それはいつの頃からだったか。

俺はあいつを守ってやりたいと、そう思っていた。

多くの期待を背負って立つあいつを。

躊躇う事無く戦場を駆け抜ける、あいつの背中を。

だが、必要ないのではないかとも思っていた。

あいつは誰よりも気高く、誰よりも強く、弱さなど少しも見えなかったから。

しかしそれが間違いだったんじゃないかと・・・―――あいつをこの腕に抱いた時、そう思った。

 

あるの誓い

 

に対する第一印象は、育ちの良いお嬢さんだった。

「この人は大丈夫。私、人を見る目には自信があるの」

帝国軍を敵に回し、必死で逃亡している最中とは思えないほど楽観的に、は表情を曇らせる仲間たちに向けてそう言って笑った。

確かに俺の機転で帝国兵に捕らえられる事は避けられたかもしれないが、自分で言うのもなんだが俺はお世辞にも小綺麗な格好をしているとは言えないし、加えて言えばあいつを助けた理由にも問題がなかったとは思えない。

まぁ、俺の方にも思惑がまったくなかったって言えば嘘になるが、それでも食い逃げのだしにした・・・しかもさっき会ったばかりの得体の知れない男を相手に言うセリフとは到底思えなかった。

それでも渋々・・・本当に渋々だったが、仲間がその言葉に表面上は納得して見せていたのは、こいつが奴らのリーダーである事以外に理由があったのかなかったのか。

たぶんいつもこんな感じなんだろうととりあえず納得をして、俺はにっこりと微笑むへと目をやった。

そうして気付く。

がただの世間知らずのお嬢さんなんかじゃねぇって事に。

自然に見せる振る舞い、俺に向ける笑顔、そして漂う雰囲気。―――そのすべてが計算されていて無駄がない。

凛と立つその姿も、言葉の一つ一つも、相手の追及をさらりと交わして違和感なく話題を変えるその話し方も。

そのひとつひとつが、温室育ちのお嬢様が持てるものではない。

それは人の上に立つべく育てられた者の証。

見た目とは裏腹な、子供らしからぬ・・・。

そうして一番印象的だったのは、その目だ。

強い輝きを秘めた瞳。

数々の人を見てきた俺にはすぐに解った。―――目の前の少女が、一筋縄では行かない人物なんだって事が。

にっこりと微笑みつつも逸らす事無く向けられる眼差しを見返して、俺は自然と口角が上がるのを自覚した。

面白い。

こいつがいれば面白い事になる。

それが、俺からあいつへの最初の感想だった。

 

 

屈強な男たちの中で埋もれてしまいそうなほど小さな身体。

力強く振るわれる棍からは想像がつかないほど華奢な姿。

旅なんかロクにした事なんてねぇはずだってのに、野宿だって文句ひとつ弱音ひとつ吐いた事がない。

どんなに冷たくあしらわれようと、どんな扱いを受けようと、あいつはいつも柔らかな微笑を崩す事はなかった。

それでも戦いとなれば先陣をを斬り、歴戦の戦士にも引けを取る事はない。

そんなあいつを見て、俺はその背中を守ってやりたいと思っていた。

だが、俺じゃ役不足なんじゃないかとも思っていた。

はもう、お前のおもりが必要な子供じゃない」

いつまでもを子供扱いし、傍から見ても過ぎるほどじゃないかってくらい過保護なグレミオに向けて言った言葉。

貴族の娘として屋敷で暮らしていた頃とは違う。

はもう1人でしっかりと立っている。

それこそ、非の打ち所のない俺たちのリーダーだ。

俺の言葉に、グレミオは表情を歪ませて、強く俺を睨み付ける。

そう、はもう子供じゃない。

誰かの庇護など必要とする子供じゃない。

心の中で繰り返したその言葉は、そのまま俺の胸の奥に深く突き刺さった。

 

 

「おい、。お前もうちょっと誰かを頼ってもいいんじゃねぇか?」

そんな俺がに向けてそう切り出したのは、誰よりもを心配し、を労わり、の傍に居たグレミオが命を落としてしばらく経った頃だった。

グレミオの犠牲を経てソニエール監獄から助け出されたその夜は、流石にも自分の部屋に閉じこもって出ては来なかったが、次の日の朝にはいつも通り俺たちの前に姿を現していた。

おそらく一睡もしてないだろう疲れの見え隠れするその顔で、それでもは大丈夫だと言って笑って見せる。

その笑顔が心からの笑顔でない事は明白だったが、それでも強がるあいつを前に何かを言える人間はその場には居なかった。

だけど全員が思っていたはずだ。

解放軍のリーダーとして虚勢を張らなきゃならない時があるんだとしても、俺たちの前で位は弱音を吐いたっていいんじゃねぇかって。

それをしても許されるくらいの間柄ではあるんじゃないかと、俺たちは思っていた。

それでもは弱音を吐いたりはしない。

ただ笑って、大丈夫だと、そう言うだけだ。

「どうしたの、急に?」

「別に俺じゃなくたっていい。クレオだってパーンだってフリックだっているだろ」

俺の言葉に目を丸くして首を傾げるにそう言い募る。

本音を言えば俺を頼って欲しい。

なんだってそう思うのかは解らねぇが、俺は確かにそう思っていた。―――その言葉を飲み込んでまっすぐ見つめたの表情は、次の瞬間に苦笑へと変わっていった。

「私はもう十分、みんなに頼ってるよ」

そう言って笑った顔には、一部の隙も見当たらなかった。

俺はそんな顔が見たいんじゃねぇんだよ。

俺が見たいのは、そんな笑顔じゃなくて、もっと・・・。

「どこがだよ。お前のは頼ってるって言わねぇ。頼ってる素振りを見せて俺たちを安心させてるだけだ」

どうあってもリーダーの顔を崩さないに少々苛立ちながらそう言い募れば、はそんな俺を見て困ったように微笑んだ。

「・・・そんなつもりはないんだけど、気に障ったんならこれから気をつけ・・・」

「だから、そうじゃねぇって!」

咄嗟に声を荒げての言葉を遮った俺は、びっくりしたようなの表情を見て我に返ると、自己嫌悪に陥りつつ乱暴に髪の毛を掻き毟る。

何でこうなっちまうんだ。

別に俺はを困らせたいわけでも、反省を促してるわけでもなくて・・・。

俺は、ただ・・・。

「悪ぃ、さっき言った事は忘れてくれ。―――悪かったな、ほんと」

「・・・ビクトール」

俺はただ、少しでもコイツの力になってやりたいと、そう思っただけなのに。

笑みを浮かべてそう言って、俺は不思議そうな顔をするの頭を軽く撫でてから踵を返した。

これ以上ここにいれば、また俺はコイツを困らせる事を言ってしまう。

きっとは、人に頼るという事を知らないんだろう。―――幼い頃から人の上に立つ者として教育されてきたには、きっとその方法が解らないに違いない。

だからこれ以上言葉を連ねても、を困らせるだけだ。

そう思ったから・・・―――だから俺はこの時、これ以上の説得を諦めた。

いつだって平気そうに振舞っている

勿論まったく平気だというわけじゃあないとは解っていたが、それでも本人が大丈夫だというなら本当に大丈夫なのかもしれないと、心のどこかでそう言い聞かせた。

はああ見えて心の強い奴だ。

もうお守りの必要な子供じゃない。―――だから、きっと本当に大丈夫なんだろうと。

俺は心のどこかで、そうであって欲しいと思っていたのかもしれない。

だから気付かなかった。

人に甘える事に・・・人を頼る事を上手く出来ないが発していた、僅かな助けを求める声に。

そう、アイツはいつだって、助けを求めていたのに・・・。

表面上は上手く取り繕っていても、アイツはまだ16歳の子供だったのに。

それに否が応にも気付かされたのは、アイツの限界が超えてからの事だった。

 

 

そうして俺は、自分の腕の中で静かに眠るを見下ろして苦笑いを浮かべる。

必死に俺の服を握り締めて、咽が涸れるまで泣き続けた。―――きっとこれが、大人になりきれなかったの本当の姿なんだろう。

それに今まで気付けなかった自分を情けなく思いつつも、気付けてよかったと安堵する。

きっとまだ、手遅れじゃなかったはずだ。

頬に残る涙の跡を拭ってやりながら、すやすやと眠り続けるにそう問いかける。

まだ、大丈夫だろ?

まだ、俺の声は・・・お前に届いただろう?

それに応えるように更に強く握り締められた服の感触に、俺は小さく笑みを零す。

 

それはいつの頃からだったか。

俺はあいつを守ってやりたいと、そう思っていた。

多くの期待を背負って立つあいつを。

躊躇う事無く戦場を駆け抜ける、あいつの背中を。

だが、必要ないのではないかとも思っていた。

あいつは誰よりも気高く、誰よりも強く、弱さなど少しも見えなかったから。

しかしそれが間違いだったんだという事を・・・―――あいつをこの腕に抱いた時、そう実感した。

 

確かには優秀なリーダーだ。

弱音を吐かず、愚痴を零さず、どんな不利な状況でも平気だと笑って見せて、いつだって大丈夫だとその身をもって証明して見せた。

だけど本当のは、人に上手く甘えられず、人に上手く頼る事も出来ず、溜め込んだその感情を吐き出す術さえも知らず、ただ膝を抱えてそれに耐える事しか知らずに・・・。

こんな風に大声を上げて泣いたりする、まだまだ幼い子供のようで。

 

それでもきっと、は誰の手も必要とはしないんだろう。

きっと自身がそれを許さない。―――たとえどれほど苦しみを・・・恐怖を抱いたとしても、はそれを全部一人で背負うつもりなんだろう。

は誰かに守られる事など望んでいない。

だけど、それが何だってんだ。

たとえが望んでなかったとしても、そんな事が俺に関係あるか?

大切なのは、俺がを守りたいと・・・そう思う事なんじゃないか?

コイツがどう思ったって、そんな事知るか。

俺は今まで自分の好きに生きてきたし、これからだってそうやって生きていく。

それにこういった場面で、俺の判断は間違ったためしはない。―――まぁ、まったく・・・とは言わないが。

「・・・覚悟しとけよ、

今もまだ眠り続けるに向かってそう言い放ち、俺はニヤリと口角を上げた。

 

 

この日、俺は自分の中にあったとんでもない想いに気付かされ・・・。

そして。

この日、俺は自分の腕の中で眠り続けるを守ってみせると、心の中で固く誓った。

 

 

◆どうでもいい戯言◆

最初と最後で大分時間が開いてしまった為、なんだか話が繋がってるような繋がってないような。

やっぱり本命が絡んでくると難しいです。

しかも、一人称。(もう誰が誰やらさっぱり)

本物のビクトールはもっと上手く接すると思います。(おい)

作成日 2007.8.26

更新日 2007.9.13

 

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