夜営の為に設置されたテントの一室で、ジェイドは物憂げな面持ちで沈黙する。

盗賊討伐の任務の為、第三師団を率いてグランコクマを出たのはまだ5日も前の事。

しかしその大して長くもない日数の間に、自分たちを取り巻く環境が大きく変わってしまった事を、ジェイドは今更ながらに痛感した。

事態は1度悪い方へと傾くと、いとも簡単にそちらへと転がっていくものらしい。

「・・・さて、どうしたものか」

ポツリと小さく呟いて、現在の心境に抗う事無くため息を零す。

自分はまだ良い。

しかし、この事態にグランコクマは?―――ピオニーは?

そして・・・この事を知ったはどうなるのだろうか?

「・・・ジェイド。まだ出発しないの?」

タイミング良く掛けられた声に、ジェイドの手がピクリと跳ねる。

振り返ると、テントの入り口でが不思議そうに首を傾げていた。

気付かれただろうか?―――そう危惧しの表情を窺うが、いくらジェイドといえど、常に無表情を保つのそんな些細な変化は読み取れない。

しかし気付かれていようといまいと、話すわけにはいかないのだ。―――今は、まだ。

「・・・すぐに出発しますよ」

ジェイドはいつも通りの笑みを浮かべ、何食わぬ顔でそう返す。

手の中の手紙を、耳障りな音と共に握り潰して。

 

選び取る

 

目の前の予想外の光景に、は呆然と立ち尽くした。

セントビナーに程近い森の奥。

討伐対象である盗賊団の天然の洞窟を利用した隠れ家は、その場所にあった。

今回の任務に当たって、盗賊団による被害の酷さから、討伐にさほど時間をかけていられないのは明白であり、また対象である盗賊団の数も決して少なくはない為、移動時間も考えてアジト襲撃は短期で・・・がジェイドの出した結論だった。

それぞれの能力、または得意分野から判断し、少数精鋭のアジト突撃部隊をが。

そしてその混乱に乗じて盗賊たちが逃げないように、アジトの周りを固める包囲部隊をジェイドがそれぞれ率いる事に決まり、そうしてはジェイドの許可の元、盗賊たちを捕える為にアジトを襲撃したのだけれど。

「・・・これは一体」

水を打ったように静まり返るアジト内に響く部下の声を聞きながら、はゆっくりと警戒を解く事無く辺りに視線を巡らせる。

予想された盗賊たちの抵抗は一切なかった。

それもその筈・・・―――抵抗すべきその盗賊たちの姿さえなかったのだから。

元々人が住むための場所ではない為、生活の為に所々手を加えられているが、基本的に隠れるような場所はない。

アジトに使われている洞窟はそれほど手狭ではない為、奥の方がどうなっているのかまでは流石に入り口付近に立っているだけでは解らないが、ごく単純な構造であると事前調査からも出ている。

詳しく調べてみない事にはなんとも言えないが、隠し通路のようなものがあるとも思えない。

もしかすると盗みに出ているのかもしれないという可能性もなくはないが、それでもアジトに誰も残っていないなどあるはずもないだろう。

「・・・ジェイドに報告」

「はっ、了解しました。・・・あの、准佐は?」

「私は残ってここを調べる」

自分の傍らに立つ部下に短く指示を下すと、それなりに付き合いの長い部下は的確にの考えを読み取り、すぐさまジェイドへ報告をする為踵を返した。

それを気配だけで読み取り、男がジェイドの元へ報告に向かった事を確認してから、は改めてアジトの中をゆっくりと見回す。

木で造られた簡素なテーブルの上には、酒の空き瓶が多く転がっている。

簡易として造られただろうキッチンも、お世辞にも綺麗だとは言えなかった。―――食事の残りと汚れた皿が積み重なり、こんな味気ない場所にも関わらず存分に生活感を漂わせている。

適当に当たりをつけてキッチンのすぐ横から伸びる通路を進めば、申し訳程度に引かれた分厚い布で遮られており、そこを通り抜ければ予想通りの物が置かれてあった。

「ここは・・・食料庫、ですね」

「そうみたい」

無遠慮に食料庫に踏み入り、乱雑に積まれてある小麦粉の袋に手を添える。

それなりに広いその空間に、いっぱいとまでは言わないがそれでも十分な食料の量に、は思案するように視線だけで辺りを見回した。

「・・・次」

とりあえず簡単に食料庫を確認したは、短い言葉で部下を促し、先ほど来た道を戻り違う通路へと足を進める。

その唐突な行動にも戸惑う事無く、部下たちは黙って彼女の後について歩いた。―――勿論盗賊たちが潜んでいる可能性も捨て切れない為、警戒は怠らずに。

どうやら数多くある通路の先のほとんどは、盗賊たちの生活空間らしい。

その全てが部屋と呼ぶにはあまりにもお粗末過ぎるものではあったが、その空間を見るだけで盗賊たちが暮らしていた痕跡を簡単に見つける事が出来た。

そうして次々とアジト内を回る内に、は今までとは趣が違う部屋を見つけた。

先ほどまでとは明らかに違う、それなりに整えられた部屋。

ちゃんとしたベットも置かれ、テーブルの上にはそれなりに高級そうな酒の空き瓶が転がっている。―――おそらくはここが、盗賊団の頭の部屋なのだろうと簡単に想像がついた。

「やはり盗賊どもの姿はありませんね」

部屋の中に入り、漸く警戒心を解いた部下の言葉を耳にしながら、は見えない何かを探すように室内に視線を走らせる。

そうしてある一点で目を留めたは、迷う事無くそこへ足を向けた。

「・・・へぇ、これなんか結構値打ち物ですよ」

壁に掛けられた大の男の身長よりも大きなタペストリーを眺めながらそう言う部下をそのままに、は無造作にそれに手を掛ける。

そうして乱暴にそれを引き剥がすと、タペストリーの向こうには更なる通路が続いていた。

「これは・・・隠し通路ですか?」

「多分、そう」

「では、盗賊どもはここから逃げたのでしょうか?」

光源のない暗闇に塗り潰された通路の先を見詰めながら疑問を口にする部下を見上げ、はユルユルと首を横に振る。

「多分、違う。きっとこの先は・・・」

そう言いかけて途中で口を噤んだは、訝しげに首を傾げる部下をそのままに、何の躊躇いもなく暗い通路へと足を踏み入れた。

もしかするとこの向こうには盗賊たちが待ち伏せているかもしれないと言うのに・・・―――全く警戒しないに呆気に取られながらも、部下たちもまた慌てての後へと続く。

通路はそれほど長くはなく、少し歩いただけですぐに開けた空間へと出る事が出来た。

そうしてそこにある物を目に映し、自分の予想が外れていなかった事を確信する。

「ここは・・・宝物庫、ですか!」

すぐ後ろを付いて来ていた部下の驚愕の声を聞き流しながら、は乱雑に放置された貴金属などの山に近づき、その一部を手に取り目を細めた。

岩肌が剥き出しの空間にある煌びやかな宝石類は、なんとも不釣合いで違和感を覚える。

これだけの物を集めるのに、一体どれだけの屋敷へと盗みに入ったのだろう。―――そうしてどれだけの人々が犠牲になったのか。

目を通した報告書を思い出し、は無表情のまま転がっていた指輪を拾い握り締める。

しかしここでぼんやりしているわけにもいかないと思い直し、は改めて宝物庫の中を見回した。

盗まれた品の数が多すぎる為、その詳細までは記されてはいないけれど、主となる物に関してはしっかりと報告されている。

それらがここにあるのならばしっかりと軍で保管し、あるべき所へと戻さなければならない。―――盗まれた物が手元に戻ってくる事など稀だが、そういう意味で言えば今回の場合はそう悪い結末ではないのかもしれない。

そんな事を思いながらも宝物庫の中を確認していたは、ある異変に気付いた。

しばらくの間宝物庫の中で記憶と照らし合わせながら貴金属を確認し、そうして一つの確信を得たは素早く立ち上がり踵を返す。

准佐!?」

「ジェイドのところに戻る」

いつもの事ながら簡潔な言葉に、貴金属類を確認していた部下たちは慌てて立ち上がり、既に通路へと消えて行ったを追いかける。

突発的な行動は今に始まった事ではないし、脈絡がないように見えてもはしっかりと考え根拠に基づいて行動しているという事は解っているが、それでもせめてもう少し説明が欲しいと彼らが思ったとしても、それは至極当然の事だろう。

それでも彼らは何も言わず、の後を追う。

それはに対する信頼の形でもあり、また彼らが彼女に弱いという証拠でもあった。

 

 

たちが洞窟の入り口へと戻ると、そこには既にジェイドの姿があった。

突入したからの報告を受けたジェイドは、包囲部隊を部下へと任せ、数人の兵士を連れて洞窟内へと移動したのだ。―――事前に盗賊たちの姿はないと報告を受けていたからこそ、身軽に来る事が出来たのだが。

「盗賊たちがいない、というのは本当みたいですねぇ」

剥き出しの壁に背中を預けて、眼鏡を押し上げながらつまらなそうに呟くジェイドを見詰めて、は無言でコクリと頷く。

調べるまでもなく、洞窟内には人の気配はなかった。

それでもが調べに入ったのは、最終的なその確認と共に、何故盗賊たちがこの場にいないかの調査の為である。

そうして洞窟内を調査し、推測ではあるがはその理由の確信を得た。

「ジェイド、盗賊たちはここにはいない」

「ええ、そうですね」

「多分、戻って来ない。少なくとも・・・しばらくの間は」

何かを含むような発言に、ジェイドの眉がピクリと動く。

言葉の続きを視線だけで促されたは、真っ直ぐにジェイドを見返しながら淡々と言葉を紡いだ。

「宝物庫を見た。盗品はまだたくさん放置されていたけど、報告書に上がってた盗品はそこにはなかった」

その報告に、ジェイドはほう・・・と微かに声を発する。

「盗品が売りさばかれていた、という報告はなかったはずですが・・・」

「でも、なかった」

キッパリと言い切られ、なるほどと腕を組み直す。

盗賊らに盗まれた品は多く、そのすべてを正確に把握できていないのが実情だった。

しかしその中でしっかりと報告されているものは、そのほとんどが有数の貴族邸から盗み出された高価な品ばかり。

価値が高いものであればあるほど、貴族たちの記憶に残り、失われてしまえばその印象も更に大きいだろう。

実際盗みに入られた貴族邸から指定のあった盗品はごく僅かだった。―――他に盗まれたものも多いという申告はあったが、それが具体的にどんなものであったのかの申告は曖昧ではっきりしないものばかりだ。

それらのものが宝物庫になかったという事は、それを盗んだ盗賊がここを根城にしていた者たちとは別なのか、あるいは・・・。

「宝物庫の中を一通り見た。私はあまり貴金属類には詳しくないけど、一目見て高価だと解るような物は残されてなかった。だから多分・・・」

「主な盗品だけを持って逃げた、という事ですね」

「・・・そうだと思う」

ジェイドの言葉に、は控えめに頷く。

食料庫を見て、報告にあった盗賊団の人数から計算し、そこにあるのが決して数日分などという微々たる量ではない事を確認した。

それはつまり、それだけの量の食料を使うだろう期間はここに留まるのを計算していたのだろう。

そうして次に確認した宝物庫では、あるべきはずの高価な品が姿を消していた。

それらから判断するに、盗賊たちは逃げたのではないのだろうかと思う。―――それも、相当慌てて。

余裕があるのならば、折角盗んだ貴金属類も持って逃げるだろう。

それらをすべて置いて行っているという事は、そうするだけの時間もなかったのだという事。

取る物を取って慌てて逃げるだけの余裕しか、ここを去った盗賊たちには残されていなかったのだろう。

では、何故盗賊たちはそれほど慌てていたのだろうか?

答えは明白だった。

「とりあえず、宝物庫にある盗品を回収して撤収しましょうか。いつまでもここにいても仕方がありませんし」

「・・・盗賊たちが戻ってくるかもしれない」

「それはセントビナーの駐留軍にお任せしますよ。ここは街からもそれなりに近いですしね。そもそも私たちには他にも任務があります。ずっとここに留まっているわけにも行かないでしょう」

言い聞かせるようなジェイドの言葉に、は無言でコクリと頷く。

それを見届けて、ジェイドは連れて来た数人の部下とと共にいた部下に指示を出し、早速盗品の回収を命じた。

師団長の命令に響くような返事を残して、慌ただしく洞窟の奥へと駆けて行く部下たちの背中を見送り、すぐ後には静まり返ったその場でジェイドは軽いため息を吐き出す。

それを聞き留め顔を上げたが自分を見ている事に気付き、ゆっくりと瞬きをしながら視線を合わせた。

。外の師団兵たちに、いつでも出発できるよう指示を出してきてください。こうなってしまった以上、迅速な行動が要求されます」

「・・・・・・了解」

何かを問い掛けるようなの眼差しを振り切って、突き放すようにそう言い放ったジェイドを見返して。

それでも何かを言おうと口を開きかけたは、しかしそれを喉の奥に押し込めてただ了解の返事を返す。

そうして結局は何を問う事もなく外へと駆けて行ったをも見送って、ジェイドはまたもやため息を吐き出し、岩肌が剥き出しの天井を仰ぎ見た。

「頭が痛い問題ですねぇ・・・」

ポツリとそう漏らして、再びため息を零す。

盗賊たちは何故、突然逃げ出したのか。

何故、この時期にそれをしたのか。―――ジェイド率いる第三師団が盗賊団の討伐に乗り出した今、どうして。

今回の帝国軍による盗賊討伐は、極秘事項だ。

確かに第三師団が首都から出立したのならば、盗賊たちが警戒するのも可笑しくはない。

しかしまだ首都を出て5日。

その情報が盗賊たちの元へと辿り着くには早すぎる。―――それを狙って、今一番活動が活発な盗賊団の討伐を優先的に選んだのだから。

そのたくさんの『何故』に対する答えは、明白だった。

どこからか情報が漏れているのだろう。―――それも、極秘事項とされるものが。

それはマルクト帝国軍の幹部が情報を流しているという事に繋がる。

頭が痛くなるような問題ではあるが、ジェイドにはその犯人の目星が粗方付いていた。

そうでなければ良いとも思うが、今まで集めた情報から推測するに、ほぼ間違いはないだろう。―――そもそもそれこそがピオニー直々に下された極秘任務でもあるのだから。

「一体、何を考えてるんでしょうかね・・・あの人は」

苦笑交じりに呟いて。

けれどその目が少しも笑っていない事を知る者は、この場には誰もいない。

酷く冷たい眼差しで薄暗い洞窟の奥を見据えながら、ジェイドはゆっくりと身を起こし、もう盗賊の気配のない洞窟に背を向けた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

これは絶対に夢じゃないと思います。(おい)

まるで内容がないというか、寧ろ入れる必要があったのかどうかさえも怪しい話ですが、とりあえず任務に出たよという事さえ伝わっていれば・・・。

作成日 2006.9.5

更新日 2010.11.21

 

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