状況には不釣合いなほど穏やかな風が、優しくカーテンを揺らした。

不思議と何の物音も声も聞こえない。―――まるで世界が沈黙しているようだと、静寂の中ピオニーはぼんやりとそう思った。

「・・・終わるか」

ポツリと呟き、小さくため息を吐く。

それはまるで、長い長い悪夢のようだった。

けれどそれは、長い長い幸福であったのかもしれない。

望むものを得て、失って、傷つき、悔やみ、また出会い、そして・・・。

「お前の人生は幸せだったのかと聞いて、お前はなんて答えるだろうな」

膝の上に乗った、もう二度と動く事のない最愛のペットを見下ろしてそう呟く。

普段は元気いっぱいで走り回っているブウサギたちは今、部屋の隅で何かに怯えたように身を寄せ合っている。

それはもしかすると、悼んでいるのかもしれないとも思った。

もう二度と戻ってはこない命を・・・―――もう二度と感じる事が出来ない温もりを。

「なぁ。・・・幸せだったって言ってくれるか?せめて・・・の前だけでも」

かつての柔らかさを失った体をゆっくりと撫でて、懇願するように目を閉じる。

この事件の末に、少女の心に残るだろう深い傷だけが心配だった。

「なぁ・・・、

ピオニーの呼び掛けに、誰も答えない。

膝の上のブウサギは、もうピクリとも動かなかった。

 

絶望の中の幸福

 

今までに、こんなにも必死になった事があっただろうかと、は走る足を止める事もなくそんな事を思った。

、どうか中将を・・・あの人を救ってあげて。かつての君が、そうしたように』

視界の向こうに見慣れた街の姿が現れる。―――それを目にした時、不意にフリングスの声が脳裏に蘇った。

彼の言う通り、自分がを本当に救う事が出来るとは、は思ってはいない。

そもそも、彼を何から・・・どこから救い出せば良いのかも解らないのだ。

ただは、己の望みのままに・・・そうして湧き上がる不安に追い立てられるように、ただそこを目指しているに過ぎない。

『結局、俺もあの人も、そんな風にしか生きられなかったんだよ』

脳裏に蘇った声を振り払うかのように緩々と頭を振って。

そうして嘘のように静まり返ったグランコクマの街に、もまた静かに足を踏み入れる。

いつもは人で賑わっている商店街にも、老人や子供が集まる広場にも、誰の姿もない。

まるで廃墟となってしまったような・・・不気味なほど静か過ぎる街の入り口に立ち尽くし、は大きく息を吐き出した。

ピオニーの要望によりいつもは綺麗に整えられているの髪は、ずっと走ってきた事によりぐちゃぐちゃになっていたし、フリングスと戦った後何の手当てもしなかった体には、無数の傷が残っている。

その異様な様を咎める者はいない。―――目に映る範囲には、人の姿はひとつもなかったのだから。

「・・・どうして、誰もいない」

普段ならばかき消されてしまいそうなほど小さな呟きも、今となってはしっかりとその場に響く。

は自分が何故休む間も惜しんでここまで駆けてきたのかも忘れ、ゆっくりと街の中を見回した。

そうして気付いた事が幾つかある。

それは人の姿が見えなくとも、人の気配は感じられると言う事。

この街には人が居る。―――姿は見えずとも、そこに人は居るのだ。

ならば何故、家に閉じこもったまま誰も外に出てはこないのか。

その原因だろうと思える事に思い至ったは、まっすぐに前を見据えて一歩一歩踏みしめるように再び足を踏み出した。

目的地は、王宮前の広場。

おそらくそこにいるに違いない。

妙な確信を胸に進むと、そこで初めて人の姿を目にする事が出来た。

王宮前の広場をぐるりと囲むように立つ、鎧の軍人の姿。

しかし物音はひとつも聞こえない。―――それは、異様な光景であった。

「・・・准佐」

その内の1人がの姿に気づき名を呼ぶと、その場に居た他の軍人たちもの姿を認め、さっと潮が引くように人1人が通れるほどの隙間を空ける。

その先に見えた人物の姿に、はぎゅっと唇を引き結んだ。

「おや、何とか間に合ったようですね」

緊張したその場にはそぐわない気楽な声でそう呟いたジェイドを見つめて、は強張って硬くなってしまった足をなんとか動かし歩き出す。

「どうやら役者は揃ったようですよ、中将」

そう言ってから視線を前へと戻したジェイドに導かれるように、もそこへと視線を向ける。

そこには、が会いたいと思ってやまない人物の姿があった。

「・・・あ〜あ、アスランのやつ。しっかり止めとけって言っといたのに・・・」

「だから言ったでしょう?そんな事をしても無駄だと」

今の状況などどこ吹く風でそう会話を続けるジェイドとを見つめて、は僅かに眉間に皴を寄せて一歩踏み出した。

「・・・

名を呼んで、また一歩踏み出す。

話しかけた今でも、なんと声を掛けていいのかは解らない。

それでも何かを言わなければと思った。―――そうしなければ、本当に取り返しの付かないことになってしまう気がして。

「待ちなさい、

けれどそんなの行動を制止したのは、彼女を避けていたではなく、彼女がこの場に来るだろうと明言していたはずのジェイドの方だった。

予想外の制止の声に、はピタリと足を止め視線をジェイドへと向ける。

どんな状況であってもジェイドの言葉を聞き逃さないのは流石だと、その様子を見ていたは1人感心したように頷いた。

「・・・ジェイド?」

、・・・あなたはそこで見ていなさい」

「・・・・・・」

「手出しをする事は許しません。大人しく、そこで見ていなさい」

ジェイドの先ほどとは打って変わった真剣な声に、は大きく目を見開く。

「・・・どうして?」

少し掠れた声で掛けられる問いにも、ジェイドは答えない。

けれどはその言葉に反して動く事が出来なかった。

それはジェイドの言い付けを破る以前の問題で、正しくは2人の放つ空気に足が動いてくれなかったのだ。

「お前も残酷だなぁ。わざわざあいつ来るの待っといて、それで見物させるわけか?お前はが可愛くないのか?」

「彼女自身が望んだ事です」

「・・・俺、言ったよな。『大切なものを守りたいなら、これ以上関わるな』って」

「逆ですよ。大切なものを守りたいから、徹底的に関わる事にしたんです」

薄く笑みを浮かべながら淡々とした口調で交わされる言葉は、第三者が割り込む事さえ憚れるほど冷たい。

それはも例外ではなく、今まで見た事がない2人の様子に、ただ何も言えずにその場に立ち尽くした。

伝えなければならない事があった。

それが自分の我侭だとは解っていても・・・―――それでも失わない為に、自分の気持ちを伝えなければ、と。

けれど現状はどうだろう。

自分の気持ちを伝えるどころか、2人のやり取りすら分からない。

彼らの言葉の裏に隠された意味が読み取れない。

今まで感じた事もなかった冷たい空気に、体は動いてさえくれなかった。

「・・・ジェイド」

「あなたはそこで見ていなさい、と言ったはずですよ」

意を決して声を掛け足を踏み出せば、きっぱりと行動を制される。

それにまたもや動けなくなってしまったを認めて、大きくため息を吐き出したは、先ほどまで浮かべていた笑みを消し、鋭い眼差しでジェイドを見据えた。

「・・・こうなったらしゃーねぇな。なるべくの前では・・・とは思ってたが、この際仕方ねぇ。―――カーティス。俺に歯向かった事、後悔すんなよ?」

「おやおや。これでもあなたに負けるつもりは毛頭ないのですけれどね」

ジェイドの余裕に満ちた返答にニヤリと口角を上げたは、流れるような動きで腰に差していた剣を抜く。

右手と左手・・・各々に握られた同じ長さの剣は、眩しいほどの太陽の光に照らされて、その存在をより一層引き立てていた。

「・・・まさか、あの双剣のと手合わせをする事になるとは、ついこの間まで思ってもいませんでしたがね」

一条の光と共に出現した槍を構えて、ジェイドは自嘲気味に笑む。

瞬時に漲る緊迫した空気と殺気。

これから何が行われるのか・・・―――それは明白だった。

「・・・ジェイド」

「言っておきますが、手加減は期待しないでください」

「・・・

「はっ!手加減なんてしたら、くたばるのはそっちだぜ、カーティス」

勝手に交わされる会話。

の声など、まるで聞こえてはいないように。

失いたくないものがある。

それはたとえ形を変えても、どんな形であっても、構わない。

ただ、彼らがそこにいれば、それだけで良かった。

それだけで、良かったのに。

一瞬の沈黙の後、僅かに口角を上げてが力強く地を蹴った。

それに合わせてジェイドも槍を構えて同じく地を蹴る。

まるでスローモーションのようなその光景を見つめながら、一番重要な今動いてくれない己の身体を恨めしく・・・そして情けなく思った。

もう、取り返しの付かないところまで来てしまったように思えて・・・。

「やっ・・・いやだ・・・」

無意識に前へと乗り出した身体は、強い力によって地面に押さえつけられる。

どんなに抗っても動かせない身体に、しかしの瞳は彼女にとっての残酷な現実を映し続ける。

今のに出来る事など、もう何もなかった。

「・・・やめてぇっ!!」

静寂に包まれた広場に、の悲痛な声が響いた。

 

 

初めてジェイドに事の真相を聞かされた時、はそれに関わると決めた。

その結末は決して明るいものではないかもしれないと念を押されても、それでもと関わる事を決めた。

の行動の果ての惨状を見ても、それでも彼を追いかけた。

フリングスに剣を向けられ、そうして諭されても、は意思を変えなかった。

たとえ友に武器を向ける事になったとしても、それでも自分の意思でそれを決めた。

ジェイドに、そしてフリングスに何度も念を押され、考えたくはないが万が一の事態も覚悟していたはずだった。

しかし、それがどれほど甘いものだったのかを、今、嫌というほど痛感させられる。

戦いは、それほどの時間も掛からず幕を下ろした。

戦いが始まった直後、咄嗟に飛び出そうとしたは、その状況を読んでいたジェイドが予め配置していた兵士に止められ、そうして地面に押さえつけられた。

強い力で身体の自由を奪われ、それでも2人の戦いから視線を外す事など出来ず、はその一部始終をその目に収める。

事件の終幕は、呆気ないほど簡単に訪れた。

「・・・ジェイド」

いつもの淡々とした口調からは考えられないほど掠れた弱々しい声に、呼ばれた本人は決して視線を逸らす事なく、その場に倒れたを見やる。

そうしてチラリとへと視線を向けて、彼女を押さえ込む兵士たちに目配せをして身体の自由を解いてやると、いつもと変わらない静かな声で短く告げた。

「・・・こちらへ、

震える身体をゆっくりと起こし、ジェイドの声に縋るように覚束ない足取りで歩き出したは、ジェイドの傍ら・・・―――地面に横たわり薄笑みを浮かべるの傍へと倒れるように座り込み、その表情をくしゃりと歪めて手を伸ばした。

「・・・

「・・・あ〜あ〜、泣くなよ」

「泣かせているのは誰ですか」

「あ〜・・・俺か」

いつもと変わらないジェイドの口調に少し笑って、はすべてを開放するかのように大きく息を吐き出した。

こんな顔をさせたかったわけではない。

こんな想いをさせたかったわけではないのだ。

結果的にそうなってしまったけれど・・・―――そしてならば、きっと自分を追ってくるのだろうと、心のどこかで解っていたのかもしれない。

彼女はいつだって、諦めず前を向いていたのだから。

「・・・いーんだよ、これで。こうなる事は解ってたんだから。―――つーか、寧ろこうなるように仕向けたんだからな」

「・・・・・・」

「カーティスには嫌な役回りさせちまったけど・・・。おかげで俺は俺の考える中で一番良い最期を迎えられる」

少しづつ細くなっていく息遣い。

それはこの結末が変えようもない事なのだと思い知らされるようで、は耐えるようにただの力のない手を握り締めた。

「・・・、どうして」

口をついて出そうになった言葉を、は咄嗟に飲み込む。

どうして本気で戦わなかったのか・・・など、口に出すべきではない。

はジェイドの敗北を望んでいたわけではないのだ。―――彼が多少怪我はあれど無事である事は、この状況での唯一の救いでもある。

けれど思うのだ。

本気で戦わないくらいならば、何故戦う事を止められなかったのか、と。

が飲み込んだその言葉を読み取ったのだろう。―――は吐息と共に笑みを漏らした。

「・・・本気で戦わなかったわけではありません。彼は本気でしたよ。今自分が持てる力のすべてを私に向けてきました。私に手加減する余裕すら与えないくらいにね」

何も言わないの代わりに、ジェイドがそう告げた。

それに視線を上げたは、訝しげに眉を寄せる。

は、が本気で戦っているところを見た事はない。

もともとピオニーが皇帝の位に就いたとほぼ同時期に、は一線を退いている。

それでもと軍幹部の再三の要請により復帰し、は今もまだ第一師団の団長としてその責任を全うしてはいるが、基本的に第一師団の指揮を執っているのはフリングスである。

は後方で、軍師のように指示を出す事がほとんどだ。

だから、たまに・・・ごく稀に、自分の師団に所属する兵士たち相手に軽く稽古をつける姿しか、は知らない。

けれどそれだけで十分だった。―――彼の強さを思い知るには。

確かにジェイドは強い。

その実力は、いつも傍で彼を見ているが一番よく知っている。

けれど本気を出したというを相手に、こんな短時間で決着がつけられるほど、2人の実力に差があるわけではない。

それに・・・と、は目に焼きついた先ほどの戦いを思い出す。

の振るう剣のスピード、技の切れ。―――そのすべてが、マルクト最強と呼ばれた者のものとはどうしても思えなかった。

「ま、今の俺にとってはあれが精一杯だったって事だ。実際、よく持った方だと思うぜ?」

ジェイドの言葉を引き継いで、はそう言って小さく笑う。

「・・・が何言ってるか、解らない」

「つまり、もう限界だったって事だ」

の弱々しい声にも、はそう答えただけだった。

ジェイドとが何の話をしているのか、には解らない。

ただ、それが明るい話で無い事だけは、嫌というほど読み取れた。

「・・・私もつい先ほど陛下から聞いたんですよ。中将の身体は、いつどうなっても可笑しくないほど病に冒されている、と」

混乱するを見下ろして、静かな声でジェイドがそう告げた。

それに弾かれるように顔を上げたは、大きく目を見開いて何の前触れもなく残酷な現実を提示したジェイドを見つめる。

「・・・が、病気?」

「ええ、そうです。発症は10年前。―――ちょうど貴女が彼と出会った頃だそうです」

言われ、と出会った時の事を思い出す。

だが今となっては彼の体調など思い出せない。

ただ思い出せるのは、迷子になり心細かったを救ったあの笑顔だけだった。

「・・・あん時は流石にヘコんだわ。なんてったって、『治療方法はありません』だもんなぁ。―――まぁ、でも10年も持つとは思ってなかったが・・・」

いまだ治療方法が見つかっていない、不治の病。

その時のに出来たのは、なるべく安静に・・・そしてこれ以上病を進行させないよう効果があるかも解らない薬を飲み続けるだけだった。

だから彼が病の発症から10年間も生き続けられた事は、奇跡に近いのだろう。

それは彼自身が持つ生命力・・・―――フリングスやジェイド、ピオニー、そしてと共に過ごす時への執着にあるのかもしれない。

「・・・だから、この結末はカーティスのせいじゃねぇ。最期は俺らしく在りたいっていう俺の我侭だ。―――悪かったな、カーティス。付き合わせちまって」

「・・・まったくですよ」

視線をジェイドに向けて口角を上げるから視線を逸らし、ジェイドは控えめに悪態をつく。

彼の思いが解らないわけではない。

それを受け入れてしまうのは、やはり自分も彼に少なからず心を許していたからだろうか。

少なくとも、今回の事件が起きるまで、が敵に回るなどという考えをジェイドは考えた事もなかった。

「でもま、やりたい事は全部やったし・・・これで漸く気が楽になった気がする」

「・・・

「だから、。そんな顔すんな」

眉を寄せ、ただじっと自分を見つめるの顔を見上げて、は苦笑交じりに微笑んだ。

決して、悲しい顔をさせたかったわけではない。

けれど結果的にはそうなってしまった事は、唯一の心残りかもしれないとは思う。

ピオニーからを引き取らないかと話を持ちかけられた時、は自分が育てるのではないと解っていても、それを躊躇った。

それは自分がどういう状況に置かれているのかを、よく理解していたからだ。

その時からこんな結末になる事を予測していたわけではないが、自分に必ず・・・そう遠くない未来に訪れる最期に、見知らぬ少女を巻き込むべきではないと思った。

そう、思ったのに・・・。

それでも最後の最後で彼女を引き取る決断を下したのは、暗闇の中にいた自分が、まだ幼い少女に、いつか見た光を見たからだろうか。

そしてその決断は、自分にとって間違いではなかったのだろう。

たとえ目の前の少女に辛い想いをさせたとしても。

彼女の心に、一生消えない深い傷を残してしまっていても。

抗えない絶望の中で、それでも確かに自分は幸せだったと思えたのだから。

欲を言うならば、もう少し・・・あの温かな生活を楽しんでいたかったけれど。

「悪かったな、。―――苦しかっただろ?」

自分の手を握るの手を弱く握り返して、はフルフルと小さく首を振るを見上げて微笑んだ。

「お詫びにもならねぇが・・・お前にやるよ。名も、財産も、全部」

「・・・

「いらないなら捨てりゃいい。―――俺にはそれが出来なかったけど」

弱々しく微笑んで、は大きく息を吐いた。

他人の目から見るほど、という名は羨ましいものではないとは思う。

古くから続く厳しいしきたりに、制限される行動。

自由も何もなく、ただ家の名誉を守るためだけに育てられる子供たち。

それを嫌悪しながらも、はどうしてもそれを捨てる事が出来なかった。―――その強さが、若かった彼にはなかった。

けれどは違うのだろう。

今はもうそんな戒めなどどこにもないけれど。

それでもならば、そんな戒めなど綺麗に脱ぎ捨てて・・・そうして自分の望むままに生きていく事が出来るのだろう。

そんないつまでも失われない幼さ故の・・・そして無知故の強さを、羨ましく思った。

「・・・?」

少しずつ弱まっていく手の力に、その意味を察したが震える声で名を呼ぶ。

しかしはもう何も答えない。

ただ宙を見つめて、静かに・・・ゆっくりと瞬きを繰り返すだけ。

「・・・いや、いやだ・・・行っちゃいや」

縋り付くようにの手を握って、少しずつ失われていく体温を逃がさないようにとそれを自分の頬へと押し当てる。

気が付けば、いつも傍に居た。

傍で笑って、時には叱り、諭し・・・迷った時にはさりげなく道を示してくれた。

ジェイドとは違うけれど・・・それでも大切な存在には違いない。

いつだって・・・これからもずっと、傍に居ると思っていたのに・・・。

「・・・死なないで」

掠れた声が、囁くようにその場に悲しく響く。

もう何の音も聞こえなかった。―――あの激しく響く、滝の音さえも。

「・・・死なないで・・・おとうさん!」

胸が張り裂けそうなほど悲痛なの振り絞るような声に、ジェイドは何も言わずに静かに目を伏せる。

もう動く事の無い彼が、それでも優しく微笑んだように見えた。

 

 

作成日 2007.2.11

更新日 2011.12.4

 

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