニカ平野を北上し、進軍してきたキムラスカ。

彼の国によって近隣の村は蹂躙され、今まさに水の要塞と謳われたグランコクマへとその手は伸びている。

キムラスカ軍がグランコクマを包囲して、約半月。

とうとう、鉄壁の守りは彼らの手によって打ち砕かれた。

攻め込んでくるキムラスカ軍を前に慌てる軍人たちをすり抜け、は脇目も振らずに謁見の間へと飛び込む。

そうして目に映るのは、こんな状況なのにも関わらず玉座に悠然と座るピオニーと、その周りを固めるマルクト軍の幹部たち。

「・・・陛下」

、か。―――ジェイドはどうした?」

「ジェイドは、街の入り口を守ってる。突破されるのは、時間の問題だけど」

ピオニーの問い掛けにそう答えたは、ジッと自分を見つめるピオニーを見つめ返して、ゆっくりと彼の元へと歩み寄った。

「陛下、逃げて。キムラスカ軍は、もうすぐそこまで来てる」

ジェイドが守っている場所以外は、もうすべてキムラスカ軍によって制圧されていた。

グランコクマに踏み入ったキムラスカ軍は、ピオニーを狙ってもうすぐそこまで迫っている。

けれどピオニーはのその言葉に動じる様子もなく、そうかと小さく頷いて見せた。

もう、彼に逃げるつもりはないのだろう。

彼が逃げれば、それだけ戦いが長引く。

戦いが長引けば、マルクトの民たちの苦しみも続くのだ。―――それが解っているから、ピオニーは覚悟を決めたのだろう。

それは彼を守るように周りを固めるマルクト軍の幹部たちを見ても解った。

けれど、だからといって素直に納得できるほど、は諦めが良くはないのだ。

「陛下、逃げて」

・・・」

「陛下、逃げて。ジェイドもそれを望んでる」

彼女の口から出た親友の名前に、動かなかったピオニーの表情が僅かに動いた。

彼は今、命をかけて戦っているのだ。

ピオニーに逃げる気はないのだと解っていても、彼自身の役目を全うする為に。

けれどまた、ピオニーの覚悟も堅かった。

「悪いな、

たった一言告げられた言葉に、は彼女には珍しいほど表情を歪めた。

マルクト帝国の最後。

それはもう、すぐそこまで迫っている。

あの温かく穏やかだった日々も、もう戻ってはこない。

それが解っていながらも、それを取り戻したいと思うのは愚かな事だろうか?

「・・・ピオニー。私、あなたに生きててほしい」

なんとかピオニーを説得しようと、は必死に言葉を探す。

そんな彼女の言葉に、ピオニーは柔らかく微笑んで。

「俺もだ。俺もお前には生きていて欲しい。そして幸せになって欲しいと思ってる。だから・・・―――逃げろ、

キッパリと告げられた言葉に、は大きく目を見開いた。

そんな事を彼女がするなど、彼とて思ってはいないだろうに・・・―――そこまで考えて、は漸くピオニーの決意を理解した。

すべてを捨ててが逃げないように、ピオニーもまたそうなのだろう。

お互い立場は違えど、想いは同じなのかもしれない。

「陛下!キムラスカ軍が・・・!!」

不意に謁見の間に兵士の緊張を孕んだ声が響いた。

気がつけば、扉の向こうが騒がしい。―――もうすぐそこまで、キムラスカの軍勢が迫っているのだろう。

「・・・ピオニー」

「そろそろ、か」

の声に応えるように、ジッと扉を睨みつけながらピオニーは小さく呟いた。

それを認めて、もまた振り返り扉を見つめる。

「誰にも、傷つけさせない」

「・・・

「ピオニーは、私が守る」

それがどれほど叶わない事なのかを知っていても、それでもはまるで言い聞かせるようにそう言葉を紡ぐ。

たとえ、その抵抗がまったくの無駄に終わったのだとしても。

最後の最後で後悔しない為に。

「私が、守る」

決意に満ちたの声が響いたと同時に、重厚な扉はぶち破られた。

 

 

ジェイドは、襲い掛かるキムラスカ軍を撃退しつつ王宮に向かっていた。

彼の守りは時間をかけて突破され、部下たちも散り散りになった。

既に戦場と化している街は、かつての面影はない。

そんな街の中を全速力で駆け抜けて、ジェイドはただ一心に彼の守るべき者のいる王宮へと飛び込んだ。

街の中よりも更に酷いその光景を目に映しつつ、ジェイドは彼らがいるだろう謁見の間へ踏み込んで・・・。

そうして、目の前に広がる光景に大きく目を見開く。

「・・・

床を埋め尽くすほどのキムラスカ兵の遺体と、そこに混じる見知った者たちの遺体。

身動きする事無く玉座に腰を据えるこの国最後の皇帝と、そして・・・―――酷い傷を負いながらも、彼を守るように立つの姿。

この数のキムラスカ兵を相手に、彼女はたった1人でピオニーを守ったのだろうか?

思わず呟いたジェイドの声に、はゆっくりと顔を上げた。

「・・・ジェイド」

震える声色で彼の名を呼び、ホッとしたように表情を緩める。

「ジェイド、無事でよかった」

・・・」

「もう一度、会えてよかった。私・・・」

まるでうわ言のようにそう呟くに、ジェイドは現在の状況も忘れ、堪らず足を踏み出す。

しかし、現実は彼女らに少しの猶予も与えてはくれなかった。

謁見の間に飛び込んできた、新たなキムラスカ兵たち。

その惨状に驚愕しつつも、彼らはピオニーの首を取るべく剣を向ける。

「覚悟!!」

乱戦の中、一際高い声が上がった。

それにハッと振り返れば、ピオニーの前で剣を構えるキムラスカ兵の姿。

その光景に、身体は自然と反応していた。

!!」

彼を守るように、その前に立ちはだかる

ピオニーの怒声が響いても、は彼の前から退こうとはしない。

そうしてキムラスカ兵の剣が彼女に向けて突き出され、もう既に撃退するだけの力も残っていなかったは、その最後の時を受け入れるように静かに目を閉じる。

!!」

それは、誰の声だったのだろうか。

一瞬、音のすべてが途切れて。

けれど、不意に頬を掠めた髪と温かい人の温もりに気付いたは、訝しげに思いながらもゆっくりと目を開けて・・・―――そうして驚愕に目を見開いた。

「・・・どうして」

目の前にあるのは、見慣れた青い軍服。

揺れる明るい色の髪と、そして・・・―――酷く優しい色をした赤い双眸が、まるで慈しむように自分を見つめていた。

「・・・ジェイ・・・」

天光満つるところ、我は在り。黄泉の門開くところ、汝在り。出でよ、神の雷

驚きに満ちたの声を遮って、ジェイドの静かな詠唱が響き渡る。

「・・・インディグネイション

力ある声と共に譜術は解き放たれ、謁見の間に壮絶なほどの雷が落ちた。

目も眩むような閃光と、耳を劈く轟音。

そうして静寂が再び戻ったその時には、ジェイドととピオニー以外、生ある者はいなかった。

「・・・ジェイド」

奇妙なほど静まり返ったその場に、の声がポツリと落ちる。

彼女に向けて突き出されたはずのその剣は、ジェイドの身体へ深々と飲み込まれていた。

「・・・やれやれ、下手をしましたねぇ」

戻った静寂に響く、ジェイドの気の抜けた声。

それに視線を合わせれば、ジェイドは呆れたように・・・自嘲するように口元に笑みを浮かべて。

本当はもう少し上手くするつもりだったのだけれど、とそう独りごちながら・・・―――けれどどこか満足そうにジェイドは笑った。

「・・・、怪我は?」

言葉少ない問い掛けに、はまるで眩しいものでも見るかのように薄く目を細める。

そうして自分に注がれる優しい眼差しを見返して、やんわりと微笑んだ。

「・・・ない。ジェイドが守ってくれたから」

「そうですか。それなら結構です」

の返答に満足そうに微笑みながら頷いたジェイドは、ゆっくりと静かに目を閉じる。

「ジェイド!!」

グラリと揺れてゆっくりと崩れ落ちていくジェイドの姿に、それまで玉座から動こうとしなかったピオニーは思わず立ち上がった。

そうして倒れたジェイドの元へと駆け寄り、その身体を抱き起こす。

「ジェイド!おい、ジェイド!!」

しかし、ジェイドがその声に応える事はなかった。

どんな時でも、何があっても、どんな状況でも憎まれ口を叩いていた男は、今は静かに目を閉じている。

けれどその表情は酷く満ち足りているように見えて、ピオニーは悔しさとも安堵とも似付かない面持ちで表情を歪める。

最後の最後で、彼は彼自身の大切な人を守ったのだ。

「ジェイド、お前・・・柄にもねぇ事して・・・」

そう独りごちるも、そんなジェイドが羨ましく思えるのも事実で。

「なぁ、。お前もそう思うだ・・・」

悲しみと悔しさと諦めが混じった複雑な空気が漂うその中で、ピオニーは同意を求めるようにへと視線を向けて・・・―――そうして目の前の現実に大きく目を見開いた。

「・・・?」

ジッとジェイドとピオニーを見つめて、柔らかく微笑む

軍服で解り辛くはあるけれど、彼女の腹部は赤いものに染まっていた。

それはピオニーを守る為に負った傷とは違う、素人目から見ても致命的な傷。

、まさか・・・」

ピオニーの問い掛けに、はそれを肯定するかのように静かに目を閉じた。

痛みも、恐怖もない。

「ピオニー。最後まで一緒にいてあげられなくて、ごめんなさい」

グラリと、の身体が揺らぐ。

それに慌てて手を伸ばし、予想以上に軽い身体を受け止めて。

「・・・ゆっくり休め、

そう囁くように告げれば、もまた満足そうに微笑んだ。

「ジェイドも・・・ピオニーも、だいすき」

掠れる声でそれだけを残し、の身体から力が抜ける。

そうして2つの大切な者を抱えながら、ピオニーは小さく苦笑を浮かべた。

たくさんの事があったけれど。

そのすべてが楽しい事だったとは言えないけれど。

それでも、自分の人生はそう悪いものではなかった。

こうして最後を迎える時、そう思えた事が嬉しかった。

 

 

ND.2019。

キムラスカ軍に攻め入られたマルクト帝国は、その歴史に幕を下ろす。

悲劇の皇帝の血によって玉座は汚され、キムラスカ軍は高々と勝利の雄たけびをあげた。

 

 

開け放たれた扉の向こうから、荒々しい足音が響く。

とうとう、本当に終わりの時が来たのだ。

「・・・ちゃんと待ってろよ」

今はもうピクリとも動かない満足そうな2人を見下ろして、ピオニーもまた満ち足りた表情でヒタリと廊下を見据えた。

 

最後の日

 


もし、レプリカルークがいなかったら。

あったかもしれない、マルクト帝国最後の日。

                                                        更新日 2008.12.29

 

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