ふと我に返ったは、そこが自分に割り当てられた部屋だと気付き、内心驚きながらもホッとしたように小さく息を吐いた。

いつの間に戻って来たのだろうか?―――それさえも覚えてはいないけれど、本人も知らぬ内に身体は自然と動いていたらしい。

どうやら随分と長い間ぼうっとしていたようで、静まり返っていた艦内には少しづつ活気が戻りつつあった。

その人々の活動音を耳にし、は今もまだボンヤリとしながら、緩慢な動作でゆっくりと視界を巡らせる。

丸く繰り抜かれた窓からは、いつの間にか朝特有の白い光が差し込んでいた。

 

優しい過去と無情なる現実の狭間

 

が初めてと会ったのは、もう10年近くも前の事になる。

その当時、休憩中だった兵士たちと鬼ごっこをしていたは、逃げるのに夢中になり本部内で迷子になっていた。

表面上は普段と変わりなかっただろうが、彼女とて当時は10歳にも満たない子供だったのだ。―――内心ではジェイドの元へと帰れるかと不安を抱いていた。

そんな彼女に声を掛けたのが、だった。

「なんだ。お前、迷子か?」

突然掛けられた声に、驚かなかったわけではない。

どちらかといえば人見知りをするタイプではなかったけれど、彼女の生い立ち上あまり必要以上に人と関わった事がなく、どちらかといえば社交的とはいえない性質であった為、積極的に誰かと会話をするという経験がにはなかった。

しかも迷子で心細い時に声を掛けられたのだから、例え表情には出てこなくとも、確かには驚き、そうして反射的に身体を強張らせた。―――決してジェイド以外の人間を信用していなかったわけではない。

しかしそう言って自分の顔を覗き込んできた男の姿に、不思議なほど安堵感を抱いた事をは覚えている。

まったくの見知らぬ人。

初めて会うその男にどうして緊張ではなく安心感を抱いたのか、それは自身にも解らない。

ただ向けられた笑顔が、声が・・・―――そして差し伸べられた手が、優しく温かかった事だけはしっかりと覚えている。

名前を聞くことも忘れ、たった数分で別れた不思議な人。

その男と再会したのは、それから数年後の事だった。

同じ軍基地本部内にいただろう彼と、不思議な事にそれまでまったく顔を合わせた事がなかったけれど。

改めてピオニーに連れられて来たその男は、以前会った時と変わらぬ優しい目をしていた。

どこか飄々としていて、捕らえどころがなくて。

怠ける事に割く情熱は高く、人をからかう事が好きで。

けれどいつまで経っても、どれほどの時間を共にしようと、に向ける優しさは変わらなかった。―――はいつでも、優しかった。

キムラスカとの情勢は悪化するばかりで、それこそ平和な時代とはいえなかったけれど。

それでもジェイドの執務室で、軍基地本部のあちこちで流れる空気は穏やかで、柔らかくて、居心地の良いものばかりだったから。

だから考えもしなかった・・・。―――いつか、この平穏が崩れ去ってしまうなんて。

今から思えば、嫌な予感はあったのだ。

盗賊団の動きが活発になりだした頃から、軍基地本部内には張り詰めたような空気が流れ、顔を合わせるピオニーもゼーゼマンもマクガヴァンも、みんなどこかピリピリとしていて。

ジェイドはいつも、難しい顔をしていた。

遠征に出る、あの前日の夜。

会議に向かうを咄嗟に呼び止めてしまった時の、あの言葉には出来ない漠然とした不安だとか。

予感とされるものは、もしかするとあったのかもしれない。―――それに気付けなかったのは、自分自身が気付きたくないと思っていたからなのではないか?

。―――マルクト帝国軍情報流出の嫌疑を掛けられ、そうして今、アスラン=フリングスら腹心の部下を率い軍を離脱した人物は、彼です』

ジェイドからそう告げられた時、一番最初に思った事はなんだっただろう?―――それすらも、には解らなかった。

聞かされた話が、にとって信じられないようなものだった事には間違いない。

否、信じられないではなく、信じたくない・・・が正しいのかもしれない。

一連の盗賊たちの動き。

ピオニーやマクガヴァンたちの、深刻そうな様子。

ずっと難しい表情で考え込んでいたジェイド。

それらをすべて照らし合わせれば、ジェイドの話のどれもに納得がいく。

そして、何故それを自分には話してくれなかったのかも。

だからこそ、ジェイドが自分にすべてを話してくれた時点で、それが真実なのだという事も解っていた。

解ってはいたけれど・・・それでも心のどこかで納得できていない自分がいる。―――その一方で、すべてを受け入れ納得している自分も確かにいるのだから不可解なものだ。

白い光の差し込む・・・それでも薄暗い室内の中、鉄が剥き出しの天井をぼんやりと見上げて、は纏まらない思考を働かせながら必死に考える。

マルクト軍の情報の流出。

盗賊たちの手引き。

は何故、それをしようとするのだろうか。

ジェイドの言葉通り、それをする事によってが得られるものなどあるとは思えない。

が地位や名誉に執着するような人間ではない事は、彼とそれなりに長い付き合いであるにも解る。

だから結果としてマルクト軍中将の地位も肩書きも、帝国内でも有数の名家である家の当主という立場も、彼が捨ててしまう事自体にそれほど驚きはない。

ただ、そのすべてと引き換えに手に入れるのが、裏切り者として・・・そして犯罪者として追われる身だというのならば、納得できないのも当然だ。

彼はその向こうに、何を見ているのだろう?

すべてを捨てて、汚名を被っても手に入れたいものが、その先にあるのだろうか?

ピオニーやジェイド、軍内にいる同士や・・・そしてをも捨ててでも手に入れたいものが、なにか・・・。

「・・・うそつき」

まるで睨みつけるように天井を見上げていたは、強張っていた身体から力を抜いて、項垂れるように視線を床へと移す。

そうしてもう一度「うそつき・・・」と呟いて、ギュっと皺ができるほど強くコートを握り締めた。

「子守唄、歌ってくれるって・・・言ったのに・・・」

遠征から戻ったら、あの夜聞いたような優しい子守唄を歌ってくれると約束したのに。

けれどそれはもう叶わないのだ。

任務を終えてグランコクマに帰っても、そこにはいない。

寧ろ任務を終えた時点で、彼がどうなっているのかさえ解らない。

いつでも歌ってやるとそう言った彼は、一体どんな思いでそう告げたのだろう?

その言葉をに告げた時、彼はもう軍を離脱する事を決めていたのだろうか?

そうして優しい笑顔を浮かべ、優しく切ない旋律を紡ぎ、叶えられる事はないと解っている約束を結んだのだろうか。

では彼と共に軍を去ったフリングスは、広場でと会った時、いつも通りの柔らかい笑顔の下で、既にそれを決意していたのだろうか?

椅子の上に足を乗せて、蹲るように膝の上に額を押し付け、はギュっと目を閉じる。

には解らない。

軍人という立場上、それは当然のように危険な場にも出向いたし、言葉にするには憚られるような惨状にも出くわした事はある。

けれどいつだって、の世界は優しくて温かくて穏やかだった。

心から信頼できる人がいて、彼らはいつでも優しく、いつでも温かく包み込んでくれた。

悪い事をすれば叱ってくれて、良い事をすれば褒めてくれて・・・―――その温かな笑顔も手も、いつだって気付けば無条件に差し出されていた。

そこはにとって、何よりも綺麗な世界だった。

だから、には解らない。

全幅の信頼を寄せる相手の言葉の裏を読むなど、には考えもつかなかった。

そんな相手の言葉のどこまでが真実で、どこからが偽りなのかなど、には判断が出来ないのだ。

『お前はもうちょっと、人を疑う事を覚えた方がいいな。・・・ま、そこがお前の良い所なんだろうけど』

そう言って笑った人は、その身を持ってにそれを教えた。

それが正しい事なのかそうではないのか、それさえもには解らなかったけれど。

「・・・解らない事ばかりだ」

膝に押し付けるようにしていた顔を上げ、コートを強く握り締めていた手を緩め、無機質な鉄の床を見下ろしては呟く。

考えても考えても、何一つ明確な答えは出てこない。

は、その答えを持っていないのだ。

ならば考えても仕方がないのではないかとそう思う。

確かに思考を巡らせる事は悪い事ではないが、解らない事ばかりを考えていても何一つプラスにはならないのではないかとは思った。―――少なくとも、には思考を巡らせるよりも行動するほうが性に合っている。

そう結論を下すと、は緩慢な動作で立ち上がり、もやもやとした心の内を振り払うようにブルブルと激しく首を左右に振った。

少し頭がクラクラとしたけれど、沈み込んでいた先ほどよりはすっきりとした気がする。

そうしてそのまま自室を出て、すっかりと活動を開始した艦内を兵士たちから朝の挨拶を受けながら移動し、一際賑やかなその場所へと到着したは目的の場所へと真っ直ぐ歩みを進めた。

「ああ、おはようございます、准佐。昨夜はよく眠れましたか?」

カチャカチャと食器の鳴る音と、漂う香ばしい香り。

遠征中とは思えないほど充実したメニューに目を通し、そうしてにっこりと微笑んで朝から元気良くそう声を掛ける兵士を見返して、は頷く事で返事を返してから、にこにこと自分を見詰める給仕担当の兵士にはっきりとした口調で言った。

「Bモーニング、1つ」

 

 

長い長い夜が、明けた。

ジェイドの不在に、彼の自室で帰りを待っていたにすべてを話してから、漸く陽が昇った。

すべて話す事が本当に正しい事だったのか・・・―――いつも己の行動に後悔という感情など抱かないジェイドにもまだ判断がつかない。

もっと他に・・・にとって良い方法があったのではないかとそう思う。

勿論その方法に思い当たるわけでもなく、結局は同じ結論に達するのだろうと解ってはいたが、それでも呆然とした様子で自室へと戻るの後ろ姿を見送った後、彼は珍しく微かな後悔にも似た感情を抱いたのだ。

信頼していた者の裏切り。

ただでさえそれは辛い事だというのに、にはそれに対する免疫すらないのだ。

年齢とは裏腹に、まるで子供のように純粋な彼女が、果たしてそれに耐えられるのだろうか?

そうしてその出来事が、彼女の綺麗な部分を覆い隠してしまったら?

そんな不安を抱いていたジェイドは、気分転換にコーヒーでも飲もうかと気紛れに訪れた食堂で目にした光景に、思わずがっくりと脱力した。

彼から一心に心配を受けていたは今、食堂の一席で呑気にも朝食を口にしている。

しかもその食べっぷりから見るに、食欲減退などという単語からは程遠い。

勿論そんなの姿に安心しなかったわけではない。

心配が杞憂に終わったのだとすれば、それはとても喜ばしい事に違いないのだ。

しかし前日と変わらないその様子に、これはいくらなんでもマイペース過ぎないかなどという、理不尽といえば理不尽な感情も湧き出てくるわけで。

それでもが彼の話した真実について、何も思わなかったとは思わない。

きっとぐちゃぐちゃに悩んで、そうして考え抜いた末に結論を出したのだろう。

まさかこんなにも早く、吹っ切れるとは思っていなかったが。

「・・・まったく。貴女はいつでも私の予測を飛び越えてくれる」

くつくつと喉の奥で笑いを噛み殺し、そうしてカウンターでコーヒーだけを受け取って、1人で座るの元へと歩み寄る。

危ういバランスを保ちながら、子供のように純粋な心を持ちながらも無情なる現実を渡る少女は、実は意外と打たれ強かったらしい。

それが彼女らしいと思えてしまって、先ほどまで思わず己の行動を後悔するほど心配していた自分をバカらしく思いながらも、しかしそれで良いのだと自分でもよく解らない結論を下しながら、ジェイドはの前の席へと静かに腰を下ろした。

「おはようございます、

「・・・おはよう、ジェイド」

何事もなかったかのようにいつも通りにそう声を掛ければ、こんがりと焼かれたトーストを頬張っていたはふと顔を上げ、何度か咀嚼した後いつも通りの挨拶を返す。

そうして僅かに湯気を立てるミルクの入ったカップを口元へと運ぶを見届けた後、僅かに目を細めて・・・優しく促すように問い掛けた。

「・・・決心はつきましたか?」

「・・・決心?なんの?」

の問いに、ジェイドは何も答えなかった。

ただじっとその赤い瞳をへと注ぐ。―――まるで、すべてを見透かすように。

その赤い瞳を見返して。

そうしてジェイドの問いの意味を理解したは、両手で包むように持っていたカップをテーブルへと戻し、真剣な面持ちで口を開いた。

「私は、今もまだよく解らない。が何をしようとしてるのか。これから何が起きるのか。私はどうしたらいいのか」

「・・・・・・」

淡々とした口調で語られる、の偽りなき想い。

本音を言えば、ジェイドとてが何をしようとしているのかは解らない。

が軍属となってから約5年間、それなりに頻繁だと言えるほど顔を合わせ、彼の人となりは理解しているつもりだけれど、彼も、そしてジェイド自身も、お互いの内面に深く関わるような話はしていない。

だから何故ジェイドがフォミクリー研究にあれほど執着していたのか、おそらくは知らないだろう。―――だからそれと同じように、ジェイドもの今回の行動の真意を知る手掛かりはない。

表面上だけの付き合いだと言えば聞こえは悪いが、それがジェイドにとってもにとってもお互いに自然な立ち位置だったのだ。

沈黙し、考え込んだジェイドを真っ直ぐに見返して、はもう一度「解らないけど・・・」と呟いて。

「解らないから。―――だから私は、私が望む事をする事にした」

キッパリとそう言い切る。

「望む事・・・?」

「私はを捕まえる。そして、グランコクマに連れて帰る」

の、紫暗の瞳に光が宿る。

闇の中、黒に染まっていた彼女の瞳が輝き出す。

から話を聞いて、何を望んでるのか知りたい」

今のには、何も解らない。

どれだけ考えを巡らせてもそれは所詮予測に過ぎず、本当のの想いはきっと本人に聞かなければ解らない。

だからは、それを知りたいと思った。

それを知って、それから自分がどうするのかを決めればいい。―――少ない選択肢の中から、今答えを選ぶ必要はないのだと。

「知ってどうするのですか?」

「解らない。でも、知りたい。知らないままは嫌」

頑なにそう言い張るを見据えて、ジェイドはゆっくりと眼鏡を押し上げる。

あまり物事に執着を見せないが望むもの。

それはおそらく、彼の最も心残りであろうを傷つける事になったとしても、どうしても譲れないモノなのだろう。

そしてこうやって行動に出た以上、もうに迷いはないはずだ。

そんな彼を止める事が、果たしてできるだろうか?

「彼を連れて帰っても、貴女の望むようなあの日常は戻っては来ませんよ」

冷静にそう告げるジェイドを見詰めて、は僅かに眉間に皺を寄せた。

ジェイドの言う通り、例えを連れ戻せたとしても、あの穏やかで優しい日常が戻って来る事はきっともうない。

どんな理由があったとしても、はその立場を忘れて軍を離反したのだ。

まだ確定されたわけではないが、現在彼がやったとされている盗賊の脱獄の手引きや、機密情報の漏洩は、とても重い罪である。

法律が、そしてピオニーがどんな処断を下すのかは解らないが、彼が軍人に戻る事は出来ないだろう。

罪人として投獄されれば、長い間表に出て来る事も出来ない。

当然のように他愛無い話をする事も、一緒にお茶をする事も。

それを思うと心臓が締め付けられるほど苦しくなるけれど、それでもは怯む事無くジェイドと向かい合い口を開いた。

「解ってる。それでも私はを連れて帰る。前みたいな日常はなくなっても、生きていればまた会える。生きていれば、いつだってやり直せる」

そう、今はそれを失ったとしても、生きていればいつかは戻って来るかもしれない。

例え戻って来なくとも、新たに踏み出した人生の先に、なにか・・・もっと違う何かが見つかるかもしれない。

それでもそれは進んでみないと解らない。―――生きてみないと解らない。

今は想像もつかないような遥か未来に、自分たちの道はまた交わるかもしれないから。

「・・・それを彼が望んでいなくとも?」

「だけど、私はそれを望んでる。―――だって勝手したんだから、私も勝手にする。それで、おあいこ」

真っ直ぐにジェイドを見返してキッパリとそう言い切ったを見返して、ジェイドはくつくつと喉の奥で笑った。

なんて子供じみた我が侭だろうか。

込み上げる笑いが止まらない。

記憶も、感情も、すべてを失っていた幼かった少女は。

いつの間にか、こんなにも人間らしく育っている。

「・・・そうですか」

何とか笑いを収めて、不思議そうに自分を見上げるを優しい眼差しで見下ろした。

この少女をこんなにも人間らしく育てたのは、自分と彼らなのだ。

ならばこの子供じみた言い分を・・・彼女のささやかな願いを、ただの我が侭で斬り捨ててしまう権利など自分たちにはない。

彼は思い知らなければならない。

これほどまでに自分に懐かせた、彼女の強い想いを。

「ま、いいでしょう。私としても、このまま真相をうやむやにしてしまうつもりはありませんから」

そう、このまま何も解らないままで終わらせるつもりはない。

こうして自ら関わった以上、せめて納得のいく答えくらい得られなければ引けない。

彼が何をしようとしているのか・・・―――ジェイドとて気にならないわけではないのだ。

ニヤリと口角を上げたジェイドを見返して、も満足げに僅かに口角を上げると、もう既に冷えてしまったトーストへと再びかぶりつく。

そうしてが食事を終えるのを待って、ジェイドは再び真剣な表情を浮かべると、こちらもすっかりと冷え切ってしまったコーヒーを口に含んで微かに眉を寄せた。

。我々と第三師団のこれからの行動予定なのですが・・・」

そう前置きをして、カップをテーブルに戻すと、肘を付き顔の前で手を組み合わせた体勢のまま言葉を続ける。

「今までのようにただ闇雲に盗賊団のアジトを襲撃したのでは、おそらくは何の進展も見られないでしょう。このままでは無駄ないたちごっこの繰り返しだ」

これまでに突入してきた盗賊団のアジトの様子を思い浮かべて、はコクリと頷く。

既に盗賊が逃げ去った後のアジトなど、なんの意味もない。

肝心の盗賊たちを捕えなければ、何も終わらないのだ。

「でも、どうするの?」

今現在、ジェイドらは盗賊の1人も捕まえられていない。

その際たる原因は、彼らの行動予定がによって筒抜けになっているからだ。

第三師団が盗賊討伐の任務を受けて、約一ヶ月弱。

既にリストにあった盗賊団のほとんどは、アジトを離れてどこかに潜伏しているだろう。

無表情で首を傾げるを見詰め返して、ジェイドはポケットから小さなメモを取り出し、それをの方へと差し出すとニヤリと口角を上げた。

「・・・これ、なに?」

「村人の目撃証言から新しく調べ直した、盗賊団の潜伏先と思われる場所です」

二つ折りにされたそれを開くと、そこにはジェイド自身の流暢な文字が並んでいる。

「最初の情報数と比べれば数は少ないですが、こちらならばおそらく中将に悟られる心配は少ないでしょう」

マルクト軍諜報部から渡された最初の情報数には遥かに満たないが、そのどれもが当てにならない今、数が少ないとはいえこちらの情報の方が何倍も可能性が高い。

「果たして中将だけが様々な盗賊たちと繋がっているのか・・・それとも他の盗賊団も水面下では繋がっているのか、それは現在の少ない情報ではなんとも判断が出来ませんが、どちらにしてもこのリストにある盗賊たちを捕えれば他の盗賊団の情報が得られるかもしれませんよ」

もし捕らえた盗賊たちから他の盗賊団の情報が得られれば、そこから芋づる式に逮捕できるかもしれない。―――少なくとも、今のまま追いかけっこを続けるよりは断然有益だ。

しかし・・・。

は渡されたメモから視線を上げ、悠然と微笑むジェイドを見返す。

何か・・・ジェイドの言葉に違和感を感じた。

何が、とは明確に答えられないが、ほんの少しの違和感。

「・・・ジェイド?」

それが何かが解らず問い掛けるように名を呼ぶと、ジェイドはニコリと綺麗に微笑んだ。

「今回の盗賊討伐は貴女にお任せします。私はしばらく別行動に入りますから」

にこにこと、まるでそれが当然の事のようにサラリと言い放つジェイドに、はほんの少し目を見開いて首を傾げた。

「別行動・・・?」

「はい。1度グランコクマに戻ろうと思っています。少し気になる事がありまして」

「気になる事?」

鸚鵡返しに問い掛けるに、ジェイドは口を噤んだまま薄く目を細める。

ずっと気になっていた事がある。

それは今回、盗賊討伐の為の遠征に出る前から・・・―――それこそがマルクト軍を離脱する前から、気になっていた事が。

ジェイドを事件の渦中に巻き込んだ、最初のピオニーからの極秘命令が下された時、ほんの小さな引っ掛かりを大した事ではないと判断し、それを流してしまった事が今になって悔やまれる。

あの時それを尋ねていれば、の離反を止める事が出来ただろうか?

「今後、第三師団の指揮は・・・貴女に一任します。―――出来ますね?」

無表情のまま自分を見据えるに微笑みかけて、ジェイドは拒否の許されない声色でそう告げた。

彼女がジェイドの部下として軍入りして以来、は小部隊を指揮した事はあってもこれほど大きな部隊を指揮した事は一度もない。

常に彼女はジェイドの言葉を実行する為に動いてきた。―――それが第三師団における、の役目だった。

准佐。第三師団を率い、盗賊団捕縛の任に着きなさい」

思わぬジェイドの命令に驚き視線を泳がせていたに、キッパリとそう告げる。

自身には自信がないのかもしれないが、今回の任務を彼女が遂行できるか出来ないかといえば、それは出来るだろうとジェイドは思う。

今までは常に誰かの補佐を担当してきたは、一見すればそちらの方が適任なように見えるが、しかし指揮者としてのしっかりとした実力も経験も彼女は持ち合わせている。

浮かべていた笑みを消し、じっと自分を見据えるジェイドの顔を正面から見詰めて。

「・・・了解」

渡されたメモを力一杯握り締めて、もまた決意を秘めた眼差しで小さく頷いた。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

1度完成したにも関わらず、ちょっとした事から全てが台無しになり新たに書き直す羽目になった第5話。(長い)

とりあえず思い出しながら書き直し、多少違えど、当初の道筋どおりに書き直せたような気はしますが・・・。(でも何となくちょっと悔しい)(いや、自分のせいなのですが)

というわけで次からはジェイドと別行動。

本格的にドリームと呼べなくなってきた感が・・・!!

作成日 2006.11.30

更新日 2011.4.3

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