まるで嵐が通り過ぎた後のように荒れた室内。

自分たち以外の人の気配など欠片もないその部屋に足を踏み入れたジェイドは、目の前に広がる惨状に深くため息を吐き出した。

「・・・またですか」

もう既に予測の範囲内の出来事とはいえ、こうも毎回毎回同じ展開では悔しさよりも疲れを感じてしまう。

それではいけないという事は重々解っていたけれど、今の自分たちに他に取れる方法が少ないのも確かで。

「・・・あの、カーティス大佐」

冷めた目で室内を見回していたジェイドは、控えめに掛けられた声に顔を上げた。

「何かありましたか?」

「あ、いえ。実は逃亡する盗賊団の目撃証言があったのですが・・・」

そう言って声を潜めた部下に、何か余程の事があるのだろうと判断して大人しく話に耳を傾けていたジェイドは、告げられた内容に深く眉間に皺を寄せる。

「・・・そうですか。この事は」

「まだ大佐以外には誰にも」

心得ているとばかりにそう頷く部下に小さく頷き返すだけに返事を留め、彼の言いたい事を正確に察した部下が静かに自分の元を離れた後、ジェイドはゆっくりとした動作で眼鏡を押し上げ、再びため息を吐き出した。

 

闇夜の警告

 

最初の盗賊団のアジトへの襲撃から今日まで、そのすべては失敗という結果に終わっていた。

どこへ行っても、第三師団が到着する前に逃げられているのだ。

その様子はどこも変わらず慌てて逃げ出したようなものではあるが、確実にこちらの情報が漏れている事に違いはない。

その理由も解ってはいるけれど・・・―――けれどそれを口に出せないのは、珍しく彼自身の迷いのせいでもある。

このままにしては置けないとは解っているけれど、今もまだ決心がつかない。

それはジェイド自身が・・・というよりも、寧ろ・・・。

静かに椅子に座り考え込んでいたジェイドは、最近では増えてしまったため息を吐き出し、身体を預けるように椅子に深く身を沈める。

そうして今日聞いた報告を思い出し、僅かに眉間に皺を寄せた。

一般市民に目撃されるなど、あの人の行動にしては迂闊な・・・。

それが報告を聞いた正直な感想である。

彼の人の能力を持ってすれば、そんな失態などありえない。

寧ろ偶然一般人に目撃されたのではなく、あるいはそれが目的だったのか。―――その裏にある真意は解らないけれど。

けれどこの時期、そして自分の周辺でその目撃情報があったのだという事は、それ自体がメッセージなのかもしれない。

そんなリスクを背負ってでも得られるメリットがあるのかと問われれば、自分ならば否と即答するだろう。

しかし彼の人にはそれをするだけの理由もある。

己の身を危険に晒してでもそれを成すだけの理由が・・・―――それはそうであれば良いというただの希望なのかもしれないけれど。

しばらく考え込んでいたジェイドは、第五音素で光を放つ天井の照明を睨みつけて、そうして再びため息を吐いてからゆっくりとした動作で立ち上がった。

無駄足になるかもしれない事は承知の上。

けれどそうはならないかもしれない可能性が少しでもある以上、ここで考え込んでいるよりはずっといい。

少なくとも、一歩を踏み出す為のきっかけにはなるに違いないとそう自分自身に言い聞かせながら、ジェイドは静かに部屋を出た。

そうして現在使用している陸艦を気付かれる事なく抜け出したジェイドは、特に当てもないまま歩き出す。

なるべく人気のない方へと・・・―――人の目から逃れられるようにと、近隣の小さな森へと足を踏み入れる。

夜の森は、昼間と比べて一層不気味さが強調されていた。

それに怯えるジェイドでは勿論ないが、好き好んで徘徊したい場所でもない。

まぁ、例外もいるだろうが・・・と、脳裏に浮かんだほとんど表情の変わらない少女に苦笑いを零したその時、草を踏む音が聞こえた気がしてジェイドはその場で足を止めた。

昼間なら聞こえないだろうほど小さな音は、しかし静寂に支配された夜の森では思うよりもよく響く。

その足音がこちらに近づいて来ている事に気付いて、ジェイドはその場から動く事無く視界だけを巡らせた。

「やっぱり来たか・・・」

どこか呆れを滲ませた・・・困ったような、仕方がないと苦笑交じりの声が背中から聞こえ、殊更ゆっくりと振り返る。

その赤い瞳に映るのは、ジェイドがいるよりも少しだけ坂を登った先に立つ1人の男。

無防備に木へと身体を預け、月光を背に見慣れた笑みを浮かべて。

「ええ、どうやらご招待いただいたようですから」

「良い読みだなぁ。さすが、とでも言っておくか」

「お褒めに預かり光栄ですよ」

嫌味たっぷりに微笑んでみせるジェイドを見下ろして、男は笑う。

ジェイドの知るその目に、強い意志の光を宿したまま。

「では、ご用件をお聞きしましょうか・・・中将」

自分をしっかりと見据える赤い両の瞳を見据えて、は悠然と微笑んだ。

 

 

准佐。少しよろしいでしょうか?」

ノックと共に掛けられた声に、報告書に目を落としていたはドアの方へと視線を向けた。

どうぞと短く返事を返せば、日頃から一緒にいる事の多い部下の1人がきびきびとした動きで敬礼をし、失礼しますと丁寧に礼を取ってに割り当てられた部屋へと入ってくる。

「どうしたの?」

「実は本部へ食料の補充の為の書類を作成していたのです。それで准佐にサインを頂きたいと・・・」

そう言って差し出された書類を受け取り、それにザッと目を通す。

確かに彼が言うように、それは食料補充の申請書類であった。―――その書類の一番下に責任者のサインは絶対に必要なのだけれど。

「私よりも、ジェイドの方が良いと思うけど」

「あ、はい。実は先ほどカーティス大佐にサインを貰おうと部屋を訪ねたのですが、ご不在のようで・・・」

「・・・いない?」

「はい。出来れば今夜の内に作成しておきたいので、准佐にサインを頂こうと」

丁寧な説明に、はコクリと頷き手早くサインをしてから書類を返す。

それを受け取った部下が安堵したような笑みと共に礼を告げて部屋を出て行くのを見送って、は訝しげに眉を寄せた。

ジェイドが部屋にいない。

時刻はもう、真夜中をとうに回っている。―――何処かへ出掛けるには遅すぎる時間だし、もし出掛ける必要性が出来たのならば、自分か部下に声を掛けて行く筈だ。

けれど自分は勿論、部下もジェイドが不在の理由は知らないらしい。

眠れずに散歩にでも出たのかとも思ったが、ジェイドのサインを求めていた部下が部屋に彼の姿がないことを知ってすぐ、のところへ来たとも思えない。

おそらくはしばらくの間、ジェイドが帰って来るのを待っていたに違いない。―――そうして未だにジェイドが戻らないから、のところへ来たのだろう。

「ジェイド、どこ行った?」

ポツリと呟いてしばらく考え込んだ末、はゆっくりと立ち上がり部屋を出た。

向かう先は、ジェイドの部屋。

もう戻っているかもしれない。―――それならばどこに行っていたのかを聞けば、このもやもやとした気持ちも落ち着くかもしれない。

そう思い尋ねたジェイドの部屋には、しかし求める人物の姿はなかった。

灯りの消えた室内は、窓から差し込む月光に僅かに照らされているばかり。

そんな薄暗い部屋の中で、けれどは灯りをつける事もなく立ち尽くす。

「ジェイド、いない」

ぼんやりと部屋の中を見回して、そうして解りきった結論を小さく呟きながら、は椅子を引いて大人しくそこに腰を下ろした。

こんな時に、ジェイドはどこへ行ったのだろう?

ジェイドに限って、現在の状況も部下も放って単独行動をするとは思えない。―――今ここにいなくとも、しばらくすれば戻ってくるはずだと考え、はただその時が訪れるのを静かに待つ。

そうしてそんな静かな空間の中で、する事も何もないは、ここ最近の出来事を思い出していた。

襲撃した盗賊団のアジト。

しかしそこにはいない盗賊たち。

慌てて逃げ出した跡。

そうしてジェイドの言う、情報が漏れているのだという事実。

一体何がどうなっているのか、どんな事態に陥っているのか、には解らない。

何かとんでもない状況に置かれているのだという事は解っても、そのとんでもない状況というのがなんなのか、推測するだけの鍵もない。

そしてジェイドは何も言わない。―――ただ終始難しそうな顔で、何かを考え込んでいるだけだ。

話して欲しいと、は思う。

ジェイドにも答えが出せない問題に、自分で力になれるかどうかははっきり言って自信などないが、それでも何も見えないという事は酷く不安が募る。

何かとても嫌な予感がして・・・―――胸の奥で燻る火種は、日を追うにつれどんどんと大きくなってきている気がした。

「・・・ジェイド。早く帰ってきて」

言い知れぬ不安を抱えたまま、は薄暗い室内で1人、ただ拳を握り締めて床を睨みつけていた。

 

 

ジェイドが部屋に戻って来たのは、それから1時間後の事だった。

微かな足音だけを響かせ、気配さえも消したまま自室の扉を開けたジェイドは、そこにいる筈のない人物の姿に軽く目を見開く。

「・・・?」

「お帰り、ジェイド」

戸口に立ったまま訝しげに自分の名を呼ぶジェイドを見詰めて、は小さく声を掛ける。―――生憎と薄暗い室内からは、廊下に灯る明かりを背に立つジェイドの表情はよく見えなかったけれど、相手がとても驚いているのがその気配だけで察する事が出来た。

「こんな時間に、私の部屋で何をしているのですか?」

しかしどんなに不意を突かれても、ジェイドはやはりジェイドだった。

驚いたのは一瞬だけで、すぐさま平静を取り戻すといつもと変わらない声色でに問い掛ける。―――その咎めるような物言いに、は気まずそうに俯いた。

「ジェイドがいないって聞いたから」

「それでわざわざここへ?」

簡潔に返される問いに、どこか苛付きが混じっている事に気付き、は俯いていた顔を上げて不思議そうにジェイドを見返した。

「どうしたの、ジェイド?」

「どうもしませんよ。―――さぁ、私はこうして戻って来たのですから、もう気はすんだでしょう?明日も早いんです。早く部屋に戻って休みなさい」

の問いに素っ気無く答えて、まるでこの話はこれで終わりだと言わんばかりの様子で、ジェイドは強引に話を締めくくった。

しかし普段はジェイドの言葉を素直に聞くでも、あからさまに態度が可笑しいジェイドに素直に引き下がる事も出来ず。

ドアを開けたまま自室に入り、の方を見ないままコートを脱ぎ始めたジェイドをじっと見詰めて、はゆっくりと椅子から立ち上がった。

そうしてドアの前まで移動し、開いたままのドアをパタリと閉じる。

「・・・

「どこ行ってたの、ジェイド?」

疲れたように自分の名を呼ぶジェイドの声を遮って、はキッパリとした口調で再度問い掛ける。

相変わらず抑揚のない声ではあるし、覇気があるともとても言えないが、それでもその声色は決して引かないというの決意を現すように毅然と響いた。

思わずハッとするような常にないの様子に、しかしジェイドが怯む筈もない。

相変わらず室内に灯りを灯す事もなく、身支度を整えながらジェイドは口を開いた。

「別にどこへというわけでもありませんよ。ただの散歩ですから」

「本当に?」

「ええ、そんな嘘をつく必要がどこにあるというのですか?」

相変わらず感情の読めない声色で再度確認するように問い掛けるに、ジェイドは軽く笑みさえも漏らしてそう返す。

人を煙に巻くのは得意だった。―――少なくとも今まで、彼がそれを行い失敗した事などほとんどなかった筈だというのに。

「じゃあ、どうしてジェイドは私の目を見ない?」

少しも動揺する事無く、ポツリと落ちたその言葉に、ジェイドは弾かれたように顔を上げた。―――・・・上げて、しまった。

瞬間かち合った、自分を真っ直ぐ映すの瞳から目を逸らす事さえも出来ず、ジェイドは固まったようにその場に立ち尽くす。

『これ以上、関わるな』

同時に頭の中で声がする。

労わるような、脅すような、懇願するような・・・どれとも取れる、そんな複雑な感情が入り混じった声が。

不意に脳裏に浮かぶのは、月光を背に立つ男の姿。

『これ以上、関わるな。―――大切なものを守りたいのなら』

それは脅しを含んだ警告に違いない筈だと言うのに、ジェイドには別の響きを持っていたように感じた。

大切なものを守りたいから、これ以上関わるな・・・と。

「・・・ジェイド?」

眉間に皺を寄せ、苦悩の面持ちで何事かを思案するジェイドに、は躊躇いがちに声を掛けた。

その声にハッと我に返ったジェイドは、今もまだ自分に注がれる真っ直ぐな眼差しを見返して薄く目を細める。

ここで話を逸らす事は、それほど難しくはないだろうとジェイドは思う。

どこか幼い言動をするこの少女が、見た目とは違い聡い事などとっくに承知しているが、それでもやはりジェイドの方が一枚も二枚も上手なのには違いない。

ジェイドが本気で真実を隠し通そうと思えば、それは大して困難な事ではない。

そう、この場では。

しかし最も根本にある真実は、既に形となってしまっている。―――盗賊の討伐として遠征に出ている今ならば徹底的に隠し通す事は可能だが、いずれグランコクマに帰る以上、永遠に騙し続けられるものではない。

そして全てが終わった時に漸く事の真相を聞かされたは思うだろう。

どうして自分には何も教えてくれなかったのだろう、と。

その結果、心に残る傷は真実を知り苦悩するよりも深いかもしれない。

いずれ知る事になるのなら、今ここで隠す事に何の意味があるというのか。―――を大切に思うのならば尚更、話すべきなのではないかとジェイドは思う。

「・・・

「なに?」

「貴女に話したい事があります。いえ・・・話さなければならない事、でしょうね」

フッと肩から力を抜いて苦く笑むジェイドを前に、はひゅっと息を呑んだ。

訳も解らず心臓が跳ねる。

腹の底から、言い知れぬ不安が湧き出てくる。

今から告げられる事が、良い事でないのが肌で感じられた。

「・・・はい」

それでもは逃げるわけにはいかないのだ。―――なぜならこれは、自分が望んだ事なのだから。

はジェイドに向かいしっかりとした声で返事をしてから、改めてジェイドの傍へと歩み寄り、勧められるままに先ほどまで座っていた椅子に腰を下ろす。

同じように目の前の椅子に腰を下ろしたジェイドは、先ほどまでの葛藤など微塵も感じさせない様子で、しっかりとを見詰め返した。

「まず、どこから話しましょうか。・・・そうですね。私が陛下から内密に任務を受けたところから話しましょうか」

誰に向けてでもなく1人ごちて、ジェイドは遠い目をしながら口を開いた。

「私が陛下から受けた任務は、ある人物の調査でした。随分と以前からマルクト帝国内部の情報が流出している事は知っていますね?その犯人かもしれないと思われる人物が特定され、それが事実であるか否かの調査を命じられたのです」

「・・・・・・」

「情報を漏らしている人物をどうやって特定したのかは解りません。それを追及する事は私の仕事ではありませんからね。私はただ命じられた人物が黒か白かを調査するだけです」

決してを見ないジェイドの話は、まるで独り言のようにさえ感じられた。

だからこそは邪魔をするべきではないと思い、声には出さずにコクリと頷く。

「結論を言えば、その人物が本当に情報を流しているのかどうかは今もまだ判明していません。ただ、その人物が怪しい動きをしている事は確かでした。―――まぁ、私はすぐに盗賊討伐を任されましたから、結局のところはどうかは解りませんが」

そこで言葉を切り苦笑を漏らすジェイドを、は無言で見詰める。

話が進むにつれ、鼓動が早くなって行くのを不思議な思いで感じていた。

「我々が遠征に出てすぐ、グランコクマから書面が届きました。その人物が、一部の兵を連れて軍を離脱・・・そして姿を消した、と」

は決して自分を見ないジェイドへと目を向けながらも、ぼんやりと考え込んでいた。

どうしてジェイドは、こんなにも話し辛そうなのか。

どうしてそれを、自分に隠していたのか。

漏れていた情報の種類とピオニー直々の任務だというのだから、おそらく下級兵士の仕業ではないのだろう。

軍を離脱した際、他の兵士をも連れて行けるだけの地位にいた人物である事にも違いない。

そうしてそこから導き出される人物は、そう多くはなかった。

「・・・それは、誰?」

気持ち悪くなるほど胸の中に溢れかえる不安を押し留めて、は何とかその言葉を口に乗せた。―――声が震えたような気がしたけれど、そんな事さえもどうでも良かった。

先ほどまで自分とは決して目を合わせなかったジェイドの赤い瞳が、射抜くように自分を見据える。

聞かない方がいい。

そう告げるように、頭の中で警鐘が鳴る。

けれどは、持てるすべての気力を振り絞ってジェイドを見返した。

聞きたいと願ったのは自分だ。

それが決して良い話ではない事が分かっていながら、それでも聞きたいと望んだのは自分なのだ。―――全てが終わってから結果だけを聞かされるよりも、自分もジェイドと共に悩みたいとそう思った。

だからここで目を逸らすわけにはいかない。

「誰?・・・ジェイド」

その決意を示すかのように、はもう一度同じ台詞を口にする。

それに漸く話を逸らす事を諦めたのか、ジェイドは深くため息を吐き出してゆっくりと口を開いた。

。―――マルクト帝国軍情報流出の嫌疑を掛けられ、そうして今、アスラン=フリングスら腹心の部下を率い軍を離脱した人物は、彼です」

迷っていたとは思えないほどはっきりとした口調でキッパリと言ったジェイドの言葉に、は目を見開き息を呑んだ。

そんなの様子をじっと見詰め・・・―――けれどそれに何を言うでもなく、ジェイドは再び僅かに目を伏せる事でから視線を逸らし話を続ける。

「今日、近隣の住人に聞き込みを行った部下から、アジトから逃げる盗賊団の中に彼の目撃証言があったと報告を受けました。現在の状況とその報告から、現在我々が捕えるはずの盗賊たちを前以て逃がしているのは彼の仕業なのだろうと判断しました」

ジェイドと同じく軍の幹部であり、重要な会議には出席しているならば、盗賊討伐の任を任されたジェイドへ手渡された盗賊団の情報を得る事はさほど難しい事ではない。

そしてそのリストの中から、ジェイドがどこから手をつけるのか・・・―――それを予測する事も、ならば造作もないだろう。

普段は怠惰的で昼行灯振りをいかんなく見せ付けているだが、彼があらゆる面で優秀な人物である事は間違いない。

彼が本気になれば、ジェイドとてそう簡単にどうこう出来る相手ではないのだ。―――そういう面で言えば、マルクト軍の中で郡を抜くジェイドと張り合えるのは、今のところ彼くらいしかいなかった。

だからこそこの案件が浮かんだ時、ジェイドがその調査を命じられたのだが・・・。

「マルクト軍中将の地位にありながら、何故盗賊団と関わりを持とうとするのか。元々あまり地位や名誉といったものに興味があるようには思えませんでしたが、今あの人が持つすべてを捨てて、あえて追われる立場に身をやつしたのは何故なのか、・・・それはやはり私には解りません。聞いても教えてはくれませんでしたからね」

そう言い自嘲気味に笑んで、ジェイドはつい数時間前にあったの事を思い出す。

これ以上関わるなと忠告を受けたその時、ジェイドとて何も言わずにただそれを聞いていただけではない。

しっかりと自分の疑問も投げかけた。

けれど返って来た言葉は一つもない。―――ただ言葉で形容するには難しい、様々な感情が複雑に入り混じった笑みが返って来るだけで。

が何らかの事情で、現在の不可解な行動を取っている事は明白だった。

そこに何があるのかは解らないが、の事だからそこに後悔などという思いはないのだろう。

ただ、それをすべて納得してるわけでもないようにジェイドには思えた。

そう、彼が気に掛けているとすればそれは・・・。

ジェイドは目の前に座る、今までにないほど動揺しているを見て思う。

今の状況に、もしも彼が少しでも気に病んでいる事があるのだとすれば、それはの事に他ならないだろう。

戸籍上は家族でも、血の繋がりはない。―――はジェイドが拾ってきた、言葉は悪いがどこの子とも知れぬ者なのだ。

それでもへの可愛がりようは、知らぬ者が見れば家族のように見えたかもしれない。

仲の良い兄妹のように・・・仲の良い親子のように、を可愛がった。

『これ以上、関わるな。―――大切なものを守りたいのなら』

それは、ジェイドに対しての警告。

そしてそれは、決して見せないからの懇願でもある。

すべては、を悲しませたくないが為の・・・。

ジェイドは丸く繰り抜かれた窓から、ガラス越しに浮かぶ月を見上げる。

貴方は一体、何を望んでいるのですか?

これから、何をしようとしているのか。

そして、その先にあるものは?

決して返っては来ないと解っている疑問を心の中でそっと呟き、ジェイドは静かに目を閉じた。

薄暗い室内に。

耳に痛いほどの静寂が広がるそこへ。

柔らかな月の光が、慰めるように2人を照らしていた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

まぁ、バレていたとは思いますが、一応暴露編という事で。

話の内容から、暗く重い雰囲気ばりばりです。(この後書きでぶち壊しでしょうが)

これからもっと重くなっていく予定ですが、悲惨な内容にする予定はありません。

彼が何を思って行動するのか、その時ジェイドはピオニーは?

そして主人公はどう成長して行くのか・・・みたいな事を書けたらいいなと。

まさかオリキャラが連載の主軸を担う事になるとは思いませんでしたが。(笑)

作成日 2006.9.14

更新日 2011.1.30

 

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